浜辺のおとしもの

浜辺のおとしもの

エッセイ集『アンダンテ』より。
ペーパーウェル06 お題『散歩』
2021/6/18より頒布(当時は折り本)

 一月下旬。まだまだ北風が寒い時期のことでした。私はデジカメを首にぶら下げて浜辺を散歩していました。なんでこの寒い時期にわざわざカメラなんか持って浜辺を散歩しているのかって? それには海より深い訳があるのです。

 その前に改めて自己紹介をしておきましょう。音葉ネリと申します。読み方は『おとはねり』でございます。同人サークル『スピリッツ』で、こうしてエッセイのようなものを書いたり、ときには小説を書いたりしている者です。今でこそ、楽しんで文章を書いている私ですが、この本の表紙の写真を撮った頃――二年前まではまさか自分がこうして同人活動のようなことをするとは夢にも思っていませんでした。
 そう、二年前には私は文章を書くことの喜びを知りませんでした。そんな私が何を思ったのでしょうか。他の方が、
「原稿が! 締め切りが! 間に合わない!」
 と喚いている姿を見て楽しそうだな、とでも思ったのかもしれません。こうして私は人生初の本を書くことを決意したのでした。

 最初に私が書こうと思ったのは自分のオリジナル創作の世界観の考察本のようなものでした。世界観を作りあげるにはまず取材をしよう。そうすればよりリアルな描写と考察が……というのは全くの嘘です。単に取材という行為が楽しそうだったからに過ぎません。
 思い立ったら即行動。私は早速車を走らせ、近くの海にやってきました。
 うーん、潮の香りが気持ちいいですね。海が近くにあるってなんだか不思議な感じがします。というのも、私は人生のほとんどを海なし県で過ごしました。この地にも最近引っ越してきたばかりで、海というものが新鮮でならないのです。この砂浜を踏みしめる独特の感触もたまらないですね。あら、たくさん貝殻が転がっていますが、この砂はどこか別の場所から持ってきたものでしょう。たぶんこの浜辺は観光スポットのための人口ビーチなのでしょう。

 さて、忘れてはいけません。私はこの浜辺に取材にやってきているのです。砂浜に足跡をつけて遊んでいる場合ではありません。今回の取材のテーマは、『浜辺にはどんなものが漂流しているのか?』です。
 詳しい経緯は省きますが、例えばゴミだったり、海藻だったり。などあると思いますが、『これらのもので作れる生活用品ってなんだろう?』という考察に使いたいのです。しかし、ずっと海なし県に住んでいた私にはイメージがいまいちわきません。なので、漂流物をカメラに収めて、それを考察本に生かそう――こういう計画です。

 さてさて、最初に目についたのは流木や海藻。大きいものから小さいものまでたくさんありますね。流木はこれを使えば何かものが作れそう。なるほど、メモメモ。海藻も確か、煮詰めることで塩を抽出できるとかできないとか聞いたことありますね。自然界では砂糖なんて容易に入手できませんから、塩が貴重な調味料になりますね。人間が生きていくためにも塩は必須ですから……あ、ここに流れついているペットボトル。これなんかに入れれば海水を持ち運ぶこともできそうですね。

 さくさく。ざくざく。砂質がざらざらしている場所ではたくさんの貝殻の欠片がありますね。掘ってみると、たまに大きな貝殻の破片もありますね。これって、ナイフの代わりになったりするかな? 標本として持ち帰っておきましょう。ついでに綺麗な貝殻も一緒に持って帰りましょう。不思議ですねぇ、自然にこんなに綺麗な模様ができるなんて。少し芸術的でもあります。

 せっかくカメラを持っているのだから、少し海の様子を撮っておこうと思います。うわ、眩しい! 午後の穏やかな光でも水面に反射してすごく眩しいのです。海がこんなに眩しいものだなんて知らなかったです。さすが美しい景色として有名なビーチですね。そうなんです。実はこのビーチ、『日本の夕陽百選』に認定されているのです。残念ながら今は夕方ではありませんが、それでも十分に美しい景色で私の心を楽しませてくれました。おまけにこの海は瀬戸内の海ですから波が穏やかで優しいです。日本海の激しい波とはまた違った趣がありますね。

 景色の美しさに引き込まれて、本来の目的を忘れそうになりましたが、最後にこんなものを見つけました。ほら、これ。おもちゃのバケツのようなもの。これは、誰かが落としていったものでしょうか。
 きっと子供が持って帰るのを忘れたのでしょう。でも、こんな冬に? 随分と乙なことをするものですね。冬では海に入ることはできませんから、本当は夏に来て海水浴でもしたかったんじゃないかなぁ、なんて勝手に想像を膨らませながら、私はシャッターを切りました。

 うん、これは風景写真というか本の資料用に撮ったものですが、なんだかいい写真が撮れました。私の足跡まで綺麗に撮れて、いい感じですね。

 私はさっそくこの写真を入れ込んで初めてのコピー本を作りました。たくさん写真を貼り付けて文章をたくさん書きました。総勢表紙込みで40ページ。処女作にしてはすごいページ数になりました。しかし、ここで問題が発生しました。
『コピー本ってどうやって綴じるの?』

 考えても何もわからなかった私は暴挙に出ました。本の真ん中にキリで穴を開けてそこにホッチキスを通して……はい、簡易コピー本の完成です。さすがに、本作りが初めてでもキリで本に穴を開ける人はそういないでしょう。

 そんなこんなで私の同人生活は幕を開けたのですが、海辺に行くたび、本を作るたびにあの美しい海辺の光景を思い出すのです。今は六月。ちょうど梅雨の時期ですね。そういえば梅雨の時期に海辺に行ったことないです。また散歩がてらにまたあの海辺に行ってみるのもいいですね。

 あと一ヶ月ほどで夏ですし、あの頃とは随違う光景を見ることができることでしょう。


 今度は何が落ちているのかな? とても楽しみです。

浜辺のおとしもの

浜辺のおとしもの

エッセイ集『アンダンテ』収録。 『浜辺にはいったいどんなものが漂流しているのだろう』

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-21

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