少し濃いめのコーヒーをいれて
スローな息吹を。朝という一つの始まりを噛み締めるように。
朝はゆったりと
東の空がうっすらと明るくなり、空に色彩を足し始めた。僕はゆっくりとベッドから抜け出し、洗面所へ向かった。蛇口から流れる水は、朝の空気と同じでひんやり涼しく気持ちよかった。
僕は小さいながら小奇麗な台所に行き、やかんをコンロにかけた。ちりちりという点火の音が小気味いい。その間に僕は、壁側に設置している棚から、すっとコーヒー豆の袋をとりあげ、適量をミルにいれ、沸騰に合わせてミルを挽いていった。袋から漂う香りよりも、もっと引き立った香りが辺りに広がった。
程よく沸騰したお湯を、ドリッパーやグラスポットに軽くかけて、紙フィルターを差し込んだドリッパーに挽きたてのコーヒー豆を揺すりいれて、お湯を少しだけ優しく注いだ。じんわりとお湯がなじむのを、愛でるように僕は静かに待った。鳥のさえずりが雰囲気を盛り上げてくれる。それとじゃれ合うかのように、やかんを滑らかに回し、ドリッパーいっぱいに注ぐと、柔らかい絨毯のようにコーヒーはひろがり、そして羽毛を残してグラスポットに吸い込まれていった。
僕がカップに注ぎ入れ、香りをなおも楽しんでいると、さきほど仕込んでおいたトーストが、小高い合図とともにジャンプした。
小さな丸テーブルには、ゆらゆらと湯気をたゆたうコーヒーカップと、バターを溶かしているトースト二枚。カーテンの開かれた窓からは、透き通るような白っぽい青空の光が、やんわりと忍び込んでいる。淡い朝日と香りが体中を包み込んでくれた。時間までもが、ゆったりと合わせてくれているかのように、十分に味あわせてくれた。
それから僕は、まだ部屋に余韻を残すコーヒーの香りを纏わせて、身支度を始めた。手慣れたもので、するすると朝日がスピードを上げて昇ると同じように、あっという間に整えて、玄関で革靴を履いていた。
ずいぶんと輪郭が濃くなった部屋を背にして、僕はドアを閉めて、朝の流れに身を投じに行った。
少し濃いめのコーヒーをいれて
なんでもない朝のひとときを、ほんとに飾らずになんでもない書き様で終わった話し。
物語を追って書いていく、その手前で、その世界に入れず、動かず続かなかった。けど、それもまたいい。