どうでもいいわ。
決して渡すものかと
決して渡すものかと、これは私が今まで苦労をして手に入れてきた私のスタイルなんだと、今目の前にいる佐橋カスミの笑顔を見ながら、目線を彼女の来ている洋服に合わせる。
私が好きだったブランドに私が好きだった色、そして私が相手を喜ばすために身に付けた私の笑顔。どれをみても今目の前にいるカスミは二年前、同じ大学で講義を受けていた頃に私だった。
「それ、私が好きだったブランド。カスミも着るんだ、そういうの」
「私ね、ずっと真奈美さんみたいになりたかったんよ。だって綺麗で、堂々としててかっこいい」それから、と付け足し同じサークルの先輩後輩だった頃の私のエピソードをカスミは話始める。けれど、私のそんな話はどうでもいいのだ。私が気になっているのはカスミは私に憧れて私の服装を真似たというのだが、今のカスミのメイクは私のそれではないし、彼女が飲んでいるメロンソーダも私だったら絶対に頼んだりしない。流行りのメイクにあざとい飲み物を飲んで、私に憧れていたなんて口に出されてもとても困るのだ。だって。
だって、彼女は大学時代よりも確実に綺麗になった。そして可愛くなった。スプーンでメロンソーダのアイスを上目遣いですくわないでほしい。私よりも当時の彼女は綺麗じゃなかったし、可愛くなかった。ただ、綺麗で可愛くなろうとしている姿はとても美しかったのだ。私はそんなカスミが好きだったのに。なんで。
「ねぇ、真奈美さん。」スプーンをグラスに指し首を起こしてカスミは私を見つめる。
「他のみんなとは連絡取り合ったりしているの?」
彼女の質問の意図は私には理解出来た。
「取り合ってないけど、なんで?」
「いいや、別に。私ね、たくま君と今付き合ってるんだ。ちょうど真奈美さんが卒業した後に。」思わず見ないようにしていた彼女の左手の薬指を見つめてしまった。
たくまとの記憶が蘇ってくる。二人で行った公園。二人で行った海。二人で行ったアウトレット。お金が無かった頃に二人で行ったフードコート。二人で話した秘密の話。
私は視線を下に降ろして自分の手の甲に入りつつあるシワとなにも飾られてない両手を見つめる。
カスミはたくまさえも私から真似をするのだ。そして、私がカスミ以外の誰ともと連絡を取り合っていない事も分かって言ってるんだきっと。彼女は私で、そして新しい彼女なのだから。
カスミは私を真似て、そして私じゃない別の刺激も取り入れて更新されたのだ。
それに比べて私はなにも更新されていない。
「 真奈美さん、そのネックレスかわいい。どこのブランド?」
私は何も答えることが出来ない。私は更新をしていないから。これ以上私を、私のやり方を奪わないでほしい。
連絡を取るのをやめたたくまと同じ。私にはもうカスミは要らない。
そもそもたくまもカスミも私にとって何だったのだろう。
初めて会ったたくまはこの世界で迷子になったようにキョロキョロしていて可愛かった。
初めて会ったカスミはその辺に飛んでる蝶々みたいにフワフワしていて可愛かった。
ほんとにそれだけ、それだけが二人と関わった理由だった。
けれどもたくまは卒業前に、急にこの世界に所属したようにオシャレになって変わった。だから要らなくなった。
そして、今のカスミも同じ。もう要らない。
私には何も返って来ないんだ。
そろそろ帰ろうか。と帰宅を促し二人で店を出て私の車の中でカスミを見送った。
「 お仕事頑張ってね。」とカスミは私に手を振った。
車の中でスマホのラインを確認する。
"明日香さん、本日は2件の予約が入っています。18時から2時間の予約が入っています。配車を用意しますのでいつもの場所までお願いします。"
"また、その後22時からお泊りで予約が入っていますので店舗での待機をお願いします。"
明日香はもう一人の私だ。
あの大学で明日香を知っているのはカスミとたくまだけだった。けれども二人はもういないし、明日香という私の秘密に目をキラキラすることもないのだ。
家に帰ってドレスを着る。今日の口紅はオレンジにしよう。
タイマーとコンドームが入った知らない男から貰ったグッチの鞄を確認にし鏡で自分の姿をみる。
ホテルでシャワーを浴びて、皺のよった茶褐色の手が私の白い肌に触れる。ベットの周りに用意された鏡を私は見つめて、毎回絵の具が混じり合ってるような光景だなって感じる。
今の私は求められている。たぶん、カスミとたくまが求めたのも真奈美じゃなくて明日香だったんだと思う。
ならばそれでいいと思う。
真奈美の事は誰にも知られていないんだから。
失くしたか、取られたかなんてどうでもいいわ。
どうでもいいわ。