戦場のメリークリスマス ~プレゼント~

クリスマスで賑わう街や人々。
そんな世界にも、裏はあります。
聖なる夜、人類が幸せであらねばならない夜の事。

ジョーカー
魔女
少女

クリスマスプレゼント

 真っ青に澄んだ空の下には、広大な草原が風に吹かれ広がっていた。
 左右どちらを見ても、目に映るのは草原と空の触れ合う地平線。
 どこへ進むべきか、分かっていた。
 足元から前方へ広がる、どこまで続いているのかすら分からない、ただ土で舗装された一本の道。
 私は、最初の一歩を踏み出した。

  ❆

 私達は戦災孤児だった。
 どこかの国が各国への進軍を始め、私の村は戦火で焼かれた。
 家族も友人も、家も学校も全て。

 この孤児院に集まる十四人の子供達は、殆どが私と同い年か、一つ上か下かだ。
 私達を拾い、この国境付近の孤児院に住まわせてくれたのは、一人の若い女性だった。
 黒いローブを被り、小汚い古着に宝石をたくさん身に着けている。
 昔話や絵本に出てくる恐ろしい魔女の様な風貌に、私達は始め、彼女が本物の魔女ではないかと疑っていた。
 きっと、そうだ。
 このままじゃ皆、あの人に食べられちゃうよ。
 孤児院を抜け出す事を考えていたが、その事は彼女に見抜かれてしまっていた。
 もう終わりだ。
 食べられちゃう。
 そう思い掛けた時、彼女は私達を一人ずつ抱き締め、その晩は絵本を読み聞かせてくれた。
 優しくて綺麗な、人助けをしながら旅をする魔女のお話。
 絵本の結末は、旅の道中で訪れた戦火の街の中、一人の赤ん坊を救い出し、残る生涯を街外れの一軒家で、母親として共に過ごした、というもの。
 私達は、絵本を読み聞かせる彼女と、絵本の中の魔女を照らし合わせ、やがて彼女に魅了されていった。
 絵本を読み終えた時、彼女は私達に一つの約束をさせて欲しい、と言った。
 私が、あなた達の母親になる。
 そして、持てる知識の全てを与えるわ。

 その日から、私達は彼女を慕い、彼女と共に、ここにいる皆と共に幸せに生きる事を誓った。
 彼女は私達に、自身を院長と呼ばせ、新しい名前を各々に付けてくれた。
 正義感の強いエースや、泣き虫のデュース、物知りのトレイ、元気いっぱいのケイト、のんびりやのシンク、皆のお姉さんのサイス、クールレディなセブン、頑張りやのエイト、ヤンチャ坊のナイン、大人しくて静かなティス、ひょうきん者のネイブ、しっかり者のクイーンに、皆のお兄ちゃんのキング。
 聞いたところによると、遠い昔の英雄から取った名前らしい。
 院長は、私を新しい名前で呼んだ。
 ジョーカー。
 どんな英雄かは知らなかった。
 それでも院長が、自身の新しい名前を呼んでくれる事が、私にとっては嬉しくて堪らなかった。

 まるで夢の様な日々だった。
 院長は私達に、昔話や絵本のページに登場するような魔法を見せてくれた。
 何もない空間へ、指先一つで火を放ったり、泣き出してしまったデュースの涙の雫を宝石に変えて見せたり。
 私達は、そんな院長に憧れて、魔法の勉強に励んだ。

 月日は流れ、私達は自身の力で、完全に魔法を行使する事を覚えた。
 この時、私を含め全員が一五歳以上の年を迎えていた。

  ❆

 朝は、いつも同じようにやってくる。
 今日も同じように、やってくる筈だった。
 目が覚めると、見えたのは真っ白な天井。
 いつも見ている孤児院の木目の天井ではない。
 状況を把握できず、慌てて半身を起して周囲を見渡す。
 私がいるのは、壁も、床も、ベットも、何もかもが白い、小さな部屋だった。
 私が着ている服も、いつもの寝巻ではなく真っ白なワンピだ。
 ドアもなければ窓もない。
 ただ茫然とベットの上に座っていると、部屋のどこからか院長の声が聞こえた。

 おめでとう。
 あなたは今日から王国の道具。
 チャイルドソルジャーになったのよ。

 訳が分からず、どういう事かと問うと、白い部屋に響く院長の声は、八年間の真実を語りだした。
 私は孤児院の院長になった覚えもないし、あなた達を子とも思った覚えはない。
 私は戦争に関した商人。
と言っても、売っているのは武器や弾薬ではないわ。
 あなた達、魔法を行使する事を覚えた子供達よ。

 魔法とは、決して美しいだけのものではない。
 使い手次第で、血を流す刃にも成り得る。
 その事に、ようやく気付いたのは、初戦で敵兵五人を結晶魔法で串刺しにした時の事だった。

 王国の兵機として扱われた私達十四人は、白い部屋で眠らされ、気が付けば黒いローブを着て、弾丸や爆風の飛び交う戦場の最中にいた。
 それは戦闘開始の合図。
私達は一四人は、激しい戦火の前線を駆け抜け、ついには一晩で敵国へ侵入し、首都を陥落させた。
 逃げようと思えば、いつでも逃げる事は出来た筈だった。
 それなのに、私達は院長と共に今日まで育んだ愛を忘れる事が出来ず、何よりも彼女の期待に答えたいが為に、ただ命令に従い続けた。
 白い部屋に帰ってくれば、院長の声を聞く事が出来る。
 ただ、孤児院にいた時と何ら変わりのない彼女の声に癒されたいが為だった。

 幾度となく、王国の兵機として扱われた私達は、白い部屋で個別に管理され、彼女の声を聞かされた。

 あなた達の名前の由来について教えてあげるわ。
 英雄の名前なんていうのは、ただのデタラメよ。
 トランプ。
 大昔、いつの時代か、トランプという、数字の表記されたカードがあったの。
 ゲームや占いに、よく使われていたわ。
 あなた達はトランプの数字よ。
 エース、あなたは一。
 デュース、あなたは二。

 そしてジョーカー、あなたは数字を持たない。
 意味としては道化師。

  ❆

 おはよう。
 いや、違うわね。
 メリークリスマス。
 今日はクリスマス・イヴね。
 あ、そういえば孤児院にいた時は、クリスマスの事は教えていなかったわね。
 クリスマスっていうのは、大昔に行われた、ある宗教のしきたりで、ある偉人の降誕を祝う日の事を言ったの。
 クリスマス・イヴっていうのは、その前夜祭ね。
 まあ、あなた達の様な子供からしたら、プレゼントを貰う日っていうくらいの認識の方が正しいわね。
 サンタクロースというおじさんがプレゼントを、小さな子供達へ配る日よ。
 さて本題、これからあなた達が進軍を開始する国では、未だにクリスマスという風習が残っているみたいなの。
 きっと街は、綺麗なイルミネーションで輝いている事でしょうね。

  ❆

 私達一四人、誰かが院長に疑念を抱く事はなかった。
 ただ従うだけ。
 私達は、王国の兵機だった。
 クリスマスの色で飾られた首都城は、私達によって一晩もしないうちに陥落した。

 冷たい風が吹き、どこからか女の子の泣き声が聞こえる。
 少しばかりの風に、声が乗って来たのだろうか。
 どこにいるの?
 首都城を飛び出し、泣き声のする方へ走った。 
 広場の隅、装飾の成された街路樹の下で、小さな女の子が縮こまって泣いている。
 周りには誰もいない。
 逃げ遅れたのだろうか。

 当国の民は全滅。

 それが命令だった。
 私は彼女に近付く。
 どうして、すぐに殺してしまわなかったのか、自分にも分らなかった。

 どうして?
 クリスマスなのに……どうして戦争なんてするの?!
 
 嗚咽を漏らし、訴え泣く少女へ私は問う。

 生きたいの?

 こちらを見て少女は頷く。
 次第に少女の瞳からは、より大粒の涙が溢れ始める。
 少女の頬を流れる涙を、そっと掬い、涙の雫を宝石に変え、それを彼女に手渡し言った。

 メリークリスマス。


 未だに覚えていた。
 あの日、院長が私達に読んでくれた絵本の結末。
 戦火の中で一人の少女を救い、それからの生涯を魔女は、母親として少女と共に幸せに暮らした。

 私は少女の小さな体を抱え、崩れたイルミネーションの輝く国から、城壁を超えて逃げ出した。

  ❆

 私が黒いローブを纏った魔女に助けられたのは、七歳の年のクリスマス・イヴの事だった。
 彼女に手を引かれ、崩れたイルミネーションの輝く故郷を後にしたのを覚えている。
 その後、彼女と過ごした数年間の思い出は、まだ私の記憶の中では真新しい。
遠い異郷の村へ逃れ、たった二人で静かに暮らした。
 彼女と二人きりの生活は、どこか物足りないと感じながらも、充分に幸せだった。
 一緒に川辺を散歩したり、野菜や果物を育てたり、彼女の昔話を聞いたり。
 穏やかな日々は、鮮やかに過ぎていった。
 そんなある日の朝、彼女はベットから起き上がる事が出来なくなってしまった。
 街医者に診てもらったところ、外観の年齢は二十代程の若さの筈が、体内の年齢が瀕死の老婆の様だ、との診断結果だった。
 その数日後、私一人に看取られ、彼女はゆっくりとベットの上で息を引き取った。

 彼女の遺言通り、遺体は村の墓地へ埋めた。
 遺言は、もう一つある。
 私が孤児院の子供達と共に、存在していた証明を残して欲しい。

 どこまでも続く、草原の真ん中を通る一本道。
 最初の一歩を踏み出して、どれ程の時間が経ったのだろう。
 真上に位置していた太陽は、徐々に西へと傾き始めている。

 ああ、ようやく辿り着いた。

 どこまでも続く一本道の最終地点に、それはあった。
 小さな慰霊碑だ。
 数人の名前が刻まれている四角い碑の上には、王国の信仰神だったのであろう小さな女神像の彫像が据え付けられている。
 慰霊碑の後方は断崖絶壁になっており、広大な海が激しく波を打ち、どこまでも広がっていた。

 かつて、この場所には魔法使いの国があった。
 魔法使いの国といっても、魔法を習得した少年少女達を買い取って、兵機にしていた様な王国だけど。
 ここへ来る旅の途中で耳にした話によると、この王国は、魔法を行使し続けたが為に、報いを受けて滅んだという。
 報い、というのは、ある宗教からの教えにある、常人離れした力を身に着け、それを使った事により受ける天罰の事だ。
 元々、何もない空間から炎や氷、ましてや涙の雫を宝石に変える事など、人間がしてはならない所業だったという。
 彼女が一気に衰弱したのは、おそらく報いを受けた為だ。
 私が魔法を教えて欲しいと懇願し、なぜ彼女は伝授を断ったかの理由が、今になってようやく理解できる。
 この小さな慰霊碑には、天罰に抗い、最後まで王国の為に戦い続けてきた十三人の魔法使い達の名前が刻まれているそうだ。
 ここにあった王国の言葉は理解出来ないが、一三人の魔法使い達、という事はジョーカーと名乗った彼女の名前は、この慰霊碑には刻まれていないのだろう。
 ならば、せめて彼女がいた痕跡を、彼女の望んでいたままに残しておかなければ。
 その為に今日、私はこの場所に来たのだから。
 ポケットからペンダントを取り出す。
 一粒のちっぽけな宝石を、チェーンで繋いだ粗末な物だ。
 それでも、今日まで肌身離さず持ち続けた。
彼女から初めて貰った、たった一つの大切なクリスマスプレゼントだったから。
 手を組んで祈る小さな女神像の首に、ペンダントを掛けた。

 これで、また皆と一緒だね。
 メリークリスマス。
今までありがとう、優しくて綺麗な魔女。
違う。
優しくて綺麗な、お母さん。

戦場のメリークリスマス ~プレゼント~

クリスマスで賑わう街や人々、そんな平和な世界の裏には、ジョーカー達のような報われない子供達もいました。

果たしてジョーカーの最期は、彼女にとって幸せなものだったのでしょうか?

戦場のメリークリスマス ~プレゼント~

優しくて綺麗な魔女に育てられた、一人の少女の成長を描く。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-06

Copyrighted
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