黒髪少年と試験管少年Ⅱ
黒髪少年と夏の試験管少年
雨が降り、涼しくなった、明け方。
冷房もかけず、窓から入る風に撫でられ、うっすらと、目を開けた。
回らない頭、ぼやけた視界でも分かる。
君と、目があった。
のも、一瞬で、すぐに、瞼が降りる。
白縹の空に、君の、青い瞳が、やけに映えるな、と、思いながら、意識を手放した。
2023.08.02
黒髪少年と天気雨の試験管少年
「まだ、いていいのか?」
そう、問えば、狐の面が、縦に動く。
随分と、今日の儀式は、ゆったりらしい。
「抜け出している、訳じゃないよな?」
違うだろう、とは思うも、こんなに長く、一緒にいられることがないので、つい、確認してしまう。
君と、話すのも、この、涼しい空気も、どちらも、恋しいから。
2023.08.06
秋の試験管少年を想う、黒髪少年
大分薄くなった青に、僅かに赤が滲む。
小学校の時、色がついた絵筆を、バケツに入れる、あの感覚。
もうすぐ来る、君の絵筆は、水が入った試験管の中でも、滲まないけど。
「不思議」
秋めいた風が、部屋に流れ込む。
それだけで、君のことを、考えしまうんだから、本当、
「不思議」
2023.09.07
黒髪少年と金木犀の試験管少年
ページを捲る音が、響く。
開けた窓から入った風が、髪を揺らし、甘い香りも、運んだ。
前を、見やれば、オレンジ色。
目線は、手元を、向いていた。
自分も、手元に向き直り、続きを読む。
二人分の音が、心地良い。
君との、ゆったりと、流れるこの時間が、俺は、好きなんだ。
2023.10.14
黒髪少年と秋の試験管少年
なぁ。
目線だけで、問いかける。
気づいた君は、首を傾げた。
奥の、試験管を見る。
あぁ!
これだけで、何を言いたいのか分かるのは、助かる。
筆が動く様を、見つめた。
描かれたのは、二枚。
一つは、僕への報酬だよ。
にやり、上がった口角が、似ている。
君も、随分、このイベントに、染まったものだ。
2023.10.24
黒髪少年と秋とハロウィン
「ほら、」
こちらを、見ていない間に。
この前の報酬を、差し出す。
小さな、かぼちゃ味の、チョコレート。
ありがとう!
「見つかるなよ」
わかってる。
隠そうと、した瞬間、ぐりんっ、と、カボチャが向いた。
「!」
目線が、見つけてしまう。
あぁ、カボチャの目が、輝いた。
ごめん、報酬は、半分だ。
黒髪少年と紅葉の試験管少年
金色とやってきた朱は、窓の外を、見つめる。
見頃は、もう少し、と、聞いた。
随分と、冷たい風が、部屋に流れる。
次の季節は、間近だが、君たちの存在が、まだ、ここは秋だと、言っているようだ。
試験管の中で、舞う紅葉。
この辺りも、そうなるだろう。
「見せたいな」
声は、木々に、届いただろうか。
2023.11.16
黒髪少年と冬の試験管少年
コートのボタンを止める指が、鈍る。
風の冷たさが、頬を刺し、本当に、君の季節だと、感じた。
「もう、このまま?」
君を、見つめる中、時計の針の音が、響く。
ゆっくり、瞬きをし、頷いた。
「そうか」
それなら…の、続きの言葉を、噤む。
表情が、曇った。
「誤解だよ」
もっと君と、話したいだけなんだ。
2023.12.19
黒髪少年と冬の試験管少年
手のひらに、ガラスでできた、星の様なものを、持っている。
きらきらと、反射して、眩しい。
「それ、どうしたの?」
顔を上げた君は、ほんのり、赤い。
もにょり、なんて音が合うように、唇が歪む。
…サンタさん。
微かな声が、答えた。
「よかったな」
小さく頷き、瞳が、弧を描く。
その顔が、見たかった。
2023.12.26
黒髪少年と冬の試験管少年
暖かい部屋で、似つかわしくない温度を保つ、試験管に触る。
冬の夜風のように、冷たい。
痛くない?
「別に」
つぅ、と、試験管をなぞると、逆に、熱く感じた。
痛そう。
そっと、ガラス越しに、手が触れる。
優しい君の、眉毛が歪んだ。
「大丈夫」
だから、そんな顔を、しないでくれ。
2024.01.15
黒髪少年と雪の試験管少年
くるくると、試験管の中を、回っている。
白い洋服が、ふわりとしていて、雪のようだ。
まぁ、実際、雪だけど。
「楽しそうだな」
声を掛ければ、琥珀色の瞳が、こちらを向く。
もちろん!
一昨日、本当にやって来た君は、遊ぼう!と、誘って来た。
君のせいで、こうして、いられる訳だし。
たまには、いいか。
2024.02.07.
黒髪少年と冬の試験管少年
特別感は、なかった。
ただ、いつも通り、日常を過ごす。
変わったことと言えば、君と、過ごす時間が…。
「あ、」
君を、見やると、白い睫毛が、揺れた。
そうだよ。
随分と、ゆっくり、刻み出した、懐中時計。
それは、君との、時間を、延ばしてくれていた。 日常が、特別に、思える。
「意味は、あるんだな」
2024.02.29
黒髪少年と春の試験管少年
眩しすぎる朝日に、目を細める。
随分と、オレンジ色が、輝いている。
よく、晴れた日に、見られる光景。
君は、それを、好む。
「嬉しい?」
そう、問えば、優しい色の瞳が、こちらを向く。
好きだからね。わかっていた、答えなのに、口角が、上がる。
好きに、照らされた君は、なんとも、眩しい。
2024.03.10
桜を想う、黒髪少年と春の試験管少年
寂しそうな瞳が、水だけが入った試験管を、映す。
「来ない、な…」
力無く、頷く姿に、こちらまで、寂しくなる。
でも、会えないことは、絶対にない。
寄り道を、しているだけだ。
きっと、そう。
「来た時に、聞いてみよう」
最愛が、どれだけ待っていたか。
君には、知ってもらいたい。
2024.03.26
桜の試験管少年を思う、黒髪少年
「えっ?」
思わず、電車の窓から、見えた光景に、言葉が溢れた。
確かに、今日は寒い。
が、この時季には、来ないはず。
目を、凝らすと、見間違いだと、わかった。
牡丹雪、と、思ったそれは、桜吹雪。
残念と納得が、入り混じる。
君に、少しの申し訳なさを思いながら、窓を見つめた。
2024.04.10
黒髪少年と春の試験管少年
ふと、見上げた夕焼けが、何とも、春らしい色をしていた。
明け方とは、違う、少し、柔らかい色をした、そんなような、夕焼け。
窓辺を見やると、その色が、君の頬に、乗っていた。
「桜の、色…」
呟いた言葉に、君は、首を傾げる。
その、仕草が、可愛らしくて、思わず、小さく笑った。
2024.04.14
梅雨の試験管少年を想う、黒髪少年
痛むこめかみに、瞼を閉じた。
規則的な痛みに、静かに襲われる。
遠くが、梅雨に入った。
そう、告げた、テレビの音が、今は、煩わしい。 喜ばしいのに、こればかりは、仕方がない。
匂いも、色も、音も、好ましいにのに。
痛む中、君の姿を、思い出す。
早く、来ないだろうか。君の雨音が、恋しい。
2024.05.22
黒髪少年と紫陽花の試験管少年
おはよう。
声のする方、窓辺を見やると、ピンク色の傘が、開いていた。
「お、おはよう…」
いつから、来ていたのだろうか。
窓の奥を見ると、確かに、咲いているのがわかる。
気づけた、はずなのに。
まだ、時間はあるよ。
その声に、視線を、君へと戻す。
くるり、傘を回した君は、微笑んだ。
2024.06.07
黒髪少年と雨の試験管少年
雨音が強い日、窓辺の試験管を見やると、案の定、大粒の涙が、とめどなく、溢れていた。
悲しい、訳では、ないはず。
それでも、溢れる涙に、胸が、ちくりと、痛む。
止まって欲しい、気持ちと、綺麗で見ていたいと思う、気持ち。
矛盾を隠すために、君に、こう、告げる。
「ここに、いるよ」
2024.06.21
黒髪少年と梅雨の試験管少年
君の時季が、来たというのに、らしくない、天気ばかり。
そのせいか、少し、寂しそうな、不貞腐れて、いるような。
傘の柄を、握る指に、力が、入っていた。
でも、今日は、ご機嫌だ。
黄色い傘が、くるくると、回る。
「嬉しい?」
うん!
声色に、思わず、微笑む。
しばらくは、雨のままが、いいな。
2024.06.28
黒髪少年と梅雨の試験管少年
吸った空気が、熱を孕んでいる。
息苦しい。
明けていないのに、もう、君が、いるみたいだ。
でも、気をつけて。
ふと、声を、かけられる。
窓辺を見やれば、くるり、黄色い傘が、回った。
夕立があるかもよ。
にぃと、上がった口角に、わずかに驚く。
油断ならない、君の言葉に、傘を持っていく、決意をした。
2024.07.04
黒髪少年と七夕の試験管少年
滲む汗を撫でる、夜風に誘われて、空を見上げた。
満天の星は、見えない。
目を凝らせば、小さな星が、いくつか。
「どうして、」
いつも、こうなのか。
視線を、窓辺に移せば、緑色の髪が、きらきらと、揺れている。
誰よりも、優しい君に、見せたいだけなのに。
いつか、で、いい。
願いよ、届け。
2024.07.07
黒髪少年と梅雨の試験管少年
鞄の上から、輪郭をなぞるように、ひとなで。
一応、いつ、降ってもいいように、入れていた。
今年は、極端に、出番が少なかったが。
使いたかった、と、言うのは、可笑しいかも、しれない。
閉じられた傘を、握る顔は、どこか、惜しい気配を、感じる。
「次は、もっと、遊ぼうな」
2024.07.19
黒髪少年と夏の夜の試験管少年
打ちつける雨に、鳴り響く雷。
それらが開けた空から、冷たい風が、流れ込んだ。 この、やけに冷たい風が、滲んだ汗を、撫でていく。
窓辺を見やると、白いスカーフが、波打っていた。
「おはよう」
夜の挨拶には、似合わない。
そんな、言葉も、風が、運んでくれる。
君が、瞼を上げた。
2024.07.22
音がする、程度だった、関心。
窓を開けると、夜空に、花が咲いていた。
数秒後には、消えてしまうが、それ、楽しみにしている人が、多いらしい。
どう?
問われた声に、視線を、窓辺に移す。
そこにも、花が、咲いていた。
「…綺麗、かな」
ドン、ドン。
打ち上がった花も、目の前の花も、そう、思った。
2024.08.03
黒髪少年と夏の夜の試験管少年
夜の匂いが、随分と、変わった。
吹き抜ける、風の温度も相まって、君との別れが、近づいている。
揺れる濃紺は、変わらないのに。
視線に、気づいたのか、君は、口を開いた。
涼しいでしょ?
君がくれるのも、次が運んでくるのも、そうだ。
だから、その言い方は、
「ずるいよ」
君は、困ったように、笑った。
2024.08.31
黒髪少年と秋の試験管少年
開けていた窓から、冷たい風が、流れ込む。
「寒い…」
秋の気配は、感じていた。
風の匂いが、違っていた。
夜も、そう。
滲んだ赤は、はっきりと輪郭を持ち、君を、浮かび上がらせる。
片目の赤が、こちらを見ていた。
当たり前だろ、僕が来たのだから。
にやり、笑った顔が、芯を、少しだけ、温めた。
2024.09.23
黒髪少年秋の試験管少年
「いない…」
思わず、溢れた言葉は、君の耳に、届いたらしい。
彼だろ?
そう言って、キャンバスに、向かい始めた。
会えるよ。
だから、それまではこれで我慢して。
書き上げたのは、今にも、甘い香りが、漂ってきそうな、オレンジ色の花。
「ありがとう」
いつか、会えると、信じて。
君の絵に、願おう。
2024.10.14
黒髪少年と試験管少年Ⅱ