麦の中へ隠したかったもの

「あそこにあるのは何だろうか」

公道を走る車の運転席から隣にいる私に声がかかる。
友人の視線の先を見ると、田んぼもしくは畑なのか四角い仕切りの中をいっぱいに詰め込んだ植物があった。
植物と言っても緑色はなく、全体的に黄色に近い。
日の当たり方のためか金色にも見えるが、それはさすがにないだろう。
視界を覆うほどの数であり、人為的に作られた景色であることが分かる。
遠くでよく見えないが、細い茎の上には粒状の実がいくつもついているように思える。
実が見えなくとも、子どもの頃から積み上げてきた知識と経験がそこに実がついているように見せていた。

「お米じゃないかな」

私が言うと、友人は顔をしかめる。
どうにも納得できないと言った表情をしている。
ここは、日本だ。
大量に生産しているのなら、お米だろう。
だって、日本人はお米が好きなのだから。

「今は5月だぜ?」

言われてハッとした。
秋には程遠いこの時期に、収穫間近の米があるわけがない。
いや、でも色んな品種の米があるのなら収穫時期だってずれ込むものだってあるのではないか?
私は、米を土台とした考えを覆せないでいた。

「きっと、あれだ。
そう、ひのひかり。
二毛作で早めに植えたんだよ」

私がそれっぽく言うと、友人は微妙な反応を示して話は終わった。

観光地を訪れた私たちは、飲食したり服屋を回ったりして楽しんでいた。
帰り道に、助手席でぼうっと一日の余韻に浸っていると、あの植物が視界に入ってきた。
今度は、近い距離で見えた。
しだれておらず、米であればまだ収穫には早いだろう。

しかし、私は実の先に棘状の突起物を見てしまった。
ああ、あれは麦類だ。
今度は確信した。
小麦か大麦かはたまた違う品種かは分からない。
だけど、米ではないことは間違いない。

ちらりと運転席を見る。
友人は、交通量が多いため運転に集中している。
私は、逡巡した。
自信を持って米だと主張したことを思えば、思慮の無さを明かさないといけないのは恥ずかしい。
だが、諦めたようにして口を開いた。

「あれ、麦だったんだね」

麦の中へ隠したかったもの

麦の中へ隠したかったもの

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-06-24

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