幻の旋律

 この物語は、有明沿岸を舞台に描いた、人それぞれの「使命」について描いた作品です!
主役である元自然科学研究者の深谷賢治が、幼い頃の記憶を取り戻す過程で、人間的な感覚を得ることとなる。しかし完全に記憶を取り戻したそのとき、彼の身に一体、何が起こるのか?登場人物として、教師、警官、ヤクザが登場するが、彼らの人間模様にも注目である。
 自分勝手な表現、解釈により大変読み苦しい場面もありますが・・
読者の皆様にも、自分自身のもつ「使命」について考えて頂ければ、作者の私にとって、これ以上の嬉しいこのはないです!

ステージ中央にはピアノが置いてある。幕を閉じているためそこは暗闇だ。

投稿~ 幻の旋律 ~ 

第Ⅰ部 ~ 復讐という名の闇の中 ~

 第一話 命題の真偽
 第二話 闇の世界へ
 第三話 十三階段
 第四話 伝説の測量師
 第五話 ロミオとジュリエット

第Ⅱ部 ~ 情緒という名の旋律 ~

 第六話 美的感性を求めて
 第七話 真夜中の悲愴
 第八話 時間との共有

第Ⅲ部 ~ 使命の赴くままに ~

 第九話 加速する臨場
 最終話 さよならをメロディーに乗せて

登場人物

深谷賢治  数学教員 元自然科学研究者
待鳥幸代  音楽教員
木村警部  暴力団対策本部 刑事
塩塚美香  謎の秘書
伊能良蔵  伝説の測量師
平賀源内  金竜組組長 
佐々木次郎 銀竜組組長
滝沢馬琴  銀竜組幹部 殺し屋
木村秀長  麻薬取締捜査官

序章

ステージ中央にはピアノが置いてある。幕が閉じているためそこは暗闇だ。
男は、静かに手を合わせた。

「父と子と聖霊と源によりて、アーメン」

「天におられる私達の父よ、皆が清とされますように・・
美国が来ますように・・
美心が天にあるよう、地にも降りますように・・
私達の日ごとの糧を今日もお与え下さい・・
私の過去に犯した罪をお許し下さい・・
私も人を許し・・・・」

「私は人を許しません・・・」

「イエス キリストよ、あなたが神の子だとすれば・・
私は、悪魔の子なんでしょうか・・」
「私は過去、大量殺人を犯しました・・・
私なりに、悪人を葬ったつもりです・・
いや、あれは復讐だった・・」

「それでもなお、今後、二人の男を殺す予定です・・
私は過去の暗闇を消したいのです・・
これは、私なりの手段です・・
どうか、お許し下さい・・」

「父と子と聖霊と源によりて、アーメン」

男は、鍵盤に向かい座った。そして静かに目を閉じた。
しばらくの間、この一年を振り返ったのだった。

一体、今からどんな物語が始まるというのか。読者の皆様には予測もできないであろう。この物語は、この浅はかな私が思いつきで書いたもので、大変読み苦しい場面もあるが、まあしばらくの間、どうかお付き合い願いたい。

第Ⅰ部 ~ 復讐という名の闇の中 ~

 
雨が降っている。決して、これは「甘露の法雨」ではない・・・・
男は、昇降口から外へ出た。
傘もささずに、その男は、歩いて行った。
片手には、盗聴録音機器を握っているが、それを再生した。
校長と、ある教員とのやり取りだ・・

「あの男は、本校には置いとけない・・うちの評判もガタ落ちだから・・・」
「そうですね・・・」
「でも、首には出来ないのだよ・・」
「では、自ら去ってもらいましょう・・だから、奴が今まで築いた地位から転落させたのですよね・・・
「ああ、そうだ・・・」

雨は容赦なく激しさを増すばかりだ・・・

「俺の上昇人生、今じゃ転落中だぜ・・
お前とは同期で、お互い夢を語ったものだ・・
松本・・俺はお前を許さない・・」

「彼は、教員不適格ですよ・・奴のクラスは今じゃ崩壊中です。
とにかく保護者からのクレーがひどすぎる!担任を変えろと・・」
「それは、教員不適格だ・・でも、なぜ急に!」
「奴のあの秘密を保護者に流しました・・」

「確かにそうかもな・・でも、俺なりに生徒と向き合ってきたつもりだ・・」
「職員も、俺に対し白い目で見ている・・俺の生い立ちを否定してるのか・・・」

やがて、雷鳴がなり響く・・

「あいつが退職するのも時間の問題だな・・
「ありがとう・・君の調査のおかげだよ・・お礼に、新居を建設させるよ・・」

「俺にも、怒りという感情があったのか・・・」
「親父・・勘違いしないでくれ・・・
俺はあんたを恨んでる訳ではない・・・」

雷鳴が激しさを増していく・・

「ほら・・この空も起こってるぜ・・・」

3年前、時空高校に、ある男が赴任してきた。その男の名は、深谷賢治。また同時に大手ゼネコン出身の松本博之も同時に赴任、彼はゼネコン時代の闇の世界との付き合いがあるされていた。とにかく、社交性の富んだ人物であり、やがて校長に最も近い人物となる。その荒れた職員間は二人の男によって、当時若手教員を中心として学校の活力となった。二人は出世して行くのだが、やがて賢治は松本に恨まれる。賢治は、去年から新一年の担任となり、感情表現力に乏しく、大変癖のある性格を持っていたが、彼なりの努力によりクラスはやがて、団結していった。しかし、今年2年次の春、ある秘密を原因に、信頼は急降下した。そして、すぐにクラスは崩壊したのだ。
クラスに対し再建不可能と判断した賢治は生徒と深く向き合うことをやめた。すなわち、生徒との距離を置こうと決めたのだ。そうした方が自分の時間も持て、楽だったからである。賢治は普通の感覚の持ち主ではなかった。優れた論理性をもち大胆な男である。賢治はこの高校の在職中にある授業をしたことがある。これは、その貴重な授業記録である。

第一話 ~ 命題の真偽 ~

「さあ、始めるか!」
みんな疲れ切っていた。
「何だよ・・始めるって言ってるだろ・・」
「先生、今日はみんな疲れていて、なんか元気が出る話でもして下さいよ・・
最近先生、数学ばっかり・・つまらない」
そのクラスの学級委員長が口を開いた。
今日は特に疲れているようである。賢治は考えた。
「俺はな長い間数学を研究してきた。数学は、与えられた定理を、証明することが大事だと思っていたけど、さらに大事なことは疑う心だ!学者の論文を読んでいても間違いがある。間違いを見つけ真実を明らかにすることこそ重要なのだ・・
その昔、地球は平面構造であると誰もが信じていた。しかし、ガリレオはその地動説を否定したのだ・・やがて後に、地球は球体であることが証明されたのだ!」
賢治はイキイキしながら話した。
「そんな科学的な事実など興味ないですよ・・・日常生活で疑う場面なんかあるのですか?」
「ハハハ!その質問を待っていたよ。」
賢治は笑った。
「実はな、先週の土曜、ある女性との出会いがあったのだ!」
「は!」
疲れていたはずの全員が起き上がり注目した。期待のまなざしで賢治を見た。この瞬間こそ教員にとって大事なのだ。
「俺にも春が来たぜ!ハハハ」
クラスは爆発した。好奇心を持って聴いている。
「先生!もう付き合っているのですか?」
「まあ聴きなさい・・」
「ハーイ!」
賢治は事実をありのままに話し始めた・・・・
「実はな・・」

賢治には菅原という純粋かつ誠実な友達がいる。
2人は大牟田の繁華街で飲んでいたところに、電話が鳴った。
どうも女性らしい、菅原の、その嬉しそうな表情からそれが伺えた。
「え?今から会うの?いいよ!友達と一緒に・・」
菅原は有頂天な様子で電話を切り。
「ケンちゃん、あのね、彼女から連絡があって、今から、2対2で会いたいと・・」
「は?今23時だぜ?」
賢治は驚いた、彼も女好きだから断るはずもない、菅原もそれを承知で約束をしてしまったのである。さすがの友だけあって理解がある。
「菅原ちゃん、今夜はもり上げるバイ、ハハハ・・」
賢治もやがて上機嫌になった。
やがて、待ち合わせの店に入った。やがて菅原は彼女に気がつき
「恵美ちゃん、待たせたね・・友達連れて来たよ!」
菅原は、ニヤニヤしながら、彼女の正面に座った。
「菅原の彼女、美人ではないか・・」
賢治は驚いた。
「こんばんわ・・」
賢治の正面の女性がニコニコしながらこちらを見ている。
「おい!何て美人なんだ!・・・」
驚いた、賢治を見ている眼差しは、最高の笑顔だった。
「あ・・どうも・・・」
この瞬間、冷静さを失った賢治だったが。
「始めまして、菅原君の親友の深谷賢治です。どうぞよろしく!」
何かのスイッチが入った。四人はしばらく話をした。
「ところで、賢治さんは何を職業にされているのですか・・」
恵美が興味をもっていた。すると菅原が言った。
「この人ね、数学の教員をしてるんだ・・でもそこらの教員とちょっと違うんだ!」
「へ!・・教員なの・・見えない!」
恵美の連れである美香は、目を輝かせて言った。
「何で数学を専攻したの?私達は数学苦手だから、尊敬しちゃうわ!」
賢治は、ゆっくりとタバコに火をつけて言った。

「この世は数学で支配されている・・
すなわち、数学は、科学の言葉なんだ・・」

三人は関心のまなざしで見ていた。
特に美香は賢治に興味をもったようである。賢治はさらに続けた真剣な顔となり口を開いた。

「人は俺を平気で裏切る・・
だが、金と数式は俺を裏切ることはない・・」

彼は冷静に言った。これは彼の口癖でもあったのだ。
その瞬間、三人の時間は一瞬止まった。しかし約数秒後に
「アハハハハハ・・」
爆発した。
「深谷ちゃん、初対面のそれも女性の前でそれを言うなんて・・相変わらず強烈だね!」
「ハハハハ冗談だよ」
普通の人にはこの冗談が通用する。このとき女性二人は冗談と受けと止めたかは分からないが。
「深谷君、面白すぎる・・・」
女性2人も大喜びだった。
会話も弾み、あっという間に時間が過ぎた・・
「そろそろ、時間だわ・・帰らないと・・」
恵美が言った。

「ねえねえ・・アドレス交換しようよ!賢治君また会ってくれるでしょ」
美香はイキイキしながら言った。
「赤外線受信するね」
賢治はアドレスを交換したのだった。
そして二人を見送り別れた。
「菅原ちゃん今日はありがとね・・」
賢治は感謝していた。
「いやあ、楽しかったよ、たまには4人もいいね・・俺の彼女、可愛いやろ・・
美香さんはケンちゃん気があるかもよ!」
「そうかもな・・でもあの冗談は、いきすぎたかな・・ハハハ」

「その翌日、美香からメールの受信があった・・・
それがな・・・」
クラスの皆は注目していた。ドキドキしていた。
「え!・・・なんて書いてあったのですか!」
「いや・・・ハートマークがたくさん付いてて、それらが動いてるんだよ!ハハハ」
「ハハハ、先生、それデコメールというやつですよ。その子、可愛いいなハハハ」
「それで何て・・・・早く内容を教えて下さいよ・・」
「近いうちに、あなたに会いたい・・ってなハハハハ」
「嘘―!そんなに早く!先生は惚れられたなハハハハ」
クラスは大喜びだった。
「どうもそのようだ、彼女は女優レベルだ!まあ、俺のような男にはふさわしいがな・・」
賢治は勝ち誇った顔をしていた。
「で・・これからが本題なんだよ。今までの話はどうでもいい・・」
「え?それで付き合ってるんでしょ・・そうとしか考えられないわ・・」
「まあ聞きな・・」

賢治は、その日、一日7往復のメールのやり取りをし、その週の土曜に会う約束をした。賢治は舞い上がっていた。そんな、やりとりが水曜まで続いた。
その夜、彼は、メールのやりとりをしながら、ある数学の難問を解いていた。
それは、重要な瞬間だった。常識ではありえないことを考えたのだった。
「この問題難しいな・・これは、3次元に拡張して・・」
「うん?・・・・待てよ??いや、俺の気のせいか・・」
「もしかして・・こんな都合の良い話って、存在するのか・・」
彼は、数学を探究しながら、ある仮説を立ててしまった・・・」

「先生・・何言ってるのですか・・」
「意味が分かりません・・」
クラスは冷めきっていた・・・
「だから、今からが重要なんだよ・・すなわち、数学の最中にはずみで、とんでもない事を考えてしまった・・どうだね君たち。この出会いの話を聞いて、何か変だと思わないか?」
「先生まさか・・彼女を疑ってるのですか!ひどい!」
「いや、あまりに出来すぎていてな・・」
「彼女に騙されてるということですか?そんなこと考える必要はないと思います!」
皆は騒ぎ始めた。
「果たして、そうなのか・・でも俺は、いったん思ったことは、気がすむまで追求する性格でね。もうその時は手遅れだったよ。」
賢治は真剣なまなざしになった。
「その女が俺と接触して得をすることがあるとすれば、それは一体何だ?そして俺はある結論を出した。」
「先生それ以上やめて下さい。彼女が可哀そうです。」
「まあまあ、もし仮にだよ、まあ落ち着いて聴いてくれ、俺は確信した!」
クラスは静まりかえった。

「これは・・デート商法だ!」

「は!・・・」
しかし、生徒の約半分は納得しかけている。
「先生!もしそうだと仮定して、でもあくまでも先生の仮説ですよね?それをどう証明というか確認するのですか?彼女に聴くしかないでしょ?」
ある生徒が疑問を投げかけた。
「これはすごい話になってきたわハハハ・・こんなに興奮したの初めてだわ!私達まるで数学をやってるみたい!謎解きだわ・・・」
別の女子生徒が言った。

「そうだな・・今、数学の授業中だから・・それを、このクラスで考えるとするか!」

生徒の口から「証明」という単語が出てきて、賢治は嬉しかった。
その一言が、皆の好奇心をかきたてた。これこそが究極の生徒主体の「考える授業」であろう。今クラスは1つの難問に向け共有しているのだ。その後生徒らからいろんな意見が出たが解けなかった。美香の事を傷つけない為にも本人に聞くことはできない。そんな方法は存在するのか?これは難問であろう。
「そろそろ時間だな・・
実は、俺なりに証明した。証明の手掛かりは一つだけ存在していた。」
「え!!なんですか!」
「それは、メールアドレスだ!」
「は?」
「そういえば、アドレス交換の際、赤外線受信をしたため、その彼女のアドレスを直接見ていないのだ。そこで、改めてそのアドレスを直接目にしたところ、俺は納得した。証明完了だ・・」
賢治は続けた。
「メールアドレスにその謎は隠されていた。アドレスとは普通、数字、記号、アルフャベットの配列で構成されている。」
「まあ、そうですよね・・・先生の言ってる意味がわかりません」
クラスは賢治が言ったことに対し頭を抱えていた。
賢治は結論を言った。

「そのアドレスが、意味のない、ランダムな配列だったのだ!」
「は!なるほど!」

皆一斉にその言葉を発した。納得する瞬間だった。クラスは静まり返り、「ホー」という息だけが聞こえる。
「普通、メールアドレスは、意味のある配列であろう。例えば、自分の誕生日、名前・・やはり君達もこの作成には凝るだろ・・その女の場合、手間をかけ登録してないのだ・・契約時の状態なのだ。すなわち携帯電を二つ持ってると考えるのが普通であろう・・そういうわけだ!」
「先生!凄すぎる。たかがメールアドレスの配列で、それを暴くなんて!」
「ということは・・・先生の友達の彼女である恵美さんは同類なんですよね!」
「そういうことだ!お互い知らないわけなかろう・・彼は、すでにプレゼントを2つ貢いでいた。手遅れだったよ・・友人としてもっと早く気づいてやるべきだった。無念だ・・その事実により俺の推理は極めて高い信頼性となるであろう。証明は完了だ!」
「先生!FBI捜査官にみたいだ!深谷捜査官!ハハハハ、先生は職業間違えたね!
今日の授業最高だった!ハハハハハ」
この授業中、あまりにも盛り上がりすぎて、隣で授業していた年輩の教員が
「深谷先生、あまり雑談で盛り上がるのは辞めて下さい。授業妨害です。一体何を話してたのですか!」
「いや、もちろん数学の授業ですよ。ある命題の真偽についてです・・」

その日の学級日誌にも、4時間目数学(命題の真偽について)と日直の生徒は書いたのだ。この授業は後に生徒達の心の中に、強烈に刻まれたのであった。          
( 命題の真偽 深谷賢治 授業記録より )

実はこの話にはとんでもない続きがあった。なんと、賢治は、翌日の土曜日に美香がデート商法の手下だと知りながら、彼女に会っていたのだ。理性のある普通の人間はここまでしないであろう。この賢治の行動は、単なる好奇心なのか、いやきっと何か目的があったのに違いない。しかし、この事件で賢治はとんでもない世界に入ってしまうのである。

四人で別れた直後、女性側はこんなやり取りをしていた。
「ねえ!あんたしっかり騙すのよ・・」
「ええ・・分かってるわ・・でも・・あの人をだます事ができるのかな・・・」
「何言ってるの!百戦百勝の美香が何言ってるの!あんたまさかあの人に惚れたのじゃないでしょうね!」
「いいえ・・だってあの人、凄く頭が切れそうじゃん?恵美の彼氏、菅原君と違ってね・・・」
「確かに私もそう思うわハハハハ」

賢治は、久留米の「ルジョンドル」という行きつけの店で待ち合わせした。賢治は早く到着し、ある中年の男を見て。ニヤニヤしていた。
「予想通り、今日もあの教授来ているな・・おじさん頼りにしてるぜハハハハハハ」
常連客であるこの教授はいつも閉店まで、この店で難しい顔をして新聞を読んでいる。その教授はトレンチコートをはおる渋めの男性である。もちろん賢治とは面識すらない。
彼の少し離れた斜め前の席に座った。
やがて、彼女がやって来た。
「賢治君、会いたかったわ!」
美香は最高の笑顔を振りまいてした。
「どこまでの頭の悪い女だぜ・・・ハハハハ」
「俺もだよ!」
賢治は作り笑いをした。
「さて、注文するか・・・」
しばらく会話を弾ませ、改めて言った。
「ねえ、・・・俺はずっと君の事をずっと考えていた・・俺と付き合ってほしい・・」
「え!突然どうしたの!嬉しいわ・・私もよ・・」
「付き合ってくれるか・・ありがとう・・今日は記念日だ!給料も入ったし何か欲しい物ある?・・・・」
「え・・嬉しい!でもいいよ、無理しないで・・・」
「何処でだい?葉山ビルの8階で買うよ!」
賢治は無表情で言った。
「え!・・・」
美香は焦った。
「あそこは偽物を売っている。全く興味深い組織だぜハハハハ」
「・・・・・」
「君の正体を分かっている。そのビルについても調べたぜ・・俺を騙したな・・」
「いいえ騙すつもりでは・・」
「デート商法だろ!・・・そこを見ろ・・」
賢治は、教授を指差した。
「あいつは刑事だ・・お前はすでに張り込まれておる・・」
トレンチコートをはおったまま新聞を読んでいるその姿は、見るからに、刑事の香りがする。
「うそ・・・」
「逮捕だな、詐欺罪で懲役3年てとこか・・」
「ええ・・それだけは・・私ね・・実はね、あなたの事・・・」
「何だ・・」
「俺達に協力しろ!そうすれば見逃してやる・・今、ある犯罪者を追っている。」
賢治は写真を取りだした。
「この男だ・・この男は今日、この店で1人で飲んでいる・・この男に接触し誘惑し恐喝しろ・・金額はいくらでもいい・・お前の利益になる話だろ・・・」
「どうやって・・」
「お前さんの仲間に脅させればいい、いつのも手口だろ!今日も外に仲間もいるだろ?」
「・・・・」
「分かったわ・・・」
「では今すぐ行け!」
美香は店を出て行った。その後ろ姿は何だか悲しげな雰囲気であったが、賢治は気にもしなかったのだ。彼女は、賢治の言う通りに行動するしかなかった。
その男とは松本博之である。美香により誘惑され、その後連れの男に脅され現金百万を恐喝されたのだった。しかし、数日後、松本の大手ゼネコン時代からの闇の付き合いである銀竜組から組員を借り、松本を脅した男達は集団リンチにあい重傷、美香も狙われたのだった。

数日後
「賢治!助けて!奴らに囲まれて身動きが取れない・・あなたも追われてるのよ!」
と、突然電話があったのだが。
「もう、お前さんには騙されないぜ・・警察にでも保護してもらいな!」
賢治は、そう一言って電話を切った。
「なんか・・ややこしい事になりそうだから、この組織を潰したほうがいいかもな・・どうせ犯罪組織だからな、存在価値なんてないぜハハハハ」
そう自分に言い聞かせ、葉山商事の情報を徹底的に集め福岡県警送る準備をした。
「さて、速達で送るか・・早く捜査してくれよな県警さんよハハハ」
このとき賢治はふと考え込んだ。ある事を思い出したようである。
「そういえばあの日・・」

賢治は一年前の春、当時、賢治のクラスは入学当時から学級崩壊しており、その約一週間後すでに病んでいた。そのときあるバーに1人で行きカウンターに座った。

「俺は、大学院で高度な数学を学び、そして教員になった。生徒に数学の楽しさを伝える為にな・・でも何だ!あのクラスは授業どころではないぜ・・・・」
賢治はそう嘆いてるそのとき、一人の男が入って来た。
やがて、その男はカウンターに座りマスターと話始めた。
何故か賢治はその男が気になり耳をすました。

「どうですか・・お客さん、勉強の調子は・・」
「ああ・・おれも30歳になってしまった。今年で受験できるのも最後だからな・・・
ずいぶんと遠回りしたが、やっとその気になったぜ!親父の顔もあるからな・・・
今年こそは合格するぜ!
まあ今年合格しても、新卒連中と8年差だから出世がかなり遅れる事になるがな・・
でも俺は頑張ってここ大牟田で昇り詰めるぜ!親父の為にもな!」
マスターは酒をつぎ始めた。

「私のおごりです・・未来の木村署長に乾杯!」
「おおお!俺は署長になるぜ!
そしてその時、大牟田署の屋上からこの寂れた大牟田市を見下すぜ!ここは俺の街だぜ!ハハハハ」

その男はどうも木村という名前らしい。
その興奮した横顔を、賢治はほほ笑みながら見ていた。

「なんて単純なんだ・・知能の低さが伺えるぜハハハハハ
だが、俺と似てきっとこの男は、大胆な奴なんだろうな・・」

この瞬間何故か賢治は、この木村に対し親近感を持ってしまった。これは、何かの導きなのかもしれない。

「あの兄ちゃん県警にいるよな・・間違いない!俺はあの時、兄ちゃんの横顔で、頑張れる気になったんだよ・・だからクラスの崩壊を食い止めることができた・・
そんな俺だが・・今では教育に絶望してるがな・・
この情報を、出世の足しにでもしてくれハハハハハ・・」
賢治は福岡県警木村巡査宛で送ってしまった。

木村巡査はじっとその証拠を眺めた。
最後に一行の文章があった。

「栄光への脱出・・・」

木村巡査は、30歳にしてようやく念願の県警に合格した。しかし、警察学校にて最年長である彼は、教官らから目の敵とされ、厳しく当たられた。そして彼は最下位の成績で、警察学校を卒業し、現場で働き始めたが。しかし、自分より年下の上司から顎で使われる事に限界を感じていたのだ。
木村巡査は警察学校時代の辛い日々を思い出した。

ある日、木村巡査は刑法の授業中に居眠りをしてしまった。
「おい木村!貴様はなめてるのか!」
教官は怒鳴った。
「よし!今からグランド100周走って来い!もちろん布団を抱えてな・・」
「え!100周!・・・・」
クラスは爆笑していた。
その日は、どうかなりそうだった。体力、精神的に病んでいた。その夜、警察学校の屋上に上がり、外を見ていた。
「俺はもう耐えられない・・どうかなりそうだ・・・」
精神的に病んでいた。そのとき、天神の明かりが見えた・・
「あの明かりが俺を呼んでいる・・あの明かりの下で楽しそうな人々の姿が想像できぜ・・」
もう俺は自分なりにがんばったぜ・・許してくれ親父・・・あの光が俺を呼んでいる!これは栄光への脱出だ・・・・」
木村巡査は警察学校の脱獄を決意した。しかし、しばらくして
「いや・・これは、破滅への序章だ・・」
人は、病んでる時、光を見ると幻を見るのだ・・人間というのは全く、都合のいい生き物である。この時、彼はどうも理性が働いたようである。

木村巡査は我に返った。
灰色のうす汚いこの警察署七階の窓の外から大牟田の夜景が見える。
「ここは一体、何処なんだ・・
この下らない法律で固められたこの退屈な組織・・
まるで刑務所にいるみたいだぜ・・・」
木村巡査の顔色が変わった。やがて立ち上がり、右手は証拠情報を握りしめていた。

「これこそが、栄光への脱出だ・・・・」

木村巡査は、押収品室に行き銃を取りだした。
「警官のリボルバー?何て物は俺には似合わないぜハハハハ」

木村巡査は、迷いもなく一人で、詐欺師集団のアジトに乗り込んだ。上司に報告しないままの常識ない行動を取ってしまった。

「おりゃー・・・国家権力を舐めるなよ!・・全員手を上げろ!」
「ズドドドドドドド・・・」
派手に散乱銃をぶっ放し、数十人の社員が全員が一斉に両手を上げた。
「一体何の騒ぎですか!令状を見せて下さい!」
代表が、言った。
「あ?この俺が法律なんだよ!・・・文句あるかコラ!」
そう捨てセリフを吐き、代表を銃で殴って失神させてしまった。

割れた窓ガラスの外から大牟田の繁華街を眺めていた。
「ああ・・すっきりしたぜ・・」
「令状なんてクソだぜ・・だから犯人を取り逃がすんだぜ!」
「県警組織もな・・だから日本の警察はなめられ、悪い奴がのさばるんだぜ・・」
「俺は間違ってない・・そうだよな親父・・・」

やがて、数十台のパトカーのサイレンが鳴り響き、迫ってくる。
「どうも、派手にやりすぎたみたいだぜ・・」

県警が到着し、全員詐欺罪で検挙された。もちろん木村巡査も連行された。
木村巡査は、警官としてあまりにも非常識な行動に出た為、県警でも大問題となり、マスコミにも追われ報道された程だ。その報道に対して「俺自身が法律だ!」という発言がニュースで話題を呼んだのだが、県警本部は大激怒、その直後留置所に送られた。しかし、ある県警本部の警視正は、一人で、あんな詳細な情報を仕入れた事に対し、その情熱と情報収集能力を極めて高く評価してしまった。出世に餓えていた木村巡査は、もちろんそれを否定していない。やがて釈放後、無試験で巡査部長に就任してしまった。県警は彼の余りにも大胆かつ凶暴な行動に対し適性が検討され、緊急配属は、暴力団対策本部であった。
木村巡査部長は大牟田署の屋上に上がり、大牟田市の夜景を見下ろしていた。
「この錆びれた大牟田の悪党共よ・・
この俺がすべて裁いてやるぜハハハハハ・・・・・」

第二話 ~ 闇の世界へ ~

ここは有明沿岸道路、第七工事現場である。崖の上から男は厳しい表情で下をのぞいていた。その男とは金竜組組長、平賀源内である。その崖は、一級河川である中島川と有明海の合流場所にある。

「この河川に巨大鉄橋を渡さなけれは、有明沿岸道路は完成できない。この工事は我が有明工業創立以来の大事業だ!」

そこは海面から、約120メートル、河幅、約300メートルである。なぜかここ数年この地点での自然現象は特異であり、何度も工事を試みたが、突風、荒波により崩壊してきた。その度に莫大な予算を使ってきたのだ。河川の向こう岸まで、無数のロープが張られてるだけである。

「おい!骨部さえもまだ通らないのか・・」
「はい・・海から川の合流地点には、極めて波が荒れています。おまけに風も強い・・
この大自然が怒っているに違いない!やはりこの場所は呪われているのです!」
「馬鹿野郎!自然の力に負けてするんだよ!お前らは一流の技術者なんだろ!」

「かつてこの崖の下で多数の人が死んでいる。
この崖はやはり、呪われているのか?
爺さん教えてくれ・・・」

第七工事現場以外は、順調に道路が舗装されつつあった。
金竜組は、この時代には大変珍しい体質のヤクザであった。この組の事業の大部分は土木事業であった。彼は有明工業株式会社の社長である。この不景気により、土建業は衰退しつつあり、多くの組は、麻薬に手を染め、短期間で莫大な収入を得ていた。それをしない金竜組みは正当派のヤクザと言えよう。この地区を納める二大組織ともいえよう。もう一つは、銀竜組である。

一台の車が迎えにきた。日産の最高級車プレジデントである。
「オス!組長迎えに来ました。」
やがて車は走り出した。
「いつのも喫茶店にいけ・・会議だ!」

「待鳥先生、今日も帰りのHR頼む・・・」
幸代は、ため息をついた。
「クラスをほったらかして。」
幸代は賢治に副担任である。
教育に絶望を感じていた賢治は、学校を早退しまくり、自分の時間を楽しんでいた。
しかし、学校側としては、就業規則には反していないため解雇できないのである。

「お!この喫茶店、何だか渋いな・・」
車を止め、入口に向かった。
「あれ、今さっき店に入ったあのカップルなぜ、出ていくんだ・・・」
「なぜだ・・まあいい・・」
賢治は何も気にせず扉を開けた。
「げ!・・ヤクザだ・・・」
店内はヤクザが六人で貸し切られており、全員賢治を睨んでいる。
「げ・・なんということだ・・」
一瞬時間が止まった。
「どうする?たとえヤクザであろうが、ここは公共の場だ、このまま扉を閉めて出て行くのも逆に失礼だ。」
賢治は自分に言い聞かせた。普通の人であれば、その場の空気を読み、迷いなく出ていくであろう。
「俺は、煙草を吸いながら、数学をしたいのだ!そのためにわざわざ学校を早退した。」
賢治は、迷わず部屋に入ってしまった。そして、部屋の奥のトイレの前の、席に座り、テーブル一面に計算紙を広げ始めた。その余りにも大胆な行動に対し、ヤクザ達は驚いていた。
「何だ!こいつは、俺達が怖くないのか!・・俺たちの行きつけの店に堂々と乗り込むとは・・もしくはただの馬鹿なのか?・・・」
しょうがなく会議が続いた。
「早退は、最高だぜ!今頃先生達は拘束されて、働いてるんだろな・・公務員の俺らには残業手当なんかつかないのにな・・・全く、時間の無駄だぜハハハハ」
やくざの組長らしき人物が、賢治の楽しそうな姿に関心を持ったようである。
「道路の舗装工事は順調なのか・・・・中島地区周辺の土地の回収は順調なんだろな」
「・・その件は、一部で反対運動が起こっておりまして・・警察にもマークされております慎重に事を進めないと・・」
「何だと!今頃になって・・」
組長は、幹部に灰皿を投げ付けた。
「すみません・・中島住民の説得につくします。」
「お前な、何とかしろよ!頭でも使えよ!それとも、指を詰めるか・・」
「何だか、過激な話してるな・・・まあ、俺には関係ないけどなハハハハハ・・」
賢治は、無関心だった。なぜならば、思考回路がクライマックスに入ってしまったためだ。賢治はペンを置き、目を閉じ構想の世界に入った。
「俺、トイレに行ってくるわ・・」
「オス、行ってらっしゃいませ!」
組長は、賢治の席にちかずいて来た。トイレは、賢治のテーブルの後方にあるからである。
「この兄ちゃん目をつぶって何やってるのか、お?何かの計算式?」
彼はテーブルの上に広げた計算用紙に顔をちかずけて眺めていた。
「一体、何の計算をしてるのか・・全く、興味深いぜ!」
やがて、賢治は目を開け、ペンを握ろうとした。瞼の向こうに、おっかない顔があるではないか。組長は、ここぞとばかり賢治に話しかけようとしたが、しかし賢治は、見向きもせず、もの凄い勢いで計算を始めた。
その態度に、頭にきたのであるが。
「なんだ、こいつ俺が怖くないのか・・こいつは何者だ!なんでこんな最悪の環境で勉強ができるのか・・並みはずれの集中力だな・・」
ますます興味を持った。
組長はトイレに入った。
残り5人はその一部始終を見ていた。

「あいつ、殺されるぞ・・」
幹部達は呟いていた。
賢治は無関心に計算し連続けるだけだった。その後数十分それが続いた。

「で、次の件ですが・・先日、金竜組の縄張りであるデート商法組織葉山商事が、たった一人の警官により潰されました・・・」
「何!」
「勧誘女性の話によると、誘惑した男から逆に脅迫され、ある男を誘惑し強迫しろという事です。さらに、その被害者は、銀竜組に関わりの深い外部の人間だそうです。その男は、仕返しをしに、ビルに乗り込んだのですが・・その時には、県警が到着した後でした。」
「ハハハハハハ面白すぎる!」
組長は豪快に笑った。
「組長!笑い毎ではないですよ・・何者かに、通報され我らの縄張りが潰されたのですよ!これは推定5000万の赤字です!実態を把握してるのは、その男しかありえない!さらにこの件で、銀竜組とのいざこざになっていますよ!」
「それより、そんなに大胆かつ頭が切れる男がいるのか・・かたぎの世界によ!そいつは、新しいタイプのヤクザかもなハハハハその男を探してここに連れてこい!」
「その男は、銀竜組にも狙われています!」
「それなら大至急だ!奴らにはその男の身柄を渡すな!今すぐ行け!」
「はい!」
二人の男は慌てて店を出て行った。

賢治はペンを落とした。恐怖を感じていた・・
「おい・・俺はとんでもない世界に足を踏み入れてしまった!
二つの組織に狙われてるだと!あの女の話は本当だったのか!・・・」

組長は、賢治と目があった。賢治は慌てて目をそらした。

「この男も興味深いな、並み外れの集中力を持っておる・・
でもさっきと違って何だか苦し表情をしてるな・・集中力でも切れたのか・・」

その後組長は、幹部たちの話に上の空だった。どうもあの男が気になる。どうにかして接点が持てないものかと考えた。
「お・・お前、コーヒー注文して来い、あと甘いものもな・・」
「組長・・ケーキをですか?組長は甘いものが嫌いではなかったですか・・」
「頭を使うと欲しくなるだろ・・・」
「・・・はい?」

「やばいぜ!こんな所でのんきに数学なんかしどころでない!警察に保護してもらうしかない・・いや待てよ・・俺は女を強迫してしまったんだ!俺は脅迫罪で・・落ちついて考えてみよう!いつもの平常心だ・・」

「失礼します」
賢治の元へ女性店員がやってきた。
「お待たせしました・・」
「あの・・注文しておりませんが・・」
「いや、あちらのお客様からです・・・」
店員は、苦笑いし前方をさした。
「では、失礼します。」
笑顔で去って行った。
組長がニヤニヤしながら手を上げている。
「なんだ、どういうことだ・・」
賢治は、驚きパフェと組長とを交互に見続けた。
「兄ちゃん!糖分を取らないと閃くものも閃かないよ・・ハハハまあ食べな」
彼は純粋に感激した。
「はい、ありがとうございます!」
賢治は恐る恐るケーキを食べ平常心を取り戻し考えた。
「あの組長、この初対面の俺に興味があるのか・・この俺の正体を知らずに・・
俺がヤクザに捕まるのも時間の問題だ・・
どうせ、組に捕まるのであれば・・」
組長は喜んでいた。しばらくして、4人は話終え席を立った。
「よ!兄ちゃんまたな・・」

「よし、手段はこれしかない!」
賢治はあわてて立ち上がり近寄った。
「今日は他人の私に、あのよう御馳走をして頂いて有難うごさいました。大変おいしく頂きました!おかげ様で、大変いいアイデアが閃きました!」
賢治はありったけの笑顔を振りまいた。
「そうか、よかった。俺達は先に帰るよ・・まだ一人でやるのかい?
ところで、お前さんは一体何者だ・・」
組長は、興味深く聞いた。
「私は、高校で数学の教員をやっています・・」
「ほう・・面白い奴だなハハハ、見えないよ・・兄ちゃんは度胸が据わってるからな・・・・」
「まあ、俺は、こういう者だ・・」
賢治は名刺を渡された・・金竜会会長、平賀源内。また、もう一つの経歴があった・・
「お・・・なんですか?有明工業社長!」
「有明工業といったら、あの池田土木工業を傘下にもつ巨大会社・・」
「お・・・詳しいでないか・・ハハハハハ」
池田土木興業とは、時空高校の耐震工事を扱っている業者である。松本家の同時に作業している・・
「ところでなぜ、ヤクザの組長さんが、土木会社を経営できるのですか・・」
「おお!兄ちゃん何故ならば、俺は、土木施工管理技士の資格を持っているからだ!」
組長は得意げに言った。
「え!あの難解な資格を・・ということは学位を持ってるのですか・・」
「ああ、もちろんだハハハハ俺は、そこらのヤクザとは頭の出来が違うのだハハハハ」
賢治は、組長に興味を持ってしまった。
「やはり、作業現場でも「ベルヌーイの定理」を使うのですか・・」
「お前、何故その名を知っている!お前は純粋数学が専門なんだろ?・・」
「はい確かに・・私は数学だけでなく大学院時代に自然科学全般に興味を持ちました・・」
「・・・・」
「もちろん土木工学専門書も読破しています。私は、河川工学、構造力学、水理学、など理論しか知りませんが作業現場での利用に大変興味があるのです。数学は科学の言葉ですから・・」
「何!読破だと!そんな簡単に土木工学を語るとは!」
「おい!そんなお前は何故、数学教師をしているのか・・」
「私は、大学院で最先端の研究をしていました。しかしいくら論文を書いても認められない・・私の研究分野は確かに流行に反してたみたいです・・・やがて、学術の世界から追放され・・安定を求めて今の学校にいます・・・」
「お前はなんて不幸な奴だ・・・今の人生は退屈だろな、きっと・・・」

「今、我有明工業株式会社は有明沿岸道路を建設中だ!しかし、巨大鉄橋を架けようと計画中なんだが・・なかなか、進行しないもう20年近くなる・・・」

「有明沿岸道路、第七工事現場・・巨大鉄橋計画・・・・」
そう呟き、何故か賢治の顔色が変わった。俯き何かを考え込んでいるようである。

「おい!第七工事現場だと・・なぜその名前を知っている!」
「・・・・・」
「ええ・・・・」
賢治は我に返った。

「まあどうでもいい・・・今度おれの事務所に来い、土木工学についてゆっくりと話がしたい・・」
「はい・・いずれ伺うことになると思います。」

組長は笑顔で帰って行った。

「どうせヤクザに捕まりたいのなら金竜組に捕まりたい・・早く俺を捕まえてくれ!」
「こいつは、俺の直感とうり、ただの数学教師ではない・・・・
こいつならあの第七工事現場を・・・その前にこいつのオーラは何だか懐かしい感覚だぜ・・・」

数日後、賢治は組に連行された・・
「組長、例の逆強迫犯が自ら出頭してきました・・・・よし、入って来い!」
「おお!出頭・・なんて大胆な奴だ!」
そこには、縦線の入ったダークスーツで身を固めサングラスをしている男が立っていた。
組長はその姿に身ぶるいした。

「おい・・・サングラスを取れ!」
「お前は!」
「ご無沙汰しております組長・・葉山商事の件どうかお許し下さい・・」
礼儀正しく一礼をし、そして再びサングラスをかけた。

「今から、例の第七工事現場に連れて行って下さい・・」

組長、一流の土木技術師の立ち合いのもと、賢治はある独創的な提案をした。このとき、賢治の構想には皆疑っていたのだった。その構想とは、従来の土木工事の手法とはかなり異なり純粋数学を巧みに操るものであったため理解できなかったのである。やがて第七工現場の現場監督に就任したのである。賢治は、橋げたの土台建設の構想はこのときすでに完成してたという。また有明工業株式会社の経営顧問として、事業拡大を図ったのだ。それは有明沿岸道路の建設資金集めのためである。
有明沿岸道路は公共事業でないため、費用は国から出るわけでない。この有明沿岸の広大な土地は有明工業の所有領地なのだ。これが完成すれば、ここの通行料で莫大な金が入ることとなる。そう賢治はそう思っていた。
今や賢治は、最も組長に近い存在となり、組員からも一目置かれた。すなわち、壮大な闇の権力を手に入れたのである。しかしその人格は、あくまでも17時00分からである。それまでは高校教員である。彼はその二面性を使い分けるため夕方からはサングラスにダークスーツを身にまとい、自分の正体を隠していた。

「待鳥先生、今日もよろしく頼むわ・・」
賢治は、当たり前のように言った。
「先生、あの子達の事どう思ってるのですか!」
「いや、別に・・俺は忙しいのだ!」
「クラスの事も考え下さい・・担任でしょ!」
「うるさいな!俺の副担任だろ!頼むわ・・」
「この人、最近変ったわ。裏で何かをしている・・」
幸代は、この学校で賢治は有一我儘が言える存在だった。

ここは、有明沿岸道路、第7工事現場、巨大鉄橋建設計画地点である。
「深谷監督!構造計算の結果が出ました。」
施工管理技士の仙崎主任がやっつきた。しばらくその計算式を眺めて言った。
「君ね。この計算は誤差が大きすぎる、もっと理論値にちかずくような計算式を考えなさい!君は、一流大学で一体何を学んだのかね・・もう一度、土出力学を勉強し直しなさい!」
「は・・・すみません・・」
「あそれと、系列会社の池田工業のその他の現在進行中の事業明細書、工事費の見積書を会計委員に持ってこさせてくれ・・」
「了解しました。」
しばらくして。
「はい、会計委員の室橋と言います。ただ今進行中の時空高校の耐震工事の明細書です・・でも、なんでですか?」
「いいんだよ・・まあ見せなさい・・」
賢治は、しばらく明細を眺めた。
「あ!この部分はなんでこんなに高いのかね?」
「・・・・・・いや、そんなもんですよ・・」
「いや、ありえない・・私を素人だと思ってるだろ・・」
「いいえそんな・・・・・」
室橋は、言った。
「実は・・一件分の家の建設費が、これに含まれていま!」
「やはりそうか・・・これは犯罪だ!よって今からこれを持って、君は警察に出頭しなさい・・」
賢治は冷静な口調で話した。
「それは・・池田土木の社長の指示です!」
「だったら、こういう不正は辞めさせなさい!会社の信用問題に関わる!」
「もちろん、松浦本人宛で、自宅に明細書を送りなさい!本人に一括で払わせるのだ!」
「それが出来ないなら系列の闇金融で金を借りさせろ!高金利をつけてな!」
「なぜ、そこまでして・・」
「いいのだ!こんな時代だ一軒家を立てるなんて甘いんだよ!本人にも理解してもらわないとなハハハハハ」
「それもそうですね・・」

賢治は、金竜組の事務所に呼ばれある事業計画書を渡された。
「賢治!今夜は、久留米医大病院計画の建設会合がある正式な契約を取って来い!俺の代わりにな・・・」
「えっ?私1人でですか・・・」
平賀組長はニヤニヤしながら言った。
「いや、凄腕の秘書をお前のために手配している・・そうしないとお前も格好がつかないだろ・・・これからも闇も世界で活躍してくれ!葉山商事の赤字の分しっかり働いてもらわないとなハハハハ」
賢治は苦笑いをした。
「ところで、一体誰ですか・・・」
「では紹介する・・部屋入れ!」
扉が開いた。そこには、サングラスをしたスーツ姿の美女が立っていた。
「・・・・・」
次の瞬間賢治は驚いたのだった。女はサングラスを取った。
「お前は!・・・」
「あら、深谷先生!ご無沙汰してたわねハハハハハ」
まさかであったが、なんと美香だった。美香は、賢治との電話の後で、やもえず警察に保護してもらい、その後取り調べで自供し、数日後に釈放されたのだった。2人の事情把握していた組長が仕組んだのだった。だが後に、この二人の存在で、後に闇の世界で激しい衝突が起こるのである。

「ハハハハお前達二人は、なかなかお似合いだぞ!なあ色男!では行って来い!」
「お前ら二人のせいで我が金竜組は多大な赤字を出した!よって、お前ら二人は俺の働き蜂だ!もう逃れられないぜハハハハハ」

賢治は久留米大学の院長に建設計画書の説明をした。しかしだだをこねたのだが、美香の誘惑に負けてしまい。契約書のサインをさせた。

「私は、この美貌で落とせない男は、かつていなかったのよ!ハハハハ
あなたは、そんな私を強迫するとはね・・・」
「美香!もうあの日の事はお互い忘れようぜ!俺達は今最強のパートナーではないか・・」
その前に、先生と呼ぶの止めてくれ・・・」
このわけありの二人はこの日から親密な関係になっていった。

ある日、偶然二人でいるのを目撃した松本は、組員を借り復讐を誓ったのだった。

バーで飲んでた二人に、複数の銀竜国ヤクザが二人を取り囲んだ。
「よう!お前ら顔をかせ!」
二人は驚きもしなかった。
「なあ・・美香どうしようか・・」
「賢治!ここは私に任せて・・・」
「おう・・頼むわ・・」
賢治は、のんきにブランデーを飲んでいた。
「聞こえねえのか!」
「あんた達、銀竜国のバカ殿でしょ??私等二人が誰だか分かってるの!焼きいれるわよ!」
「はあ?何言ってるんだよ!ねーちゃん?」
「しょうがないわね・・」
美香は、電話をかけた。
「もしもし・・組長さんですか??今そちら銀竜組みの頭の悪い連中に囲まれてるのですが・・」
私襲われそうなの・・助けて!・・・・そうですか・・はい今から変わります・・」
「はい・・すみません!」
男は電話を切った。震えていた。
美香は男にグラスの酒を掛けた。
「誰の仕業なの・・私達二人を狙う人物それは松浦だね・・」
「はい・・・」
「分かったわ!松本を半殺しにしなさい!いいわね!今からよ!」
美香の気迫は全くの別人だった。その日、松本は意識を失うほどの集団リンチにあった。その後体調不良で、高校を退職し一家そろって身を隠した。

金竜組の組長と最も近い男、賢治、
銀竜組の組長の手玉を取っている高級スナックNO1ホステス、美香、この二人のコンビは闇の世界において最強と謳われたのである。

「何で、そこまでして、銀竜組に接近するのだ・・・」
「別に・・あなたには関係ないわ・・・」
「いまいち、君が信用できない・・俺に何か隠してるな・・」
「あなたこそ、なぜ、第七工事現場で監督してるのよ・・深谷先生・・」
「だから、先生と呼ぶのはやめてくれ・・・」

第三話 ~ 十三階段 ~

退屈な学校にはもはや賢治の居場所などなかった。賢治の居場所とは、この闇の地位そして、この第七工事現場である。夕方からここに来て、自分の思い描いた設計とうりの巨大鉄橋が建設されていく、その向こう側には、夕日により赤く染まった有明海を眺めるのが好きだった。

ある一人の男が崖に立ってるのが見えた。
「あの男は!・・」
賢治はその男に近寄った。
「こんばんは!刑事さん・・」
「お!なんで俺の職業が分かったのか・・」
「見れば分かるさ・・・どーぞ・・コーヒーです。」
「おお、・・ありがとう・・」
二人はしばらく話して打ち解けた・・・
「あんたところで、ここの現場監督なのか・・」
「ああ・・そうだ・・」
「全く優秀なんだな・・この年で凄い出世だなうらやませえぜ・・」
「まあ、俺も、この前、巡査部長に出世したがね・・・何者かの情報でね・・
この事は秘密だぜ・・」
「分かってるよ・・そういえば刑事さん、一人でヤクザに乗り込んだんだって!大胆すぎるぜ・・・新聞に記載されていたぜハハハハ」
「俺達は気が合うかもな・・
これは何かの縁かもしれないなハハハハ」
この時、二人は友情が芽生え始めたのであるが会話したのは最初で最後であった。

美香は、夜の街をさ迷い一人でバーに入った。何だか今日は寂しそうである。
「パパ・・・私は、・・あなたの復讐をするためにこの闇の世界に入ったわ・・」
ふと隣を見ると・・・離れた席に若い女の子が座ってる。
「私に似て悲しい目をしてるわ・・・」
美香はこととき、昔の自分を見る気がしたのだ。

すると、木村巡査部長がちかずいて来た。
「おい、君はまだ未成年だろ・・高校生か・・・」
「・・・・」

美香は席を立った。
「あの・・・刑事さんすみません・・この子あたしの妹です!」
美香はいつもの誘惑のまなざしで木村巡査部長を見た。
「ああ・・そうですか・・ハハハでも未成年に酒を飲ませてはいけませんよ。お姉さん・・では・・」

「ありがとうございます・・・」
「高校生なの・・・」
「いいえ、退学しました・・」
「そうなの・・・」
美香はその表情で察した。
「あなた、寂しそうな目をしてるわ・・何かあったの・・話してみなさい」
その子は泣きだした・・
「私、すごく学校を辞めたこと後悔しています・・担任の先生があんなに説得してくれたのにも関わらずに・・」
「その先生私の事すごく可愛がってくれたのに・・あのとき最後に私の家をでる瞬間とても悲しい目をしていました。私は罰が当たったのかもしれない・・あのとき先生の言うことを聴いていなかったそんなことにならなかった。」
「一体、学校をやめて何があったのよ・・」
「闇の連中と付き合い始め・・」
その直後、彼女はけいれんを起こした。
「ちょっと!どうしたの!」
美香はすぐさま救急車を呼びやがて到着、その後、聖マリア病院に連れていった。
診察を終え、医者は言った。

「お姉さんですか?かなり多量の覚せい剤の反応が見られます・・この子は今、眠ってますが・・専門医で治療が必要です。明日にでも転移させます。」

美香は、病院のロビーで、下を向いていた。
「今夜は一人ではいられないわ・・・」
何気なく賢治に電話したのだった。

「美香どうした・・今夜は変だぞ・・」
「・・・・」
美香はその高校生とのやり取りを賢治に話した。
「そうか・・・その子可哀そうだな・・今、部屋で寝てるのか・・」
「ええ・・・」
「その子、学校を退学したこと後悔してるのか・・俺も今、担任もっているがクラスにも退学した女の子がいたな。彼女はおそらく後悔していないだろう・・
でも美香は他人であるその子に、ここまでするとは、なんて優しい女なんだ・・」
「・・・・・」
「昔はいい子だったんだけどね・・今は復讐に燃えた悪女よ・・」
美香はほほ笑んだ・・
「私ね・・」
美香は穏やかな顔で、昔を振り返った。

美香は、幼い時に母をなくし、父親と二人で暮らしていた。父は刑事で、麻薬捜査官だった。仕事が忙しいため父は美香の相手をすることが出来ずに悩んでいた。

「パパ・・今日も張り込みなの・・」
「ごねんね・・」
「ねえ・・私も連れてって。おとなしく車にいるから」

こうして、張り込みを共にしたのだった。美香は幸せだった。四六時中一緒にいれるからである。
「あの人誰なの・・」
「いいんだ・・あの男の顔など忘れろ・・」

その男とは、当時、銀竜組若頭の佐々木である。現銀竜組組長である。彼は大量の麻薬を輸入していると睨んでいた。逮捕のチャンスを伺っていた。それに気がついた組員に射殺されたのだ。

「それで、佐々木に接近したのか・・」
「私は、佐々木に接近するために、デート商法の勧誘、ホステス何でもしたわ・・
私はあの人を許せない・・あの子もおそらく被害者だわ!殺してやるや!・・」
「でもその事件は時効だろ・・麻薬密売の疑いがあるのであれば知り合いの刑事に任せよう!」
「警察なんて当てにならないわ・・あなたには分からないわよ!」
「相手は、巨大組織だろ!敵うはずがない・・・佐々木との接触を今すぐやめろ!殺されるぜ・・
ところで・・その復讐に燃えたその横顔・・
魅力的でイカスぜ・・・」
「何言ってるのよハハハハハ・・」

「それより今夜は眠りな・・嫌な過去を忘れて・・」
「今夜は優しいのね・・」
美香は眠った・・

賢治は病院のロビーで目が覚めた。
美香がいない・・
「あの子のところか・・」

病院のテレビでは早朝のニュース始まっていた。

「ニュースです・・ここ二〇年の間、九州地区には大量の覚せい剤が流れており、それによる中高年生中毒者は、増加するばかりです。福岡県警麻薬捜査本部は、本格捜査に踏み出しておりますが・・それらのルートは未だに発見出来ていません・・」

美香は、大牟田市役所の表側にいた。正面玄関の前には、高級車が路駐車している。

「もうすぐこの階段を下って来るはずだわ・・
あの事件は時効だわ・・でもあんたは、本来死ぬべき人間よ・・
今、あんたは、この十三階段の頂上にいるのよ・・
でもあんたが、この階段を降りて来るのであれば・・
私があなたを葬るまでよ・・・」

美香はやがて、その車の後ろに路駐車した。口には煙草をくわえている。拳銃の中に弾を込めた。
「ガチャ・・」
やがて、正面入り口が開き、佐々木は降り始めた。

「賢治・・ごめんね・・」

美香は、くわえていた煙草を窓から捨て、勢いよく飛び出した。

「佐々木!覚悟しな!・・」
「おい!美香!どういうことだよ!」
「父のカタキよ!」

しかし、車内にいた組員達から簡単に取り抑えられ、その高級車は美香を乗せて走り去った。

4時間目の昼下がりに、賢治は授業をしていた。
「整数という分野は、その昔、天才数学者ガウスによって、数学の女王と呼ばれていた・・
それは、たかが整数といえど美しい性質を持っているからだ!例えば、素数は・・」
賢治は、楽しそうに黒板に数字を書き並べた。
「2、3、5、7、11、と書き並べてみよう・・次の数字はなんだ・・」
「13でしょ?」
「おお!そうだ!13だ!ハハハハハ」
賢治だけだ興奮していた。
「先生・・一人で盛り上がらないでよ・・
やっぱり数学つまらない・・大嫌い・・・」
ある生徒が、その言葉を発してしまった。
賢治はチョークを落とした。

「あ!数学が嫌いだと!・・・
その発言は、この俺の存在を否定してるのと同じだ!
なぜならば俺は、これで食ってるからな!ふざけやがって!」
賢治は怒りだした。

「先生・・違います!勘違いです・・
先生の事は皆、大好きだよ!ねえ・・皆・・」
「はーい!そうです・・ハハハハハ」
「おお・・そうか・・そんなに俺の事好きなのかハハハハ」
賢治は機嫌を取り戻した。どこまでも単純な男である。
「ところで先生、この前みたいな面白い話ないですか?あの話、学校中超有名になってますよ!」
「ないな・・・」
「あ!そういえば、その女性の方から連絡ないのですか・・」
賢治は一瞬動揺したが。
「あるわけないだろ・・・デート商法だぜハハハハハ」
そのとき、電話が鳴った!
「キャー!彼女から連絡が来たわ!」
「ああ・・すまない・・授業中に鳴らしてしまって!」
「出ればいいじゃん!」
「そうか・・では・・」
「もしもし俺だ・・」
「何!・・・」
やがて電話を切った。賢治の顔色は変っていた。
「先生、どうしたの・・」
「いや・・今日の授業は終わりだ・・」
そう言い残しそのまま教室を飛び出してしまった。明らかに無断早退である。
「ねえ・・・先生の顔色普通じゃなかったわ・・」
クラスは騒ぎ出した。

「13か・・何だか不吉か数字だわ・・これって、先生の身に何かが起こるの・・」
「先生、大丈夫かな?・・」

賢治は慌てて、金竜組の事務所に入った。
「押す!兄貴!御待ちしていました!」
「おい!美香がさらわれたとはどういうことだ!」
しばらく事務所で緊急会合が開かれた。
「なあ賢治、銀竜組の佐々木は厄介な男だ!俺にも手が負えない所がある。今回はなおさらだ!美香が佐々木を殺そうとしたからな・・銀竜組との付き合いもあるから、慎重に事を進めないと大変なことになるぜ・・血の争いだけは避けたいのだ・・」
組員達も頭を悩ませていた。
「今、何処にいるのですか?」
賢治は質問した。
「おそらく、クラブ無限の闇カジノだ・・」
「闇カジノ・・・」

その闇カジノとは、ヤクザの幹部、財政界の著名人などが出入り出来る会員制の高級カジノクラブである。もちろん表向きは、バーであるため警察もその存在を知らない。そこには、カジノはもちろんの事、最近では花札、マージャン、チェスなどが流行しており、多くの著名人達が直接対戦する事もあるが、ほとんどは代討ち、すなわちその分野のプロのプレイヤーを雇い試合をさせているのだ。とにかくこの勝負はとんでもない額の金が動くらしい。
「そうか上等じゃないか・・組長!俺一人で十分です・・」
賢治はほほ笑みながら言った。
「おい・・お前一人で何ができるのか?
そこに行って、散乱銃でもぶっ放すつもりか?葉山商事を潰したあの警官みたいに・・・
そんな事をしても、いずれお前が消されるだけだぞ・・」
「いいえ・・・そんな低レベルな事は、致しません・・どうか、ご安心を・・
私は勝負をしてきます・・
確か、佐々木はチェス好きでしたよね・・・」
そう言い残し、事務所を出て行った。

「おい賢治、一体何を企んでやがる・・
その前に、あの余裕は何なんだ・・
一体、何の勝負をするんだよ・・そんな大金は持っていないはずだろ・・・・」

クラブ無限についた。警備は厳重である。
「なあ・・・俺はこういう者だ・・」
「地下三階です!御案内致します・・」
そこには、想像もつかない世界が広がっていた。まさしく巨大カジノであった。
天井の高級シャンデリアに照らされ、大勢の人で騒わっていた。一夜で富を手に入れる者もいれば、破産する者もいる。全くとんでもない世界だ。賢治はそんな瞬間を間も当たりにし、思わず息を飲んだ。
「おい!佐々木に面会したいのだが・・」
「はい!いらしております・・」
係員は奥の会場に案内した・・
「何だ、あの人盛りは・・」
「はい・・いつのも勝負をしていますね・・・今夜はいつも以上に盛り上がっているようです・・」
中央には一台のチェス盤があり二人の男は勝負していた。おそらく代討ちだ。それを取り囲むように、大勢の人が観戦していた。チェス盤のすぐ隣には長いソフューが横たわっており、あるボスらしき男が座っている。良く見ると隣には何と美香が付き添っているではないか・・その男の煙草に火をつけていた。
「佐々木さん・・お客様が来ております・・」
と言い残し、案内人は去って行った。
「おい、お前は、誰だ・・」
賢治は佐々木の顔を見た瞬間、何故か身ぶるがしてしまい言葉を失ってしまった。無言で立っているのがやっとであった。
「この男が佐々木か・・・」
「この男、金竜組の幹部らしいですよ」
隣にいる幹部が佐々木に言った。その男は、どうも佐々木と特に親しい男のようである。
名前は滝沢馬琴である。彼はこの闇の世界で一流の殺し屋として名が売れている存在であり、佐々木のボデーガードをしている。
試合は一時中断し、賢治は注目を受けた。
「見ない顔だな、俺はこの世界の奴を大抵は知っているつもりだったが・・新人なのか・・」
佐々木は、滝沢に質問した。
「はい・・奴は、凄腕の幹部らしいです・・」
「おお・・そうか・・お前!一体俺に何の用だ・・・」
美香は賢治に気がついていたが、冷静だった。賢治は言った。
「その女を連れに来た・・」
「ハハハハ、この女はな俺の女だぜ・・馬鹿野郎!お前に何が出来るのだ!下らん。試合の邪魔だ!」
賢治は相手にされていなかった。
「とんだ邪魔が入ったな・・では再戦だ!・・・」
佐々木のその一言で再び会場は盛り上がった。

「佐々木さん・・勘弁して下さいよ・・」
大牟田市立病院の苑仏理事が嘆いていた。
「仕方ないだろ勝負だから・・3億頂くぜ!」
会場は盛り上がるはずである。そんな大勝負であるからだ。
局面はどうも圧倒的に佐々木側が有利らしい。苑仏側のプレイヤーは絶望的な表情で長考を始めた。
「ハハハハハもう時間の問題だ・・・」
会場は大興奮で誰もがそう理解していた。
賢治はその局面をじっと考察した。そして、約5分後に思わず笑ってしまった。
やがて、そのプレイーが次の手を打とうとしたその瞬間。
「おい!待て!」
賢治は突然大声で叫んだ。
「何だよ!試合の邪魔をするのか殺すぞ!」
賢治は、園仏側のプレイヤーの肩を叩き、ほほ笑みながら言った。
「おい・・交代だ・・」
そして、賢治が座った。
「何やってんだよ!」
周囲が騒ぎ出した。
「なあ佐々木・・この勝負3億だったよな・・」
「そうだ・・」
「この試合、俺が引き継ぐ!」
「何・・どういうことだよ!」
「勝てば3億くれるよな・・そしてその金で、この女を買うぜ・・もちろんいいよな・・」
「何!・・・」
「苑仏さん・・承知してくれますよね・・」
「ああ・・構わんよ・・」
苑仏は、ホッとした顔でうなずいた。
「あなた!何言ってるの!・・誰が見てもこの勝負、負けだわ・・」
「そうだよな美香ハハハハハ負けて3億払えるのか!」
「無理に決まってるだろ・・・だから・・」
賢治は上着から銃を取りだしテーブルの上に置いた。
「これで・・俺の脳みそをぶち抜けばいいだろ・・」
「・・・・・・・」
周囲は沈黙だった。
「あなた!本気なの!やめて!」
「美香・・黙ってろ!
俺の頭脳は超ヘビー級だぜ!3億では安い程だがな・・ハハハハハ
どうだ・・佐々木・・」
「ハハハハハハハ面白すぎるぜ・・皆聞いたか!」
「そして、2度とこの女にちかずくな。皆の前で約束しろ!」
「ああ・・お前の女だからな!約束する・・しかし、勝てばの話だハハハハ・・・」
「そうだな・・・」
「おーい!サングラスの兄ちゃんがとんでもない試合を挑んだぜ!皆集合だ!」
やがて人盛りはさらに多くなり気がつけばカジノ客のほとんどが集まってしまったのだ。

そして、勝負が始まった。周囲は沈黙した。佐々木側のプレイヤーは外国人だった。どうも外国からプロを呼んだみたいだ。賢治は彼に言った。

「なあ・・アメ公!お前はチェスのアメリカ代表なんだろ・・
日本の将棋を舐めるなよ・・
俺は、ガキの頃将棋をしていたが・・
将棋はな・・チェスよりも奥が深いんだぜ・・・
これは、日本が誇る素晴らしい伝統文化なんだよ・・・」

彼は日本語が理解できないらしいが、何だか怒っているようにも見えた。
そして、その一大試合は再び幕を開けた。周囲はこの賢治の言葉に対し鳥肌が立ったという。

「ところで、俺が先手だったよな・・」
彼はゆっくりうなずいた。賢治は笑いながら言った。

「おい・・・佐々木、北斗の拳、知ってるか?」
「ああ・・・知っている。何が言いたい・・」
「ならば、主人公であるケンシシロウの有名なセリフ知ってるか?」
賢治は冷静にチェス盤を眺めながら言った。

「ハハハハこの兄ちゃんユーモア万才だぜ!」
周囲の人々が笑い始めた。

「なあ・・佐々木・・・
お前はもう死んでいる・・・
十三手後にな・・」
「何!・・・」

この言葉の瞬間、周囲の緊張感は極限状態に達した。
「なら、始めるぜ・・・」

一手目はゆっくりと指した。
その後、賢治はもの凄いスピードで駒を動かし始めた。賢治の思考時間は、ほぼに等しく連続で王手をかけたのだ。やがて、十三手目にスペードをキングの隣に置き、言った。

「チェック・メイト・・・・」

「おおおお!ありえない!」
周囲から大歓声が上がった。
「この兄ちゃん天才だぜ!ハハハハハ」

「約束だ、この女をもらう・・・」
「・・・・」
佐々木は黙ってうなずいた。
「美香・・行くぞ・・」
賢治は、美香の手を取った。
「おい・・お前の名前は・・」
「そんなのどうでもいいだろ・・」
「それより、なあ・・佐々木・・何で十三、なんだろうか・・」
賢治は不思議そうな表情で言った。
「何が言いたい・・」

「お前・・十三階段にでも縁があるのか・・
もしくは、十字架でも背負ってるのか・・」
「・・・・・・」

佐々木はその言葉に敏感に反応していた。
「すまない・・何だか、訳の分からない事を言ってしまったな・・
自分でも何を言ってるのか分からない・・
どうか、気分を害さないでおくれ・・」
賢治はそう言い残し、二人は出口へと向かって歩いた。それを大勢の客は見ているだけだった。

「あいつは一体、何を言いたかったのか・・
まあ負けたが、この勝負、痺れたぜ・・・・」
佐々木はその言葉を聞き考え込んでいた。過去でも振り返っていたのか。

「俺はこの男と初対面なのか・・
いや、分からない・・・
でもこの男、かなり危険な香りがするぜ・・・」
滝沢は離れて行く賢治を観察していた。

二人は階段を上がって行った。
「賢治・・私の為に、なんでこんな危険な事を・・」
「ああ・・俺達は運命共同体だからな・・
まだ葉山商事の赤字の埋め合わせが終わってないだろ?ハハハハ」
「そうね・・・
十三階段か・・・
でも、あの言葉、どういう意味なの・・
あなたも佐々木との関係があるの・・」

このチェス試合は、噂となり、やがて闇の世界で語り継がれた。すなわち伝説となったのだ。また、佐々木と滝沢は、賢治を幹部に持つ金竜組に対し警戒をしていた。

第七工事現場、作業着の賢治は、今日も現場監督をしていた。
崖から海を眺めていると、不思議な感覚に捕われた。

「俺はなぜ、ここにいる・・
ここは一体、何処なんだ・・
誰がこの第七工事現場に導いたのか・・」

愛しい風に当たりながら螺旋状に過去へ落ちていく感覚を覚えた。
トラックの音がする・・・
作業には無関係な数十台のトラックが工事現場沿いの泥道を通過している。
賢治は何気なく近くの作業員に聞いた。
「おい・・あのトラックは何だ?本社の作業トラックなのか・・」
やがて、そのトラックの列は、中島崖で方向を変え、中島川沿の上流へと登って行った。
「いいえ・・これは、ある業者の運搬車らしいですよ・・」
「なんで、我々の作業に無関係なトラックが我が領地を通過するのか・・」
「何でしょうね・・私はこの作業現場に長年従事していますが・・昔からなんですよ・・三池港発で毎週金曜日に通過するのですよ・・まあ、有明工業さんも通行を許可しているみたいだから・・まあ、作業に差し支えがなからいいんじゃないですかな・・」
「この河の上流には何がある・・」
「巨大ダムです・・」
「は・・・」
「でもまだ完成していないみたいですよ・・20年もの経過すれば出来るものですがね・・」
「・・・・・・・・」

賢治はその夜、上流に上り、その作業中のダムまでたどり着いた。明らかに一般の人は入れず、薄気味悪い所であった。工事器具は置いてあるが。見るからに、稼働の形跡は全く見られない・・
「あれは、工場か・・」
山奥のはずなのに、製造工場らしい、巨大工場がある・・
賢治は、恐る恐る近寄り工場の中を覗いた。
「これは!なんということだ・・・・・」
賢治は朝方まで徹底的に情報を集めた。

「美香・・証拠を掴んだ!これで佐々木を逮捕できるぜ。後は、警察に任せよう・・・・」
「ええ・・・その方がいいかもね・・」

賢治は県警の木村巡査部長宛に、トラックの経路、上流のダム周辺の地形図、写真、軍事力など正確すぎる情報送った。
「刑事さん頼むぜ。極上の情報だ!またド派手にやってくれハハハハハハ」

「おいおい今度は何だ!死体でも入ってるのか・・」
今度は、段ボールで到着したのだった。木村巡査部長はしばらく眺めた。
今度ばかりは自分一人で情報を集めたとは言えなかったのだ。なぜなら、詳細な山の斜面の測量図まで入っていたからである。その後、県警本部はその地形図を元に麻薬アジト崩壊作戦を立てた。完全武装を相手にするため、県警側は、死者が出ることを覚悟していた。この作戦の隊長に任命された木村巡査部長は、またもや大胆な行動に出た。県警押収品にも物足らず、閉坑された三池炭鉱の廃墟から発掘用の強力なダイナマイトを拾い集めこの作戦に挑み麻薬アジトを破壊してしまった。このとき県警側は死亡者はいなかったが、相手側は多数の死亡者が出たのだった。木村巡査部長はまたのや出世したのだった。また、この麻薬アジトを指揮していた銀竜組組長、佐々木次郎と以下幹部はやがて逮捕されこの組は解散に迫られた。

次の週の金曜日、麻薬輸送に関わった銀竜組組員の協力を得て、大量の麻薬上陸地である三池港では、韓国密輸船の一斉検挙が行われた。護送車、装甲車、パトカー数十台が港に集結していた。パトカーランプがやけに眩しくある男を照らしていた。その周りには数十人の警官らは男に対して沈黙し整列していた。しかし彼は見向きもせず、部下に背を向け港の向こうの有明海を眺めるだけだった。やがて部下である稲又警部補が報告に来た。

「木村警部!検挙終了です・・
キム船長以下、五〇名を検挙し護送準備を終了致しました!」
「そうか・・ご苦労・・」
木村警部は無関心に返事をし、タバコに火を付けようとした。すると稲又警部補は、慌てて、マッチに火をつけ言った。
「どうぞ・・」
木村警部はゆっくりと最初の一拭きをし言った。
「なあ、稲又警部補・・時効とは何だ・・・」
「はい?・・それは・・」
「刑法で定められている捜査期限であります・・その昔、警察学校で教わりました!」
「そうなのか?・・・俺は刑法の授業中居眠りばかりしていたから、知らないぜ!ハハ」
「・・・・・・」
「冗談だよ・・俺の刑法には時効制度なんか存在しない・・
何故ならば、現在日本は、捜査技術以上に犯罪技術が高度化している。連中も真剣に法律を学んいでるためだ。それでは悪い奴らが逮捕できるはずもなかろう・・
時効の事件を追うことは無意味なのか・・
その前に、時間の概念とは一体なんだ・・・
なぜ一分は六〇秒なんだよ!一〇〇秒じゃだめなのか!」
稲又警部補は、返答に困っていた。
「後一年あれば・・過去に捕らわれるのは愚かな事なのか・・・」
そのとき高級車センチュリーが警部の前に止まった。

「警部!お迎えに参りました!」
部下の運転手は礼儀正しく、後部座席に案内した。
「どうぞ・・」
木村警部は、無表情に言った。
「先に帰ってろ・・」
「はい?・・」
「俺は、まだここにいる・・
もう少しだけ、この有明の風に吹かれていたい・・
今夜はそんな気分なんだ・・・」
「了解致しました!失礼致します!」
やがて、車の列は、走り出し、車内の警官達は、ただ一人残された木村警部に敬礼をした。やがて車も走り去り再び三池港は暗闇となった。
木村警部は港から有明海を眺めていた。

「親父・・あんたも、麻薬捜査をしていた・・
そして、何者かに殺された・・
二〇年前か・・犯人を見つけたところで、もう時効だがな・・・・
でも俺は、その犯人を捕まえる為に刑事になったんだぜ・・
そして、一体誰だ!葉山商事の件といい、麻薬運送ルートの情報まで俺に流した奴は・・
これらの出来事は関連してるのか・・・
そうだよな、親父・・なんか匂うぜ・・」
木村警部は、ここ三池港で自分なりの指命を強く感じたのだった。

第四話 ~ 伝説の測量師 ~

以下の文章は、フリーのジャーナリスト狩能大成が、ある一人の男を追跡した貴重な文献の一文である。

一九七〇年、大牟田は日本を代表する石炭の発掘地であった。無限の発掘量を誇るここ大牟田は石炭の町として栄えており大変な潤いがあった。だが、エネルギー革命が起こり新たなエネルギーとして、原子力推進運動が日本全国で起こり、石炭の必要性が薄れてきた。危機に面した三池炭鉱は窮地に立たされていた。やがて、三池炭鉱の上層部主催で今後の在り方について会議があった。原子力発電には敵わないと誰もが言い、閉山を考えていた。しかし、ただ一人、それに反発した人物がいた。その男は言った。
「大牟田の石炭の発掘量は無限大に等しい・・
確かに、発電慮は原子力には劣るが。だから今後、日本の電気は原子力発電で主流となるだろうしかし、原子力発電は大変な危険を伴う、それは、この日本は地震列島だからである。古代から日本は周期的に大地震が起こっている。地質学者であった私の父は、何十年後かに大地震が起こる事を予言しこの世を去った。そうなれば、放射能が漏れるという大惨事が起こるであろう・・だから、また再び、石炭の時代がくるはずだ・・・・だから閉山はしてはならない・・」
しかし、会議は、閉山として可決され。あの三池炭鉱は倒産した。
その男は、極めて鋭い先見の目あった。その男の名とは、伊能良蔵である。彼は、三池炭鉱の発掘現場における超一流の発掘技術者、測量師であった。時代の流れに敏感な良蔵は、三池炭鉱退職後、不動産業を始め、莫大な富を築いた。借金をして、広大な土地を買いまくり、その土地値が爆発的に上がるのを、ただじっと待ったのだ。すなわちバブルが弾ける直前にそれらの土地をすべて売り莫大な財産を築いた。そして、その大暴落した土地を買い占める計画を立てた。その広大な土地とは、有明沿岸すべてである。
ある日、良蔵はとんでもない大胆な行動に出たのだ。有明沿岸の荒れた地面を彼は、なんと、約三年かけ測量をしながら、八代から諫早まで約三00キロを歩いたのだ。三脚を抱え海岸を歩いていたその後姿は、「伊能忠敬である」と沿岸の住人は噂し、彼が通行するのを、一目見ようと待ち伏せし大勢の人々に歓迎されたのである。ある時は海沿いでテントで暮らし、ある時は住民の家に泊る。やがて沿岸地区でカリスマ的存在になった良蔵は、有明沿岸の各町に呼びかけ、寄付や融資を募り、自分の莫大な財産をすべて使い、バブル後の特に荒れ果てた最低価格の有明沿岸約三00キロにもわたる広大な土地を買い占めてしまった。その目的とは、有明沿岸に巨大道路を通すことである。だが、問題は荒れ果てた土地の開発し道路を整備、何本もの有明海に流れる込む河川に、橋を架けることである。当然それには想像もできないような莫大な資金がいる。
そこで良蔵は、自ら「伊能忠敬」を名乗り、沿岸住人に熱弁した。

「このさえない沿岸を開発し、道路を通せばこの有明沿岸には潤いが生まれる!
どうか、この伊能忠敬に協力なされ!」

すなわち彼は測量をすると同時に沿岸地区で政治活動をしていたとも言えよう。
当時最大規模の有明工業株式会社の社長は、彼が書いたその有明沿岸測量図を見て、感激し、良蔵に全面協力した。この会社は金竜組に守られていた。それに続き、数多くの小規模の土木会社、建設会社の協力を得て、一九八〇年、有明沿岸道路大規模工事が正式に開始された。やがて、荒れ果てた土地も整備されかけ、正式な道路とまではいかないが、トラックが通れる程の舗装は出来たのだった。建設現場の道路沿いには中小企業が進出し沿岸沿いの商業が発展することを願って地域の住人にも大歓迎されていた。しかし、良蔵にはもう一つの目的があったのだ。

「原子力の時代はやがて終わる・・再び石炭の時代が来るのだ!
そしてそのとき、この有明沿岸道路は巨大な石炭流通ルートとなり九州、いや全国に大量の石炭を運搬するための生命線になるのだ!
そうなれば、このさびれたこの大牟田市は九州を代表する巨大都市に変貌する!」

元三池炭鉱の社長のバックには銀竜組が影をひそめていた。炭鉱の倒産により、破たん寸前であったその組はその再建のためある新たな事業を展開した。ある日、組長代理である若頭佐々木が良蔵を訪問した。

「毎週金曜日に、この道路の通行を許可してもらいたい!コンテナ型大型トラック約三0台、三池港から、中島絶壁まで通過する。どうか許可を願いたい!」

この時、良蔵は、佐々木と契約し通行料金として多額の金を受け取った。工事には差し支えないとの条件で契約したのだ。このとき、良蔵は沿岸工事に専念していた為、この連中が何を運んでるというのは気にもしていなかった。やがて、この銀竜組も最大規模の組に発展した。すなわち、この金竜組、銀竜組の二大組織は有明沿岸道路の建設過程により、急成長をとげたと言っても過言でない。 
良蔵の一人息子である秀長は、事業の引き継ぎをさせるため土木工学科に進学させ、在学中に双子をもうけた。二男は父親になつき、長男は良蔵になついた。学位は取ったものの進路において激しく二人は衝突した。秀長は警官を希望したのが理由である。やがて良蔵が出した条件で決着が着いた。それは、良蔵は長男を、秀長は二男を引き取り別居することだ。このような大人の事情により二人の息子は顔を合わせる事はなかった。
やがて、銀竜組の急激な勢力拡大に対し、敏感に何かを直感した良蔵は、複数の大型トラックの列が中島川の上流に向かうのに注目した。そして、夜中に登山した。そこには巨大ダム建設途中だった。しかしそこでとんでもない事実を知るのである。そこには銀竜国発展の決定的な秘密があったのだ。有明沿岸は、人気の少ない辺鄙な環境である。さらに工事中でもあり、世間からは作業トラックとしか見なされないため、だからこそ銀竜組にとってこの大運搬計画は安全なルートだったのだ。
 ある日、良蔵は、運搬の責任者である佐々木を第七工事現場に呼び出した。
「通行は、今回で終わりだ!来週からは許可できない。作業の妨げのなるんだよ・・・」
「おい!ただ、週に一回、トラックを通行させてもらうだけで、こっちは多額の通行料を払っているんだぜ!おいしい話だろハハハハ、俺達は契約したのだ!・・」
確かに、その通行料は、有明沿岸道路の重要な建設資金だった。そのときだった。長男がやって来た。

「おじいちゃん!・・」
「おお、今は忙しいのだ!向こうで遊んでなさい・・」
「坊や・・可愛いね・・」
「あ!トラックだ!大きいのが何台も来る!ねえ・・お兄さん・・何を運んでるの?」
「・・・・・・」

二人は唖然とした。そのとき佐々木は良蔵の顔色を伺い何かを確信したのだ。

「あのトラックの中には、大量の砂が積んでるのだよハハハハ」
「おい!先の件分かったな・・・・この通行で最後だ!」

佐々木はトラックに乗り込み去った。
当時、現場監督であった平賀作業員、現金竜組組長は最後の橋げたの作業に取りかかっていた。その現場とは、あの第七工事現場なのだ。当時最新の技術で、約半分までかかっていた。しかし、ある日、橋げた落下事故が起こってしまった。その落下時、ちょうど真下には、中島漁港から夜漁に出発した数隻の漁船が通過していたのだ。もちろん船は沈没した。この事故は「中島鉄橋落下事故」とニュースでも広く報道された。漁船に乗っていた複数人の死傷者が出た。平賀監督と良蔵は責任を問われ、それまでいた中島地区からの信用が崩壊した。その後、平賀は自信喪失になり作業現場から何年もの間、離れ工事は中断。そのとき「呪われた橋げた」の名がついた。やがて多額の賠償金を要求され、有明工業株式会社の財政が悪化した。だからこそ良蔵にとっても銀竜組からの通行料は必要であったのだ。県警の現場検証の結果は事故と断定した。しかし当時、県警の若手の二人組の刑事は極秘にその事故を疑い捜索していた。また同時に、敏竜組の麻薬密輸疑惑もだ。やがて、その二人の刑事は銀竜組から狙われることとなる。
この事故の遺族の息子である滝沢馬琴は、伊能良蔵、平賀監督の二人には猛烈な恨みを持っていた。当時、小学6年生の滝沢は二人の前に現れ言った。
「この人殺し・・俺はお前らを許さない・・・いつかお前らを殺してやるぜ!」
この恨みを理解していた佐々木は滝沢に接近し。闇の世界に引き込んだのだった。やがて滝沢は、佐々木の最も信頼のおける凶暴なヤクザと成長したのである。
ある日、秀長は、父である良蔵を心配し、工事現場に現れた。
親子口を開いたのは、別居以来であった。

「親父、大丈夫か・・あまり一人で抱え込まないでくれよ・・」
「なあ秀長・・お前は警官になって正解だったよ・・」
「はあ・・何を言ってる?・・」
「お前は、県警で優秀らしいな・・かなり派手にやってるそうじゃないか・・
悪人を追いかけ続ける・・それがお前の使命かも知れないな・・」
「俺な、土木の学位を取ったけど・・本当は、あんたが怖くて警官になったんだ!」
「俺が怖い?・・」
「だって、有明沿岸を歩き回り測量しただろ・・全く、凡人でないぜ・・・あんたについていける奴など何処にもいない!ハハハハハ」
「全くだなハハハハ」
「そう言えば・・長男は元気にしてるかい?
でも・・測量の旅の最中、誰が面倒を見たんだ?・・」
「もちろん俺が見たよハハハ」
「何!どういうことだよ。まさか!・・」
「ハハハお前の息子はな、俺の測量に立ち合い、旅の最中で恐るべき和算を身につけおった。もう、その分野では俺の手にも負えない程だ・・
江戸の数学者、関孝和の生まれ変わりかもなハハハハ」
「なんて、おやじだ!全く・・二人にはついていけないぜ・・・」

「なあ秀長・・お前の言う通り俺達は、住む世界が違うんだ・・
そこで・・一生の頼みがある・・」
「何だよ!急に・・・」
「明日市役所に行って、お前ら三人は名前を変えろ!」
「は?俺ら三人の名前・・」
「何も聞くな・・いいか!今日から俺らは他人だ!」
「あのトラックの中には・・・
この一家を巻き込むわけにはいかない・・
特に警官であるお前には知られたくない・・
しかし、お前はいずれ事実を知り・・俺の前に現れるだろう・・」

秀長とある同僚刑事は、三池港である事件を捜索するため張り込みをしていた。
それに気がついた銀竜組の組長は佐々木に二人を射殺するよう命じたが、秀長は助かりその同僚刑事だけが殺された。その刑事とは、美香の父親、塩塚修である。

秀長はその後一人で、これらの事件を同時に追い続け、この二つの事件の関係に気がついたのだ。秀長は、良蔵を崖に呼び出した。二人は、中島絶壁に向かい合いで立っていた。

「なぜだ!親父!・・なぜ協力したのだ!」
「・・・・・・・」
「バキューン・・・」

秀長の後をつけていた佐々木は後ろからその光景を眺めていた。
「これで完全に、真実は闇の中だハハハハハ」
二人は崖から転落し死亡した。この事件の影から逃れるため二人の男子は、別々に引き取られ別々の人生を歩むこととなる。しかし長男は第七工事現場の崖から転落し謎の死を遂げている。
良蔵の死後、数年後にこの大事業の跡継ぎを決意した平賀はやがて、有明沿岸道路の建設代表に就任し有明工業の社長、金竜組の組長とまでなった。平賀は、伊能良蔵に引き継ぎ、今でも佐々木から通行料として多額の現金を受け取っている。それは現在でも建設費としての重要な費用となっているのだ。        
(狩能大成 「伝説の測量師」より一部抜粋)
この一文は、後にフィクションドラマ脚本を書く上での貴重な資料となったのだ。

「現在、日本は様々な問題を抱えている・・そんな日本を救う生命線が教育なのだ!
教育界では若い世代の学力低下が最重要視されている。・・すなわち日本を救うのは学力だ、もちろん俺が言っている学力とは偏差値により数値化されるものでなく、発想力なのだ・・教育とは、学校規模の事では収まらない!学校規模どころか・・
一人一人の教員が国家規模で考えなければならない問題だ!きっと・・・・・ 
本来、教育とはそんな広い視野でやるべきだろう・・・
まあ、俺には関係ない事だがな・・・」

第七工事現場において賢治の任務は終わった。
有明海の地平線に沈みかてる夕日を見ながら、教育について語っていた。
ここから見る絶大な自然は、人の思想までも大きくするのであろう。

銀竜組の幹部らは逮捕され、復讐のため金竜組との激しい闘争が絶えなかった。
組長は身の危険を強く感じ、慌ただしく事務所を整理し始めたのだった。

「これは、有明沿岸測量図!・・
俺はこの図を始めて見たとき純粋に土木を目指した・・・・
俺はいつからこんなに汚れてしまったのか・・」
そのとき一枚の写真が測量図から落ちた。

「あっ!この写真は・・良蔵爺さん!・・全くなつかしいぜ」
その写真には、良蔵、組長、そしてその中央に男の子の三人が映っている。
「そういえば、この少年・・・
良蔵爺さんの孫でいつもこの二人は一緒にいたな・・・」
しばらく眺めていた。そして何かを確信したようである。
「まさか!!このガキ・・」

その後、第七工事現場に有明工業の全社員に緊急集合がかけられた。
「時間がない!作業を急げ・・鉄橋の土台はもう出来ている。今日から三交代体制で舗装を開始しろ!大至急だ!」
「そして、会計!中島漁民の遺族の方々に、金庫の金すべてを等分し振り込め・・
大至急だ!」
組長はその夜、賢治に電話をかけた。
「もしもし、今から、いつもの店に来い!」

ここはクラブ「ルジャンドル」である。
賢治は、店に到着した。
二人の行きつけのバーだ。
「カランカラン・・」
「おう、待たせた・・・・」
賢治の隣に座った。
「なあ、賢治・・お前の復讐はこれで終わったんだよな・・・・」
「はい?・・・」
「おい!そうだと言え!・・」
組長は興奮していた。
「何の話ですか!」
「だろうな・・お前は何も知らない・・」
「俺は、お前さんとあの喫茶店で出会った。あの頃が懐かしいぜ・・」
組長は、ほほ笑んだ。
「お前が、真剣に何かに没頭してる姿を見てな・・
あの人を思い出したのだ・・
俺にとって、いやそれどころか、この有明沿岸の住民達にとって伝説の人物だ・・
今夜は、お前に話さないといけない事がある・・」
組長はゆっくりと話始めた。

当時二五歳の時、犯罪犯し監獄に入った。
やがて愛想尽きた妻に離婚を迫られた。彼は毎日、世間への恨み、苦悩、絶望、孤独で苦しんだ。牢獄は昼でさえも暗闇であった。しかしある日、ある男が面会に来たのである。

「平賀!久しぶりだな!」
「伊能技師!なぜここに!」

二人の再会であった。
良蔵はゆっくりと話し始めた。

「俺には一人息子がいるが、俺の事業の後を継ぐ気がないらしい・・安定を求めて公務員になりよった!愚かな奴だハハハハ・・
お前さんと一緒に炭鉱の現場で仕事をして確信してるのだ。お前さんは、根性がある!それに、人の上に立つ力量があるのだ!」

良蔵は力強く言った。

「だが、残念ながら、お前さんには学歴がない・・どうせ、この兼務所に何年もいるのであれば、ここで学位でも取ってはどうだ!そして、お前は出所と同時に土木技術者として俺に従事しろ!お前が必要なのだ!そうすれば、いつの日か一度だけ娘に合わせてもらえるように手配する・・お前の娘は可愛いよな・・」

「なぜ俺の娘を知っているのですか!」
「これを見ろ!有明沿岸の測量図だ・・」
「有明海の・・」
「そうだ・・俺が歩いて書いたのだ!」
「は!」
「俺は、孫と二人で測量の旅の途中、お前さんの母子のお世話になった。しばらくその街に滞在したが・・そのときお前の存在を思い出したのだ!だからここに来た・・」
「え!俺の娘は元気なんですか・・」
「二人の子供はすっかり仲良くなってな・・・」
「私は、犯罪者だから娘には会えません・・でも娘が元気にしてる事だけ知り、それだけで十分です。」
「何死人みたいな事を言ってるんだ!このまま強盗犯として人生を終えていいのか!
これを見ろ!」
良蔵は再び測量図を見せた。そして数か所に丸をつけた。
「これらの地点に、橋を渡さなければならない!これは、お前の仕事なんだ!」
「何!」
「そうだ・・これがお前の生きた証になるのだ!そうすればいつ死んでも良かろうハハハハ・・では、作業現場で待ってるぜ・・じゃーな!」
そう言い残し良蔵は面会所から出ていった。

「なあ賢治!ベルヌーイの定理を知ってるよな。これは、土木工学で最も有名な定理だ、力学的エネルギー保存法則とも言われてる。すなわち位置エネルギーを、運動エネルギーに変換することが出来るという理論だ!」
「はあ?突然、何が言いたいのですか・・」
「やはり、お前は、ベルヌーイ定理の数理的側面しか理解していないようだなハハハ
まだお前には、この大定理に潜んでいる情緒というものが見えないか・・」
人は皆、計り知れない莫大なエネルギーを内蔵している。でもその使い方を間違え、犯罪に走る者もいる。また、極度な心配症になり体力を消耗し病気になる者もいるだろう・・でもな、そんな使い方は実に下らない・・これらは、エネルギーの無駄使いだな。自分自身に秘められた莫大なエネルギーの存在を知り、それを何か別のエネルギーに変換できれば・・」
「変換!・・」
「すなわち、負のエネルギーを正のエネルギーに変えろということですか!」
「その通りだ!俺の場合、そのエネルギーを土木工学の学位取得にぶつけたのだ!四六時中勉強して、やがて刑務官が俺の奉仕活動を免除した!最高の環境の中、俺は独学で学位を取得した。刑務官の連中も驚いてたよ。そして刑務所を出て、有明沿岸道路建設に従事した。そして、俺の情熱と現場で磨きをかけた一流の技術で橋を架け続けた。しかし、そんな俺だったが有明沿岸道路最難関工事と言われた「中島絶壁の巨大鉄橋計画」という、最難関の工事が俺の目の前に立ちはだかったのだ。日本中から招いた一流の技術者の協力も得たが成功しなかったのだ!しかしある日、突然ある男がその第七工事現場に現れたのだ!現場経験のないはずのその男の計り知れない能力を思い知らされた!
俺達技術者は、工事の妨げとなる突風や荒波といった自然現象に戦を挑んできた。しかし逆に、その男は、そんな自然現象を操っていたのだ!いや俺には、楽しそうに自然と戯れていたようにも見えた・・・
俺は考え続けた・・
賢治・・お前は一体、何者かとな・・・」

「お前は、計り知れない才能そして美的感受性を持っている。だからこそ、とても繊細でもろいのだ・・お前みたいな奴には、俺の娘がお似合いかもしれない・・・」
「は?娘・・」
「俺は、あの日まで娘に会ったことはなかった。刑務所に入る前は妊娠していたから・・
出所して、当時、別れた妻とある条件で一度だけ会わせてもらった事があった・・・
当時、娘は高校三年生だった・・」
「条件?」
「ああ・・この子の成人までの養育費を一括で払えとな・・
まあ、今は何処にいるのかも分からないがな・・・
俺は明日、用をすませて警察に出頭するつもりだ・・
そうなれば、ますます会うことは出来ないだろう・・・
いや、もう一生会おうとも思わない・・
俺はすべてを失った・・今残った物があるとすれば、妻の形見の油絵だけだ・・・」
「組長・・・すみませんでした・・」
「お前は悪くないよ・・それどころか・・
第七工事現場、巨大鉄橋の土台を完成させた。もうあの鉄橋は完成したのと同じだ!
俺達の橋だ!・・
いや・・あれは俺達三人の橋だったな・・・」
「三人?もう一人は誰ですか・・・」
組長はほほ笑んだ。
「つい先日、お前の正体を確信したよ。しかし俺は驚かなかったよ・・
簡単に納得してしまった・・・
そのお前と今こうして飲んでいる・・
全く、光栄だよ・・・・・」
組長はグラスを上げほほ笑んだ。
「乾杯しようぜ・・」
「俺の正体とは!・・・」
賢治は興奮した。
そのとき、電話は鳴った。
「約束は明日だろ!・・・すぐそこなのか!分かった!待っていろ!・・・」
組長は興奮し電話を切った。
「大丈夫ですか?」
「残念だ・・・もう時間だ・・」
組長は寂しく言った。しかし次の瞬間顔が変わった。
「おい!俺がお前に作ってやった名刺を今すぐ出せ!もうこの瞬間から俺はお前の他人だ!いいな!ここを絶対に離れるな!いいな!」
賢治は、組長の言ってる意味が分からなかったが気迫に押され。
「はい・・・・」
やがて組長は立ち上がり、扉に向かって歩き出した。扉の前で振り返り言った。
「なあ、賢治・・今日はお前のおごりだぞ!
最後に言っておこう・・
その答えは・・
有明海の風の中だ・・・」
そう言い残し、ほほ笑んで、扉を開け出て行った。

「バキューン、・・・ドドドドドドド・・」
ものすごい銃撃戦が扉の向こうで始まった。
その扉は弾丸で穴だらけとなった。

銀竜組の幹部全員が、麻薬の件で逮捕され組は解散したはずだったが、有一の幹部である滝沢が勢力を握っていた。残組員が金竜組と対立し、争い事が絶えなかった。組長のいない金竜組は内部争いも絶えずにいたため、滝沢率いる銀竜組の攻撃に合い、全滅寸前だった。すなわち下剋上の雰囲気がたっており、射殺事件が連日のように発生した。しかし、そんな滝沢馬琴も、やがて逮捕され凶悪犯として鳥栖市にある麓凶悪犯刑務所に送られた。それによって、騒ぎは一時的には収まったようである。その事実からも、いかにこの滝沢馬琴の暗黒社会での影響力の強さが伺えるであろう。

第五話 ~ ロミオとジュリエット ~

組長が店から出てくるのを待ち伏せしていたかのように、車がやってき、自動小銃で撃たれ車はするさま去った。血だらけの組長は、その穴だらけの扉に寄りかかっていた。
最後の力を振り絞り、葉巻に火をつけくわえた。

「俺の人生には未練なんてないぜ・・・
なあ、良蔵爺さんよ・・
やがて、あの鉄橋もいずれ完成するしな・・」
「でも、麗子・・お前を不幸にさせてしまったな・・」
組長は過去を振り返り始めた。
 
 平賀源内は、三池炭坑の発掘の仕事をしていた。中卒の彼は、ただがむしゃらに仕事をしていた。彼の楽しみは、仕事後のクラブに行くことだ。その店の名はクラブ「ルジャンドル」薄汚れていたが当時ロカビリー音楽が大流行、デビュー前のインデーズパンクロックらが出入りし演奏していた。その中で有名だったのが「THE MODS」である。平賀はそれを聞くのが大好きだった。ライブを終え、その日は、友達とカウンターで飲んでいた。

「オイ、大成!やはり「MODS」は最高だぜ!」
「平賀!特に、あの「ロミオとジュリエット」・・がいいよな・・」
「黒いレザーに抱かれた・・・あの最後の歌詞、たまらないぜ・・」
「お前は、頭が悪いが、感性だけは鋭いからなハハハハ」
「歌詞の影にはドラマが潜んでるだぜ・・」
「ハハハハハお前、詩人みたいな事を言いやがって!イカス男だぜ!」

「おい!どうした?」
平賀は、ある女を見ていた。
「いや、あの子・・可愛いな・・」
「ああ・・やめとけよ・・俺達は住む世界が違いすぎるぜ・・」
「あの子を知ってるのか?」
「ああ・・画家の一人娘だぜ・・お嬢様だぜ・・」
「そうか・・」
その子は、クラブのバックドアで一人立っていた。どうも店の中まで入れないようである。迷わず平賀は席を立った。
「おい!まさか!止めとけ!・・」

「なあ・・俺と飲まないか・・緊張しなくていい・・」
「え!?・・」

平賀の勢い押され、麗子は従った。これは二人の出会いである。その後二人は交際を始めたが、麗子の両親は賛成するはずもない。麗子は家の反対を押し切り、家を出て、平賀と二人で暮らした。二人にはお金がなかったが、ささやかな幸せであった。しかし、そんなある日、麗子は妊娠した。

「今の、俺の仕事では・・三人での生活はできない・・」
「無理をしないで・・何とかなるわよ・・」

そう麗子は微笑むだけであった。しかしそれどころか三池炭坑は閉山した。中卒の彼だからこそ就職先など何処にもなかった。窮地に立たされた平賀は、ある決意をした。信用金庫の強盗だ。しかしすぐさまパトカーに追われ、逮捕された。

組長は我に返り葉巻を吹かした。

「お前の葬式に行ったが、線香すら上げさせてもらえなかった・・
でも・・俺達の娘があんな立派に成長した・・嬉しい限りだぜ・・
今はどうしてるのか・・幸せであればいいのだが・・
麗子・・あの日、俺達二人は時代の外に弾き出されたんだ・・
そんな俺達は、黒いレザーに抱かれた、ロミオとジュリエットだぜ・・」

やがて、くわえていた葉巻は地面に落ちた。

平賀源内の葬儀を終え、二人は真夜中に未完成の鉄橋を眺めていた。有明工業は倒産し工事は中断された。そんな寂しげな橋を眺めながら呟いた。

「私達はもう会わない方がいいかもね・・」
「そうだな、俺達二人の存在は危険だろう・・」
「ねえ、私の父も成仏出来たかしら・・・」
「きっとそうだよ・・・」

「もし、あのとき、組長がいち早く店を出ていなかったら、俺も・・
俺が生かされた理由・・
組長世話になりました・・
私なりの供養をしていくつもりです・・
あなたに私は生かされた・・
その意味を考えて見ます・・
だから、どうか安らかに・・・・」
そう言い、組長の骨を海に流した。

「なあ、俺は何故、生かされたのかなあ・・・」
「組長さんは、そのお爺さんの意思を引き継ぎ、橋を架け続けた・・
きっと、組長さんにとっての使命だったに違いないわ・・
そして、あなたは何かに導かれるよう、この第七工事現場にやって来たのよ・・
だからそんなあなたにも、何か重要な使命がある気がするの・・
これは女の感よ・・・」

「なあ・・それより二人でこの橋を渡らないか・・」
賢治は美香の手を握った。
二人は何かに導かれるかのように、泥だらけでまだ整備されていない不安定な橋を渡り始めた。しかし美香は途中で止まった。

「どうした・・・怖いのか・・」
「私はこの橋を渡ってはいけない・・・
何だか、そんな気がするわ・・」

「ねえ・・二人で初めて食事したあの日、覚えてる・・
あの日ね・・私はあなたを騙すために来たんじゃないの・・」
「・・・・・」

「私は、あの日ね・・あの汚れた仕事の引退を決意していたの・・・
ただ、あなたと純粋に食事をしたかっただけだわ・・・
今頃言っても、信じてもらえないでしょうが・・
あんな形の出会いを、今でも恨んでるわ・・
何処か別の場所で、あなたと、偶然の出会いがしたかったわ・・」
美香の声は震えていた。

「この出会いには意味があったんだよ・・
俺は今まで、金と数式だけが、財産だと信じ生きて来た・・
それは決して俺を裏切らないからだ・・
君と過ごしたあの日々、あまりにも刺激的だったよ・・
この二人の時間も、今となっては財産なんだ・・・
そう考えることができたのは、君のおけげなんだ・・・」

「だから・・この出会いは偶然でなはなく、必然なんだよ・・
ある目的に向けての過程なのかもしれない・・」

「ねえ・・最後に・・今夜、私を抱いてくれる・・」
「ああ・・・・」

この時、有明海からは、夏の終わりを告げる愛しい風が吹いていた。
その後、二人は、闇の世界から足を洗い、別々の新しい生活が始まるのである。

第Ⅱ部 ~ 情緒という名の旋律 ~

第六話 ~ 美的感性を求めて ~

大牟田文化センター大ホールには大勢の人が集まっていた。今日は、時空高校の文化祭ステージ発表の日である。やがて、最後のプログラムが始まった。
「最後は何だ・・・」
賢治は退屈そうに座っていた。
最後のプログラムは、音楽教師であり、吹奏楽部の顧問でもある待鳥幸代率いる、オーケストラだ。もちろん彼女はピアノ演奏者である。
「ピアノ演奏か・・・俺の副担任、音楽教師の町鳥幸代・・・ちょっと、顔がいいからって調子にのりあがって・・」
賢治に対して強い口調でものを言う若手教員である。幸代は、この学校で憧れの正当派女性スターだった。そして、演奏が始まった。
曲は、映画「砂の器」のテーマ曲であるピアノ協奏曲「宿命」だ。

幸代は、鍵盤を見つめながら呟いた。

「私がまだ幼い頃・・
ある二人の男が砂浜を歩いていました・・・」

そして、力強くピアノソロが始まった。

「気持ち良さそうだな・・・
音楽てのは、そんなに気持ちいいものなのか・・
あまりこの女の事、好きではないが・・」
賢治は目を閉じ想像した。

二人の男は目指していた
有明沿岸をただ果てしなく歩くだけでなく・・
何かに導かれるように・・
それが使命なのか・・・
時には激しく、時には穏やかな風が吹く

「この室内で風を感じるのか・・
潮の香りもしたような・・・」
賢治は、この時、感性を極限状態まで磨ぎ澄ましていた。
「この曲、宿命と言ったな・・なぜ俺はこんな情景を想像してるのか・・・
音楽とはそんな空間までも作るのか・・・」

やがて、男はひとりで歩き続けるのです・・
そう、永遠に・・・
私は何もできずに・・
ただそれを見てるだけです・・

幸代は、演奏が終わり、静かに鍵盤を閉じ、皆に深い一礼した・・

このとき、賢治は新たな潜在能力が芽生え始めた。
「俺も練習すれば弾けるかな・・・」
賢治は、はずみでそんなことを考えてしまった。

隣に座っていた、英語科の橋本教諭は興奮していた。そして、賢治に言った。
「先生!私、決意しました・・俺達、バンドを結成しますよ!」
「は?なに言ってるのですか?・・」
「俺は見ていられない・・来年は、俺たちの時代だ・・・ハハハハ」

この先生は賢治の家族に関する噂を聞いて、哀愁の香りを感じたのだ。才能ある音楽科には哀愁が存在すると信じていたからである。彼は、賢治を自分の音楽の世界へと引きこもうと考えたのである。
翌日、橋本先生は賢治に、突然クラシックギターを手渡した。彼は、ギターの達人である。

「深谷先生、これを今日から練習して下さい。来年の文化祭まで一年もある!そして、来年は俺達が主役だハハハハ」
賢治は、はっとした。賢治は、昔から、音楽に興味を持っていた。興味はあったものの音楽を始める機会も勇気もなかなった。かつて、そんな機会すらなかったのだ。

「音楽か・・・・」

さっそく、彼の師事を受け簡単なコードを弾き始め、夢中になった。二人で退屈な学校を早退し砂浜で練習する事もあった。やがて二人に友情が芽生えたのだった。彼は学校ではさえない教員だが、音楽の話にかると目を輝かせ、賢治の没頭ぶりを見て大変期待していた。橋本は賢治をブルース音楽に引き込む計画だった。
しかし、賢治の音楽性はやがて、予想もしない方向に進むのである。
 理論家である賢治はギターを弾きながら、コードとは何か、音楽理論に興味を持った。彼の性格上、もう誰にも止められない。楽器を演奏経験のない彼が音楽理論なんて理解できるはずがない。でも彼はそれに挑んだ。

「ギターはドレミが、至る所に散らばっている。なんか把握しずらいな!でもピアノは一直線上に並んでる。こちらの方が理解しやすいはずだ!やはり楽器の基礎はピアノだ!」

しかし、ピアノなんて何処にもない。購入を考えた。賢治が住んでる場所は、砂浜まで近い場所の古い木造の一軒家を借りている。
「防音装置・・そんなのいらないぜ・・俺にふさわしい極上のピアノを買うぜ!」
賢治は、現場監督の給料約一千万をすべてピアノにつぎ込んだ。そのピアノとは、ステージ演奏用の高級ピアノである。素人が買う品物でなかった。
そして賢治は鍵盤に向かったのであった。毎日毎日、夜中まで弾いていた。
今まで出来事を忘れるくらい没頭した。思うように手が動かないのにいら立ちを感じ鍵盤をたたいた事も数多くあった。近所の住人達の苦情も絶えなかった。
ある日、こんな苦情があった。隣のおばさんである。

「あんたね・・うるさいんだよね。毎晩毎晩夜中まで、非常識だよ!全く・・」
「すみません・・まだ私はピアノを始めたばかりだから、雑音に過ぎませんね・・」
「そうだよあんた!分かってるじゃないの・・」
「もう少し辛抱して下さい・・そのうち美しいメロデーを弾きますからハハハハ、そうすれは、苦情にはならないですよねハハハハ」

おばさんは、呆れて行った。
「あの人、どこの馬鹿息子なの!親の顔が見たいわ・・」
しかし、数日後のことである。

「ん・・・・」
庭の草取りをしていたおばさんは、耳を澄ました。
「あんたって人は・・なんで・・嘘でしょ?・・」
賢治は、両手である程度のメロデーを弾いていた。
ピアノを始めた初心者が弾くメロデーではなかったのだ。
これは常識ではありえないことである。
「あんた何者よ・・まだ2週間しかたっていないのよ・・」
このおばちゃんは四六時中賢治の演奏を嫌でも聞いていた事になるそれは隣だからである。だからこそ、賢治の演奏の上達を理解していた。

次の日、様々な曲を楽譜分析しようと、コンビニに楽譜のコピーに行った。コピーの最中、後ろのおじさんが、賢治に声をかけた。

「おたくは、何か楽器をしてるんですか?」
「はい、ピアノをまだ始めたばかりですが!」

賢治は、イキイキと答えた。
「そうですか、私らも素人そうですよ。今、絃楽器サークルのリーダーをやっております。今、ピアノパートを探していたところです!いや、そんな事はどうでもいい!とにかく今度遊びに来ないですか!」
「え!・・オーケストラですか!興味があります!」
賢治は感激した。
「本当に始めたばかりですが・・」
この時、賢治は始めて、2週間とは言わなかった。
「分かりました。お願いします。」
そのおじさんは大喜びであった。若ものスカウトできたからである。
「それでは明後日に・・・・・」

「深谷賢治と申します。本日は見学に参りました・・」
皆は、喜んでいた。そこは、12人という小規模のオーケストラであったが、介護施設、祭りなどでコンサートを催していた。
ある女性のピアノ経験者が賢治に言った。
「では、なんか一曲弾いて下さい・・」

「え?・・・」

賢治は見学に来たつもりだったため驚いた。
しかし皆はすでに拍手をしていた。
「はい・・では私の一番好きな曲を弾きます・・」
賢治は、自分なりの強弱をつけて弾いた。皆は感動していた。

「あなた、けっこういけますね。素人ではないわハハハ強弱もなかなかですね・・」
「では、今から、チェロ、バイオリンの皆様と合わせてこの基本曲を弾いて下さい!いいですか?」

賢治は楽譜を受け取った。
その曲とは「翼を下さい」であった。確かにオタマジャクシに数は極めて少ないのだが・・
「あのー、今の私には無理です・・・」
その言葉に、皆は驚いた。

「は?何を言ってるのですか!あなたが弾いてた曲より簡単じゃないの?全く冗談きついわハハハ・・」
「いや・・だから・・暗譜しないと弾けません、まだこの曲しか弾けませんから・・」
「なに!この曲だけ!どういう事なの!いつからピアノを・・」
「2週間前です・・」
「・・・・・・・・・・・」

この瞬間、皆は仰天し言葉を失っていた。

「何なの人、短期間でこんなに表現できるの?なんて人なの・・」
「いったい、この曲をどうやって暗譜し弾けるの?」
「だって、この曲、周期性が強いから・・ここなんか・・・」

この事件をきっかけに小規模であるがオーケストラに入団した。その後、この一団は、地域の公民館、介護施設などで演奏活動を始めるのだ。そこで数多くの高齢者達と親しくなったのである。もちろん近所の住人達から、真夜中の練習許可が認可されてしまったのである。彼は、この時点で、すでに音にこだわりを持っていた。それは普段練習している自宅のピアノは最高級だからである。それが置ける借家である一軒家は音楽に最適な環境の理由であったかもしれない。また海にも近く情緒が育める環境でもあったのだ。賢治は耳がいいわけでないが、メロデーを頭の中で曲面として認識していたという。
そんな独自の音楽感をもとに、そんな空間を作っていた。やがて、音楽を理論的に理解するだけでなく。メロデーの強弱どころか、やがて形成されるその情緒豊かな感情を、音に表現することができるようになっていった。まるで、歌うかのような演奏、賢治は演奏しながら、いろんな事を想像していた。やがて、当時抱えていた、学校に対すく恨みがちっぽけな存在だと気がつくのである。音楽とはそんなことまで可能にする素晴らしい分野である。

ある日賢治は砂浜に平本先生を呼び出し言った。
「橋本先生、すみません・・私は、クラシックに興味を持ってしまい、オーケストラに所属してしまいました・・・だから先生とバンドを組むことができません・・」
「え!・・オーケストラ?」
「そうですか・・・
私等二人は音楽性の不一致なんですね・・非常に残念です・・
でも先生のピアノいつか聴かせて下さい・・」

賢治この日、珍しく休日登校した。職員室には誰もいない。
「さあ、コピーしまくるかね。ハハハハ。使いたい放題だぜ!」
賢治は、好き放題に数学の論文や楽譜をコピーしまくった。
「お・・美しいメロデーが聞こえるな。」

やがて、音楽室での演奏を終え幸代は職員室に還って来た。
「あら、深谷先生いらしてたの、珍しいわね。休日に出勤するなんて・・・
やっとクラスの為に仕事をする気になったのかしらハハハハ」
「まあ、そういう事だね・・ハハハ」
幸代は、明らかに嘘だと理解していた。

「待鳥先生、先生はピアノうまいよね・・」
「当たり前でしょ!私は音楽教員よ・・私の事、馬鹿してるでしょ?」
幸代は怒った。
「してないよ・・どうせなら一流ピアニストでも目指さないとだめだよ!」
「何言っているのよ!私は一流のなりそこないなの!演奏家として、食べていくことは、極めて難しいわ、でも私は、かなりいいところまで上り詰めたがね・・」
「ええ!どこまで・・」
「グラミーコンチェルで最終選考まで残ったわ・・」
それは、一流への最終の難関コンチェルである。
「すげ・・確かに、先生のピアノは、力強く、迫力がありすぎる・・」
「そんなに、誉めないでよ・・ハハハハハ」
幸代の機嫌は良くなった。

「先生こそ、噂では、数学者のなりそこないなんでしょ・・」
「そうだね・・俺はそこまで知能高い訳でもないからな・・でも知能と独創力は別なんだ!俺なりの独創をもって研究をやって来たがね。だけど学会の発表では、クレイジーと言われ追放されたんだ・・」
「先生・・何だか凄いわね・・面白い・・」
幸代は賢治に興味を持ち始めていた。

「あなたの言うその・・数学をする上で大事なことは一体何なの?」
「それは・・一言で言うと「情緒」だと思う・・」
「何?情緒・・」
このとき幸代は、はっとした。
「知能がいくら高くても新し物は生まれない、与えられた難問を解くだけだよ。この学校の有名大学に進学した卒業生の連中もそうだろ・・受験勉強しかしていない・・今この日本の受験体制こそが間違っている。もっと情操教育をやるべきだ!だからこそこの情緒こそが大切なんだよ。俺も幼い頃、大自然の中で誰かに教わった気がするんだ・・」
「では・・あなたが言っているその情緒とは何なの・・」
幸代は真剣に質問した。

「それは・・
道端に咲いている一輪の花を美しいと思う心だ・・」

幸代は、その言葉に痺れた。
「あなたの口からそんなことが聴けるわけ
やはり・・あなたは・・いかれてるわね・・・」
「ああ、俺の発想はいかれている!でもその、いかれてるこそが俺にとっての最高の誉め言葉だぜ!俺は今でもそれを探究してる・・・」
「え!先生、何処にそんな時間あるの、生徒の事、ほったらかしだからね・・」
幸代ため息をついて言った。
「もう一度、本気でピアノやってみたら。」
「無理だよ。教員やってるから、鍵盤に向かう時間なんかそうはとれないよ・」
「数学は紙と鉛筆があればいいとは言われてるが、俺の場合な、紙を使わない。想像すればいい・・音楽だって同じだよ・・ピアノがなくても、別にいいんじゃないの・・砂浜で、波や風の音を聴き・・・音を感じるのだ・・ただそれだけでいいのじゃないの・・・」
幸代は、真剣な顔になった。

「だいち俺たちは、それぞれの分野において、専門的にやってきてるし。だから、その専門性を維持していかなくては・・仕事ばかりでは人生はつまらないよ!」

「この人何なの。音楽を理解してるの・・
イメージ・・ただ、演奏技術、私の指の早さは誰にも負けない・・
日本最速だったわ・・・
私は難解な曲を弾いてきたわ・・でも一流にはなれなかったのよ。
それは、イメージ、情緒性がなかったからからなのか・・」

「音楽は数学とは違うのよ・・音楽を素人のあなたが偉そうに語らないで!」
そう言い残し、幸代は、怒って帰ってしまった。

「仕事だけの自分、音楽教員としてのピアノ演奏・・何だかつまらないな。
現役時代の熱い思い・・今では失ってしまったわ・・
熱かったあの青春時代が懐かしいわ・・」
幸代は、人生で最も輝いていた時代を思い出していた。

第七話 ~ 真夜中の悲愴 ~

音楽を探究するうちに、賢治は以前のような教育に対する熱血ぶりを取り戻していった。やがて、若い数十人の教員を集め、これからの学校の在り方について語り合い、「斬新の会」という名の正当派集団をつくり、その筆頭となったのである。松浦の退職後、校長の話など耳を傾ける先生などいなかった。それ程力を失っていた。
ある日、職員会議で賢治は言った。

「この学校は、企業じみた利益を追求する場でない・・生徒に尽くしてこその学校であるべきだ!この学校は、ほぼ無試験で、大量に入学させ、学費が払えないからと言って事務的に退学させる・・これは国からの補助金稼ぎだ・・」
彼は平教員だったが発言は絶大なものだった。彼は謙虚な気持ちでいた。やがて職員室は以前のような活気に溢れ、明るさを取り戻していった。

「今から、俺の真の教育が始まる!クラスの生徒には、今までほとんど構っていなかったからな・・これからの俺は違うぜ!」

賢治のクラスは、明日から、約一カ月の職業実習に出かける。
賢治は帰りのHRで言った。
,「みんな、よく頑張ったな!明日から、各現場に行って来い。くれぐれも、先方様に迷惑をかけないようにな。」
「先生、今日は変だよ・・つい最近まで、俺たちに冷たかったし・・・本当は、俺たちと一カ月会えないから寂しいとやろ!ハハハハ」
ある問題児が言った。
「馬鹿野郎!嬉しいにきまっているだろ!俺は一カ月間、有意義に過ごすぜ!もう帰って来なくていいぜ!そのまま雇ってもらえハハハハ」
クラスの皆は笑っていた。こんなに笑ったのは初めてだ。賢治はいつも担任のクラスの授業においては、構えていたからである。
「では、終わるか、忘れ物がないように!さよなら・・」

「お互い頑張ろうね。」
クラスは、いつもと違って、お互いが声をかけ合っていた。
賢治は、生徒が全員帰るまで、教室にいた。以前までは、帰りのHRはほとんど副担任の幸代に任せてさっさと帰っていた。
一週間後、賢治は思った。
「お前らのいない教室は何だか退屈だ。俺は君らの前では、すっかり構えてしまいうことで素直さを失っていたな。でもな本当は心の底から応援しているのだ。4月の学級崩壊で、俺はすっかりこのクラスに対して臆病になってしまったが・・さらに、こんな学校いつ辞めてもいいとただそればかり考えていた。俺は間違っていたみたいだな・・
これからは、君らとしっかり向き合わないとな・・・・」
生徒のいない空の教室では素直な言葉が言える賢治であった。

木村警部は「集団リンチ事件」を調べる為に高校を訪問した。
「始めまして!木村と申します。校長先生、今日は、松本氏についてお話に参りました。」
「おう・・何事ですか・・松本先生は、体調不良のため退職されました・・」
「まあ、確かにそうらしいのですが・・どうも、銀竜組にリンチに合い入院すたようです。彼を恨んでいた人物に心当たりはないですか・・調べによると、銀竜組に関わりがあったとか・・」
「校長はご存じないですか・・」
「いや、ないですね・・」
警部は写真台長をめくりは始めた。
「あ!刑事さん!」
校長は、ある写真を見て叫んだ。
「この人は・・」
「どうしましたか・・・」
その写真とは、バーで二人の男女がサングラスをかけている場面である。
「すみません・・ある男に似ていたもので・・」
「ある男ねえ・・・」
「ところで、この男、何者ですか?」
校長は興味深く聞いた。
「話によると・・金竜組の幹部だったそうです・・しかしこの組も解散しましたがね・・・」「いや、今日はこちらの方がありがとございます。」

賢治は校長室に呼ばれた。

「失礼します」
賢治は何事かと思って入った・・
校長は得意げに言った。
「深谷先生・・君は、ヤクザと関わりがあるのだって・・・・調べは付いている・・」
「なに?」
事実であったため何も反論でき真かった。
「この前射殺された・・金竜国親分とかなり距離が近かったみたいだな・・あの外道とつるんでいたとはな・・やはり、お前も父親のヤクザだったからな・・息子も息子だ・・」
「この事実はもうすでに教育委員会は知っている。君の教員免許は今年度で剥奪だ!・・ハハハハハ」
「・・・・・」
賢治はその場にひざまついた。
校長は楽しそうに話した。
「お前は、公務員であるにも関わりず闇の世界で副業をするめに、無断早退、年休みも取りすぎだ・・ほかの先生にも示しがつかん・・お前はあまりにも自由すぎた・・もう十分楽しんだだろ・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「何だ、文句あるのか・・」
「あの・・校長・・お願いが・・」
屈辱であった。この高長に頭を下げるとは。
「せめて、今年度まで、担任をさせて下さい・・そして、この学校を去ります。私にも子の学校で最後にやらねばならない事があります・・」
「それは何だ・・」
「今のクラスにいろいろな事を伝えたい・・・・私の教員生命を後四カ月の間延長して下さい・・」
「何を言っている。・・そこまでして・・・・」
校長はその発言に驚いた。
「分かった、君のそこまで頭を下げ、いうのなら・・仕方ない」
「では、今ここで辞表を書け、そして斬新の会も解散させろ!」
「はい・・・」

木村警部はここ大牟田図書館で、二〇年前の「三池港刑事の射殺事件」について、古い資料をあたり調査した。
「おい・・まさか!親父の同僚!」

木村警部は、写真のサングラスの女と接触した。
「おい・・お前の親父の名前は!・・・・」
「塩塚修よ・・」
二人は、しばらく話した。
「そうよ・・私の父は三池港で、佐々木に殺されたわ・・助手席で負傷したのがあなたの父親だったのね・・」
「なぜ、それを知っている!」
「私は、あの時、車の後部座席にいたの・・だから佐々木の顔も覚えてるわ・・
佐々木は、私らの父を狙っていた。おそらく、あなたの父を中島崖で殺したのも佐々木だわ・・・」
「私は父親の復讐を誓い佐々木に接近した!本当は殺すつもりだった・・」
「でもこの男が、証拠品を送って後は警察に任せようとね・・」
「俺も殺してやりたいぜ!だから警官になったんだ!」
木村警部は拳を握りしめた。
「でもなぜ、あの工事現場のトラックと分かったのだ・・・
このサングラス男もあの工事現場にいたのか・・」
「現場監督をしていたわ・・」
「そうだ!思い出したぞ!俺はこの男と第七工事現場で会ったことがあるぞ!・・・・・・」

「でも大した度胸だ・・二人とも・・」
「私等の父親も喜んでるかな・・」
「そうだな・・」
「でも、この男には感謝してるわ・・おかげで殺意がなくなったわ・・・・・・」
「もうこの男と連絡は取っていないのか・・」
「うん・・もう二度と会ってはいけない・・そんな気がするの・・
出会った時から、何だか危険な香りがしていたわ・・」

賢治は、いつものバーのカウンターに座りウイスキーを二杯並べた・・

「俺は、この学校で本気で改革し教育をしようと決意した・・
なぜこんなことに・・
組長・・今俺は、あなたとの出会いを恨んでいます・・
あの日、あの喫茶店に入ってしまった事を・・
あなたの分まで生きるというどころか・・
あなたと過ごした時間を恨んでいるのですよ・・
私たちの出会いは意味があったのですか・・
もしくは、天の悪戯なのか・・
俺の正体?
そんなの・・ただの教員に決まってますよ・・
しかし、俺は教育界からも抹殺された・・・

残り四ヶ月でクラスに何をしてあげられるのか・・
その前に、どう奴ら向き合っていけばいい・・」
 
賢治は気分転換するため、休暇を取り故郷に帰った。そこは人口わずか100名の小さな島である。
「高校卒業以来だな・・・」
しかし、その島はリゾート事業が進行中で、島の半分の人が出て行ったらしい。賢治の故郷もなかったのである。
「母は一体何処に行ったのか・・・一言、礼を言っておきたかったのに・・
これで、俺は完全に孤独になってしまった・・・俺の居場所なんて何処にもない・・
ところで俺は何者なんだ・・・」
賢治はこのとき酷い孤独に襲われしばらく出勤できなかった。やがて出勤しのたが職員室でも、考え込んでいた。やがて、彼の退職の噂は拡大した。特に幸代はとても見ていられなかった。職員は彼が退職する理由なんて想像もつかなかった。

「一体あなたの身に何があったの・・そんなに一人で抱え込まないで・・私は、何のためにあなたの副担任をしてると思っているの・・・・」
日がたつにつれて、幸代は嫌だちを感じて行った。
その日、待鳥は、飲み会の後、夜遅く職員室に忘れ物を取りに来た。
「え!・・深谷先生・・お疲れ様です・・」
「おおお疲れ、」
「深谷先生・・・あの・・いや、何も・・」
「ハハハ、どうしたのかな・・」
「いや、先生、こんな夜遅くに何をやっていたのですか・・最近変ですよ・・」
彼女は、賢治の本音を聞きたかったのである・・
「変?何言っている・・・俺はいつも変だぜ・・」
賢治は、ありったけの作り笑いをした。
「いい加減にしてよ!いつも、いつもそうやって、自分の気持ちをごまかして・・・私は、一体何のための副担任なのよ!私はあなたにとってHRの道具なの!愚痴でもいいから言ってみなさいよ!」
幸代は今のクラスの入学時から誰よりも近くで彼を支えてきたつもりだったのであった。
「うるせえよ・・一人にしてくれ・・」
賢治は黙ってうつむいていた。
「そうやって一人で、格好つけてなさい!」
待鳥は声を震わせながら言った。そして、逃げるようにその場を去った。
賢治は、机にもたれかけ、ため息をついていた・・

帰りの車で幸代は考えていた。
「あの人、私の気持ちなんか何も分かっていない・・もう嫌い・・」
「でも、すごく寂しそうだった・・弱り果てた彼に、私言いすぎたわ・・」
慌てて車を引き返した。

待鳥は、学校到着したが職員室は電気がついていなかった。
「あら、深谷先生がいない!帰ったのか・・遅かったわ・・・」
残念そうに車に乗り込もうと扉を開けた。
「なんて綺麗な満月なの・・・」
その時だった。何かメロデーが聞こえる。

「んんん・・ピアノ・・」
耳を澄ました。
「月光第1楽章・・」
「なんと美しい・・何処から・・こんな真夜中に一体、誰が・・・まさか、体育館・・」
電気の着いていない体育館に恐る恐る近寄った。そして、扉をあけると・・・

「ええ!嘘でしょ!」

窓からの入る月明かりに照らされて、賢治はステージ中央で優雅に弾いていた・・実に幻想的な光景だった。

「この人、ピアノ弾けるの・・弾けるどころの次元ではない・・何なの、この表現力は・・・・」
メロデーは幸代を包んだ。彼女は、うっとりして、たたずんだ。
やがて、演奏終了した。
賢治は、俯いたまましばらく鍵盤を見ていた。そして、しばらくして、次の曲が始まった。
「次は、何なの、早く聴かせてよ・・・楽しみだわ・・」
幸代の心は躍っていた。
そして、賢治は目を閉じたまま、ゆっくりと演奏が始まった。

「何だかとても美しい曲ね・・遠い昔に聞いたことがあるような・・凄く癒されるは・・」
最高に心地よくほほ笑んだ。
「でも、何だか、とても悲しい曲・・」
2小節が終えたところで、

「まさか、この曲、ベートーベン作曲、悲愴第二楽章・・・」

ベートーベンは、晩年近くに、目も耳も不自由になり、苦悩の末この曲を作曲した。彼は視覚のない暗闇の中、一瞬の光を求めながらこの曲を作曲されたとされている。彼の曲名はすべて、番号であるが、このは「悲愴」と自ら任命した。

「この曲をこんなにも深く表現できるなんて・・
深谷先生・・あなたって人は、どこまでも、不幸で、悲しい人ね・・」

このとき、待鳥は、とてつもない悲しみの底にどこまでも落ちていくのだった。

「この曲は、あなたの苦しみそのものだわ・・
ずっと、私は誰よりも近くで、あなたを見てきたつもりよ・・
あなたは、私といるとき、笑ったり、くだらない話をするだけで、何一つ言ってくれない。弱いところをね・・
でも、もう分かったから。演奏をやめて・・
もう、これ以上聴けないわ・・」
幸代は呟いた。

「涙が止まらないわ・・・」・

「もう、やめて!分かったから!」
幸代は、叫んだ。
賢治は、演奏を辞め、体育館中央にいる待鳥に気がついた。
そして、無表情に幸代を見た。
「・・・・・」
「深谷先生、私ね・・」
涙で、声にならなかった。
賢治は一言った。

「ああ・・言いたい事は分かっている・・
この旋律は今の俺の情緒そのものだ・・・
最後まで聞いてくれるか・・」

「・・・・・」
待鳥はゆっくりとうなずいた・・
「2人で、その光を探しましょう・・
かつて、ベートーベンが求めたように・・
でも、あなたには、もう時間がないわ・・・・」
第八話 ~ 時間との共有 ~

職員、朝礼が始まった。
「先生方、今日の一日明るく頑張りましょう・・」
何か、ありますか・・」
教頭が元気よく言った。
「はい・・・」
「では、深谷先生・・」
賢治は堂々と立った・・

「あの・・」
職員は注目した。

「私の退職のうわさは聴いていると思います・・今日はその理由についてです・・
率直に申しますと・・私は、教員でありながら、ヤクザの組に出入りしていました!
そして、もちろん噂では聞いてると思いますが・・私の父もヤクザです!しかし私が幼い頃、同じ組員に射殺されました・・・
そんな父でありますが、こんな私を育ててくれた、だからそんな父を誇りに思っています・・・」

全職員は驚いた・・

「私は、この学校で、いやそれどころか・・もう教壇には立てません・・・
私の教員寿命は残り四カ月です・・だからこそ私は、この残された時間を使い、クラスと向き合って、彼らにして上げれる事を見つけるつもりです・・・」

この事実を知った教員達は賢治を軽蔑のまなざしでは見なかった。いつもと同じく接せてくれた。今この職員室はそんな雰囲気になりつつあったのだ。もちろん生徒にもこの情報を流す者もいなかった。

やがて、クラスは職業実習から帰って来た。
一カ月ぶりのHR、賢治は久しぶりに話しをした。

「実習お疲れ様・・しばらく学校から離れ、苦しい実習であっただろう・・
日頃、当たり前にいたはずの、友と離れ、その大切さを実感したことと思う。
また、普段から指導して頂いた先生方に対してもそう思ってもらえれば俺は嬉しく思う。俺の事などはどうでもいい・・・俺は君らに数多くの事を要求しようとは思っていないただ、皆で呼吸ができる・・そんなクラスであって欲しいのだ・・」
 
生徒は真剣なまなざしで聞いていた。
「先生もな・・おそらく、君ら以上に、君らと距離を置くことで考えたよ・・・」
賢治は、しばらく黙っていた。
「では、今日も一日、どうか大切にな・・」
賢治は複雑な気持ちのままHRを終えた。
この瞬間から、生徒は変わり始めようとしていた。
生徒と正面から向き合えば伝わるものである。
後ろで、聴いていた幸代は、決心した。
「私はここで、あなたの教員最後の瞬間まで見届けるわ・・」

「深谷先生、今日のHR良かったわ・・生徒達もきっと何かを感じたはずよ・・」
「そうか、あいつら・・」
「今の奴らは、それぞれが別の方向を向いている。こいつらには目標がないからな・・」
「そうよね、2人で考えましょう・・・」
「そうだな・・」
賢治は、心強かった。

木村警部は第七工事現場で海を見ていた。
「親父・・・佐々木に殺されたのか・・・」
少し離れた場所に男が立っているのに気がついた。
「あ・・誰だ・・」
やがて木村警部はちかずいた。

「今日は!どちら様」
「おれは、フリーのジャーナリスト狩野大成だ・・」
「お主こそ誰だ・・・」
二人は情報交換をした。
「このサングラスの男からの証拠品である、ダム周辺の測量図をある専門家に見てもらったところ、とんでもない技術で測量されたらしい・・」
「この写真の伊能良蔵さんも伝説の測量師だった・・」
「何?!親父と伊能良蔵は、同時にこの崖から転落死したのか・・・」
「木村捜査官は、伊能良蔵に突き落とされた可能性もある・・」
「何?!そんな・・佐々木ではないのか・・」
「確かに佐々木かも知れない・・しかし・・
伊能良蔵も、麻薬輸送計画の共犯者だからな・・木村捜査官は証拠をつかんでいた。だから、伊能良蔵にとっては、邪魔な存在だったのかも知れない・・
木村捜査官は、橋げた落下事故も調査していた。」
「一体、親父はどんな情報を掴んだのだ?」
「さらに、この写真のガキも崖から落ちたのだ・・・」
「では、この写真の三人は全員死んだ事になるな・・これでは調べようがないな・・」
「いや、俺は感じてる・・このガキは生きている・・」
「何!そんな!」
「ああ、昔、長崎の高島で見たという噂を聞いたことがある・・」
「まさか!」
「俺が調査するよ・・何だか再び熱くなってきた・・・その島に行ってくるよ・・・」
「俺もな・・親父が追っていた、その落下事件興味があるなハハハハ事件かもな・・」
「全く、心強いぜ、おじさんよ!」

朝の職員朝礼の最後に教頭は言った。
「先生方から何かありませんか・・」
「はい・・」
幸代は手を上げた。
「音楽科からですが・・三月の終わりに合唱コンクールを開催したいと思います。」
「合唱ですか?・・」
「音楽は人を変えます。これを機会にクラスが団結できればと願っております。今週中に課題曲を決めて下さい。」
幸代は生き生きと話をした。
「合唱コンクールか!幸代さすが音楽家だね・・」
そして、1限目のLHR。

「三月の中旬に合唱コンクールがある。皆それに向けて練習だ・・」
約半数の生徒が唖然としていた。しかし、男子の半数は、
「だるいぜ・・」
「なんだ、なんだ、だるいって、情けないな・・そんなに、人前で歌うのが怖いのか?ハハハハ」
賢治は馬鹿にした。
「なんだよ、・・」
「あのな、格好付けるんじゃねえよ・・お前らは人前で、一生懸命な姿を見せるのがダサイと思ってるいんだろ・・」
「・・・・」
「勉強だってそうなんだよ・・お前らは頭が悪いのではないのだよ・・やればできるのにやらない、だから馬鹿なんだよ!
これは俺なりの馬鹿の定義なんだ・・・・」
「分かったよ・・出ればいいんだろ・・」
「おう、それでこそ男だ。やると決めたからには、中途半端にするほどみっともないのだ・・・」
「よし、最優秀に輝けば、焼き肉に連れていくぜ・・」
「まじかよ!ハハハハ」
生徒達は本気になった。
「馬鹿野郎・・優勝できるわけないのだよ。練習の過程こそが、重要なのだハハハハ」
「では、君らで課題曲を決めてくれ・・・」

音楽の授業中である。
「待鳥先生!課題曲が決まりました。」
生徒達の嬉しそうな姿に感動した。
「さあ、今から練習よ!」
幸代は、気合が入った。
「そうよ、この合唱コンクールは、あなた達のために私が企画しただから・・」

それから練習が始まった。やる気はあっても、体が、いや互いの相互作用がうまくいかない。指揮者、ピアノ伴奏者も嘆いていた。何かに没頭した経験のない彼らにとっては、地獄であっただろう。個人ではうまく歌えても集団化するとまとまらない。
やがて、ピアノ伴奏者も狂った合唱に惑わされ、旋律が狂い始めた。
「さあ、もう一度やるか・・」
賢治が指揮を取った。
「なんだ、なんだ!ピアノは何やってるんだ!」
「すみません、私だめです・・・」
「そうか・・・」
「今日は、終わり、解散」
皆は音楽室から出て行った。幸代も心配そうに見守った。

泣いているピアノ伴奏者の女子生徒に賢治に言った。
「大丈夫か・・」
「私、もうだめです・・一生懸命頑張っているのですが・・」
「君は、音楽が好きか・・・」
「は?好きです!幼いころからずっと弾いています・・私は、音大希望です!」
幸代は、2人の会話を聴いていた。

「それは、素晴らしい・・伴奏は、ピアノソロとは違うからな・・」
「は?」

「ソロは、自分のテンポで自由に弾ける。気分の向くままにだ・・しかし伴奏は違う、皆に合わせないといけない、いや、皆に合わせやすい伴奏をしないといけない、すなわち君は合唱の司令塔なんだ!合唱コンクールの場合、指揮者は所詮飾りだ、カッコよく棒を振らせるだけでいい。でも君の役割は重要なんだ!音大に行きたいのなら、早い段階でそれを身につけないといけない。これは、いい機会なんだ・・」
「・・・・」
彼女は、真剣に聞いていた。
「では、どうすれば、皆とテンポが合うのか?世間の音楽家どもは皆口をそろえてこう言うだろう・・」
「皆と共有することだ。・・そんなの当たり前だ・・でもどうするのか?」
「はい・・でも一体、どうすれば・・」
彼女は真剣な顔になった。

「時間との共有だ・・」

「は!」
彼女は驚いた・・
「いま流れている時間というものは、誰にも止められない、すなわち時間とは不変なる存在なのだ。俺たちは、今、時間を共有してる。これはまぎれもない事実だ。どんなに相性が悪い奴でも、お互い離れていても。時間には逆らえない。皆で共有してる。したがって、時間との共有を意識すればいい・・君のメロデーを流れてる時間に乗せればいい・・そうすれば、皆と共有できるのだ!ただ、それだけのことだ・・」

彼女は感激した。
「先生・・・まるで音楽家みたい!」
「俺は、ただの数学教員だハハハハ」
このとき、一番驚いていたのは幸代である。

「この人、素人ではないわ・・時間との共有ですって・・この私でも考えた事がないわ。この人も幼い頃から音大を目指してしたの?今、誰に師事してるのかな・・
この人・・一体何者なの・・」
「先生!何だかやる気が出てきました!今から帰って練習します。ありがとうございました!」
生徒は元気よく出て行った。

「深谷先生、あの聴きたいことが・・」
幸代は聞いた。
「先生は、今どなたに師事を受けてるのですか?きっと有名な先生でしょ?そう言えばば、あの夜、体育館で、弾いてたでしょ?」
幸代は、あの夜の事を思い出した・・
「いや、恥ずかしいは・・先生を目の前にして話すとは・・」
「ああ・・そうだな・・・」
賢治も動揺した。
「まあ、あの夜の事は忘れてくれ・・」
賢治も同じことを思っていた。お互い苦笑いをした。
「いや、あの夜はごめんなさい・・先生、すごくうまかったから・・どこであの旋律を学んだのかなって思いまして・・・」
幸代は、苦笑いしながら言った。
「師事?誰にもしてないよ・・気が付いたらそうなったのだ・・まあ、俺も余り楽譜が読めないから、暗譜するしかないのだよ・・この作業がまた地獄まんだよな・・全く」
「楽譜、読めないの・・」
「いや、そういう意味ではなくて、楽譜を見ながらの演奏は出来ないね・・それが出来れば、俺も演奏幅が広がるのにな・・先生がうらやましいよ。だから俺は、テンポの速い曲なんて、とても引けないよ・・指が動くわけがないからね・・」
「そう言えば、先生はテンポが遅い曲しか弾いていなかったわ・・」
「そうなんだよ、まだ、初めて3カ月だからね・・でも、一日10時間練習したから、通常の人の3年分はしたことになるのかな・・
だから、俺は素人そろそろ卒業できるかね・・ハハハ
この年になってピアノを始めたこと誰にも秘密にしておくれ・・これは二人の秘密だ・・頼んだぞ!帰って俺も練習だハハハ・・」

幸代は茫然としばらく立っているだけだった・・
「え!何それ、3か月の素人があんな表現ができるわけ・・あの人異常だわ・・偉大な音楽家の生まれ変わりなのか・・」
「私は、全盛期、高度な演奏技術に執着していた。確かに私のピアノは日本最速だった。でもだめだったの・・
素人の彼にあって、私にないもの・・
それは、想像力と情緒性、そして時間の概念・・」
「さて、私もピアノを本気で始める時が来たみたいだわ・・帰って練習するわ・・」
賢治は幸代を、その気にさせてしまった。

彼女は自信を取り戻したが、合唱はなかなかとまらない。
上達が見られないいまのクラスは、ストレスとなるのだ。真剣にやってるからこそのストレスは大きい・・忍耐力がまだ未熟であるためである。

「お前、いまずれただろー」
「何だよ・・・・」
喧嘩が始まってしまった。
「もう、やめようぜ・・・」
「そうだな・・大体俺達には無理だったんだよ・・」
「馬鹿野郎!何情けな事言ってるんだよ!」
賢治は怒鳴ったが収拾がつかない。
そのときだった。

「みんなやめて!」
ピアノ伴奏者の彼女が、大声をあげた・・
普段、おとなしい生徒が言うのだから、さすがにみんな静まりかけた。

「みんな、何やってるのよ!いつもそうよ、今まで入学して、一度だって、真剣に何かにに向かったことあるの!いつも、周りのペースに巻き込まれて。真剣にやってる人の気持ちふみにじって、先生方から怒られる。深谷先生だって、私達の知らない所で上司の先生達から嫌なこと言われてるのよ!先生の気持ちも考えてよ!」
賢治は苦笑いをしていた。
「でも、今がそのチャンスなのよ・・真剣にやるの!恥ずかしい事ではないでしょ・・今しかないの、学校中に見せつけるのよ!この崩壊したクラスが一致団結する瞬間を!」
皆の顔が輝いてた。さすがに問題児も真剣に聞いていたのだ。
しまらく、皆は黙っていたが。
「よし、なんか、やる気がでてきたぜ・・ハハハよし練習を始めようぜ!」

賢治は言った。
「大体、練習のため、教員の俺がここにいることが間違ってたよ・・
自分たちで頑張ってくれ・・俺は忙しいもので・・
もう俺達の出る幕のないな!なあ幸代、職員室に戻るぞ・・」
「そのようね・・私達は必要ないわね・・大体、その時間との共有とは一体どの音楽家の言葉なの?」
「あれは、俺の名言なのだ・・ハハハハ俺の感覚は普通じゃないからな・・・そこらの音楽の教員には負けないゼ!ハハハ」
「それ私の事言ってるの・・素人のくせに・・指何かメチャクチャじゃないの・・基礎を甘く見ないで!」
2人は、教室を出て行った。

「この人は、とんでもない情緒性、いやこれは美的感受性を持っている。私にはない、いや意識すらしたことがないのよ・・・」
幸代は、帰って猛練習した。でも、うまくいかなかった。
「私には、情緒を表現できないわ・・」
このとき、幸代は、体育館での出来事を思い出した。

「あの、旋律は彼の悲愴の叫びなの・・彼の悲愴は私の悲愴でもあるの・・・」
幸代は、何気なく悲愴を引いた・・
「この感覚だわ・・この悲しみが何だか心地良いわ・・」
このとき幸代の中で、ある新たな感覚が芽生えたのだった。

職員室は以前のように和やかになり始めていた。
昼食時間、二人の女子生徒が職員室に入って来た。ある先生へ提出物をすませて。帰ろうとしたところ、賢治に気がついた。
「あ!深谷先生だ!・・」
2人は賢治に近寄って来た。
「何だよ!」
賢治は不機嫌そうに答えた。
「先生!私、先生の事ずっと好きでした。だから・・私と結婚して下さい・・」
生徒は、賢治に突然告白をしたのだ。
賢治は戸惑った。今職員室は昼食中で先生方に注目を受けていたからだ。
「俺は、一体何と答えればいい・・先生方が聴いている・・・」
この学校は特に、生徒と先生の距離には敏感である。何故ならば、過去3人の男性職員が生徒との恋愛で退職している。生徒に言い寄られて大人は悪い気がしない。理性を失う事もあるのだ。
しかし、賢治は約1秒後に答えた。
「あのな、君の気持は大変嬉しいよ。俺も若いにこしたことわない。でもな、君が後悔する・・なぜならば、俺は結婚しても、家には帰らない・・俺は自分の時間を愛してるからだハハハ」
賢治は笑いながら言った。
その言葉に、先生達は唖然としていた。
「先生、そんなこと言わないで・・この子かわいそうだよ」
厄介な連れが口出しした。
「せめて、電話番号を教えて下さい・・」
「そうか、俺の事そんなに好きならば、俺の携帯番号を当ててみろ!13桁の番号をな・・もし当たれば俺は君との運命を受け入れる・・」
「ハハハハ13桁の番号なんか当たるわけないでしょ・・先生は本当に面白いね・・そんな先生が大好きだよ!」
「ははそうか・・」
賢治は、これで終わりかと安心していた。しかし・・
「先生、話変わるけど、先生は、待鳥先生と出来てるんでしょ・・」
「は?」
賢治はこれはまずいと思った。どう返していいのか。噂が立ってるのは事実であるが。幸代も。真正面に座ってるではないか・・しかし言い返した。
「いや、違う、付き合ってはないが・・実は俺達は両思いなんだ!」
またもや職員室の先生方は仰天した。この時、耳を澄ましていな先生は誰一人としていなかった。
幸代の顔はすでに真っ赤になっていた。
その幸代の表情を見て。賢治は確信した。
「そうか、幸代・・俺の事・・ハハハ」
「この人、正気なの・・まあ、嫌ではないけど・・」
二人は目が合ってしまった。
「でもな、この学校は、職場恋愛禁止なんだ!・・だから、俺は我慢してる。どちらかが退職しないといけないからな・・ハハハハ」
「先生、面白い!」
「先生が辞めればいいんやないの・・」
「ハハハハ。そうだな・・今年でこの学校を退職するかね・・」
さすがにこの生徒の発言には職員達は驚いた。もうすでに辞表を出していたからである。
「先生、今日はここまでにしておくよ。では、失礼しました!」
2人はやっと帰って行った。

「深谷先生何言ってるのですか!冗談が行き過ぎています!」
幸代は賢治に怒鳴った。
「まあ、そう怒りなさんな!大げさな事を言えば噂は立たないのだよ・・ハハハハ」
中央に座っている教頭が言った・
「全く、君は大した奴だ!噂とうり相当頭が切れるな・・やはりお前は、教員を辞めて正解だ!ハハハハハ」
「まあ、確かに!私は教員免許剥奪されましたからね!ハハハ」
周囲の職員は大笑いしていた。

帰りのHR
「待鳥先生、今日俺忙しいので、HRよろしく・・」
「何言ってるの!自分でやりなさい!」
「まだ怒ってるのか!
全く、しょうがないな・・」

一方クラスでは・・
「あれ、深谷先生遅いね・・・」
そのときだった。
「ピンポンハンポン・・」
「普通2年B組に連絡します・・今からHRを始めます・・」
「は?HR?何放送で言ってんだよ!ハハハハ俺らの担任やっぱイカレテルぜ・・」
「起立!気お付け!礼!」
皆、放送に従っていた・・
「面白すぎるぜハハハハ最高だぜ!深谷先生!」
「よし!俺は忙しいから放送した・・明日も欠席がないように!では、また明日!」

「何やってるの!深谷先生・・あなた、校内放送でHRをするなんて!一体何て教員なの・・・」
「たまには放送もいいだろ?生徒の顔を見なくても俺は想像できるせ!楽しそうな姿がな・・」
「全く何考えてるの・・」
幸代はほほ笑んでいた。

雨が降り始めた。
賢治は昇降口を出て、車に向かっていた。
そのとき美しいメロデーが聞こえる。思わず差していた傘を落とし雨空を見上げた。
「まだ、歌ってるのか・・」
賢治は、しばらく聞いていた。

外は、枯葉が落ち始め、寒い冬の始まりを告げていた。
「あの日も雨だったな・・」
あの、雷雨の中、屈辱的なそして復讐に向かった日を思い出していた。
賢治は雨空を見上げて言った。

「でもこの雨は優しいぜ・・・」

「もう、君らは自立してるな・・
最優秀賞なんて最初からどうでもいいんだ・・
俺の出る幕もない・・嬉しい限りだ・・
でも、これって、ある意味悲しいことだな・・」

賢治は、クラスに対して授業も構えず楽しんでいた。とにかく、いろんな話をした。
幸代はそれをすべて見守ったのだった。二人の関係も穏やかで微笑ましい日々だった。そんな穏やかな時間だからこそ、高速に過ぎるのだろう・・
やがて寒い冬も過ぎ、春へとちかずいていった。終業式までのカウントダウンが始まっていたのだ。世間は暖かい春の訪れを持つのであるが。しかし、賢治はそんな事を願ってもいなかったのだった。

第三部 ~ 使命の赴くままに ~


第九話 ~ 加速する臨場 ~

木村警部は、一連の事件を追いながら頭の中は混乱に陥っていた。

「親父が二〇年前に掴んだ「橋げた落下事故」の情報とは・・
あのサングラスの男の正体とは・・
あのジャーナリストめ!俺に連絡すらもしてこない・・・」

県警本部は「大規模麻薬輸送事件」に関して解決と見なしていた。それは、首謀者である佐々木次郎と、凶悪な殺し屋である滝沢馬琴が逮捕されたからである。彼はこの一連の事件で福岡県警最年少の警部となったが、二〇年前の時効事件を追っていた木村警部に対し、大牟田署の警官達は距離を置いていたのだ。本来の任務も果たさず休暇を取りまくり単独で捜査をしていた事に対し、県警本部でも問題となっていた。そんなある日、警視正は木村警部を呼び出し言った。

「君は過去の事件にこだわりすぎだ・・
かつて麻薬捜査官であった父に対する供養もつもりであろうが・・
あの事件は・・もうすでに時効なんだよ・・」
警視正は静かに言った。
「確かにそうであります・・しかし・・」
木村警部は反発的な態度に出た。
「木村警部!もういいこの件は忘れろ!
私は、君を高く評価しすぎた・・君の、一連の捜査状況を見て極めて大胆な行動を評価し警部まで出世させた。しかし今の勤務態度では今後の出世は見込めない!君は警視にり大牟田署の署長になりたいのだろ??」
「・・・・・」
木村警部の表情が変わった。
「だったら、私に従いなさい・・」
「はい!」
木村警部は敬礼した。そして、警視正は言った。
「君は、来年度の春より、ソウルで主催される「世界刑法ツアー」に参加し、各国の警察のありかたについて勉強してきなさい!もちろん君は福岡県警代表だ!ハハハハハ
だから過去の捜査から手を引き、大至急、参加準備に取りかかりなさい!」
木村警部は敬礼し部屋を出た。

孤独な木村警部は今夜も一人で大牟田の繁華街に出かけた。
「ふざけやがって、あの警視正め!・・春からだと・・
ならば、この事件を早く解決しなくては・・もう、俺にも時間がないぜ・・」
逆にこの警視正の命令は木村警部を焦らせてしまった。

「なあ・・美香・・このサングラスの男がどうも気になる・・
今この男と連絡取れないか・・」
「無理だわ・・・」
「名前も知らないのか・・全く、どいつもこいつも・・」
しばらく無言のまま飲んでいたところ、電話が鳴った。
例のジャーナリストからだ。
「俺だ・・」
「何!・・本当か!」
木村警部は興奮し、写真台長からある写真を取りだした。
二人はしばらく話して電話を切った。
美香はそれをじっと聞いていた。
「ちょっと・・お願いがある・・」
「何だよ!・・俺は忙しいんだよ!じゃーな!」
「待って!」
美香は、木村警部の裾を掴んだ。
「・・・・」
「電話で話していたその子の写真見せてくれない・・・今すぐよ!」
どうも美香の顔色は普通ではなかった。

木村警部は、稲又警部補と共に、佐々木の刑務所に来た。面会はこの日は初対面である。
佐々木の顔は何かの火傷跡なのか黒く薄気味悪い悪党顔で正面に座っていた。
いきなり、木村警部は、佐々木に拳銃を取り出し突き着けた。
「おい!止めてくれ・・・」
「今俺は、お前をこれで殺してもいいんだぜ・・・俺わな・・」
「何だよ・・一体何だ!」
「俺はな・・木村秀長の息子だぜ!」
「ええ!あの捜査官の!・・」
「ああ・・やっぱり親父を知ってるでないか・・その件は時効だがそれはあくまでもこの日本が決めた法律だぜ!この俺が法律なんだよ!」
木村警部は本気だった。
「警部!落ちついて下さい!今日はその件ではないでしょ・・」
「そうだな・・・・・」
警部はしばらくして落ちつき冷静に言った。写真台長をめくった。
「おい・・お前は、このサングラスの男、知ってるよな・・」
「ああ・・・話すよ・・・」
「この男は、金竜組の相当腕利きの幹部でこの街では、有名人だ・・
この闇の世界でこの男を知らない者はいない・・」
「おい・・なぜ、そんなに有名なんだよ?」
「将棋の経験しかないこの男がプロのチェスプレイヤーに勝利したんだよ・・」
「それは、凄すぎる!名前は・・」
「知らないが・・麻薬輸送ルートの件で、平賀組長とこのサングラスの男を殺すように滝沢に命令した!この男が麻薬ルートを暴いたに違いない!しかし、この男を取り逃がしたがね・・」
「そうか・・・」
このとき佐々木はある写真に目が止まった。
「おい!この写真を何処で手に入れた!」
三人の男達の写真である。
「ああ・・これか・・組長死体のポケットに入っていたよ・・」
これが、伊能良蔵、平賀組長、そしてこのガキは・・」
「どうした、佐々木・・」
「いやなんでもない・・」
佐々木は動揺していた。
「あ・・そう言えば・・お前もこのガキを知ってよな・・」
「知らねえよ・・」
佐々木は震えていた。
「いや、そんなはずないぜ・・・このガキと、お前が殺そうとしたこのサングラスの男は同一人物なのにか・・」
「なに!」
佐々木は突然暴れ出しうめき声を上げた。
「熱いぜ!・・・誰か水を持って来い!」
取調室の机、椅子をひっくり返し、暴れまわっていた。
「おい、佐々木!どうしたんだよ!」
「この顔の傷が何だか分かるか!この古傷が痛むんだよ!このガキに焼かれ傷がな!
こいつは俺を殺しに来る!助けてくれ!」

賢治は、いつものお願いをした。
「今日も帰りのHR頼む・・」
「ごめん!今日は用事があるの・・」
何だか、幸代は元気がないようである。
「そうか・・悪かったな!」
幸代は、この日昼間から早退した。
「何だかいつもと様子がおかしい・・いつもなら俺に嫌言を言うのだが。」
賢治はその様子に不思議がっていた。

木村警部は大牟田市役所に向かった。
「面倒だぜ!全く・・世界刑法ツアーだと・・あの警視正め・・」
「でも俺は福岡代表だぜハハハハハ」
春から海外研修に出かけるため、パスポートが必要なのである。

「あの・・戸籍謄本を発行して下さい・・・」
「しばらくお待ち下さいませ・・」
木村警部は暇つぶしに歴史資料室に行った。
そこには、大牟田の歴史上の著名人達の写真が飾ってある。三池炭鉱のコーナーに目がいった。そこには、有明沿岸の測量図、一枚の油絵があった。二人の男が夕日に背をむけ砂浜を歩いている様子が描かれている。
「やはりこの人有名人なんだな・・有明沿岸を約三00キロにわたり測量をした伝説の測量師、伊能良蔵・・」
「お待たせしました!木村様!」
「ありがとう!あの・・この人そんなに有名なんですか?」
「この人の祖先は、噂によると、あの伊能忠敬だそうです!」
「は!凄すぎる!」
「いや・・俺の祖先は、おそらく大塩平八郎だ!なんせ俺は30歳県警一年目にして警部だぜハハハハハ」
「そんな訳ないじゃないの!それにあなた自分の自慢してるの!馬鹿じゃないの・・失礼します!」
「は?役員は冗談も通じないのか!全く固い女だぜハハハハ」
木村警部は戸籍謄本を広げた。
「あれ・・なぜ俺の家族は親父と二人ではなかったのか!なぜ戸籍に4人もいる!・・」
「おい!待てよ!姉ちゃん!この戸籍でたらめじゃないか!間違えるんじゃねえよ!」
「何言ってるの!あんた役所をなめるな!」
その女性職員は興奮して去って行った。
「は?俺の旧姓だと!嘘だろ!・・・
ということは・・この油絵に描かれている、このガキと爺とは!・・」

すぐさま、有明沿岸道路工事現場に到着した。
「俺はこういう者だ!ここの責任者は何処だ・・」
「は・・・この工事は、今や国家最大規模の公共事業です。最近まで、代表は、平賀源内ですが、死亡したため・・まあ、私等は大した工事はしていないですがね・・
もうこの巨大橋の土台はすでに完成おりました・・全く凄いですよ。噂によると現場経験のない外部の人間が、完成させたようです・・一流の専門家らも驚いていましたよ・・・」
「その男の名は?」
「知りません?何か凄く若くて、刑事さんと同じ年ですかね・・よく平賀監督と夜の街に飲み歩いてたらしいですよ・・・」
木村警部は、ただ茫然と第七工事現場から海を眺めていた。
「おい・・親父・・
その男って・・俺の兄貴なのか・・・
これが真実なのか・・」

賢治はその夜、いつものバーに久しぶりに飲みに行った。カウンターに座り一人煙草をふかしている。その時だった。
「カランカラン・・」
誰かが入って来た。賢治は、懐かしい感覚に捕われ、慌てて扉を見た。
「・・・・」
幸代が店に入って来たのだ。
「あ!なぜあなたがここに!」
「え!」
幸代は、賢治を見た。
「深谷先生!」
「おおお・・俺達は意外と縁があるかもなハハハ」
「なにそれハハハハハ」
「何だ?元気がいいじゃないか・・俺心配したんだぜ!」
「ありがとう・・」
しばらく、2人は会話した。
「実は、今日ね、私の母の命日だったの・・」
「え・・そうだったの・・」

「毎年この日は寂しいと共に、ある人の事を思い出すの・・」
「ある人?・・」
「今夜は私の昔話に付き合ってくれる・・」
「ああ・・・」

幸代は、母子家庭で育った。裕福でなかったが、母と二人で仲良く暮らしていた。貧しいからこそたくましく成長し、やがて、ピアノを習い、幼いころからその才能を発揮し、やがて高校に入学し、進路を決める時、幸代は音大に進学を希望したが母は経済的に無理だと強く反対した。

「へえ・・・」
「東京の名門音大なら学費が半端ないでしょ・・普通の家庭では行けないよね・・」
「そうなのよ、家にはお金がないはずなのにね・・それがね・・」

しかしある日、母は幸代に言った。
「でも、あんたがそこまで言うのであれば、・・ただし条件がある。あるおじさんに会いなさい!」
母の言う通りに幸代は指定された場所に行った。そこは、巨大鉄橋の工事現場だった。やがて、作業着を着た男がちかずいてきた。
「幸代ちゃんだね・・」
「はい、そうです・・おじさんは・・」
「覚えてないかな・・・親戚のものだよハハハハ」
「おじさんところで、ここで何の仕事してるの・・」
「俺は、現場監督してる・・巨大鉄橋のな!」
「そうなの・・・」
幸代はその話に興味が全くなかったがしばらく聞いた。
「なんだかつまらなかったか・・・」
「そんなことないわ・・おじさん楽しそうだったから。まるで少年みたいだねハハハハ」
「そうか!面白かったかハハハハハ!」
「私ね、母子家庭で育ってね、お父さんがいないから、・・それで、今ふと思ったの!おじさんみたいな、パパがいたらなってね・・」
その瞬間、男は泣きそうになった。
「そうか・・・ハハハハハ親戚で残念だったな・・これも何かの運命だろう・・」
「そろそろ、時間だな・・」
その男はあまりのも複雑な思いでその場には居られなくなった。
「え・・なんで、今から仕事なんだ・・」
「そう、残念だわ、まだ話したかったよ・・」

「最後にね・・お前さんには、力強い人生をおくってほしい・・
人生というのはとてつもなく悲しい事もある・・
そんな出来事に遭遇したとき・・
「ベルヌーイの定理」が人生において成立してることを忘れないでほしい・・・
自分自身のやりかたで、莫大な何かのエネルギーに変えることが可能なんだ!」
「何だか、良く分からないわ・・でもその言葉忘れないわ!おじさんも元気でね・・・」

賢治は、幸代の話を何気なく聴いていたらやがて興奮し
「え!そのおじさんが巨大鉄橋の現場監督だと!」
賢治は、グラスのウィスキーを飲みほした。何だか落ち着かない様子である。
「どうしたの?」
「いや・・話の続きを・・早く聴かせてくれ・・」

「その後、私は、その後母を失い、でも東京の音大に進学したの・・出発の前日に、何だかそのおじさんが気になって、土木作業事務所を訪れたの・・おじさんはその時いなかったわ・・そうしたら、そこには、壁にはある絵が掲げてあった・・」
「絵・・・」

「私の母が描いていたはずのね・・
二人の男が砂浜を歩いている・・」
賢治は、そっと目を閉じた、そこはもちろん暗闇で、想い出の渦の中に、自分自身が螺旋状に落ちてゆくのをただ感じたのだった・・・・

「今日も早退してその現場に行って来たわ・・その絵を見にね・・母の有一の形見なのでも、もうそこには事務所すら存在しなかったの・・」

「ねえ・・何寝てんのよ・・私の話きいてるのよ!」
賢治は目を開いた。
「ああ・・しっかり聴いたよ・・良く分かったよ・・・」
「ところで、ベルヌーイの定理ってそんなにすごい定理なの?」
「いや・・・そんな定理知らないな・・」
賢治は無表情に答えた。
「今夜は冷たいのね!」
幸代は不機嫌になった。
二人はしばらく黙っていた。そして、賢治は空いたグラスの中の氷を見つめながら口を開いた。

「なあ幸代・・」
「何よ!」

「この世の中には、偶然なんて存在しない・・
自然現象だってそうだ・・
もし、それらの現象が、すべて偶然であると仮定するのであれば・・
我々、科学者の仕事が無くなってしまう・・
それでは退屈なのだ・・
だから、俺は、どんな出来事であろうと、それを必然と考える・・
それには何かの理由があるとな・・
人生は必然の連続だ・・
きっと、そこにも何かの法則が存在するのだ・・
俺達が今、この場所にいるのも・・」

賢治は次の瞬間、幸代を見た。

「そう、必然なのかもしれない・・
いや、それどころか・・」

「何言ってるの、酔っぱらってるんじゃないわよ!」
もう帰りましょ・・」

「俺はまだ飲んでるよ・・一人で帰ってくれ・・」

「はいはい・・私を送ってくれないのね・・さよなら・・」
幸代は、扉に向かって歩き始めた・・
「今夜は、あんたのおごりだからね!」
幸代は扉の前で足を止め振り返った。
「・・・・・・・」
その懐かしその言葉に賢治は、ほほ笑みながらうなずいた。
「ねえ!マスター!タクシー呼んでよ!
あと、この扉、新くなってるわね・・」
「はああ・・先日、扉の外で銃撃戦があったもので・・」
「そう・・賢治!早く帰りなさいよ!明日、HR寝坊するなよ!」
幸代はやがて出て行った。
「これは、運命だ・・」
賢治は、煙草をふかした。

「タクシー遅いわね・・」
幸代は、入り口の階段に腰を掛けて待ったいた。
足元には花が置いてある。
「綺麗だわ・・・何だかここに座ってると、懐かしい感覚だわ・・ハハハ酒のせいかしら・・」
幸代は意識を失いかけた・・

「さよなら・・行ってしまうのね・・」
「うん・・僕達行かなきゃ・・また旅にね・・」
「また会えるかな・・」

やがて、幸代は眠りについた。

ラジオからニュースが聞こえる
「今日午後5時頃、鳥栖市にある麓凶悪犯刑務所から、滝沢被告が脱走しました!彼は、金竜組の組長である平賀源内の殺害罪で逮捕された極めて危険な男です。福岡県警暴力団対策本部は、つぎなる殺害を予想して本格捜査に乗り出しました。捜査部長である木村警部の話によりますと・・・・」

「どうも、俺にも危険が迫ってるようですね・・
今まで、好き放題やって来たから・・学会、いや教育界からも追放された・・
俺の「宿命」ってやつですかね・・
俺は、幸代と共にこの街にいていいのでしょうか・・
どうか教えて下さい、組長・・」

賢治は、深いため息をつき目を閉じた。
遠い追憶の世界から声が聞こえる気がする。

「なあ・・賢治どうしたんだ・・寂しそうな顔して・・
あの子と別れるのがそんなに悲しいのか・・」
「別に・・」
「強がらなくていいんだよ・・
縁があればまた会えるのさ・・
それが運命だ・・ハハハハ」

「続いて、次のニュースです!明日、いよいよ有明沿岸道路開通が開通します!
以前よりこの工事に関して、一級河川である中島河を横断する巨大鉄橋の建設が最難関とされていました!しかし運輸大臣、古賀誠氏の動きにより、ついに完成しました!これにより、流通が円滑に行われ、この地区一帯は都市化急激に拡大することが期待されています!」

「組長!今の聴きましたか・・俺達の・・
いや、俺達三人の橋がついに完成したのですよ・・・・」
これは、俺にとっての未来への架け橋なんですかね・・
いや、じいちゃん・・これは・・
今や錆びれてしまったこの大牟田の生命線でしたね・・・」

賢治はほほ笑んだ・・・

「組長・・
あなたの娘さんを誘拐します・・・
もちろんいいですよね・・・・」

木村警部は佐々木に面会した。

「何だよ、しつこいぞ・・お前の親父何か知らない・・」
「ああ・・もう、そんな事はどうでもいい・・・
どうせ時効だしな・・」
「・・・・・」
「今日、聞きたいのは・・
お前が、そのガキに焼かれた理由だ・・・」

翌日の夕方、幸代は机上に封筒が置いてあるのに気がついた。
「何これ?」
賢治からだと気がつき心が躍った。

「今日に7時に、三池港で待っている!しっかり、おめかしして来いだと・・」
「は?私は予定があるのよ・・もう・・先生ったら・・」
幸代は慌てて学校を飛び出した。

この夜、福岡県警本部では臨時捜査本部会議が開かれた。
黒板には、二枚の人物写真が掲示されている。
代表の木村警部は皆に挨拶をした。
「今夜、皆様に緊急集合をかけた理由は・・
先日、脱走した滝沢馬琴に関することです。滝沢被告は金竜組の組長平賀源内を射殺し、次なる殺害計画を立てています。標的はこのサングラスの男です。まずはこの男についてお話致します・・・・
ある日、突然、第七工事現場に現れたこの男は、本日開通致しました有明沿岸道路の最難関工事とされた巨大鉄橋の建設に従事しました。当時、有明沿岸道路の建設の代表である平賀源内とも、公私ともに距離が近い男であります。この男は作業中に銀竜組による大規模麻薬輸送計画に感ずき、トラックの行き先である中島川の上流を調査、周辺の地形を正確に測量し、その図面などを証拠品として県警の私宛に郵送しました。この麻薬輸送経路は、三池港を出発点とし、中島までは、有明沿岸道路の工事現場のわき道を利用しその通行料として、莫大な金を佐々木から平賀組長へ渡ってたもよう。しかし、この経路が断たれましたが、この男は、平賀に恨まれることはなかったのであります。それはあの夜、佐々木がこの麻薬輸送ルートの件で復讐するために、滝沢に二人を射殺するように命令しました。そのとき、危険を察知した平賀は、この男を店に残るよう命令し、いち早く出た平賀だけが射殺されています。このことからも伺えます。」
「なぜ、この男は、作業に従事し、警察に証拠を渡したんだ・・利益などないはずだ・・」
「これには、深い訳があります・・私の憶測にすぎませんが・・後ほど理解出来ることでしょう・・・」

「続きまして、「橋げた落下事故」についてです。二〇数年前の事故ですが、当時ある警官が事件性があるとして調査していました。当時の代表は、あの伝説の測量師、伊能良蔵です。彼は、当時の麻薬輸送計画を気がつかずに、銀竜組から当時若頭である佐々木から多額の金を受け取っていました。ある時、伊能良蔵は、その計画に感ずき、通行を突然拒否しました。当時第七工事現場監督の平賀源内は、橋げたを一部完成していましたが、ある日それが崩壊しました。ちょうどその時、漁船がその下を通過していたため多数の死傷者がでてしまったのです。今になり明らかになったのですが・・それはすべて、佐々木が仕組んだの計算通りの計画だったのです!これは佐々木も自供によるものです。」
「え!あれは事件だったのか!」
「はい・・当時この事実を知る者はいませんでした。中島の漁民達は、当然、代表である伊能良蔵、現場監督である平賀源内を恨んでいた。その被害者の遺族の中に滝沢がいました。当時小学6年生です。この事故を機会に自信喪失になった平賀は数年の間現場から姿を消しました。
当時、私の父である木村捜査官は銀竜組に睨まれる中、麻薬捜査をしていました。やがて麻薬輸送と橋げた落下事故の関連性に気がついた父は、伊能良蔵を第七工事現場に呼び出しました。しかし、その事をすでに悟っていた佐々木は、後をつけ、崖にいる二人のうち木村刑事を狙撃、そのよろめいた、木村刑事を、伊能良蔵は崖から落ちないように支えたのですが・・・」
「二人は転落死しました・・この二人は、名前が違うが親子です・・捜査が迫ってる事を感ずき、伊能良蔵は私等親子の名前を変えさせたのです・・その計らいがなければ私は、この福岡県警に採用されなかったでしょう・・」
「と言うことは・・警部を含め三人は家族だったのですね!」
周囲は騒ぎ始めた。
「はい、そのようですね・・先日、戸籍謄本で確認致しました。
この二人は崖から落ちる瞬間まで最後に、どんな親子の会話をしたのか・・私なりに想像できます・・大変無念なことであります・・・
このように、私の父である木村捜査官は、橋げた事件の真相を掴んでいました。しかし主犯である佐々木を逮捕することができなかった。これもまた無念であります・・」
「そうだな・・あれは時効事件となってしまったからな・・」
「はい・・そのようですね・・」
「しかし二人が死んで、佐々木の思うがままだな・・・」
「いいえ・・この時、佐々木はある重要な存在を見落としていた・・
それは・・
伊能良蔵の孫の存在です・・」
「何!・・」

そのとき、三池港に一台の車が入って来た。日産の最高級車プレジデントである。
やがて、幸代の前に停車し、中から男が出てきた。賢治である。この車とは組長の愛車である。

「よ・・待たせたな」
幸代は驚き言った。
「教員のあんたが・・なんて車に乗ってるのよ!」
「ハハハハ・・イカスだろ?まあ借り物だがな・・」
「まあ、それより・・・
今日は、一段と綺麗だぜ・・ハハハハ」
「何よ!私の事、馬鹿にしてるでしょ?おめかしして来いと言ったでしょ!」
「さあ行くか・・」
「一体何処に?」
「決めていない、だからコインを振れ!表が出たら、北!・・裏が出たら南だ!」
「何よそれハハハハ!なんか最高にドキドキしてきたわ!」
賢治は、十円硬貨を渡した。幸代は受け取り、なぜかその重みを感じたのだった。

「当時、伊能良蔵には孫がいました。当時小学一年生でした。しかしこの子は小学校へはほとんど行かず、四六時中作業現場にいました。そこで高度な機械の仕組みや、危険物の生成技術などを自然に学び、自然と戯れ、自然を操るといった存在でした。当時の作業員達はそんな彼を神童と呼んでいました。それだけでなく彼には、そのときすでに、とんでもない経歴を持っていたのです!
なんと、有明沿岸の測量の旅を、伊能良蔵と共にしていたのです!彼は、物心が生まれる三歳時からの約4年の旅で、高度な測量技術だけでなく、そらを通じて同時に極めて高度な和算を身につけてしまったのです!」
「伝説の測量師、伊能良蔵と共にした男!全くとんでもないガキだハハハハハ」
「しかし、この少年は、伊能良蔵の死後、親戚に引き取られましたが、家出しました。ある計画があったのです。また優れた洞察力を持った彼だからこそ、当然この一連の事件の真相を知っていたに違いありません・・」
「・・・・・」
「皆さん・・「銀竜組爆破事件」をご存じですか・・・」
「確か・・あれは・・当時の銀竜組敷地の大部分を燃焼させ、当時の組長を含め多数の死者が出たという・・幻の大爆破事件!」
「そうです・・しかし被害者側の銀竜組は、捜索を拒否した・・それには何かの理由があったのでしょう・・」
「嘘だろ!七歳のガキが一体どうやって!」
「まあ・・聞いて下さい・・
彼は、夜中に敷地内に侵入、麻薬輸送用大型トラックの燃料タンクの蓋を開け、ホースを使い、ガソリンを逆流させました、すべての約30台トラックです。それだけでなく、給油スタンドのガソリンをまき散らかし、組の事務所周辺、乗用車、に振りかけました。
さらに、廃坑された三池炭鉱から、ダイナマイトを拾い集めそれらを解体し、薬局から購入した活性炭を混合し強力な爆弾を製造!それを建物に仕掛けた。夜遅く帰って来た佐々木により発見されましたが、その時はもう手遅れでした。慌てている佐々木の目前で、マッチに火をつけ、迷わず地面に落したのです!
敷地内は、一瞬にして爆発と共に炎上し、凄まじい炎が上がった。大勢の住人がその炎を目撃しています。そこにいた佐々木は奇跡的にも重傷ですみましたが、当時の組長を含め多数の組員が死亡しました。佐々木は今でもこの少年に対し、恐怖に怯えているのです・・」
「何て恐ろしいガキなんだ・・大量殺人鬼だ!・・」
「はい、しかし・・・この事件も・・
今となっては時効なんですよね・・」
「・・・・・」

そして表が出た。
「俺の思った通りだ!やはり北だ!ハハハハ」
行こう!今この車は片道の燃料しか積んでいない!
この車が、止まるまで北上するぞ!この寂れた大牟田にはもう戻れないぜ!
それでも俺に着いてくるか・・」

「もちろんだわ!あなたについて行くわ・・どこまでも・・・」
幸代は賢治の手を握り締めた。
2人は、車に乗り有明沿岸道路三池港インタ―に乗った。

「この少年は、橋げた事故で伊能良蔵の孫、すなわち殺人者の孫として小学校でもひどいいじめに合いました。さらに伊能良蔵死後、この少年は孤独だったに違いない。彼と言葉を交わすことなく近くで見守った女の子がいました。それがサングラスの女、塩塚美香です。二〇年経過した今、写真により再び思い出し、涙ながらに語りました。しかし、この少年の不幸はさらに続くのです。」
「このように、輸送トラックまでの失った当時の銀竜組は麻薬輸送もできずに経営的にも大打撃を受けました。復讐のため・・大勢の組員は、この少年を捜索しましたが見つかりませんでした。そこで佐々木は、橋げた落下事故の遺族の子である当時小学6年生の滝沢馬琴に接近し、その子を殺すように命令しました。この二人の少年は橋げた落下事故以前までは、仲が良く兄弟同然でした。橋げた落下事故が佐々木の仕業とは知らない滝沢少年は、その少年を恨んでいました。やがて滝沢少年はこの少年を第七工事現場に呼び出し、崖から突き落としたのです!
その後、滝沢は闇の世界に足を踏み入れてしまったのです。」
「なんとうい事だ・・・それがあの事件か・・・ところで、その少年のことが今回の滝沢の殺害計画に関係があるのか・・・」
「はい・・・・」

時速一二〇の過去への旅路・・

「これは、未来へ続く橋だ・・俺が立てたんだぜ・・」
「何訳の分からない事言ってるのよ!・・馬鹿じゃないの・・」

二人は、昔話をした・・

「俺は、ガキの頃、砂浜でダムを作って遊んでいたんだ・・」
「私は、砂浜でママ事よ・・」

ハイスピードに蘇る記憶・・

「俺は昔、この有明沿岸を歩いたんだぜ・・果てしなくな・・」
「なんかそれ、伊能忠敬みたい・・渋いね・・」

まるで、何かから逃れるかのように・・・

「もう、クラスの生徒達も追ってこないわ・・」
「ああ・・これで俺達二人は、誰にも捕まえられない・・」

時間も高速に過ぎていく・・・

「時間は有限でなく、無限だ・・」
「そうよ、私達が死んでも、永遠に流れ続けるのよ・・」

「その少年は何と!生きていたのです・・・・・」
「何!あの高さ100mの崖から落ちて生きていただと!」
「当時有明海は引き潮で、波が穏やかでした・・男は落下から約一週間の間意識を無くしたまま、海を漂流した模様、近辺を通過した銀竜組の脱組員の漂流と出くわしました。
「なんだと!」
「彼は、銀竜組放火事件の数日後、焼け跡の侵入し金庫から大金を盗み逃走し、彼には婚約者がいて、彼女の元に行く計画でした。彼はその子の発見時、すぐに組員から狙われてる子だと分かりました。また記憶喪失であることに気ずいたため。自分の少年にしようと連れていったのです。しかし約一年後、島まで追って来た組員に殺されました。一年間でしたが、彼を自分の子供のように大変大事にしたそうです。その後、その婚約者によって育てられました。」
「その少年は対人に関する部分の記憶を失ってました。もちろん良蔵さんとの想い出と共に・・しかし、彼にとってはそれが幸せだったかもしれません・・・」
木村警部の声は震えていた。
「対人関係がうまくいかないその少年は、友達などいなかった。彼の友とは、高島にある大自然だったに違いありません。その後彼は、東京大学に進学、同大学院で数学の研究をしていますが・・彼の研究があまりにも流行からかけ離れ、斬新すぎとのことで学者達に相手にされなかった・・やがて日本数学学会から追放され、今は行方が分かりません・・以上の事実は、あるジャーナリストによる情報です。」
「その少年は、とんでもない頭脳を持っているんだな・・でもなんと不幸な奴なんだ・・記憶もないんだろな・・」
「はい・・おそらく・・」
「しかし、私は確信しています。その少年と、このサングラスの男は同一人物です!・・・」
「すなわち、この男は、私の兄貴ということになります。いま兄は、どこまで記憶が戻ったかは分かりません・・きっと、暗い過去の闇の中で何かを模索してるはずです。あの第七工事現場に現れ麻薬輸送ルートを暴き証拠を集めて我々に送ってくれたのも、良蔵爺さんに代わっての罪滅ぼしかもしれません。また、平賀組長の計らいも考えているはずです。自分が生かされた意味を・・・これら三人の男が、この有明沿岸道路を創立したのです・・あの最難関工事とされた第七工事現場、巨大鉄橋建設を最後に・・
その土台を完成させたのが、私の兄なのです・・・」
会場にいる警官達は、皆感激していた。

ガソリンはやがて底を突き車は止まり 二人は降りた。
「広大な松林なのね・・・」
「ああ・・」
「でも、海が綺麗で素敵な場所ね・・・」
「ここには、自然以外何もない・・
こんな美しい場所で豊かな情緒が生まれるんだろな・・」
「そうね・・それが美的感受性となり芸術が誕生するの・・」
「私は幼い頃ね。海岸沿いに住んでいたから・・母も油絵を描きながら、よくそう言っていたわ・・今思い出しちゃった・・」
「そうか・・やっぱりな・・・」
「何悟ってるの!私の事何も知らないくせに・・」
「なあ・・」
「うん・・・」
「このまま、ずっとここで暮さないか・・」
「冗談でもうれしいわ・・・
でもクラスの生徒達が私達を待ってるでしょ?・」
幸代は賢治にもたれかかった。
「それも、そうだな・・大牟田か・・
やはり俺は、逃れられないようだな・・
この宿命からは・・・」
賢治は寂しく呟いた・・

「しかし、この男の記憶が戻るその時・・・一体何が起こるのでしょう・・
自分を、殺しかけた滝沢!お爺である伊能良蔵を殺した佐々木!二人に復讐することでしょう・・
我々警官の使命として、これらを絶対に阻止しなくてはならない!
彼は、幼年時代にあんな大胆な方法で佐々木を殺そうとした!そして、彼は成人し、超一流の頭脳そしてさらに高度で広大な専門知識で一体どんな復讐劇を描いているのか・・
佐々木がいる刑務所まるごと爆破することも考えられる・・・手段なんて選ばないはずだ!我々凡人には全く予測もできない!」
会場の刑事達はその話に恐怖を感じた。

「たとえ兄貴であろうが・・
復讐を実行する兄に手錠をかける覚悟はできています・・」
会場の空気は極めて張り詰めていた。
「以上で、緊急集会を終わります・・・礼!」
そう言い残し木村警部は会場を出た・・

その後、滝沢と賢治の行方が大捜索された。
また、特に重要視されたのが、収容所にいる佐々木だ。ここの刑務所は今までにない警戒態勢がしかれた。空からの攻撃も想定しヘリコプターまでも停滞していた。天才と謳われたその知能を持つ賢治に対して、かなりの警戒をしていたためだ。それもそうである。彼は、数学に続き、測量学、機械工学、化学、土木工学・・などを操る完備な人間だからである。

「あなた、これからどうするの・・」
「そうだな・・答えは風の中だ・・」
「何、詩人みたいな事言ってるの!
私達もこれで終わりなの・・・
いいえ、あなたがこの学校辞めた後、生徒の目を気にせずに堂々と合えるわ!
そう言えば・・あの時、職員室で生徒にも言われたでしょ?ハハハハハ」
「まあ、そんな事もあったな・・」
幸代は、上機嫌だった・・
「ところで、幸代、例の件よろしくな!」
「ええ、任せといて・・派手にやるわ!いよいよ明日だわ!」
「今夜は、もう少し一緒にいさせてくれ。」
「何言ってるの・・これからはいっぱい会えるじゃないの!」
「・・・・・・・・・・」
「しょうがないわね!今日はやけに素直なんだから・・
クラスとの想い出を、私と共有したいのでしょ・・」
賢治は幸代にもたれかかった。

午前0時、木村警部は、夜の街を徘徊しながら何か考え事をしていた。
「兄貴、一体何処にいるんだよ・・」
やがて歩き疲れた木村警部はバーに入った。

「いらっしゃいませ・・何になさいますか・・」
「俺はこういうものだ・・
そこの扉の向こうで銃撃戦があったんだろ?事件当日に射殺された平賀源内と飲んでた奴はこのカウンターに座っていたんだろ・・お前に見たか?」
「はい・・」
「どんな奴だ!」
「以前から・・2人は何だか難しい話をしていました・・」
「何だよそれ・・」
「なんか・・橋げたの構造だとか設計だとか・・どうもその若い人、相当優秀な方みたいでしたよ・・」
「そんな事分かってるよ・・・」
「あ!そうだ、それと・・その若い人、夕方までは高校の教師してるとか・・今さっきまで同僚らしき女性といましたよ・・・何だか得体が知れない人ですよね!一体何者ですかね・・」
「教員をやってるのか!」
木村警部の厳しい顔はほほ笑に変わった。

「ハハハ笑えるぜ!警官、ヤクザ、教員・・やはり俺達の存在は・・紙一重なのか・・・」
その男な・・そこらの教員では、ないんだぜ・・・
そうさ・・俺達の祖先はあの江戸の天才測量師、伊能忠敬なんだよ・・」
「貴重な情報ありがとな・・・」

誇らしげにそう言い残し、木村警部はその場を去った。

最終話 ~ さよならをメロディーに乗せて ~

ここは、大牟田市民大ホールである。
賢治は表入り口前で、クラスに集合をかけた。

「君らは、今日この日のために、苦しい練習にも耐えてきた・・
緊張する必要はない・・皆で呼吸し歌う、ただそれだけだ・・
俺はこの瞬間を、忘れなぜ・・」
「先生!頑張るぜ!ハハハハ」
皆は気合が入っていた。
「ようし!行け、スタンバイだ!」

今日は、合唱コンクールの本番である。
地域の住人、来賓数多く客が入っていた。
一方、裏口前にて木村警部は、数十人の部下に集合をかけた。

「おい!気を抜くんじゃないぞ、俺の第六感によると、滝沢はこの会場にいる!
ある男を殺しにな・・その男を何が何でも死守しろいいな!」
「その男とは一体何者ですか?」
「ああ・・その男は、日本を代表する超一流の数学者だ・・」
「では、配置につけ!」

オープニングは、幸代の前奏曲「華麗なる大演舞曲」であり、力強い演奏は会場を盛り上げた。しかし、その中にひとりの男が紛れ込んでいた。演奏を聴きに来ていたわけでない。黒いバックを抱えていた。

「深谷賢治・・いや、伊能賢治だったな・・
この会場にいることは分かっている・・今日しか機会はないはずだ・・待ってろハハハ
俺はお前ら三人のせいで人生が狂ってしまったぜ・・・」

女は、店に入った。
「今日の十時に予約していた者です」
ここは、高級サロン、「マルコフ」である。
「こちらにお座り下さい・・」
女は座り、鏡に写った自分を見ていた。
「初めまして・・当店のカリスマ美容師の太田祐二と申します・・」
女は、無関心な表情で鏡に写ってるその美容師を見ていた。
「今日は、どんな風にしたいですか?・・私は、どんな要望でもお応え致します・・」
と自信の溢れた様子で言い、女の長い髪を触り始めた。
「そうね・・・」
女は考え込んでいた。
「美容師さん・・」
「何ですか・・」
「あなた、カリスマでしょ?カリスマって、お客の注文を受けた瞬間、すでに、完成後のイメージが出来てるの??」
「ハッ!?・・」
美容師は動揺していた。そんな質問をされたのは初めてであったからである。
「は・・い!もちろん・・」
「そう・・それが可能なあなたって、きっと芸術家なんだわね・・」
女は微笑みながら言った。
「芸術かハハハハハお客様にそのような最高の褒め言葉を頂いたのは初めてです!」
「そうね・・では・・・」

「映画、ニキータの髪型にしてくれる・・」
「まさか!・・・それは、かなりの短髪ですよ!・・」

各クラスの合唱の最後のプログラムが終わり。
表彰を終え閉会を控えていた。しばらくの時間があった。
生徒も先生達も大変和やかな雰囲気で閉会までの時間を過ごしていた。以前の高校の雰囲気に戻ったようである。

「深谷先生、まだ席に戻らないのか・・・・」」
教頭が嘆いていた。
「先生の席は朝から空いたままです!職員達も誰一人、この会場内で先生を見ていないそうです・・
ところで教頭先生、深谷先生のクラス立派でしたね・・」
「ああ、あの崩壊したクラスが蘇ったな・・これからというときに彼は退職するな。この事実を知らない生徒達は明日の終業式で一体どうなってしまうのか・・・・」
「明日就業式まですね深谷先生が出勤するのは・・」
橋本先生が言った。
「そうだな・・この学校も寂しくなるなハハハハ」
「ところで深谷先生どこに行ったんだよ・・・・・
閉会まで戻らないつもりか・・」

「兄貴!学校行事だろ!どこにいるんだよ・・」
木村警部は、会場を歩き回り捜索した。

やがて、総合司会者である幸代は閉会の挨拶を始めた。
「ええ、これで全日程が終了致しました・・
実は・・最後に、本日、新人のピアニストをゲストとしてお迎えしております!」

「は?閉会だろ!何言ってるんだよ!ピアニストだと・・・」
会場は、騒ぎ始めた・・
「はい、静かにしてください・・・それでは、彼のプロヒュールを紹介します。」
幸代は元気よく話始めた。

「えー・・長い間、数学の研究をしていた彼は、夏の終わりに、楽譜に現れる周期性に興味を持ち、音楽理論を探究しました。やがて鍵盤に向かい、自分らしい独特な旋律を身につけ・・今日のこの日を迎えたのです。」

「何だと、夏から始めてまだ半年だろ?そんな奴が、このステージで弾くのか・・そんな、度胸のある奴がいるのか!」

「素人であるはずの彼は、音楽家である私にこう言いました・・
美しいメロデーだからこそ、そこには周期性が存在する・・
美しい音の配列は偶然でない、そこには、数学が存在する・・
旋律は、歌うように強弱が大切なのは当然ではあるが、決して自己満足であってはならない、それでは聴き手には伝わらない・・
聴き手と共有するには・・
時間との共有をすることだ・・・
何故ならば、人々は皆時間を共有してるからだ・・
数学と同様、音楽もイメージこそが大事である・・」

木村警部は、はっとした・・
「俺ら凡人にそんなこと言ったって理解出来る訳ないだろ・・
いや、待てよ・・数学だと・・一体、幕の後ろにいる人物とは・・・・・まさか!」

ここはステージ中央である。幕が閉じているためそこは暗闇だ。
賢治は幕の向こうでの観客の騒ぎに我にかえり、目を開けた・・・
彼はこの一年を振り返っていたのだった。

「俺の人生はまさしく激動だったぜ・・
これは俺の生まれ持った「宿命」によるものだ・・
俺は、この「宿命」に逆らうためにも、過去の暗闇を消さねばならない・・
だから、お前らを殺さねばならない・・
まあ、俺が死ねばいいのかもしれないな・・
なあ・・滝沢、お前はこの会場にいるよな・・・
対決の時が来たな・・・
でも、もう少しまってくれ・・
最後にやりたかった事があるんだぜ・・・
俺は、この日のために寝る間も惜しんで練習したんだぜ・・・」

「イエス・キリストよ・・この私に、もう少しの時間を下さい・・・
父と子と聖霊と源によりて、アーメン」


木村警部は息を吞んだ。

「彼の音楽に対する感覚はもはや素人ではありません。それでは、聴いて下さい・・」
幸代は元気よく言った。
幕が、開き始めるとともに演奏が始まった。

「おおおお!まさか、兄貴!今度は音楽かよ!」

賢治は、天井を見上げ優雅に弾いていた。まさに別人である。

「すげー・・・」
この時、客席は爆発していた。
「これが、俺の兄貴?深谷賢治なのか・・」
騒ぎは止まらない・・賢治は弾きながら、次のような事を冷静に考えた。
「なんで、そんなに興奮するのだよ・・俺の演奏聞こえてるのか・・その前に、クラシックを聴く姿勢がなっていない全く・・もう少し耳を澄ましてくれないものかね。これでは俺のトロイメライが台無しだ・・」

「まったくだわ・・これでは聞こえないじゃないの・・」
幸代は機嫌を損ねた。

やがて、弾き終え拍手の嵐だった。生徒、職員は大興奮だった。もちろん生徒のほとんどはその曲を知らない。観客は賢治の演奏というよりは、彼がピアノを弾いている姿事態に興奮していたからだ。

「最後の晴れ舞台だな・・ハハハ覚悟しろ・・」
滝沢はカーテンに隠れ賢治を銃口で狙った。
「後はお前を殺せば復讐は終わりだ・・・馬鹿がのん気にピアノ弾きどころでは、ないぜハハハハ」

「馬鹿野郎!何のん気にピアノ弾いてるんだよ!狙撃されるぞ!」

演奏が終わり賢治は立ち上がり、皆に笑顔で手を振っていた。
「キャー・・!深谷先生!・・」
観客は爆発していた。

「はい!静かにして下さい!先程の曲は、シューマンの代表作、トロイメライでした。クラシックは静かに耳を澄まして静かに聴くものです。いいですか?続きましての曲が最後となります。ショパン代表作、エチューNO10―3です。この曲を作曲したショパンは、このような美しい旋律もう二度と作れない・・と言った程の名曲です!」

「すごく、楽しみだわ・・・さて、あなたはこの曲をどう表現するのかしら・・」
「それでは、どうぞ・・」

皆は期待した。会場は静まりかえっていた
賢治は、俯き何か考えていた。皆はじと見つめるだけだった。

女の髪は容赦なく切られていく。美容師は真剣だった。女性の髪をこんなに短く切ったことはないからだ。完成後のイメージができないままだ。女は、鏡に映ってる自分を冷静に眺めていた。そのとき、店内ではあるピアノ曲が流れ始めた。

「この曲は・・・なんて美しいの・・」
「そうですね・・この曲は・・
ショパンの別れの曲ですね・・」

女の瞳は濡れていた。
美容師の手が止まり、鏡に映っている女に見とれてしまった。

「滝沢、最後の曲だ!もう少し待ってくれ・・お願いだ・・
俺は今、あの頃と違って一人ではないんだ・・・この会場にいるみんながいるんだ・・
そうだったな、お前は・・
今でも孤独なんだよな・・
佐々木にも操られてな・・
俺を銃口で狙ってるだろ?・・
引きたいんだろ・・その引き金をな・・
だが俺は、このピアノを弾くぜ・・
この曲はな・・
俺なりの、サヨナラなんだよ・・」

そして演奏は始まった。穏やかな始まりである。最初の和音から第一小節で・・

「この曲は・・なんと寂しく美しいのだ・・確かショパンのあの名曲・・
藝術の世界にも足を踏み入れたのか・・」
木村警部の足が止まった。

「なんという美しい旋律なの、すごく繊細な音ね・・」
幸代は感激していた。

「ガチャ・・」
滝沢は安全装置を解除し、賢治をスコープで狙った。
「ハハハハ伊能賢治よ・・」
「チェック・メイトだせ!・・・」
引き金に手をかけた。

このとき調が変わり、激しさが増していった。

「フョルテッシモね。激情する苦しみの表現ね。見事だわ・・何だか悲しみに落ちていく、いや、絶望、怒りか、・・」

「何だこのメロデーは・・調子狂うぜ・・」
滝沢はスコープで狙撃しておいたが、そのメロデーが滝沢の聴覚系を刺激していた。
そのときだった。

「よう、滝沢・・」
闇の彼方から声がする気がした。
「え・・お前誰だ!」
あたりを見回したが誰もいない。
「もしかして・・死んだはずの・・」
しかし確かに声がする・・
「幽霊なのか!確かに聞こえるだが何処だ・・」
「滝沢・・このメロデーを聴いて何も感じないのか・・
心が洗われるだろ・・」
「え!なぜだ・・お前を殺したはずなのに・・やめてくれ!」
「おい・・お前は殺す相手を間違っているぞ・・
あの、橋げた落下事故は、佐々木が仕組んだんだ・・・」
「・・・・・・」

しばらく、滝沢は目を閉じてもがいていたが・・
滝沢は、銃を下し膝待ついた・・

「俺は、お前ら三人を殺すことが親父への供養と・・
それが使命だと信じて、今まで生きて来た・・」
「ところで、なんてメロデーだ・・・何だか、心が洗われるぜ・・・」
滝沢はほほ笑んだ・・

やがてメロデーは再び穏やかなになっていった。
賢治と過ごした時間を振り返った。幸代は直感した。

「まさか!・・・」

「賢治、幸代お前らは全く素晴らしいコンビだ!
これで安心して、俺達は、地獄に行けるぜ・・
なあ滝沢・・そろそろ時間だ・・
賢治・・後は頼んだぜ・・・」

「おい・・・お前!ひょっとして・・」
木村警部は銃を向けた。
「滝沢なのか・・どうした・・大丈夫か・・・よしお前を連行する・・」
「なあ・・刑事さんよ最後のお願いがある・・」
「何だ・・言ってみろ・・・」
「もう少しここにいさせてくれ・・この曲が終わるまでな・・」
「それもそうだな・・・・」

このとき、賢治退職を知っている教員の多数は悲しい表情をしていた。
「先生達なんで泣いているのだろう・・・この曲聞いたことないけど・・
すごく激しくも、穏やかでとても悲しい曲だね。何だか泣きたくなる気分・・」
賢治の演奏は、皆を悲しみの底に突き落とした。
職員なりに、この曲を最後に弾いた理由を理解している。明日の終業式が、賢治の最後日だったからである。

「そうなのね・・私は、あなたの一番そばにいて理解してきたつもりだわ・・・
でも、あなたが背負っているものとは何なの・・・
私が赴任した二年前、すでにあの頃から・・
私達は住む世界が違っていたのかもね・・・
でも・・ただひとつ分かることは・・
あなたが、なぜこの曲を選んだかよ・・
あなたは、私から・・いやこの街からも離れて行くのね・・」
幸代は、深いため息と同時に目を閉じた。

やがて最終小節、最後はピアニッシモ、だんだん弱くやがて無に収束する・・

演奏を終え、皆に深く一礼し、ほほ笑んで退場した。

「なあ滝沢・・
何故、引き金を引かなかった・・」

「ええ・・最後に・・」
幸代は挨拶した。

「今日、この合唱コンクールが素晴らしいものとなり主催者である私もこれ以上幸せなことはありません・・音楽教員である私は、ただ上手にピアノを弾くことしか考えていませんでした。すなわち私の音楽は自己満足にすぎなかったのです。
でもあるとき教わりました。音楽は人に語りかけるように演奏すべきだ、すなわち言葉と同じなんです。私は今、そんな音楽を目指しています。今日この会場の皆様は、皆共有しました。もちろん時間に乗せたメロデーを通じてです。人間は集団化すると、そこには、争いや嫉妬が存在するものですが、これは人間である以上仕方のない事かもしれません・・こんな時代のせいでしょうか?この街だって、以前に大量の麻薬が流出し多くの若者達が今でもその後遺症で苦しんでいます。治安が悪く、争事が絶えない悲しい街になりかけています・・でもせめて、今日みたいな場面で一つになれた事は大変素晴らしい事です。私は、ただの音楽教員ですが。ここ大牟田が争い事もなく平和な街であことを願って演奏を続けて行くつもりです。最後に私は、

野に咲く一輪の花が美しい・・・

と思えるような、情緒を大切にしたいと思います。こんな不吉な時代だからこそこのような心が大切であるのではないでしょうか。どうか、今日のこの合唱コンクールの余韻がいつまでの皆様の心の中に残りますように・・・」

美容師の緊張は極限状態に達した。
「このお客さん・・一体今どんな心境なのか・・
大失恋でもしたのか?・・・
ニキータだと!
一体どこまで短くすればいい・・!
でも、なんて魅力的な女性なんだ・・
俺は、美容師の指命として、
完成後に、この女性を幸せな気分にさせなければならないのだ!」

「ねえ・・美容師さん!そんなに怖い顔で切らないでよ・・肩の力を抜いてよねハハハ」
女は微笑んだ。その笑顔で、緊張感がほぐれ始めた。
「御客様!だって、ニキータですよ・・格好良く切りますよ。覚悟して下さいね!」

賢治は、会場裏口へと歩いて行った。
「俺にはこんな物、必要ないよな・・・なあ幸代・・・」
賢治は、ごみ箱に携帯電話と拳銃を捨て車に乗った。

「ありがとな・・あとは頼む・・
もう、この街に未練はない・・」

木村警部は、賢治を追った。やがて、ごみ箱の拳銃を発見した。
「安心したぜ・・二人に対しての殺意はないよな。兄貴・・・」
すぐさま刑務所に連絡した。
「滝沢を逮捕した!深谷賢治も殺意はないぜ!安心しろ!直ちに麓刑務所の厳戒態勢を暖和しろ!」
電話を切り、まるで緊張が解けたかのように爽やかな顔で空を見上げた。

「兄貴、一体何処へ・・まさか、この街を出たのか?そんな必要はないのに・・
安心してこの街にいて、兄弟仲良くつるもうぜ・・またいろんな闇の情報を提供してくれよな!そして今度は、警視でもなるぜハハハハハ」

美容師は、最後の一切りを終え鏡を見た。女も自分に見とれていた。
「これが、私なの・・」
「はい・・ニキータ様!終了でございます!」
「なかなかいいわね・・」
女は微笑み席を立ち、黒のロングトレンチコートをはおり襟を立てた。
「至急会計してちょうだい・・」
「はい!9987円になります・・壱万円札からですね・・」
女は無言のまま、ゆっくりとサングラスをかけた。
「では、お釣りです・・」
美容師は、お釣りを握り渡そうとした。
「そんな、不吉なお釣りはいらないわ・・」
女の姿を見て一瞬恐怖を感じた。
「はい!・・分かりました!またお待ちしています・・」
「何だか、気分が変わってすっきりしたわ・・」
微笑み、背を向け店を出て行った。
美容師は女の口元だけを見て感じた。
「とてつもない悲しい微笑みだ・・でもなんて魅力的な女性なんだ・・」
思わず握っていた手を広げた。そこには、十三円があった。

賢治は三池港に車を乗り捨て、三池港インターに徒歩で入った。
数多くの車が通行している有明沿岸道路を運転手らは賢治を見ない人などいなかった。皆振り返った。重たい荷物を抱えたその後ろ姿に皆、幻を見るかのように見ていた。
賢治は、有明沿岸道路を一歩一歩かみしめながら歩いていた。

「この道路には様々なドラマがある・・俺は、25年前、ちょうどこの地点から歩いたぜ・・」
賢治の記憶は今は鮮明だ。

女は写真を見ていた。そして、吸っていた煙草を窓から投げ捨て、ゆっくりと車から降りた。
「すみません・・佐々木の娘です・・面会に来ました。」
笑顔を振りまき、警戒警備をいとも簡単に突破した。
受付で名前を書き言った。

「十三号室でお願いしたいわ・・・」

「はい?・・ご希望通りに致します。第一三号室はここをまっすぐ行ったところです。」
「コツ、コツ、コツ・・・」
やがて、部屋のノブに手をかけ入った。そこに佐々木はガラス越しに座っていた。

「お前、誰だ・・・サングラスを取れ!」

その女は立ったまま、佐々木をじっと眺めていた。
やがて、トレンチコートのポケットから手を出し口を開いた。

「チェック・メイト・・」
「バキューン・・・・・」

わずか、数秒の出来事であった。近くにいた盗聴委員は言葉を失い、しばらくそこから動けなかった。
やげて、再び手をコートに入れ歩き出した。
「コツ、コツ、コツ・・・」
女の足音が、刑務所に響く・・・

「賢治・・あなたの幼い頃の悲愴が、再び蘇ってしまったわ・・・
あの、爆発の炎、あなたの仕業でしょ?私は遠くから見ていたわ・・
あれはあなたの、悲愴の炎なのよ・・
あなたのいるこの世界に、佐々木は存在してはいけないのよ・・」
そこには魔性の香りが漂っていた。

今日は就業式である。

「なんで深谷先生いないのですか?」
「今日は欠勤なの。何か急用ができたらしくて・・」
幸代は顔色を変えずに言った。

「まあ、いつもの事だ・・どうせ三年次の担任も先生だろうハハハハ」
「まあ、そうかのもね・・」
幸代は苦笑いをした。
「まあ、それより、まずは帰りの支度しなさい!教室内の私物全部持って帰るのよ・・」
生徒はしばらく荷物整理をした。
「賢治・・今、一体どこにいるの・・・」

「はい・・それでは・・帰りの準備は出来ましたか・・・」
生徒は、皆注目している。
「ええ・・今日、深谷先生から手紙を預かっています・・・」
「なに、それー手紙?ハハハハ柄にもなく・・・」
生徒達は笑っていた。
「覚悟しなさい・・今からあなた達は、どこまでも落ちていくのよ・・・」
幸代は、手紙を読み始めた。

「合唱コンクールお疲れ、残念だったな。準優勝だ・・しかし、皆最高に良かったよ。俺はすごく幸せだ・・・」
 生徒は、喜んでいた。
「へ・・深谷先生、今日は素直だな、本当は俺たちの事好きなんだろハハハハ」
「はい、静かにして!」
「俺は君らと過ごしたこの二年、とてもきつかったよ・・でも、得た物は計り知れない・・
あの入学式が浮かぶよ・・入学式のHRのとき、君らのほとんどは俺を見てなかったからな・・でもそれから、君らと時には衝突し、時には信頼しあってきた・・とにかくいろんな事があったな・・」

「ちょっと、何その内容・・まるで、卒業の言葉みたいじゃないの・・先生一体何を考えてるの・・」
生徒は騒ぎだした・・そこで幸代は言った。

「あなたたちね、まだ分からないの・・どこまで馬鹿なのよ!」
幸代は怒鳴り、生徒は皆黙った。

「深谷先生ね・・あの人ね・・昨日、ピアノを弾いたでしょ・・」
「ああ、あの最後の曲、知らない曲だったが、さすがの俺も、かなり感動した・・
あれはやばすぎるぜ・・・」
「そうよ・・でね・・あの曲のタイトル知っているの。」

幸代は、悲しげに下を向いた。そして、しばらくして震えながら口を開いた。

「あれはショパンの別れの曲よ・・あれが、先生の別れの言葉なの・・」
「・・・・・」

皆は黙った・・完全に言葉を失っていた。

「これ以上は読めないわ・・」
震えている幸代に対して、生徒は言った。
「先生・・続きを読んで下さい・・・」

「俺は、今まで長い間、数式との格闘を続けすぎたせいか人間らしい感情を失っていた。でも君らと接することで今、人間らしい感覚を得たような気がする。
秋が終わり、寒い冬が始まりかけたあの日、俺感じてしまった。俺が、悩みの種である君らに癒されていたことをな・・
それに気がついたのは遅かったがな・・・笑えるだろ?
俺は、君らにむかついたことは数多くあったが、嫌いになったことは一度もない・・
せめて、最後に出来ることは何か・・でも、もうその必要はなかったな・・
君らはもうそのときすでに、立派に共通の目標に向けて歩いていたのだ・・
最高に嬉しかったよ。
でも、もう君達と会うことはなかろう・・
しかしな、遠く離れていても俺たちには、共有しているものがある。もちろん想い出だが、でも所詮は、忘れるものだ過去のものだから・・
想い出に浸り生きて行くのは愚かなことだからな・・・
死んでしまえばなおさらだ・・・
それは、時間だ・・
俺達は時間と共有している・・
もちろんこれからも・・永遠にな・・
俺は、それだけで十分だ・・」

皆は、悲しみの底に落ちて行った・・・・・

「一体このクラスの中で何人が自分の使命に気がつくのだろうか・・
それを見つけるために、どうか探究して欲しいものだ・・
人生は、楽しいばかりではないけどな・・
しかし、決して無理をせず、自分らしい旋律をつくってくれ・・
最後に、ありがとう・・
そして、さよなら・・・・」
              
クラスは悲しみの底に落ちて行った・・
あまりにも突然で、そうなるのも当然である。人生の厳しさ教えられた。普通は面と向かって言うべきであろう・・そして、また会おうと・・しかし賢治は違った。

賢治は前日から有明沿岸を歩き続け砂浜で眠り波の音で目が覚めた。
一人海を見ながら追憶していた。

「ねえ、お爺ちゃん何処まで歩くの・・」
「そうだな・・気が済むまでだ・・・
人間には生まれ持った使命がある・・
それに気がつき、人生を終えることが出来る人間は一体この世の中に何人いるだろうか・・・・」
「使命・・」
「ああ・・それに気がつき、何か成し遂げる者・・
誰かに絶大な影響を与える者・・まあ様々だ・・・
指命を果たしたが、自分自身でそれに気がつかない者もいるであろう・・」
「では、僕の宿命とは何なの・・」
「そうだな・・答えは風の中だ・・・」
「まあ・・それより今夜の宿を探すぞ・・ハハハハ」

やがて、賢治は立ち上がり歩き始めた・・

「お爺ちゃん・・もう行くの・・」
「ああ・・そろそろ、時間だ・・」
「・・・・」
「この出会いが運命であればまたあの子に会えるさ・・」

数日後、職員室の幸代の元に、住所不明の手紙が届いた。
封筒に何か入っている。
「誰なの・・」
幸代は封筒を開け手紙を広げた。

「幸代、世話になったな・・最後の最後まで俺の代わりにHRありがとな
俺は、もう一度、少年時代に戻り、この大自然の中で、豊かな情緒を育み暮らすよ・・
君だけは、時間との共有だけでは物足りない・・
では自分の使命があるのならそれを果たしてくれ・・
またその時にでも会えたらな・・」

待鳥は、手紙の途中まで読み、慌てて学校を飛び出した。
「何、その時って!今から向かうわ!北へ向かえばいいのね・・」

幸代は三池港へ車を走らせ、有明沿岸道路に乗った。
「今日は夕日が綺麗ね・・あっ!この橋は・・」
やがて、車を橋の脇に停車し、夕日を眺めた。懐かしい感覚が鮮明に蘇った。

「ねえ・・お母さん、誰を待ってるの・・・」
「そうね・・・伊能忠敬だよ・・」
「だれそれ・・・」
「あ!誰か来る・・・・二人いるよ・・」
「今夜は、御もてなしをするのよ・・先に還って準備してきなさい・・」
「はーい!今夜は楽しくなるね・・」

「いやこの橋はまだ渡らないわ・・・」

「私は幼い頃、母と二人で、有明沿岸沿の鹿島市に住んでいたわ・・そして二人の旅人は偶然にも、その街を訪れた。しばらくその街に滞在した二人の旅人は、やがて出て行ったわ・・」

「私はあの日、あなたをずっと待っていたわ・・・
だから今度は、あなたが待つ番だわ!
私決めたの、一年後よ!
私にはやるべきことがあるの・・・
またそのとき砂浜で遊びましょう・・」

「しかしな、幸代・・
俺は、生徒への手紙にも書いたが・・・所詮、想い出とは消える存在だ
特に俺の場合、消し去りたい過去があるから・・
その暗闇の中には、もちろん光も存在するんだ・・
その光とは、君と幼い頃過ごした思い出だ・・
これらすべて消し去る覚悟は出来ているよ・・
そして、真っ白な状態で今度は、偶然に出会いたいものだ・・」

しかし、2人は結ばれなかった・・
北部九州大震災が起こり、唐津にいた賢治は行方不明になったのである。
玄海沖でマグニチュード9の大地震が起こり、巨大津波が海岸に迫ってきた。警報と同時に住人は避難したが、彼は、砂浜でただ一人残り海を見ながらこう言ったという。

「俺は、今まで、教育現場、闇の組織、この現代社会にまで逆らってきた・・
しかし、この自然の力にだけは逆らえないぜ・・
だから俺は、この宿命を受け入れるだけだ・・
俺は、今まで自然現象を探究することに生きてきた・・
だから、この自然現象によりこの大自然に還るのだ・・
そして、また別の時代に生まれる・・・
ただ、それの繰り返しだ・・・
迫りくるこの巨大津波よ・・
どうか俺の過去を流してくれ・・」

そして、その大波は賢治を呑み込んでいった・・

当時賢治のクラスの引き継ぎとして担任を希望した幸代は、生徒達に気ずかれぬよう笑顔で振る舞い続けた。無気力になるどころか、底知れぬ悲しみのエネルギーで鍵盤と向き合った。そして、一流のピアニストの最終審査に合格し、春から、デビューを控えていた。デビュー後は哀愁のピアニストとして、一躍有名となる。

卒業式の日、最後のHRでクラスにさよならを告げ、一人体育館に向かった。
鍵盤に向かい弾き始めた・・「悲愴 第二楽章」であった。

賢治・・これはあなたが真夜中に弾いていた曲よ・・・
あなたのクラスは幸せに卒業したわ・・・
私は今でも・・深い悲しみの底よ・・
この世界に、あなたは存在しない・・
たとえ、そうだとしても・・
この悲愴が何だか心地いいの・・・
なぜなら、それは・・
こんな悲愴も、メロデーで表現すれば美しいものになれるのよ・・
あなたがここで弾いたこの旋律・・
その余韻は、今でも私の中で時間を刻んでるの・・
これからも・・・
そう、永遠にね・・・

演奏を終え、静かに蓋を閉じゆっくりと深く一礼をした。
やがて、顔を上げ、立ちあがった。

この九州は大地震の被害で多くの人が苦しんでるわ・・
私は、そこにメロデーを届けに行くの・・
勘違いしないで・・
決して、あなたを探すためじゃないわ・・
それが私の使命なのよ・・・
だから私も、この街から出るわね・・
旅に出るのよ・・

幸代は、十円硬貨を取り出し、じっと見つめた。そして投げた。

「やはり北だわね・・・」


九州北部は、大被害を受け、経済的にも大混乱に陥った。それだけではない、玄海原発の放射能が大量に漏れるという日本最大規模の大惨事が起こってしまった。やがて、再び石炭の重要性が国会で検討され、有明沿岸道路を利用し石炭の大輸送計画案が持ち上がった。これは古賀誠議員の提案であった。もちろん、無限の石炭発掘地とされてる三池炭鉱は復活することとなったのである。
当時から伊能良蔵を追跡していたジャーナリスト狩野大成氏はやがて、脚本家となりこの出来事に深く関わっていた、木村警部、待鳥幸代、らの協力を得て、この一連の出来事をドラマ化したのである。そこで、二人は交流を持つこととなり。木村警部により幸代は、賢治についてのすべてを知ることとなる。もう一人の重要人物である塩塚美香は、佐々木殺害容疑で全国に指命手配された。この捜索に木村警部は関与し、彼女を追いつめたが、博多港からの韓国行きの密輸船に乗せてしまったのだった。しかし、その数日後、九州北部大地震による巨大津波で船は沈没、また彼女も行方不明となっている。ほぼ同時刻に、深谷賢治もこの巨大津波に呑まれたことになるが、二人の死体は今だに発見されていない。もしかすると二人は、何処か異国の砂浜に流れついたのかもしれない。その真相を知る者は存在しなのだ。しかし、ソウルでの刑法研修ツアーに参加した木村警部は、そこで、ある驚くべき噂を耳にするのだ。それは、二人の日本人らしき男女が、済州島に漂流したというものだ。木村警部は帰国後も、二人の行方を追っている。
このドラマは三人の男の「使命」を描いた作品であり。タイトルは「有明の風」とつけられた。挿入曲として、「ピアノ協奏曲、宿命」「月光第一楽章」「トロイメライ」「悲愴第二楽章」「別れの曲」などが使われた。終わりは、三人の男が背を向け、砂浜を歩いて行く・・という実話とは異なる幻像的なシーンだが、人々の余韻を浸らせ話題を呼び社会現象とまでとなった。警視庁でも「時効制度」の見直しが提案されたほどだ。また、現代の若者達にも「三人の男達の最後」に心を打たれ多大な影響を与えた。それらの若者達に「それぞれの使命」について考えてくれたのであれば嬉しい限りである。


                                   

幻の旋律

幻の旋律

この物語は、有明沿岸を舞台に描いた、人それぞれの「使命」について描いた作品です! 主役である元自然科学研究者の深谷賢治が、幼い頃の記憶を取り戻す過程で、人間的な感覚を得ることとなる。しかし完全に記憶を取り戻したそのとき、彼の身に一体、何が起こるのか?登場人物として、教師、警官、ヤクザが登場するが、彼らの人間模様にも注目である。 読者の皆様にも、自分自身のもつ「使命」について考えて頂ければ、作者の私にとって、これ以上の嬉しいこのはないです!

  • 小説
  • 長編
  • 恋愛
  • アクション
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-07

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著作権法内での利用のみを許可します。

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