イライア、森。それに友と僕。
キャンプ場での思い出話です。
少し手直しました。
「野リスだ」 無邪気に振り返った君は、いたずらを思いついた子供のように目を輝かせていた。
「野リスだ」
無邪気に振り返った君は、いたずらを思いついた子供のように目を輝かせていた。
武滑稽な猫背をしていながら僕よりでかい図体で、君は酒もまだ飲んでいないのにめずらしく
嬉しそうだった。
BBCのドキュメンタリーでさえ写しきれない自然が、木漏れ日の風景が、君の喜びと呼応しているようだった。
エリクもコナーも、僕も笑った。
「へぇ」
他愛もない休日だった。
イライア、森。それに友と僕。
キャンプサイトについて三日目の昼だった。
ナショナルパークの名に恥じない素晴らしい自然への感動は薄れなかったが、
都会の鳩並にいるブルージェイへの興味はもうなくなっていた。
何がしたいのか、湖沿い近くの森林をコナーは眺めていたし、
エリクは「おい、コック長!」と野次を飛ばそうかとためらうくらい
やたら調理器具で音をならしていた。せめて表情だけでも楽しそうにすればいいものを、
あのしかめっ面は剥ぎ取るのも無理だと諦めていた。
熊みたいな図体しやがって、面白い。
日頃いつもそう思っていた。
ふ、と何処かを見上げるコナーは考え事をしているのか、それとも見た目通りの馬鹿なのか。
痩せこけた鳥みたいで、鼻が鷲のクチバシのようで、のんびり屋を気取るこいつとつるむ事が頭の
どこかでひっかかっていた。
同族嫌悪かもしれない、という考えをパイプ越しに吸った煙と共に吹き出し、
僕も空を見上げた。
考えなければ、いい。
「イライア、なにしてるんだぁ?」
と右耳裏から声が響いた。
エリクは常に自分の羞恥心をかき消そうと小馬鹿にするような口調でしゃべる。
もちろん、笑いで言葉も濁す。
「ちょっとまってろ」
そう言いながら2日分の空瓶が溜まったゴミ置き場へのっぺりと楽しそうな面を
ひっつけてのそりと歩く。
自分で無造作に切ったはずの髪が、昔みたハリウッド映画とかにでてきそうな俳優みたいに様になっているのに関心していた。
だって頭が切れて、性格が悪くて、不器用で、体格ゴツくても根が純粋なんて時点でてんでかっこいいのにアル中寸前の脆い君が、ダサくなることなんてあるのかい?
そんな事をいえば笑いながらゲイだと馬鹿にするのはわかっていたから、
いつもそんな感想を持て余しながらニンマリ笑ってた。
二日目から絶やず焚き続けてるキャンプファイアーごしに、笑いかけてきたね。
「よぉ、まだ吸いたりないのか?」
「まぁぁ、そうだねぇ。」
気が合うってのの確認だけで楽しくなってね。
そのまますり抜けて焚き火用の薪を探ったさ。
「コォォナァァァァ...なぁああにしてんのぉぉぅ?」
キャンプファイアーで少しゴムが溶けた靴で、焚き火まわりの囲い石蹴って、
イスをグラグラさせて呼んだ。
ふんぅぅ?と鷲鼻から息をだして、眠たそうな目で振り向いて、尖ったアゴに手を付けて。
歩きよってきたら、
「なぁんもぉ?」
ととぼけてきた。
「あっそ、」
とお互い笑い流した。
僕の後ろに目を向けながら、
「えぃ、イライア、なにしてんの?」
と聞いた。
エリクもテーブル越しに顔を上げたのはなんとなくわかった。
「野リスがいた。」
残忍な笑い方だった。
畏怖を感じることはなかった。
君は空瓶を数本と、でかい石を一つ持って、
しゃがんでた場所まで歩き始めた。
「それでなにすんの?」
と不安げにエリクは笑ってた。
なんとなく皆察してた。
やけにシネマチックな、ニヤリとした捻れ笑いで君は答えた。
「クソリスを殺すんだ」
あんまり嬉しそうだったから、僕らも思わず笑っちまった。
いいね、いいねと、エリクもコナーも動き出した。
僕は笑いながら、薬瓶をポケットにつっこみ、
逃げるようにパイプに火をつけ恐れと煙を吸い込んだ。
その前の冬にさ、
「繊細なんだよ、」と言った時、ソファからちょっと身を起こし
「俺の爺さんかい?」とククッと笑った君は嬉しそうだった。
そんなことを覚えてるんだ、なんでって聞かれりゃわかんないけど。
思えばいつも、傷つけられるだけ傷ついていたのかもしれないね。
世の中に理解されないとか、人生は短いとか、腐るほど見てきたドラマの中の
薄っぺらいガキ共がリピートしてる事じゃなくてさ。
ふ、とした時に見えた顔は怯えながらも、祈ってるようにみえたんだ。
恐怖なんてもんじゃなかったね。君が振り回される程のことに思えなかった。そんなつまらないモノに苦悩する君が、崩れこぼれていく君が、望んでそうなっていったことを僕は知っている。
でもなけりゃあんな笑顔はできやしない。
いつも僕は、君が怖かった。
「餌への喰いつきはいいんだ」
感情のない目で、焚き火の前で君は枝を削っていた。
「人間になれてるんだよ、キャンプ場でしょ?」
不安げに笑いながら、エリクはビールを口に押し流したね。
熊みたいな図体丸めて、無精髭ちょっと濡らしちゃって。
「んでぇ、だからぁ、穴ほったとこを瓶でかこんだワナにいれてぇ、」
コナーはいつもどおり、鷲鼻高く、そこそこたのしそうに、
「こう、ヤリでグサッといくわけだ?」
フフンッて笑うのを僕は聞いた。
やっと真昼になったころか。
空も湖も共に澄んでいたし、僕達を囲む森林はいきいきと照らされ生きていたし、
焚き火は存在感なく燃えてたし。
そんな中なんとなくみんながわらって、コナーはビールをクイッとあおったし、
エリクも続くように飲んだし、イライアは口だけ嬉しそうに、
目は爛々させながら淡々と枝を削ってた。
「んぇー?でもそんなうまくいくかなぁ?」
すっとぼけたかんじで僕は言ったね。
やめれば?って意味でいったんだ、
伝わらないだろうとは思ってたけど。
だってそうじゃん、生まれて世の中生きてきて、
虫ならともかく動物をさ、赤い血を垂れ流すヤツをさ、
殺したことないのにいきなりできるの?っておもっちゃってさ。
でもイライアは嬉しそうだった。あのリスってヤツは別に
どうでもよかったんだと思う。あいつを殺せるのが、
あいつを殺すというのが、すごく怒りや憎しみでもぶつけられるってのが、
それとあいつを殺したらきっと、なにか素敵な事になるんじゃないかってさ、
そんな顔をしてたんだ。
そんなわけ無いじゃんって、僕等は馬鹿にしただろうけど、
できないって思ってたから笑ってたんだ。
おかしいよね?
おかしいよね?
ズッ、とヤリは土に食い込んだ。
大きいのと、重いのと、それとは別にヤリを投げた本人が
すごくいきいきしてたから。
「じゃあやろうかぁ」
っていったのはエリクだったか君だったか。
だれでもいいよね?べつにそんなの。
そうして僕等は罠を囲んだ。
日の眩しさは気にならなかった。
「喰いつきはいいんだ」
半月状に空瓶で囲んだ土のくぼみを眺めて、そこから見上げて視線で確認をとってたね。
少しダブダブの服を重ねて、枝を削ったヤリ持って。
エリクは視線に頷いたし、コナーはフフンッと息で応えた。
僕は横の木の下で、笑いで怯えをごまかして。
興奮が体中の血管という血管を歓喜で走りめぐってたろうね。
君の喜びが、暴力と会える楽しみが、その感覚がまるで
自分のもののように思えたよ。
でもやっぱり僕は君じゃなくて、弾け出る「死」を見たくなくて、
木の影と貼りつけた笑顔に、見えるように隠れてた。
君は僕の裏切りを知らない。
ズゥゥッと泥よりの地面にのめり込んだ最初の一投は、
空瓶の砦すら大きくはずれ、でも焚き火には近いくらい
場所の土をえぐるだけに終わった。
アゴを引っ込め、握りこぶしみたいに肩を丸み潰し、
くふふっと君が、間抜け加減に笑ったから、
コナーは口で笑ったし、エリクも珍しく周囲も自分気にせず臆せず
心底ハラを抱えて笑ってた。
飛んだヤリ見て逃げたリスは、逃げ切らず僕等を眺めていたね。
ほっとして笑ってた僕見て笑って、首振りながら笑い続けて、
ゆっくりゆったりえぐれた地面まで行って、
「次はちゃんと追い詰めないと」って
背中越しにニヤついてるのがわかったよ。
ゆっくりゆったり、ヤリを掴んで拾い上げ、
振り向いた君は
「投げる」暴力に震えてた。
そんなに楽しそうな君は、童心しか見取れない君の笑顔は
ひどく愛おしいものに思えた。
それから何度も何度も、君らは遊んだ。
エリクもコナーも、無邪気にリスを追い詰めた。
そしてリスのやろうは、変に度胸があるもんだから、
貪欲だから、何度も何度も戻ってくるんだ。
おちょくってやがる、と誰かがいった。
どうぶつとあそんでる。
握られ、投げられ、突き刺さるヤリ。
おっかけて、逃げられ、さそい出されて。
真上にとまる鳥も見ていた。
どこ吹く風、と鳴いていた。
鳴き響くセミの声さえ聞こえていたかも思い出せない。
夢中になって、夢中になって。
僕の記憶には、あの時の音がわからない。
土を滑る足音、外れて吹っ飛ばされる瓶、
笑う僕ら、テレビみたいな日差し。
そして、ヤリがリスをかすめた。
ズゥッ‥テッ‥
えぐり滑るヤリの音が急に聞こえた。
削られたヤリが、リスの左肩をかすめてった。
その瞬間だけ、その瞬間だけが、
夢のようだけど鮮明に、吐息すら気づかないくらいに
フラッシュバックが突き付けてくる。
クソみたいにつったってたね。
嘘みたいに、刹那前までの楽園は急にキャンプ場
に引き戻されてて。
僕等は言葉を失って、お互いの位置を肌で感じ、
かすれたヤリを眺めてた。
不思議とその後覚えてないんだ。
霞のように、誰が最初に動いたのか。
でも僕の記憶には、背中姿の君が、
理性と引き合ってしまった君が、
自分と直面したみたいに、
リセットされる瞬間みたいに、
時が止まって見えている。
僕が見てきた君の中で、
一番君が普通に見えた。
僕は安心していたんだよ。
あの後エリクとコナーは片付けをしたし、
君は斧で薪割りしてて、
僕はリスに餌やって。
君たちは見なかったけど、
手のひらに載せたピーナッツを取りに、
リスは僕の手のひらまできた。
すごく近くに来るもんだから、
ケガしてないって知ったから、
つい息を飲んだけど、
手のひらのピーナッツを取る前に、
一呼吸のつもりで載せたリスの手は、
小さいけどちゃんと指があって、
その後しっかりナッツ掴んで、
僕を見上げてから、去ってった。
生きてたよ。
あのリスは生きていた。
真っ黒い豆みたいな、ナマズの肌みたいに艶やかな目は、
ちゃんと「僕」を写してた。
記憶の最後にいる君は、怯えきってて、嘆ききってて、
夜空を見上げて吠えていた。
形は笑いを築いてて、声は酷く、酷く響き。
泣いてた君を、立ち尽くす君を、僕は見捨てて駅に逃げた。
僕はあの日の森の君を、鮮明でなくとも眩しかった日々だけ、
そこだけずっと思い出す。
あの時情も笑みも酒もヤリも、全てが君を祝福してた。
君がまだ君に気づいてなかった。
そしてあの森の中で、僕は君の側にいる。
イライア-君と、森とともに、僕はずっとよこにいる。
イライア、森。それに友と僕。