理科準備室
理科準備室は孤独である。
そこには故知らぬ香りと記憶が漂う。
薬品の臭いは孤独である、病人の背のように惨めである。
≪病室の孤独に耐え切れなかった私が消灯後の部屋を抜け出て真っ暗になった外来の待合室で読んだのは詩、声を出して読んだのは朔太郎の詩、中也の詩、中也の血。≫
(決まった時間にしか見回りに来ないぜどうせ)
(懐中電灯振り回して俺を起こしに来るぜ毎晩)
(生きてますかってさ)
(生きてない奴は死んでんのさ)
(死んでる奴まで見回るんだぜ)
(ちょっと煙草吸いに行って来る…)
理科準備室は孤独である。東名が一望できる理科準備室は寂しい人気者である。
夕陽の射す理科準備室はなお、孤独である。孤独の臭いは大きな実験用の机に
染み付いて。
丁重に保管された人体模型がそっと西陽に頰笑む時、人は消えて、命は消えて、
それで初めて理科準備室は歩く。準備室は誰も居ない校舎を歩く。
音もたてずに、人知れず歩く。慎重に階段を下りた孤独が蒸した廊下を左に折
れる。
準備、
準備、準備…
理科準備室