詭道贋作ガンダム・戦後の達人
本作の目標は、『るろうに剣心風ガンダム』(悪く言えば『オリジナルガンダムを騙ったるろうに剣心のパクリ』)であり、本作のテーマは『罪』と『憎しみ』です。
pixiv版→https://www.pixiv.net/novel/series/10675843
ハーメルン版→https://syosetu.org/novel/320199/
暁版→http://www.akatsuki-novels.com/stories/index/novel_id~28625
第1幕:帰って来てしまったエース
明時14年。
人類は、マンションとショッピングモールが融合した長方形人工衛星『アニアーラ』の量産化に成功した事を切っ掛けに、宇宙空間や地球外天体にすらビルの林を植えた。
だが、火星に居住区を建築する計画は、アニアーラ管理委員会の一部の重鎮達とそれに癒着する悪徳商人達によって見捨てられ、テロ活動の予防と言う名目による粛清が行われ様としていた。
しかし、管理委員会に属する将校達の中には火星のテロリスト扱いに疑問と猜疑心を抱き、密かに火星粛清に対抗すべく人型戦闘車輌『モビルフォース』を開発した。
そして、管理委員会は火星粛清賛成派と反対派の2つに分離。後に『半年戦争』と呼ばれる事になる大規模内乱へと発展した。
その後、半年戦争は火星粛清反対派の勝利に終わり、賛成派を指示していた重鎮や企業は次々と解雇・逮捕され、火星に居住区を建築する計画はテロリストの汚名を返上したのである。
それから10年後の明時24年。
アニアーラ№1994……の片隅。
そこには多くの物を失いホームレスへと堕ちた者達が棲み付いていた。
ある者は就活や就業で躓き、
ある者は親族か周辺の理不尽によって進路と貯金を失い、
ある者は犯した大罪によって信頼と居場所を失い、
ある者はあらゆるしがらみから逃げた。
そう言った者達は住む家を持たず、日雇い仕事や拾ったゴミを売ったりして生活費を稼ぐ日々が待っていた。
「けっ。あの工場、湿気てるぜ」
「あんなに働いてこれだけかよ?」
責任転換して駄々を捏ねるホームレス達を横目に、本来なら学校に通うべき年齢に見える女性ホームレスが呑気に笑った。
「私も人の事は言えないけど、高収入の仕事に恵まれてる人が、こーんな場所で寒がってる訳がないでしょ?」
それを聞いたホームレスの1人が激怒し、その少女の胸倉を掴んだ。
「言ってくれるじゃねぇか姉ちゃん!」
だが、少女も芯が強いのかまったく動じない。
「はっ。そこまで言うんだったら、もっとましな職場に就職しなよ。私も人の事は言えないけど」
少女に押し返されたホームレスが尻餅を搗きながら悔しそうに歯噛みする。
「人の気も知らないでぇー……」
しかし、少女に言い負かされたホームレスに反論の術は残っていなかった。
なぜなら、彼はネット動画の投稿に没頭していた学生だった。だが、膨大な閲覧数欲しさに店舗を1つ潰しかねない迷惑動画を投稿してしまい、それに激怒したネット利用者達の悪辣な批判によって家族離散へと追いやられたのである。
無論、これだけの信頼喪失を犯した罪人を温かく迎え入れる企業は少なく、結局、就職活動は未完に終わってホームレスの溜まり場に流れ着いたのである。
でも、元迷惑動画投稿者は自分の事を棚に上げながら少女を問い詰めた。
「そう言うお前はどうなんだよ」
対する少女はあっけらかんと答える。
「人間の死体、視た事ある?」
その途端、元迷惑動画投稿者はドン引きしてゆっくりと後退した。
「へっ……ネットでは強いがリアルには弱いか?ちゃんと運動してる?」
一部始終を観ていた別のホームレスが命令する。
「馬鹿な事をやってないで、この仕事が出来る奴を探してこい」
「どんな仕事だよ」
元迷惑動画投稿者は、仕事と聞いて内容を確認する。だが、
「モビルフォースを運転出来る方急募ぉー!?モビルフォースの意味を解ってるのかよ!」
その時、元迷惑動画投稿者と喧嘩していた少女が手を上げた。
「ソレ……私だ」
一同は固まった。
「……へ?」
アニアーラ№1970
ホームレス少女がモビルフォース運転手急募のバイトに向かうと、そこには戦争博物館開展を望む男性がいた。が、少女の幼い外見に気圧されていた。
「君……若いね?……何歳?」
が、少女は質問には答えない。
「その点は気になさらず。それより、運転するモビルフォースはどれです?」
館長は困惑しながら指示する。
「あー……取り敢えずぅ、これらの兵器を指定する展示場所へ運んで欲しんだけど……」
少女は不言実行とばかりにテキパキと兵器を展示場所へと運搬する。
「……完璧です」
だが、赤いモビルフォースの所で少女が突然止まってしまった。
「あぁ、この機体ね。10年前の半年戦争で活躍した『赤い鷹匠』が使用していたとされるモビルフォースらしいんだが―――」
そこから先の館長の言葉は、少女の耳には届かなかった。いや、例え届いたとしても少女の停止は続いていただろう。
そこへ、1人の青年がやって来て、
「親父!本気かよ!?」
彼は館長と違って戦争博物館開展に反対だった。
「私は本気だよ。半年戦争が終焉してから既に10年が経過し、惨劇の詳細を忘れた者が増えた。このまま美化され風化すれば、|展示する予定の兵器の贖罪の場は失われる。そうなれば、また我々人々は半年戦争の様な惨劇を繰り返す事になる」
「俺はそんな事を言ってるんじゃない!|展示する予定の兵器から活躍の場を奪った俺達の罪深さについて話してるんだよ!」
停止した少女が開展に反対する青年の言葉によって再び動き出した。
だが、青年はその事に気付かずに館長との口喧嘩に没頭する。
「綺麗事を言ってるのは親父の方だ!こんな所で誰とも戦う事無く晒し者だぞ?こいつらが可哀想だとおもわ、おわ!?」
その時、青年は少女の頭突きを喰らってしまう。
「あっ。すいません。ボーっと考え事をしておりました」
「何なんだこいつは?」
「私が急遽雇ったモビルフォースドライバーだよ」
が、青年は館長の説明を信じない。
「何を言っている。ちゃんとしたモビルフォースドライバーは、ちゃんと軍人として真面目に戦っているんだよ!」
その言葉にムッとした少女は、青年に対して意地悪な質問をした。
「もしも……人間がまだ生きている人間を食べてる場面に出くわしたら……貴方はどうします?」
青年は質問の内容を理解出来ずに困惑する。
「……それは……サバンナのライオンの話かい?」
呆れた少女は、小声で青年にこう述べた。
「剣も包丁も作り方は一緒です。問題は目的と使い方です」
そして、青年への興味を失った少女が館長に次の仕事を求めた。
一方の館長は、少女の質問の意図に気付いてしまったのか背筋が冷たかった。
「あ……あー……あの赤い鷹匠が使っていたモビルフォースを、そこのクズを使ってあそこまで運んで欲しいんだが」
(あの歳であの様な質問!?彼女はいったい何者なんだ!?)
その後、館長と口論となった青年が誰もいない戦争博物館を視て決心を新たにした。
「やはり……戦場から追い出されてこんな所で無理矢理寝かされて晒し者じゃあ……こいつらが可哀想だ!」
そして、青年はスマホを操作し……
次の日も、少女は戦争博物館に展示する予定の兵器を指定された場所に運ぶバイトで汗を流していた。
「すまないね。私の酔狂に就き合わせちゃって」
「良いんですよ。私は所詮、流れのホームレスですから。寧ろ、これだけで給料を貰える事が嬉しいんですよ」
館長は少女の過去を問い質そうと思うも、最初の1歩が踏み出せずに訊き出せないでいた。
しかも、逆に少女に質問されてしまった。
「昨日の彼、館長さんの息子ですよね?なのに何であんなにこの博物館に反対を?」
この質問に対してとても恥ずかしそうにする館長。
「気付いてましたか?まあ、一言で例えるなら……まだ若いんですよ」
「若い?」
「まだ夢を観たい時期なんでしょうね。戦争の悲惨さより撃墜王や兵器の魅力の方に目が行きがちなんです。だから」
そう言いながら展示する予定の兵器を見回しながらこう続ける。
「|展示する予定の兵器には戦場で生き生きと戦って欲しいんでしょう」
すると、少女は少しだけ不機嫌になった。
「館長さん、私は貴方を少しだけ見損ないました」
「……はい?」
「|展示する予定の兵器は多くの罪無き者達を沢山殺す力を秘めてるんです!こいつらにどれだけの魅力があろうともそれは事実なんです!戦争の惨劇を絶対に忘れてはならないと言う貴方の意思には賛同します。だからこそ!何事も始まってから反省したのでは遅いんです!」
少女に完全に気圧された館長はちょっと引いて黙り込んでしまう。
しかし、突然暴走族風の集団が博物館にやって来た。
そこで我に返った館長は、集団に対して冷静かつ穏和に対応しようとした。
「申し訳ございません。この博物館はまだ開展しておりませんので―――」
それに対する集団の答えは……悪質かつ邪悪な暴力だった。
「そりゃそうだ。|展示する予定の兵器は全部俺達が使わせて貰うんだからよ!」
「は?何を仰って―――」
「あんたの息子さんが言ってたぜ。|展示する予定の兵器が可哀想だってよ」
「せっかく戦う為に産まれて来たのに、戦場から追い出されて誰とも戦えぬまま晒し者にされるのが我慢ならないんだってよ」
「ちょっと待て!君らまさか!?」
「俺達が|展示する予定の兵器を正しい使い方で使ってやる」
「その方が、|展示する予定の兵器も大喜びだろぉー!」
その間も、館長の抵抗も虚しく暴走族は展示する予定の兵器達を次々と根こそぎ奪っていく。
「止めたまえ!君達はまだ若い!君達は|展示する予定の兵器の大罪を背負いきれない!やめるんだ!」
が、館長は逆に殴られて銃を突き付けられる。
「あめぇよ。そう言うおっさんは踏んだ雑草にいちいち謝罪して回るのか?あ!?」
「そんな綺麗事を言えば敵さんが退いてくれるとでも思っているかよ?アホだぜこいつ!」
だがその時、少女は既に赤い鷹匠が使用していたモビルフォースの運転席に乗り込んでいた。
「そこの館長さんの言う通りだ……この私と同じ所まで堕ちたくなければ、ここで踏みとどまれ。始まってから反省しても……もう遅いんだから」
しかし、暴走族は少女の言葉に屈しない。
「落ちるだぁ?逆だよ!俺達はこれから|展示する予定の兵器を使ってどんどん昇るんだよ!」
「と言うか、それも俺達の物だぜ。返せよドロボー」
「返す気が無いなら……身体で払って貰おうかぁー!」
暴走する暴走族に完全に呆れた少女は、今度こそ本当に彼らと戦う意思を固めた。
「……自力では踏みとどまれないか……なら……私が踏みとどまらせる!」
だが、少女が乗車しているモビルフォースには、1つだけ大きな問題が有った。
「駄目だ!その子は動かない!誰が運転しようとしても、全く動かなかったんだ!」
と思いきや、館長の悲痛な説明に反し、少女がある台詞を言うや否や、
「たんたん狸の金玉はー♪」
動かない筈のモビルフォースのメインカメラに輝きが戻った。
「動くじゃねぇか!何処が駄目だんだよ!?」
対する館長は別の意味で驚いた。
「あの赤い鷹匠が使用していたモビルフォースが……ガンダム・フェルシュング(Fälschung)が息を吹き返した」
その言葉に、暴走族のリーダーが少々ビビりながら少女を指差す。
「お……お前ぇー!?」
他のメンバーも『赤い鷹匠』と言う言葉を聞いた途端、別のモビルフォースを起動させてガンダム・フェルシュングに飛び掛かった。
だがしかし、少女は冷静だった。
ガンダム・フェルシュングの背中(両肩胛骨付近)に装備されている金属繊維製の4対8枚の主翼を射出し、切り離された翼がフェルシュングの周囲を何度か旋回した後、襲い掛かるモビルフォースに向かってすっ飛んで往く。
そして、敵モビルフォースの四肢を次々と溶斬する。
「何なんだ……こいつまさか!?」
どうにか8機の羽根型無人攻撃機による溶斬から逃れた機体がフェルシュングに向けて90mmビームサブマシンガンを発砲するが、フェルシュングの前方に集結した羽根型無人攻撃機の電磁波に跳ね返され、光の霧となりながら文字通り霧散する。
「何で貴様がこんな辺鄙な所にー!?」
フェルシュングに心を折られて士気を消失した暴走族は、博物館から盗んだ武器を持ったまま逃走しようとするが、フェルシュングが放った無人攻撃機に阻まれて逃げ場を失った。
「待ってくれ!俺達はもうあんたと戦わねぇ!」
だが、少女はその言葉を信じない。
「本当に戦う気が無いなら……罪を背負う気が無いなら……そんな物騒な兵器は、持ち歩かない!」
少女の本気を知った暴走族は、今度こそ武器を捨てて逃げた。
少女も流石に丸腰の敵を殺す程の鬼ではなく、無人攻撃機と化したフェルシュングの主翼を再び背中に装着する。
これを契機として、暴走族は敗走しバラバラに逃げた。
意外そうな顔をする館長を尻目に、少女はある人物の方を向く。
「気配が見えるよ?素人」
少女が発見したのは、昨日館長と口論したあの青年であった。
「……嘘だ……」
「嘘?あれで隠れた心算なの?」
「違う……」
「違う?じゃあ、何が嘘なの?」
困惑と混乱しながら青年が口にしたのは、フェルシュングを巧みに操る少女の名前であった。
「そんな筈は無い!何で赤い鷹匠と呼ばれる程のエースドライバーである筈の『ツルギ・マインドル』がこんな所でくすぶってるぅー!?」
混乱しながら少女と口論する青年の記憶にあるツルギ・マインドルは、火星粛清反対派最強のエースドライバーで高嶺の花とも言える軍の重鎮……だと思っていたのに……
だが、目の前にいる『赤い鷹匠ツルギ・マインドルの愛機である筈のガンダム・フェルシュングを運転する少女』が……名も無き流れのホームレスに墜ちたからだ。
それに対し、少女は青年の考えが見えているのか、90mmビームピストルを発砲して青年の頭頂部をかすめた。
「あと1m下だったら……私はあそこにいる館長に恨まれていただろうね?」
一方の青年は恐怖で完全に固まっている。それを観ている館長も不安で圧し潰されそうになっている。
が、少女は冷徹に言い分を続けた。
「アンタは、|展示する予定の兵器から出番を奪う事を非道な事と言った。この子達が背負ってる罪や恨みの事まで考えずに」
青年は少女が間違った事を言っているのに気付いて慌てて反論しようとするが、
「それは違う!」
「いや……違わない。戦争に関わる者に与えられる選択肢は……たったの3つだ」
「3つ?」
「殺されるか―――」
「だからこそ!……だからこそ|展示する予定の兵器の力が必要―――」
「最後まで聴け!素人風情が!」
少女の貫禄に圧し敗けて何も言えない。
「さて……どこまで話したっけな?……あぁ、戦争が選ぶ3択の話だったな。そう……戦争が選べる進路は3つ……殺されるか……失うか……恨まれるか」
「恨み……そんなの敗者の逆ギレによる―――」
「誰にも恨まれないまま生きていける人間が……この世にいると思うか?」
その言葉に、館長は少女が背負っている物の重さに心配になり背筋が凍る。
「特に私は……勝ち過ぎた」
その時、バラバラに逃げた筈の暴走族を全員逮捕した軍隊が博物館に雪崩れ込んで来た。
「この博物館から展示されている兵器を奪ったのは、これで全員か!?」
対して、館長が指差したのは……
「手引きしたのは彼です。今モビルフォースに乗っている女性は、彼が呼んだ窃盗団から展示品を護ろうと」
その途端、兵士達は青年の方を視る。
「その話、本当かね?」
予想外の展開に、反論や言い訳が捻り出せない青年。
「な!?」
兵士達は青年を連れて往こうとする。
「事情を聴きたい。御同行願えるか?」
青年はここでようやく犯人扱いした館長に文句を垂れた。
「そこまでかよ親父!?そこまでして|展示する予定の兵器から出番を奪いたいのかよ!どう―――」
その途端、館長の平手打ちがとんだ。
「あ!?」
「馬鹿もん!ここに飾られている内はそこら辺の絵画や骨董と変わらんが、1度野に放てば、どれだけの数の人命を奪うか、本気で考えた事はあるのか!?」
最初は停めに入ろうとした兵士達だったが、館長の怒気に怯んで立ち止まってしまう。
「始まってから反省してももう遅い!正にあの子の言う通りだったな!?自分が犯した罪の重さ、牢屋でたっぷり思い知るんだな!この馬鹿息子が!」
その間、少女は何も言わずにフェルシュングの運転席に座るのみであった。
全てが終わって兵士達に連行される青年。
そんな青年の背中を寂しそうに観る館長。
「本当に……これで良かったんですか?」
少女の質問に対し、館長は犯した罪を視て蒼褪めているかの様であった。
「……ダメですね。実の息子にすら反戦や厭戦の大切さを伝えきれないんじゃ―――」
悪そうな顔をしながら少女は言葉を紡ぐ。
「私は確かに始まってからじゃ遅いと言いました。でも、だからと言って何も知らぬまま動くのも悪い事。やはりこの戦争博物館は必要不可欠ですよ」
「しかし―――」
少女は右人差し指で館長の口を抑えた。
「貴方は学んだ。ああ言う危険人物が1人でも残っている限り戦争は終わらない事を。なら、この博物館がそんな危険人物の心を正す場所に成れば良いんだよ。それが良い」
館長は、改めて少女の名を口にした。
「ツルギ・マインドルさん……で、宜しかったんですよね?」
少女は照れ臭そうに言う。
「名乗る心算はありませんでした。ただ火星を護りたかっただけで、殺した人間を踏み台にしながら出世する心算は……やめましょう。この先は、どう言おうが根も葉もない言い訳にしか聞こえませんし」
その途端、館長は叫んだ。
「今日の騒ぎから逃げる気か貴様!?」
「……へ?」
「元はと言えば、アニアーラ管理委員会が火星で半年も大規模な内乱に没頭したのが原因でしょうが!そのせいで、暴走族や暴力団によるスペースデブリ密漁はその数を増し、それに比例してモビルフォースを運転出来るヤンキーも増えてしまった!それなのに!それなのに……貴女は愛機から逃げてホームレスのフリをしながら罪から逃げている!」
「え!?この私が、罪から逃げた?」
「そう思われたくなかったら、せめてスペースデブリ密漁に没頭する暴走族や暴力団から、この戦争博物館を死守して魅せろよ!赤い鷹匠ツルギ・マインドル!」
それを聞いた少女は、苦笑しながら館長の方を向く。
「逃げるな……か。確かに、私は10年近くガンダム・フェルシュングから逃げてた。これに乗ったら、私はまた人を殺してしまうと言い訳しながら」
そして、少女は意を決して館長に懇願する。
「この博物館に、住み込みで働かせて下さい!お願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ツルギ・マインドル」
が、館長はここでとんでもない矛盾に気付いてしまう。
「ちょっと待て……半年戦争の終結は10年前ですよね?」
「そうですけど、それが何か?」
「ツルギ・マインドル、さん……貴女は実際何歳なんですか!?」
この質問に少女は困った。実は、10年前から齢を数えるのを辞めたからだ。
「あれ?私……何歳だっけ?」
「こっちが訊きたいですよツルギ・マインドルさん!」
こうして、厭戦感覚で戦争博物館を開展しようとする中年男性と、一見女子学生にしか見えない歴戦の勇士との凸凹コンビによる、予想不可能な珍道中物語が幕を開けたのであった。
本作オリジナル設定
●明時
元号の1つ。西暦の3つ後。
●アニアーラ
マンション、ショッピングモール、養殖場、菜園を完備した長方形人工衛星。
1機に8万人が暮らしており、明時24年現在、2024機が稼働している。
●半年戦争
明時14年に発生したアニアーラ管理委員会の大規模内乱。
元々は火星に居住区を建築する計画が赤字を計上し続ける事が発端で、アニアーラ管理委員会の強欲な一部の重鎮達やそれに癒着する悪徳商人達が火星移住計画を煙たがり、テロ撲滅の名目で計画の完全廃棄を目指したが、アニアーラ管理委員会傘下軍隊の一部の心有る将校達がこれに反発して火星粛清反対派を結成して廃棄計画の阻止に動いた。結果は、後にモビルフォースと呼ばれる事になる人型戦闘車輌の量産化に先に成功させた火星粛清反対派の勝利に終わり、火星移住計画はモビルフォース製造工場の城下町として扱われる事となった。
●モビルフォース
火星粛清反対派が開発・量産した人型戦闘車輌。
外見を人間に酷似させる事で、1対のマニピュレーターによる汎用性・多様性が高い戦闘を可能とし、火星粛清反対派の勝利に大きく貢献した。
半年戦争で規格外の戦果を発揮した事でアニアーラ管理委員会傘下軍隊の主力となり、半年戦争終結後も開発・改良は続けられる事になった。
●ツルギ・マインドル
性別:女性
年齢:23歳
身長:140㎝
体重:38.9㎏
体型:B83/W51/H73
愛機:ガンダム・フェルシュング
本作主人公。いつも女子小学生に間違えられる流れのホームレス。
歴戦の勇士であり、10年前の半年戦争の頃は火星粛清反対派最強のモビルフォースドライバー「赤い鷹匠」と呼ばれていた。
明るく陽気な人物のようでいて、心の中では戦争への強い憤りと自身の戦果への罪悪感を持つ。故に、話し方が説教臭くなる事もある。真面目で、困った人を見ると放っておけない性格で、よく酷い目に遭う。
イメージモデルは【まんゆうき 〜ばばあとあわれなげぼくたち〜】の『娘々』で、【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『緋村剣心』に相当する人物。
●ガンダム・フェルシュング
型式番号:MF01TMO
頭頂高:18.1m
重量:44.9t
運転手段:マニュアルトランスミッション
武装:90mmビームピストル
ライオットシールド
頭部35㎜ビームバルカン×2
ヒートステッキ
ヒートウイングビット×8
クズワンをツルギ向けにチューニングした専用機。命名理由は「機動戦士ガンガルの贋作」。
一般的なクズワン同様、かなりの可動範囲と広い射角を有する臀部ジェットブースターによる奇天烈な飛行が可能。また、脳波で義肢や人工臓器を操る技術を応用する事で背中(両肩胛骨付近)に装備されている4対8枚の主翼を遠隔操作し、剣身を高熱化させての溶斬や電磁波バリアによる防御を行う。
【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『飛天御剣流』に相当するモビルフォース。
●クズワン
型式番号:MF01
頭頂高:18m
重量:44.4t
武装:90mmビームサブマシンガン
ライオットシールド
頭部20㎜ビームバルカン×4
ヒートステッキ
火星粛清反対派が開発・量産した人型戦闘車輌で、世界初の量産型モビルフォース。
運転方法を可能な限り自動車に近付ける事で操作性を高め、臀部ジェットブースターの可動範囲と射角を広くした事で空中ドリフトや空中反復横跳びなどの奇天烈な飛行を可能にした。また、ジェットブースターを臀部に集中させる事で背部に輸送用コンテナやパラシュートザックを背負いながらの飛行も可能となった。運転方法はマニュアルトランスミッションとオートマチックトランスミッションの2種類あるが、どう言う訳かマニュアルトランスミッションタイプの方が高性能である。
イメージモデルはプレートアーマーと警察官。
第2幕:大義無きルール違反
かつて『赤い鷹匠』と呼ばれ、現在は思う所が有って流れのホームレスとなった、火星粛清反対派最強のエースドライバー『ツルギ・マインドル』。
10年前の半年戦争終結を契機に放棄した筈の元愛機『ガンダム・フェルシュング』との10年ぶりの再会を切っ掛けに、反戦主義や厭戦志向を大切にする戦争博物館に住み込みで働く事になった。
それが、何を意味するのか……
ツルギと館長はお互い自己紹介をしていた。
「カッオ・ルーさん……で、良いんですよね?」
「はい」
ツルギは館長の本名に少しだけ引きつつも質問を辞めなかった。
「で、何で反戦を目的とした戦争博物館を?」
カッオは少し困惑するも、意を決して話し始めた。
「知名度は10年前の半年戦争より大幅に少ないですが、30年前のアルテミスムーン小壊騒動を知ってますか?」
ツルギは困り果てた。
正直言って知らないからだが、それを正直に言える雰囲気ではない気がしたのだ。
「お気になさらず。ツルギさんはまだ23歳ですし」
「あ、ごめんなさい」
そこで、カッオはアルテミスムーン小壊騒動を軽く説明した。
当時のアニアーラ管理委員会に反論する一団が、月面にあるクレーターを利用して建設された6つのドーム都市の1つである『アルテミスムーン』に隠れ住み反乱計画を着々と進めていたが、罪悪感に苛まれ刑期半減に目が眩んだ一部のメンバーが管理委員会に密告した事で先手を盗られ、居住区に悪影響を及ぼす程の激しい戦闘の末に一団は壊滅。密告者達は既に刑期を終えて出所している反面、首謀者達は戦死、終身刑、拷問死、絞首刑などの悲惨な目に遭ったのだと言う。
それを聞いたツルギは、少し考えたうえである質問をした。
「……で、先に向こうの掟を破ったのはどっちなの?」
「……どう言う意味ですか?」
ツルギの目は無意識に鋭くなっていった。
「つまりですね、管理委員会が先にテロ組織側のルールを破ったのか?それとも、テロ組織が先に管理委員会側のルールを破ったのか?」
カッオは俯きながら答えた。
「奴らが……奴らが管理委員会を怒らせたんた!」
その声に怒気を感じたツルギは、直ぐに話を打ち切った。
「止めようか?辛いんでしょ?」
ツルギの優しい視線にカッオは言葉が詰まる。
「……ツルギさん……」
そして、ツルギはカッオに背を向けた。
「明日の仕事も大変そうなんで、今日はもう寝ます。おやすみなさい」
そのまま立ち去ろうとしたツルギだったが、ツルギは一旦停まって一言告げた。
「少々とは言え、アルテミスムーンのマンションエリアを壊したんですよね?なら、その戦いで死んだ人がいるって事ですよね……」
そう言い残すと、ツルギは眠りに行った。
1人残されたカッオはツルギの苦悩の一端に触れた気がして後ろめたい気がした。
次の日。
ツルギとカッオは夕飯を買う為にショッピングモールエリアに向かっていた。
そこへ、1人の男性が話しかけてきた。
カッオは何故か身構え、ツルギはそんなカッオの動揺に何かを感じていた。
しかし、男の目的はツルギの方だった。
「よお。久しぶりだなぁ」
男性の正体に気付いたツルギは驚きを隠せなかった。
「あー。私のアルバイト代をむしり取りに来たのかよ」
そう、ツルギがカッオが管理する戦争博物館にアルバイトする直前に会話した元迷惑動画投稿者であった。
「そう言う事言うなよ。俺はお前の様子を観に来たんだよ。なかなか帰ってこないからよ」
だが、ツルギの元迷惑動画投稿者への嫌がらせの様な台詞は続く。
「元々、あそこに未練は無いしね」
「無いんかよ?」
「で、アルバイト代をむしり取らないなら、何しに来たの?」
「つれないなぁ!」
だが、突然の衝撃音によって口喧嘩は遮断された。
「何だ何だ!?」
「向こうだぞ?」
野次馬達は衝撃音の発生源に向かって往くが、ツルギだけは何か嫌な予感がしたのか博物館に急ぎ戻って行った。
「カッオさん!私はガンダムに乗るから貴方は先に逃げて!」
ツルギの言葉にカッオは嫌な予感がしたが、元迷惑動画投稿者は言ってる意味が解らない。
「え?……アレってただの事故じゃないの?と言うか……がんだむ?」
カッオと元迷惑動画投稿者が衝撃音の発生源に到着すると、暴走族がスペースデブリ密漁で得た材料で作ったと思われるモビルフォース擬きの様な機体が管理委員会が開発した量産型モビルフォースに突き飛ばされていた。
「あーあ、とうとうブラックライオン団もこれで終わりか」
「ま、あいつら散々暴れたからな。潰されて当然だよ」
ブラックライオン団のモビルフォース擬きが管理委員会に次々と敗れ去る光景に、元迷惑動画投稿者は完全に気圧された。
「何……これ……モビルフォースの事は軽くは聞いていたけど……」
一方のカッオは管理委員会側の攻撃も逮捕が目的ではないと感じ、30年前のアルテミスムーン小壊騒動を思い出してしまい、慌てて勝手に避難を呼びかける。
しかし、野次馬達は管理委員会側の攻撃が過剰だと気付かない内は、避難を促すカッオを視界を邪魔する邪魔者にしか見えなかった。
「そこに立つなよ。見えないじゃないか」
「何で俺達まで管理委員会に攻撃されなきゃいけないんだよ?」
「邪魔邪魔!バズる写真が撮れないじゃん!」
カッオは野次馬達の悪い意味での平和ボケに愕然とした。
「今の平和に慣れ過ぎて……今の平和を護る努力を怠っているのか……」
だが、ブラックライオン団総長の悲痛な怒号が野次馬達の考えを変え始めた。
「オイ!待て!その機体はもう動かねぇよ!オーバーキルだって!死体蹴りはもう古いって!」
ブラックライオン団総長が動けないモビルフォース擬きに乗る部下を守る為にヒートナイフを投げつけた。
投げつけられた管理委員会側は、慌てるどころか総長を嘲笑い始めた。
「苦し紛れに溶斬兵器を放り投げるとはな……お前は馬鹿か?」
一方の総長は部下達を守る為に必死であった。
「うるせぇ!リーダーが仲間護って何が悪い!」
そう言いながら総長の機体が身を盾にしながら部下と管理委員会の間に割って入った。
が、管理委員会側の機体はビームマシンガンの銃口を総長の機体の運転席に向けた。
「そんなに死にたいのであれば……お望み通りに―――」
一方の野次馬達も管理委員会側の攻撃方法に違和感を感じ始めた。
「おい……アレって……」
「あんな撃ち方してたら、ドライバーが死んでしまうぞ?」
「え?ちょっと?ただの逮捕劇じゃないの?」
そして、野次馬の中から管理委員会側の横暴に耐え切れなくなった者達の「やめろ」コールが鳴り響き始めた。
「いくら何でもやり過ぎだぁー!殺す気かぁー!」
「さっさと逮捕しろよ!お前らはプロなんだろ!?」
「これじゃあどっちが悪人か判らなくなるじゃないかぁー!」
しかし、管理委員会側のモビルフォース小隊は野次馬達の反論を邪魔者にしか見えなかった。
「これは……侮辱罪と公務執行妨害罪の適用だな?」
「え」
「うそ」
「こっち来る?」
管理委員会側のモビルフォース小隊隊長の残虐かつ横暴な合図により、野次馬達がようやく逃走を始めた。
「向こうへの攻撃を始めろ!」
「うわぁー!?本当にこっちに来たぁー!?」
「きゃあぁーーーーー!」
カッオが管理委員会側のモビルフォース小隊に追われている野次馬達の避難誘導を行う中、元迷惑動画投稿者は何がどうなっているのかが解らない。
「何で?何で!?何で俺達が管理委員会に襲われなきゃいけないんだよ」
だが、その間にも管理委員会側のモビルフォース小隊が野次馬達に迫っていた。野次馬達が異変に気付いて逃げ出すのが遅過ぎたのだ……かに見えた、
「くそぉー!ここまでかよぉー!?」
しかし、まるでご都合主義の様に管理委員会側のモビルフォース小隊と逃げ惑う野次馬達の間に、まるで身を盾にする様にガンダム・フェルシュングが割って入った。
「ん?」
モビルフォース小隊の隊長が突然出現したガンダム・フェルシュングに首を傾げる。
一方のツルギは、さっき思い付いた最悪な展開が事実になってしまった事に静かに怒っていた。
「貴方達……この後ろにいる連中が、お前達に何をした?」
モビルフォース小隊の隊長は冷静かつ冷酷に答えた。
「侮辱罪と公務執行妨害罪だ」
外れて欲しかった予想通りの返答に呆れたツルギは、その返答だけでこの混乱の全てを悟った。
「どうやら……お前達は度を超えたらしいね?それでは、そこで寝ている反乱者達と変わらないよ?」
モビルフォース小隊の隊長は余裕を崩さない。
「そう言うお前はどうなんだ?そんな物を持ってここまで来たって事は……」
管理委員会側のモビルフォース小隊が臨戦態勢をとる。
「貴様も違反者だ。攻撃する」
そんな残酷かつ非情な攻撃宣言に対し、ツルギは管理委員会側のモビルフォース小隊の腐りきった性格への失望感満載の溜息と勝利を確信した笑みが混ざった複雑な表情を浮かべた。
「馬鹿ですね?……貴方達は……」
この騒ぎはアニアーラ管理委員会本部にも届いていた。
「またウミギ達がやらかしたのか?」
どうやら、上層部もツルギと対立している管理委員会側のモビルフォース小隊の傲慢で冷酷な性格に手を焼いていた様だ。
「10年前の半年戦争は、我々を色々と変えてしまった様だな?」
ソファーでくつろぐ将官の言葉に、立ったまま報告を聴いた佐官は汗だくで困り果てた。
「申し訳ございません。モビルフォース適性がSSR故に、私ですら強気に成りきれずに監督不行き届きに……見苦しい言い訳なのは承知なのですが……」
佐官の困り果てた顔を見ながら将官が溜息を吐く。
「エリート意識故の高慢化か……この事が10年前の半年戦争の再来に繋がらなければ良いのだが……」
とは言え、ツルギと対立している管理委員会側のモビルフォース小隊の所業を知らねばならない。
「で、ウミギはどこにいる!?今直ぐここへ呼べ!」
だが、通信手の報告は佐官の予想とは真逆だった。
「それが……やられてるんです!ウミギ准尉が!」
「バカな!?あいつらはモビルフォース適性RR以上の筈だぞ!」
アニアーラ管理委員会公認のモビルフォース適性は、下から順に不許可、N、NN、R、RR、SR、SSR、Lとなっている。
佐官が予想外の展開に慌てる中、通信手の報告が続く。
「ですが、突然現れた謎の赤いモビルフォースが非常に強く、まるで赤いモビルフォースの主翼が機体から離れて鷹か鷲の様に我が軍のヘドデルを襲っており、その赤いモビルフォースは大人気アニメ『機動戦士ガンガル』に酷似してとの報告も―――」
それを聞いた将官が慌てながら通信手に掴みかかる。
「それはどのアニアーラだ!?本部に残っている宇宙船は今どうなっている!?」
「いや……あの……」
驚き過ぎて言葉に詰まる通信手。
一方、ツルギが運転するガンダム・フェルシュングの圧勝ムードはまだ続いていた。
それもその筈、ガンダム・フェルシュングのヒートウイングビットがアニアーラ管理委員会所属の量産型モビルフォース『ヘドデル』の四肢を容赦無く切断してしまったからだ。
「残るは……1人」
「くっ!?」
「私のせいで皆さんが無駄話し過ぎた様ですね💛その程度の注意力しか持っていない者が実戦経験を欲しがるなんて……まだまだ幼稚💛」
ウミギ准尉以外のヘドデルは全て戦闘不能と言う体たらくである。
その様子に、さっきまで逃げ回っていた野次馬達が戻って来て、ガンダム・フェルシュングの正論かつ堂々とした圧勝ムードに声援を送っていた。
「見ての通りですよ。このまま私だけ逮捕してそれ以外は無罪放免にした方が得だと思いますよ?」
だが、ウミギはその条件を飲もうとしない。
「ば……馬鹿言えー!こいつらの侮辱罪を見逃せと言うのか!?そんな!出来ぬ!出来る訳無いだろ!アニアーラ管理委員会の威信と沽券に関わるー!」
ツルギが再び溜息を吐くと、仕方ないとばかりに口を開いた。
「面白い話をしましょう。マヨネールさんと一緒に観た、あるホラー映画の話を」
ツルギが口にした名前に驚きを隠せないウミギ。
「マヨネールだと!貴様!火星居住者か!?いや!それだけではマヨネールにそこまで近付けない筈!貴様!何者なんだ!?」
それは、明時14年の半年戦争開戦直前の出の出来事。
後の火星粛清反対派最高指導者となる当時アニアーラ管理委員会傘下軍隊中佐のマヨネール・コーアが、クズワンのドライバー達を集めてある映画を観せていた。
その映画の名は……『食人族』。
ドキュメンタリー制作の為にアマゾン川上流の“グリーン・インフェルノ”と呼ばれる密林地帯に向かった4人のスタッフが原住民の襲撃を受けて食い殺されると言うセクスプロイテーションホラー映画である。
映画の中で何度も繰り返される殺戮シーンに目を背ける者も多く、当時13歳だったツルギも恐怖で体が動かなくなってしまった。
「大丈夫なのかい?大事を行う前にこんなグロい映画なんか観せて?」
無論、ただ味方の士気が下がるだけならこんな事をしなかっただろう。だが、4人のスタッフが原住民の襲撃を受けて食い殺される理由こそが、マヨネールがこの映画を観せた本当の目的であった。
「で、君達はこの作品の悪役はどっちだと思う?」
「この映画の……悪役?」
そう言われ、思い出したくも無いが食人族の内容を思い出す。そして、その内の1人がある事に気付いた。
「つまり、先に攻撃したのは4人の撮影スタッフの方!?」
マヨネールは満足そうに首を縦に振る。
「ん!彼らこそ、自分勝手な理由で原住民の掟を次々と破り、原住民達の平和を乱した者達。故に、撮影スタッフの味方である筈のモンロー教授は最後に『真の野蛮人はどっちなんだろうな?』と言ったんだ」
確かに、4人の撮影スタッフ(の内2人)が原住民達への性的暴行や放火などの傍若無人の限りを尽くした結果、原住民達は激怒して4人の撮影スタッフを食い殺した。『食人族』と言う映画はそう言う内容だ。
だが、まだ真の意図が読めない者も多い。
「それは解りましたが、それとこれから起こると予想される大事との関係は?」
その質問を聴いたマヨネールの目に決意の炎が宿る。
「つまり、外から来た撮影スタッフこそが『大義無きルール違反』を犯した大罪人であり、中に居た原住民達はそんな『大義無きルール違反』を犯した撮影スタッフの罪を裁いただけなんだ」
そして、改めて火星粛清反対派の戦いの意義を言い放つ。
「そう!私達は侵略者ではない!自分達の掟を護る為に戦う……大義に準じた原住民なんだ!」
が、マヨネールの話を聞いた者の中にあげ足を取る者がいた。
「でも、それだと俺達も俺達を殺そうとしている連中の掟に従わなきゃいけなくなりますよね?」
「ふふ。痛いトコをついてくれるな」
その途端、一同は楽しそうに大笑いした。
そして、話は明時24年のツルギが運転するガンダム・フェルシュング対ウミギ准尉が運転するヘドデルに戻る。
「その……食人族とか言う映画のお陰で、『大義無きルール違反』の重さを知ったんです」
その話を聞いたウミギが空恐ろしく気分になってきた。
(本当に何者なんだこいつはぁ!?火星粛清反対派やマヨネールの事を何でそこまで知っているぅ!?何故か嘘偽り混じりの作り話を聞かされている気分になれぬぅ!)
その間、ツルギが運転するガンダム・フェルシュングがゆっくりとウミギ准尉が運転するヘドデルに歩み寄る。
「う!?」
「だから貴方に質問します。貴方が裁こうとした人達が犯したルール違反に……本当に大義は無かったんですか?」
「ぐ!?」
ウミギは完全に貫禄負けしてじりじりと後退する。
「もし『大義無きルール違反』を犯したのが貴方だとしたら、それ以上はお止めなさい。後の残るのは……死んでもなお消えない酷評だけですから」
ツルギのこの言葉にウミギは激怒する。
「酷評だとぉ!?そんな恥ずかしいマネが出来るかぁー!」
ウミギ准尉が運転するヘドデルがダメもとで55.6㎜ビームアサルトライフルの銃口付近にハイフリークェンシーナイフを取り付ける。
ようやく現場に着いた佐官が慌ててウミギに命令する。
「やめんか!その者は!」
一方の将官は、呆れた顔をしながら勝敗を予想した。
「愚かな男だ。例えモビルフォース適性がSSRであろうと、たかが犯罪者の鎮圧程度の仕事しかしていない者。対する『赤い鷹匠』は文字通り、半年戦争で半年間実戦経験を積んだ者。場数が違うのだよ」
将官の言葉通り、フェルシュングはヘドデルの銃剣特攻をジャンプで躱しながら、90mmビームピストルでヘドデルの右肩を切断した。
ウミギ准尉率いるモビルフォース小隊を苦も無く沈黙させたツルギがガンダム・フェルシュングから降りた。
元迷惑動画投稿者は驚き過ぎた上に置いてきぼり過ぎたので、聞きたい事が山ほどあるのに何を質問したら良いのかが解らなくなった。
「えっと……あのぉ……何?……」
それを観ていたカッオが元迷惑動画投稿者の動揺の理由を端的にツルギに説明する。
「ツルギ、どうやら君は彼に正体を明かしていない様だね?」
「ツルギ!?―――」
カッオの口から『ツルギ』と言う単語を聞いて驚く元迷惑動画投稿者だが、彼の質問はツルギに群がる野次馬達に遮られた。
「スゲェよアンタ!」
「本当にスカッとしたぜ!」
「アンタは俺達の命の恩人だ!」
だが、そんな野次馬達の歓喜と称賛は、現場に到着した将官によって終了させられた。
「メカネ中佐、人払いを」
「は!」
「ほらほら、君達、出て出て」
「ここは危険だ。下がって下がって」
「横暴だぁ!お嬢ちゃん、こいつらも叩きのめしてくれぇ!」
アニアーラ管理委員会の警備隊が野次馬達を追い払うと、将官がツルギに話しかけた。
「10年ぶりかな?あの時は君の敵だったが」
将官の言葉にまたしても驚く元迷惑動画投稿者。
「10年ぶり!?敵!?ちょっと待て!10年前のと言えば!?」
対するツルギは、残念そうな顔をしながら困った素振りをする。
「貴方達もまだ……私の事を『赤い鷹匠』と呼ぶんですね?その愛称は捨てた心算だったんですが」
元迷惑動画投稿者は、頭の中で全てが確定した。
「もしかして!お前があの『ツルギ・マインドル』かよ!?」
そのやり取りを視て、将官はツルギの勧誘を諦めた。
「この様子だと……実戦に戻る気は無さそうだな?」
それに対するツルギの答えは、
「私は、目の前にいる守りたい物を必死に護る。あの事件の後からずっとそうしてきましたから」
将官はツルギから無言で去ると、メカネ中佐に命じた。
「あの者達の今日の抵抗行為を不問にしろ」
「はい。目撃者達の証言や防犯カメラの映像から視て、彼らの正当防衛は明らかですからね」
メカネ中佐はツルギ達をチラ見しながら感想を述べる。
「しかし……半年戦争で我々管理委員会を散々苦しめたと聞かされたのでどれ程恐ろしい者かと思っておりましたが、案外慈悲深い方だったんですね?」
ウミギとの戦いが完全に終わって帰路につくツルギ達。それを追う元迷惑動画投稿者。
「おい!待ってくれよ!お前、本当にツルギ・マインドルなのか!?」
その質問に対し、ツルギは意地悪に返す。
「誰だって隠したい過去があるものです。そう言う貴方だって、裁判所に9413万の借金を背負わされてライト・アロースを辞めさせられたじゃないですか」
本名を辞めさせられたと言われた元迷惑動画投稿者が赤面しながら反論する。
「ライト・アロースは俺の本名だ!辞めたって言うな!」
そんなやり取りを聞いたカッオは、別の意味で驚いた。
「裁判所が借金を背負わせたって、君はいったい何をしでかしたのかね!?」
ライトは困惑しながらはぐらかす。
「えーーーとぉーーー……若気の至りぃ……と申しましょうか……」
だが、カッオは自虐的に訂正する。
「ま、私も人の事は言えませんけどね」
ツルギはある程度察したが、ライトは言ってる意味が解らなかった。
「え?」
そして、カッオは自分の過去を白状した。
「30年前のアルテミスムーン小壊騒動、あれは管理委員会に寝返った密告者によって計画が明るみに出たって言いましたよね?」
だが、ある程度答えに気付いたツルギがそれを遮った。
「止めましょう。1度も間違えずに全問正解のまま人生を終われる人なんて、1人もいませんから」
「ツルギ……」
一方、また置いてきぼりなライトは完全に困惑する。
「どう言う意味?説明が欲しいんですけど」
対して、ツルギは意地悪そうに言う。
「誰だって心に傷を持ってる。それだけですよ」
「いやいやいやいや!それだけじゃ解んないって!」
本作オリジナル設定
●アルテミスムーン小壊騒動
30年前に月面にあるドーム都市の1つで起こった武力テロ未遂事件。
武力によるアニアーラ管理委員会解散を目論む一団から密告者が出た事で計画が発覚し、一団は居住区を損壊させる程の抵抗を行うも敗北して鎮圧された。密告者達は軽い刑罰で済まされた反面、首謀者達は戦死、終身刑、拷問死、絞首刑などの陰惨かつ冷徹な処分が下された。
●カッオ・ルー
性別:男性
年齢:53歳
反戦を目的とした戦争博物館の館長。ツルギが「赤い鷹匠」だと知りながら運搬兼護衛として住み込みで雇った。
実は30年前のアルテミスムーン小壊騒動でアニアーラ管理委員会に寝返った密告者で、良かれと思って武力テロを未遂で終わらせようとしたが、結局民間人にまで死傷者を出してしまった事で自分の行為に疑問を抱き、2年間の刑期を終えると反戦を目的とした戦争博物館の開展に尽力した。
【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『神谷薫』に相当する人物。
●ライト・アロース
性別:男性
年齢:19歳
ツルギが知り合ったホームレス青年。
元は動画を投稿していた男子高校生だったが、被害に遭った店舗に訴えられて9413万もの賠償金を命じられ、その事が切っ掛けで一家離散となった。
その後、ホームレス同士としてツルギに出会うが、ウミギと対立するまでツルギの正体を知らなかった。ツルギの正体を知った後も、しばらくは展開に置いてきぼりにされる日々が続いた。
【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『明神弥彦』に相当する人物。
●モビルフォース擬き
暴走族や暴力団がスペースデブリ密漁で得た材料を使って作った人型戦闘車輌。
個人仕様にレストアされる事が大半で多様性に長けているが、戦闘力は公式のモビルフォースに遠く及ばず、一部の機体を除きアニアーラ管理委員会傘下軍隊の足元にも及ばず敗北、押収されるのがほとんど。
●モビルフォース適性
アニアーラ管理委員会公認のモビルフォース運転技能調査。
下から順に不許可、N、NN、R、RR、SR、SSR、Lとなっている。
●ウミギ
性別:男性
愛機:ヘドデル
アニアーラ管理委員会傘下軍隊准尉。モビルフォース小隊の隊長でモビルフォース適性はSSR。エリート意識が強く、モビルフォースの運転を許可されていない下級兵士や一般市民を見下すなど性格は正義感の欠片もない傲慢で冷酷。モビルフォース適性がSSRであるためメカネ中佐が強気に出られないのをいい事に乱暴狼藉を働いている。
だが、暴走族を執拗かつ過剰に痛めつけ、横暴を咎めた町民を逮捕、惨殺しようとするなどしてツルギを挑発し、部下を一蹴され呆気なく敗れる。
【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『宇治木』に相当する人物。
●ヘドデル
型式番号:OMF04
頭頂高:18.3m
重量:49t
運転手段:オートマチックトランスミッション
武装:55.6㎜ビームアサルトライフル
400mmアンダーマウントグレネードランチャー
90mmビームピストル
ハイフリークェンシーナイフ
アニアーラ管理委員会傘下軍隊最新鋭量産型モビルフォース。
背部から腰部にかけて装備された巨大なスラスターにより、空中戦等においても高い機動性を発揮する。また、55.6㎜ビームアサルトライフル用に超高周波銃剣も作られ、普段は腰にぶら下げてナイフとして用いるが、銃口付近に取り付ける事も出来る。
【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『剣客警官隊』に相当するモビルフォース。
●マヨネール・コーア
性別:女性
年齢:35歳
身長:160㎝
体重:50.7㎏
体型:B86/W62/H84
元アニアーラ管理委員会傘下軍隊中佐で、現在はモビルフォース火星工場工場長。
半年戦争では火星粛清反対派最高指導者として活躍し、その事がモビルフォース量産の切っ掛けとなった。その為、一般的には優秀な司令官として知られているが、子供好きで母性的な面もあるが、元号が西暦の頃に公開されたセクスプロイテーションホラー映画『食人族』から戦争の本性を学ぼうとしたり、モビルフォース量産の切っ掛けとなった人型戦闘車輌正式採用に躍起になったりと、意外と奇行が多い。
イメージモデルは【機動戦士ガンダムAGE】の『ナトーラ・エイナス』で、【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『桂小五郎』や『柏崎念至』に相当する人物。
●メカネ
性別:男性
ツルギ達が住むアニアーラを管轄しているアニアーラ管理委員会傘下軍隊中佐。
半年戦争もあって、赤い鷹匠を凶悪な人物と思っていたが、実際に出会ったツルギの人柄を知ってからは彼女を心から信頼を寄せ、協力関係を築く。お人好しな行動も多く、その性格がウミギ准尉率いるモビルフォース小隊の乱暴狼藉の遠因となった。
イメージモデルは【呪術廻戦】の『伊地知潔高』で、【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『浦村署長』に相当する人物。
第3幕:無双伝説の対価
博物館までついて来たライトに質問攻めにされるツルギ。
「お前はほんとに何者なんだよ?て言うか、その女児小学生みてぇな姿でモビルフォースドライバーってどう言う事だよ?」
「女児……私が……」
「と言うか、何歳だよ?」
カッオが見かねて割って入る。
「それ以上は止めてやれ。君にだって、例の動画の投降者が君だとバレたら大騒ぎだろ?」
が、それが騒動をかえって大きくしてしまった。
「あー!ツルギの奴、俺の正体をこのおっさんに言ったなぁ!」
「良いじゃないか。君もツルギも私も、何らかの罪を持ってる者同士だから」
そこまで言われてなお質問攻めをする程図々しくないライトは、困った顔しながら固まる。
「ま……」
そうこうしている内に、ツルギがガンダム・フェルシュングを定位置に戻した。
「と言うか……こいつが強過ぎだろ?ほんとに10年前の機体かよ?」
ツルギはその質問にだけは答えた。
「当時の火星はそれだけの戦力が必要だったんだよ。火星粛清反対派側は貧乏だから充電して繰り返し使えるビーム兵器に頼らざる得なかったけど、火星粛清賛成派は金持ちだから実弾をふんだんに使えたんだ」
カッオは察したがライトはただふんふんと聞くだけであった。
「だからか。火星粛清反対派が先に量産型モビルフォースの開発に成功したのは」
ツルギはその上でライトに釘を刺した。
「けど、どんな理由が有ろうとこいつらが人を殺す殺戮兵器である事には変わらない。だから、私は再びこいつに乗る事にしたんだ」
その時のツルギの横顔が寂しそうに見えたカッオが訊ねる。
「君は……この機体に乗ったらまた人殺しをしてしまうから避けていたんじゃ?」
カッオのこの言葉を聞き、改めて決意の炎を自分の目に宿らせるツルギ。
「そう。だから私は流れのホームレスとなってこいつから逃げ続けた。だが!この博物館で再会した事で、それはこいつに背負わせ続けた罪から逃げてただけだったと、気付かされたんだ!」
罪から逃げた……
その単語に思う事があるカッオは、複雑な気持ちでガンダム・フェルシュングを見上げた。
「罪から逃げる……か……」
その一方、バツが悪いので静かにその場を去ろうとしたライトに更に釘を刺すツルギ。
「だから……裁判所に背負わされた借金、ちゃんと全額返金しないとね」
「う!?」
ライトの背に背を向けながら語り掛けるツルギに驚きながら、変顔で誤魔化すライト。
「何の事かしらぁー♪」
だが、罪を背負う者同士のボケとツッコミとは明らかに場違いな青年が涎を垂らしながら見つめていた。
(欲っすいぃ!)
その日の夜、ツルギ、カッオ、ライトはそれぞれ背負った罪に関する夢を見ていた。
火星を歩くツルギの前に1人の女性が立っていた。その手には血塗られたナイフが握り締められ、その足元には拳銃を握り締めた男性が血塗れで斃れていた。
ツルギはその女性に歩み寄ろうとしたが、その女性が満足の笑みを浮かべながら吐血して倒れた。
ツルギが慌ててその女性を抱きかかえるが、その女性は既に息絶えていた。
カッオは管理委員会所有の輸送空母からかつての仲間達が立て籠もるアジトを見下ろしていた。
「彼らです。彼らが武力による管理委員会解体を行おうとした人達です」
カッオがそう言うと、輸送空母から次々と戦闘機が発進し、輸送空母の機長はテロ組織に投降を呼びかける。
しかし、テロ組織は迫撃砲か対装甲ライフルで武装したジープ数十台で逃走する。
「逃げたぞ!逃がすなー!」
テロ組織が応戦するが、攻撃は戦闘機にかすりもしない。
「そんな攻撃が当たるかよ!」
しかし、別の戦闘機が何かに気付いてしまう。
「待て!その方向は!?」
テロ組織が発射した榴弾は管理委員会側の戦闘機には当たらず、逆に居住区の建物に命中してしまい一般人達が逃げ惑う阿鼻叫喚が発生してしまった。
ライトの30日間の禁錮刑と賠償金9413万が決定したその日の夜、ライトの父親が照明が消えた部屋の中で妻や子供達にある決定を告げた。
「この家を売ろう。そして私は退職金を得る。そうすれば賠償金支払いの足しになるだろう」
それを聞いたライトの母親が泣き崩れ、ライトの妹が訳も解らず母親を心配する。
「ママぁ、どうしたのぉ?」
「アーンブレーイ!」
熟睡中のライトの大音量の怒号でハッとして目覚めるツルギ。そして、寝ぼけながらぼんやりと見渡す。
「……久々に観ましたね、あの夢……」
自分の言葉にハッとさせられるツルギ。
「久しぶり……かぁー……私も随分、私の罪に対して図々しい臆病になったものね?あの夢を観なくなる程逃げてたなんて……」
3人とも自分の罪を再確認させられる夢を観てしまい、かなり気不味い朝食となってしまった。
「あー、思い出せるんじゃねぇよ」
「例の賠償金の事?」
「ツルギ!お前がその事で茶化すからいけないんだろ!」
「あんな動画を作るからいけないんですよ。そろそろ認めたらどうです」
「認めたら……ね……」
「館長さん?」
その時、展示室で何かが起動する音が響いた。
「何だ!?」
カッオは自分の息子の罪を思い出して嫌な予感がし、慌てて展示室に向かう。ツルギもそれを追う。
「待って!」
1人訳が解らないライトが出遅れた。
「何!?何!?何が遭ったの!?」
カッオが展示室に到着すると、既に2機のクズワンが起動していた。
「しまった!?」
そして、ツルギ達の自分の罪自慢合戦を盗み視していた青年がガンダム・フェルシュングに乗り込もうとしていた。
やっと展示室に到着したライトが慌てふためく。
「ちょっと待て!アイツ、あの赤い鷹匠を奪おうとしてるぞ!?」
青年はガンダム・フェルシュングの運転席に乗り込むが、やっぱり動かなかった。
「動かない!?……そうか!盗難防止の何かを既に仕込んで―――」
だが、青年はある台詞を言ってしまう。
「たんたん狸の金玉はー♪」
ライトは、青年の言葉にドン引きする。
「……何言ってんだこいつ?」
理由が解らないライトに反し、カッオは自分の息子の罪を思い出して慌てる。
「不味い!あの言葉が、あの機体の起動パスワードなんだ!」
やっと事の重大さを知って蒼褪めるライト。
「え?」
だが、青年に奪われたガンダム・フェルシュングは待ってはくれない。
「とったどぉー!」
自分の死を確信たライトは目と口を全開に見開き、尻餅を搗きながら後退りする。
一方のカッオは、自分の罪を思い出しながら目を瞑る。まるで、自分の死刑を受け入れるかの様に……
だが、この中で1番冷静だったのは、ガンダム・フェルシュングを奪われたツルギであった。
「それ以上は止めた方が良いですよ?それ以上ギアを上げれば―――」
青年に奪われたガンダム・フェルシュングはメインカメラを不気味に光らせる。
「おい!どうすんだよ!?あれに勝てる方法は無いのかよ!?」
ライトの混乱に反比例するかの様に青年に注意を促すツルギ。
「その翼は、運転手の脳波に操られる……それはつまり―――」
「何暢気な事を言ってるんだ!?て事は、難し操作をしなくても管理委員会を楽々と倒したあの技を繰り出せるって事じゃねぇか!?」
だが、突然青年が苦しみ始めた。
「あーーーーー!?」
「えーーーーー!?」
青年の悲鳴とライトの驚きの声で目を開いたカッオは、何時までも動かないガンダム・フェルシュングに首を傾げた。
「何故だ……何故私はまだ生きている!?あのガンダムは何故襲ってこない!?」
その間、青年は頭を抱えながら苦しんでいた。
「あーーーーー!頭が痛いぃーーーーー!」
恐らく、その理由はツルギが1番知っているだろうが、当のツルギは残念そうに真下を見ていた。
「翼が運転手の脳波に操られると言いう事は……運転手の脳波の供給を失った時点で、その翼は動かなくなる」
ツルギの言葉にカッオは、別の意味で不安になった。
「運転手の脳波の供給を失った時点で……あのガンダムを早く止めろぉーーーーー!」
2時間後……
ガンダム・フェルシュングを盗んだ青年が病院に運び込まれ、診断結果が言い渡された。
「脳波不足による一時的な脳死です。命に別状はありませんが、患者が完治して正常に戻るまでの時間は、患者の脳波分泌量次第で変わります」
ガンダム・フェルシュングを盗んだ青年に付き従っていた2人組の1人が、告げられた診断結果に愕然とする。
「何だよこれ……こんな設定有かよ……」
もう1人は必死に青年に声を掛けていた。
「あ、兄貴ぃーーーーー!兄貴ぃーーーーー!」
そんな中、医師がツルギ達に訊ねた。
「アレは間違いなく、脳波で大量の義肢や人工臓器を操っていたからこそ起こる症状。何か心当たりは?」
ツルギが白状しようとするが、カッオがそれを制止し、
「解りません。私には、何の事だか」
医師は深く追求する事無く、ただ「そうですか」で済ませてしまった。
帰り道、この結果に驚きを隠せないライト。
「あの機体、あんなに危ない物だったのかよ!?」
ツルギが素直に答える。
「脳波で義肢や人工臓器を操る技術の軍事転用は、私が提案した時点でみんなが『危険だから』と何度も止められたよ。それに、私だって脳を慣らしながら徐々にギアを上げてたんだ」
カッオも補足説明する。
「一般的な老人の脳波分泌量だと、安全に操れるのは等身大の人形が限度と言われてる。それ以上は一般的な脳波分泌量と釣り合わないのではないかとの指摘もある程だ」
そんな2人の言葉に、ライトは「強さを手に入れる」事の難しさを思い知る。
「お前が強いのは、単に強い機体に乗ってるだけじゃ……なかったんだな?」
カッオが代わりに答える。
「手に入る強さには種類と理由がある。ただ何の目的も無く手に入れた力は、どんなに強かろうと『強さ』とは認めてはいけないだよ。ま、私はそれに気付くのが遅過ぎたがな」
今回の出来事に複雑な気持ちになったライトであった。
とある洋館の広大な庭にて、白服の執事がテーブルに座って両手で1個のリンゴを抱える物静かで儚げな少女に話しかける。
「ツルギ・マインドルがカッオ・ルーが管理する戦争博物館に住み込みで働いている様です」
少女が抱えているリンゴを見つめながら訊ねる。
「で、ツルギはそのカッオに依存していますか?」
執事は首を横に振りながら答える。
「いえ。まだヒモに成りきってるとは言えません」
少女は残念そうに言う。
「そうですか……10年待ちましたが、まだまだ、私の望んだとは遠い様ですね?」
「まだ……待つ御心算ですか?」
少女は首を縦に振る。
「ええ……私の計画が、私の望んだ通りの展開になるまでは……」
本作オリジナル設定
●バカダデ
全長:18.92m
翼幅:13.56m
最大速度:2575km/h
巡航速度:1960km/h
乗員:3人
武装:25㎜バルカン×2
ウイングカッター×3
12.7㎜連装旋回銃塔
中距離空対空ミサイル(胴体下ウェポンベイ)
対地誘導爆弾(胴体下ウェポンベイ)
半年戦争終結までアニアーラ管理委員会傘下軍隊の主力だった垂直離着陸戦闘機。
前方固定25㎜バルカンと機体上部の12.7㎜連装旋回銃塔が特徴で、開発サイドは「前後左右、どこにも攻撃出来る」と自画自賛している。また、主翼と尾翼は実体剣の役目も果たしており、推進力を活かし、敵機の装甲をも容易く切り裂く。
だが、半年戦争でクズワンに大敗した事を切っ掛けに急速に型落ち扱いされていく……
イメージモデルはハリアー II、ボールトンポール デファイアント、鎌槍。
●アホヤデ
全長:10m
全幅:4m
全高:3m
速度:70km/h
乗員:3人
武装:44口径120mm滑腔砲
12.7㎜マシンガン(砲塔上面)
長距離地対空ミサイル×2(砲塔側面)
スモーク・ディスチャージャー
半年戦争終結までアニアーラ管理委員会傘下軍隊の主力だった空気浮揚戦車。
水陸両用で、特に他の乗り物では航行や走行が困難な浅瀬や湿地でも、エアスカートの高さ程度までの凹凸なら速度を落とさずに移動でき、機雷、魚雷、地雷が反応しにくい。また、数十メートルの高度から落下傘無しに着陸しても、何ら活動に支障が生じないなど、高い機体強度を有している。
だが、半年戦争でクズワンに大敗した事を切っ掛けに急速に型落ち扱いされていく……
イメージモデルは89式装甲戦闘車とLCAC-1級エア・クッション型揚陸艇。
●ハナタレ
全長:257.3m
全幅:649.2m
全高:10.34m
巡航速度:980km/h
武装:長距離空対空ミサイル×14
半年戦争終結までアニアーラ管理委員会傘下軍隊の主力だった全翼航空輸送艦。
操縦席には操縦士2名と指揮通信要員6名搭乗でき、2個中隊戦闘群と装備品を搭載でき、宇宙航行機能や垂直離着陸機能も搭載されている。また優れた医療機能も備えている。
だが、半年戦争を切っ掛けにモビルフォースが主流になった為、急速に型落ち扱いされていく……
イメージモデルは【ゴジラ キング・オブ・モンスターズ】の『アルゴ』。
●脳波で義肢や人工臓器を操る技術
特殊な回路を利用して利用者のイメージしたものを受け取り、その通りに動く義肢や人工臓器。開発資金の捻出の為その技術をオモチャに転用した事もあったらしいが、その結果、等身大の人形より大きな義肢の操作は利用者に危険が及ぶと判断された。
●脳波で義肢や人工臓器を操る技術の軍事転用
特殊な回路を利用して利用者のイメージしたものを受け取り、その通りに動く無人兵器。
その戦果は絶大的で、半年戦争で獅子奮迅の大活躍したガンダム・フェルシュングのヒートウイングビットにも利用されているが、その分脳波消費量も脳波で義肢や人工臓器を操る技術の一般的な限度である等身大の人形とは比べ物にならない程大量で、最悪の場合、脳波不足による一時的な脳死に陥る事もある(ただし命の別状は無い)。
第4幕:喧嘩の男
賠償金9413万を背負った元迷惑動画投稿者「ライト・アロース」。
ツルギの正体が半年戦争のエースドライバーの「赤い鷹匠」だと知ったライトは少し嫉妬するが、ガンダム・フェルシュングが抱える致命的な欠点を知り、強大な力の意味を思い知らされるのであった。
第4幕:喧嘩の男
大半のモビルフォース擬きは公式モビルフォースには勝てない。
材料はスペースデブリ密漁で得た中古品な上に、容姿も威圧的な外見重視なのがその理由である。
だが、ほんの一握りのモビルフォース擬きは公式に勝る性能を誇っていた。
モビルフォースの身長とあまり変わらない両刃剣(ヒートツーハンデッドフォセ)を振り回す低身長なモビルフォース擬きもその1体であった。
「流石兄貴!たった1人でこの様だぜぇ!」
その言葉通り、敵対する暴走族が運転するモビルフォース擬きを軽々と一蹴していた。
しかし、
「つまんねぇ」
無双していた男が退屈そうに呟くと、対立していた暴走族がその言葉に激怒した。
「ふざけんなよぉ!俺達が―――」
ヒートツーハンデッドフォセによる寸止めで敵の負け惜しみを制した男は、退屈そうにあくびしながら静かに罵倒する。
「弱えぇ。まるで使えねぇ」
そして、飽きたかの様に敵対する暴走族に背を向けた。
「どこかに……俺を満足させる敵はいないのもんかね?なんなら公式(管理委員会)に襲われたいくらいだよ」
ま、この男なら、流石に公式でもツルギに心身共に一蹴されたウミギはお断りだろうが……
そんなツルギはと言うと、
「私の頭?」
悪口と勘違いされたと勘違いしたライトが慌てて釈明する。
「お前の頭が可笑しいと言ったのは、単に頭脳指数がって意味じゃなくて!―――」
ツルギが意地悪そうな笑みを浮かべながら言う。
「大丈夫ですよ。フェルシュングの事ですよね」
「そう!それ!」
その点はカッオも気になっていた。
「この前ガンダムを奪った青年は、ヒートウイングビットに必要な脳波量に届かず、脳波不足による一時的な脳死によって短期入院……今は完治して正常な生活を送っているから良いが……」
ツルギがライト達を安心させるかの様に説明する。
「だからフェルシュングをマニュアルトランスミッションにしたんです。どう言う訳かオートマチックトランスミッションよりマニュアルトランスミッションの方が高性能なのもありますが、マニュアルトランスミッションの方が出力を調節し易いんです」
だが、カッオはその説明に訝しむ。
「と言う事は、ギアを最大にした事は1度も無いと?」
それに対し、ツルギは首を横に振る。
「いえ……10年前の半年戦争の時に何度か。まあ、その時は順番にゆっくりとギアチェンジを行ってじっくりと脳を慣れさせてからだったですけどね」
「……そうか……」
「そのギアMAXの時って、頭が痛くなかったの?」
「一気に行かずにゆっくりとギアチェンジをすれば大丈夫な筈です。それに、あの時のウミギさんと同じレベルが相手なら、5速は必要無いかと」
ライトはウミギの意味が解らなかった。
そこで、カッオが説明する。
「そうか、あの時の謝罪に立ち会っていなかったんだな君は」
「と言うと?」
「管理委員会傘下軍隊の将校さんが直接この博物館に謝罪に来てな、ウミギ率いるモビルフォース小隊の解散を宣言していったよ」
「それって、ウミギの奴が降格と言う事かよ?」
「……いや。それだけで済めば良いがなあの男」
「……え……」
ツルギが強引に話を戻す。
「私の心配は、それだけですか?」
急にツルギに声を掛けられて驚く2人。
「うお!忘れてた!」
「いや、そう言う訳ではないんだが」
「まあ良いですよ。今のところ、ウミギさんレベルの人達としか戦っていませんから、5速の必要はありません。ただ……」
「ただって何だよ?……」
「ウミギさんを大きく凌駕する人との戦いだと、ウミギさんと戦った時の様な2速や3速でお茶を濁す事は、出来ないかもしれません」
しばらくして、ヒートツーハンデッドフォセを操るモビルフォース擬きの運転手である暴走族のヘッドが1人の男の依頼を聴いていた。
「で、本当に良いのかよ?」
依頼主は、ヘッドの予想外の言葉に驚いた。
「と……申しますと?」
逆に質問されたヘッドは不満そうに首を傾げた。
「申しますも何も、いくら意見が正反対だからって、そいつはまかりなりにもお前の父親なんだろ?」
だが、依頼主はターゲットへの悪口を止めなかった。
「あのバカ親父が悪いんですよ。あいつらをあんな所に閉じ込めて、活躍の場を奪って―――」
「親父……ね?」
ヘッドは、依頼主の愚痴を聴いている内に、かつてメカネに言われたある台詞を思い出した。
「貴方を逮捕する事は出来ません……貴方は、被害者の父親ではありませんから」
依頼主はターゲットへのかなり長めの罵詈雑言を息を切らせながら言い終えると、ボーっとしているヘッドに声を掛けた。
「すいません?聞いてます?」
実は「あのバカ親父が悪いんですよ」から先は完全に聴いていなかったヘッドは、少し考えてから当たり障りのないと思われる返答をした。
「まあ……端的に言えば、その父親さんが持ってる全ての兵器を根こそぎ奪って来いって事だろ?」
が、そのせいで話を聞いていなかった事がバレてしまった。
「奪う?お前さんは何を聴いていたんですか?これは強奪どころか奪還ですらありません!」
「じゃあなんだよ?例の博物館から兵器を全て根こそぎ奪えって言ったのは―――」
そのせいで、依頼主の語りが更にヒートアップする。
「やはり聴いて無かったじゃないですか!あれだけの話を聞いて、まだ今回の聖戦を『解放』ではなく『強奪』と言ってしまう時点で!」
ヘッドの手下達は、「どう考えても強奪だろ」とツッコみたかったが、下手に喋ればまたあの長いターゲットへの罵詈雑言を無理矢理聞かされると思い、黙る事にした。
ヘッドもまた、依頼主の口をこれ以上開くと話が進まないと判断し、自身が最も訊きたかった質問をした。
「それより、以前依頼された連中を楽々と倒したドライバーって言うのは、本当に強いんだろうな?」
「ソレを訊いてどうするんです?」
「こっちは雑魚狩りに飽きてきたところでよ、そろそろ歯応えが欲しいんだよ」
が、依頼主は不満げに言う。
「何を暢気な事を言っているのです!今回の解放は、失敗は許されないんです!」
呆れた手下達が代わりに返答する。
「あの博物館には、例の赤い鷹匠が目玉だそうです」
その途端、ヘッドの目が輝いた。
「赤い鷹匠だと!?」
が、依頼主は不満げに言う。
「赤い鷹匠がかつて使ったモビルフォースを運転してるだけの話ですよ!あの駄目小娘は、本物の赤い鷹匠とは比べ物にならない程中身が伴ていませんよ!本物の赤い鷹匠はあんな腐った外道の様な台詞、吐きませんよ!」
大分めんどくさくなってきたヘッドは、闘志と志気を漲らせながら立ち上がる。
「だったら試してやろうじゃねぇか……その小娘が赤い鷹匠の元愛機に相応しい化物か否かをな!」
一方、ヘッドの手下達は依頼主に関する最も重要な事を質問した。
「ところで……あんたよくあんな檻から抜け出せたな?」
そう。この依頼主の正体は、こことは別の暴走族を率いてカッオが開展しようとしていた戦争博物館を襲撃し、ツルギに返り討ちにされてアニアーラ管理委員会傘下軍隊に逮捕された……カッオの息子であった。
「それだけあのバカ親父が憎いって事ですよ。あのバカ親父さえいなければ、あそこに囚われて閉じ込められた|兵器はのびのびと大活躍する事が出来たんですよ!」
ソレを聞いたヘッドはボソッと呟いた。
「……哀れだな」
一方、カッオの息子の脱獄の一報はツルギ達の耳に届き、ライトがカッオをお人好しと決めつけた上で質問した。
「馬鹿言えよ!このおっさんのガキがそんな悪さするのかよ!?」
が、カッオがバツ悪そうにしているのに気付いて困惑する。
「嘘だろ?」
ツルギがカッオの代わりに答える。
「カッオが戦争を否定する為に必死になって集めた|兵器を全て奪おうとしたのです」
「ん?親父の仕事を手伝うじゃなくて?」
そんなやり取りを聞いたカッオがようやく口を開いた。
「私が悪いんです。私が戦争の恐ろしさを正しく伝えるのが下手過ぎるから……」
が、そんなカッオの自虐的な謝罪の言葉を不満そうに遮るツルギ。
「実戦を知らな過ぎるから言える戯言ですよ。ああいうのはもっと痛い目に遭わないと解りませんよ」
ライトが珍しく真面目に言う。
「そうだったな。お前は、俺達と違って半年戦争の参加者だったんだよな?」
カッオもそれに続く。
「言いたくは……無かったんですが……その……」
ツルギは、カッオが言い辛そうに言おうとした台詞を代わりに言った。
「半年戦争で沢山の死を観てきたからですか?」
カッオが慌てて謝る。
「すいません!そんな心算は―――」
が、ツルギは優しそうな笑みを浮かべながら言う。
「いえ、その通りですから。それに、あの事件が無ければ、私は不殺縛りに対してこれ程の拘りを持っていなかったかもしれないし」
ライトが恐る恐る訊ねる。
「その不殺縛り……」
だが、やっぱり恐ろし過ぎて言葉が続かない。
「……聴かなかった事にしてるれ」
が、そんなライトの恐怖がツルギを満足させる。
「今はそれで良いんですよ。殺す側が死への恐怖を失う事がどれだけ危険な事か……」
カッオは、その時のツルギの表情がどこか満足気で……どこか悲しげに見えた。
それ故か、ライトがわざと慌てた様に見せかける。
「そんな事より、あのおっさんの息子だよ!アイツを止めないと、今度はここを破壊されるだけじゃ済まなくなるぞ!?」
ツルギは、ライトの気遣いに気付きながらライトの意見に同意する。
「……そうですね。今は兵器の魅力に溺れているだけですが、兵器や戦闘の魅力に酔い過ぎて命や死の重さを忘れた存在になられたら、もの凄く迷惑ですからね」
が、その1週間後、カッオの息子に襲撃を依頼された暴走族のヘッドがたった1機で乗り込んで来た。
「喧嘩……売りに来たぜ」
この一言だけで、カッオの息子に襲撃を依頼された敵である事は判明したが、まさかたった1人でやって来てくれるとは思ってもみなかった。
「あんた、パシリかよ?」
ライトの言葉を嘲笑うヘッド。
「あははははは!」
「何が可笑しいんだよ?」
「笑わせてくれるぜ。たった1人で敵陣に突っ込む奴をパシリ扱いとは……お前、結構安全地帯に頼るタイプだろ?」
少しだけドキッとしたライトに反し、ツルギは心配そうな笑みを浮かべた。
「大層な自信ですけど、これって本当に勝算が有っての事ですか?もしもそうではないと言うのであれば、勇気と無謀の違いが判っていないとしか―――」
「あんたかい?赤い鷹匠の元愛機の現在の運転手って言うのは?」
ツルギのお節介を遮りながら訊ねたヘッドだったが、ツルギの背の低さとたわわな乳房の膨らみが際立つ体型を視て、失礼ながら「本当にこいつが?」と言う感情が浮かんでしまうヘッド。
そう……ツルギに大昔の名作の名言を使った意地悪を言われるまでは。
「大きさは関係無い。そんな事はどうでも良い。わしを見ろ。わしの大きさで力量が測れるか?」
心の中に棲み付く油断を見透かされたと思いドキッとするヘッド。
「お?言ってくれるじゃねぇか。これは楽しい喧嘩になりそうだぜ?」
一方、ライトはヘッドの言い分に何かが引っ掛かっていた。
「ちょっと待て?お前はこの博物館にある兵器を根こそぎ盗んで来いって言われたんだよな?」
「あ?そうだよ。だから、俺はお前らと喧嘩して、勝って中の物を根こそぎ頂こうって訳よ」
「じゃあ何故ツルギの事を『ツルギ・マインドル』ではなく、『赤い鷹匠の元愛機の現在の運転手』って呼ぶ?」
そんなライトの質問へのヘッドの答えは、カッオを失望させるのに十分な威力だった。
「今回の喧嘩の依頼主が認めてないからさ。そいつが『本物の赤い鷹匠』だとな。寧ろ、赤い鷹匠の輝かしい戦歴を汚す『紛い物』だとよ」
ソレを聞いたツルギは、再び大昔の名作の名言を引用する。
「官憲の力でねじ伏せる。そういった思い上がりが、ああいう奴をのさばらせてしまうんですよ。官憲の栄職や権力の為でなく人が幸せに暮らせる世を創り、そして守るため剣をとって戦った。それを忘れてしまったら……我々はただの成り上がり者ですよ」
「つまり、出世目的でモビルフォースを運転してる訳じゃないって言いたいのか……気に入った!俺は『ガラ・タンドリー』!そしてこいつは『クレイモーア』!さあ、おっぱじめようかぁー!?」
が、ツルギは首を横に振る。
「ここでは関係無い人達に迷惑が掛かります。だから、ムシのいい話なのは承知の上で、決闘の場と日時をこちらで指定させて頂きたいのですが?」
ヘッドは悪魔の様な笑みを浮かべながら言う。
「なら……連絡先を交換するか?」
「……受けて立ちます」
で、本当に連絡先を交換してそのまま去って行ったガラを見て、慌てて質問するカッオ。
「待ってくれ!……マモは……私の息子は無事なのか!?」
そんなカッオの姿に、ガラはある日ある男に言われた責任追及の罵声を思い出す。
「貴様のせいだからな!貴様のせいで、私の妻と娘は死んだんだ!お前に殺された様なモノだ!」
しばらく黙っていたガラだったが、その点は答えるべきだと思い言い放った。
「今回の喧嘩の依頼主なら、まだまだピンピンしてるぜ。ま、かなりの超親不孝者に育っちまったがな」
その言葉に、カッオが愕然とする。
「何故だマモ……何故解ってくれないんだ……私が30年前に犯した罪の重さに……」
ガラはクレイモーアに乗り込むと、そのまま無言で去って行ったが、そんなクレイモーアの背中が何故か寂し気に見えたツルギ。
「ガラさん……貴方は……一体……」
ガラ・タンドリーとの決闘に備え、場所取りを兼ねた相談をすべくメカネ中佐の許を訪れるツルギ。
「つまり、モビルフォース同士の一騎打ちが出来る場所を我々が提供しろと?」
「無論、貴方達管理委員会の意見を無視した懇願なのは解っています。ですが、この戦いの被害は出来るだけ少なくしたいので」
そう言うと、深々と頭を下げるツルギ。
だが、メカネの言い分は予想外のモノだった。
「寧ろ……私達が先に貴女に依頼するべき案件なんです。ガラくんが使用する非公式のモビルフォースは、他のスペースデブリ密漁者が使用する非公式とは比べ物ならない程強大で、そう言う意味も込めてウミギ准尉にガラくんを補導させようとしましたが、この前の勤務態度では……」
「で、私と貴方達の利害が一致したと?」
残念そうに俯くメカネ。
「……それだけではないのです」
「と……申しますと?」
メカネは観念しながら言い放つ。
「ガラくんの今の性格は、私のせいなのです。ガラくんは、ある自殺騒動の際に遺書に書いてあったイジメの主犯だと白状し出頭したのですが―――」
ツルギはメカネの白状を遮った。
「そこから先は……この後の決闘が終わってからにしてくれませんか。アレは恐らく、戦意が萎えた状態で戦える相手じゃない」
だが、それでも思いの丈を懺悔の意味で白状したいメカネ。
「ですが、ガラくんは……私が突き付けた逮捕免除を辱めだと勘違いしてます!だから、彼は件の逮捕免除への不満を晴らす為に死に場所を求めています!だから―――」
ツルギは、メカネを安心させるべく満面の笑みを浮かべた。
「なら、なおの事勝たなきゃいけませんね?カッオさんの為にも、メカネさんの為にも、そして、ガラの為にも」
そして、決意に満ちた目でメカネを見るツルギ。
「なので……決闘の場所を宜しくお願いします!」
メカネもまた、決意を新たにする。
「解りました」
本作オリジナル設定
●ガラ・タンドリー
性別:男性
年齢:21歳
身長:179cm
体重:71kg
愛機:クレイモーア
とある暴走族を率いるヘッド。
かなりの自己中心的なガキ大将だが、芯が強く義理堅い一本気な一面もある。だが、現在はとある自殺騒動の際に受けた不当な逮捕免除に反発して暴走族を組織し、まるで死に場所を求めるかの様にモビルフォース擬きを使った喧嘩に明け暮れている。
イメージモデルは【曉!!男塾 青年よ、大死を抱け】の『赤石十蔵』で、【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『相楽左之助』に相当する人物。
●クレイモーア
頭頂高:17m
重量:66.6t
運転手段:マニュアルトランスミッション
武装:ヒートツーハンデッドフォセ
ポールドロングローブ
ガラ・タンドリーが愛用するモビルフォース擬き。外見重視に陥りやすい他のモビルフォース擬きとは違って実力重視な為、公式モビルフォースであるクズワンやヘドデルなどと十分に渡り合える戦闘力を誇る。
最大の特徴は装甲の堅牢さだが、強化された脚部ユニットのホバリングにより、高い機動性を有している。また、ぶ厚く重い刃は、攻撃を受け止めるシールドとしても活用できる。肩アーマーを腕部に取り付けながら反撃の隙を与えないほどの連続パンチを敵に叩き込むのも、この機体の名物の1つである。
その反面、遠距離攻撃に乏しく、相手に接近するまで攻撃手段が無いと言う欠点を背負っている。
【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『斬馬刀』や『徒手空拳』に相当するモビルフォース。
●マモ・ルー
性別:男性
年齢:17歳
趣味:兵器鑑賞、戦争映画鑑賞
カッオ・ルーの息子。
だが、カッオと違って兵器の造形美と機能美に完全に溺れており、戦争の陰惨さを知って厭戦主義に傾倒するカッオに反発して家出している。その後は、再三にわたって様々な不良と結託して反戦目的の戦争博物館開展を阻止しようとするが(本人曰く「囚われて活躍の場を奪われた兵器達への救助と救済」)、ことごとくツルギに妨害されている。そう言う事も有ってか、半年戦争で得た戦果を武器に出世をする事を怠るツルギの事を「赤い鷹匠の輝かしい功績を汚した紛い物」として扱っている。
【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『比留間喜兵衛』に相当する人物。
第5幕:後悔する権利
ガラ・タンドリー殿へ
信じられないかもしれませんが、アニアーラ管理委員会傘下軍隊が所有する演習場を借りる事が出来ました。そちらでこの前の決闘の約束を果たしたいと思っております。
無論、こちらが提示する条件がお気に召さないのであれば、来なくて結構です。その時は、また別の場所を捜索させて頂きます。
ツルギ・マインドルより
追伸
もしも、管理委員会が私との約束を反故にして貴方達を逮捕する様であれば、私は容赦無くそちら側につく事も忘れずに。
第5幕:後悔する権利
ツルギ達は既に決戦の地である演習用小惑星にある演習場に到着していたが、この事にライトは懐疑的だった。
「本当に来ると思ってんのかよ?」
ツルギは既にフェルシュングの運転席に座っているが、この場所が管理委員会傘下軍隊の管理下である事も手伝ってか、言い出しっぺであるツルギですら懐疑的である。
「来ないのであれば、また彼らと話し合うだけです」
ツルギの言い分に呆れるライト。
「そこは不戦勝で良いだろ?馬鹿真面目だなぁ」
その間、カッオは辛そうな表情を浮かべながら俯いていた。
「おっさん、大丈夫かよ?嫌なら来なくても良いだぞ?」
カッオをそれなりに気にするライトに反して、ガラ達より先に来ていたマモが鼻で笑った。
「ふん!自業自得だ!|展示予定の兵器達を不当な理由で拉致監禁して拘束し、|輝かしく活躍出来る戦場から追放したんだからな!」
マモの身勝手な言い分を聴いて更に顔を青くするカッオ。
「……マモ……」
ライトが嫌そうに舌打ちすると、騒音と共にガラが使用するモビルフォース擬きが演習場にやって来た。
「来たぜぇー!さあ、この喧嘩を楽しもうかぁー!」
「よし、言いたい事が山盛りだな」
ガラの予想外の到着に驚くライト。
「何で来た?」
一方のガラは、ライトの言い分が解らない。
「『何で?』だと?先に此処に呼んだのは―――」
ツルギは、ガラの言い分を遮る様にライトの驚きの理由を説明した。
「疑わなかったのか?」
「……何の事だ?」
「私達が管理委員会と手を組んで貴方達を拘束して逮捕しようとする……とは考えなかったんですか?」
ガラは自信満々に鼻で笑った。
「ふん!その時は俺が全員叩きのめして悠々と凱旋させて貰うぞ!」
「自信家過ぎぃー!?」
ツルギはライトの驚きを無視して運転席のハンドルを握った。
「叩きのめす?出来ますかな?」
その一方、ツルギはメカネに言われた事を思い出してしまう。
「私が突き付けた逮捕免除を辱めだと勘違いしてます!だから、彼は件の逮捕免除への不満を晴らす為に死に場所を求めています!だから―――」
そこで、ツルギはガラに質問した。
「あの女性を殺したのは、本当に貴方なんですか?」
その質問に対し、ガラは不敵な笑みを浮かべた。
「ああ殺したよ!……って言ったらどうする?」
ツルギはゆっくりと目を閉じ、そしてゆっくりと目を開けながら決意の言葉を告げる。
「……解りました……戦います……」
「言ったな?その言葉、待ってたぜ!」
が、ツルギのこの後の台詞に、その場にいる者全員が驚きを隠せなかった。
「ただし、私はしんけん以外の武器は使用しません」
そう言いながらフェルシュングを動かすが、フェルシュングの手には何も持っていなかった。
「貴方に……私の心剣に耐えられますか?」
ツルギの質問にツッコむライト。
「剣もってねぇじゃん!」
ツルギとガラの一騎打ちの話を聞いたウミギが慌てる。
「何いぃーーーーー!?俺達を降格させたあの小娘が、俺達が使っている演習場で決闘だとぉーーーーー!」
慌てて現場に到着するウミギだが、フェルシュングの手に何も握られていない事に呆れる。
「……何しに来たんだ?」
一方、ガラは闘志むき出しである。
「ふん!舐められたものだな?この『クレイモーア』、そんな手加減しながらの攻撃程度でくたばる程……ヤワじゃねぇぜぇーーーーー!」
クレイモーアがヒートツーハンデッドフォセを振り回しながらフェルシュングに迫るのを観て、ライトは色々な意味で驚いていた。
「デッ……速!ツルギのボケにツッコむ暇がねぇ!」
だが、ツルギも伊達に半年戦争で火星粛清反対派に加担していない事を証明するかの様にガラの猛攻を躱し、躱しながら面を打つ。
しかし……
「残念だったな。ここでちゃんとした武器を握らせておけば、このクレイモーアに当てる事ぐらいは出来た……かもな!」
フェルシュングの無手故の空振りを嘲笑うかの様にクレイモーアがヒートツーハンデッドフォセを振り下ろすが、フェルシュングはそれを難無く躱しながらまた面打ちをする。しかし、やっぱり何も持ていないのでフェルシュングの面打ちは空振りである。
でも、クレイモーアはヒートツーハンデッドフォセを落とした。
「あんた、素早いな。たいていの奴はこれで沈んだ」
ガラの言い分に対し、ツルギは至極真っ当な事を言った。
「たいていの奴?その巨大さ故に、攻撃が打ち降ろしか薙ぎ払うかの2択のみ。誰でも簡単に避けられる筈です」
ガラは余裕に見せたい笑みの額に、冷や汗を滲ませる。ツルギの言葉は煽りでも何でもなく、事実だと言う事がガラには解る。
「簡単に言ってくれるぜ……だが、運が良かった奴も」
クレイモーアの両肩の装甲が突然外れ、まるでグローブの様に両手に装着された。
「これで、沈んだぁーーーーー!」
(両足にエアクッション艇を仕込んだのは、その為でしたか!)
「やりますね」
判断力と、それを実行する実力を、ツルギは評価した。
しかし、そんな評価はガラには関係無い。武器をヒートツーハンデッドフォセからポールドロングローブに切り替えた次の瞬間には、その剛腕を振り下ろす。人工芝の地面がビスケットの様に砕け散る。
が、ツルギが運転するフェルシュングはその一撃を、難無く飛び退いて避けた。
そこで、カッオがやっとツルギの意図に気付いた。
(この戦い、一見ツルギさんが一方的に防戦一方に視えるが、本来ならばガラくんは既に、少なくとも2回は斬られていた。つまり、一見一切攻撃していない様に視えて、ガラくんの精神を攻撃している?ガラくんがもし、ツルギさんがちゃんと武器を持って攻撃していたらを予想出来る様になったら……その時点でガラくんの負けだ!)
だが、当たるまで振るえば良い。いかにツルギが運転するフェルシュングが素早いとは言え、フェルシュングは武器を持っていない、そんな致命的なミスを続けさせる。それがガラの戦術だったが……
「!?」
その時、視界に飛び込んで来た油断と隙が、ガラの思考を一瞬空白にした。
(よそ見!?)
一方、ツルギが運転するフェルシュングは横で観戦している一団を発見すると、そちらの方に顔を向けながら手を振った。そして、フェルシュングに手を振られた一団は、困惑しながらフェルシュングに向かって手を振―――
「甘いよ」
その隙を見逃してくれるツルギではなかった。
フェルシュングは臀部のジェットブースターを噴射し、すれ違いざまにクレイモーアに胴を打ち込んだ。勿論、何も持ってない状態では何の意味も無い……筈だった。
「……あの馬鹿デカい刀……どっから出てきた……」
ライトには見えたのだ。フェルシュングの手に握られている……ツルギの心の剣を。
その事に驚くカッオ。
(まさか、見抜いたと言うのか!?ツルギさんの本当の目論見に!?)
一方のガラは苦虫を噛み潰した様な顔をしながら、自分の判断ミスを呪った。
(こいつ、戦術もイケるクチか!?)
だがそれに引き換え、ウミギはガラが慌てる理由が全く解らなかった。
「馬鹿なのか?」
しかし、マモが悪魔の様な笑顔を浮かべた途端、フェルシュングはビクともしなくなった。
「……なんだ?……何が起こっている?」
「何やってるんだ!?さっきの剣でさっさと斬っちまえよ!」
だが、ライトの怒号に反してフェルシュングはビクともしなくなった。
しかも、運転席にいるツルギを襲う異変は、フェルシュングはビクとも動かない……だけではなかった。
「!?……メインカメラが……遅効性塗料か?」
そんな中、マモが大喜びでガラに命令した。
「今だぁーーーーー!赤い鷹匠の輝かしい栄光と名声と出世街道を汚し、|展示予定の兵器達を不当な理由で拉致監禁して拘束して|輝かしく活躍出来る戦場から追放した、モビルフォースドライバー最大の面汚しに、正当なる死罪と獄門をおぉーーーーー!」
マモが未だに父であるカッオが運営する反戦を目的とした戦争博物館に展示してある兵器達に殺人を犯させようとしている事実に、カッオは完全に蒼褪めながら膝を屈して崩れ落ちた。
「私は……どこで間違ってしまったんだ?……私はまた……30年前の過ちを……またやってしまうのか……」
そんなカッオに慌てて駆け寄るライト。
「おい!しっかりしろよ!」
それに引き換え、マモはガラに向かって偉そうに命令していた。
「何をしているガラぁーーーーー!今こそ、そこの不届き者に正義の鉄槌をぉーーーーー!―――」
だが、ガラの怒りは自身の反則行為を棚に上げて自分勝手な事を言うマモに向けられていた。
「なにしてやがる?俺のタイマンの邪魔してただで済むと思うか?」
しかし、マモは何でガラに叱られているのか解らず、やはり自分勝手な事を言う。
「何を言っている?俺はただ、お前の正義の鉄槌に勝利をもたらそうと―――」
それがかえってガラの怒りを助長した。
「ふざけんな!そんな卑怯な手で勝ちたいって誰が言った!?それとも何か!?あの糞眼鏡同様、俺から後悔する権利を奪う気か?」
「何を言っている!?不当な理由で拉致監禁された|展示予定の兵器達を後悔させない為の戦いじゃないか!敗北が絶対に許されない戦いなんだぞ!」
「うるせぇ!ふざけるな!何が正義だ?何が勝利だ?俺みたいな強者には後悔する権利はねえって言うのかよ!?弱者には擁護される権利はねえって言うのかよ!?そんな理不尽、俺が許すと思っているのかぁーーーーー!?」
その時、ライトがマモを思いっきり殴った。
「お前がこんな事を計画しなけりゃ、アイツも俺達もこんな恥ずかしい目に遭う事は無かったんだ!テメェだけは絶対に許さねぇ!」
しかし、ライトに殴られて吹き飛んだマモの手から零れ落ちた何らかのリモコンを、よりによってウミギ達が拾ってしまう。
「あ!しまった!」
「その拳は何だ?暴行罪で現行犯逮捕してやっても良いんだぞ?」
感情だけで動いてしまい事態を悪化させてしまったライトを嘲笑うウミギ達であったが、それがかえってガラから戦意を奪ってしまった。
「やめだやめだ!こんなつまらねぇ喧嘩、これ以上続けても何の意味もねぇ……」
ガラの戦意喪失を表現するかの様にフェルシュングに背を向けるクレイモーアを観て、慌てて声を掛けるマモとウミギ。
そんな構図を視て呆れるライト。
「……悪銭身に付かずって……こう言う事を言うのか?」
が、ツルギは慌てる事無くフェルシュング起動ワードを高らかに口にする。
「たんたん狸の金玉はー♪」
その途端、フェルシュングが再び起動する。
「なぁーーーーー!?」
「何だこの装置は!?ただの役立たずか!?」
予想外の不都合の連続に慌てふためくマモ達に対し、実戦経験者としての言い分を高らかに言い放つ。
「何らかの方法で敵の動きを封じる。火星粛清賛成派がそんな罠も思いつかない程バカだと思っていたのですか?それに、出撃準備中に簡易的な整備を行うのも常だと知らなかったんですか?だとしたら、やはり実戦に出るべきではないです」
だが、マモはガラの勝利とツルギの敗北を諦めない。
「だが!メインカメラとサブカメラは完全に封じた!貴様は完全に盲目になったも同然―――」
フェルシュングのヒートウイングビットがウミギの手前で停まった。
「ひっ!?」
「黒幕のお前は、|心剣では済ませられんな」
「ひっ…ひっ…ひはぁ…」
ツルギの脅しに屈して失神したウミギの手からフェルシュングを強制停止させる為のリモコンが落ちたので、ライトが慌てて踏み潰した。
「ギャァハハハハハハハ!好戦的な卑怯者の失禁なんて誰得だよ!?」
が、肝心のガラとクレイモーアをどうするかである。
「言われねえでももうやめだ」
ガラの戦意喪失を表現するかの様にフェルシュングに背を向けるクレイモーア。
「ったく、つまらねぇ喧嘩、買っちまったぜ―――」
「逃げる御心算ですか?」
ツルギの珍しい挑発に驚くライト。
「相手がせっかく逃げてくれたのにか?」
だが、ツルギのガラに対する挑発めいた質問は続く。
「後悔の必要性を説く貴方が、何故に喧嘩屋なんて理不尽な生業をするんですか?性根は真っ直ぐな筈なのに、今の貴方は酷く歪んでます。何が貴方をここまで歪ませたんですか?」
その言葉で、フェルシュングに背を向けてたクレイモーアが、再びフェルシュングと対峙した。
「いくらつまらねぇ喧嘩でも……ちゃんと決着をつけないと締まらねぇって事か!?」
それに対し、ツルギの口から出たのは謝罪の言葉だった。
「ごめんなさい……私は貴方の心を見誤っていました」
ツルギの新たな決意を表す様にヒートステッキを抜き、ヒートウイングビットをフル起動させた。
「アイツまさか!?ガンダムのギアを5速にしたのか!?」
臨戦態勢を整えたヒートウイングビットを視て、その迫力に圧倒されて沈黙するガラ。
「……は!?そ……そんなに決着をつけたいのなら」
ヒートツーハンデッドフォセを拾うクレイモーア。
「決着つけようぜぇーーーーー!」
そして、ヒートツーハンデッドフォセを容赦無く振り下ろすクレイモーア。
「ツルギ!」
それに対してヒートステッキで受け止めるフェルシュングだが、耐え切れずに左腕を斬り落とされた。
が、
「今!」
クレイモーアは一瞬の隙をつかれ、ヒートウイングビットが四肢の付け根に突き刺さった。
「ぐおおぉーーーーー!」
だが、クレイモーアとてモビルフォース擬きとは言え実戦を想定して作られた機体。どうにかヒートウイングビットの溶斬に耐えた。
それを観て祈るマモ。
「頼む!耐え抜いてくれ!そして勝ってくれ!これに耐え切れば、あの偽物はもう……攻撃手段は無い!」
それに対し、ライトは再びマモの胸倉を掴んだ。
「それは、誰の為の祈りだ?それは、親を裏切って不幸のどん底に叩き込むだけの価値がある祈りか!?」
ライトのこの言葉にハッとしたのは、言われたマモではなくガラであった。
「誰の……為……?」
それに引き換え、マモは即座に反論する。
「そう言うお前は、出番を奪われて大人しく引き下がると言うのか!?」
「ただ表に出て目立つだけが出番じゃねぇ!」
その間、ガラは何かを思い出すかの様に抵抗を諦め、それに呼応するかの様にクレイモーアの四肢が斬り落とされた。
「な!?何ぃーーーーー!?」
ガラの予想外の敗北に対して何か言おうとしたマモであったが、その前にライトが何かでマモの右頬を斬った。
「何をして、ガッ!?」
ライトの手に握られていたのは、1本の短剣であった。
「|兵器をあのおっさん、つまりお前の親父が営む戦争博物館から追い出したかったんだろ?どうだ?|短剣が戦場で輝かしくお前を斬ってる感想は?」
大きく切り裂かれ、今も流血し続けている右頬を押さえるマモに向かって短剣を投げ捨てた。
「|短剣、礼だよ。お前に遭わなきゃ、目が覚めなかった」
一方、ガラに勝利したツルギは、ガラに自分の持論を伝えた。
「貴方は、この機体が強制停止の罠にはまった時に『強者に後悔する権利は無いのか?』と言いましたね」
「……それがどうした?」
「でも、違うんです。強者に必要なのは後悔する権利でも、ましてやライトさんに撃退された人達が行った自分勝手な卑怯でもありません」
「じゃあ、何だって言うんだよ?」
「それは……最悪の事態を防ぐ為の『罪悪感』です」
ガラは再びハッとする。
「罪悪感……か……もっと早くにアンタに出逢えていたなら、俺は門前払いなんかされず、こうやってちゃんと罪滅ぼしが出来てたのかもな……」
そして、ガラは心身共に敗北を認め、マモの実の父カッオが計画していた戦争反対を目的とした戦争博物館の阻止は、ツルギの手によってまた水泡に帰したのである。
ガラ・タンドリーとの決闘を終えたツルギは、後日、メカネに呼び出された。たった1人で。
その理由は、ガラがあそこまでグレた理由をツルギに語る為であった。
「出頭したガラ君の逮捕拒否を伝えたのは、この私なんです」
ツルギは言ってる意味が解らなかったが、取り敢えず黙って聴く事にした。
「自殺した事になっている女性の父親には、妻と娘だけでなく愛人とその間に出来た息子さんまでいましてね、自殺した事になっている女性の父親は自身が運営する財閥の次期総裁を愛人の息子に譲る心算だったらしいです。関係が冷め切った妻との間に出来た娘よりそっちに愛情を注いでしまったんでしょう」
ガラが出頭するきっかけとなった自殺騒動の詳細を語るメカネの言葉に、徐々に怒気が宿って行くのを感じるツルギ。
「ですが、当の財閥の全重役と全管理職が全会一致で、一致団結して次期総裁の座が愛人の息子の手に渡る事態を全力で阻止する事が、現在の総裁である被害者の父親を立会人に仕立て上げた上で結ばれました。ま、それがまったく無関係なガラ君を巻き込んだ自殺騒動に発展する最後の引き金になってしまいましたけどね」
そこまで聴いたツルギは疑問に思う。「その自殺騒動は本当に自殺なのか?」と。
「つまり、愛人の息子に次期総裁の座を譲る為に娘と妻を始末しなくてはならなくなった言う訳です。ですが、普通に暗殺すれば、愛人とその間に出来た息子さんに疑いの目が向いて逮捕の憂き目に遭っては本末転倒と考えたのでしょう。そこで―――」
ツルギはようやく合点がいき始めた。
「全力で娘と妻が自殺した理由と原因を探したぁ」
メカネは力強く頷いた。
つまり、次期総裁争いで図らずも対抗馬になってしまった妻と娘を蹴落とし、愛人の息子に次期総裁の座を譲る為に、邪魔になった妻と娘を自殺に見せかけて殺した……と言う事である。
「そこに自殺した事になっている娘の父親にとってご都合主義的にやって来てくれたのが、ガラ君が長年犯し続けてきた自己中心的な言動でした」
「つまり……父親はまったく無関係である筈のガラさんを娘と妻が自殺した元凶に仕立て上げたと言う訳ですね?」
「ええ。だから、何も知らない上に本当は無関係な筈のガラ君が、本当は黒幕だった父親の娘と妻が自殺した理由が自分だと勘違いして出頭した時は、本音を言えば大変迷惑でしたよ」
「ガラさんが娘と妻の自殺の元凶として逮捕されれば、ガラさんに全ての罪を押し付けて幕引き出来る……からですか?」
「まあ、我々はその時点で自殺した事にされている娘の自殺理由とガラ君の言動との辻褄が合い過ぎる事に疑問を持っていましたし、ガラ君から受けたいじめを苦に自殺した娘の後を追って母親が自殺した割には、元凶であるガラ君への恨みが不自然と思える程少なかった印象を受けましたので、勇気をもって出頭したガラ君には色々と言いくるめて御帰宅願った……と言う次第です」
ツルギは溜息を吐きながらツッコミを入れた。
「犯人達に現在の捜査状況を悟られない様にする為とは言え、当時の説明が足りなかったのでは?」
そのツッコミにメカネは恥ずかしそうに告げる。
「確かにその通りかもしれませんね。本当に反省材料です」
「で、ガラさんの悪質なイジメが原因と言う事になっている連続自殺を、貴方達管理委員会は『自殺に偽装した虐待死』って線で決着をつけちゃったから、ガラさんはそれを自身の逮捕を不当な理由で却下したと勘違いして、その事に逆ギレしたと?」
そのツッコミにメカネは恥ずかしそうに告げる。
「まったくもってその通りです。で、自殺の原因として逮捕される筈だった自分が、何時の間にか不当な理由で逮捕を取り消され、周囲から『毒親から悪友を護りきれなかった弱者』と罵られ続け……後はご存知の通りです」
聞かされた事の顛末に呆れるツルギ。
「何ですかそれは?無関係な筈のガラさんが、まるでピエロじゃないですか?」
つまり、ガラはまったく無関係な家族同士の殺し合いの出汁にされ、全く無縁の黒幕に娘を自殺に追いやった元凶といて罵られ、その事に罪悪感を抱いたから出頭したのに不当に門前払いを受け、謂れの無い罵詈雑言を言われ続けた訳である。
「まったくです」
ただ、メカネの怒気だけは潰えていなかった。
「ですが、やっぱりその様な悪意に満ちた策略は人気が無いと言いましょうか、結局、愛人の息子を全く信用していなかった重役の証言のお陰で、自殺した事にされた娘の父親の逮捕に漕ぎ着けました」
「あ……悪銭身に付かずとはよく言ったモノですね……と言うか、その愛人の息子さん、余程人気が無いんですね?」
ツルギがやや半笑いの中、メカネが鋭い視線でこう宣言した。
「此処から先は私の感想ですが、育ての親にあるまじき精神を見逃す程我々は甘くありませんよ」
メカネは、言いたい事を言い切った途端に物腰が急に穏やかになり、急にツルギに礼を言った。
「だから、ガラ君の心の救済に協力して頂き、感謝いたします」
そう言いながらツルギに向かって敬礼をするメカネ。
だが、当のツルギの心は複雑だった。
ガラが決闘中に言った「強者には後悔する権利は無いって言うのか?弱者には同情される権利は無いって言うのか?」がどうも引っ掛かっていたし、それに、自殺に見せかけて殺された財閥総裁の妻と娘が不憫な上に、冤罪を着せられた上に何も知らずに出頭してしまったガラにも気の毒な部分が有るからだ。
かと言ってガラに完全に同情している訳でも無く、財閥総裁に自殺の元凶として利用されるだけの自分勝手を行ったガラにも責任の一端が有る訳で……
(この事件で1番悪いのは……誰だ?)
本作オリジナル設定
●ガラ・タンドリーの冤罪に関する設定について
本作の中でも物凄く難産だったのは、【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『相楽左之助』に相当する人物の予定だったガラ・タンドリーさんです。
冒頭の半年戦争は、【るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】における『赤報隊』に相当する組織が生まれる程大規模ではないし、かと言って「実家や自宅に不満が有るから家出した」では『相楽左之助』らしさに欠ける……
と言う訳で思いついたのが、「罪を背負った事に気付いたので勇気をもって出頭したのに、不当な理由で逮捕を免除されたので、その事に逆ギレした」でした。
その設定の為だけに生み出したのが、「愛人の息子を次期総裁にすべく、邪魔になった妻と娘を自殺に見せかけて殺した巨大な財閥の総裁」だったのですが、彼に関する設定がもう湯水の様に浮かぶ浮かぶ。自画自賛ながらこのまま2時間ドラマを作れるんじゃないかと言う勢いでどんどん浮かびましたが、それだとガラの影が薄くなると思い、最初に思い浮かんだ展開である「メカネが事件の真相を語る」で落ちつきました。
詭道贋作ガンダム・戦後の達人