芥川竜之介作品より他

芥川竜之介作品より他


 文豪作品を貼り付けする。


 その前に自衛隊ヘリ墜落事故については、こんな事をやってみたらどうだろう?私達は【時間】の彼と事故ヘリに搭乗したが、人類には却って酷になるので、小学校か中学で学ぶ確率で考えてみる事。
 消去法で進んで行けば良い。
 最も気になる「Chinaの攻撃」についても、同様で解明できる。
 幾ら人類でも軍隊なのだからChinaの艦船を疑ってかかるからには、或る程度のその艦船やらの航跡をsimulationなり何なりで再現して御覧。
 頭脳で解決する事は難しいだろう?
 どういう航跡を描いていたのか?
 次に、仮に攻撃をするからには、時間と距離の問題や武器は何なのかもある程度何種類かを決め付けなくてはならない。
 それ以前に、HOW?つまり、どうやって自衛隊のヘリが何人かの隊員を乗せ、いつ何時に宮古島付近を飛行するのを知り得たのか?
 WHY?知り得るには動機が必要だ。
 此の国の軍事力が其れ程高く、Chinaにとり非常に迷惑な事であったのか?では、最近話題になっている記事から挙げると、先ず「USAの無人機が大国の戦闘機に接触され墜落をした件」。
 USAは基本的には直接対立は避けたいからあのような事になった。では、動機は何だろう?
「・・威嚇及びpropaganda目的。というのは、軍事衛星から大国内をつぶさに見る事が出来るのに・・どうしてそこ迄のアピールをしたかったのか?更に・・接近すれば撃墜されかねないのは百も承知の上の行動である」
 まあ、そこ迄衛星技術力が伴わないという事は・・仕方が無い。

 では、Chinaの兵器とUSAの兵器(此の国のものは殆ど無いでしょ。)を比較し、該当するものがあるのかどうか?
 此処で決めては、人類ではこっそり攻撃する事など無理だし。技術力が伴わない。
 appleの立体メガネで絶賛しているくらいだから・・おかしな話だが・・昔、立体に見える眼鏡を売っていた。仏像などのdata写真を入れると・・本当に身近で見る様で驚いたものだ。動きはしないが(笑)
 次に、事故の確率だが、部品や機体・操縦などにつき、徹底的に検証をし、一つ一つの事柄についての確率を挙げる事により、可能性が絞られる・・とは言っても、やれローターだとかなんだとか、素人の見解だけでも数え切れなく存在するから・・(笑)。
 ほぼ真横に近い状態で叩く様に海水面に衝突をした。御存じのように水面張力では無いが・・プールでも下手な飛び込み方をすれば腹を打つと言われるよね。
 面積が広い程・・また、海水に侵入する時の角度が水平なら・・衝撃は大きい。
 お悔やみ申し上げる事で終わりにしよう。



 時間が無いので適当に・・私達は一日一食で充分なので・・戻って昼間からドリンクと食事をしながら・・storyを見るよ・・。
 ほんだらば・・あじゃ・・。


 或恋愛小説
――或は「恋愛は至上なり」――
芥川龍之介



 ある婦人雑誌社の面会室。
 主筆 でっぷり肥ふとった四し十前後の紳士しんし。
 堀川保吉ほりかわやすきち 主筆の肥っているだけに痩やせた上にも痩せて見える三十前後の、――ちょっと一口には形容出来ない。が、とにかく紳士と呼ぶのに躊躇ちゅうちょすることだけは事実である。
 主筆 今度は一つうちの雑誌に小説を書いては頂けないでしょうか? どうもこの頃は読者も高級になっていますし、在来の恋愛小説には満足しないようになっていますから、……もっと深い人間性に根ざした、真面目まじめな恋愛小説を書いて頂きたいのです。
 保吉 それは書きますよ。実はこの頃婦人雑誌に書きたいと思っている小説があるのです。
 主筆 そうですか? それは結構です。もし書いて頂ければ、大いに新聞に広告しますよ。「堀川氏の筆に成れる、哀婉あいえん極きわまりなき恋愛小説」とか何とか広告しますよ。
 保吉 「哀婉極りなき」? しかし僕の小説は「恋愛は至上しじょうなり」と云うのですよ。
 主筆 すると恋愛の讃美さんびですね。それはいよいよ結構です。厨川くりやがわ博士はかせの「近代恋愛論」以来、一般に青年男女の心は恋愛至上主義に傾いていますから。……勿論近代的恋愛でしょうね?
 保吉 さあ、それは疑問ですね。近代的懐疑かいぎとか、近代的盗賊とか、近代的白髪染しらがぞめとか――そう云うものは確かに存在するでしょう。しかしどうも恋愛だけはイザナギイザナミの昔以来余り変らないように思いますが。
 主筆 それは理論の上だけですよ。たとえば三角関係などは近代的恋愛の一例ですからね。少くとも日本の現状では。
 保吉 ああ、三角関係ですか? それは僕の小説にも三角関係は出て来るのです。……ざっと筋を話して見ましょうか?
 主筆 そうして頂ければ好都合こうつごうです。
 保吉 女主人公じょしゅじんこうは若い奥さんなのです。外交官の夫人なのです。勿論東京の山やまの手ての邸宅ていたくに住んでいるのですね。背せいのすらりとした、ものごしの優しい、いつも髪は――一体読者の要求するのはどう云う髪に結ゆった女主人公ですか?
 主筆 耳隠みみかくしでしょう。
 保吉 じゃ耳隠しにしましょう。いつも髪を耳隠しに結った、色の白い、目の冴さえ冴ざえしたちょっと唇くちびるに癖のある、――まあ活動写真にすれば栗島澄子くりしますみこの役所やくどころなのです。夫の外交官も新時代の法学士ですから、新派悲劇じみたわからずやじゃありません。学生時代にはベエスボールの選手だった、その上道楽に小説くらいは見る、色の浅黒い好男子なのです。新婚の二人は幸福に山の手の邸宅に暮している。一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。………
 主筆 勿論震災しんさい前でしょうね?
 保吉 ええ、震災のずっと前です。……一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。あるいはまた西洋間せいようまの電燈の下に無言むごんの微笑ばかり交かわすこともある。女主人公はこの西洋間を「わたしたちの巣」と名づけている。壁にはルノアルやセザンヌの複製などもかかっている。ピアノも黒い胴を光らせている。鉢植えの椰子やしも葉を垂らしている。――と云うと多少気が利きいていますが、家賃は案外安いのですよ。
 主筆 そう云う説明は入いらないでしょう。少くとも小説の本文には。
 保吉 いや、必要ですよ。若い外交官の月給などは高たかの知れたものですからね。
 主筆 じゃ華族かぞくの息子むすこにおしなさい。もっとも華族ならば伯爵か子爵ですね。どう云うものか公爵や侯爵は余り小説には出て来ないようです。
 保吉 それは伯爵の息子でもかまいません。とにかく西洋間さえあれば好いいのです。その西洋間か、銀座通りか、音楽会かを第一回にするのですから。……しかし妙子たえこは――これは女主人公じょしゅじんこうの名前ですよ。――音楽家の達雄たつおと懇意こんいになった以後、次第にある不安を感じ出すのです。達雄は妙子を愛している、――そう女主人公は直覚するのですね。のみならずこの不安は一日ましにだんだん高まるばかりなのです。
 主筆 達雄はどう云う男なのですか?
 保吉 達雄は音楽の天才です。ロオランの書いたジャン・クリストフとワッセルマンの書いたダニエル・ノオトハフトとを一丸いちがんにしたような天才です。が、まだ貧乏だったり何かするために誰にも認められていないのですがね。これは僕の友人の音楽家をモデルにするつもりです。もっとも僕の友人は美男びなんですが、達雄は美男じゃありません。顔は一見ゴリラに似た、東北生れの野蛮人やばんじんなのです。しかし目だけは天才らしい閃ひらめきを持っているのですよ。彼の目は一塊いっかいの炭火すみびのように不断の熱を孕はらんでいる。――そう云う目をしているのですよ。
 主筆 天才はきっと受けましょう。
 保吉 しかし妙子は外交官の夫に不足のある訣わけではないのです。いや、むしろ前よりも熱烈に夫を愛しているのです。夫もまた妙子を信じている。これは云うまでもないことでしょう。そのために妙子の苦しみは一層つのるばかりなのです。
 主筆 つまりわたしの近代的と云うのはそう云う恋愛のことですよ。
 保吉 達雄はまた毎日電燈さえつけば、必ず西洋間へ顔を出すのです。それも夫のいる時ならばまだしも苦労はないのですが、妙子のひとり留守るすをしている時にもやはり顔を出すのでしょう。妙子はやむを得ずそう云う時にはピアノばかり弾ひかせるのです。もっとも夫のいる時でも、達雄はたいていピアノの前へ坐らないことはないのですが。
 主筆 そのうちに恋愛に陥るのですか?
 保吉 いや、容易に陥らないのです。しかしある二月の晩、達雄は急にシュウベルトの「シルヴィアに寄する歌」を弾きはじめるのです。あの流れる炎ほのおのように情熱の籠こもった歌ですね。妙子は大きい椰子やしの葉の下にじっと耳を傾けている。そのうちにだんだん達雄に対する彼女の愛を感じはじめる。同時にまた目の前へ浮かび上った金色こんじきの誘惑を感じはじめる。もう五分、――いや、もう一分たちさえすれば、妙子は達雄の腕かいなの中へ体を投げていたかも知れません。そこへ――ちょうどその曲の終りかかったところへ幸い主人が帰って来るのです。
 主筆 それから?
 保吉 それから一週間ばかりたった後のち、妙子はとうとう苦しさに堪え兼ね、自殺をしようと決心するのです。が、ちょうど妊娠にんしんしているために、それを断行する勇気がありません。そこで達雄に愛されていることをすっかり夫に打ち明けるのです。もっとも夫を苦しめないように、彼女も達雄を愛していることだけは告白せずにしまうのですが。
 主筆 それから決闘にでもなるのですか?
 保吉 いや、ただ夫は達雄の来た時に冷かに訪問を謝絶しゃぜつするのです。達雄は黙然もくねんと唇くちびるを噛んだまま、ピアノばかり見つめている。妙子は戸の外に佇たたずんだなりじっと忍び泣きをこらえている。――その後のち二月ふたつきとたたないうちに、突然官命を受けた夫は支那しなの漢口ハンカオの領事館へ赴任ふにんすることになるのです。
 主筆 妙子も一しょに行くのですか?
 保吉 勿論一しょに行くのです。しかし妙子は立つ前に達雄へ手紙をやるのです。「あなたの心には同情する。が、わたしにはどうすることも出来ない。お互に運命だとあきらめましょう。」――大体そう云う意味ですがね。それ以来妙子は今日までずっと達雄に会わないのです。
 主筆 じゃ小説はそれぎりですね。
 保吉 いや、もう少し残っているのです。妙子は漢口ハンカオへ行った後のちも、時々達雄を思い出すのですね。のみならずしまいには夫よりも実は達雄を愛していたと考えるようになるのですね。好いいですか? 妙子を囲んでいるのは寂しい漢口ハンカオの風景ですよ。あの唐とうの崔※(「景+頁」、第3水準1-94-5)さいこうの詩に「晴川歴歴せいせんれきれき漢陽樹かんようじゅ 芳草萋萋ほうそうせいせい鸚鵡洲おうむしゅう」と歌われたことのある風景ですよ。妙子はとうとうもう一度、――一年ばかりたった後のちですが、――達雄へ手紙をやるのです。「わたしはあなたを愛していた。今でもあなたを愛している。どうか自みずから欺あざむいていたわたしを可哀かわいそうに思って下さい。」――そう云う意味の手紙をやるのです。その手紙を受けとった達雄は……
 主筆 早速さっそく支那へ出かけるのでしょう。
 保吉 とうていそんなことは出来ません。何しろ達雄は飯を食うために、浅草あさくさのある活動写真館のピアノを弾ひいているのですから。
 主筆 それは少し殺風景ですね。
 保吉 殺風景でも仕かたはありません。達雄は場末ばすえのカフェのテエブルに妙子の手紙の封を切るのです。窓の外の空は雨になっている。達雄は放心したようにじっと手紙を見つめている。何だかその行ぎょうの間あいだに妙子の西洋間せいようまが見えるような気がする。ピアノの蓋ふたに電燈の映った「わたしたちの巣」が見えるような気がする。……
 主筆 ちょっともの足りない気もしますが、とにかく近来の傑作ですよ。ぜひそれを書いて下さい。
 保吉 実はもう少しあるのですが。
 主筆 おや、まだおしまいじゃないのですか?
 保吉 ええ、そのうちに達雄は笑い出すのです。と思うとまた忌いまいましそうに「畜生ちくしょう」などと怒鳴どなり出すのです。
 主筆 ははあ、発狂したのですね。
 保吉 何、莫迦莫迦ばかばかしさに業ごうを煮にやしたのです。それは業を煮やすはずでしょう。元来達雄は妙子などを少しも愛したことはないのですから。……
 主筆 しかしそれじゃ。……
 保吉 達雄はただ妙子の家うちへピアノを弾きたさに行ったのですよ。云わばピアノを愛しただけなのですよ。何しろ貧しい達雄にはピアノを買う金などはないはずですからね。
 主筆 ですがね、堀川さん。
 保吉 しかし活動写真館のピアノでも弾いていられた頃はまだしも達雄には幸福だったのです。達雄はこの間の震災以来、巡査になっているのですよ。護憲運動ごけんうんどうのあった時などは善良なる東京市民のために袋叩ふくろだたきにされているのですよ。ただ山の手の巡回中、稀まれにピアノの音ねでもすると、その家の外に佇たたずんだまま、はかない幸福を夢みているのですよ。
 主筆 それじゃ折角せっかくの小説は……
 保吉 まあ、お聞きなさい。妙子はその間も漢口ハンカオの住いに不相変あいかわらず達雄を思っているのです。いや漢口ハンカオばかりじゃありません。外交官の夫の転任する度に、上海シャンハイだの北京ペキンだの天津テンシンだのへ一時の住いを移しながら、不相変あいかわらず達雄を思っているのです。勿論もう震災の頃には大勢おおぜいの子もちになっているのですよ。ええと、――年児としごに双児ふたごを生んだものですから、四人の子もちになっているのですよ。おまけにまた夫はいつのまにか大酒飲みになっているのですよ。それでも豚ぶたのように肥ふとった妙子はほんとうに彼女と愛し合ったものは達雄だけだったと思っているのですね。恋愛は実際至上なりですね。さもなければとうてい妙子のように幸福になれるはずはありません。少くとも人生のぬかるみを憎にくまずにいることは出来ないでしょう。――どうです、こう云う小説は?
 主筆 堀川さん。あなたは一体真面目まじめなのですか?
 保吉 ええ、勿論真面目です。世間の恋愛小説を御覧なさい。女主人公じょしゅじんこうはマリアでなければクレオパトラじゃありませんか? しかし人生の女主人公は必ずしも貞女じゃないと同時に、必ずしもまた婬婦いんぷでもないのです。もし人の好いい読者の中うちに、一人でもああ云う小説を真まに受ける男女があって御覧なさい。もっとも恋愛の円満えんまんに成就じょうじゅした場合は別問題ですが、万一失恋でもした日には必ず莫迦莫迦ばかばかしい自己犠牲じこぎせいをするか、さもなければもっと莫迦莫迦しい復讐的精神を発揮しますよ。しかもそれを当事者自身は何か英雄的行為のようにうぬ惚ぼれ切ってするのですからね。けれどもわたしの恋愛小説には少しもそう云う悪影響を普及する傾向はありません。おまけに結末は女主人公の幸福を讃美さんびしているのです。
 主筆 常談じょうだんでしょう。……とにかくうちの雑誌にはとうていそれは載せられません。
 保吉 そうですか? じゃどこかほかへ載せて貰います。広い世の中には一つくらい、わたしの主張を容いれてくれる婦人雑誌もあるはずですから。
 保吉の予想の誤らなかった証拠はこの対話のここに載ったことである。
(大正十三年三月)


 

 妙な話
芥川龍之介



 ある冬の夜よ、私わたしは旧友の村上むらかみと一しょに、銀座ぎんざ通りを歩いていた。
「この間千枝子ちえこから手紙が来たっけ。君にもよろしくと云う事だった。」
 村上はふと思い出したように、今は佐世保させほに住んでいる妹の消息を話題にした。
「千枝子さんも健在たっしゃだろうね。」
「ああ、この頃はずっと達者のようだ。あいつも東京にいる時分は、随分ずいぶん神経衰弱もひどかったのだが、――あの時分は君も知っているね。」
「知っている。が、神経衰弱だったかどうか、――」
「知らなかったかね。あの時分の千枝子と来た日には、まるで気違いも同様さ。泣くかと思うと笑っている。笑っているかと思うと、――妙な話をし出すのだ。」
「妙な話?」
 村上は返事をする前に、ある珈琲店カッフェの硝子扉ガラスどを押した。そうして往来の見える卓子テーブルに私と向い合って腰を下した。
「妙な話さ。君にはまだ話さなかったかしら。これはあいつが佐世保へ行く前に、僕に話して聞かせたのだが。――」

 君も知っている通り、千枝子の夫は欧洲おうしゅう戦役中、地中海ちちゅうかい方面へ派遣された「A――」の乗組将校だった。あいつはその留守るすの間あいだ、僕の所へ来ていたのだが、いよいよ戦争も片がつくと云う頃から、急に神経衰弱がひどくなり出したのだ。その主な原因は、今まで一週間に一度ずつはきっと来ていた夫の手紙が、ぱったり来なくなったせいかも知れない。何しろ千枝子は結婚後まだ半年はんとしと経たない内に、夫と別れてしまったのだから、その手紙を楽しみにしていた事は、遠慮のない僕さえひやかすのは、残酷ざんこくな気がするくらいだった。
 ちょうどその時分の事だった。ある日、――そうそう、あの日は紀元節きげんせつだっけ。何でも朝から雨の降り出した、寒さの厳しい午後だったが、千枝子は久しぶりに鎌倉かまくらへ、遊びに行って来ると云い出した。鎌倉にはある実業家の細君になった、あいつの学校友だちが住んでいる。――そこへ遊びに行くと云うのだが、何もこの雨の降るのに、わざわざ鎌倉くんだりまで遊びに行く必要もないと思ったから、僕は勿論僕の妻さいも、再三明日あしたにした方が好くはないかと云って見た。しかし千枝子は剛情に、どうしても今日行きたいと云う。そうしてしまいには腹を立てながら、さっさと支度して出て行ってしまった。
 事によると今日は泊とまって来るから、帰りは明日あすの朝になるかも知れない。――そう云ってあいつは出て行ったのだが、しばらくすると、どうしたのだかぐっしょり雨に濡れたまま、まっ蒼な顔をして帰って来た。聞けば中央停車場から濠端ほりばたの電車の停留場まで、傘かさもささずに歩いたのだそうだ。では何故なぜまたそんな事をしたのだと云うと、――それが妙な話なのだ。
 千枝子が中央停車場へはいると、――いや、その前にまだこう云う事があった。あいつが電車へ乗った所が、生憎あいにく客席が皆塞ふさがっている。そこで吊つり革かわにぶら下っていると、すぐ眼の前の硝子ガラス窓に、ぼんやり海の景色が映るのだそうだ。電車はその時神保町じんぼうちょうの通りを走っていたのだから、無論むろん海の景色なぞが映る道理はない。が、外の往来の透すいて見える上に、浪の動くのが浮き上っている。殊に窓へ雨がしぶくと、水平線さえかすかに煙って見える。――と云う所から察すると、千枝子はもうその時に、神経がどうかしていたのだろう。
 それから、中央停車場へはいると、入口にいた赤帽あかぼうの一人が、突然千枝子に挨拶あいさつをした。そうして「旦那だんな様はお変りもございませんか。」と云った。これも妙だったには違いない。が、さらに妙だった事は、千枝子がそう云う赤帽の問を、別に妙とも思わなかった事だ。「難有ありがとう。ただこの頃はどうなすったのだか、さっぱり御便りが来ないのでね。」――そう千枝子は赤帽に、返事さえもしたと云うのだ。すると赤帽はもう一度「では私わたくしが旦那様にお目にかかって参りましょう。」と云った。御目にかかって来ると云っても、夫は遠い地中海にいる。――と思った時、始めて千枝子は、この見慣れない赤帽の言葉が、気違いじみているのに気がついたのだそうだ。が、問い返そうと思う内に、赤帽はちょいと会釈えしゃくをすると、こそこそ人ごみの中に隠れてしまった。それきり千枝子はいくら探して見ても、二度とその赤帽の姿が見当らない。――いや、見当らないと云うよりも、今まで向い合っていた赤帽の顔が、不思議なほど思い出せないのだそうだ。だから、あの赤帽の姿が見当らないと同時に、どの赤帽も皆その男に見える。そうして千枝子にはわからなくても、あの怪しい赤帽が、絶えずこちらの身のまわりを監視かんししていそうな心もちがする。こうなるともう鎌倉どころか、そこにいるのさえ何だか気味が悪い。千枝子はとうとう傘もささずに、大降りの雨を浴びながら、夢のように停車場を逃げ出して来た。――勿論もちろんこう云う千枝子の話は、あいつの神経のせいに違いないが、その時風邪かぜを引いたのだろう。翌日からかれこれ三日ばかりは、ずっと高い熱が続いて、「あなた、堪忍かんにんして下さい。」だの、「何故なぜ帰っていらっしゃらないんです。」だの、何か夫と話しているらしい譫言うわごとばかり云っていた。が、鎌倉行きの祟たたりはそればかりではない。風邪かぜがすっかり癒った後あとでも、赤帽と云う言葉を聞くと、千枝子はその日中ひじゅうふさぎこんで、口さえ碌ろくに利きかなかったものだ。そう云えば一度なぞは、どこかの回漕店かいそうてんの看板に、赤帽の画えがあるのを見たものだから、あいつはまた出先まで行かない内に、帰って来たと云う滑稽こっけいもあった。
 しかしかれこれ一月ひとつきばかりすると、あいつの赤帽を怖がるのも、大分だいぶ下火したびになって来た。「姉さん。何とか云う鏡花きょうかの小説に、猫のような顔をした赤帽が出るのがあったでしょう。私わたしが妙な目に遇あったのは、あれを読んでいたせいかも知れないわね。」――千枝子はその頃僕の妻さいに、そんな事も笑って云ったそうだ。ところが三月の幾日だかには、もう一度赤帽に脅おびやかされた。それ以来夫が帰って来るまで、千枝子はどんな用があっても、決して停車場へは行った事がない。君が朝鮮へ立つ時にも、あいつが見送りに来なかったのは、やはり赤帽が怖こわかったのだそうだ。
 その三月の幾日だかには、夫の同僚が亜米利加アメリカから、二年ぶりに帰って来る。――千枝子はそれを出迎えるために、朝から家うちを出て行ったが、君も知っている通り、あの界隈かいわいは場所がらだけに、昼でも滅多めったに人通りがない。その淋しい路ばたに、風車売かざぐるまうりの荷が一台、忘れられたように置いてあった。ちょうど風の強い曇天だったから、荷に挿さした色紙いろがみの風車が、皆目まぐるしく廻っている。――千枝子はそう云う景色だけでも、何故なぜか心細い気がしたそうだが、通りがかりにふと眼をやると、赤帽をかぶった男が一人、後向うしろむきにそこへしゃがんでいた。勿論これは風車売が、煙草たばこか何かのんでいたのだろう。しかしその帽子の赤い色を見たら、千枝子は何だか停車場へ行くと、また不思議でも起りそうな、予感めいた心もちがして、一度は引き返してしまおうかとも、考えたくらいだったそうだ。
 が、停車場へ行ってからも、出迎えをすませてしまうまでは、仕合せと何事も起らなかった。ただ、夫の同僚を先に、一同がぞろぞろ薄暗い改札口を出ようとすると、誰かあいつの後うしろから、「旦那様は右の腕に、御怪我おけがをなすっていらっしゃるそうです。御手紙が来ないのはそのためですよ。」と、声をかけるものがあった。千枝子は咄嗟とっさにふり返って見たが、後には赤帽も何もいない。いるのはこれも見知り越しの、海軍将校の夫妻だけだった。無論この夫妻が唐突とうとつとそんな事をしゃべる道理もないから、声がした事は妙と云えば、確かに妙に違いなかった。が、ともかく、赤帽の見えないのが、千枝子には嬉しい気がしたのだろう。あいつはそのまま改札口を出ると、やはりほかの連中と一しょに、夫の同僚が車寄くるまよせから、自動車に乗るのを送りに行った。するともう一度後から、「奥様、旦那様は来月中に、御帰りになるそうですよ。」と、はっきり誰かが声をかけた。その時も千枝子はふり向いて見たが、後には出迎えの男女のほかに、一人も赤帽は見えなかった。しかし後にはいないにしても、前には赤帽が二人ばかり、自動車に荷物を移している。――その一人がどう思ったか、途端にこちらを見返りながら、にやりと妙に笑って見せた。千枝子はそれを見た時には、あたりの人目にも止まったほど、顔色かおいろが変ってしまったそうだ。が、あいつが心を落ち着けて見ると、二人だと思った赤帽は、一人しか荷物を扱あつかっていない。しかもその一人は今笑ったのと、全然別人に違いないのだ。では今笑った赤帽の顔は、今度こそ見覚えが出来たかと云うと、不相変あいかわらず記憶がぼんやりしている。いくら一生懸命に思い出そうとしても、あいつの頭には赤帽をかぶった、眼鼻のない顔より浮んで来ない。――これが千枝子の口から聞いた、二度目の妙な話なのだ。
 その後ご一月ばかりすると、――君が朝鮮へ行ったのと、確か前後していたと思うが、実際夫が帰って来た。右の腕を負傷していたために、しばらく手紙が書けなかったと云う事も、不思議にやはり事実だった。「千枝子さんは旦那様思いだから、自然とそんな事がわかったのでしょう。」――僕の妻さいなぞはその当座、こう云ってはあいつをひやかしたものだ。それからまた半月ばかりの後のち、千枝子夫婦は夫の任地の佐世保させほへ行ってしまったが、向うへ着くか着かないのに、あいつのよこした手紙を見ると、驚いた事には三度目の妙な話が書いてある。と云うのは千枝子夫婦が、中央停車場を立った時に、夫婦の荷を運んだ赤帽が、もう動き出した汽車の窓へ、挨拶あいさつのつもりか顔を出した。その顔を一目見ると、夫は急に変な顔をしたが、やがて半ば恥かしそうに、こう云う話をし出したそうだ。――夫がマルセイユに上陸中、何人かの同僚と一しょに、あるカッフェへ行っていると、突然日本人の赤帽が一人、卓子テーブルの側へ歩み寄って、馴々なれなれしく近状を尋ねかけた。勿論マルセイユの往来に、日本人の赤帽なぞが、徘徊はいかいしているべき理窟りくつはない。が、夫はどう云う訳か格別不思議とも思わずに、右の腕を負傷した事や帰期ききの近い事なぞを話してやった。その内に酔よっている同僚の一人が、コニャックの杯さかずきをひっくり返した。それに驚いてあたりを見ると、いつのまにか日本人の赤帽は、カッフェから姿を隠していた。一体あいつは何だったろう。――そう今になって考えると、眼は確かに明いていたにしても、夢だか実際だか差別がつかない。のみならずまた同僚たちも、全然赤帽の来た事なぞには、気がつかないような顔をしている。そこでとうとうその事については、誰にも打ち明けて話さずにしまった。所が日本へ帰って来ると、現に千枝子は、二度までも怪しい赤帽に遇あったと云う。ではマルセイユで見かけたのは、その赤帽かと思いもしたが、余り怪談じみているし、一つには名誉の遠征中も、細君の事ばかり思っているかと、嘲あざけられそうな気がしたから、今日きょうまではやはり黙っていた。が、今顔を出した赤帽を見たら、マルセイユのカッフェにはいって来た男と、眉毛まゆげ一つ違っていない。――夫はそう話し終ってから、しばらくは口を噤つぐんでいたが、やがて不安そうに声を低くすると、「しかし妙じゃないか? 眉毛一つ違わないと云うものの、おれはどうしてもその赤帽の顔が、はっきり思い出せないんだ。ただ、窓越しに顔を見た瞬間、あいつだなと……」

 村上むらかみがここまで話して来た時、新にカッフェへはいって来た、友人らしい三四人が、私わたしたちの卓子テーブルへ近づきながら、口々に彼へ挨拶あいさつした。私は立ち上った。
「では僕は失敬しよう。いずれ朝鮮へ帰る前には、もう一度君を訪ねるから。」
 私はカッフェの外へ出ると、思わず長い息を吐ついた。それはちょうど三年以前、千枝子ちえこが二度までも私と、中央停車場に落ち合うべき密会みっかいの約を破った上、永久に貞淑な妻でありたいと云う、簡単な手紙をよこした訳が、今夜始めてわかったからであった。…………
(大正九年十二月)



「人間は角があると世の中を転がって行くのが骨が折れて損だよ。夏目漱石」

「我々人間の特色は、神の決して犯さない過失を犯すということである。芥川竜之介」

「金は食っていけさえすればいい程度にとり、喜びを自分の仕事の中に求めるようにすべきだ。志賀直哉」




「by europe123 」
https://youtu.be/dugG3yVnaSU  

芥川竜之介作品より他

芥川竜之介作品より他

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-06-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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