スウィートノート・ビターノート

エッセイ集『たから箱庭』より。
2023年3月に新たな装丁で出版した際に書き下ろした作品です。

 ふわりと部屋中に香る優しく淡い匂い。今日の気分はこれかな、と選んだ香水は大正解でした。やはり手首に一吹きするより、空間に吹きかけてくぐるのが私には合ってますね。職業柄、あまり身体から香りがするのはよろしくないですし。

 一人で楽しんでてすみません。今日はどうもやる気が出なかったので、いい香りでも嗅いでやる気を出そうと思いまして。好きな香りがするとやる気が出ますよね。私の創作活動のよいお供です。
うちには甘いバニラの香水から、スパイシーなお香の香水から、マリンで爽やかな香水までよりどりみどり。たくさんの香水があります。

 そうです、私は香水が大好きなのです。
 とはいえ、実は元々私は香水のことが嫌いでした。私の香水のイメージは『電車で隣になった人から強烈な香りがしている』『ハイブランドでとても手が出せない』『女子力高い人がつけるもの』。そんな偏見でいっぱいでした。

転機が訪れたのは今から一年ほど前のことでしょうか。フォロワーさんから、
「ネリさん! こんなサービスがあるんだって!」
 と強く勧められたもの。それが『推し香水』のサービスだったのです。様々な推し活の形がありますが、これは推しに関する文章を自由記述し、それを読んだプロのスタイリストさんが既存の香水から合うものを選んでくれる、というサービス。推しの概念を香りで味わえる、ということなのでしょう。
 しかし、私は先の偏見からその提案にはあまり乗り気ではありませんでした。それに、きっとお高いんでしょう? 香水といえば瓶に入っているあの姿を思い浮かべた私は思いました。もし、自分の鼻に合わなかったら? 使い切れなかったら? それに、今私は自分の創作活動で忙しいの。うちのこ達に声がつくのよ。そう、ボイスドラマ。その編集で忙しくて、忙しくて。香水なんかに手を出している暇なんかないんだから。

 などと、いろいろを言い訳をしてはそのときはスルーしていました。とりあえず、記憶の片隅に置いておこうかな。そんな軽い気持ちでした。

 それからしばらくして。
 ツイッターで別のフォロワーさんがこんなツイートをしていました。
『例の、推し香水、注文した……』

 へぇ。その話、どこかで聞いたことが……あ、前に私がフォロワーから聞いたあのサービスですね? ふーん、お値段は……なんと! ものすごく安いじゃないですか! 15プッシュで950円?

 量り売りなんですね。それならば使い切れますね。お金の問題が解決したとたんに掌を返して、サイトを見に行く私。なるほどなるほど。いろんな香水がある! あった、これが『推しについての記載欄』ですか。文字数制限なし? しかも、キャラクターでなくても、なんでもいい? ってことは、うちのこのことでも、いいのでしょうか。
 私はうちのこのことが大好きです。愛してます。なので、もしうちのこのことを書いてプレゼンする機会があるのならば、挑戦をしてみたい。もはや香水のことなど差し置いて、うちのこプレゼンに対し情熱を燃やす私。

そんなこんなでうちのこ二人の説明文を書き上げた私。うちのこは二人でひとつなので、二つ推し香水を注文しました。さてさて、どんな解釈をしていただけるのか。まず結果からお話しますと、あまりの解釈一致に感動してしまいました。そして香水もとてもよい香り。好きな香りだ。こんな海外のお香屋さんみたいなスパイシーな香水があるんだ? 香水って甘ったるくてキツいのばかりではないんですね? なるほど。これは……よいものだ。

 その後、他のうちのこでまた推し香水を頼んでみたり、気になる香水を少量頼んでみたり、はたまた物語イメージの香水をたくさん選んでいただいたり。あっという間に香水沼にどぼん、です。あれよあれよという間に私の部屋には香水が増えていきます。アトマイザーをこだわってみたり、レポ記を書いてみたり。あげくのはてには香水の図鑑や香水の化学についての本を買ったり。
 私はフローラルな香水より、フルーティーなのが好きだな。あとマリンな香りも好き。ウッディも捨てがたい。オリエンタルな感じな香りも最高。でもやっぱりお香の香水よ。このバニラとムスクなキケンな感じがする香水大好き。物語性がある途中で香りが変わる香水も好きだけど、一本気のある香水もいいよなぁ。シトラスな香水はかわいくて好きだよ。元気をもらえます。
 なんて、自分の好きな香りの考察のようなものをしてみますが、結局あれもこれも好きで選べない!

 もし『推し香水』から入っていなかったら、こんなにたくさんの香水に触れることはなかったのではないかな、と思うのです。どうしてもコスメの類いですから『自分に合う香り』『好きな香り』に限定していまいがちだったのではないでしょうか。

 香水というものは本当にいろいろな種類があり、中にはへんてこなコンセプトのものがあります。曲だの物語だの、哲学者のイメージの香水まであったり、この前見たのは『絞首台イメージ』というなんとも物騒な香水。本当に自由なんです。決して『女子力高い人だけのもの』ではないんですね。お値段もピンキリですし。

 あぁ楽しい。一人でキャッキャウフフしていたら、いつの間にかそれを見たフォロワーさんも香水沼に落ちました。そしてフォロワーさんのフォロワーも……と連鎖反応が。あらあら。思いがけず震源地になってしまいました。好きの連鎖ってよいですね。にこにこしてしまいます。

さてさて、今日は休日。お仕事の疲れが出て、寝てばかりいた私。もうこんな時間! 家事やったり、片付けしたりしないと。でもやる気が出ないよ。今週はずっと雨が降り続いていたので、だる重な日々でした。
 雨に弱い私は、体力も気力も削られて疲れきってしまいました。そんな私にぴったりな香水。雨上がりの香水です。今日はこれでいこう。

 雨は上がり、雨粒を纏った草花と土の香りが立ち上る、爽やかな朝。空に架かる虹。庭園を吹き抜ける優しい風。ゆっくりと希望が背中を押す。

 そんなコンセプトの香水です。いつものように、部屋にシュッシュと香水を吹きかけます。マリンのようにパリッとした元気いっぱいの香水ではありませんが、ナチュラルで春を思わせる穏やかな香りです。

 大好きな音楽を聞きながら、深呼吸。 
 寝起きで霧がかかっていたようにぼうっとしていた頭の中が少しずつ晴れてきたように思います。やはり香りの力というものはすごいですね。

 一人でこっそり楽しむのもよし、友達と共有してみるもよし。自分をアピールしてみるもよし。香水には様々な楽しみ方があります。

 香水が大好きなあなたも、気になっているよというあなたも、素敵な香水ライフをお過ごしくださいね。きっと香りがあなたの力になってくれるはずです。

 香水に関わってくださっている方全てに感謝の気持ちを込めて。ありがとうございます。これからもよろしくね。

スウィートノート・ビターノート

スウィートノート・ビターノート

エッセイ集『たから箱庭』に収録。 『あなたも私も素敵な香水ライフを!』

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-20

Copyrighted
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