字融落下 ―夏、追想―
子供の頃よく神社で遊んでいた。
そこには裏手に下へ続く石畳の階段があり、澄んだ湧き水が滔々と湧いていた。
それは夏の炎天下には有難く、当時小学生だった僕は喉が渇いては一掬い飲んで、茹だる身体の熱を冷ましたものだった。
飲む以外にも使っていた。例えば神社の砂で泥団子を作ったり裸足で駆け回った後には手足を洗った。
その水は本当に綺麗で、町内ではかなり有名だった。水を溜める凹みに金魚がいたことだってある。
そんな神社の湧き水を、大人になった今、ランニングの終わりに久しぶりに飲みに行ったのだ。
そこは雑草が伸び放題で、思い出と照らし合わせると随分薄暗くなっていた。
そして湧き水が流れている所には、カマドウマが壁や天井に張り付いている。よくよく見るとラミネート加工されたA4の貼り紙。印刷された文字を読んでみると『ピロリ菌が検出されたという噂がありました』という見出しから始まった。
内容は、水を飲んだある方からピロリ菌が検出された。そこで水質検査をしてみたが、水からピロリ菌を調べることは出来ないと断られてしまった。なので、あくまで噂ですが、水を飲むことを控えて下さい。ということだった。
神社で遊ぶ子供もすっかりいなくなり、どこか寂れた雰囲気が物悲しい。
人気の無くなった湧き水は虫が集り、淀んでしまい、今はもう飲む事は出来ない。
字融落下 ―夏、追想―
私が書き遺して、私が読み解く。
――溶け出した行間。空想の中に落ちてゆく――。
そして私に伝える。きっと、もうすぐ。