TL【雨蜜スピンオフ】唾と罪とナイトメア【完】

全3話。姉ガチ恋義弟美青年/飲酒運転描写あり/差別的表現/明るい終わり方ではない

1

「その子にも、同じこと言ってるんでしょ」
 視線の先で、天井に張られた糸状の巣にいる蜘蛛が1匹蠢くのを見た。醜い透過刺繍(レース)を、彼は凝らす。

 姉は清楚だ。どれだけ穢(よご)そうとしても穢れないものがある。だから、不潔な自身を赦してはくれないのだ。
 霙恋(えれん)は喉元まで迫(せ)り上がってきた発作の悲鳴を堪えた。すべてを赦してもらえることなどないのだ。

 ―赦されないと分かったとき、彼のなかで箍(たが)が外れた。「赦されるかもしれない」という希望が打ち砕かれたとき、彼は自由を感じた。
 獲物を捉えた野生的なネコよろしく爛々として隙のない眼差しが、実弟を人質に、脅して付き合わせた義姉を真っ直ぐ見下ろした。
 赦されないのだ。姉は怒っているのだ。賢さに恵まれなかった女たちに甘言蜜語を吐き、金を巻き上げ、不健全の汚染路に突き落とすことに慣れてしまった。蔑むことに。貶めることに。侮ることに。貴方は違うのだ、そうではないのだと否定して聞くような相手だろうか?努力は正攻法てはない。行使の仕方が正しくなければ、事は捻じくれる。つまり、彼女を逆上させる。
 孔雀を見てみろ。女が男に媚びるのはおかしいのだ。極楽鳥を見てみるがいい。牝が秀でた牡を見定めるべきなのだ。札束を見せ、高額な酒を開け、身を差し出す女に何の価値があるというのだろう。
 霙恋は己を赦しはしない女の肩を掴んでいた。彼女は不信感を一切合切隠しはしない。姉に劣情と恋慕を同時に抱いてしまう前から、冷ややかな異性にばかり惹かれていた。オスのライオンを冷たく遇(あし)らうメスのライオンなど。交尾の後に食われてしまうオスのカマキリに。
 だとしたら、彼は自身の身の振り方を心得ていた。姉(メス)に拒まれた己(オス)は、すぐさま、このマンションからでもいい、飛び降りるか、首を括るか、毒を飲むかするべきなのである。しかし霙恋をこだわりから引き留めるのは嫉妬と羨望と幻想である。
「痛いよ」
 姉が露骨に不快を示した。多いに余裕をもって掌に収まる肩を、彼は握り潰すつもりらしかった。
「俺はホストだからな、姉さん。甘い言葉なんていくらでも吐ける。あの女にも言うし、姉さんにも言う。客(あ)の女たちみたいに破滅するまで言ってやろうか」
 引き寄せると、彼女は抗った。だが力で敵うはずない。華奢な身体は傾いてしまう。
「サイテー」
 霙恋は罵られながら、口の端を吊り上げた。
「行こう、姉さん。蜘蛛の巣みたいな姉さんにお似合いのプレゼントがあるんだ。姉さん……あっはっは……」
「要らない」
「必要になる」
 姉を連れてホテルへと向かった。そしてマーメイドラインのウェディングドレスを見せるのだった。彼女はそれを従順に着ていた。霙恋という男がスタイリストをわざわざ現地まで呼んだからであろうか?


 姉の強欲で業深い蜘蛛の巣に捕らえられた哀れな弟を、彼は兄として救ったのだ。翅も脚も毟り取られ、餌を与えられ生かされるだけの、無垢な羽虫を。
「もういいでしょ……あーくんを出して……」
 純白のウェディングドレスを身に纏った姉は、上質な地合いと引けを取らぬほど白くなっていた。青白い顔をしていた。彼女は何を見せられたのだろう。
 霙恋はまだ点いたままのスマートフォンをベッドへ放り投げた。画像が一枚映っている。それは本当に画像であったのだろうか。画面端に表示された時計と思しきものは秒数を刻んでいるけれど……しかしおそろしく動きのない画であった。シェパード犬でも放り込んでおくような檻の中で、下着姿の少年が膝を抱いて座っているだけの、つまらない画面である。
「嵐恋(あれん)を出したら、また蜘蛛の巣に引っ掛かるだろう」
 手袋に包まれた女の小さな握り拳が戦慄いている。
「可哀想だと思わないか。蜘蛛の巣に引っ掛かったが最後。いくら糸を解(ほど)いてやっても、翅が傷めばもう飛べない」
「好きに言いなさい。早く、あーくんを解放して!」
 姉の睨みつける顔が好きだった。彼女は何故弟が兄2人から虐待されるのかまったく分かっていないのだ。理解しようともしていない。憤怒という感情、甘美な怒声、淑やかな睥睨(へいげい)を容易くくれるのは一体誰なのだ。
「解放するのは姉さんのほうだろう?それに、人にものを頼む態度じゃないな」
 霙恋は小さな板っぺらのみならず檻にまで囚われた弟に目もくれず、ベッドへ腰をかけた。そしてサイドチェストの上でワインを開け、グラスに注ぐ。赤い液体が嵩を増していく。
「飲ませてくれ」
 リップカラーを塗った唇が歪んでいるのを眺め、彼は愉快げだった。
「自分で飲みなさい」
「それなら、嵐恋も出たければ自分で出るさ。出ないのは何故だ?姉さんが怖いんだ。姉さんに逆らえない。それを理解して、恥じているんだろう。守られてばかりの男というのはどこかで挫けて、立ち上がる術(すべ)もない。哀れだな」
 膝の辺りまで窄み、膝下から大胆に広がる襞の奥が小さく揺らめいた。
「綺麗だよ、姉さん。毒蜘蛛みたいに綺麗だ」
 髪を上げ、後ろで纏めた姿も普段とは違う魅力を引き立たせる。
「ふざけないで」
「本気だよ、姉さん。プランナーとよく話し合ったんだ。本人不在の会議がどれだけ難しかったか分かるか?けれど楽しかった。色々な姉さんを想像できて。モデルの髪が少し赤く染まっていたからどうしようかと思ったが、今のままの姉さんの髪でも十分だな。今度は、もう少し手を入れさせてくれ。髪も染めて、化粧品も……」
「今度なんてない」
 姉は歩きづらそうに傍までやってきた。
「隣に座ってくれないか」
「ここは変なお店じゃない」
 冷ややかに吐き捨てる姉へ、後ろから手を伸ばして抱き寄せた。力尽くで隣に座らせる。ベッドが弾んだ。
「姉さん」
 間近にきた姉の顔を覗き込む。しかし彼女の大切なものを甚振り、虐げ、冷遇に冷遇を重ねてきた男が簡単に受け入れられるはずはなかった。悍(おぞ)ましい虫や痛ましい写真を不意に目にしたときみたいに、姉の眼は逃げてしまった。だが律儀に赤ワインの入ったグラスを手に取る。彼女はただ赤紫色の液面を気にしているようだった。それが霙恋には健気に映る。彼の目から見て、この姉もまた愚鈍だった。要領の良い、賢い女ではなかった。だが清らかで健気なのだ。向上の才もない迂愚な弟とは違う。時折、彼は弟を憐れむ。女にさえ生まれていれば、或いはその不器用ぶりを好意的に捉えるつまらない貧窮した男相手であっても、己を庇護する他人と出会えたかも知れないのだ。これが霙恋なりの同情であった。いいや、女にさえ生まれていたならば、ああいう類いの往く道は決まっている。彼は己の手で様々に沈めてきた。いいや、いいや、もっと希望的な観測をしよう。もし妹でさえあったなら、いくら姉を独り占めしていたとて、擬似的な保護者を気取り兄としての情を注いでやれたかも知れぬ。だが現実は違う。聡くもなく、可愛げもなく、若さのみを武器に囲われる弱い牡の同胞(はらから)だった。本当に同胞かも疑わしい。だが妹ならば、それを伏せて思い遣ってあげられたのかも知れぬ。
 所詮、身内にしろ他人しろ、愛か情かを奪い合い続ける関係なのだ。互助する術(すべ)のない牡同士、共存できない理なのだ。
「はい」
 口元まで運ばれたグラスを一瞥し、霙恋はそのままは頭を横へスライドした。
「介助しろという話じゃない。こういう場合は口移しで飲ませるものだよ、姉さん」
 するとグラスは彼から遠ざけられてしまった。ふたたびサイドチェストに帰っていった。
「図々しい!」
「諦めてくれて構わないよ、姉さん。姉さんが諦めてくれるのなら、可哀想な弟を救えるわけだ。恐ろしい蜘蛛から。けれども弟は洗脳されているからな。屠殺場に行きたがる家畜だということにまるで自覚がない」
「散々いじめてきたクセに、今更お兄ちゃんぶらないで。雫恋(かれん)ちゃんって、偽善者だよね」
 霙恋は口で弧を描く。姉は双子の見分けがつかないのだ。わざとやっているのか、本当に分かっていないのか。髪色を変え、服装を変え、装飾を変えても理解しようとしない。できないのだろうか。彼女は愚鈍だ。根本の問題として、人の容貌の認識というものができないのかも知れない。その点で、勝手に家に帰ってきて傍に擦り寄る莫迦な年少者は、弟として認識しやすかったことだろう。それはさぞ可愛く映ることだろう。
「俺は雫恋なのか?」
「どっちだって変わらないでしょ。2人束になって、同じことしか言えないんだから」
「わざとだろう?」
「そんなに嫌なら、坊主にでもしたら?顔に名前でも書く?」
 彼は腹を抱えて笑いたくなった。女はこうでなければならない。メスカマキリはオスを食わなければならない。メスアンコウはオスを吸収しなければならない。女に素気無くされるのは快楽だ。
「悪くない。姉さんのディルドだということも書いておこう。同じディルドに識別は要らないものな。それは雫恋でも構わないよ、姉さん。だが賢くないな」
 霙恋はベッドから腰を上げた。そしてサイドチェストのグラスを取る。
「雫恋は少し姉さんに甘いからな。嫌われるのが怖いんだろう。可哀想に。まだ期待を捨てきれない。姉さんは残酷だからな」
 彼はグラスの中身を口に含んだ。姉を見下ろした。彼女も弟を見上げていた。身を竦ませ、怯えている。リップカラーの下は色が悪いことだろう。だが彼は、その唇に襲いかかった。抉じ開けて、赤ワインを流し込む。機(はず)みで押し倒してしまった。口の端から溢れ落ちていく。彼女は咳き込んだ。弟に敷かれながら、身を捻る。白いベッドに赤い飛沫が落ちていく。
「ワインは嫌いなのか、姉さん」
「こんな飲ませ方されて、好きなわけないでしょ……」
 咽せながら、姉は懲りずに彼を煽る鋭い目をくれた。顎を伝う赤い滴の跡。咽せたことによる潤んだ目。その強気な眼差し。無防備なウェディングドレス。霙恋は真正面から鼻柱を殴打されたような衝撃を受けた。
「ああ……姉さん!姉さん………!姉さん!」
 激しい情動が湧き起こった。彼は姉を強く抱き締めた。華奢な身体をへし折り、臓器を押し潰すことも厭わず力を込め、全体重を乗せた。
「あ……い、痛い、苦し………」
 霙恋に殺意はなかった。だが殺せてしまうかも知れない力加減だった。彼は人の苦しみに構うことはない。姉の肌を嗅いだ。
「姉さん……!姉さん……!かわいい……」
「放して……っ、痛い、痛い……」
 子猫を見つけたときの感動に似ている。痛めつけたいわけではないが、巻き起こる欲求を満たそうとすれば手酷く扱うことになる。
「ぁう……」
 過呼吸に陥ったかのような自身の息切れを霙恋は聞いていた。白い生首が鮮烈な印象を叩きこむ。彼の節くれだった手が絡みついた。
「い、や………」
「姉さん、かわいいよ………綺麗だ。姉さん………」
「赦して………」
 怯えきって青褪めた顔が、さらに情欲をそそる。クリーム色を帯びたウェディングドレスがさらに黄ばんで見えるほど、彼女は色が悪くなっていた。両手に力を込めたなら、赤く染めることもできるのだろう。
「かわいい!かわいい!姉さん!姉さん!」
 下腹部が猛々しく疼いていく。馬乗りになった真下に、姉の細い肉体を感じた。彼は女と接し、本能のまま腰を揺らしてしまう。
「首、絞めないで………」
「姉さん………」
 霙恋は姉の手を掴んだ。そして砲身を露わにすると、彼女に跨ったまま手淫させた。レースに包まれた彼女の手は硬直していた。
「気持ちいい………姉さん………かわいいよ。姉さん………」
 姉の手を使った自慰であるというのに、彼はあたかも姉に手淫をしてもらっているかのような態度であった。冷ややかな美貌が劣情に茹っている。
「姉さん………ああ………姉さん、好きだ」
 恐れ慄く姉の眼差し!清楚なレースから透けた肌!優雅な意匠のなかに押し込まれたたわわな胸!
「も……早く、終わって……」
「姉さん………まだイきたくない。姉さん……」
「終わって……終わって!早く……!」
 霙恋は姉の手だけでは物足りなくなっていた。自ら腰を振って摩擦を促す。
「姉さん、一緒に暮らそう……一緒に暮らすんだ………姉さん!」
 咆哮が上がる。彼は膝で立った。姉の顔面に白い液体が飛ぶ。
「姉さん好き………姉さん………」
 まだ他人の手を使いながら、彼は陰茎が鎮むまで擦った。脈動しながら液を飛ばすが、徐々に勢いを失っていく。やがて上等な布まで汚してしまった。
「姉さん……」
「もうあっち行って……退いてよ!」
「一緒に暮らそう、姉さん。決めた。一緒に暮らす。そうすれば、姉さんは嵐恋と居られる。姉さん!俺も嵐恋のいい兄になる。これからは……姉さん!一緒に暮らすんだ。姉さん………嵐恋を息子にできるよ、姉さん。俺と夫婦をやろう。姉さん!姉さん……!」
 彼はまだ満たされていなかった。上体を伏せ、姉を包む固い布で白粘液をまだ垂らしているだらしのない肉棒を砥ぐ。
「姉さん……!」
 美しいウェディングドレスは鎧だった。それを脱がせるののも引き裂くことも彼はできなかった。物理的には可能だ。だが美学がそれを許さない。自涜ばかり繰り返し、しかし一度姉の虜になっている彼にとってそれで満足できるはずはなかった。結局、彼は手だけでなく、姉の足を使い、口を使い、あらゆる方法で射精した。彼女は寝そべっているだけだったはずだ。しかし疲労が見える。
「姉さん……一緒に暮らそう。一緒に……」
 己の精を注いで間もないところに、彼は舌を突っ込んで掻き回した。脱力した彼女の舌を拾っては落とし、拾っては落とす。
「もう帰らせて……」
「一緒に暮らすと言ってくれ」
「うぅ……」
「一緒に暮らそう、姉さん」
 姉は頷かない。そうなっては無理矢理に頷かせるしかなかった。そして頷かせ方を知っていた。何よりこの姉は、人よりその手段が多いように思えた。
「姉さんは俺と暮らしたくなる。今に……あっはっは。姉さん……姉さん!」
 昏い目が見開かれた。そして散々陰茎を擦った姉の肌各所を舐め回し、今日のところはやっと満足した。



 果たして彼は姉を自宅に送り届けたのだろうか。たった一口。されど一口。飲酒運転の禁を犯して走らせた車は寄り道などせず、洒落たアパートへ直行していた。散々にワインを飲まされた姉は一人では立てず、眠げであった。
 荷物を下ろすように、純白を身に纏う姉を後部座席を抱えた。瀟洒(しょうしゃ)を狙うあまり危険な造りの階段を上り、玄関扉を開ける。
「かえして……」
 酔ってぐったりとしながら、姉はまだ反発を示す。
「帰さない」
「あーくんのこと、返して……」
「返さない」
 霙恋は爛々とした眼差しで、腕の中の姉を見下ろした。彼女は寝かかっていた。はたからみれば、ウェディングドレスの女を抱えている美男子の図は異様であった。非日常であった。その面に正気の輝きがないことに気付けば、それはホラーであった。事件の兆しであった。
「どうして……」
「後戻りできないところまで来ることを選んだのは姉さんだ。俺にも兄弟の情はある。雫恋とは違ってな。姉さん次第で嵐恋のことは悪いようにはしない。けれど姉さん次第で、大怪我させても構わない。この階段から突き落として骨を折らせてもいいし、熱湯をかけて大火傷を負わせても俺は一向に構わない。雫恋みたいに殴ったり蹴ったりはしないが、姉さん次第では吝(やぶさ)かじゃない」
「脅迫するの」
「脅迫と取るか、予定ととるかは姉さん次第だな」
 彼女は半分寝ているようでもあった。酒臭さと姉の芳しい匂いが合わさって鼻腔に届いた。
「この悪人」
「否定はしないよ、姉さん。あっはっは……」
 姉が寝入ってしまったのを見届けてから自宅に入った。まず彼女をソファーに寝かせた。明かりの点いていない暗い室内に小さな蠢きがある。
「霙恋くん……」
 巨大な家具を鬱陶しく思っていると、格子の奥から声がする。中にはペットシートが張られ、水の入ったペットボトル1本立っている横に、少年が蹲(うずくま)っていた。
「後戻りできないところまで自分で来たのはお前だ、嵐恋」
 まだ1日も入れていないはずだが、少年は窶(やつ)れていた。簡易栄養食のショートブレッドをくれたはずだが、それは空箱になって転がっている。
「姉ちゃん家、帰る……」
「今更もう遅い。俺にとってはありがたいことだがな」
 霙恋は姉の身体を固く締め上げる衣装を脱がせた。ウェディングドレス用のインナーを脱がせ、裸に剥くと厚手のバスタオルで彼女をくるんでおいた。
「そこにいるの……誰……?」
 部屋は暗かったが、檻の中の少年は人がもう一人いることに気付いたらしい。
「俺の恋人だ。ここで一緒に暮らすことになった」
「おで……じゃぁ、」
「3人で暮らすのさ。俺の弟なら、きっと好くしてくれるに決まっている。自分の弟同然に、な」
 檻の中の少年は、ソファーに寝そべる人物を見ようとしていた。大型犬用の檻である。彼は出ようと思えば出られるのではあるまいか?少年の手足には枷が嵌められていた。両手両足を留められ、また手枷足枷もそう長くない鎖で留められていた。彼に自由はなくなっていた。本物というような拘束具ではないが、ある種、その道に於けるものとしては高価であったし本格的な代物だっただろう。
「姉ちゃんが、帰って来なさいって、言うかも……」
 嗄れたような声からして、少年には元気がなかった。
「姉さんはカレシができたのさ。お前はここにいるのが姉さんへの孝行だ」
 檻の中の人影が縮こまったのを霙恋は冷ややかに見ていた。
「姉ちゃんのところに、帰りたい……」
 大型犬ほどの可愛さも聡明さもない生き物を閉じ込めた檻に大判の布を掛ける。
「ああ……」
 溜息と思しき声には、疲れたように、諦めたように抑揚がない。
「騒いだらまた、ドライヤーの刑だな」
 昨晩受けた刑罰がそうとう効いたらしかった。少年はドライヤーを当てられて背中に火傷を負っていた。彼は布に覆われて無と化した。
 邪魔な気配が消え、霙恋はソファーの上に横たわる姉の身体を包むバスタオルを捲った。ホテルでは触れなかった肌に触れることができる。
「姉さん……」
 彼は冷静だった。布の下の檻の中には弟がいる。声を潜め、姉を呼ぶ。彼は姉を呼ぶだけで激しい興奮を覚えた身体になっていたのだ。姉さん……なんと甘美な響きであろう。
 部屋の明かりを点けることもなく、彼は姉の閉じられた場所に頭を埋めた。叢へ鼻先を押し入れ、肺いっぱいに香気を吸う。ほんのりとした汗の匂いを帯びているが、多くは洗濯用洗剤からの移り香だろう。ボディクリームのミルキーでフローラルな香りもする。
「いい匂いだ」
 彼は姉の陰阜(いんぷ)に繁茂した花園を嗅ぐのが好きだった。脳が痺れていく感じがする。酒では得られない陶酔が、姉の小さな花壇にはある。
 悪魔をみたように寒気がするほどの美貌が恍惚に染まる。彼としてはもう少し姉から野生的な匂いがしていてもよかったくらいだった。
「ああ………姉さん………」
 我慢のできなかった己を霙恋は恨んだ。ホテルで何度も質の低い射精をするべきではなかった。ここで姉の匂いに顔を伏せながら射精するべきであった。だがドレス姿の彼女を軽視できなかったのもまた事実。
「いい匂いがする」
 花畑の下に潜るのはまだ早い気がした。彼はすでに射精し尽くしていた。外面的な著しい変化を遂げることはもうできない。しかし体内ではもどかしい疼きに苛まれている。肉体の一部が内外で乖離している。質の低い射精などするべきでなかった。
「はぁ………ああ………姉さん…………」
 依存性の高い違法薬物を吸っている光景というものを、彼はイメージでしか知らないが、この状況と似通っていた。だが姉の陰毛が醸し出す馥郁としたフェロモンを無限に摂取することに、一体何の罪があるというのか。彼は蜘蛛の巣に引っ掛かったアゲハチョウであった。
「いい匂いだ………甘くて、いやらしい匂いがする……………姉さん…………」
 欲熱によって、また過度な吸気によって、彼の声は掠れていた。布を被せた大きな家具の存在も忘れてしまった。
 酩酊感は呼吸が追いつかないせいもあったかも知れない。彼は姉の下生えに頬擦りした。そして指先で遊んだ。
「ぅ……ん………っ」
 彼女は眠りながら、弟の指を感じ取っているらしかった。
「姉さん……」
 すぐにでも彼女が舐めたくなる。しかしソファーの背凭れも肘掛けも邪魔だった。彼はどうしても姉の秘所が舐めたかった。それが悦びであった。寝ている身体を起こすのだった。
「う………んっ、」
「大声を出したらいけない、姉さん。嵐恋に聞かれるぞ」
 だが聞かれてしまっても構わなかった。酒気による睡魔に襲われている姉は、体勢を変えてもまだ眠っていた。座面の縁(へり)に踵を引っ掛け、彼女は大胆に肉花を晒した。

2

 内腿の柔肌を押さえ、陰阜(いんぷ)の綿飴よりも姉の匂いが強まる玉門へ彼は顔を近付けた。
「姉さん………」
 鼻先の接してしまいそうな近くに、舐めても舐めても舐めたらない雛尖がつんと上を向いていた。だがブラインドの奥の外灯を頼りにしただけの視覚情報であった。
 霙恋(えれん)は息を吸った。牝の芳醇な香りがする。彼は脳天まで突き抜けていく快美な麻痺に、わずかばかり気を遠くさせた。開脚させた手は置いたまま、頭だけ離すとぼんやりした。この男に限っては、依存性のある恐ろしい薬に違いなかった。そして嗅ぐには暴力か脅迫が伴う。
「最高だ、姉さん……いい匂いがする」
 女の股を嗅ぐのが彼の趣味ではなかった。むしろ嫌悪すら催していた。彼は、他の女の股へ鼻を近付け嗅いだことがあるだろうか?いいや、なかった。触ることにすら嫌悪した。彼はどちらといえば潔癖なのだ。別個体でありながら、同一視される半同個体と姉を代わる代わる犯すので精々だった。そうでなければとても、避妊具なしで女を犯すことなどできなかった。不浄の場所の匂いなどとても嗅げたものではない。だが、姉とまだ表面的であろうとも、安穏に暮らしていた頃、彼は溢れ出す想いのあまり姉の下着を嗅いでしまった。そのときの驚き!脳を痺れさせた馨香!幼い男児の腹に芽吹いた本能の兆し!彼は将来がみえた。そして彼のウィタ・セクスアリスが決定付けられた。そして今、まさに至福の時に浸っていた。
「ああ……姉さん………」
 そして渇きを覚えるのだ。小さな肉の盛り上がりを舌先で転がしてみる。
「あ……っ」
 姉が身動(みじろ)ぐ。ソファーが微かな物音をたてる。彼はここが女の弱点であることを知っていた。感度の悪い女はここを刺激することで終わらせる。しかしそれはすべて指でのことである。とても口など付けられるはずがない。
 霙恋は芯を持っている小ぶりな肉芽を舌先のやや裏側を使って愛撫した。
「ん………っ、」
「姉さん……」
 彼は目を眇め、寝ながら媚声を漏らす愛しい人を見上げた。
「かわいい……」
 仕事であっても出せない甘えた音吐が彼からも吐き出される。
「ここで一緒に暮らそうね、姉さん……」
 そして丹念に肉襞のひとつひとつを舐め上げていった。彼の唾液のついていないところなどないといわんばかりであった。
「あ………あ………っ」
「姉さん………姉さん…………好き、好きだ、姉さん………」
 姉の湧水を、霙恋はじゅるじゅると音をたてて吸った。口周りをぬとつかせながら、塗りたくった唾液の代償でももらっていくみたいに。
「足りないだろう、姉さん………今イかせてあげるから………姉さん」
 節くれだった長い指が差し込まれる。抱いても抱いても、次に抱くときには生娘に戻っている。隘路(あいろ)を探る。蜿(うね)りの強い誘惑に負けそうになる。負けたところで、浅はかな性欲に負けた彼の肉体は姉を貫くことが今日はもうできそうになかった。それでいて肉体の疼きは治らないのだ。
「姉さん……すまない。今日は浅いところでイってくれ……」
「ん………な、に…………?」
 瀞(とろ)んだ内部に沈めた指の角度を定めたとき、姉は泥沼のような眠りから目を覚ました。
「おはよう、姉さん」
 彼女は自身の体勢に気付き、脚を閉じようとした。
「いや!何して……」
 霙恋は姉の腿を制した。そして布の被さった檻を振り向いた。
「姉ちゃん……?姉ちゃん、来てるの?………霙恋くん………」
 元気のない無機質な声ではあるが、そこには期待の色が含まれていたことも否めない。
「あーく、んっ」
「姉ちゃん……?」
 布の下、檻の中で物音がする。霙恋は姉に任せることにした。どちらでも同じことである。姉はここに住まうことになる。そしてその痴態を愚弟に晒そうと晒すまいと知ったことではない。
「姉ちゃん、どして……?いるの……?」
「あーくん、どうしてって……あーくん、どこにいるの?」
 彼女は長弟のことなど忘れて、末弟の声に引き寄せられていく。裸であることも分かっていないようだった。
 霙恋は明かりを点けた。辺り一面、色彩を取り戻す。深い青と濃い緑の模様の布の端から銀色の格子が規則正しい間隔をもって伸びていた。姉は姉で、自身の状態に気付いたようだ。彼女は身体を小さくして前面を隠す。
「見ないで」
「姉ちゃん……」
 霙恋は檻へと近付いた。そして布をさらに引っ張り、下からでも覗けないようにしてしまった。
「霙恋くん」
 怯える声が媚びて聞こえる。
「喋るな。また躾けないといけないか?」
 だが愚鈍な弟に何を言おうと無駄である。
「姉ちゃん」
 コンクリート打ちの室内に、金属音が響く。不穏な沈黙の中に谺(こだま)している。布の下の生き物は静かになり、全裸の姉は蹲って恐怖している。
「着替えを持ってくるよ、姉さん」
 姉の体格に合う服を彼は持っていた。そして後悔した。迷いが生じてしまった。姉に着せたかったニットドレスだの、金刺繍の入った真っ白いワンピースだの、やたらと透けたカットソーだのの前に、彼女の身体をすっぽり覆えてしまう自身の服という選択肢が大きく現れたのである。彼は激しく葛藤した。檻を蹴った痛みが選択を邪魔する。そして決断した。彼が手に取ったのは大きなマシュマロを刳(く)り貫いて縫い付けたようなフーデッドシャツだった。
 彼は爛々とした目でそれを手に取った。そして黒地に小さな草花の模様が入ったロングスカートと桜色のプリーツの入ったスカートとで迷う所作を見せたが、後者に決まった。
 激しい息遣い。そして彼はハンガーごとそれらを抱いた。洗剤が薫る。
 姉さん!
 虚無に姉を当て嵌め、彼は身を熱くした。嬉々としてリビングに戻った。だが上機嫌はまたたくまに打ち砕かれるのである。
 檻の傍に姉がいるのだ。裸の姉弟がアルミの格子を隔ている。
 霙恋の物に憑かれたような昏い双眸に正気の光が戻った。
「姉さん……着替えだ」
 平静を装った。不機嫌をひた隠す。しかし姉に、このただでさえ無表情な長弟の機微など分かるはずもない。いいや、姉にかかわらず、彼にとって半分同個体といっても差し支えない人物を除いては、末弟であろうと実母であろうと、上機嫌か不機嫌かの違いは見抜けなかっただろう。
「あ……りがとう………」
 おそるおそる、姉は着替えに手を伸ばした。霙恋は彼女にそれを渡しながら、動かされた形跡のある布を引っ張る。
「うぅ……」
 動物園の動物ほど可愛げも希少価値も才もない哀れな少年は咽せいでいるような声を漏らした。
「部屋を、貸して……」
「だめだ」
 霙恋は鰾膠(にべ)もなく答えた。姉が羞恥に耐え、服を身に纏っていくのをじっくり眺める。まずはうんざりした表情を愉しむのだ。そして腕。スカートを穿く爪先から、隠れていく腿。淑やかに引かれた二重目蓋、長い睫毛に翳る黒真珠めいた眼は、ふたたび呪詛でも受けたかのように妖しくなった。
「わたしの服は……?」
「クリーニングに出して、俺がもらう」
 下着のひとつも彼は返すつもりがなかった。
「あーくんを出してあげて」
 都合の良い耳は、面倒臭い話を聞かなくなっていた。ただ姉のウィンドウチャイムみたいな声を聴くためだけに機能した。言葉の意味については興味がない。
「姉さん……かわいいよ。よく似合ってる」
 サイズが大きいのだ。ふんわりとした膨張しているような素材が年長者の女を幼く見せる。
 この無表情で普段は寡黙、愛想も愛嬌もなく、その冷淡ぶりで売れた男にも愛玩の念はあるのである。適当なものを愛でる能はあるのだ。彼は物憑かれしているような眸子で姉を観ていた。瞳孔から光線が出るのなら彼女は蜂の巣になっていた。
「あーくんを、出して……」
 愚弟の身を案ずるあまり、彼女は霙恋を恐れているようだった。語気は弱かった。阿(おもね)る態度が、姉の姉らしさを奪い去っている。
「ここで一緒に暮らすんだよ、姉さん」
 マシュマロに埋まったような姉に躙(にじ)り寄る。すると彼女が後退り、距離は保たれたままだった。
「で、でも、霙恋ちゃんにも、生活が……」
「一緒に暮らす!姉さんと嵐恋と俺で、3人で暮らす。いいだろう?姉さん……姉さん!嵐恋もここがいいと言うさ。姉さん!」
 必要以上に姉を呼ぶ。そうすると怯えるのだ。羞悪してもいるのだ。呼ばない理由がないのである。否、彼にそのような打算はない。意識もせずにやっているのだった。
「そ、それはあーくんに、訊か……なきゃ、」
「嵐恋はここに居るのだから、姉さんもここで暮らす。嵐恋……そうだろう?何が不満だ?何を求めてお前は俺のところに来た?姉さんの干渉か?姉さんの邪魔になりたくないのだろう?でも姉さんはお前を支配していたいんだ。お前はここに居るのが一番いい。これが理想的な形なんだ、嵐恋。何もかもお前が我慢すればいい。俺も姉さんも、お前のために我慢を繰り返してきたんだからな」
 霙恋は突然、リビングの棚にあったドライヤーを触りはじめた。コードが床に叩きつけられ、ヘビのように這う。コードの巻き方や片付け方が気に入らなかったらしい。
「あ……う、うん………おで、おで……ここにいる」
 姉は驚いていた。
「一緒に暮らすんだよ、姉さん」
 ドライヤーのコードを気に入るように巻いて片付ける。そして末弟の決断を信じていない姉を見遣った。
「い、いや……あーくん、騙されないで。この人は、あなたを……」
「姉さんの干渉は恐ろしいな、嵐恋」
 霙恋は喋りながら電子ポットに水を注ぐ。
「あ………ああ………」
 檻の中の生き物は訳が分かっていないようだった。ただ兄を怖がっている。姉の傍から離れた一晩のうちに恐ろしいことがあったのだろう。よくよく見れば、火傷は背中の一ヶ所だけではなかった。
「お願いだから……お願いだから、あーくんを怖がらせないで!」
 姉の目には、弟のやたらと赤みの差した腕や肩が見えなかった。布を被せられ、濃い陰を落としているのだから無理もない。
「怖がらせる?俺が?こういうふうにか?」
 霙恋は水の入った電子ポットを電源スタンドに置くこともなく、布を除け、檻の真上で傾ける。哀れな少年が目を剥いた。
「やだ!いやだぁ!やだぁ!」
 異常な反応だった。姉の顔から血の気が引いていく。
「そんなに水が怖いとなると、狂犬病を疑いたくなるな。口を開けろ」
 カラスもトカゲも平気で嬲り殺せる野良猫みたいな眼差しの横で電子ポットは横たわる状態へ近付く。しかし姉が跳んできた。
「何考えてるの、霙恋ちゃん!あなた、頭がおかしい!あなたはおかしい!」
 腕を掴まれていた。彼は掴み返すことにした。
「そうだ。俺はおかしい。姉さんが傍に居るべきは嵐恋じゃないってことさ。姉さん」
 男物にしても大きな作りの服では、姉の首から肩に向かう曲線が襟元から垣間見えるのだった。霙恋は衝撃的な光景でも目の当たりにしたかのような刹那の停止に陥る。彼のなかでは渇きを覚えるのと同時に生唾が大量に分泌されていった。
「姉さん………姉さん!姉さん!」
 彼は腕いっぱいに姉を抱き締める。膨らむ性質の化学繊維がほとんどだった。
「姉さん!かわいい……!姉さん!」
「ぐ……ぅ」
 ボディラインを大いに隠してしまうその服は容赦を忘れさせた。だが物の憑いたような濁った目では、姉の身体をへし折り、砕き潰し、圧壊させてしまうことに気付く余地はなかろう。不本意な殺意に似ていた。肋骨で彼女を食ってしまいたい。彼の腕はその骨に彼女を捩じ込もうとさえしていた。
「く………る、し………」
「かわいい………姉さん!かわいい………」
 酸素も重力も十分な地上で彼は溺れていた。彼もまた苦しいのだ。錯覚に近い苦しみに苛まれている。猛烈な愛玩欲は、やはり殺意と等しかった。
「ああ……ああ………姉ちゃん、姉ちゃん…………」
 檻の中の生き物が啜り泣きはじめる。
「あ゛ぁ、く………ぅぅッ」
「姉さん………一緒に暮らす。一緒に……俺と姉さんと嵐恋で3人で暮らす。姉さん!」
「ぁ、う、う……いたい………あ、っ、くるし…………」
 霙恋は苦痛を訴える姉を見下ろしていた。このときばかりは、合意を強いていたのではなかった。欲望を止められなかったし、また止めようとも思わなかった。ただ我欲に支配されていた。姉を圧殺することに至上の悦びを予感していた。しかし殺意はないのである。殺したいとは微塵も思っていないのだ。恨みなどない。己の欲求を満たそうとすると、姉が死に近付く厄介な構造をしているというだけの話だった。
「も………やめ………」
 霙恋の耳には入らない。
「一緒に暮らす………一緒に暮らしてもらうから、姉ちゃんにヒドいコトしないで………っ」
 それは姉を愛でる行為であったはずだ。ところが檻の中の生き物を恫喝していることになっていたようだ。
 霙恋は市場に横たわる鮪みたいな目をして停まった。力が抜けていく。腕の中から息切れが聞こえてきた。弱りきっている姿に、またもや不穏な欲求が溢れた。
「姉さん!姉さん……!姉さん」
 ふっくらとしたフードのために細さの強調される首へ両手を巻き付けてしまった。ホテルで起きた衝動だった。扼殺する気はないのだ。証拠に力は籠っていなかった。怒りっぽくヒステリックで支配的な姉の肉体的弱さを知りたかった。再確認したかった。実感したかった。姉はあまりにも弱い存在なのだ。触れたら死んでしまう羽虫のようだ。あまりにも可憐。儚く、美しい!
 蒼褪めに蒼褪めた姉は反抗する気力もないらしかった。
「姉さん、姉さん……」
 マヌカンみたいに突っ立っている彼女の唇を吸った。ちゅっ、ちゅっと音を立てる。顔を覗き込み、反対の角度からまた吸った。
「なんで………なんで………」
 戸惑うのは接吻された本人ではない。檻の中の生き物はオウムやインコだったのかも知れない。抑揚のない無機質な語気が割り込んだ。檻の中の巨大なインコからしてみれば、姉と兄がキスしているのだから当惑するのも無理はない。
「言っただろう。俺の恋人だと。姉さんにはカレシができたとも……俺と姉さんだ。よかったな、嵐恋。家族団欒だ」
「最低………最低よ、霙恋ちゃん!あーくん、信じちゃダメ……」
「俺だって隠しておきたかった。だが俺の忠告を無視したのはそいつだ、姉さん。そして自分の姿を晒したのも姉さんのほうだろう?」
 だが檻の中の生き物の存在は邪魔だった。姉の意識が逸らされてしまう。
「う………うぅ……」
 檻の中の生き物がまた泣き出して、姉がすっ飛んでいく。図体が多少大きくなっているけれど、よく知った光景である。
「泣かないで、あーくん……違うのよ、あーくん」
「違くない」
 霙恋は檻の前で姉を辱めることにした。弟を甘やかし過ぎていたのだ。支配的で過干渉な姉に、彼は去勢されてしまったのだ。これでは女ではないし、女になる道も意思もないのだろう。髭を毟り取られ、陰茎も陰嚢も捥(も)ぎ取られた不気味な男児だ。彼にとってこれは男ではない。そうい輩がのさばっているのは好きにしたらよい。だがこれは一応のところ実質的な久城の嫡男である。そして八神の末男である。それが"弟(これ)"なのは霙恋のプライドが赦せなかった。恥であった。恥晒しが身内にいる。いくら余所の種が混じっていると思っても傷付けるのは母で、怒るのは父、疑いもしないのは姉だ。
「分からないのなら分からせればいいな。それでも分からないのなら、それまでの人間なのさ。分かりたくないから分からずにいるのだとしたら、それがお前の器なんだな」
 霙恋は檻の前に屈む姉を見遣ると、一度ソファーに向かっていった。クッションをひとつ手に取る様は、日常生活の一コマといったところだった。その立夜鷹(タチヨタカ)を思わせる目付きさえ見なければ。
 あまりにも呑気な行動だった。だが彼はクッションを床に投げ置くと、そこに姉を転がした。
「嵐恋。姉さんはお前の保護者(オンナ)じゃない。俺や雫恋に少しでも似ていてよかったな。それだけは救いだろうさ。偽物の身代わり品として、お前にアイをくれる女はいるのかも分からん」
 愚弟がよくよく見ればちょっとした美少年であることは認めなければならなかったし、人というのは整いきった顔面に今度は不信感を抱くものなのだ。その点に於いて、この弟には歯並びの悪さと、迂愚なほどの鈍さ、白痴のような愛嬌がある。彼を一個人として好まずとも、兄たちを愛した女が代替的な情を注ぐことはあるかも知れない。ただひたすらに、中身との大差がどう転ぶかであった。
「ふざけないで、霙恋ちゃん!」
「ふざけてなんかないよ、姉さん」
 抗う姉の下半身から淡いピンク色のロングスカートを引き抜いた。その下は裸である。隠そうとした手をまとめてあげ、膝を外側へ折らせた。
「いや……ぁ!」
 艶やかな叢と、その下でぱっくりと開いた木通(あけび)。淫らな朱脣が露わになる。
「嵐恋。ここが俺の出入りしたところだよ。見ろ!見るんだ!」
 彼は怒鳴った。弟は姉のかわいいテディベアを気取るつもりなのだ。愚鈍のくせに腹は黒い。
「あ……ああ……姉ちゃん………」
 嵐恋は兄のほうに従ったのだ。恩知らずの哀れな子供だ。格子の傍まで身を寄せる。
「見ないで……っ、見ないで、あーくん!いや……!」
 霙恋は剥き出しの姉の花園へ顔を埋めた。少し前に散々舐めたが、何度やっても飽きはしない。濃厚な牝の匂いを肺に入れ、恍惚とする。
「姉さん!」
 感極まった雄叫びだった。彼は朱つびに舌を這わせる。
「うぅ……」
「姉ちゃん……」
 愚弟は泣けば済むとでも思っていそうだった。
「見ちゃ……いや………」
 死に絶えそうな反応が霙恋を激しく興奮させる。その声音を変えなければならない使命感に襲われる。彼は無邪気な顔をして肉珠を唇で甘く噛む。
「ああっ」
 その下の楕円泉を舐め上げ、水気が増えているのを確認した。
「あ……ああ………」
 舌先を出し、厚みを持った肉粒を転がす。皮の下から確かに突起が現れていた。質感の強い表面となめらかな裏面が交互に、敏感な露芽を責める。火照りはじめる身体は、霙恋を狂わせる佳芳を醸す。鼻先を黒絹の糸屑溜まりに押し付け、花弁と一緒に花核も舐め舐(ねぶ)る。その途中で唾液ではない液体を拾う。
「あ……あんっ………」
「姉さんの蜜が垂れてきた。尻の穴がひくついて、かわいいな。蕾みたいだ」
 彼は誘惑に負けた。その小さな窄まりも舐めてしまう。
「あ……っだめ、だめ………っ」
 慣れない擽ったさが彼女をそうさせた。身を大きく捻り、さらに扇情的に見えた。質の低い射精を追い求めなければ、彼は興味本位でそこに熱く滾るペニスを突き立てたかも知れない。ひく、ひく、と何か催促しているような渦孔は咲散ることなく命拾いした。
「姉さんは尻の穴も気持ち良さそうだ」
 だが今日はだめだった。彼は諦めた。しかし希望でもあった。今日は姉の香りと味を楽しむ日である。ペニスなどは明日には使い物になるのだ。
「い……いや!放して………」
「姉さんのアヌスは俺のものだよ」
 彼はまた一舐めしてから花吸いに戻った。
「あ………あ………」
 窪みを舐め、襞の織りなす溝を舐め尽くす。それから濡れた痼りを口に入れた。吸う。そして陰茎に口淫をするかのような動き方をした。
「や、!やんっ、あっ、ああんっ」
 鋭敏にされた箇所を、生温く湿った感触に包まれて吸い扱かれてている。
「だめ、だめ、それ……ぃや、ああっ、」
 姉は腰を突き上げた。霙恋は口を塞がれる。鼻先は下生えに埋もれ、溢水した媚蜜が彼の肌を濡らした。淫らな牝の香りを窒素するほど吸い込んで、酔い痴れてしまった。絶頂した姉は弟の舌と唇に潤花を擦り付けて自涜に耽る。霙恋はこの匂いと氾濫水に溺れていたかった。窒素したかった。
「あ………ああん………」
 まだ余韻の引いていない女は懸命に腰を揺らしている。霙恋はそれを追った。
「も……だめ、吸っちゃ………ああんッ」
「まだ足らなんじゃないか、姉さん」
 彼は姉を抱き起こした。そして檻の中の生き物の前で立たせると手淫を施したのだった。彼女は内部を突かれて絶頂する悦びを知っているのだ。外の快楽では物足りなかろう。霙恋は姉の弱いところを削った。
 口元を押さえ、もう片方の手では霙恋に縋り、彼女は身を震わせてオーガズムに達する。可愛がっていた弟の前で、交尾の経験がある牝獣になってしまった。甘酸っぱい香りを撒き散らす、繁殖欲の高い女になってしまったのだ。そして檻の中の生き物も、姉を姉などとは思っていなかったのだ。
「だ………め…………」
「だめじゃないよな、姉さん。こんなに濡らして、悪い子だ」
 隘路から抜いた指はしとどで、長指と薬指を広げると銀糸を引いた。上体を支えられずにしがみつく姉は涙を潤ませてそれを捉えた。

3 【完】

 大型犬用の檻は邪魔だった。撤去され、代わりに巨大な繭みたいなものが転がっている。急拵えの死体袋のようであった。人大の蛆、カブトムシやクワガタの幼虫にも似ている。それは低く呻いた。シーツに包(くる)まれ縛られた物体は蠢きもした。中には家主の弟が目隠しだの耳栓だの猿轡だのをされて縛り上げられ、繭にされて転がっている。異様な光景だった。その横では居間に直接ついているキッチンで料理をする女がいる。彼女には家主で、弟の霙恋(えれん)がコバンザメよろしく纏わりついていた。彼女の耳も舐めたり、嗅いだり、触ったり、作業の邪魔をしているらしかった。彼は料理をさせたくないのだろうか。
「姉さん、いい匂いだね。俺と同じ香りがする。嬉しいよ。姉さん……」
 霙恋も料理はするほうだった。魚を捌くこともできる。だから後ろからちょっかいを出されるのは邪魔だと分かっている。だがやめないのだ。彼は利己的なのだ。
「姉さん……」
 彼女の左手の親指には銀の輪が嵌まっていた。霙恋はそれを急拵えで買ってきたのだ。姉を妻にして喜んでいる。エプロンを着せて喜んでいる。彼の思い描く、理想であり平凡で庶民的な家庭だった。
「新婚みたいで嬉しい」
 居間で蠢き、唸っている巨大で不気味な芋虫について、まったく彼は知らないようであった。
「姉さん……」
 サイズの合わないジーンズはベルトによってかろうじて腰に留め置かれている。いいや、彼女の臀部に押し付けられた彼の脚の狭間の膨らみも協力的だ。彼は事あるごとに姉に股ぐらの大きな瘤を押し当てる。そして鼻をすんすん鳴らし、身体を擦り付ける。匂いを嗅いでいるのか、掻き消しているのか定かでない。
「邪魔。離れて」
 姉は素気無い。背後から覆い被さってくる身体を肘で打ち、手で払い、尻で押しやる。それがまた霙恋の無常の悦びであった。
「姉さん……、姉さん………かわいい!かわいい!」
 寡黙な男は、思うことは多々あるようだけれども、いざ口にすると語彙はめっきりと少なくなる。姉からの拒否すらも受け入れ、同じ言葉を繰り返すのみになってしまった。一人になる時間が少なくなったことで、却って彼は言葉を使わなくなってしまった。
「やめて!邪魔なの!あっちに行って!」
 包丁を握る手を上から掴んでいるのだから、激しく拒否が飛んでくるのも無理はない。肘を打ちを食らっても、霙恋は姉に抱き寄って、さらに身体を密着させる。
「耳かわいい……齧っていいか、姉さん。齧りたい。姉さん……」
 彼は歯をカッカッと鳴らした。姉は無言。そして数秒、彼女の耳殻は包まれる。
「ん……っ」
 唇で挟んだ。落ち着く角度が見つかるまで食(は)んだり放したり忙しなかった。
「気が散るから……」
 霙恋は加熱されていく欲求に蓋ができなかった。キッチンに立つ姉の肩を掴んでリビングへ引き連れる。
「何するの……」
「ごはんより姉さんが食べたい」
 劣情に赫赫とした目付きを彼女は見たのだろう。本能的な恐怖と危機を覚えたらしい。ソファーに押し倒す。
「いや……!」
 悲鳴に似た声にリビングの巨大な蛆虫も反応して蠢いた。耳栓の上からイヤーカバー、さらにイヤーマフを装着するという徹底ぶりだが聞こえているらしい。
「ああ……あーくん………」
「あいつは助けちゃくれないよ、姉さん。姉さんはあいつを助けられるが……どうする?姉さん」
 姉がこの家にいるのは末弟のためだった。それ以外にここにいる理由は、彼女にはない。
「あーくんを解放して……」
 霙恋は美貌に苦りきった微笑を浮かべ、溜息を吐いた。
「まだそんなことを言っているのか、姉さん」
「せめて、怪我の手当をさせてあげて……」
「姉さんが俺とセックスしてくれたら、な」
 それを言うと、姉は抵抗の意思を失った。それでいて眼差しは逃げ道を探している。いいや、彼女はばたばたと悶える白い繭を見ていた。
「あんなグロテスクなものを見たら、萎えるだろう?」
「火傷してるの!早く手当を……」
「姉さんが早くイけば済む話だな」
 ベルトを抜き、ジーンズパンツを剥ぎ取った。彼は姉に下着を履かせない。現れた叢に顔を埋める。
「ああ……姉さん」
 芳しい香りで頭の中が麻痺するほんのわずかな時間をぼんやりして過ごし、余韻が完全に引くまでは女の柔らかな腿に頬を擦り寄せた。勝手に人の脚を使って撫でられた気になる猫みたいだった。
「姉さん……いい匂いがする。頭がおかしくなりそうだ」
「気持ち悪い……!」
「男なんてみんなこんなものだ。女の股が臭いと口では言っておきながら、身体はそうじゃない。姉さん……!姉さんの股の匂いじゃ、奴等は満足しないだろうがな。匂いが……清楚すぎる」
 彼はまた叢に鼻を埋め、息を吸った。そしてもどかしい舌を腿に当て擦ることで誤魔化した。彼はまだこの楽園を唾液まみれにはしたくなかった。
「霙恋ちゃんは、こんなことしないのに……」
「俺が霙恋だよ、姉さん」
 姉は2分の1で当たる確率を外した。いいや、リビングに転がる蛹の中身が猿轡を咬まされる前までは、その名を呼んでいたのだから、彼女もそろそろ覚えていていいはずである。だがどちらを呼んでも同じことなのである。同一視していた。彼等は1人なのだ。昔、姉を騙して弄んだのだ。入れ替わりながら、片方がいないと大騒ぎにさせたのだ。家族や近隣住民、学校の関係者、警察の前で嗤いものにしたのだ。そのことを根に持っているのかも知れない。
「雫恋(かれん)のことを言えば俺が怒るとでも思ったか?残念だが姉さん……それは的外れだ」
 鬱陶しげに彼は金髪を掻き上げる。そろそろ脱色し直すか、染めるか、黒く戻すかする頃だった。
「けれど、雫恋みたいなのがいいならそうするよ、姉さん」
 霙恋は長い睫毛を切なげに伏せると、彼女の脚の間から立ち上がった。
「雫恋みたいに、オナホみたいな扱いを受けたいんだろう?分かったよ、姉さん……また明日、俺と遊んでくれ。今日は、雫恋みたいにする」
 しかしそれが本当に彼の半同個体と同じものなのか、姉の方には判断できたのだろうか。霙恋もまた知らないのだ。ただの印象の話でしかなかった。
 彼はろくに触りもしなかった姉の膣へ、取り出した半勃ちのものを雑に数度扱くと、これまた雑に突き立て、腰を進めた。
「い、痛い!」
 姉が身悶えた。ソファーの座面を握り、退こうとする。霙恋はそこに人がいると認識しているふうもなく、柔らかな肉塊の掴めそうなところを掴んで、乾いた粘膜へ乾いた粘膜を力尽くで押し遣った。
「痛い……っ、いた………っ」
 だが彼は侵攻を続ける。膣に拒まれているが、一気に突き入れたなら、女側は感じる感じないにかかわらず濡れるのだ。彼は気にしないことにした。それが彼の半同個体のやりくちだと彼は踏んでいた。
「痛い………っ、いや………」
 反応するのはリビングの薄気味悪い死体袋だった。霙恋は腰を進める。押し戻そうとする力が、舐め回し、一度絶頂させてからのときよりも強かった。粗く感じられる。あまり楽しいと感じられないのは声の所為もあるだろう。霙恋は、快楽を覚えながらも拒否する姉の声と、言葉とは裏腹な肉体の呼応に愉悦するのだ。
「あ、ああ、痛い!痛い……っ」
 彼は牝の膣穴にしか興味がないらしかった。射精さえ遂げられたなら、牝猫相手でも牝犬相手でも用を足していたかも知れない。
「まだ、動いちゃ………ああ!」
 射精用道具に決定権はないのだ。使われ、消費される側に決定権はない。彼女の願いは聞き入れられなかった。霙恋は構わず腰を振った。止めようとする小さな手が腹に当てられる。それが健気に映った。痛がっている姉の中で、きつく圧迫されたものがさらに膨らむ。
「うう……」
 しかし霙恋もただでさえ太く硬いものをそう十分に濡れているとはいえない中で締め上げられているのは苦しかった。
 接合した部分の真上にある尖肉を抉る。
「う……うう………」
 彼女は身動いだ。内部が蜿(うね)る。その動きは霙恋の気に召した。ゆえに継続して彼は淫らな隆起を擂った。
「あ………う、ぅ……あぁ……」
 満足するほどではなかったが、先ほどよりも女の膣はペニスを受け入れていた。快楽を貪るための抽送はもう可能だった。彼は腰を振る。官能に戸惑う女の声はなかった。言葉とは裏腹に濡れ濡(そぼ)つ、いやらしい泉の潺(せせらぎ)もない。彼は己の射精のために活塞(かっそく)する。ソファーに倒れている柔らかな女体を抱き締め、下肢を叩きつけた。姉の望んだことである。姉の望んだ男は、おそらく女の耳元で、嘘偽りでも甘言を吐いてはやらないのだろう。同じように霙恋は慕情を囁いたりはしなかった。ただ深々と、質の良い射精のために奥の奥へ、陰茎を突き刺さすのみだった。そして放精へ。サケみたいに尻を揺らして胤を撒き散らす。女の中に。
「う………うぅ、」
 だが最奥へ吐精できたとて、彼の満足するような射精ではなかった。陰茎を抜く。姉の左右に開かれた脚の狭間、赤みの差した九皐(きゅうこう)から、白濁とした小滝が拓かれた。粘り気を持って落ちていく。
「姉さんも、イかないと。雫恋はしてくれないと思うけど」
 彼は自身の垢液で汚れた女壺に指を突き入れた。彼女を絶頂させるのが目的で手淫を施すが、それがまた一度は治まった性欲を煽るのだった。下腹部は忽(たちま)ち威勢を取り戻した。
「姉さん……」
 姉は下半身のみを刺激した一方的な性交を求めていたではないか!
 そのために霙恋は自慰で済まそうとした。しかし想い人の淫声と、蕩けた隘路、指に縋りついて引き留める蜜襞!姉の意地に、彼も意地を張ろうとした。だが彼は、自身の運命を、姉の奴隷であると悟っていた。
「ああ……姉さん、ごめんなさい。入らせて……姉さんのナカに、入らせてくれ………」
 返事を待たず、彼は待ちきれずはち切れそうな業棒を挿れてしまった。
「ああんっ」
 性感を高めるような手淫を受けていた姉には、その意思にかかわらず番いの牝としての準備がすでにできていた。大きく張った雁首が、彼女の甘い腫瘍を削っていった。
「姉さん………姉さん………―ぁっ」
 具合の良いところにある質感に、彼は肉銛の返(かえし)を擦り付けた。
「あ、あんっ、あ……!あ、あ、あ、……!」
 霙恋の手が彼女の腹の上を惑い、やがて胸の膨らみを揉むようになった。
「姉さん………気持ちいい…………ぅ、ああ……」
 彼は唇を噛む。急激な射精欲に耐え、魅惑的な二つの膨らみを愛でた。腰の細さや脚のしなやかさからは想像しがたい豊満な乳房だった。霙恋の大きな掌に包んでも、指の間から溢れ落ちそうだった。缶でシロップ漬けにされた白桃を思わせる柔肌だ。
「姉さん……綺麗だ……」
 彼は女の胸にあまり執着を持つほうではなかった。興味がなかった。だがこの姉の胸を刺激すれば、望む反応が得られることを知っていた。
 左右から押さえたことで柔らかく歪む乳房の頂を拇(おやゆび)で捉えた。
「ぁあ……」
「さっきはごめん。姉さん……今度はいっぱい気持ち良くなって」
 ぷっくり勃ち上がっている胸の小さな先端を指で何度か往復して轢いた。
「ゃ……ぁ、あんっ……」
「姉さん……気持ちいい?あ……そんな、締め付けるな、……姉さん!」
 胸の刺激がさらに彼女の蜜壺を繊細に蜿らせた。引き絞られている。巻きつかれ、さらに奥へ誘(いざな)われている。
「姉さん………!姉さん!」
 ソファーが軋んだ。強制的に射精させられ気分になった。それではいけないのだ。姉より先に射精するわけにはいかなかった。具体の良い蠕動(ぜんどう)から抜け出さなければならなかった。彼は受け身から攻め手に転向しなければならなかった。
「あ、あ、あ、っ、んっ、だめ………も、突いちゃだめ、だめ……っ」
 肉と肉がぶつかり合う。ソファーの軋みも連動する。リビングに転がる芋虫が起こす音も掻き消えた。
「姉さん……イきそうなら、イけ」
 彼は小さな実粒を撚(よ)ったり捏ねたりするのを止めた。肉感のある細腰を掴み、あとは内部でのオーガズム一直線に彼は突いた。
「だめ、だめ、突いちゃ………も、だめぇ……!」
 それは嘆きに似ていた。しかし間が悪いものである。彼女のスマートフォンがテーブルの上で鳴っていた。テキストメッセージならばすぐ終わるところが、どうやら電話らしかった。霙恋は姉の気が微かにでも散ってしまったことをみとめた。
「んんっ、」
 彼は姉の身体から己を引き抜いた。息切れをしながら、恐る恐る長弟を警戒して彼女は高機能の携帯電話を手に取った。
「はい、もしもし。久城でございます……」
 ディスプレイもまともに見ていないような流れる作業だった。霙恋の元にはウォーターサーバー販売会社だの、モデムだの、国民放送局だのの不要な営業電話が最近やたらと多いというのに。
「ええ………はい。嵐恋は……元気です」
 霙恋は姉の通話する横顔を見ていた。それまでは相手が男か女かなど考えていなかった。だが彼女が目蓋を伏せ、悩ましげにしたとき、ふと相手が男だと思った。それもただ性別が男性だという話ではない。彼女がそういった意味で男だと認識している男だと思った。
「すみません……ええ、病院には………いいえ。少し風邪をこじらせているだけですから………」
 相手は弟の学校の関係者だろう。霙恋は姉の周辺の異性についてあまり頓着をしていなかった。確かに彼女を密かに恋い慕う男は多い。実際、弟に擦り寄るふりをして彼女の家に入り浸っている不埒なやつもいる。しかし、ひとつ忘れていた。この姉は優等生的な女なのだ。ゆえに学校教師に弱くても頷ける。
「テストが………はあ。申し訳ありません」
 霙恋は後ろから姉に密着した。腰に巻きつけた腕を剥がされるが、彼は諦めない。
『ここままだと単位が危ういので……問題がなければ、少しお邪魔させてくださいませんか。久城の顔を―』
 拙(まず)い話である。姉が弟共に帰らせろと強情になるだろう。帰らせたところで、久城嵐恋というやつは全身に火傷を負って、見るも無残な姿をしているのだった。そういう愛弟の横で、この女は抱かれて、普通の生活をしているのだ。
「あ………っ」
 霙恋は姉の叢を梳き解した。もう片方の手で胸の先端を摘む。
『はい?』
「いいえ。嵐恋は……その、あの……」
『プリントが溜まっていますから、それをお渡しできればと』
 叢を探っていた手も胸へと上っていった。両手で、柔らかな胸の頂に踏ん反り返る痼りを捏ねた。
「ぁ……んっ、ぁあ……」
 彼女は口元を押さえた。これ以上、この電話を続かせるのは面倒臭いことになる。霙恋は保護者面をして通話している女を抱き上げ、床に転がした。
「大丈夫で、す………っ、ちょっと、風邪がうつってしまっただけですから………ぁ、」
 共に横臥し、彼は黒絹の園の下に埋まる小さな球根を愛撫した。
「んぁ……だから、だから………わたしが、取りにいきます。落ち着いた、………ら、!」
 しなやかな片脚を持ち上げ、霙恋は姉の中に戻った。絶頂寸前で止まっていた快楽もまたそこから再始動する。
「平気です、先生……、大丈夫ですから、………ぁんっ」
 まるで弟の学校の教師に抱かれているかのような態度が気に入らない。霙恋は姉を突いた。短い間隔で蜜路が吸い付き、放す。
「ん、あ!あっあっあっああああ!」
 果てのない沼地然としながらも痙攣する花洞にペニスを突き入れ続ける。床に透明な液体が噴き出した。やっと彼も絶頂を許された気になった。全身を引き攣らせる姉を抱き締め、俯せに倒れて射精した。
 姉の手の傍にはまだ、通話中の板ぺらが転がっていた。懸命に声をかけている。霙恋は蠢動する姉の内部に牡の垢汁を塗りつけて笑った。
 最後の一滴まで出し搾ると、霙恋は姉から肉栓を抜いた。彼は弟の惨状を見せてやりたかった。白い蜘蛛の巣に包まれたような蛹に手を伸ばす。


 目が覚める。身体が動かない。自宅のコンクリート剥き出しの天井ではなかった。白い板に穴のような模様が見える。頭がかろうじて動く。
「起きましたか」
 頭が鈍く痛んだ。寝過ぎたときの痛みのように思えた。一気に記憶を塗り替えなければならない負荷の痛みであったのかも知れない。
 霙恋はベッドの脇に座っている軟派な風采の男を見遣った。そしてその周りに他に誰かいないのか探った。
「お遣いの子は帰ってしまいましたよ。もう来ないと思います。もう来ないでしょう」
 古着で瀟洒を気取ったような男は、二つ折りの紙を手にした。表面がピンク色であることが透けて見えて分かった。便箋のように思える。
 腕が動かなかった。特に肘から下はほぼ動かない。肩が大まかに動くのみであった。右腕についてはほとんど感覚がない。特に肘から下は動かす実感もなかった。右半身の負傷が大きいらしい。視界も右側が曇っている。
 見舞いに来たらしい男は卑屈に笑って、便箋を読み上げた。つまり、怪我を負った姿を見ているのがつらいためにもうここに来ることはないという旨のことが書いてあった。情?たっぷりな文面は女特有の保身も欠かさない。女というのは常に正しさを求めなければならなかった。正当性を忘れてはならなかった。悪怯れないということができない。偽善でも構わんという。大義名分がなければ何もできない、肩身の狭い哀れな生き物である。霙恋も焼け爛れて形の消えた唇を引き攣らせた。彼の顔からは包帯が取られていた。噛み砕いて言えば、火傷でグロテスクな外貌の男に用はないということだ。
「 妻でもなければカノジョでさえないんですからね、当然の反応です」
 見舞いに来た男はぴしゃりと言った。
「責める権利も、嘲笑う立場にもありませんからね、貴方は」
 男はただ果物籠を置いて帰っていた。次に来たのは母親だった。そこで霙恋は、自身が目を覚ますはずのない存在だったことを知った。夢に閉じ籠ってはいられないらしかった。
 母親は息子に興味がないのだ。いつまでも女であることを求めた。1人になって生まれてくればよかったというようなことを何度か言われたことを思い出す。
「見てよ、霙恋ちゃん。きっと加霞(かすみ)ちゃんだよね。わたしが邪魔なんだわ。嫉妬してるんだと思うケド。酷くなぁい?」
 母親は怪文書を読ませた。作成者の目の前に突き付け、それを継子の犯行だと言う。
「いい子ぶってるケド、ああいう子に限って嫉妬深くて、人を羨むことしかできないんだから。周りの目が怖くて自分の人生を選べないのね!自分の人生を生きたらいいのに。人の足ばっかり引っ張ってないで……そう思わない?そう思わない、霙恋ちゃん?」
 彼はぼんやりしながら考えていた。弟が死んだときも、母親の嘆きは継子に対する怒りばかりだったような気がする。息子を喪ったことの悲しみは確かにあっただろう。だがほとんどは、姉の監督の甘さについての悪口だったように思われる。それでいて、息子を喪った悲劇的な女優をやりたいようでもあった。
 それから彼は数秒、呆然とした。忌々しい弟が死んだらしいことを今更になって思い出した。彼は焼け落ちた唇を引き攣らせた。だがすぐに表情を失くす。
「ママは、貴方を突き落としたのも、こんなふうにしたのも、全部加霞ちゃんが悪い気がするんだケド。加霞ちゃんはアンタに惚れてたんじゃない?だから……ああちゃんのときも、アンタの気を引きたかったのね!」
 霙恋は眼だけ母親にくれた。本気で言っている。
「ママが悪いんだって思ってるでしょ!見抜けなかったの!真面目ないい子に見えたから!」
 姉に対する罵倒も、母親のろくでもなさも、嫌いではなかった。だが彼は疲れてしまった。目蓋を閉じる。鼻から上は比較的損傷が少なかった。或いは回復が早かった。
「霙恋ちゃん、大事な話をしてるんだから、ママの話聞いて。霙恋ちゃん、いつも来てる女の子はどうしたの?もう来ないの?」
 目蓋を下ろしたまま、彼は言った。冷房を強く効かせて寝たときのように声は嗄れ果てていた。そこにあった甘い質感は、最初から無かったかのように消えてしまった。
「アンタ、それじゃあお嫁さん、どうするの」
 結婚の話など、今の今まで一度たりとも出たことなどないのだ。あまりに唐突な話題だった。美貌の双子は母親にとってアクセサリーだったのだ。手放そうとすらしない様子ではなかったか。
「ママだって人間なんだから、ずっと生きてられるワケじゃないんだよ、霙恋ちゃん。ずっと霙恋ちゃんのお世話ができるワケじゃないんだから。ああくんだって死んじゃうし!雫恋ちゃんの足だけは引っ張っちゃダメよ!」
 そして彼は、そういう人間がいたことを強く思い出した。
 帰れと言った。霙恋は母親に帰れと言ったが、声は出なかった。
「アンタのこと好きだった真鈴ちゃんはどう?あのおうちに来てた子、佳奈ちゃんは?樹絵梨ちゃんとかいうのと、ちょっとよかったんでしょう?」
 母親は知らないうちに交友関係を把握していた。まだまだ女の名前がつらつらと挙がるが、霙恋からすると知らない人のようで覚えがまったくないわけではなかった。しかしそう結婚の話が出るほど深い仲ではない。
 彼は寝たふりをした。母親が帰っていく。自立するアクセサリーではなくなった息子が邪魔なのだろう。仕方のないことだった。彼は本当に眠りに落ちた。

 妻の話というのは彼の中に大きく響いていた。霙恋は医者の想定にない、驚異的な回復を遂げた。それでも切り落とされた右腕については彼も見切りをつけた。過酷なリハビリを経て、彼は母親の懸念を打ち砕いた。
 そのときになって、あの軟派な雰囲気の、古着ファッションの男が現れるのである。
「雫恋さんについてなんですが、」
 まるで密会のように、彼は壁に隠れて霙恋に接近した。興味のない話だった。だが聞いていた。
 マネージャーを姉に似せて、頭をおかしくしているらしい。霙恋は考えていた。
 生き地獄であろう。まずは半分、同個体みたいな人物のことを思った。そして次に己の焼け爛れた姿を思い起こした。その後に、次にあの者がとるかも知れない行動について考えた。
「雫恋さんの惨虐さは、貴方のほうが深くご存知だ」
 それがこの男の讒言(ざんげん)であることは分かっていた。市井の若衆を気取っておきながら、己の手を汚すことのない黒幕だ。しかし言いたいことが分からないでもなかった。
「要は雫恋を殺して欲しいんだろう?」
 彼は疲れていた。同時にすべてを哀れんでもいた。後悔はないが、迷いはある。
 嗄れた声が、そのときばかりは、ほぼほぼただその一言のために元来の艶を取り戻した。
「それでも俺たちに与(くみ)した咎(つみ)は消えないし、雫恋が真っ当に生きる未来があったかも知れなかった」
 霙恋は話を終わらせた。もう声は出なかった。

【完】

TL【雨蜜スピンオフ】唾と罪とナイトメア【完】

TL【雨蜜スピンオフ】唾と罪とナイトメア【完】

【雨と無知と蜜と罰と】スピンオフ。アンケート1位獲得の霙恋編。

  • 小説
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  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2023-07-02

Copyrighted
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