エビF

朝食を食べる前にテーブルを拭こうと思い、布巾を絞っていると、シンクにちいさなエビが落ちていた。昨日の食べ残しだろうかと思ったが、昨日は誰もエビを食べていない。トングでそっと掴み、小さな皿の上に乗せてやる。白い陶器の皿の上で小刻みに震えながら、小さな小さな音を出している。り……、り、ぴ、……り……。聞き取れない。何かを一生懸命訴えているようだ。
考えてもみればエビなので、皿の上では不具合だろうと思い、小さな瓶に水を汲んで、その水を皿の上に少しずつ垂らしてみる。しばらく眺めているとエビの小刻みな震えが止まり、水の中を小さく揺れている。落ち着いている様子が伝わってくる。私は思い切って「何か伝えたいことがあったのか?」と声をかけてみた。エビは揺れるのをやめ、こちらを見た。先ほどと同様に何か音を出しているらしく、水の中に小さな波紋が生まれ続けている。でも、聞き取れない。それでも話しかける。「君の声は、私にとって小さすぎるんだ。」家族がこんなところをみたら、ついに気が狂ったと思われるだろうか?
エビとの会話に試みていると、寝室の方から物音がする。夫が起きてくるにはずいぶん早い。廊下をぺたぺたと歩く音が聞こえ、私は慌ててエビをキッチンの隅に隠した。「おはよう。テレビ見てたの?ドラマなんて珍しいね」あくびを噛み締めながら、夫がリビングに入ってきた。「俺が起きてきたからって、消さなくてよかったのに。」
私はお湯を沸かしながら、その言葉の意味を考えていた。目玉焼きを焼きながらトースターにパンを置いて、タイマーを回しながら、考えた。コーヒー豆を電動ミルにかけ、ドリップしながら考えた。

「友達に勧められた映画を見てたんだけど、うとうとしちゃって、よく聞いてなかったかも。」
「由香がSFなんて、意外だな〜と思って起きてきちゃった。気を使わせてごめんね。」
SF……?
「なんかすごい剣幕で地球侵略の計画を叫んでたけど、由香は寝ちゃってたの?」
地球侵略?

キッチンの隅に置いた、白い陶器の皿を横目で見る。エビは水の中でゆらゆらと小さく揺れている。

エビF

ツイッター書き出しハッシュタグより
エビのアイコンが可愛いあの子の夫婦生活を考えてみた。

エビF

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-06-12

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