自殺サイト

 それはほんの気まぐれだった。或いはささやかな好奇心だった。僕はただ酒の肴を探すつもりでGoogleの検索欄に「自殺サイト」と打ち込んだ。
 別に死にたい訳ではなかった。ただ、夜に一人でウイスキーを飲んでいるとずっしりと重たい憂鬱に襲われることがある。そういう夜は飲めども飲めどもなかなか酔えず、憂鬱は募るばかりで、なんともやりきれない気分になる。そうして、その気もないくせになんとなく死にたいと言ってみたり、虚しいと呟いたりしてみる。それらの言葉は頭の中で反響し、残響としてまとわり続ける。そうやって自ら進んで陰鬱のフィードバック回路の中に飛び込んでみるも、いつの間にか眠り込んでしまうのが常だった。
 当夜はそういう日であった。人間とは不思議なもので、陰鬱な気分が極端に募ると、さらに陰鬱を求めてしまうことがある。破滅的思考を求めるようになる。それでも、この無限増幅回路には人を殺す力はないように思われた。いっそ悲劇の主人公になってやろうという虚しい感傷を増幅させるだけであった。
 僕は酔眼を瞬(しばた)きながら、検索結果を一つ一つ丁寧に検証していった。自殺サイトなるものは須らくそうであるように、グレー、黒、白、赤を基調としたデザインのものが多かった。白は生、黒は死、そして我々はグレー、つまり生と死の狭間に生きるという訳だ。それが血の赤と混じり合ってなんとも不吉な死を予感させる。よく考えられたメタファーだと思った。
また、どこも決まって、掲示板かチャットルームのいずれか、若しくはその両方を有していた。掲示板は深夜だというのに物凄い勢いで更新されていた。書き込みの内容は今の生活が辛いだとか、周りの人間が嫌いだとか、愚痴に近いものや、ほとんど内容がない、ただ辛いから死にたいのだと訴えるものが多かったが、ごく稀に真剣な相談事の書き込みも見られた。
 そこでは僕はただの傍観者だった。なんの感慨もなかった。めくるめく投稿される書き込みは僕にとってほぼすべてが取るに足らないものに映った。そのすべてがまるで地球の裏側で起きた出来事であったかのように感じられた。投稿者の悲痛なる叫びとは裏腹に。僕は一件だけ、仕事が死ぬ程辛いけれど家族の事を思うと辞められないという旨の書き込みに対して、どうしても耐えられないなら、いっそどこか遠くで新しい生活を始めてはどうかと、見当違いとも言える返信を投稿してから、急に興味をなくして掲示板を後にした。
 チャットルームも案の定混み合っていた。その自殺サイトにはチャットルームが八つあって、上から四番目までのチャットルームは少なくとも4、5人は人がいるようだった。発言はしないで、話だけ聞いていると、意外と憂鬱な話ばかりではないことに気づく。取っ掛かりの話題は今日も仕事が辛かったとか、恋人に捨てられたとか、暗いものが多かったが、共感し合ったり、同情し合っていると何時の間にか雰囲気が和んできて、誰かが今日の月はキレイですね、なんて言ったりするものだから、次第に話題も明るくなってくる。そうやって代わる代わる物語の主人公を交代しては周期的に暗い話題と明るい話題を繰り返しながら、語り合っていた。そんなふうに打ち解けて話しているのを黙って聞いているとなんだか酷く寂しい気持ちになって、僕はそのチャットルームから出た。
 時刻は午前3時を回っていた。ウイスキーも切れてしまった。僕はやり場のない寂しさに駆られて今度は一番下にあるチャットルームに入ってみた。そのチャットルームには僕ともう一人の他、誰もいなかった。先方はずっと話し相手を待っていたようで、「誰か」とか、「ヒマだ」とか、独り言のログが残っていた。そのもう一人は桂子というハンドルネームだった。僕はなんとなくその子と話し込んでみたい気分になって、たかというハンドルネームで、こんばんはと書き込んだ。

自殺サイト

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  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-07

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