還暦夫婦のバイクライフ 19

リン、キレる

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
 7月最初の日曜日、久しぶりにいい天気になった。
「ジニー晴れた。どこか行こう」
「どこ行く?先週岡山行ったし、今日は呑気に寝てたから、あまり遠くには行けんよ」
「今私、おいしい野菜が食べたいんよね」
「おいしい野菜?じゃあ梼原だね。あそこは予約しないと。今何時?」
ジニーは時計を見る。
「んー9時か。まだ早いな。10時になったら電話してみよう。予約取れたら行くよ」
「そうしましょう。で、そのあとは?」
「この前入り口で帰った城川町のジオミュージアムに行ってみよう」
「それも良いね。じゃあ、その予定で」
まだ時間があるので、ジニーは台所の片付けとウサギの世話、リンは洗濯物を干してゆく。6人分の洗濯物は、かなりの量だ。毎回大型洗濯機を2回通し回す。今までは洗濯掃除をボケ防止の意味合いもあってばあちゃんがやっていたのだが、老いのため体が大変になってきて、休みの日はジニーとリンが動くようにしている。
「さて終了。ジニー10時30分だよ?」
「あ、本当だ」
ジニーは電話を掛ける。5回目のコールでつながった。
「あ、こちらジニーと申します。2名ですが、12時45分で予約できますか?・・・はい、よろしくお願いします」
ジニーは通話を終了した。
「リンさん取れたよ」
「何時に出るん?」
「11時かな」
「それ、間に合う?」
「1時間半あったら届くんじゃない?」
「う~ん、ジニー時間だよねえ」
「そう言われると、自信が無いなあ。少し早く出ようか」
そう言ったジニーだが、準備をしているうちに11時は過ぎ、結局スタートしたのは11時15分だった。ガソリンを給油して、R33を走り、三坂バイパスを通り久万高原町を抜けた所で、時計は12時を回っていた。
「んー流れが遅い。あと30分しかない。これ絶対間に合わんなあ」
「ほらやっぱりね。ジニーは時間の見積もりが甘いんだって」
「そうやなあ。自覚はあるんだけど、なぜか足りなくなるんよね」
「だからと云って、急いで事故とかつまらないし、のんびり行きましょ」
リンはそう言って、ジニーが暴走するのを止める。
「飛ばしてもついて行けんし!」
「だな」
ジニーはそう言って、普通のペースで走ってゆく。
 梼原町に到着したのは12時45分、ここから10分はかかる。ジニーは少しペースを上げ、山奥へ走ってゆく。
「あ、リンさん。また回り道だ。去年と同じところだ」
「え~、直ってたのにね。しょうがない」
二人は道にペイントされた白い矢印に従って走る。結局到着したのは13時ちょうどだった。幸いお客は居なかった。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
「予約していたジニーです。すみません遅れました」
「かまいませんよ。あちらにどうぞ」
ジニーとリンは店主に頭を下げて、テーブルに着いた。メニューを取って、しばらく悩む。
「私、畑と山の贅沢ランチ、ドリンク、デザート付きで」
「僕は生パスタランチドリンクデザート付きをお願いいたします」
「はい、お待ちください」
店主は厨房に下がる。しばらく待つうちに、1組のお客様がやって来た。予約なしのようだ。店主に案内されて席に着く。その後もう一組予約なしのお客が来たが、満席で入れなかった。一卓開いているが、予約席だった。店主が丁重にお断りする。
「やっぱり予約は必要だな。でもこんなに来るなら、次から絶対遅刻厳禁だな。あとの段取りが狂ってしまう」
ジニーが反省する。
「お待たせしました」
店主がサラダを持ってきた。ジニーは早速フォークを取って食べ始める。
「んー、うまいなあ」
「うまそう。私はそれが食べたくてここに来てるからね」
「リンさんのは・・あ~ワンプレートだったな。少し食べる?」
「いい」
ジニーの誘いを断って、リンは高知のタウン誌を読んでいる。
「何見てるの?」
「え、今度バイク屋さんツーリングで、また高知に行くじゃない。お昼はどこがいいか、探してるのよ」
「なるほど」
「すみませーん。予約しているものです。道に迷って遅くなりました」
「いいですよ、あちらにどうぞ」
店主は予約席に案内した。3組6名でお店は満員となった。
 この日はサラダとジャガイモの冷製スープとメインディッシュ、おいしいホットコーヒーとデザートを頂いた。二人がのんびりとデザートを頂いている間に、後から来た2組は食事を終え、いなくなっていた。
「ここに来たら、デザートとホットコーヒーは頂くべきだよなあ。おいしいのに」
ジニーがつぶやく。
「ジニー、少しのんびりし過ぎた。そろそろ行こう」
「うん、その前に、パンとシュークリーム買いたい」
席を立って、ジニーは食パンとシュークリーム4個を手に散った。それを合わせて会計する。
「この地区はソフトバンクが使えないのが不便よね。ペイペイが使えない」
「うん。源氏ケ駄馬あたりに中継局作ればカバーできるのにね」
「作らんやろねー」
二人は店主にお礼を言って店を出る。バイクまで歩き、駐車場から大野ヶ原を見上げる。
「僕はここの景色が好きだなあ」
そう言ってジニーはじっと見つめた。
「ジニー行くよ。遅くなると閉まっちゃう」
「おおう、何時?」
「14時30分」
「まあ、充分間に合うでしょう」
そう言いながらも、ジニーは時間の読みの甘さが気になるのか、そそくさと準備を済ませた。それから2台のバイクの向きを変える。駐車場は少し前下がりになっているため、リン一人では動かせない。よっこらしょと言いながらジニーが動かす。
「さて、次行きまっせ」
二人は来た道を戻り始める。
 う回路に入ってしばらく走ると、分岐が現れた。こんなとこあったけと言いながら、ジニーはまっすぐな方に入った。リンもついてゆくが、様子が違うことに気付いた。
「ジニーストップ。道が違う」
「え?こっちだろ?」
「いや、さっきの分岐を左に行かなきゃ」
「そうだっけ?」
ジニーは間違っているとは思っていないようだ。
「地図確認しよう」
道端にバイクを止め、二人はスマホを取り出した。
「あ!」
「あ~電波が無い」
二人は顔を見合わせる。
「ジニー、この道は間違ってるけど、もしかしたらショートカットできるかもしれない。とにかく先まで行ってみよう」
「わかった」
ジニーはバイクにまたがり、エンジンを始動する。リンが後ろから合図するのを確認してから走り始める。最初はきれいな路面だったが、進むにつれだんだん怪しくなってきた。石ころや木の枝が落ちている。それをかわしながら走ってゆくと、苔が出てきた。
「リンさん苔道だ。気を付けて」
「うわ~これは・・・」
ここまでくると、さすがにジニーも道を間違えてることに気付いている。でも、未知の道を見てみたいという衝動がジニーを動かしている。
「あ~これは。リンさんストップ」
少し道が広くなった所で、ジニーは停止した。
「何?」
「あの先のカーブの手前から、ダートになってる」
「え~」
「ちょっと見てくるよ」
ジニーはバイクを降りて、歩いてゆく。リンもバイクを降りて、ついて行った。
「あらー本当だ。ダートだね」
「引き返そう。これは無理だ」
「そうだね。かなり詰めたけど、だめだったか。あとで電波のある所で確認しよう」
ジニーは何度も切り返してバイクの向きを変えた。二人は来た道を帰る。分岐の所まで帰ると、道に矢印が書いてあった。
「ほらジニー、ちゃんと書いてるやんか」
「ほんまやね。何で気付かんかったんやろ」
ジニーがしょんぼりと答える。
 従来の道に戻ってからどんどんペースを上げ、梼原町まで戻って来た。そこからR197を日吉方面に向かう。きれいな道を快適に走り、やがて日吉の三叉路に出る。左に行くと、すぐの所に鬼嫁がいる道の駅日吉夢産地がある。今回はここを右折し、西予市城川の道の駅しろかわの向かいにある四国西予ジオミュージアムへと向かう。少し前に車で来たのだが、中に入って展示を見るようにならなかった。そこで今回改めて見に来ることにしたのだ。
「リンさん着いたよ。日陰に止めたいけど、無いな日陰」
「正面で良いよ。早く入ろう。暑い」
バイクを正面駐車場に止めて、上着を脱ぐ。ヘルメットをホルダに固定して上着はバイクの上に置き去りにする。時計を見ると、15時20分だった。
「まだ全然大丈夫だね」
二人は館内に向かった。
 入り口で入場料一人500円払う。ジオミュージアムなので、石の標本とか写真とかパネル展示が主となっている。地味だが、四国カルストの生い立ちとか四国西予ジオパークについて、いろいろな角度から紹介していてなかなか面白い。
「リンさん、夏休みには子供たちで一杯になりそうだな」
「そうだねー自由研究の題材にはなるかな」
一通り見てから売店に寄って、麻製のトートバッグを1個買う。
 1時間余り見学してから、ミュージアムを出た。バイクに戻って出発準備をする。
「ジニーここからどうやって帰るん?」
「そうやなー197走って内子五十崎抜けて、大瀬廻りで砥部に抜けるいつもの道か、内子から高速乗ってとっとと帰るかだけど」
「今日は高速使ってさっさと帰ろう。少し眠いし」
「わかった」
16時50分、二人はジオミュージアムを出発した。
「ふぁああ~あっ」
リンが大きな声であくびする。R197の長いトンネルの暗さが、リンを眠りの淵まで引き寄せたようだ。
「はあぁ~っ」
「リンさん眠い?」
「眠いわー‼黙っとらんと、何か面白いことでも言えやー!」
「・・・・面白いことなんか、言えんけど」
「まったく!!役に立たんのぉーボケー」
眠くて不機嫌になったリンにいきなり罵倒されて、ジニーは黙り込む。
「眠いーねむい~ねむい~」
「ほらリンさん、内子行くよ。どこ走るんだっけ」
「ああ~?そこまっすぐ、その先右じゃ~」
五十崎から内子に出て、警察署の前の信号で止まる。その横を、赤信号なのに軽自動車が走り抜けてゆく。
「ぼおけえ~!つかまっちまえ~」
リンがののしる。
内子インターから高速に上がる。
「リンさん内子P.A止まるよ」
「ZXQD%&#]」
ジニーはリンの声が聞き取れなかった。そこでもう一度聞く。
「通過するの?」
「誰が通過じゃぼけー!とまるいよろがぁ!」
「はいはい」
ジニーは直前に迫ったP.Aに滑り込んだ。バイクを邪魔にならないように止める。後ろにリンがバイクを止め、ヘルメットを脱ぎ、幅広のベンチまで歩いて行っていきなり倒れ込んで眠り始めた。よっぽど眠たかったらしい。ジニーは自販機に行って、パワードリンクの高いやつを買う。そして死んだように眠るリンの横に座った。
 10分ほどでリンは目を覚ました。
「あ~死ぬかと思った」
「いる?」
ジニーはパワードリンクを渡す。
「ありがと」
リンは半分飲んで、ジニーに渡した。
「今日の眠気はやばかった。事故らなくてよかった」
「ずいぶん切れとったね」
「ごめんごめん。必死だったから。でも不思議と道外さないね」
「それはね、替わりに小人さんが運転してるからだよ」
「あほくさ」
リンがあきれた顔をする。
 内子P.Aでしばらく休憩した後、再び走り始める。車列に乗ってのんびり走り、登坂で追い抜く。松山I.Cで高速を降り、市内を抜ける。夕方の混雑している道を走り、18時過ぎに帰宅した。
「お疲れ」
「お疲れ様」
リンはバイクを車庫に収める。その後ろにジニーがバイクを押して入れる。
「先入るよ」
「どうぞ」
リンはインカムを切り、ヘルメットを脱いでバッグを取り外し、家に入る。
「今日はリンさん眠い~がひどかったな。前の晩もう少し早く寝ればいいのに」
ジニーが疲れを吐き出すようにつぶやいた。

還暦夫婦のバイクライフ 19

還暦夫婦のバイクライフ 19

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-07-29

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