【試し読み】常夜都市紀行
プロローグと第一話まるごと試し読み。
プロローグ
魔法が息づく、とある世界の片隅に、翡翠森という森の町がありました。
翡翠森は、魔法都市のような華やかな街と比べると、とても小さないなか町でしたが、森は恵み豊かで、住人たちはおだやかに暮らしていました。
翡翠森の三丁目に、赤いとんがり屋根の小さな家があります。
ここには、キトという魔術師の少年が住んでいました。
魔術師といっても、キトは魔法を使うよりも、魔法の力を利用した様々な道具を作る方が好きで、魔法道具職人の見習いとして修行中なのでした。
そして、この家にはもうひとり、キトの相棒にして同居人……いいえ、人ではなく、青い鉱石の精霊の、ブラドも一緒に暮らしていました。
魔術師のキトと、精霊のブラド。二人のことをよく知らない人が見れば、ブラドをキトの使い魔だと思うこともあるでしょう。けれど、キトはブラドのことを従者とは思っていませんでしたし、ブラドも、変にへりくだったりすることはありませんでした。
二人はいい友達として、仲良く毎日を過ごしているのでした。
これはそんな二人の、とある小旅行のお話です。
1.星祭りの季節
夕焼け空に、ぱらぱらと星がちりばめられ、ランプの灯りと一緒に輝きはじめる頃。
キトの元に、魔法都市からの荷物が届きました。注文していた、魔法の媒体や魔法道具の素材です。待ちに待っていたはずの荷物でしたが、受け取ったキトの表情は、明るいとはいえませんでした。
翡翠森で開催される、魔法道具職人たちの作った道具が集まる市場<アルカナ・フェア>に向けて、キトは新しい道具を作ろうとしていたのです。けれど、資料や素材を集めて、試作を重ねても、なかなかうまくいかず――そのうち、だんだんと、暗い洞窟をさまよっているような気分になってきてしまったのでした。
キトは荷物の包みをかかえて、自分の部屋に向かいました。机の上で、のろのろと包みを開きます。
すると、不思議な香りが、ふわりと辺りに漂いました。
「えっ……?」
かすかに甘く、少しぴりっと辛いような……そして、どこかほっとする香りです。
なんの香りでしょう? キトは一瞬、沈んだ気持ちを忘れて、その香りの源を探しました。包みの中身は、ラピスラズリや水のエレメント、月光硝子のカレットなど。香りのあるものは注文していません。
「キト、何してるの?」
廊下の方から、高い声がキトを呼びました。キトは、はっと顔を上げて、声のした方をふり返ります。
開けっぱなしだった部屋の扉の外に、青い鉱石の精霊の、ブラドが立っていました。なめらかな石のような炭色の肌に、とがった長い耳。髪はかすかに青みがかった銀色で、額のまん中から、うす青く透き通る、鉱石の角が生えています。
ブラドは角と同じ色の瞳で、いぶかるような、でも少し面白がるようなまなざしで、キトを見ていました。
「ああ、ええと」
香りに気を取られていたキトは、包みに顔をうずめるような体勢になっていて、ブラドの目には奇妙に映ったかもしれません。そう思うと、キトは少し恥ずかしくなりました。
「届いた荷物の包みから、何か、いい匂いがしたんだ。なんだろうと思って」
言い訳をするように、包みを指さします。
ブラドはキトのそばまで来て、包みに顔を寄せました。思案するように、視線を斜めに上げ、少し首をかしげます。それから、キトの方に顔を向けて、
「これ、どこから届いたの?」
「魔法都市の鉱脈屋だよ」
キトの答えを聞くと、ブラドは合点がいったという様子で、ああ、とうなずきました。
「星祭りのハーブじゃないかな」
流星群の季節にひらかれる星祭りは、魔術師たちが星の恵みに感謝するための、大切なお祭りです。
この時期には、都市の外からやって来る客人への歓迎のしるしであるポプリやサシェ、それに、特別なハーブティーなども多く作られるのでした。なるほどその香りが混ざって届いたのかもしれない、と、キトも納得しました。
「そうか。もう、そんな季節なんだね……」
キトの声はため息混じりでした。行きたいけど、行けないだろうな、のため息です。
星祭りの日まで、あと一週間もありません。
お祭りを前にした魔法都市には、世界中から、そして異界からも、たくさんのひとびとが集まってくるのです。だから、どんなに小さな宿の部屋も、あっという間にいっぱいになってしまうのでした。今から探しても、泊まれる宿はひとつもないでしょう。
そんなキトの気持ちを読み取ったように、ブラドは口を開きました。
「魔法都市に行くのは、無理だろうけど。常夜都市の星祭りも、なかなか素敵だよ」
常夜都市というのは、その名の通り、明けない夜に包まれた街です。
辺り一帯の地に宿る、月と闇の精霊の加護が強すぎて――大昔に、月の石がたくさん降ったことが影響しているのだとか――太陽の光を吸い取ってしまうのだと言われていました。
街の中は、色も形も様々なランタンで彩られていて、周辺では、光る植物や鉱物などもよく採れます。同じくランタン作りの盛んな魔法都市とは姉妹都市、ということもあって、常夜都市でも星祭りは盛大に行われるのでした。
それくらいの知識は、キトの頭の中にもありましたが……。
「僕、常夜都市には行ったことがないんだ」
「それなら、一緒に行かない? せっかくの星祭りだもん。ボクが案内するよ!」
ブラドは胸を張って、そう言いました。というのも、ブラドは、常夜都市の近くの森で生まれたのです。常夜都市の街も、故郷みたいなものなのでした。
「そうだなあ……」と、キトは曖昧に首をかしげながら、届いた品物を見ていました。素材が届いたのですから、また道具の試作をしなくてはなりません。――けれど。キトの杏色の瞳が、どこかもっと遠くを見るように輝いたのを、ブラドは見のがしませんでした。
「ボクの知り合いがやってる、いい感じのお宿もあるよ。今から連絡してみようか?」
ここぞとばかりに、ブラドは言葉を重ねます。
近頃のキトは、魔法道具作りにかかりきりで、ほとんど家にこもってばかりでした。旅行で気分転換というのも、素敵かもしれません……。そう考えると、キトはちょっぴり楽しくなってきました。
そして、とうとう、キトは包みの中身から視線をはずしました。
「じゃあ、お願いしてもいいかな」
「まかせて! 水晶玉、借りるね」
ブラドは笑顔でうなずき、部屋の隅の水晶玉の前に立ちました。
水晶玉に手をかざして詠唱すると、水晶玉は淡く輝いて、空中に丸い光の窓を映し出します。
少し間を置いたあと、その光の向こうに、笑顔の女の人の姿があらわれました。
『はい! こちらは<夜のあかり亭>でございます――』
菫色の髪の女の人は、そこまで言うと、あれっ、というように首をかしげて、ブラドを見ました。大きな青い目を、ぱちぱちとまばたきさせて、少し身を乗り出します。
『……ブラド?』
「そうだよ。キミ、ペルラだよね? 大きくなったね」
ブラドは軽く手をふりました。どうやら顔見知りのようです。ペルラと呼ばれた女の人の表情が、ぱあっと明るくなりました。
『本当にひさしぶり! どうしたの? もしかして、常夜都市に帰ってくるの?』
小鳥がさえずるような高い声で言ってから、ペルラははっと口をおさえました。
『あっ、ええと――おいでになるんですか?』
と、声を落ちつかせて、丁寧に言い直します。
「うん。友達を、星祭りに連れて行きたいんだ! 夜のあかり亭に泊まれたら、嬉しいんだけど」
ブラドは、キトの方を手で示しました。ペルラの視線がそれを追いかけ、キトの姿を見つけると、満開の花のような笑顔を浮かべました。
『まあ! 二名様ですね。いつ、いらっしゃるご予定ですか?』
たずねられて、キトとブラドは顔を見合わせました。
どうしようか、とキトが口を開く前に、ブラドがペルラの方に向き直り、
「明日!」
「えっ、明日!?」
思わず、キトは大きな声を出してしまいました。星祭りまで日がない、とはいっても、一日くらいは旅行の準備にあてるものと思っていたからです。
「常夜都市なら、飛空艇の切符は、予約しなくても買えるし。大荷物を持って行くわけでもないから、準備もじゅうぶん間に合うよ」
「そう……なのかい?」
さらりと言うブラドに、キトはあっけにとられてしまいました。
キトは、どちらかといえば、外よりも家の中で過ごすことの方が好きでした。魔法道具を作るための素材も、取り寄せることがほとんどで、だから、旅にはあまり縁がなかったのです。
一方のブラドは、見た目こそ、キトより少し小さいくらいの年恰好をしていましたが、本当は、もっとずっと長く生きていました。数年前に、キトと出会う前は、世界のあちこちを旅していた頃もあったのだとか……。今日行くと決めて、明日出発する、なんてことも、ブラドは慣れっこでしたが――キトとしては、あまりにも身軽すぎて、驚いてしまいます。
『備品は一通りそろえてありますし、必要な方には、寝衣なども貸し出していますから』
助け舟を出すように、ペルラが言いました。それを聞いて、キトは少し安心しました。
「そうなんですか。それなら……明日、よろしくお願いします」
『それでは、お部屋をお取りしておきますね。ラ・ブラド・ライト様、と――』
「キトリノ・レールタです」
キトは自分の名前を告げて、ぺこりと頭を下げました。
『かしこまりました』
ペルラは、手元になにやらさらさらと書きつけると(宿帳か何かがあるのでしょう)、ふたたびほほえみました。『お待ちしておりますね!』
「はい!」
「ありがとう、ペルラ! じゃあ、また明日ね」
そうして、ブラドが水晶玉をすぅっとなでると、光の窓は消えてゆきました。
キトは長く息をついて、
「明日かあ……」
つぶやいた声には、なんだか夢を見ているような響きが混ざっていました。実際、さっきからのできごとに、キトはまだ心が追いついていないような気がしているのでした。
そんなキトの声を聞いて、ブラドは笑いました。
「早速、準備しよっか」
「そうだね」
「まずは鞄を探さなきゃ」というブラドの言葉に、キトはふと、あることを思い出しました。
「鞄なら、僕、ちょうどいいものを持っているかもしれない」
キトが向かったのは、屋根裏部屋でした。ごたごたと置かれた棚や道具の中から、キトは運よく、目当てのものをすぐに見つけ出すことができました。
片手で持てるくらいの、小さなトランク。これも、<魔法の衣装鞄>と呼ばれる、魔法道具でした――キトが作ったものではありませんが。鞄にかけられている魔法のおかげで、見た目よりもたくさんの物を入れて持ち運ぶことができるのです。旅行にもうってつけでしょう。えんじ色の革張りで、ベルトの留め具が金色の三日月型をしているところが、キトのお気に入りでした。
「ブラド、これを使うのはどうかな?」
屋根裏部屋から下りてきて、キトが鞄を見せると、ブラドは目をまるくしました。
「それって、もしかして、<魔法の衣装鞄>ってやつ?」
「うん。家を出るとき、これに荷物を入れて持ってきたんだ。それからずっと、仕舞いっぱなしだったんだけどね」
キトは、鞄に薄く積もっていた埃を、軽く払いました。あとで金具も磨いておこう、と思いながら。
「すごい、旅行にぴったりだよ! 使おう使おう!」
ブラドが笑顔でそう言ってくれたので、キトはほっとしてほほえみました。
(少しは役に立てたかな)
ブラドに誘ってもらって、宿も探してもらって……大事なことを全てブラドまかせにして、自分は、ただついて行くだけになるのではないかと、申し訳なさを感じていたのです。
そして、鞄に荷物を詰めこむ――とはいっても、大抵のものは宿にそろっているということで、持って行くものは、それほど多くはありませんでした。キトはクローゼットの奥から、冬用のローブを出してきて、鞄に入れました。翡翠森は少しずつ夏に向かおうとしているところでしたが、太陽の光の届かない常夜都市は、一年中、気温があまり上がらないのです。
それから、キトの日記帳と、読みかけの本も入れておきました(読んでいるひまはないかもしれませんが)。おみやげが入るスペースも、じゅうぶんあります。
キトが鞄のふたを閉じようとしたとき、ブラドが口を開きました。
「キト、ボクのランタンも持って行ってね。灯りの行き届かない場所もあるだろうから」
「それはもちろん。いつも持ってるよ」
キトは、首元のペンダントを手ですくい上げました。魔法都市などでもよくみられる、ランタンを飾りにしたペンダントです。このランタンは、ブラドが宿っている鉱石の一部で作られているのでした。
ブラドは「よろしい」と、威厳のある感じの声音をつくり、首をゆっくりと縦にふりました。
旅の準備を終えた頃には、外はすっかり暗くなっていました。
「そうだ」と、ブラドが思い出したように、手をうちました。
「日持ちしない食べ物は、全部食べておかないと」
「ああ、そうか。でも、明日の朝ごはんの分は、とっておいてね」
というわけで、その日の夕飯は、ひき肉のお団子や野菜などがたっぷり入った、ごたまぜスープとパンになりました。
「今日は、早めに寝ようかな」
食べながら、キトがつぶやくと、ブラドはいたずらっぽく笑いました。
「人間って、わくわくすると眠れないことがあるんでしょ? キトは大丈夫?」
「うーん、どうかな。わくわくはしてるけど……眠れるように、努力するよ」
キトは苦笑いしました。
夜、ベッドに入る前に、キトは机の上に広げたままにしていた、荷物の包みをかたづけました。
今はもう、届いたときほどには、キトは落ち込んではいませんでした。
「帰って来たら、ちゃんと作るからね」
語りかけるように言って、素材をひとつずつ、棚に仕舞ってゆきます。
そしてベッドに横になると、幸い、すぐに眠気がやってきました。
【試し読み】常夜都市紀行
23/08/19発行。
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