『通学途中で気づいたのだが、大事な物を無くしてしまった
どこでだろうか
無くしたというより、持ち忘れただけだろうか
今日の記憶をたどってみる

朝目覚めたときには、まだ机の上に置いていたはずだ
そのため、階段を降りて朝食を取っている時も変わらぬままだったと思う
米と鮭と味噌汁と玉子焼きを食べたのはすぐに思い出せるのに
家族と団らんをしているときは、友達の顔ばかりが浮かんでいたな

部屋に戻ってカバンを取ったときはどうしただろうか
手にしたような、しなかったような
はっきりしないのも仕方なかった
心の中は嬉しさと寂しさでいっぱいだったのだ

学校の門前まで来てしまった
今から取りに戻っても間に合わない
教室の前でウエストミンスターの鐘の音がした
席に座って先生の話をぼんやりと聞いた

体育館で校長先生の話を聞いた
何を話しているのか、私を含めて誰も理解に努めていないと思う
だって、クラスの誰かが「今日の校長先生の話はエッジが効いてたよな」なんてセリフを聞いたことがないのだから
大人になったら偉い人の話は聞いた方がいいだろうけども、校長先生の話でも聞かないのはもったいない行為だろうか

パイプ椅子に腰かけたまま上の空で見上げると、天井にバレーボールが挟まっているのを見つけた
入り口には防鳥ネットが張られているのに、ハトが数羽止まっていた
バレーボールもハトも入学式から見た気がする
彼らは変わっていないように見えて、私の知らない所で変化が起きていたりするのだろうか

生徒の一人一人が壇上に向かい、証書をもらっていた
何度見ても覚えられない校歌を歌う
口を開かない者が大勢いた
文化祭のライブでは、求められなくても大口開けていたのに

教室に戻り、先生が挨拶をする
泣く事なんか一切なかった
理由を先生が語っていた
何十回もやれば慣れると言っていた

とうとう来てしまった校庭の片隅
数人がスコップを手にしてる
衣装ケースに次々と放り込まれる各々の想い
私は今書いている、この手紙を入れることにした』

友人達は笑う
「卒業式の日の状況と心境書いただけじゃん。」
私はそれでもいいと思った
眠っていた種が、五年後に芽吹いてくれたのだから

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-06-17

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