ビートルズとレコード
アビイ・ロードのお話
私はレコードが大好きです。
どれくらい好きかというと、レコードプレイヤーを持っていない頃にレコードを買うくらい好きです。聞けないのに。
私が高校一年生のとき、ギター部に入ることをきっかけにビートルズという音楽に出会い、どっぷり彼らの音楽に浸かりました。ギター部に入るまで、ビートルズについての知識など何もありませんでした。ただただ、「横断歩道を渡る人達」という認識でしたが、興味本位で初めて聞いたイエロー・サブマリンに衝撃を受け、YouTubeで彼らの動画を夢中で漁りました。日本武道館で演奏する様子や、ビルの屋上で演奏する、ルーフトップ・コンサートの様子をよく見ていました。そんな中、ビートルズの音楽をYou Tubeで聞いていく上で、一つの夢ができました。
「彼らの音楽をレコードで聞いてみたい」ということです。
ビートルズの音楽が世の中を席巻した頃の、当時の音楽の聞き方に憧れを強く感じました。
私が高校生の時はサブスクリプションという音楽サービスが流行り始めた頃で、皆スマートフォンから音楽を聞くのが主流になっていきました。中には違法のアプリで音楽を聞く友達もいました。そんな中、一人で周りに背を向けるようにレコードや60's、70'sと言われる音楽に興味を持ち始めました。
気がつけば、ビートルズを聞きながら登下校(先生に見つかったら怒られます。)をしたり、授業中も好きな曲をノートの隅っこに書き殴り、自分だけのベストアルバムを作ってしまうくらいに好きになりました。
授業中もずっと、頭の中でビートルズが鳴り止みませんでした。ギター部の練習も、個人練のときはこっそりビートルズの曲を練習していました。
そんな生活が続けば続くほど、レコードで聞くことに対する憧れが強くなるばかりで、居ても立っても居られず、最寄りのレコード屋を探しました。レコードプレイヤーなど家に無く、聞くこともできないのですが、それでもあの大きなジャケット、レコードそのものに憧れました。レコードが放つ浪漫を感じずにはいられませんでした。その翌日には最寄り駅の、登校で使うホームの向かいに立っていました。いつもと違う景色、見慣れない車窓に胸を躍らせ、目的のレコード屋に着きました。深呼吸してドアを開けると、ところ狭しと並ぶレコード。箱に入った無数のレコード。見渡せばレコード。店内のbgmもレコード。通路が一人しか通れないほど狭い、秘密基地のようなレコード屋が私を迎えてくれました。
視界からこぼれてしまうほどのレコードの量がありましたが、私の目当てはもちろん、あの横断歩道を渡る人達です。
ドアを開けて右手に大きく、段ボールに「ビートルズ」とピンクの蛍光ペンを使って書かれたような文字が見えました。目線を切ることなく、一目散にその文字に吸い込まれるように近づいていくと、あの「横断歩道を渡る人達」のレコードが置いてありました。あのときの感動は、今でも例えることができません。心の中から押し寄せるような嬉しさの波のような、体がぬけがらになって少し浮いてしまうような、名もなき感情が芽生えました。この気持ちに名前は必要ありません。
レコードならではの、大きなジャケットを目の当たりにし、込み上げてくる気持ちを抑えて、横断歩道を手に取りました。
もう、気持ちを抑えることはできませんでした。心が胸の中の涙に浸かるような、感動を覚えました。ゆるやかに僕の胸の中をぷかぷか揺れる心。僕の心がどの当たりにあるのかを久々に思い出した瞬間です。確かに感じる、胸の奥の熱さ。少なからず私は、幸せを感じることができると同時に、幸せを感じることができる心を持っていると知りました。
手に取った横断歩道を、目の高さまで上げ、隈なく目を凝らしました。
間違いなく、私が探していた、「アビイ・ロード」です。音楽を聞くものとは思えない重さと大きさでした。決してサブスクやcdでは味わえない発見でした。この時点で私のレコードという音楽体験は始まっていました。
また、アビイ・ロードだけでなく、真っ白なジャケットが異彩を放つ「ホワイトアルバム」、ビルの中庭を廊下からメンバーが覗くようなアングルの「赤盤・青盤」など、心躍るようなジャケットが次から次へ出てきました。
誘惑だらけの部屋の中で、財布とにらめっこしたり、天を仰いだり、挙動不審をかましたあと、目的のアビイ・ロードだけを脇に抱えてレジに向かいました。
他のレコードと比べて重ための180g盤をぶら下げて、時に電車の中で席に座り、景色に揺られながらもレコードを両手に抱え、大切に持ち帰りました。
部屋に飾り、ビニールを破くこと無く保管していました。
それからおよそ3か月後、私の誕生日がやってきました。母親にせがんでいたレコードプレイヤーが家に届き、アビイ・ロードのようやく開封するときが来ました。
なんということでしょう。レコードの中心にあるラベルが、青リンゴではありませんか。感動しながら裏を向けると、青リンゴの断面が見えました。一瞬、リンゴ・スターだからかぁと思いました。後に、なんにも関係ないことを知ります。
いよいよ、針を落とすときが来ました。33回転しているアビイ・ロードの端っこを狙い、優しく針を触れさせます。
「ポツポツポツ…」
布を裁つような、洗車の始まりのような、不規則なリズムで聞こえるノイズに心を掴まれました。決して嫌じゃないノイズ。むしろ心地良い音。いつ音楽が流れるかわからない楽しさを感じながら。今か今かとレコードから目を話すこと無く、ほんの2.3 秒後でした。
「シュッ…」
あの有名な、ジョンの声が聞こえたとき、自分の好きなことがわかった気がします。
大きくて、重たくて、車で聞けなくて、イヤホンで聞けなくて、傷がつくと聞けなくて、音飛びもして、保管が悪かったら曲がって、収録曲が半分終わったら裏返して。言ってしまえば、レコードは不便です。cd、サブスクに慣れてしまえば、特にそう感じるはずです。
ただ、それがいいんです。
不便を愛す。手間がかかる分、聞こえてきた音楽に愛着が湧くはずです。登山をするように。マニュアル車に乗るように。たこ焼きパーティーをするように。時間や手間をかけるからこそ、より輝く物。きっとあなたの周りにもあるはずです。
今でも、初めて針を落とした最高の音楽体験を忘れられないまま、新しいレコードを探しています。ストーンズ、クイーン、RCサクセション…。ずっとあのときの気持ちで、今日も生きてます。今手持ちのレコードを数えたら84枚ありました。怖。耳たりひん。
話は突然変わりますが、「人生を豊かにするのは趣味だな」と、有名なアニメに出てくる殺し屋は言いました。
正しくその通りだと思いますが、私は少しだけ違った解釈をしました。
「人生を彩る幸せは、何かを好きになること」ということです。
なんだっていい。体中が1つになって、心の底から好きだと思えること。それに出会うことが幸せなのだと私は思います。人生とは、その幸せを一つでも多く探していく時間なのだと思います。そのうえで、人生を豊かにしていくのが趣味なのだと思います。
まだ21年しか生きていないペーペーの人生論で、締めようかと思います。
今更説明するのも野暮ですが、横断歩道というのは、ビートルズの12作目のアルバム「アビイ・ロード 」のことです。有名なジャケットは、メンバーがそれぞれ、白のスーツ、黒のスーツ、紺のスーツ、デニムオンデニムを纏い、横断歩道歩く様子を写真に収めたものなのですが、目を凝らすと面白い発見がたくさんあります。横断歩道を歩くメンバーの進行方向である「右」に意識が行きがちですが、車道は写真の真ん中へ続き、「奥」を感じさせます。平面的でもあり、立体的でもあるように感じます。私だけでしょうかね。構図だけでなく、紺のスーツを着たポールマッカートニーに注目すると面白い点が見えてきます。なぜポールだけ裸足なのか。なぜポールだけ右足で踏み出しているのか。そしてなぜポールだけタバコを吸っているのか。これらはすべて「ポール死亡説」という都市伝説に繋がっていきます。今でも尚、その都市伝説はどこかで囁かれているそうな…。信じるか信じないかは…。私は信じないです。
今、この文章を書きながらも、私はレコードを聞いてます。流れているのは、ローリングストーンズのメイン・ストリートのならず者。ビートルズではなくってよ。
どんなときも、流れる音楽に心を預けて。これからも、ビートルズとレコードと共に。いや、ビートルズとレコードだけでなく、音楽と共に、幸せな日々を送ろうと思いながら、別のレコードに針を落とすのでした。
ビートルズとレコード