因縁のたまご

エッセイ集『カクガクシカジカ』より。
pictSQUARE 『第二回 紙本祭』
2020/11/28開催にて頒布

 私の小さい頃――小学三年生の頃でした。たまごっちというたまご型のゲームがとっても流行っていました。なんてったって、みーんな持ってましたからね。私はというと、全く興味がありませんでした。うちにはゲームをする習慣がありません。なので、特にゲームをしたいという衝動が湧くこともなく、代わりにたまごっちのかわいいキャラクターたちのイラストを描いては楽しんでいるという状況でした。イラストを描くために、持ってもいないゲームの攻略本を持っていたりはしましたが、私が自分からたまごっちをプレイすることはなかったのです。

 ではなんで、『因縁のたまご』とかいう物騒なタイトルがついているのか? あるのです。たまごっちとかいうゲームに因縁が。あれは若干自分の中でトラウマです。
 最初から話しましょう。私は小さい頃は関東に住んでいました。親戚はみんな飛行機で行かなければならない距離の遠くの県に住んでいました。両親ともにその遠い県の出身なので、夏休みになると帰省のために電車に乗って飛行機に乗ってわくわくの大旅行です。私はいつもその旅行を楽しみにしてました。そのときでないと、県をまたいでの移動旅行の機会ってなかなかありませんからね。それに飛行機に乗ると毎年のお楽しみが。ポ○モン映画の短編を飛行機の中でやっているのです! それも楽しみの一つで。大きな映画館が音葉家の近くになかったのでポ○モン映画、なかなか見に行けなかったのですよ。でも、飛行機に乗れば短編の方だけでも見ることができる。やったぁ! あぁやっぱりポ○モンはいいなぁ。

 おっと。この本はたまごっちの話であってポ○モンの話ではありません。えぇとですね、その年も楽しく親戚や祖父母と過ごし、飛行場で帰りの飛行機を待っていたときのことです。親戚の方が私にたまごっちをプレゼントしてくれたのです。そのときの私は嬉しいというより、困惑の気持ちの方が多かったような記憶があります。別に欲しくないなぁ……物欲が極端に少なかった幼少期の私はそんな風に思っていました。でも、なかなか会えない親戚の方がせっかくくれたものだし、そんなことは言えません。そのときは素直に受け取ったのですが、このときはまさかこのたまごっちが大騒動を巻き起こすことになるとは思いもしなかったのです。

 時はすぎ、たまごっちはプレイされることもなく引き出しの中に仕舞われていました。しかし、近所に住んでいる幼なじみのSちゃんがたまごっちを持って遊びにきたのです。そこで、私も便乗するようにもらったたまごっちを出してもらいました。でも、あれ……私のたまごっち、なんだか形がSちゃんのと違う。たまごっちって普通縦長でピンクとかカラフルな色してなかったっけ? 私のたまごっちは横長で白いのです。それに、ボタンの数も違わないかい? そうは思ったものの、当時の私はまぁそういうデザインのもあるのかなーくらいにしか思っていませんでした。なんてたって、興味がありませんからね。

 さて、手に取ってみたものの操作方法がわかりません。だってボタンが二つしかついていないんだもの。説明書もついていないし、何が何だか。そもそも、このゲームの目的ってなんだろう? なんとなく……たまごっちをお世話すればいいのかな? という曖昧な知識しかない私たちは困り果てました。

 そのうちに、大事件がおきたのです。私のたまごっちがウンチをしたのです。なんだ、ウンチくらいと思うかもしれませんが、Sちゃんいわくたまごっちはウンチをきちんと処理してあげないと死んでしまうそうなのです。なんだそのクソシステムは! とか冗談を言っている場合ではないです。早く処理してあげなければ! たまごっちが死んでしまう! ちなみに両親は共に外出中です。どうしようか、と言っているうちにSちゃんのたまごっちもウンチをし始めました。さぁ大変。 
 二人して操作の仕方も何もかもわからず、途方に暮れました。

 さて、この頃私は小学三年生。Sちゃんは私の二つ下なので一年生くらい。この頃って現実の世界とバーチャルの世界の命の区別がつかないのです。特に、ゲーム慣れしていない私はその傾向が酷く、目の前で本当に一つの命が終わりを迎えてしまう……! とパニックになりました。オロオロしながら私は周りに助けを求めるべく、外に出ました。でも、Sちゃんの両親も出かけていて誰もいません。そのときでした。私のお隣さんの車が帰ってきたのです! 
 私はお隣さんのおばさんを捕まえて必死に訴えました。
「あの、すみません! たまごっちのウンチを流してください!」
 いきなりこんなことを言われたお隣さんは困惑。しかし、お隣さんのお兄さんが何か知っているらしく、友達のとともに私のたまごっちは預けられました。

 この騒動は夜まで続きました。今思い返してもこの騒動は恥ずかしくて、恥ずかしくてなりません。しかし、私からすれば大切な家族が手術室に入ったまま出てこない、うまくいったかな……大丈夫かな……というような気持ちです。そしてやはり私のたまごっちは普通の正規品ではなかったようなのです。ようするに、まがい物。友達のたまごっちはきちんとした正規品でした。その違いがアダとなりました。私のたまごっちはお隣のお兄さんの健闘空しく死んでしまったのでした。私はなぜだかすごくショックを受けて泣くこともできずにいたことをなんとなく覚えています。まるで、本物の生物を見殺しにしてしまったような後味の悪い気持ちが私の胸に残りました。

しかし、私も『これはゲームだ』ということはしっかりわかっている年齢でした。もう一度ゲームを始めることもできるはずです。いてもたってもいられなくなった私は両親が止めるのも聞かずに、お隣のインターホンを押しました。
「あの、たまごっちってどうやったら生き返るんですか?」
「時間を設定しないと戻らないんです……」

 明らかにお隣のお兄さんは困惑していました。本当に、その記憶は私の脳裏に焼きついていて今こうして書いているだけで顔から火が出そうです。説明されても時間の設定がなんのことやらわかなかった私ですが、もう一度聞き直す勇気はありませんでした。ただ、たまごっちなんて、もう見たくない。私はそう言って騒ぎました。そして、引き出しの奥にしまわれたまま、もう二度と起動されることはなかったのです。

 今はお引っ越しをしたので、その戸棚を開けることももう二度とできないのですが、たびたびその引き出しと共に思い出すのです。たまごっちと私とSちゃんが、お隣さんを巻き込んで引き起こした騒動のあれこれを。

因縁のたまご

因縁のたまご

エッセイ集『カクガクシカジカ』に収録。 『たまごの中の儚き命の話』

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-20

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