還暦夫婦のバイクライフ17

ゴールデンウィークに新茶をたしなむ

 ジニーは夫、リンは妻の共に還暦を迎えた夫婦である。
 5月4日、今日はさめうらの道の駅で牛串を食べる。早くいかないと無くなるのだが、二人は随分とのんびりしていた。
「ジニー今何時?」
リンが布団にくるまったまま、ジニーをつつく。
「ん~。・・・・9時だね」
「起きないと・・・。食いっパグれるよお」
「あ~、あ!!本当だ。大変だ」
ジニーが飛び起きる。
「リンさん起きて起きて」
「はいはい」
ジニーは台所に行って、とりあえずコーヒーを淹れる。コーヒーメーカーが仕事をしている間に、冷蔵庫から昨日の残りを出してテーブルに並べる。それからやかんで湯を沸かす。昨日の残りのご飯を茶碗によそおい、沸いた湯でインスタントみそ汁を作る。
「いただきます」
ジニーが朝ごはんを食べていると、リンが着替えを済ませて寝室から出てきた。
「リンさん、朝ごはんこんな感じ」
「上等、私のもみそ汁作っといて」
そう言って、リンは洗面所に向かった。これから顔のお手入れだ。ジニーはインスタントみそ汁をもう一杯作り、テーブルに置いた。ちょうどコーヒーもできたので、カップに注ぐ。ジニーは先にご飯を終え、熱いコーヒーをゆっくりと飲む。
「あ~おなかすいた~」
リンが手入れを完了して、席に着いた。
 リンが朝食を食べている間に、ジニーは出発準備をする。ライダースーツに着替え、ヘルメットにインカムを取り付ける。バッグも用意して、玄関に置く。それから車庫に行って、バイクを引っ張り出した。朝食を終えて準備完了したリンが、外に出てきた。
「ジニーガソリン入ってたっけ?」
「昨日帰りに入れたやんか」
「そうやった。インカムちゃんと使えるかな?」
「それは使ってみないとわからん」
二人はいろいろセッティングを済ませ、バイクにまたがった。
「リンさん聞こえる?」
「聞こえる。今日は大丈夫みたい」
「うん、でも時間があまり大丈夫じゃないかも」
「何時?」
「10時30分」
「あら~。昨日結構疲れてて、朝ゆっくり寝てたからねえ。ガソリン昨日のうちに入れといてよかった」
「とにかく、行きますよ」
二人はそそくさと出発した。
 朝ゆっくりだったので、道は車で一杯だった。二人は車列の一部になって、環状線からR11へ向かう。小坂の交差点を右折してR11に乗り換え、川内方面に向かう。車は多いが渋滞はなく、桜三里入り口の登坂路を駆け上がり、トンネルを抜けて桜三里を駆け下る。
「リンさん、今日はそんなに渋滞してないね。この流れだったらこのままR11を走っていく方が良いかも」
「いつもの道じゃなくて?それも良いんじゃない?」
「じゃあ、このまま走りますよ」
二台のバイクは車列の一部のまま小松から西条へと走ってゆく。信号待ちは時々あるが、気になるほどでもない。やがて、加茂川までやって来た。ここを川沿いに右折して、R194に乗り換える。
「ジニーこの道名前付いたよね。え~っと、そらなみ街道だっけ?」
「ちがうよ。確かそらやま街道だったと思う」
「なんだかピンとこないね。私のイメージだと、この道は”寒風山”かな」
「そもそも昔からある街道だからな。名前を付けても今更感はあるなあ」
「そうね。しまなみからやまなみと続いて山陰までつながったのって、そんなに古くないし、どちらも完成した時には名前ついていたし、特に違和感は無かったけど、ここのそらやまはどうだろう。定着するかな?」
「微妙だね」
そんな話をしながら、前を走る車についてゆく。道はどんどん高度を上げてゆく。何か所かある登坂路を使って前走車をかわしながら走ってゆくと、寒風山トンネルが見えてきた。
「寒いかな?」
「寒いでしょう」
ジニーは身構えてトンネルに進入する。しかし思ったよりは空気が冷たくない。
「あらっ、思ったより寒くない」
「リンさんもそう思う?この季節はこんなかったっけ?」
「いやー覚えてないなあ。でもまあ、さっさと抜けましょう」
四国山地を貫通している長い寒風山トンネルを抜け、高知側に出る。厚い雲がかかった空を見上げながら走り、道の駅木の香で停まった。
「ジニー雨だ」
「え?あ、本当だ。愛媛側は晴れていたのに」
「寒風山に雲が引っかかている感じね。本降りになるなら引き返すよ。カッパ持ってきてないし」
「いやリンさん、大丈夫。南の方は空が明るいし。まあ、行ってみよう」
「わかった。今何時?」
「えーっと、12時過ぎ」
「おなかすいた。さっさと行きましょ」
「オッケー」
思わぬ雨に降られたが、二人は木の香を出発して早明浦に向かう。R194を少し走り、県道17号へ左折する。大川村経由でさめうらダム湖畔を下流に向けて走る。1車線の道だが生活道路なので、路面はきれいだ。細かなコーナーの連続で、バイクで走ると充分に楽しめる。ただ、対向車も多いので、速度制限は順守する。最後に橋を渡ってトンネルを抜け、山を下ってR439に出る。左折して少し走ると、道の駅さめうらがある。二人は駐車場に乗り入れた。
「わあ!車とバイクですごいことになってる。止める所あるか?」
ジニーはゆっくりと走って、バイクが2台止めれるスペースを見つけた。
「リンさん、あそこに止めるから」
「オッケー」
二人はバイクを止め、ヘルメットを脱いでバイクに固定する。
「さて、牛串あるかな?リンさん先に行って注文してくる」
「あ!コロッケもよろしく」
ジニーは串焼きのいつものお兄さんの所に行って、牛串2本とコロッケ2個注文した。
「串は8分ほどかかりますよ~いいですか?」
「大丈夫です」
相変わらず無表情で抑揚のない声でしゃべる。最初は怒ってるのかと思ったが、これがお兄さんの自然体だった。
 次々に人が来て、どんどん注文してゆく。それを順番にノートに書き、できた順から呼び出す。名前は聞かない。何を何個注文だけ記録し、お金は商品と交換で受け取る。シンプルで確実な方法だ。払った払ってないで揉めないし、順番が多少入れ替わってもだれも気にしない。
「串2本コロッケ2個のお客様~」
「はいはい」
ジニーは取りに行って、串とコロッケをもらう。この前まで500円だった串は、600円になっていた。
「まあ、このご時世だからなあ」
ベンチに座ってリンを待つ。程なくリンがやって来た。
「お待たせー」
「はい、熱いよ。それと油に注意ね」
ジニーはリンに串を渡す。
「いただきまーす」
二人はあっという間に牛串を平らげた。続けてコロッケもあっという間に二人の胃に収まる。
「ごちそうさまでした。少し足りないけど」
「え?そうなん?ジニー食べ過ぎじゃない?」
「う~ん、普通に足りないや」
「私は十分だけど?油ものばっかしだし。さて、これからどうする?」
「どうするかな。時間は・・・13時過ぎか」
「私、お茶が飲みたいな。新茶が出てるでしょ?八十八夜だし」
「では次は、新宮ですな。どうやって行く?大豊から高速乗ったら、1区間で新宮だけど」
「えー連休中割引ないからねえー」
「じゃあ、大豊から県道5号線行く?多分通行止めにはなっていないと思うけど、まあまあな道だよ?」
「知っとる。じゃあ、さっさと行きましょ」
二人はバイクに戻り、出発準備をする。
 13時30分、道の駅さめうらを出発する。R439を大豊方面に走る。大豊IC手前左側に、県道5号線の入り口がある。国道から左折して県道5号線に入り吉野川支流を上流に向かって走ってゆく。頭上を高速が通っていて、何度か下をくぐる。やがて道は狭くなり、ついには川から離れて山を登り始める。そんな山越えの狭い道にもかかわらず、何台か対向車にすれ違った。
「リンさん気をつけて。意外と対向車が多い」
「うん。お互い対向車来るって思っていないから、カーブで出会うとびっくりするわね」
「そうやねえ。地元っぽい軽トラとかが多いけど、たまに島外ナンバーが居るな。ナビに騙されたか?」
「どうかな。ショートカットするなら高速乗ればいいし、走りたくって走ってるんじゃない?」
「こんな道を?変人だなあ」
「他人のことは言えんて」
狭くて曲がりくねった道を登り切り、真っ暗な笹ヶ峰トンネルを抜ける。ここが高知と愛媛の県境だ。トンネルを抜けると道は狭いままどんどん下ってゆき、途中から再び吉野川の支流に沿って走り始める。頭上には高速道路が再び現れる。高速の下を縫うように走り、やがて道の駅霧の森に到着した。
「リンさん、着いた」
「やっと着いたか。空いてる?」
「どうかな?」
駐輪場にバイクを止め、時計を見ると14時25分だった。二人は霧の森茶フェを目指して歩く。
 店内は待っている人達が多くいた。名前を記帳して、順番待ちをする。20分ほど待った所で席に案内された。
「思ったより早かったね。ジニー何にする?」
「新茶の月のしずくと、霧の森ロール茶畑」
「じゃあ私は、月のしずくと、茶プリンで」
リンは店員さんを呼んで、オーダーする。
「お茶はご自身で淹れますか?」
「いや、よろしければ淹れてください」
「承知いたしました」
店員さんはオーダーを持って行った。しばらくすると、オーダーしたものを運んできた。
「それじゃあ、お茶を淹れますね」
店員さんは、手際よくお茶セットを用意する。お湯を器に注いで少し冷まし、急須に茶葉を入れて、適温になったお湯を注ぐ。
「いつもでしたら1分ほど蒸らすのですが、今年のお茶は少し早めに注ぎます」
そう言って、急須から湯呑にお茶を注ぐ。急須をよく傾けて、最後の一滴まで落とす。
「二回目からは、お湯を入れたらすぐに注いでくださいね」
「ありがとうございます」
店員さんにお礼を言って、二人はお茶の注がれた湯呑を取る。
「ん~、いい香り」
リンが満足そうにつぶやく。それから一口飲む。
「あーおいしい。甘いねー」
「うん、うまい」
一杯目はゆっくりと味わう。それから二杯目を淹れる。
「うん、今度は渋みが出てきた。これもおいしい」
二人は二杯目を味わった後、ロールケーキと茶プリンに手を出す。
「うまーい。茶プリンは、ほうじ茶の方が好きだな。僕はここのが四国で一番おいしいと思うんだけど、会社の子は酷評しとったなあ。対応が悪いとか、旨くねえとかね。まあ、人それぞれかな?」
「会社の子って、**君?彼の舌は全くあてにならないわよ。昔、ここが一番って彼が言うご飯屋に行ったけど、全然だったでしょ」
「そんなこともあったなあ」
ジニーはロールケーキを少しずつ食べながら、幸せそうな顔をする。
 新茶とお菓子を充分堪能して、ジニーとリンはお店を出た。それからショップに寄って、霧の森大福を買う。
「さてリンさん。今15時40分です。どうやって行く?新宮I.Cから高速乗って帰る?」
「う~ん、物足りないわね。別子ラインに回るかな?」
「別子ライン!新宮ダムから柳瀬ダム経由?それとも、一度四国中央市に出てから入りなおす?」
「四国中央市周りは無いわー。あそこまで行くならそのまま帰るし」
「だよねー。じゃあ、酷道319号行きますか。かなりまあまあな道だけど、大丈夫?」
「知ってるって。ほら、さっさと行くよ」
二人はバイクにまたがり、道の駅霧の森を出発した。県道5号線を下流に向かって走り、R319との交差点を左折する。上り坂を駆け上がり、堀切トンネル入り口手前で左折する。ここからR319は一気に狭くなる。道はどんどん下り、銅山川まで降りるとそこから上流へと走ってゆく。対向車が来たら離合もままならない細いR319をひたすら走り、柳瀬ダムの横を抜け、金砂湖の横をひたすらうねうねと走り、やっと別子ラインにたどりついた。ここから広い2車線の県道6号を上流へと上ってゆき、富郷ダム湖にかかる橋の上で休憩した。
「あ~っ疲れた。あの道は何度走っても疲れる」
「そお?私は好きだけど?」
「えー、そうなんだ」
ジニーはリンの顔をしげしげと見る。
「そんな事よりジニー、水が無いよ」
「水?」
ジニーがダム湖を覗くと、水がほとんど無かった。
「あらー。新宮も柳瀬もそこそこ水あったのに、なんでここだけ空なん?」
「さあ?写真撮っとこ」
「確かに別子3ダムは他より貯水率は悪いけど、ここまでとはね」
「ほら、あれじゃない?西日本豪雨の教訓で、ダムに水をあまり貯めなくなったんじゃない?」
「肱川水系はそうかもしれんけど、ここは違うんじゃないか?だって今現在、ここを水源にしている四国中央市は取水制限してたと思うぜ?」
「ふーん。私には分からん」
そう言って、リンが話を〆る。
「さて、さっさと行こう。日が陰って来た」
二人は再び走り出す。道はさらに高度を上げ、別子ダムへと向かう。ダムの横を抜け、分水嶺のトンネルをくぐると一気に下り始める。ジニーが後ろを確認すると、リンがいない。
「あれ?リンさん?」
「何?」
「ずいぶん後ろにいる?」
「疲れた」
「ええ?」
リンは別子ラインを走ると、いつも遅れ気味になる。
「道の凸凹でバイクが縦揺れしてすごく疲れる」
「もしかして、別子ラインは相性悪い?」
「う~ん。そうかもね」
ジニーは速度を落とし、ゆっくり走る。道はうねりながら下ってゆく。やがて鹿森ダムのループ橋を渡り、その先にあるマイントピア別子に寄って休憩した。
「あ~~、つかれた~」
「お疲れ。売店覗いてみる?」
「うん」
二人は売店へと歩いてゆく。
「夕方なのに、お店空いてるねえ。今何時?」
「・・・17時40分」
「温泉施設があるから、人も多いのかもね」
「そうか」
 結構な人ごみを抜けながら、物色する。一通り見て回ったが、結局何も買わずに売店を出た。
「ジニーさっさと帰ろ。暗くなる前に」
「そうやね。西条I.Cから高速乗って帰るよ」
「そうしてください」
駐車場まで帰って、出発の準備をする。その間にもバイクや車が次々とやって来る。
「リンさん、出るよ」
入って来る車に気を付けながら、ジニーはバイクを出した。その後をリンが続く。
 新居浜別子山線を下り、上部東西線に乗り換える。広瀬公園通りとの交差点まで走り、そこを右折する。その先にあるR11交差点を左折してR11に乗り換え、新居浜を抜け、西条市に入る。そこからすぐの所に西条I.Cがある。二人はそこから高速に乗り、松山I.Cで降りる。そこから松山市内を抜けて、18時50分自宅に到着した。
「お疲れでした」
「ほんと、今日は疲れたわ~」
リンは自分のバイクを車庫に片付ける。その後ろにジニーがバイクを置いた。
「リンさんが別子ライン苦手なの今日気付いたよ」
「前にも言ったと思うけど?」
「そうだっけ?せまい道は平気なのに、あんな普通の2車線道路が苦手なんてね」
「リズムが合わないのかもね」
「リズムね~」
ジニーは、確かにそういう道もあるなあとつぶやいた。

還暦夫婦のバイクライフ17

還暦夫婦のバイクライフ17

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-07-03

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