きいろいおともだち

きいろいおともだち

エッセイ集『たから箱庭』より。
突発的ネットプリント配信 2020/7/6 発行

 私には、長きに渡る幼年期から思春期まで一緒にすごした大切な友達がいます。実は今も彼は私の隣にいるのですが、随分と年期の入った見た目になってしまいました。塗装は剥げ、尻尾は行方不明、チャームポイントの黄色い身体は黒ずみ、彼の魂である電池は取り除かれ……今は鳴くこともできなくなってしまいました。

 え、『彼って誰か?』って? ちいさなでんきねずみ、とでも言っておきましょう。ここまで言えば誰もがわかるでしょう。当時、手に乗せるとおしゃべりするおもちゃがとっても流行っていました。確か、私も誕生日かクリスマスに『欲しい!』と親に強請った記憶がうっすらとあるのですが、よく覚えてはいません。物心ついたときから彼とは一緒だったのですから。
 確か、お隣の人間のお友達も同じおもちゃを持っていたっけ。なので、見分けがつくように彼の裏側には私の名前が書いてあります。まぁ、そんなことしなくても私がいつもいつも一緒に遊んでいたせいで早いうちから塗装が剥げてしまっていたのですぐに見分けはついたのですが!

 本当に、彼とはいつも一緒でした。当時のおでかけの写真を見るといつも彼と一緒に映っています。おままごとにもひっぱりだこです。そうそう、いつも抱っこして一緒に寝ていたんですよ。とても抱っこして寝るには適さないフォルムですが。よくあの尖った耳が目に入ったり……とかそういう事故が起きなかったものだ、と関心してしまいます。
私は一人っ子です。ゆえに一人遊びが大好きで空想好きな子供でした。いつもおままごとでは私がルールです。勝手に設定を作り出すのはいつだって私でした。この子はこういう性格で、こういう仕事をしていて、この道具が仕事道具なの。なんてことをずーっと話し続けていたんです。当然、きいろいお友達にも私の中で役割がありました。彼はいつだってお父さんのポジションでした。
(当時、『別個体』のきいろいでんきねずみが活躍するアニメが流行っていましたが、あまり私には関係なかったようです)
 彼は、(私の中で)赤いテディベアの女の子と結婚していて、子供が二人いました。子供たちはすくすくと育ち、他のお友達と仲良く暮らしています……と、そんな設定で毎日毎日にこにこ平和に遊んでいました。
 そんなある日、大切なきいろいおともだちに大事件がおきます。私はいつものように、彼を抱っこしたままお隣の人間のお友達と遊んでいました。
 確か、あのときはおままごと中でした。大きなお鍋でスープを作ろう、という設定でそこら辺の草をちぎってはスープの具を集め、大きな青いバケツに水を張りお鍋に見立て、ぐつぐつやっていました。そこで、幼い私は手を滑らせ、大切な大切なきいろいおともだちを水の入ったバケツに落としてしまったのです。きっと、水が入ったことで電池の通電がおかしくなったのでしょう。彼から鳴き声が止まらなくなりました。その鳴き声はだんだんとかん高く、早くなっていきます。まるで狂ったように鳴き続ける彼に私は大泣き。
「おとうさ~ん! 助けて! 鳴き声が止まらないよぉぉ!」
 一緒にいた人間の方のお友達を放りっぱなしにして私は叫びました。
「どうした、どうした!」
 私のものすごい泣き声にびっくりした父がすっとんできました。その間もずっと彼は声にならないような声で泣き続けます。私はそれに恐怖し、さらに激しく泣きました。人間の方のお友達はぽかんとしてます。まさにカオス。

 結局、何をしても鳴きやなかった彼はその魂とも言える電池を抜かれ、こたつの中で乾かされることになりました。私はその間中、彼の名前を呼び続けました。大人からすれば、『可愛いな』とか『馬鹿だな』と思われるかもしれませんが、私にとって、彼は本当のお友達と同じでした。そのお友達が目の前で病(?)に苦しんでいるのです。私はいてもたってもいられませんでした。

 そんな事件があってからも、彼とはずっと友達でした。彼は相変わらずおままごとの中心にいましたし、おでかけにも連れて行きました。そうそう、一緒にメリーゴーランドに乗ったっけ……もちろん寝るときも一緒です。

 その関係性が変わったのは私が中学生になった頃でしょうか。ぬいぐるみやおもちゃを卒業し、新しい空想のお友達ができました。彼は押し入れにしまい込んだまま忘れ去られてしまいました。
 そのまま、何年の時が流れたでしょうか。ネリは大学生になり、大学を卒業し、今まで住んでいた地を離れなければならなくなりました。忙しく引っ越しの荷造りをしていたときです。押し入れを整理していたときに、彼と久しぶりに再会しました。なるべく移動に不必要なものは持っていくのはやめよう。そう思っていた私ですが、彼を捨てる気にはどうしてもならなかったのです。私は彼を大事に大事にくるんで、新しい地に連れていきました。

 と、いうわけで『昔話を題材にしたエッセイを書こう』と思ったときに思い出して彼を取り出したのですが……随分と軽いですね。こんなに軽かったっけ? 昔はもっとずっしりと感じられたはずですが。
 思い出というものはすぐに色あせてしまうものなのですね。しかし、彼と過ごした日々は確実に今の私の中にも流れていると思うのです。勝手に設定を考えて一人、遊んでいたあの日々。それは一人で小説やエッセイを書いて楽しんでいる今の私となんら変わらないと思うのです。

 『いつだって だれだって ポケットの中はファンタジー』なのです。

 あなたのポケットの中にはまだファンタジー、ありますか?

きいろいおともだち

きいろいおともだち

エッセイ集『たから箱庭』に収録。 『いつだって だれだって ポケットの中はファンタジー』

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-20

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