還暦夫婦のバイクライフ 20

ジニー、気になる山越えの県道を走りたくなる

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
 いよいよ梅雨も明け、今年も猛暑がやって来た。先週高知桂浜に行ったバイク屋さんツーリングでは、大渋滞に巻き込まれて一台のバイクが動かなくなってしまった。プラグキャップ内部に残っていた水分が、高熱で水蒸気になり、プラグキャップが跳飛ぶという珍しい原因だった。その日も猛暑日で、バイクを運転している人たちも熱中症一歩手前というバイクにも人にも厳しい一日だった。
 「リンさん、今日も暑くなりそうだよ」
7月下旬の日曜日、テレビの天気予報を見ながらジニーが言った。
「ここまで暑いと、早朝ツーリングが良いかな」
「いや、それはそうだけどリンさん、宵っ張りの朝寝坊の人がいう事じゃないでしょう?」
「寝てるよ?ちゃんと」
「リビングの長椅子に横になって、スマホやテレビ見ながら寝落ちしてるのは、寝てるうちに入るのか?」
ジニーは先日寝不足のリンの豹変で嫌な気分になったので、寝るときにはちゃんと寝てほしいと思っている。
「まあ、寝たり起きたりだけどね」
リンは全く気にならないようだ。
「今日だって、朝7時には起きてるでしょ?」
「んー、休みの日にしては早いかな」
「そんな事より、今日はどこ行く?」
「そうやな、僕が前から行ってみたかった、大川村から別子ラインに抜ける県道6号線が良いかな。大型バイクも整備中だし、アイちゃん号を動かすのにも良い距離だし」
「そうか、じゃあ私もR25で出よう」
「では早速、準備にかかろう」
リンは着替えに寝室に上がる。ジニーは朝食を軽く取り、着替えにかかる。長袖クールアンダーシャツの上にTシャツを着て、冷感アンダーパンツの上に夏用ライダーパンツをはく。夏用メッシュジャケットを玄関先に置いて、ジニーはR25とアイちゃん号を引っ張り出す。アイちゃん号はキャブ車なので、さっさとエンジンを始動して暖気をする。チョークを徐々に絞りながらエンジンを温める。それからバッグを取り付けて、出発準備を整える。リンも外に出てきて、R25にバッグを取り付け、ヘルメットを被る。ジニーもヘルメットを被り、インカムをつないだ。
「リンさん、聞こえる?」
「聞こえるよ」
ジニーはアイちゃん号のチョークレバーを完全に戻し、軽く空ぶかしをする。エンジンは息つきもなく、きれいに吹ける。
「じゃあ、出ますよ」
「オッケー」
9時丁度、二人は家を出発した。
「ジニーガソリンは?」
「入れるよ。」
「了解」
いつものスタンドに寄って、給油する。ガソリンが値上げになる中、レギュラーがお財布に優しい。
「ジニー、ルートは?」
「R11を西条まで走って、R194の木の香で休憩かな」
「前走って」
「はいはい」
ジニーはリンの前に出て、環状線から小坂の交差点でR11に乗る。そのままひたすら走って、桜三里を上がってゆく。
「あ、今気づいたんだけど、僕普通の運動靴履いてる。何か足元が変だなっと思ったよ」
「え~今気づいたん?間抜けやねえ」
リンがワハハっと笑う。
「まあいいや。今更だし。なんだか今日はすいてるねえ」
「私のおなかも空いてるけど」
「え?朝食べよったよね?」
「パンの欠片とコーヒー1杯」
「へえ。今何時?」
「10時過ぎ」
「う~ん、どこかの茶店でモーニング?」
「と言ってるうちに、茶店2軒通りすぎちゃった。私今日はモーニングの気分じゃないな。どこかのご飯屋さんで、早めのお昼にしようや」
「わかった。じゃあ小松のハイウェイオアシスでも行ってみる?」
「え~、あそこって食べる所あったっけ?」
「無かったっけ?」
そう言いながら二人は国道からわき道に入り、小松ハイウェイオアシスへと丘を登っていった。駐車場まで走り、バイクを止める。
「リンさんここって、道の駅なんだ。道の駅小松オアシスだって。こちらの売店はおあしす市場っていうのか」
売店の中に入り、一通り見て回る。
「ジニー、やっぱり食堂無かったね」
「うん。以前あったような気がしたんだけど」
「昔はあったのかもね。せっかくだからモンベルに寄っていこう」
「何か買うの?」
「アウトレットのTシャツを見たい」
「わかった」
二人はおあしす市場の隣にあるモンベルへと向かう。一階をぐるっと見て回り、二階に上がる。アウトレットコーナーに並ぶ旧型のTシャツや在庫処分のTシャツを見て、3着ほどピックアップする。
「リンさん、Tシャツは綿100%じゃなくて化繊のが良いよ。軽いし汗かいてもすぐ乾くし」
「山用Tシャツはみんなそうでしょ。着心地良いしね」
リンはどうやら、子供達のTシャツを買うつもりらしい。
「奴らは放っといたら破れるまで着るし、破れても着てるし、こっちが恥ずかしいのよ。全く、自分で買いやがれ」
そう言いながら結局3着買っている。
 バイクに戻って買ったTシャツをバッグに収め、ヘルメットを被り出発する。来た道とは別の道を走り、小松町内に出る。
「ジニー、丸文行く?小松駅前にあったよね」
「そうやな。行ってみるか」
ジニーはR11を左折して小松駅に向かう。リンも後に続く。R11から小松駅へと右折した所で、人だかりがあるのを見つけた。
「リンさんあれって、丸文の順番待ちじゃね?」
「え~まだ11時前なのに・・・あ、本当だ。これはだめだ。ジニーパスパス」
ジニーは小松駅前でUターンする。
「リンさん回れる?」
「回ったよー。さてどこ行くか」
「この前行った、何とかって所行く?」
「何とか?ああ、いいよ」
二人はR11に出て少し走った所にあるご飯屋さんに入った。
「ああ、そうそう。みなたけだった」
「ジニーどうせすぐ忘れるでしょ」
「いや、2回目だから覚えたよタブン」
「ふ~ん」
ジニーは暖簾をくぐる。リンもそれに続く。店内は何組かのお客さんがいたが、席はいくつか空いていた。二人は窓際の席に座る。
「何にしょっかなー」
ジニーがメニューを見ながら考える。
「あ、冷麺がある。これにしょっと」
「じゃあ私も」
店員さんに来てもらって、冷麺を2つ注文する。程なくして、冷麺がやって来た。ジニーは早速箸を取り、一口食べる。
「う、ま~い」
「うん。おいしいね」
しばらく2人とも黙々と食べる。
「見た目より量がある。いいねこれ」
リンがそう言っているうちに、ジニーはすっかり平らげている。
「ご馳走様でした」
「ジニー早い。私まだ半分あるよ」
「ゆっくりどうぞ」
ジニーは水を飲みながらスマホをいじる。
「雨雲は・・・大丈夫だな」
「何?雨降るの?」
「いや、全然平気。夕立はわからんけど」
「そういや近年、この時期は夕立にやられることが多いよね」
「夕立というよりはゲリラ豪雨だな。雨降ってる境が見えるようなね」
「夏だからまだ平気だけどね」
リンはそんな事を話しながら、冷麺を食べ終えた。しばらく休憩してから席を立つ。
「ごちそうさまでした」
会計を済ませて店を出る。出発準備をととのえて、二人は出発した。
「さて、次行くよ」
「次は?」
「とりあえず木の香かな」
「オッケー。ところでジニー、さっきのお店の名前は?」
「え?・・・やすたけ?」
「違うよ」
「まつたけ??・じゃないな。たけってついてたけど、何だっけ?」
「ほらね。みなたけですよ、おじいちゃん」
「あーそれだ!みなたけだ。すっかりじいちゃんになってしもたなあ」
「まだ早いって」
「でもまあ、僕の記憶力の悪さは子供の時からだしね。だから勉強は大嫌いだった。いろんなこと覚えてないと、テストで良い点取れなかったもんね」
「おバカ自慢するなって」
「きびしー」
「はははは」
R11を東進し、R194に乗り換えて加茂川沿いを上流に向けて走る。やがて新寒風山トンネルが見えてきた。
「うっ冷たい!」
「わあ、入り口から冷気の塊が押し出されてる」
トンネル手前で冷気にぶつかる。そのままトンネル内に進入する。
「ひぇ~寒う!」
「目が覚める寒さだねー。メッシュだと半端なくさむいわ~」
「凍死しそうだ。早く外へ!」
ジニーは遠くに見える出口に向かってスロットルを開ける。
 冷気を突き抜け、外に出た。
「ひゃー暑い」
「あったかいねー。ジニーこのまま木の香パスしても良いよ」
「いや、止まる。なんだか眠い」
「えーあんなに寒かったのに、目覚めたんじゃないの?」
「知らんけど眠い」
ジニーは急に襲ってきた眠気と闘いながら、木の香に滑り込んだ。リンが後に続く。
 リンがトイレに行っている間に、ジニーは水を買って飲む。
「あれ、眠くなくなった。ひょっとしたら一夜干しになるとこだったのか?」
「ジニーそれ頂戴」
戻って来たリンに、ジニーはボトルを渡した。リンは一気に半分ほど飲む。
「はあ~。一夜干しになる所だったわ」
リンがジニーと同じことを言う。
「ジニー、大川村の村の駅ってあるでしょ。あそこ寄らない?前から気になってたのよね」
「いいよ。確か県道6号線入り口の少し先にあるはずだから。今日営業してるかな?」
「行けば分かるよ。ほら、さっさと行くよ」
12時30分、二人は木の香を出発した。R194を少し走り、県道17号へ左折する。アイちゃん号とR25は、快調に走ってゆく。20分ほど走った所で大川村に到着した。
「確かこの先トンネルを潜った所に・・・あった」
大川村結いの里・村の駅に到着した。バイクを駐車場に止める。
「初めて来るなあここ」
「うん、今まで何度となく通りすぎてたけどね。止まるのは初めてだわ」
何があるのかわくわくしながら、二人は建物に向かった。
「入り口で靴脱ぐんだ」
靴を上履きに履き替えて、中に入る。入った所はちょっとした物販コーナーになっている。右手にはキッズコーナーがあり、何組かの親子が遊んでいた。
「すみませーん」
ジニーが職員さんを職員さんを見つけて声をかける。
「はーい」
「コーヒー飲めますか?」
「大丈夫ですよ」
「じゃあコーヒー2つと」
「それとおにぎりはできますか?」
リンが壁に貼ってあるメニューを見ながら質問する。
「いけます」
「じゃあ、牛めし握りと・・・ジニーは?」
「え?・・・はちきん地鶏のそぼろおにぎり」
「承知いたしました」
職員のお姉さんがレジを打つ。合計840円を支払い、左手にある食堂スペースで座って待つ。しばらく待っていると、コーヒーとおにぎりがやって来た。早速二人はおにぎりをほおばる。
「あ、これおいしいわ」
「鳥そぼろもいけるよ」
お互いのおにぎりをシェアして食べる。
「ジニーここって、バイク屋ツーでも大丈夫そうやね。スペースも広いし、ちゃんとしたメニューもある」
「そうだね。岩角さんに話しとくよ」
2人とも十分満足して、村の駅を出発した。
 村の駅から少し戻り、県道6号線へ右折する。
「ジニーこの道、そんなに悪くないね。誰か言ってなかったっけ?ひどい道って」
「うん、言ってたな。確かに狭いけど、この先キャンプ場もあるみたいだし、そのあたりまではきれいなんじゃないの?」
どんどん山奥に入ってゆく道を走りながら、二人は景色を楽しむ。
「涼しくなってきた。道も悪くないし、楽し~」
リンがはしゃぐ。川沿いに走っていた道が山向いて登り始めるヘアピンの所で、対岸の山から滝が落ちている。
「リンさんあの滝、良くない?」
「いいねー。止まって写真撮ろう」
広くなっている所にバイクを止め、二人は何枚も写真を撮る。
「何て名前の滝?」
「えーとね、じじいの滝」
「は?見せて」
リンはジニーがスクショで取り込んだ地図をじっと見る。
「じじいじゃなくて、おきなの滝でしょ?翁の滝って書いてあるよ」
「うん、そうとも読める」
「もう!」
リンはジニーのおやじっぷりがお気に召さなかったようだ。
ヘアピンで川から離れた道は、山肌をどんどん登ってゆく。所々落差のあるヘアピンが現れ、しかもご丁寧にアスファルトがはがれて砂利がむき出しになっていたりしている。
「リンさん、砂利が出ている。気を付けて」
「大丈夫。クリアした」
少々荒れた道を走り、峠を越える。
「ここが県境か。リンさん、ここからはずっと下りだ」
「なんだか愛媛県側に入ったら、道が悪いなあ」
「でも平気でしょ?」
「うん。むしろこんな道、好きだけど」
「え~そうなん?」
「でもさすがに、大型で走るのは嫌かな。あのヘアピンで立ちごけするかもね」
リンは上りの砂利がむき出しのヘアピンは嫌だったようだ。
 道はどんどん下ってゆく。くねくねの山道を充分楽しんだ二人は、別子ラインにたどりついた。
「はい、楽しいくねくね道もおしまいです。ここからはリンさんが苦手な別子ラインですよ」
「苦手ってほどでもないけど、まあ、苦手か」
「マイントピア別子に止まるから」
「はーい」
ジニーはバックミラーでリンを確認しながら別子ラインを走る。アイちゃん号で走っているので、のんびりしたペースだ。別子ダムの横を通り、大永山トンネルを通り抜け、道は下りになる。東平入り口を通り過ぎ、鹿森ダムを越えてループ橋を下ってゆく。対岸にあるマイントピア別子に向け橋を渡る。バイク駐輪上に止め、エンジンを切る。
「リンさん、こんな早い時間にここに来るのって、久ぶりだね」
「今何時?」
「15時丁度」
「本当だねえ。中に入って休憩しょ」
二人は建物に向かった。夕方来ると閉まってるカフェが、今日は営業していた。
「ジニー私これね」
入り口にあるメニューボードを見て、リンがソフトクリームを指さす。
二人でカフェに入りソフトクリームを2個注文する。出来上がりを受け取って、カウンター席に座る。外の景色を見ながら、のんびりとソフトクリームを味わった。
 1時間ほど休憩して、マイントピア別子を出発する。県道47号から上部東西線に乗り換え、広瀬公園通り経由でR11に出る。
「ジニー交通量が少なくない?」
「うん。明らかに少ないな。ここをこのペースで走れるなんてね」
いつもは混雑してうんざりする道が、今日は制限速度オーバーで流れている。
「高速使わずに、小松まで走って鈍川経由水ケ峠で帰ろうかな」
「それでもかまんよ」
リンも同意する。
 小松まで走った所で、ジニーは急に水ケ峠廻りで帰るのが面倒に思えてきた。
「リンさん、なんだか気が乗らない。このままR11をまっすぐ帰ろう」
「わかった」
2台のバイクは、桜三里を駆け抜け、道後平野に戻って来た。
「リンさん、あれ見て」
ジニーが左前方を指さす。そこには明らかに大雨が降っている砥部町の谷間があった。
「あっまずい、あれこっちに来るよ。あと10分くらいで。砥部から鷹子町のあの山を結んだラインより松山寄りに行けば、雨に当たらないから急げ!」
リンはいつもより早いペースで流れている車列にさらにはっぱをかける。その甲斐あってか、雨に当たる前にラインを越えた。
「よおしセーフ、かわした」
2人は安心して、雨のことは忘れて市内を走り抜けて、帰宅した。
「お疲れー」
「お疲れ様」
ジニーがアイちゃん号を車庫に仕舞い、その後ろにリンがR25を収める。次の瞬間、ざあっと音がして、大粒の雨が道路を川のようにしてしまった。
「お~あぶねー。もう少しでずぶぬれになる所だった」
「後ろから追いかけてたんだ。全然気が付かなかったね」
「水ケ峠に回らなくてよかった」
「ジニー良い判断だったね」
「自分の直感は、やっぱり大事にするべきだな」
ジニーは改めて自覚したようにつぶやいた。

還暦夫婦のバイクライフ 20

還暦夫婦のバイクライフ 20

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-15

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