青い夏
エッセイ集『たから箱庭』より。
自主企画ツキイチ! 8月号 2020/8/1 発行
はい、皆様。ここに私が小学生のときに書いていた日記帳があります。
記録を見返すと、これは私が小学二年生――8歳のときの夏休みのものです。当時、私はとても文章を書くことが苦手でした。なので、たぶんそれを心配した母が私に日記を書くことを提案したのでしょう。当時の記録が細かく残っています。日記を見る限りだと、小学二年生の上半期は私にとってたくさんの出来事があったようですね。
えーと、『エレクトーンフェスティバルで銀メダルをとったこと』。あー、これは……団体で出場したやつか。確か誰かが間違えたせいで金賞を逃して、犯人探し事件が勃発したんですよね。そのことの方が記憶に残ってますね。あまり楽しい記憶にはなっていません。
あとはー、『発表会で自分の作曲した曲を弾いたこと』! これも作曲した曲ではなくて『作曲させられた曲』ですね。しかも、全然できなくて結局母が作ってくれたんですよね。それが先生に大好評で、そのまま採用。(『ゴーストライター』より)
残りは……夏休みに遊園地に行ったり、回転寿司を食べに行ったり……あまり話が膨らまないものばかりです。しかし、この夏休みは私にとって特別な思い出が残っている夏なのです。なぜなら――おっと。思い出に浸る前に、このお話の前提を話しておきましょう。
小学生の頃、私はスイミングスクールに通っていました。私は昔から根っからの運動音痴で、それは水泳でも如実に表れていました。どれだけ練習してもクロールができるようにならないのです。たぶん、顔を横に倒すのが怖かったのだと思います。『耳に水が入る!』とか思っていたのかな。
他の友達がどんどん次のステップにいくのに、私はクロールだけにいったいどれだけの時間を費やしたでしょう。
私が通っているスイミングスクールは毎週、水泳カードに評価を書き込む形でした。合格ラインに達することができれば次のステップに進めるのですが……私の水泳カードはクロールの欄が足りずに次の部分まではみ出す始末でした。子供の頃の記憶なので確かなことは言えませんが、半年くらいクロールばかりやっていたような気がします。
友達から、
「早くネリちゃんもおいでよ! 置いてっちゃうよ!」
と茶化されるくらい私は水泳が下手くそだったのです。それでも、毎週通い続けていたのは、スイミング後のアイスが楽しみだったからです。アイスがなければとっくの昔にやめていたでしょう。単純でかわいいですね。
それは小学二年生の夏休みのことでした。私は家族と一緒にプールが設置されている温泉に行きました。母は温泉に入り、父は私と一緒にプールで遊んでいました。その日は何故か『なんでもできる』ような気がして、若干気が大きくなっていたのを今でも覚えています。苦手な飛び込みを何度も練習したりして、それはまるでいつもとは違う自分のようでした。そのときに、
『もしかしたら、クロールもできるかもしれない』
そんな風に思ったのでしょう。私は25mプールに入り、クロールの練習を始めました。今まで何度練習しても1mも泳ぐことができなかったのに、そのときは12mくらい泳ぐことができました。テンションが上がった私はもう一度クロールに挑戦しました。そうしたらなんと今度は14m泳ぐことができたのです。そのときでした。
「もう温泉に行こう。お母さんが待ってるよ」
と父から声をかけられました。なんでこう、いいところで声をかけるかな。せっかく水泳嫌いで運動音痴の私がやる気になっているところなのに。
私は意地になったのか、
「25m泳げるまでやめない!」
と言い張りました。父が、
「もう一回だけね」
と言うので、私はさらに意地になって、
『もう壁に手がつくまで泳ぐのをやめない!』
と、ものすごく気合いを入れました。途中で誰かにぶつかったような気がしましたがそれでも私は泳ぎ続けます。苦しくなってもそれでも『25m泳ぎたい!』というその気持ちだけで泳ぎ続けました。
そのとき、手が壁にぶつかった感触がありました。目を開けると、そこは25mの終わりの壁だったのです。
そのあと私の精神はお祭り状態です。父に飛びついて大喜びしました。大急ぎに母にも報告しにいきましたが、
「本当なの?」
と信じてもらえなくて、必死で反論したんだとか……(この辺りはあまり記憶にないです)。
そこから私の快進撃が始まりました。クロールをクリアした私は背泳ぎに平泳ぎ、バタフライと順調に泳ぎを習得していきました。ちなみに私は背泳ぎが一番得意で……うん。この後は順調すぎておもしろい話が何もないですね。やめましょう。
えーっとですね。話を戻しますと、このように私は昔から大器晩成型でした。練習を続けても続けても一向にできるようにならない。周りも呆れるほどにできない。それでも真面目人間なので努力を惜しまない。そしてある日急にできるようになるんです。私の人生ずっとこれの繰り返しです。勉強も、音楽も、創作活動も何もかも。
もしかしたらこれを読んでいる中には私と同じタイプの人もいると思います。あるいは周りにそういうタイプの人がいるという方。どうか、暖かい目で見守って欲しい。そう思います。
さて、思い出深い夏のお話ができたところでまた今度。
オチは? たまにはオチがない話があってもいいではないですか。ただ、楽しかった。
ただ、嬉しかった。今回はそういう話です。
青い夏