還暦夫婦のバイクライフ16

ゴールデンウィークは近場に行こう

 ジニーは夫、リンは妻の共に還暦を迎えた夫婦である。
 今年もゴールデンウィークがやって来た。
「ジニー」
「何?」
「明日からのゴールデンウィーク、5月3日と4日以外、ずっと雨みたい」
「え~、それは良かった」
「全然良くない!どこにも走りに行けんやんか!」
「どうせどこ行っても大渋滞やし、バイクのタイヤも山が無くなってきてるし、少しでも温存できるなら、雨もまた良しでしょ?それに3日4日と走りに行かんとは言ってない」
「でーすーよーねー。で、どこ行く?」
「天気もよさそうだし、久しぶりに四国カルスト上がってみるか」
「カルスト?いいけど、前みたいに降りるのに半日かかったりしない?」
「大丈夫。裏口から上がり降りするから」
「じゃあ、明日」
「朝9時でよろしく」
「オッケー」
 5月3日朝9時、予定通りバイクも準備出来て、後は出発という時になって、インカムに不具合が発生した。どうやっても繋がらない。お互いON,OFFしてみるが、全く直る気配がなかった。
「くっそーぽんこつがあーっ」
ジニーが毒づく。
「リンさん、こうなったら仕方がない。一度初期化して、一からやり直そう」
「それで直る?」
「わからん」
ジニーはインカムの取説を取ってきて、初期設定に戻した。リンも取説をのぞき込みながら、操作する。しばらく設定をやり直した結果、やっと普通に使えるようになった。
「良かった。直った」
「一体何だったのかしら」
そこから準備をし直して出発したが、30分遅れとなってしまった。
「リンさん、はなみずき通りが満杯だ。R33に回ろう」
「えー、嫌な予感しかしないけど」
環状線から天山交差点を右折した瞬間、ジニーは後悔した。車線を埋め尽くした車列が、全く動いていない。
「やっちまった。大渋滞だ」
「だと思った」
二人はじわじわと動く車列に呑まれ、15分ほどじっと耐える。
「リンさん、これは埒が明かん。そこの信号右折して、裏道走る」
「オッケー」
次の信号までの100Ⅿほどがなかなか届かない。やっとのことで右折する。そこから住宅街の路地をうろうろして、やがて松山インターの裏からR33へ戻った。インターを過ぎているため、車は普通に流れている。
「高速入り口渋滞か。それにしても県外ナンバーばかりだな」
「九州とか関東からも来てるね。そんなに四国って、いい所?」
「さあ?地元民には分からん」
普通に流れていても、さすがに車は多い。バイクもいっぱい走っていて、挨拶が忙しい。三坂の入り口まで走った所で、すごく遅い軽自動車が頭になっている長い車列の最後尾に付いた。
「わあ、ジニーこれどうする?」
「うん。これだけ車列が長いと、この先の登坂でもかわせないなあ。旧道走るか」
「わかった」
「願わくば、あの飛び切り呑気さんが、バイパスに行くよう祈ろう」
「よおし。では早速・・・バイパスにいけ~バイパスにいけ~ばいぱすにいけ~ばいぱすにいけ~」
「リンさん、それお祈りじゃなくて、呪いだね」
「人聞きの悪いことを。祈ってるんだって」
ジニーの予想通り、結構長い登坂でもかわすことはできず、二人はバイパスの分岐まで超呑気さんに付き合う羽目になってしまった。しかしリンの呪いが効いたのか、超呑気車を頭にした車列はことごとくバイパスに向かい、旧道に向かう車は一台も無かった。
「よーし、リンさん行きますよ」
2台のバイクは快適に旧道を駆け上がった。時々すれ違うバイクに挨拶しながら峠を越え、再びバイパスと合流する。そこで信号待ちをしていると、例の超呑気さんが、長大な蛇の頭となって目の前を通り過ぎてゆく。
「え?まだここ?普通だったらバイパスの方が5分は早いのに」
「うわあ、ジニー。またあの車列にお付き合いするんだ」
リンがげっそりとした声を出す。
「呪い返しだね」
ジニーがくすっと笑う。
 超呑気さんは久万高原町で横道にそれ、長大な車列も分散した。やっと普通に流れ始めて、ジニーもリンもほっとする。R33をしばらく走り、途中でR440に乗り換える。川の上にかかるループ橋を駆け上がり、しばらくワインディングを楽しみながらいつもの草餅やさんまで走って休憩する。車やバイクがいっぱい止まっていて、随分とにぎやかだ。15分ほど休憩をしてから再び走り始める。やがて、表側のカルスト登り口が見えてきた。そこをまっすぐ通り過ぎて、地芳トンネルに入る。冷え冷えとしたトンネル内を抜け、道は梼原めがけてどんどん高度を下げてゆく。
「リンさん、この先の十字路を県道304号に向けて左折しますよ」
「了解、前の2台の車、遅いなあ」
「2台とも本州ナンバーだな。梼原向いていくでしょう・・・って、曲がるんかい!」
前を走る2台の車は、ジニーとリンが行こうとした道へと左折した。
「あ~・・・。しょうがないなあ。何で本州ナンバーの車がこんな裏道に入るんだ?」
「多分、ナビのせいね。案内されたんじゃないの?普通だったらこんな車1台分の道幅しかないところに入ってこないって」
「まあ、入り口は狭いからなあ。奥に行けば、大型ダンプも平気で走れるくらいは広いけどね」
ジニーはそう言って、はあっとため息をついた。
 二人は大人しく、ゆっくりと走る2台の車の後ろに付いた。道は山を登ってゆき、尾根まで出た所で幹線林道と交差する。そこで道に迷って止まった車をパスして、幹線林道に向かって左折した。ここからは天狗高原星降るヴィレッジTENGUまで2車線の広い道になる。景色を楽しみながらゆっくりと走り、そのまま天狗高原から五段高原に向けていく。その先にあるいつもの絶景ポイントでバイクを止めた。
「リンさん気を付けて。すごい下りだから、ギヤ入れといてね」
「知っとる。でもここは、止めるたびに緊張するわあ」
そうなのだ、ここは、四国カルストの中でも有数の絶景ポイントなのだが、有数のバイク立ちごけポイントでもある。ジニーもリンも、何度も立ちごけするバイクを見ているので、止めるときには自然と緊張してしまう。
 何とか無事にバイクを止め、何枚かの写真を撮る。バイクも車も止めたそうに来るので早々のうちに場所を明け渡して、二人は姫鶴平に向かった。今日のお昼は、姫鶴荘の食堂に行ってみる予定だ。
 二人は姫鶴荘の前の空いている所を見つけ、バイクを止める。
「リンさん、すごい人ごみ。食べるようになるのかな」
「まあ、行ってみましょう」
ヘルメットを脱いでバイクに固定し、食堂を覗く。
「おお!昭和のスキー場の食堂みたいだ」
「本当、そんな感じね。ジニー食券買って」
「はいはい」
ジニーは券売機前の行列に並んだ。10分ほどで食券を手に入れ、次は空いている席を探す。ひどく混んではいるが、在りし日のスキー場の食堂のような殺人的な混雑ではない。程なく席を確保し、腰を下ろす。しばらく待って、注文の料理を手に入れる。ジニーはカレーライス、リンは牛カルビ丼だ。
「ジニーここのスタッフさん、下で期間限定でやってたラーメン屋さんのスタッフさんだね」
「そりゃそうだろう。ここが冬季休業の間やっていたラーメン屋さんだからね。でもなんていうか、下でやっていた時の雰囲気の方が、やる気満々って感じだったなあ。ここではみんな淡々とこなしてる感じだ」
「しょうがないんじゃない?ここのは温めて出すようなものばっかりだし、ラーメン屋の時は、ラーメンに気迫がこもってたような気がするわ」
「うん、言われてみればそうかもね」
ジニーは納得した様子で、カレーライスをかき込む。食堂内は人がごった返してきて、場所を求めてうろうろする人が増えてきた。二人はササっと食事を済ませて、席を譲る。
「さてリンさん、これからどこ行く?」
「UFOラインに行けるかな」
「え~ッ、今から?」
ジニーは時計を見る。13時少し前だ。
「うーん、行けなくはないか。そういえば、バイクブロガーの人達でUFOラインから四国カルストにハシゴする人が時々いるけど、結構大変だけどなあ。下手すればガス欠だし」
「冗談よ。今から行かないって。でもよさこいに上がってスカイラインに降りるくらいなら、行けるんじゃない?ケーキ屋さんも寄れるし」
「あ!それいいね。行きましょう」
ジニーはケーキ屋さんに釣られる。
「で、どのルート行けばいい?」
「そうだなあ。来た道戻って、県道304号をR439に向かって降りて、矢筈峠越えてR33~R439~R194だね」
「オッケー」
二人はバイクの向きを変えて、天狗高原向けて走り始めた。トンネルを抜け、星降るヴィレッジTENGUを横目で見ながら県道48号を下る。途中の分岐で幹線林道に乗り換え、さらに下ってゆく。しばらく走った所で県道304号との交差点が現れる。そこを左折して304号に乗り換え、一気に山を下る。やがて道はR439に行きあたる。そこを左折してR439に乗り換え、川に沿って上流へと走り上がる。途中から道は狭い1車線になる。対向車に気を付けながら谷を登ってゆくと、矢筈峠のトンネルに出る。トンネルを抜けると狭い道のままうねうねと下ってゆくが、集落を抜けた所から2車線になり、快適な道となる。鳥形山の石灰石鉱山から延びるベルトコンベアの下をくぐり、いくつかの集落を抜けた所で仁淀川にかかる赤い鉄橋を渡り、R33へ合流する。右折してR33に乗り換え、中津渓谷入り口を左に見ながら高知方面に向かう。少し行くと、引地橋ドライブインがある。相変わらず、車とバイクで満車状態だ。
「リンさん、ここのおでんも久しく食べてないねえ」
「最近ここで休憩するタイミングが無いのよね。早かったり遅かったり、全然違うところを走ってたりでね」
「休憩する?」
「しないよ。ご飯食べたばっかだし、ここで止まってたらケーキ屋さんに寄れないよ?」
「それはだめだな。スルーします」
ジニーとリンは、ここのおいしいおでんを思い浮かべながら、店の前を通り過ぎた。そこから少し走った所で、再びR439の交差点が現れる。二人はそこを左折して、R439に乗り換えた。ここからR194までの道は、R439の中でも一番の快走路だ。適度なワインディングと良好な路面、交通量の少なさ等、全く申し分ない。途中で長い新大峠トンネルを抜けてしばらく走ると、R194との交差点に出る。そこを左折してR194に乗り換え、数百mほど走った左手に、目的のケーキ屋さんがある。
「今日は営業してるかな?」
バイクを止め、ケーキ屋さんを覗く。
「ジニー今日は営業してる。良かったね」
入り口の引き戸をガラガラと引き開けて、店内に入る。
「いらっしゃいませ」
おじさんとおばさんが、迎えてくれる。
「今日は何がありますか?」
「今日はこれしか残ってないんですよ」
そういって、おばさんがタッパーに入れたケーキを見せてくれた。シフォンケーキを切ってカップに詰めてホイップクリームとゆずジャムでトッピングしたものと、抹茶のショートケーキの二種類だ。ジニーはシフォンケーキ、リンは抹茶のケーキを頼んだ。合わせてホットコーヒーもオーダーする。
 仁淀川の清流が見えるカウンター席に座り、ジニーは時計を見た。
「何時?」
「今、14時30分だね」
「ふーん。カルストから1時間半か。距離的には約40kmだから、意外と時間がかかったわね」
「まあね。何しろ山道だったし」
「そうか・・・」
リンはタイムラインを見ながら、今までの行程をチェックしている。
「お待ちどうさまです。今日はどちらから?」
「あ、松山です」
「そうですか。バイクの人達も随分と多くなりましたね。前の道をひっきりなしに走っていますよ」
おばさんがケーキとコーヒーをテーブルの上に置いて、少しお話をしてゆく。
 ジニーとリンはお互いのケーキをシェアしながら、のんびりと時間を過ごした。おいしいホットコーヒーを飲み、おいしいケーキを食べる。ふと気付くと、時間が40分余り過ぎていた。
「リンさん、そろそろ行こう」
「うん。暗くなる前に、スカイラインは降りたいわね」
二人はおもむろに席を立ち、会計を済ませて店を出る。ヘルメットを被り、バイクを始動させてR194を西条方面に向かって走り始めた。
 バイクがいっぱい止まっている633美の里を通過し、R439の分岐を右手に見ながら直進する。にこ渕入り口を通り過ぎ、尾根に向かって道は登ってゆく。新大森トンネルが仁淀川と吉野川の分水嶺になっている。
「あ!」
「何!」
「今気づいたけど、トンネル手前に電話ボックスがあった」
「急に声出すからびっくりするでしょ!それで、電話ボックス?こんなところに?」
「うん」
「気づかんかったけど」
「んー。見間違いか?まあいいや」
二人は長いトンネルを抜ける。そこからしばらく走って、県道40号へ左折する。そこから道は狭くなる。長沢ダムが作る貯水池沿いの道を、上流に向けて詰めてゆく。時々対向車とすれ違った。
「また本州ナンバーだ。みんな土小屋から降りてくるのかな?狭い道をご苦労なことだ」
「その道を、私らは土小屋向いて走ってるけどね」
リンが少し不機嫌に答える。不機嫌の原因は、前を走る車らしい。対向車が来るたびに止まったり、バックしたりする。
「リンさん、距離取らんといかんよ」
「わかってます」
そう言いながら、リンは喰いつき気味に走る。
「あー、ジニー。どこかで休憩しましょ」
「じゃあ、この先の滝が見える展望所で」
そこから少し走って、展望所の駐車場にバイクを止めた。
「何て滝?ああ、そうそう大瀧の滝だ。いつも名前を忘れる」
「ジニー、物覚え悪いもんね」
「子供の時からね。だから勉強は大嫌いだった」
何か思う所があるのか、ジニーが強い口調で言う。
 大瀧の滝で何枚か写真を撮り、しばらく無言で滝を眺める。山の陰に太陽が隠れて、少し寒い。
「リンさん行こう。もう16時20分だ」
「本当!急げ」
バイクを道に出して、ヘルメットを被る。滝を出発して少し早いペースで細い道を駆ける。やがて道は川から離れ、山を登り始めた。
「リンさん、こんなに長かったっけ」
「長かったよ。向こうの尾根まで行くんだから」
リンがいう向こうの尾根は、まだまだ遠くに見えた。
 長い登りを走り切り、二人はやっとよさこい峠にたどりついた。そこからは尾根道になり、少し走った所で土小屋に着いた。ジニーが時計を見ると、16時50分だった。
一旦バイクを止めたが、特に用事もない。
「ジニー今日はもういいや。暗くなる前に帰ろう」
「了解」
再びバイクは走り出す。夕方の石鎚スカイラインを快適に駆け下り、降り切った所で県道12号に乗り換える。しばらく走った所で県道210号に向いて右折して、岩屋寺の前を走り抜ける。道は再び県道12号になり、峠を越えて久万高原町の町並に出た。突き当りを右折して、R33に乗る。
「リンさん休憩は?」
「しなくていいよ」
「わかった」
二人は道の駅天空の郷さんさんをスルーした。そのままの勢いで旧道に入り、三坂峠を走り下る。夕方で混雑している砥部町を抜け、重信川を渡ってから裏道に入った。
「ジニーガソリンはどうする?」
「入れて帰る」
松山市内の大混雑を大人しく走り、いつものスタンドで給油してから家に帰る。時計を見ると、18時30分だった。
「ジニーお疲れ様」
「お疲れ。と言っても今日は200Km走ってないや」
「近場を走り回っただけだしね。明日はどこ行く?」
「久々に串焼きかな?」
「それ良いわねえー。そうしよう」
リンはバッグを持って家に入る。ジニーはバイクを片付けてから、玄関に向かった。
「近場と言いながら、カルストと土小屋のハシゴだぜ。狭い山道も結構走ったのに、相変わらずリンさん元気だなあ」
ジニーはバイクシューズを脱ぎながら、感心したようにつぶやいた。

還暦夫婦のバイクライフ16

還暦夫婦のバイクライフ16

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-06-15

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