郵便局強盗をやってみた              

               1

 さっそく実行することにする。
入り口の自動ドアから偵察すると、午後1番の窓口には客の姿はなく、ラクダのように鼻の下が伸びた新人らしい若造が、人待ち顔にこっちを見ていた。
「ケッ、チョロそうだ」
なんとなくうれしくなる。
おれは雑誌にくるんだ菜切り包丁を腰だめにして、すばやく進入する。
長方形の菜切りは、包丁の中でも平和的形状でインパクトには欠けるが、金がなくて資本をかけられない状況では仕方がない。
そのかわり、キラッキラに研いである。
現に今も雑誌のページのスキマから果敢に光を反射し、存在感を誇示している。

 おれは出来るだけ恐ろしい声を出した。
「あ、あのう、お金出してもらえます?」
「は?」
ニブそうな若造はおれと包丁を不思議そうに見比べて、リアクションに困っている。
そりゃそうだろう。
おれ様は曲がりなりにも強盗なのだ。
ヤツの平凡で退屈そうな人生の一大事件、一大珍事だろう。

「あっ、あ~。わかりました」
しばらくの沈黙の後で、ヤツはやっと状況が読めたらしい。
「了解です。はい。本来ならそこのATMでお願いするところですが、ご事情がおありのようですので、ボクが手処理でいたします」
「??」
ちょっとイミフだが、
「とにかく早くしろ!」
こんな場合の常套句を吐く。
「はい」
ヤツはそこで金庫のほうに走るのが常識なのに、なぜかおれの前に手を突き出してくる。

「は? なに?」
おれの疑問にヤツはニッコリした。
「はい。お客様のお通帳かカードを……」
「はぁあああ~? おれが自分の貯金おろしてど~すんだよっ。あんた、おチョクってる? バカ言ってるとチョキチョキしちゃうよぉっ」
おれは強盗の本性を丸出しにして、菜切りをブンブンする。
「きゃあぁぁ」
小荷物係の女の子2人がやっと緊急事態にふさわしい、黄色い声を上げた。

「あ~。なるほど。最初からそうおっしゃってくだされば早かったのに」
「フザけんな。口に出して強盗ですって名乗る阿呆がどこにいる。見りゃわかるだろっ。早くしろっ」
「では、上司に代わります」
若造はマニュアルどおりに、奥にいるツルッパゲ爺に声をかける。
「郵便局強盗さまがお見えです」
現在のおれの立場をやたら冷静に正確に表現している。

 爺は菜切り包丁に対向するかのように、キラびやかにハゲを輝かせながら頭を下げる。
コイツも羊のように気弱な間抜け面だ。
「局長の織和豪亥(おれわえらい)です」
「あ……無職の間貫八津太(まぬけやつた)です」
行きがかり上、名乗ってしまった。


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「早くするんだ」
おれのドスのきいた声に、爺はオタオタする。
だが、コイツも金庫を開けようともしない。
「おジイちゃん、言ってる事わかるぅ?」
思わず声がヒスってしまう。
爺は怖そうにおれを見ながらミニタオルで顔と頭をゴシゴシし、ついでに首筋と両腕を拭いた。
おシボリかよ?

「そ、それが、あのう、金庫カラなんです」
信じられない告白だ。
「ウソ言えっ」
「ホ、ホントです。現金輸送車が事故でまだ現金が届かないんです」
え?
そんなことがあるのだろうか?
金庫には常に金が唸っていると思ったのはシロートの浅はかさだったのだろ~か?
「じゃ、ど~すりゃいい?」
「ええ。まぁ、お待ちいただくとか。でも、よろしければつり銭用の小銭ならあります。4万ほど。当座の現金としていかがでしょう?」
「うん、しゃぁねぇな。待ってるわけにもいかねぇから小銭をもらおう」
強盗に入ってしまった成り行き上、とにかく4万でも金は手にしたい。

「はい、かしこまりました」
爺はやっと金庫の鍵を開け、せんべい缶のような物を取り出した。
中には1円・5円・10円・50円・100円・500円玉が、雑多に放り込んである。
そのいい加減さに、お堅い郵便局のイメージがガラガラと崩れていく。
「では、数えます」
「いいよ。そのへんの布袋にでも入れてくれ」
「いえ、数える規則ですので。郵政省がらきついお達しがあるのです」
爺は言いながら、局員3人に合図してせっせと数え始める。
バラ銭を種別に50枚づつ積み上げて、それでひとくくりだ。
だが、耄碌しているのだろうか、せっかく積み上げた小銭タワーを崩してしまったりしている。
また、1から数え直しだ。
「しゃぁねぇな。おれも手伝うワ」
「あ、ど、どうも。なんとも申し訳ありません。お手数です」
爺が律儀に恐縮する。

 しかし、これは案外むずかしかった。
慣れないとちょっとした力の入れ具合で、バラ銭をはじいてしまう。
おれと爺は必死で指先をコントロールしながら、局員3人のスピードに遅れまいとガンバった。
そのうちに同じ作業に従事する者の連帯感というのだろうか?
なんとなく和気藹々とした雰囲気になごんでくる。
「お茶でも入れましょう」
小荷物係の1人が気を利かして言うと、もう1人も、
「じゃ、あたし、お茶菓子出します」
と、うれしいことを言ってくれる。

「羊羹なんですけど、上手く切れなくて……」
安物のペティ・ナイフで苦労している様子に、
「あ、菜切り差し上げますんで使ってください」
自分のキレッキレの包丁を提供する。
程なく出て来た茶と羊羹は感動的に旨かった。
「みんなで食べると美味しいねぇ」
おれが言うと、
「あ、じゃ、羊羹もう1つど~ぞぉ」
と、サービスしてくれた。
強盗に入ったのが申し訳なくなるほど、気の利く郵便局だ。

「3万8千、9千、4万っ。間違いありません」
やがて若造がうれしそうに言った。
一仕事終えた喜びに顔は輝き、鼻の下はさらに伸びている。
爺も汗ばんだハゲ頭に天井ライトを反射させながら、手近な布袋にジャラジャラと小銭を移し、机の上に置いてくれた。
持ちやすさと解きやすさを考慮して、かわいいチョウチョ結びにしてある。
「あ~、どうもお世話様。意外に時間かかっちゃったよねぇ。じゃ、ちょっと名残惜しいけどおれはこれで」

 だが、そそくさと遁走しようとする目の前に、なにかの書類とボールペンが突き出される。
「は?」
戸惑うおれに、爺が当然のことのように言う。
「借用書です。郵政省がらきつい……」
「お達しがあるのね。はいはい」
住所氏名・電話番号・職業を書く欄があって、住所不定のおれは実家の所在地と電話を記入し、職業欄には正直に無職と書いた。
「これでいい?」
「はい、OKです。でも、お客さま、字お上手ですね」
小荷物係りの若い子が、おれを客扱いしながらホメてくれる。
「そ、そ~おぉ?」
なんかテレてしまった。


               3


 笑顔の局員たちに和気藹々と見送られて外に出る。
が、乾ききった街は、39,94℃の異常気象真っ只中だ。
重い銅の10円玉が中心の4万円のせいで腕が抜けそうで、真っ直ぐ歩いているつもりでも「よとととっ」とよろめいてしまう。
重量は40キロはあるだろう、これでは小銭ではなく大銭だ。
と、とにかく、今宵の宿のネカフェにたどり着かねば。
冷や汗は流れ口は渇き、周りの風景はグニャリと歪んで、サルバトーレ・ダリの「大自慰者(知らない人はggってね)」の世界だ。
おれの尋常でない様子に通行人が気づいて声をかけてくれる。
「熱中症かしら? 大丈夫ですか?」
なんと、若い女の声だ。
そこはかとなく色っぺぇ。
普段なら第3の足がモッコシだが、今のおれには小さな親切大きなお世話だ。
「い、いや、へ~きで……す」
「そこ。そこが交番ですから、少し休ませてもらえば? 今のお巡りさん親切ですよ」
「い、いや、それは、こ、困」
逃げようとするおれに、おせっかいな通行人たちがワラワラと集合してくる。
あっという間に目の前の交番に担ぎ込まれてしまう。
「ダ、ダメ……ダメ……ってば……」
おれはムダな抵抗を続けながら、無責任に気絶したようだった。

 次に気づいた時には狭いながらも3,4人が入れる個室に横になっていた。
目の前には冷徹な鉄格子?
「うっそ」
なんと手回しのいい交番だろう。
「だ、出してくれっ。おれは無実だっ」
大声で叫んでいた。
いや、自分でも決して無実ではないとわかっていたが、こういうシチュエーションではついついこうなる。
ついでに猿みたいに格子を揺さぶったりもする。
「はい、気がつきましたぁ? びっくりしたでしょ? 保護室がほかの熱中症患者さんでいっぱいだったので、あなたにほ急遽、留置場に入っていただいたんです」
若い巡査の溌剌とした笑顔。
ボクちゃん、善良で有能な健全市民の味方です、っとその顔に書いてあるのがちょっとまぶしい。

「あっ、そ。そ~だったのぉ? 早く言ってよぉ」
な~るほど、了解了解。
取調べも受けずに、即、留置場なんてスピーディすぎる。
「いやぁ、暑いですからねぇ。遠慮なく休んでいってください」
またまたご親切な言葉は、この交番の親玉らしいでっぷりとした50代の巡査部長だった。
ニコニコするとエクボがかわいい。
「い、いや、あの。その。急ぎますので……。
とにかくお断りするおれの腹が、
「ぐぉおきゅるるるぅ~」
と鳴る。

「あ、空腹はいけませんねぇ。低血糖は熱中症よりたちが悪い」
若い警官が眉をひそめる。
「じゃ、カツ丼でも取りますか?」
50代のエクボ部長が電話の子機を取り上げる。
え、カツ丼?
それじゃまるで、自供した犯人じゃん。

「ただし、代金はご自分で。オゴると利益供与、つまりワイロになっちゃうんですよ。昔はゲロったら、よしよしってことでこっちのポケットマネーだったんですが、時代が変わってねぇ」
「はぁ、な~る。……で、でも、ブタ箱(留置場)でカツ丼っていうシチュエーションがちょっと」
ためらうおれの腹が盛大にまた鳴った。
「あ、来々軒さん、カツ丼3つ。大至急」
かくしておれは不本意にもお巡りさんと3人で、遅い昼飯を食うことになったのだ。


               4


 「お茶入れました。どうぞ」
若い巡査が湯飲みを差し出してくれる。
「あ、こりゃどうも」
受け取って飲んでみると、
「うまいっ、これ、玉露ぉ~?」
素晴らしい高級煎茶の味がする。
「わかりますぅ?」
巡査はうれしそうにニコニコし、エクボの親玉が説明してくれた。
「彼の実家は『狭山茶どころ』なんです。親御さんの茶工場を継ぐはずが、警察官に憧れて地域課入り。仕事熱心で将来有望ですよ」
ホメられてテレている姿が初々しい。
おれといくらも年は変わらないのに、健全で有能な若者だ。
なんとなく日本の将来に希望が持てる気がする。
それに引き換えおれは……。
いやいや、考えまい。

「地方公務員ですものね、安定していてうらやましい」
おれの言葉に彼はちょっと悲しげに首をかしげた。
「いや、警察官や役人、議員なんかは善良な市民の公僕なんですが、交番勤務はけっこう大変でよ。最近は万引きや窃盗犯などに罪の意識が薄くてね」
ドキッ。
こうして茶までいただいているおれは、なんと窃盗より罪の重い郵便局強盗だ。
「犯罪者の癖にやたらに権利ばっかり主張して、本官ら若手をバカにしたりする。そんな時、コイツのケツを思い切りペシペシして警官やめよっかな、なんて思っちゃう」
さもありなん、実に正直な告白だ。
だが、今の世の中、制服姿の溌剌さわやか警官に尻を叩かれる趣味の輩もいないとは限らない。
そうなると彼はいとも易々とソイツらの術中にハマるのでは?
いやいや、考えまい。

「ま、未熟なうちはみんなそうですよ」
エクボ上司がニコニコとフォローする。
きっとこの人は『上司になってほしい血液型』で半世紀以上もトップのO型だろう。
「でも、精神的に成長して、コイツは警官や駅員や店員ぐらいにしか毒づけない臆病弱虫半端モンって哀れに思えるようになれば、コッチの勝ち。罪は罪ですから、ちょっと脅かしてあげたりね。正義はコッチにあるのです」
う~ん、なるほど。
実に大人だ。
お気楽に見える交番勤務も、実は精神修養の部分が多いのだろう。
みんな給与を得るために苦労や努力や言うに言われぬガマンをしているのだ。
それに引き換えおれは……。
いやいや、考えま……。
なんだか目頭がジ~ンとしてくる。
鼻をスンスンしているおれに
「鼻炎ですか? 今多いんですよね」
巡査が急いでティッシュ・ボックスを差し出してくれる。
優しい笑顔と気遣いが心に染みた。
それに引き換えおれは、楽して金を得たいただのクズだ。
ズキズキと痛む良心に尻を蹴られて、反射的に自白してしまう。
「おっ、お巡りさん、ごめんなさい。お、おれ、実は……」


               5


 「熱中症の症状の『認知のゆがみ』じゃないでしょうかね。白内障なんかも進行しちゃうって言うし」
溌剌巡査が言った。
顔は明らかに困惑している。
「し、信じてください。おれ、本当に郵便局強盗なんですっ。ホントのホントですっ」
必死で無罪を、いや、有罪を主張する。
「そ、そこ。そこの駄目元(だめもと)郵便局です。午後1番でしたから、今日の13時過ぎです」
「う~ん」
温厚巡査部長が悩ましそうに、額にシワを寄せる。
「今、午後4時過ぎですよね。あなたの話から数時間がったっている。しかし、駄目元(だめもと)郵便局からの通報、つまり、被害届けはない。結論から言えば、あなたの妄想に過ぎないのでは?」
「違うっ、違うんですっ。天地神明にかけて、おれは郵便局強盗なんですっ。おれの自供をどうか信じてくださいっ」
おれはツバを飛ばして叫んでいた。
2人の警官は顔を見合わせるだけだ。

 ついにおれは今の今まで後生大事に抱えていたバラ銭を証拠品として差し出した。
「これ。これが奪った金です。これこそ動かぬ証拠です」
「ふ~ん?」
職業柄、一瞬、ギラッと輝いた目がもとの平常時に戻る。
「ひょっとして、あなたは郵便局にこれを預けに行くつもりだったのでは? ほら、貯金箱にためておいた小銭がまとまったので金融機関に持って行くって、よくありますよね」
た、確かに。
言われるまでもなく、このシチュエーションは小銭をためた庶民が大喜びで郵便局に向かう、晴れがましいシーンに見えなくもない。
だが、本気の本気でおれは強盗なのだ。
「じゃ、お手数でもおれといっしょに来てください。郵便局に行けばわかります」
「駄目元(だめもと)局は警邏コースに入っています。行ってみましょうか?」
巡査が提案する。
「そうだな」
エクボ巡査部長がニッコリと微笑んでおれを見た。
少しも疑っていない純真な笑顔に、余計に心が痛む。
「早く、早く」
おれはとにかく2人をせかしてパトカーに乗り込んだ。

 午後4時過ぎの強い西日に照らされてロクに冷房も効かない郵便局には、局員の他にはだれもいなかった。
こんな開店休業状態で、商売になるのだろうか?
民営化の現状が心配だ。
「あっ、ご苦労様です」
羊のような織和豪亥(おれわえらい)局長が、元官庁の郵便局員らしくビシッと敬礼する。
ちょっとカッコよくて見直した。
「あっ、いや、お楽に。え~、業務になにか支障や問題はありませんか?」
巡査部長がさり気なく聞く。
返ってくるであろう返事はもう、わかっている。
『あっ、この人。コイツが郵便局強盗ですっ』
『太てぇヤツで羊羹を2つも食いやがったんですっ』
『さっすが警察。もう、逮捕なさったんですね。ステキ』
『ケチョンケチョンにお灸すえてやって。死刑でいいんじゃない?』
い、いや、それはちょっと遠慮したいが……。

局長が口を開こうとして、ハゲ頭がキラリと輝く。
緊張の一瞬だ。
「いえ、町の小さな局ですからね。なんの問題もありません。いつもどおりです」
はぁっ?
おれの心象風景とは全く違ったのどかな返事に混乱する。
この期に及んでなに言ってんのよ、あんたたち?

「やはり、そうでしたか。では、この人に見覚えは?」
「あ、はい。このかたは午後1番でみえた『貸付』のお客様です」
カ、カシツケってぇぇぇ~?
全くのイミフだ。
「そうですか」
2人の警官は素直に納得して、
「熱中症のせいでしょう。家までお送りしましょうか?」
と、タクシー代わりを申し出てくれる。
おれはブンブンと首を振った。
このままパトカーを乗っ取って、刑務所に直行したい気分なのに、
「事件性はありませんから」
2人はダメ出しのように言って、のどかに去って行った。



               6
  
「あのう……」
ガランとした局内でおれはオズオズと尋ねていた。
「おれ、郵便局強盗でしたよね?」
「ああ~。途中まではそうでしたね」
は?
途中までぇ?
この局長はボケ老人ではないだろうか?
認知のゆがみどころか、認知症?
だが、周りの局員3人もなんの問題もないようにうなづいている。
「つまり、この借用書をお書きになった時点で、あなたは立派にお客様に昇格なさったんです」
「はあぁ?」
郵便局強盗が客に格上げぇ?
えらい出世ではないか。
「事情がありましてね」
織和豪亥(おれわえらい)局長が語った郵政省もからむ郵便局事情はこんなものだった。

 一時期、コンビニ強盗と郵便局強盗が巷でやけに流行ったことがあった。
民営化とはいえ、郵便局は郵政省の出先機関である。
お役人根性の官僚たちにとって、自分の任期には何事もなく平穏無事であることが望ましい。
落ち度さえなければ、美味しい天下り先が待っているのだ。
その内情に、郵便局強盗多発はまずい。
官僚たちは無い知恵を絞った。
そして名案を思いついたのである。
曰く、
「客にしちゃえばいいじゃん」

 そう、強盗ではなくお客様!
これなら世間体もいいし、外聞も悪くない。
さっそく借用書が作られた。
住所氏名・電話番号・職業欄のあるアレだ。
もちろん、片隅には抜け目なく貸付金利が記載してあるが、ま、銀行ローン並みなので良心的かも。
しかし、だれもが正直に個人情報を明かすはずはない。
まして、手っ取り早く強盗で金を得ようという不貞の輩だ。
そこで手回し良く、報復措置も考えられたのだ。

 現代は国民総背番号制の時代である。
全国津々浦々、住所も電話も一瞬で照会できる。
つまり、出任せを書いても次の瞬間にはバレバレなのだ。
ウソを書いた時点で、客ではなく郵便局強盗に転落だ。
瞬時に出入り口は自動施錠され、最寄の派出所に通報が届き、局員とは防弾ガラスで遮断され、大音量でテープが流される。
このテープこそ、官僚のねちっこさ・いやらしさを如実に表した恐怖の人格破壊装置なのだ。

「バカだ、チョンだ」は朝飯前。
「おまえの母さん、で~べそ」はご愛嬌。
「はげ、でぶ、ちび」に始まって、「短足顔でか、不細工、淋病梅毒野郎、短小、小学生並み、ナノチンポ、早漏、オンナ日照り、キモ童貞、ホモ、ペドフェリア、DV、近親相姦バカ、変態、異常者、低脳、底辺、阿呆、劣等生、コドオジ、自宅警備員、無職、社会不適格者、脳性マヒ、安楽死候補者、臆病弱虫、ガイ児」と、あらゆる罵詈雑言が際限なく羅列される。
こんだけ流されれば、たいてい多くの単語が当てはまってしまうから、強盗たちは耳を押さえて逃げ惑い、
「か、貸付お願いしますぅ」
と、客に変身したり、駆けつけた警察官に、
「あっ、お巡りさん。助けて」
と、ディープ・ハグしたりしてしまうのだ。

 よ、良かった、正直に連絡先を書いておいて……おれは今更ながらに胸をなでおろしたのだった。
「で、ご用件は?」
きらめくハゲ頭に、ハッと我に返る。
「は、はい、あのう。これをお返しに上がったんですが」
小銭袋を差し出す。
「あ、あ~。貸付金を返還なさる。はい、い~ですよぉ。それでは今日の今日ですから、利息は無料ということに」
「ありがとうございますっ」
なんと親切な郵便局だろう。
おれは今後、絶対、ねこポスやサガワ便は使わない決意をしたのだった。

「では、数えます。郵政省から」
「きついお達しがあったんですよね」
おれも自然に混ざって小銭を数え始める。
「バイトでもしたらどうですか? 今、売り手市場ですよぉ」
小荷物係の若い子が提案する。
「そうそう、最低賃金が1,002円ですからぁ」
ラクダのような若造も長い鼻の下をうごめかす。
「え、ええ。でも、ちょっとコミュ症で……」
「コミュ症? そりゃ貴重だ」
局長も情報提供をしてくれる。
「今は営業なんか、口から先に生まれてきたようなのばっかりですから、客にうるさいって逆に嫌われてね。余計なことは言わないコミュ症がすごい人気なんですよ」

 えっ?
そ、そ~なのぉ?
「履歴書にコミュ症って書けば、一発採用ですって」
小荷物係りの年行ったほうの人もうれしいことを言ってくれる。
なんだか自信が涌いてきて、将来に希望が持てる気がする。
そ~か、じゃ、久しぶりに求人誌でも紐解いてみようか?
「時代は変わったんですねぇ」
おれの感慨に、
「ぷっ、お年寄りみたい」
若い子が噴出して、全員が笑顔になった。

「さ、営業時間外になりましたから、お急ぎでないならちょっと休憩でもしますか」
局長の声に、
「あ、あたし、お茶いれます」
「ケーキあるんですよぉ。間貫(まぬけ)さまはラッキーですね」
女の子たちがいそいそと従う。
「あ、こりゃお手数で。2度もすみません」
恐縮するおれの前に程なく茶とケーキ皿が提供される。
皿にはケーキが2つ、ちょこんと乗っていた。

郵便局強盗をやってみた              

郵便局強盗をやってみた              

いわゆる「ユーモア小説」です。 題材が題材だけに、『勧善懲悪』仕上げにしてあります。 毎度、バカバカしいお笑いをどうぞ!

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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