フィッシングメール。NHKは一体何を欲し自らの義務をなんとする?その他に文豪の作品から一作を貼り付け
先ずはフィッシングメールだが、此処のところクレディットカードとTpointが昨日・本日と多い。
pointなどたかが知れているのだからとは思うが、其れだけ国民が金銭的に追い込まれているのだろうか?
三井住友カードの支払金額の呈示なのだが、支払日が本日となっており、よく使われるメールと言える。
警視庁宛に振り分けられるので、それ以降は関知しない。
次。
今の時代の車の運転手はハッキリ言って下手と感じる事ばかり。自らの車で有り車幅や長さなどは把握している筈なのだが、左側の感覚が掴めなく、右は対向車と接触する事を怖れ、停止してやり過ぎすことばかり。
左で注意する事は、高さの低い壁などが見えないケースに限られ、そうで無ければ左のドアミラーより十センチ以上離れていれば全く問題は無い。
右は運転席の窓を開ければ見えるのだから、対向車のミラーにギリギリ一センチでも、ゆっくり進めばよいに過ぎない。
bodyはミラーより内側にあるのだからミラーを基準にすれば良いだけ。車の長さはと言えば、乗用車で有れば昔のアメ車でも無ければ基準がある。
最近は女性がワゴンを運転する事も少なくは無い。長いように思えても、クラウンクラスやマーク2クラスと全く同じ・・此れはナンバーの上部の数字でも分かる事。
其れなのに、例えば左折をする時に、一旦右にハンドルを切ってから左折をする運転手もいる。
此れは危険な事であり、左のウインカーを出しながら右に出る事になる。万が一其のウインカーを信じて後続のバイクなどが右から追い抜こうとし、接触する事にもなりかねない。
その様な運転が必要な車種は大型ロング・・更に大型牽引車・牽引バス等は正にそうで無いと曲がれない事になる。
中にはこんな運転手も。
本日買い物の帰りに幅員6メートルの歩道無しの道を歩いていた。前方から車が来たので、道路の右端に立ち止まっていた。其れより右は民家になる。
対向車の運転手は、車内のフロントガラス越しに、邪魔だからどけとの動作をした。
その車は道路の中央が開いていて対向車も来ていない状況。早速、車が走れない様に買い物かごをフロントの前に置き運転席側に廻った。
歩行者妨害である旨を告げるが、そんなところに立っていては邪魔だの一辺倒なので、現行犯逮捕をする旨告げるが、同じ事を繰り返し、車から降りる様に指示をすると、やっと、「分かったよ」で、右にハンドルを切って去って行った。
この道では、過去に同じ様な高齢の運転手が一名、一度は女性の運転する車のミラーが左の肘にぶつかり、人身事故の旨伝えると、済みませんでした・・で、解放をした。
この道については大きな総合病院もあり、繁華街にも近いので同じ様な事があり、警察署にはいつ何時事故に繋がるやも知れないから、表記をする様に話すが、反応は無く相変わらず危険な道になっている。
例えば横断歩道の信号が青であるのに、歩行者の目前を通過するなども歩行者妨害にあたり、事故が無ければ反則金・減点、事故があれば大変な事になる。
違反者を取り締まる事は、事実上警察官の実績になり、何れは階級upに繋がるのだが、違反が問題なのは取り締まりをする目的ではなく、先は事故に繋がるから、取り締まりをせざるを得ないのであり、目的が逆転をしている。
次。
二国の争いについてなのだが、NHKで先日Russiaの「国家転覆罪」に該当をすると思われる者の豪邸を特殊部隊が家宅捜索をするsceneが流された。
民放各局も新聞社も知らぬ存ぜぬも、頷ける事。つい先日まで「応仁の乱」とばかりに、各局も大騒ぎをしていたのだから。
この罪は何処の国でも最も重い犯罪の一つに挙げられ、処刑されるのが通常だ。今回は、「潜伏先であった、隣国の大統領あてに暗示をした。文言は何も関係が無いが、暗示とは全く別の意味を示す。
プーチン大統領も既に、事前に此の事を知っていたし、隣国とは同盟関係にあたるので、其の大統領の顔を立て命を保証する旨約束をしたが、刑事罰以外にも民事の損害賠償の請求の代行もした事になる」
邸宅からは、豪華な邸宅内部に自動小銃・金の延べ棒・ドル札が山ほどに、変装用の鬘や髭なども見つかっている。
此れを報道したのはNHKと朝日テレビだが、両者とも、「此れはfakeと思われる」という様なコメントをした。
所詮他国の事であるし、法的な知識が無い今の世代であるから、其れも頷けるだろう。fakeである以前に、英雄扱いをしたのも、頂けない。
我々はこんなふうに思う。
「其れ程小国の事が気になるのであれば、各局合同の外人部隊をつくり、自衛隊の訓練を経たうえで小国で戦闘に参加すれば良いに過ぎない。
法的には、軍隊は憲法上認められないが、個人的に他国で犯罪以外に何をしようとお咎めは無いが、確実に死亡するだろう」
関連し、こんな事も。
1、マリウポリで徹底抗戦を唱えていた部隊が、あっさりと降伏をしたのは以前の事。
此の時に使用されたのは、此の国が大東亜戦争でUSAに散々使用された「焼夷弾」と、白リン弾。
此の国の且つての国民は逃げ場も無く、また、其れでも果敢に特攻などをした。其れに対し、この舞台は宣言は何処へやら。
決して、勇猛果敢でも何でも無く、単に、死にたく無かっただけだろう。
まあ、其れは今の世代であるから仕方が無い事だが、死ぬことを怖れるのであれば、詰まらない報道をしない方が利口というもの。
其れに関連し、今まで大国に対し「戦争犯罪」を経の様に唱えて来たUSAが、小国に供与をしたのは、多連装爆弾~種類は幾つかあるので~大国が使用しているから・・いいじゃないか・・はどうだろう。
此れにより、戦争犯罪の主張は問えなくなった・・だけでなく、禁止兵器を使用する事を自ら認めた事になる。
国際法には無い事だが、此の国の刑法に当て嵌めれば、傷害罪・殺人罪の幇助犯・教唆犯・果ては・・更に進めば・・共犯・共同正犯とエスカレートしかねない。
トランプで言えばジョーカーを出したような意味になり、最早、此の争いに於いては核兵器の使用迄発展してもおかしくは無い事になる。
昔、将棋では無く「軍隊将棋」なるものが遊戯に使用された。更に、此れが「missile行軍」というVersionに変わった。
此れは人気が無かった。
というのも、missile以上に強いと言えば、ゲーム上は「工兵」になる。陣地は双方に存在し、此処まで侵略をすれば勝利となる。
ミサイルの使用ルールは極端すぎた。いきなり敵地に攻撃が出来、他の駒のような一つづつ進むのではない。
只、敵の陣地に直接落とす事は出来なく、その周囲もある程度制限がされていた。面白く無かったのはあまりに強過ぎ、落とした板の目の周囲が八つ破壊されてしまう。
裏返しにされていれば、工兵が含まれているのかは分からないが、ゲームとしては味気なさ過ぎた。
ゲームとは全く関係は無いが、今の世代が知らない事を付け足してみよう。アメリカザリガニを飼育する事はやめよう・・生物の生態系や食物連鎖に影響が及び此の国本来の生物が死滅してしまう・・ような事にも。
実は、アメリカザリガニは戦後すぐに堀の中などに沢山見られた。米軍の家族が持ち込んだと思われるが、子供達は俗に「マッカー」と呼んでいた。
見た目が赤いから・・だけでは無い・・侵略軍のトップで有ったMacArthurを皮肉ったものであった。
大人たちの中には朝鮮特需も含め、彼を歓迎した者もいない訳では無かったが、子供は正直なもので・・痛烈な批判をした事になる。
航空機からタラップを降りるマッカ―は気取ってパイプを銜えていたが、子供には何と感じられたのか?
元に戻る。
此れは現在NATO でも問題にされている。不発弾が小国に残った時にどうして破壊をするのかという事になる。
敗戦はするが、戦後復興をする際に非情な脅威に繋がり、更にはNATOが怖れるのは核兵器使用により、欧州迄飛び火をする事で・・世界大戦にまで理論的には波及してもおかしくは無い事になる。
此れが二番目の脅威であり、こうなると此の国などは問題外になり、東西の決戦になる。
何と言っても、世界一の核兵器国を相手にしている事はそういう事まで思考が及ばなければ浅はかと言える。
今のところ、その可能性は無い。
Chinaが関連しているからであり、大国としてもそこまでするまでは無いと理解をしている。
此処で、世界経済の破綻になるが、支援・制裁から構造不況に陥ってしまったUAの未来は暗い。
其処で、天敵である共産国のChinaにさえUSAの国務大臣や財務大臣がご機嫌伺いをせざるを得なくなっている。
だが、此処で埒が明かない事に繋がるのは、相変わらず経済制裁を続けており、一例では半導体なども其のうちに入るが、此れは資源の面から言っても何れ、東西のバランスが崩れ出すのは間違いがない。
要は、都合の良い事ばかり主張をし、相手の条件を呑まないという浅はかに繋がる。
人類は、常に、「百八十度異なった意見」を聞く事が苦手・・どころではなくバイデンの様にUSA国内の声にも耳を貸さず・・「独裁者」のくせに「女王陛下・・お助けを・・」・・此れではUSAは滅茶苦茶になり、末は債務不履行どころか「破産申請」と同じ状況に至る。
実は、株価は必ずしも国民全員の意思では無い。海外投資家・此の国の一部の投資家によるMagicに過ぎない。
予見では、まだ、一年半から二年・・遅くとも五年後までには・・此のまま支援や制裁を続け、東西が分裂したままだと・・暴落をしおそらく株価は一万円台まで落ちるだろう。
そういう意味では、今のうちに短期でちょこっと儲けやめる事が損をしないに通ずる。
此れが、東西の加減次第で大きく変わるのだが、人類の動物感情は其れを認めない。
Indiaがどうだろうと大きく関係はしない。台湾も其れ程大騒ぎをするまでも無く・・時間が解決をする可能性はある。
で、自衛隊は軍隊では無く、常に「災害時の助っ人」として頑張らざるを得なくなる。
此処で、憲法改正に絡み・・今度は昨晩のNHK特集での最悪の放送に移行する。
次。
昨晩のNHK特集ではこんな事が行われていた。
民放局もフジTVを筆頭に、日本T・TV朝日・BSTBSなどが政府の支援又は、小国の応援合戦を続けている。
アナウンサー一名で約一時間番組が行われた。
人類は、最初に・・前段で事の真相に迫るようなふりをする事で、視聴者の機を弾く事を常とする。
「安部君に付き始まった。暴力は断じて許せない。まあ、此れは誰もが認めるだろう。其処から統一教会の関係に代わる」
「・・国内で唯一直接教会の本部に取材をした・・」
此れはテーマとしては良いのだが・・。
内容が伴わない。
「総裁なる・・まるでお粗末な裸の王様のような自己すら知り得ないおばさんが、此の国は犯罪者である。韓国に多大な損害を与えた。以前のようなアダムとイブが・・は時間の関係上か省略になったのかも知れない。結局・・金・金・金なのだ」
現在、弁護団が追及をしている返還訴訟の額は35億に上ると聞いている。
結局、番組は統一教会の影を追求はせずに・・岸信介と安部君の写真は出た。
だが、安部君がどうして殺害をされたかについては・・言えないのが政府のお抱えである所以である。
此の辺りから・・番組の勢いが衰えて行った。
岸田君にも総裁がメッセージ(岸田は云う事を聞かない~金を貢がないという意味。)を送ったが・・そりゃそうだろう・・安部君政権で散々自民党議員だけでなく他の国会議員にまで波及をした事件は未だ解決には至っていないどころか・・教会の終焉にもおぼつかないのだから・・。
何がそうさせているのか・・隠せない闇の部分に拘っている・・切っても切れない関係をいったん作ってしまい・・其れが岸信介の時代にまで遡及しているのだから・・手には負えない。
その辺りから・・協会では無く・・安部君事件に移って行く。
「絶対に暴力は許せない・・断じて暴力の連鎖は・・」
何度も同じ事を繰り返すアナウンサー。
次第に・・政権擁護の方向に進んで行く。
此処からが・・本音で有り・・NHKが最も国民を集団睡眠のような状況に落とした買った事柄になる。
「・・暴力の連鎖は・・岸田事件・・」
此れなのだが、岸田君事件は違うよ。
ちらっと画面に登場させただけ。
コメントはこうだ。
安部君事件は未だ判決にまで至っていない。(これ以前に当放送局では、被告本人に取材をし、手記などを得ている。)
ところが、その手記にしても何にしても、本人の生の声は全く聞かれない。其れは当然だろう。
法的には接見できるのは弁護士であり、取材で被告が本心を語る訳にはいかない。其処は弁護団がついているのだから・・NHKのような法に疎い単なる報道機関では荷が重い事になる。
既に、この辺りで番組の行く末は見えてきている。
政権には触れず・・社会現象と・・此れは例えばBSフジ等に登場する自民の古参の者も同様に・・私利私欲は良くないが・・もう一つの問題は国民が・・。
番組に戻るが、社会現象の中に入れたかったのか・・こんな事まで取り上げている。
「秋葉原での死刑執行済みの殺人も同じ様な・・」
言葉を返すようだが・・あれは「ムシャクシャシテやった・・」という本人の弁が聞けたように・・単なる無差別大量殺害で・・安部君事件のような因果関係も動機もあったのではなく・・USAがお得意の銃乱射事件と同じに過ぎなく・・やはり・・ピントがずれている・・。
其れに刑の執行に服した限りは・・最早何も言うべきではない・・犯罪者にも人権というものが存在し・・亡くなってしまえば・・何も残らない・・「罪を憎んで人を憎まず」・・。
其れだけではなく、岸田事件などは弁護士は単独の国選弁護人では?・・弁護団では無い?
というのも、何度かお話をしている様に・・茶番・・。関係者、そもそもの発案者・・証拠・・。
人類には理解が出来ないだろうし、何より・・あれから・・箝口令が敷かれており・・一切は闇の中で行われている。
まあ、其れはいいだろう・・何れは精神鑑定の結果・・或いは・・刑に服す事で・・。
安部事件と岸田事件の間に共通性が見られなく・・例えば、犯行時の光景や逮捕の様子・・等のみ見られるが・・勿論現場で此れを知っていた者はいない。
其れだから、必死になって防御をしたり・・取り押さえをした・・。法的に言えば悪意では無く善意(知らないという意味。)
まあ、此れは此処まで・・時間が無い。
最もNHKの行った言動中・・どうしても見逃せない事に移る。
アナウンサーは一言大きな声であろうことかこんな事を言った。
「殺人は罪です。刑の軽減は絶対に行われてはならない」
こんな事を言った筈。
その前に、裁判所に爆弾と思(おぼ)しき段ボール箱が届き、あわや・・裁判所から一同避難・・広いグランドで・・何と・・一万人以上の国民からの刑を軽くしてくれという趣旨の嘆願書だった。
国民は常に意見が分かれていて・・当然である。
安部君国葬の際にも、高齢者達の大人しい反対デモが行われた。
此の時に、国葬をやめていれば・・以後の此の国の混乱にも至らず・・何とかカードばかりか・・物価高・・庶民の悲鳴・・其れをよせばよいのに再び呼び起こしてしまった・・。
デモというものは、許可を得てから行うが、且つての学生運動時に行われたようないわゆる「ジグザグデモ」は違法である。
60年は国会前で30万人が「安保条約反対」のデモを行い、東京大生の樺美智子さんが圧死をした。
70年からは、学生達に代わり都心が選挙をされ、車座になった学生達からは、フォークソングの歌声が聞かれた。
ただ、違法と看做されれば、騒乱罪・凶器準備集合罪・公務執行妨害その他で検挙をされたが・・学生達は元の生活に戻っていった。
今では此の国で唯一・・大人しい高齢者の静かなる歩行デモが行われたのみ。
如何なる人類であろうとも・・考えの異なる同じ人類に危害を加える事は出来ない。
其れが、今の若者は自国には関心が無く・・専ら小国に興奮をし・・恰もスポーツでのサポーターでもあるかのように・・感情をブチまけており・・各放送局も新聞社も右へ倣え・・。
其れは其れで構わない・・人類がどのような考えをもち行動しようと自由は自由。USAの主張する自由主義とは全く異なり、規律を分まえての自由?
だが、NHKにしても安部君支持派や他の議員にしても・・悔しいのであるのなら・・教会を撲滅できるのか・・?そうでも無ければ・・弁護団の35億円回収は難しい・・。
番組中にも・・教会の合同結婚式の模様が流されていたが・・あの掛け声は異常だ・・。
さて、そろそろ時間が無くなった。
本日のテーマ中最も強調をしたかったのは・・よもや・・耳を疑った上記のNHKの一言である。
「・・絶対に刑の減免・減刑をしてはならない・・」
NHKのアナウンサーは・・NHKは法治国家所在ではないのか?増してや・・司法知識が豊富な訳でも無ければ・・判事(裁判官)ではない・・。
総務省に連絡をし・・。
「・・憲法・放送法以前の公序良俗違反・総務省の監督不行き届き・・」
つまりは・・冒頭から訴えていた・・「如何なることがあろうとも・・暴力の連鎖は許されない・・」の筈が・・。
転じて・・。
「・・如何なることがあろうとも・・言動の自由への言動の暴力は構わない・・?」
・・ああ、其れと、報道機関や其の他に・・暫く教会全般(多摩永山にも建設された・・国士舘あたり)・・自民党その他議員・・マークで・・何等かの兆候はありそうだ・・。一番良いのは・・資金源を断てば(活動資金の枯渇~会社の倒産の中でも、資金繰りによる黒字倒産。)苦しみだし・・本性を現わさざるを得なくなり・・其処が、問題だが・・あの茶番であれば、寧ろその方が・・・重要である・・。
時間が無くなった・・お終い・・。
では、文豪の作品から貼り付ける。
文字禍
中島敦
文字の霊れいなどというものが、一体、あるものか、どうか。
アッシリヤ人は無数の精霊を知っている。夜、闇やみの中を跳梁ちょうりょうするリル、その雌めすのリリツ、疫病えきびょうをふり撒まくナムタル、死者の霊エティンム、誘拐者ゆうかいしゃラバス等など、数知れぬ悪霊あくりょう共がアッシリヤの空に充みち満ちている。しかし、文字の精霊については、まだ誰だれも聞いたことがない。
その頃ころ――というのは、アシュル・バニ・アパル大王の治世第二十年目の頃だが――ニネヴェの宮廷きゅうていに妙みょうな噂うわさがあった。毎夜、図書館の闇の中で、ひそひそと怪あやしい話し声がするという。王兄シャマシュ・シュム・ウキンの謀叛むほんがバビロンの落城でようやく鎮しずまったばかりのこととて、何かまた、不逞ふていの徒の陰謀いんぼうではないかと探ってみたが、それらしい様子もない。どうしても何かの精霊どもの話し声に違ちがいない。最近に王の前で処刑しょけいされたバビロンからの俘囚ふしゅう共の死霊の声だろうという者もあったが、それが本当でないことは誰にも判わかる。千に余るバビロンの俘囚はことごとく舌を抜ぬいて殺され、その舌を集めたところ、小さな築山つきやまが出来たのは、誰知らぬ者のない事実である。舌の無い死霊に、しゃべれる訳がない。星占ほしうらないや羊肝卜ようかんぼくで空むなしく探索たんさくした後、これはどうしても書物共あるいは文字共の話し声と考えるより外はなくなった。ただ、文字の霊(というものが在るとして)とはいかなる性質をもつものか、それが皆目かいもく判らない。アシュル・バニ・アパル大王は巨眼縮髪きょがんしゅくはつの老博士ナブ・アヘ・エリバを召めして、この未知の精霊についての研究を命じたもうた。
その日以来、ナブ・アヘ・エリバ博士は、日ごと問題の図書館(それは、その後二百年にして地下に埋没まいぼつし、更さらに二千三百年にして偶然ぐうぜん発掘はっくつされる運命をもつものであるが)に通って万巻の書に目をさらしつつ研鑽けんさんに耽ふけった。両河地方メソポタミヤでは埃及エジプトと違って紙草パピルスを産しない。人々は、粘土ねんどの板に硬筆こうひつをもって複雑な楔形くさびがたの符号ふごうを彫ほりつけておった。書物は瓦かわらであり、図書館は瀬戸物屋せとものやの倉庫に似ていた。老博士の卓子テーブル(その脚あしには、本物の獅子ししの足が、爪つめさえそのままに使われている)の上には、毎日、累々るいるいたる瓦の山がうずたかく積まれた。それら重量ある古知識の中から、彼かれは、文字の霊についての説を見出みいだそうとしたが、無駄むだであった。文字はボルシッパなるナブウの神の司つかさどりたもう所とより外ほかには何事も記されていないのである。文字に霊ありや無しやを、彼は自力で解決せねばならぬ。博士は書物を離はなれ、ただ一つの文字を前に、終日それと睨にらめっこをして過した。卜者ぼくしゃは羊の肝臓かんぞうを凝視ぎょうしすることによってすべての事象を直観する。彼もこれに倣ならって凝視と静観とによって真実を見出そうとしたのである。その中うちに、おかしな事が起った。一つの文字を長く見詰みつめている中に、いつしかその文字が解体して、意味の無い一つ一つの線の交錯こうさくとしか見えなくなって来る。単なる線の集りが、なぜ、そういう音とそういう意味とを有もつことが出来るのか、どうしても解わからなくなって来る。老儒ろうじゅナブ・アヘ・エリバは、生れて初めてこの不思議な事実を発見して、驚おどろいた。今まで七十年の間当然と思って看過していたことが、決して当然でも必然でもない。彼は眼めから鱗こけらの落ちた思がした。単なるバラバラの線に、一定の音と一定の意味とを有たせるものは、何か? ここまで思い到いたった時、老博士は躊躇ちゅうちょなく、文字の霊の存在を認めた。魂たましいによって統べられない手・脚・頭・爪・腹等が、人間ではないように、一つの霊がこれを統べるのでなくて、どうして単なる線の集合が、音と意味とを有つことが出来ようか。
この発見を手始めに、今まで知られなかった文字の霊の性質が次第に少しずつ判って来た。文字の精霊の数は、地上の事物の数ほど多い、文字の精は野鼠のねずみのように仔こを産んで殖ふえる。
ナブ・アヘ・エリバはニネヴェの街中を歩き廻まわって、最近に文字を覚えた人々をつかまえては、根気よく一々尋たずねた。文字を知る以前に比べて、何か変ったようなところはないかと。これによって文字の霊の人間に対する作用はたらきを明らかにしようというのである。さて、こうして、おかしな統計が出来上った。それによれば、文字を覚えてから急に蝨しらみを捕とるのが下手へたになった者、眼に埃ほこりが余計はいるようになった者、今まで良く見えた空の鷲わしの姿が見えなくなった者、空の色が以前ほど碧あおくなくなったという者などが、圧倒的あっとうてきに多い。「文字ノ精ガ人間ノ眼ヲ喰くイアラスコト、猶なお、蛆虫うじむしガ胡桃くるみノ固キ殻からヲ穿うがチテ、中ノ実ヲ巧たくみニ喰イツクスガ如ごとシ」と、ナブ・アヘ・エリバは、新しい粘土の備忘録に誌しるした。文字を覚えて以来、咳せきが出始めたという者、くしゃみが出るようになって困るという者、しゃっくりが度々出るようになった者、下痢げりするようになった者なども、かなりの数に上る。「文字ノ精ハ人間ノ鼻・咽喉のど・腹等ヲモ犯スモノノ如シ」と、老博士はまた誌した。文字を覚えてから、にわかに頭髪の薄うすくなった者もいる。脚の弱くなった者、手足の顫ふるえるようになった者、顎あごがはずれ易やすくなった者もいる。しかし、ナブ・アヘ・エリバは最後にこう書かねばならなかった。「文字ノ害タル、人間ノ頭脳ヲ犯シ、精神ヲ痲痺まひセシムルニ至ッテ、スナワチ極マル。」文字を覚える以前に比べて、職人は腕うでが鈍にぶり、戦士は臆病おくびょうになり、猟師りょうしは獅子を射損うことが多くなった。これは統計の明らかに示す所である。文字に親しむようになってから、女を抱だいても一向楽しゅうなくなったという訴うったえもあった。もっとも、こう言出したのは、七十歳さいを越こした老人であるから、これは文字のせいではないかも知れぬ。ナブ・アヘ・エリバはこう考えた。埃及人は、ある物の影かげを、その物の魂の一部と見做みなしているようだが、文字は、その影のようなものではないのか。
獅子という字は、本物の獅子の影ではないのか。それで、獅子という字を覚えた猟師は、本物の獅子の代りに獅子の影を狙ねらい、女という字を覚えた男は、本物の女の代りに女の影を抱くようになるのではないか。文字の無かった昔むかし、ピル・ナピシュチムの洪水こうずい以前には、歓よろこびも智慧ちえもみんな直接に人間の中にはいって来た。今は、文字の薄被ヴェイルをかぶった歓びの影と智慧の影としか、我々は知らない。近頃人々は物憶ものおぼえが悪くなった。これも文字の精の悪戯いたずらである。人々は、もはや、書きとめておかなければ、何一つ憶えることが出来ない。着物を着るようになって、人間の皮膚ひふが弱く醜みにくくなった。乗物が発明されて、人間の脚が弱く醜くなった。文字が普及ふきゅうして、人々の頭は、もはや、働かなくなったのである。
ナブ・アヘ・エリバは、ある書物狂きょうの老人を知っている。その老人は、博学なナブ・アヘ・エリバよりも更に博学である。彼は、スメリヤ語やアラメヤ語ばかりでなく、紙草パピルスや羊皮紙に誌された埃及文字まですらすらと読む。およそ文字になった古代のことで、彼の知らぬことはない。彼はツクルチ・ニニブ一世王の治世第何年目の何月何日の天候まで知っている。しかし、今日きょうの天気は晴か曇くもりか気が付かない。彼は、少女サビツがギルガメシュを慰なぐさめた言葉をも諳そらんじている。しかし、息子むすこをなくした隣人りんじんを何と言って慰めてよいか、知らない。彼は、アダッド・ニラリ王の后きさき、サンムラマットがどんな衣装いしょうを好んだかも知っている。しかし、彼自身が今どんな衣服を着ているか、まるで気が付いていない。何と彼は文字と書物とを愛したであろう! 読み、諳んじ、愛撫あいぶするだけではあきたらず、それを愛するの余りに、彼は、ギルガメシュ伝説の最古版の粘土板を噛砕かみくだき、水に溶とかして飲んでしまったことがある。文字の精は彼の眼を容赦ようしゃなく喰い荒あらし、彼は、ひどい近眼である。余り眼を近づけて書物ばかり読んでいるので、彼の鷲形の鼻の先は、粘土板と擦すれ合って固い胼胝たこが出来ている。文字の精は、また、彼の脊骨せぼねをも蝕むしばみ、彼は、臍へそに顎のくっつきそうな傴僂せむしである。しかし、彼は、恐おそらく自分が傴僂であることを知らないであろう。傴僂という字なら、彼は、五つの異った国の字で書くことが出来るのだが。ナブ・アヘ・エリバ博士は、この男を、文字の精霊の犠牲者ぎせいしゃの第一に数えた。ただ、こうした外観の惨みじめさにもかかわらず、この老人は、実に――全く羨うらやましいほど――いつも幸福そうに見える。これが不審ふしんといえば、不審だったが、ナブ・アヘ・エリバは、それも文字の霊の媚薬びやくのごとき奸猾かんかつな魔力まりょくのせいと見做した。
たまたまアシュル・バニ・アパル大王が病に罹かかられた。侍医じいのアラッド・ナナは、この病軽からずと見て、大王のご衣裳を借り、自らこれをまとうて、アッシリヤ王に扮ふんした。これによって、死神エレシュキガルの眼を欺あざむき、病を大王から己おのれの身に転じようというのである。この古来の医家の常法に対して、青年の一部には、不信の眼を向ける者がある。これは明らかに不合理だ、エレシュキガル神ともあろうものが、あんな子供瞞だましの計に欺かれるはずがあるか、と、彼等らは言う。碩学せきがくナブ・アヘ・エリバはこれを聞いて厭いやな顔をした。青年等のごとく、何事にも辻褄つじつまを合せたがることの中には、何かしらおかしな所がある。全身垢あかまみれの男が、一ヶ所だけ、例えば足の爪先だけ、無闇に美しく飾かざっているような、そういうおかしな所が。彼等は、神秘の雲の中における人間の地位をわきまえぬのじゃ。老博士は浅薄せんぱくな合理主義を一種の病と考えた。そして、その病をはやらせたものは、疑もなく、文字の精霊である。
ある日若い歴史家(あるいは宮廷の記録係)のイシュデイ・ナブが訪ねて来て老博士に言った。歴史とは何ぞや? と。老博士が呆あきれた顔をしているのを見て、若い歴史家は説明を加えた。先頃のバビロン王シャマシュ・シュム・ウキンの最期さいごについて色々な説がある。自ら火に投じたことだけは確かだが、最後の一月ひとつきほどの間、絶望の余り、言語に絶した淫蕩いんとうの生活を送ったというものもあれば、毎日ひたすら潔斎けっさいしてシャマシュ神に祈いのり続けたというものもある。第一の妃ひただ一人と共に火に入ったという説もあれば、数百の婢妾ひしょうを薪まきの火に投じてから自分も火に入ったという説もある。何しろ文字通り煙けむりになったこととて、どれが正しいのか一向見当がつかない。近々、大王はそれらの中の一つを選んで、自分にそれを記録するよう命じたもうであろう。これはほんの一例だが、歴史とはこれでいいのであろうか。
賢明けんめいな老博士が賢明な沈黙ちんもくを守っているのを見て、若い歴史家は、次のような形に問を変えた。歴史とは、昔、在った事柄ことがらをいうのであろうか? それとも、粘土板の文字をいうのであろうか?
獅子狩がりと、獅子狩の浮彫うきぼりとを混同しているような所がこの問の中にある。博士はそれを感じたが、はっきり口で言えないので、次のように答えた。歴史とは、昔在った事柄で、かつ粘土板に誌しるされたものである。この二つは同じことではないか。
書洩かきもらしは? と歴史家が聞く。
書洩らし? 冗談じょうだんではない、書かれなかった事は、無かった事じゃ。芽の出ぬ種子たねは、結局初めから無かったのじゃわい。歴史とはな、この粘土板のことじゃ。
若い歴史家は情なさそうな顔をして、指し示された瓦を見た。それはこの国最大の歴史家ナブ・シャリム・シュヌ誌す所のサルゴン王ハルディア征討行せいとうこうの一枚である。話しながら博士の吐はき棄すてた柘榴ざくろの種子がその表面に汚きたならしくくっついている。
ボルシッパなる明智の神ナブウの召使めしつかいたもう文字の精霊共の恐おそろしい力を、イシュディ・ナブよ、君はまだ知らぬとみえるな。文字の精共が、一度ある事柄を捉とらえて、これを己の姿で現すとなると、その事柄はもはや、不滅ふめつの生命を得るのじゃ。反対に、文字の精の力ある手に触ふれなかったものは、いかなるものも、その存在を失わねばならぬ。太古以来のアヌ・エンリルの書に書上げられていない星は、なにゆえに存在せぬか? それは、彼等がアヌ・エンリルの書に文字として載のせられなかったからじゃ。大マルズック星(木星)が天界の牧羊者(オリオン)の境を犯せば神々の怒いかりが降くだるのも、月輪の上部に蝕しょくが現れればフモオル人が禍を蒙こうむるのも、皆みな、古書に文字として誌されてあればこそじゃ。古代スメリヤ人が馬という獣けものを知らなんだのも、彼等の間に馬という字が無かったからじゃ。この文字の精霊の力ほど恐ろしいものは無い。君やわしらが、文字を使って書きものをしとるなどと思ったら大間違い。わしらこそ彼等文字の精霊にこき使われる下僕しもべじゃ。しかし、また、彼等精霊の齎もたらす害も随分ずいぶんひどい。わしは今それについて研究中だが、君が今、歴史を誌した文字に疑を感じるようになったのも、つまりは、君が文字に親しみ過ぎて、その霊の毒気どっきに中あたったためであろう。
若い歴史家は妙な顔をして帰って行った。老博士はなおしばらく、文字の霊の害毒があの有為ゆういな青年をも害そこなおうとしていることを悲しんだ。文字に親しみ過ぎてかえって文字に疑を抱くことは、決して矛盾むじゅんではない。先日博士は生来の健啖けんたんに任せて羊の炙肉あぶりにくをほとんど一頭分も平らげたが、その後当分、生きた羊の顔を見るのも厭になったことがある。
青年歴史家が帰ってからしばらくして、ふと、ナブ・アヘ・エリバは、薄くなった縮ちぢれっ毛の頭を抑おさえて考え込こんだ。今日は、どうやら、わしは、あの青年に向って、文字の霊の威力いりょくを讃美さんびしはせなんだか? いまいましいことだ、と彼は舌打をした。わしまでが文字の霊にたぶらかされておるわ。
実際、もう大分前から、文字の霊がある恐しい病を老博士の上に齎していたのである。それは彼が文字の霊の存在を確かめるために、一つの字を幾日もじっと睨み暮くらした時以来のことである。その時、今まで一定の意味と音とを有もっていたはずの字が、忽然こつぜんと分解して、単なる直線どもの集りになってしまったことは前に言った通りだが、それ以来、それと同じような現象が、文字以外のあらゆるものについても起るようになった。彼が一軒けんの家をじっと見ている中に、その家は、彼の眼と頭の中で、木材と石と煉瓦れんがと漆喰しっくいとの意味もない集合に化けてしまう。これがどうして人間の住む所でなければならぬか、判らなくなる。人間の身体からだを見ても、その通り。みんな意味の無い奇怪きかいな形をした部分部分に分析ぶんせきされてしまう。どうして、こんな恰好かっこうをしたものが、人間として通っているのか、まるで理解できなくなる。眼に見えるものばかりではない。人間の日常の営み、すべての習慣が、同じ奇体な分析病のために、全然今までの意味を失ってしまった。もはや、人間生活のすべての根柢こんていが疑わしいものに見える。ナブ・アヘ・エリバ博士は気が違いそうになって来た。文字の霊の研究をこれ以上続けては、しまいにその霊のために生命をとられてしまうぞと思った。彼は怖こわくなって、早々に研究報告を纏まとめ上げ、これをアシュル・バニ・アパル大王に献けんじた。但ただし、中に、若干の政治的意見を加えたことはもちろんである。武の国アッシリヤは、今や、見えざる文字の精霊のために、全く蝕まれてしまった。しかも、これに気付いている者はほとんど無い。今にして文字への盲目的崇拝もうもくてきすうはいを改めずんば、後に臍ほぞを噬かむとも及およばぬであろう云々うんぬん。
文字の霊が、この讒謗者ざんぼうしゃをただで置く訳が無い。ナブ・アヘ・エリバの報告は、いたく大王のご機嫌きげんを損じた。ナブウ神の熱烈ねつれつな讃仰者さんぎょうしゃで当時第一流の文化人たる大王にしてみれば、これは当然のことである。老博士は即日そくじつ謹慎きんしんを命ぜられた。大王の幼時からの師傅しふたるナブ・アヘ・エリバでなかったら、恐らく、生きながらの皮剥かわはぎに処せられたであろう。思わぬご不興に愕然がくぜんとした博士は、直ちに、これが奸譎かんけつな文字の霊の復讐ふくしゅうであることを悟さとった。
しかし、まだこれだけではなかった。数日後ニネヴェ・アルベラの地方を襲おそった大地震だいじしんの時、博士は、たまたま自家の書庫の中にいた。彼の家は古かったので、壁かべが崩くずれ書架しょかが倒たおれた。夥しい書籍が――数百枚の重い粘土板が、文字共の凄すさまじい呪のろいの声と共にこの讒謗者の上に落ちかかり、彼は無慙むざんにも圧死した。
(昭和十七年二月)
「真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。夏目漱石」
「好人物は何よりも先に、天上の神に似たものである。第一に、歓喜を語るに良い。第二に、不平を訴えるのに良い。第三に、いてもいなくても良い。芥川竜之介」
「幸福というものは受けるべきもので、求めるべき性質のものではない。求めて得られるものは幸福にあらずして快楽なり。志賀直哉」
「滅びる原因は自らの内にある。人の上に立ちながらも
人を下に見ず。敵や失敗からも学ぶ姿勢。徳川家康」
「時の流れがわからなければ、寛大であろうと、厳しくしようと、政治はすべて失敗する。無欲でなければ志は立たず、穏やかでなければ道は遠い。軍師諸葛亮孔明」
「by europe123 」
https://youtu.be/N6mykOAclrI
フィッシングメール。NHKは一体何を欲し自らの義務をなんとする?その他に文豪の作品から一作を貼り付け