ツキヘマイリマス
エッセイ集『たから箱庭』より。
pictSQUARE 2020/10/31開催のイベントにて頒布。
『うちのタンスはね、月につながるエレベーターなんだよ!』
そう親友が私に打ち明けたのはいつの頃だったでしょうか。二人の間で今でもたびたび笑い話に上がるこの話の始まりは、小学校低学年の頃だった記憶があります。
ある日、私は親友の家のベッドで遊んでいました。突然、親友――Mちゃんがこんなことを言い出しました。
「実はね、うちの二階は二階じゃないんだよ」
「……どういうこと?」
「うちにはね、地下室があるの。だからここは三階なんだよ」
「へぇぇぇ! そうなんだ!」
そうか、Mちゃんちは地下室がある家なのかぁ! なんだかすごくかっこいいね! 完全に信じ込んだ私はきらきらとした目で、
「ねぇねぇ、私、その地下室見てみたい!」
と言いました。
「今日はお父さんがいないから見せられないんだ。お父さんしか開けられなくて」
「そうなんだ……じゃあまた今度ね!」
私はいつかMちゃんのお父さんがエレベーターの鍵を開けて、地下室を見せてくれると思い込み、本気で『地下室ってどんなだろう』なんて思いをはせていたのでした。
またある日の事。同じようにMちゃんのうちで遊んでいるときに、Mちゃんは言いました。
「あのね、前に地下室のエレベーターがあるって言ったじゃん? あれね、実は月にも繋がってるんだよ」
はい、さすがに普通の子ならここでさすがに嘘だと気がつくでしょう。ところが、ファンタジー脳幼女だった私は本気で信じ込んでしまいました。子供ながらに、
『月につながるエレベーターってどんなだろう』
と、想像を膨らませては、いつか自分も月に行けるのではないかなんて妄想しておりました。
ここで、少しだけ私とMちゃんについて話しておきましょう。Mちゃんとは幼稚園に上がる前からの付き合いです。公園デビュー仲間で、そのまま幼稚園、小学校、中学校と一緒の学校でした。本格的に仲良くなったのは中学生の頃からでしょうか。私はそのとき体調をくずして不登校でした。そのときに細かい詮索もなにもせずに一緒にいてくれたのがMちゃんでした。他の友達は、まぁお年頃ですから、
「なんで学校に来なくなったの?」
「学校においでよ!」
と手紙までくれたりなんかしました。私にはそれが苦痛だった。行きたくても行けないのに。無邪気さというのは恐ろしいですね。そういうことが一切なかった一番心地よい関係がMちゃんとの関係でした。彼女との関係が『親友』と呼ばれる関係性になるのにはそう時間はかかりませんでした。
そんな彼女とはよく昔話に花が咲きます。一番印象に残っているエピソードが先ほどまで話していた『月のエレベーター』の話なんですね。
当時の事をMちゃんに聞いてみると、
『私、あの頃すごく嘘つきで、いろんな人に適当な嘘ついてたんだよね』
とのこと。あぁ、子供特有の作り話! それに一番食いついてきてたのが私だったと。さぞかし欺しがいのある相手だったでしょう。でも、その話を聞いていても私は全然嫌な感じはしませんでした。逆に、楽しい嘘でたくさん想像力を使って遊ぶことができて楽しかったなぁとそんな思い出ばかりが残っているのです。
さて、そろそろ話を元に戻しましょう。件の月のエレベーター――もといMちゃんちのタンスですが、小学生の頃はずっとかわいい布がかけられていました。それが私の想像力を煽って、勝手に鉄製の……なんかサイバーチックな……映画に出てきそうなエレベーターが中から現れるのではないか? と考えたり、Mちゃんのお父さんを神格化したりして、よくもまぁそんなに想像力が膨らむなぁと呆れられるくらいの妄想をしていました。
中学生に上がり、久しぶりにMちゃんのうちに遊びに行ったときのことです。私はタンスを見て驚きました。布が外されていて、そこに鎮座していたのは普通のタンス。さすがに中学生になると分別がついてきた私も、うっすらと『あれは作り話』とわかるようになっていましたが、一応Mちゃんに聞きました。
「あの……ここにあったタンスってあったじゃん? あれが月のエレベーターとか、地下室に繋がってるとか……さすがにあれは嘘だったんだよね?」
「あれ、信じてたのかぁ!」
とそのときの彼女が言ったのかどうかは忘れましたが、そこで私の馬鹿さ加減とファンタジー脳が露呈。今でも笑い話として、
「子供らしくてかわいいなぁ」
とからかわれるのです。
そして、時は経ち1年前の夏頃。Mちゃんが結婚することになりました。私は『絶対に友人代表挨拶をするのは私!』と意気込んでいましたので、とんとん拍子に友人代表挨拶をすることが決まりました。彼女との話をしようとしたら何分あっても足りないよ。私は図書館で結婚式挨拶の本を借りてきたりしていろいろと悩んでいました。
ある日、テレビで『挨拶はユーモアを入れると良い感じにまとまる』という話をしていました。私とMちゃんの間のユーモアと言ったらあれしかない。私はすぐにMちゃんに許可をとり、この『月のエレベーター』の話をすることにしました。
『中学生に上がってから、その話がようやくMちゃんの可愛らしいジョークだったということに気づき、二人で大笑いしたあの思い出は楽しくて今でも忘れられない思い出です。』
なんだかこの話は他の参列者からも好評で、私はとてもほっとしたのでした。
私の親友と月のエレベーターとタンスの話。
Mちゃんに愛と尊敬と沢山の友情を込めて。
ツキヘマイリマス