口内炎

口内炎のお話です。

夢のお話

赤く赤く燃え盛る炎。

どうやら街の半分がこの有り様のようだ。

僕は遠目から見ていた。
何故か街の人々はこの惨状を目の当たりにしても平然としている。
民家のボヤ騒ぎ一つで多数の野次馬が集まる日本とは大違いだ。

そう。ここは日本ではない。
確か中南米あたりの小さな国の一つだったはずだ。

場所が曖昧なのは理由がある。

まず、僕はその場にいないということ。

神様目線とでも言うのだろうか?
映画ドラえもんのび太の創世日記に出てきた、世界の様子を見るための目玉のUFOカメラの映像をイメージすると分かりやすいのかもしれない。

そして、間違いなくこれは夢を見ているだけであること。



他人の「今日見た夢の話」ほど、心底どうでもいい話題であることは首肯するばかりだが、見出しにて「夢のお話」と銘打っているので、きっと読者の皆さま方には、ある程度の覚悟と寛容を持っていただけているものと信じたい。


閑話休題。

その僕が何か手立てはないか考えあぐねているにも関わらず、この人々の落ち着き様に、僕は怒りすら覚えていた。
まるで火事など起こっていないかのようだ。

誰も何もアクションを起こさないので、視聴者参加型のマイドリームワールドへ、僕は雨を降らせることにした。

人々は恵みの雨だと狂喜乱舞し天に向かってアッラーよろしく祈りを捧げるでもなく、鎮火されていく街の上を土足で踏み荒らしていく。

焼けただれた大地は大きな傷痕を残した。

この傷痕を消すには時間がかかる。
単純な時間の経過だ。
待てば良い。

いや、「待たねばならない」。

その時までの間、相応の苦痛を抱えなければならない。

それは恋にも似ている。
一目惚れでも、ほのかに育んだものであっても、例え成就されたものであっても、醒めるそのときまで抱え続けるものである。

ただ、恋には愛というものに変わる分岐が存在する。

マイドリームワールドが抱えたものは苦痛か、恋か。

それは今の僕にはわからない。

待てば良いのだ。

いずれ答えははっきりする。

その時まで、…。


そして僕は、口内炎にかかって四日目の朝を迎えた。

四日目の朝

そろそろ治っても良い頃だよな?

朝の歯磨きをしている鏡の中の自分に向かってそう問いかける。

最近体調が良くないのか、 よく口内炎にかかる。
口内炎にかかるというより、よく口の中を噛む。

こないだは舌を噛んで口内炎になったし、今の口内炎も唇の裏側を噛んでしまい、発症したものだ。

さすがにこう何度も何度も口内炎にかかってしまうと、何故口内炎になるか調べるものである。

どうやら自律神経か、胃腸あたりが良くないようだ。
ビタミンも不足しているのかもしれない。

とにかくナイアシンを積極的に摂取すべきであるが、最近チョコラBBをコンビニで買うのが日課になりつつあり、こう毎日毎日300円支払うのも経済的にしんどい。
根本的に治す必要がある。

イソジンのうがいは良いらしい。

同じように頻繁に口内炎になっていたという、クラスメートの女子に聞いた。
あとはモンダミンのような「お口クチュクチュ」系の口内洗浄液だったり、歯磨きを頻繁に行ったり。

口内炎用の塗り薬はすごく効くとのこと。
購入を検討中だが、「単純な時間経過」で治ってしまうため、たかが口内炎のために薬まで買うのが億劫に感じてしまう。

されど口内炎。
まるで桃鉄のデビルカードのようなボディブローが僕を苛んでいる。

食べ物を美味しく味わえないのが非常に憂鬱である。
こないだ大好きな鳥栖駅のかしわうどんを、痛みのためにまともに食べれなかった。
おかげで寝ても覚めても口内炎な日々である。



通学路を歩く。
あたりはすっかりと白い霜が降りて、本格的な冬の訪れを感じる。

「鳥の栖(す)の町」から鳥栖という名前になったというが、駅から降りて一羽も見かけていない。
さすがにこの寒さじゃ、鳥も巣から微動だにできないないだろ。
僕はハアーッ、と温かい息を手に吹きかけた。
ちなみにこのとき、口の中のアレは少しばかり反応こそしたものの、また眠りへとついた。

痛みはある程度落ち着いているのだ。
ただ、食べたり飲んだりすると大暴れするのであって。
だから待ち続けるしか、僕にはできなかったりする。
ヘタに薬を塗って、それが僕に合わなくて、悪化するとも限らないし。

「やあ、おはよう。今日も手がかじかむ寒さだ。僕はこうして手袋を着用している。君のように吐息で温めるのも季節感があって趣深いけれど、それは非効率だからね。アダムとイブは知恵の実を食べたとき、まず服を探したというのだから、合理的というより人間的とも言えないか? …て、ちょっと待ちたまえ!風間くん!風間史郎くん!」

僕のモノローグだけで済ますつもりだったから自己紹介するまでもないと思って申し遅れたが、僕の名前は風間史郎。
高校二年生だ。
そして浜辺で恋人を追いかける青春メロドラマよろしく、手を振り恥ずかしげもなく僕の名を呼びながら走ってくるこの男の名は水沼俊介。
恥ずかしくもクラスメートであり、さらに恥ずかしいことに次期生徒会長だ。

水沼が何のアニメに影響を受けたか知らないが、ひどく不快な口調になって随分経つ。
元々こんな奴だったっけ? まあ今さらどうでもいいが。

「近頃の君はこの季節に合わせたように冷たく感じるよ」
「温かい言葉でも期待しているんならお門違いだ」
「やれやれ。あの吐息の少しでも体温の通った言葉が欲しいよ」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねえ!」

「ところで、君は今口内炎に悩んでいるんだって?」
「誰から聞いた?」
「クラスメートの亀井さんさ」
僕に口内炎の対処法を教えてくれた、ページ上のクラスメートの女子である。
「…女ってのは口が軽いな」
「なに、雑談のうちの一つの話題さ。僕と君は仲が良いから気を使ってくれたのだろう。ま、女性はコミュニケーションというのを男性に比べて重要視しがちだから、思わず喋ってしまうことが多い気はするけどね。ともあれ、隠すようなことでもあるまい。何なら、僕で良ければ相談に応じよう」
「結構だ。それに仲が良いという前提も取り消せ」
「フッ、つれないな。君は」
「お前が勝手に食いついてるだけだよ!」

「患って、どれくらいたつんだい?」
「四日目だ」
「随分正確だね」
「お前にまた口内炎ができてしまった悲壮感がわかるか?」
「なるほど。最近多いと聞いたし、随分苦労されているようだ」
「親身にされると気持ち悪いけど、そう他人事のように言われると腹が立つのは何でだろうな?」
「それはね、ツンデレって言うんだよ」
「言わねえよ!」
「そんな君が一気にデレてしまうような、とっておきの情報があるんだ」
「デレねえし、胡散臭いからいらねえよ」
「何も口内炎を治すものじゃない」
「だったらなおさら…」
「口内炎の原因がわかる方法さ」

通学路を経て校門をくぐる、正にそのときだった。

学校にて

僕を悩ます口内炎はアフタ性といい、これが起こるメカニズムは実はまだよくわかっていないらしい。

口内炎には様々な種類があり、口の中を傷つけて炎症を引き起こすものや、ウィルス性、菌の増殖によるもの、ニコチン性、アレルギー性、さらは白血病やガンの副作用によるものまである。

一週間から二週間ほどで完治し、それ以上長引くなら口内炎ではなくガンの可能性もあるから侮れないものだ。

だからさっさと治ってもらいたいのは言うまでもないが、そもそも口内炎にならなければ、それ以上のことはない。
故に、原因さえわかってしまえば、それを回避する手立てが見つかるということ。

口内炎に「ならない」のだ。

問題は、その原因を知る方法である。

「どうしてお前が医学的にもよくわかっていない口内炎の原因を知ってるんだよ?」
「件の女子たちの雑談の一つさ。口内炎なり何なり、たちどころにその原因を知れる方法があるらしい」
「“たちどころ”という謳い文句にこのご時世、誰がひっかかるか!」

水沼の悪癖に「噂話を真に受けてしまう」というのがある。
噂話に限らず、伝記や都市伝説に至るまで、普通ならいぶかしがることでも、見事に鵜呑みにする。
近い将来、怪しい宗教に騙されるクチである。

「彼女たちが嘘をついていたと?」
「嘘じゃなく、噂話だ。いちいち真に受けてらんねえよ」
だからなのか、水沼は女子にモテる。
男の僕たちがウンザリするような話題にも素で乗っかり、一緒になっておしゃべりができる。(顔も悪くない)
「しかし君は、亀井さんの言葉を信じ、様々な方法を試している」
「信憑性が違うだろ。お前らのソース元が何なのか知らんが、少なくとも医学的に正しいことをしてるつもりだ」
「ソース元に信憑性があれば、君は信じると?」
「ま、まあな…」

そもそもそんな方法、あるわけないのだ。
亀井さん云々はさておいて、僕はインターネットを駆使して口内炎について調べあげている。
医者に直接聞いたわけではないが、恐らく僕との意見は一致している。

胃腸の調子が良くない。
ビタミンが不足している。
睡眠不足。
不規則な食生活。
口内環境の悪化。
それから、それから…。

「信じるか信じないかは君次第だが…」
水沼から先ほどの柔和な雰囲気が一気に消え去って、まるで偉大な予言者のように語り出した。
「これは彼女たちの先輩から聞いた話らしい…」
ほら見ろ。
ソース元は先輩という安直にも程があるベターなところから持ってきた。
こんなのはどこの学校にもよくある噂話でしかない。
それなのに、この胸の高鳴りは何故だ?
鼓動が速くなり、不思議と顔も熱い。
まるで、まるで恋に落ちた少年のように。

口の中のアレが、ジンジンと疼いている。

痛みはじきに消え、また口内炎にならなければ、いずれ忘れゆくものだ。

そう、「ならなければ」。

ならない方法があるという。
それが何と魅力的なことか。
美味しいものを美味しく食べられ続け、例えうっかり噛んだとしても炎症にならず、笑い話ですむ。
「ど…」
僕は疼く口内炎に抗うように口を開く。
「どうすればいいんだ?」

堕ちた。
僕は悟った。
いずれ消えるとわかっているこの一時の痛みのために、僕の何かが音を立て、崩れ堕ちるのを。

「勘違いしないでくれ。口内炎にならない方法ではなく、口内炎になっている原因を知る方法があるだけだということ」
「わ、わかっている! さ、参考までだからな! 勘違いするなよ!」
後になって、これがデレだということに気づくことになる。
「フフフ…。僕が聞いた、口内炎の原因が知れる場所。それは…」
「それは…?」



「黒魔術研究同好会だ」

黒魔術研究同好会

通称、「魔研」。


僕らが通う、私立鳥栖学園高等学校に存在すると言われる零細同好会だ。

鳥栖学園高校は市内にある唯一の私立高校だけあって、こういったマニアックな同好会が多数存在する。

近くある公立校にはない雰囲気作りをアピールしているつもりなのか、もしくはありきたなクラブ活動に満足できない変人が集まりやすくて収拾がつかなくなっているかは定かではない。

ただ、鳥栖学園高校は受験や就活がある三年生まで、強制的にどこかの部活、同好会に所属せねばならない規則がある。
同好会によっては、部活動で青春を謳歌するつもりのない遊び人たちの腰掛け扱いになっていることも多い。
もちろん、部への昇格を目指して真面目に活動を続けている同好会もあると思うが。

同好会存続には条件がある。

1. 会員が1名以上
2. 1年毎に活動内容の報告を生徒会に提出(初年度は活動内容予定書)
3. 担当教諭が存在すること

つまり、黒魔術研究同好会なるものがあっても、担任の先生がいて、毎年ちゃんと活動内容を生徒会に提出しているものが一人でもいれば、それはれっきとした「同好会」なのである。

ところが僕は、その魔研の存在を疑っていた。

噂話が先行し、あることないこと学生間でまことしやかに囁かれているからだ。
そもそも高校生にもなって黒魔術など、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

担当教諭も暇じゃない。

一週間に一度はその活動を監督しなければならず、同好会存続の大きなハードルがこれにあたる。

物好きな先生がいれば可能ではあろう。
ただ、いつまでもその先生が学園にいるわけでもなし、数も限られている。

その前に、一教育者としてそんな学生の良からぬ好奇心を駆り立てるような同好会の存在を認める者がいるとも思えない。
で、実際あるのかないのかというと。

「あるさ」
次期生徒会長である水沼はさもありなんと答えた。
「僕は女子たちから様々な噂話を聞いていたから知っていたが、この間生徒会の引き継ぎの際に報告書を読む機会があってね。…なかなか、興味深かったよ。噂話とは、少し違っていたけどね」

学園の競技トラックに巨大な魔方陣を敷いているとか。
夜な夜なカラスやらカエルやらを鍋で煮込んで怪しげな薬を作っているとか。
気に入らない先生を得意の呪術で病気にさせたりとか。

ありきたりすぎて興味すら湧かないものばかり耳にしたが、まだこれはごくごく一部らしい。

「もちろんその全てが真実だとは言わないよ」
「一つでも当てはまったら大問題だ!」
「ただ、西洋式魔術の研究は真面目に取り組んでいるよ。生徒会役員として、それは保証する」
「お前は、本気で魔術とやらを信じているのか?」
「藁をも掴む目で“どうしたらいい?”と聞いてきた人の言葉とは思えないなぁ」
「別に絶体絶命でもなければ溺れてもいねえよ! …ただ、ちょっと興味があったというか…」
「恥ずかしがらなくても良いさ。男たるもの、占いや呪いだのに逐一心動かされるものでない。しかし、試してみる価値はある。だね?」
「…まあな」

僕はひねくれているという自覚はある。
例え興味があったとしても、それを直接伝えることはできない。
ある意味男らしくないとも言える。
何か理由を見つけないと、なかなか行動に移せないのだ。

さらに(自分でも不思議だけど)思考や言動が何かにつけて斜に構えがちだ。
素直じゃないと言うか…。
まだまだガキなんだろなとは思うけど。

「どうだい? 魔研の活動場所は知っている。今日の放課後にでも、案内できると思うよ」

これは僕が変わるチャンスなのかもしれない。
純粋に、素直に、「よし!やってみよう!」と言えるための。

幾度となく口内炎は現れた。
消えては現れ、消えては現れ。
その度に口内炎は自らの存在をアピールした。

これは口内炎からのメッセージなのかもしれない。
きっと僕に伝えたいことがあるんだ!
それが何なのか、僕は知らなくちゃならない!

「わかったよ、水沼」
「覚悟はできたかい?」

「ああ。行こう、黒魔術研究同好会へ」

口内炎

口内炎

口内炎のお話です。ちょくちょく更新していきたいと思います。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-07

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 夢のお話
  2. 四日目の朝
  3. 学校にて
  4. 黒魔術研究同好会