祖母がバズった

 祖母がバズった。正確には私がバズらせた。祖母はここ10年寝たきりである。66歳の時に脳溢血で倒れてからずっとベッドの上で静かにしている。はじめの頃はたくさんの人が見舞いにきたけど、今となっては稀である。私は毎週金曜日の夜に必ず祖母の病室を訪問する。医者や看護師は私のことを「よくできた孫」だと思っている。
 他に誰もいない静かな病室で私は祖母に語りかける。学校であったこと。塾でのこと。家のこと。祖母は返事をしない。だけどそれでよかった。誰にも言えない愚痴が祖母には言えた。私は祖母を一方的に愚痴れるサンドバッグにしていた。
 ある日のことだ。同じクラスの亜香里ちゃんがバズった。得意のダンスを動画にしてSNSで公開した。亜香里ちゃんの投稿にはたくさんの「いいね」とコメントがついた。クラスメイトの誰もがそのことを知っていて、口には出さないけれど亜香里ちゃんを尊敬のまなざしで見ているようだった。
 その日の夜、私は祖母の病室で亜香里ちゃんの話をした。「子供が下手なダンスを得意げに見せびらかしているのが面白いんだろうね」「コメントしている人のほとんどはたぶんロリコンだよね」祖母は何も言わない。身じろぎもしない。聞こえているのかも分からない。
 私は思いつきで寝ている祖母の顔をスマホで撮影した。祖母の顔写真をつかってSNSにアカウントを開設した。「孫にすすめられて始めてみました」。プロフィール欄にはそう書いた。スマホには一人で撮り溜めているシューティングゲームのプレイ動画が保存されていた。「おばあちゃんだけど……。ゲームが好きです」。コメントをつけて投稿した。
 翌日である。起き抜けにスマホを触ると、いやに熱かった。起動するとおびただしい数の通知がきていた。全て昨夜開設した祖母のなりすましアカウントに宛てた誰かからのコメントだった。「うますぎる」「なにものですか?」「もっと見たい」みんなが祖母と私のプレイ動画を称賛していた。
 学校の誰かにバレたらどうしよう。そんな不安がよぎったが、杞憂に終わった。クラスメイトの誰も私の祖母の顔を知らない。私はあいかわらず目立たない生徒Bだった。亜香里ちゃんはまたダンス動画をSNSにあげてたくさんのコメントがついたので鼻高々な様子だった。
 私はみんなに「私の祖母がバズった」のだと言いふらしたくてたまらなくなった。だけどやめておいた。なんにしろクラスの中での発言権に自信がないから何かを主張するということ自体が無理だった。クラスでの私は病室の祖母とほとんど変わらないくらい静かにしていた。
 いつしか毎週金曜の夜に祖母の病室からプレイ動画を投稿するのが習慣になった。有名な配信者がリツイートしたことをきっかけに爆発的にバズるようになり、インターネットで検索すると祖母を取り上げた記事が大量にヒットするようになった。
 言いようのない不安があった。だけどやめることはできなかった。なぜかは分からない。ただやめるという発想が出なかった。
 その日も私は祖母の病室にいた。私と祖母のほかに誰もいない静かな病室で私のスマホだけがぶんぶんとひっきりなしに振動音を立てている。私は祖母に語りけることをしなくなった。ただ側にいて焼けるような熱を持ったスマホを見つめ続けた。
 だから看護師の加藤さんが私の背後に立っているのに気づかなかった。加藤さんは「早百合ちゃん」と私の名前を呼んだ。振り返って見た加藤さんは怒った顔をしていた。「おばあちゃんのふりして、ゲームの動画をあげてるでしょ」「おばあちゃんが知ったらどう思うかな」「やさしい子だと思っていたのに、どうしておばあちゃんを利用するようなことをするの」諭すように言った。
 私は黙っていた。自分の発言権に自信がないから何かを主張するということ自体が無理だった。加藤さんは何も言わない私をしばらく見つめ続けた。私の手元でスマホだけがぶんぶん鳴っていた。
 「お父さんとお母さんに言うからね。人の写真を勝手にネットにあげたりしたら駄目だよ」そう言って去っていった。
 そうして私はこの日2本目の動画を祖母のアカウントから投稿した。父と母に知られるだけならやめる必要はなかった。2人とも私に関心がないことを知っていた。もしも少しでも関心があり、娘の悪行に心を痛めたり怒ったりするような両親であったなら、きっと私は今ここにいないはずだった。

祖母がバズった

祖母がバズった

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-06-14

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