いえがこわれる!!

エッセイ集『カクガクシカジカ』より。
pictSQUARE 『This is My WORLD!』
2020/10/3開催時に頒布

『いえが こうずいになる! いえが こわれる!』

 私が子供の頃によく言っていた言葉です。お風呂のお湯が溢れたとき。雨がたくさん降って、窓をたたいているとき。あるいは、風が強く吹いているとき。幼い私は本気で泣き叫び、両親に助けを求めました。両親いわく、『死ぬもの狂いで泣いていた』そうで、その様は日記にも詳しく書かれています。もちろん私の記憶にも色濃く残っています。

 そうですね、お風呂のお湯や風、強い雨と並んで怖かったのが雷。そもそも私の住んでいた地域は雷がものすごく強いのです。ゴロゴロゴロ……というレベルではないのです。ドッシャーン! とものすごい音の後にズンズンする地鳴り。これを怖がらない女児がどこにいましょうか。これ、大人でも相当怖いと思うのです。

 小さい頃、私は和室の畳の部屋で川の字になって寝ていました。当時、その部屋は障子だったのですが、カーテンがついていませんでした。なので、雷が近づいてくると稲光が筒抜け。目をぎゅっとつぶっていても、ものすごい稲光がしているのがわかるのです。稲光がきたということは、次にすごい音のドッシャーン! がくる。私は耳を一生懸命塞ぎますが、全く効果がありません。次第に怖さが我慢できなくなり、いつも最後は大泣き。母に死に物狂いでしがみついて離れません。
「いえがこわれる! うわあああぁぁ!」
「壊れないよ! ちょっともう! うるさい!」
いつも雷が鳴るとこんな感じでした。

 あまりにも怖がっていた私に、よく両親は雷さまの絵本を読んでくれました。それは傘を作っている職人のお話です。あまりにも雷がひどいので、雷さまにお願いしてこよう。傘でふわふわと雲の上まで行って、
「その太鼓を叩くのをやめてください」
とお願いして最後は雷さまと仲良くなり、雷は無事おさまりました。めでたし、めでたし。

 というような話だったような曖昧な記憶があります。たぶん、その絵本は雷を雷さまの太鼓に例えることで、親近感を持ってもらおう――とそんな意図のお話なのだと思いますが、当時の私は思いました。
「傘職人はなんで雷さまを○してこなかったの!?」
 なんてひどい。普段はこんなことを考える子供じゃないんですよ。想像力でふわふわ空想の世界をただよっているような女児でしたから。でも、よほど雷には憎悪の感情があったのでしょうね。

 次にサイレン。それも決まった音のサイレン。あれは何のサイレンなんでしょう。私の地域にはときたまに、ものすごい不協和音で不安を煽るサイレンが鳴ることがあるのです。家事のサイレンかな?

 小さいときからピアノを習っていた私は耳がいい子供でした。音に敏感、といいますか。ちゃっかりと絶対音感持ちです。
「この音は何の音?」
 この手の質問は外したことがありません。そんな子供なので不協和音がとにかく苦手でした。件の不協和音サイレンを耳にするやいなや、楽しく友達と遊んでいる最中でも両手で耳を押さえて逃げ出してしまっていました。一緒にいた友達はいつもきょとん顔。今考えると必死すぎて自分のことながら笑ってしまいます。

 あと、某博物館にある機械仕掛けのティラノサウルス。子供の私にはものすっごく大きく見えました。しかも無駄に精巧で、目玉も動くんです。よっぽど怖かったのでしょう。私はその場に座り込んで動けなくなってしまいました。その日は博物館の後にプールに行く予定でしたが、私がその場から動かないので、どんどん予定が狂っていきます。もちろんギャン泣きのおまけつき。そこで母激怒。
「もう帰るよ!」
 と一言。結局その日のプールの予定はなくなってしまいました。

 こんなに怖い物が多いのに、私は好奇心旺盛な子供でした。初めての場所でも物怖じしないでふらふらと親の手を振り払ってどこかに行ってしまう。迷子になっても、
「あれ? 迷子になったわ。まぁいいか、そのうち会えるでしょ」
 こんな感じでずっとふらふらし続けます。なので、両親は私がしゃべれるようになったとき、まず始めに自分の名前と住所をみっちりとたたき込みました。もちろん迷子になったときに戻れるように、です。この『ふらふら病』はわりと大人になってもそのままで、車で目的地を決めずにドライブしたり、初めてのお店でずーっとあっちこっちうろうろしていたりと……なんだか悪化しているような気がします。

 で、今では怖い物はなくなったのかって? そんなわけないじゃないですか。

 今の怖いものは下り階段ですね。手すりがないと降りられないんですよ。なんだか足を踏み外しそうで怖いんです。あとは駅のホームと電車の隙間。これも手すりないと降りられません。なんだか、はさまりそうな気がしませんか? それと、下がガラス張りの建物。東京タワーの最上階が最悪ですね。特に、高所恐怖症はないのですが、ガラス張りだけは勘弁して欲しいです。
 忘れちゃいけない、ハチ。これは小学生のときにうっかり足を巣に踏み入れて大群に追いかけ回されたあげく刺されたトラウマからです。大きな羽音がするアブも同様に駄目です。


 それからそれから。そうだ。一番怖いのはハムスター、かな。ふふふ。

『ハムスター怖い! あのくりくりしたおめめが怖い!』
『もしハムスターがおっきくなって、もふもふされたらどうしよう……』


 はい、お後がよろしいようで。

いえがこわれる!!

いえがこわれる!!

エッセイ集『カクガクシカジカ』収録。 『幼い私の天敵、それは大雨と雷でした』

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-20

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