工作員海洋投棄

まえがき
日本国内には数十万人のC国工作員が潜んでいると言われていますが、このまま放っておいて良いのでしょうか。

この小説はフィクションですが真実も含まれています。何がフィクションで何が真実かを考えながら御一読いただければ幸いです。

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日本のとある田舎町のC国工作員のアジトで班長がC国語で部下に言った。
「C12、我々の任務は分かっていような」
「分かっています班長殿。その時がきたら我々は、この国を内部から攪乱させます」
「その通りだ、、、では攪乱させる方法は理解しているか」

「方法は色々ありますが、先ずこの地域の送電を止めます。同時に電話回線を遮断します。それから幹線道路を封鎖し、外部からの物流を止めます。
また別働部隊は、人質にできる女性以外の住民を全員抹殺し、人質を連れて銀行に立てこもります。その後この国の政府と折衝しますが、できる限り長引かせて疲弊させます。
祖国の軍事行動が有利になるよう、我々は相手を攪乱翻弄します」
「うむ、まあそれで良い、、、我々以外の部隊には警察署襲撃等も指示されているようだが、隊員数13人の我が部隊では無理だろう。よし、部署に戻って待機していろ」

C12が部屋を出て行くと班長は、カーテンの隙間から外を眺めた。
川の向こう側の公園で老人どもがゲートボールに興じているのが見えた。だが休日だと言うのに、スーパーマーケットにさえ若者や子どもの姿は見えなかった。
(この町も過疎化しているようだ、、、こんな小さな町に、上は何故我々を配置させたのか、、、
それにしても、この町の住民の何と能天気なことか、、、こんな町を落とすなど赤子の手をひねるよりも簡単だ)


数日後そんな過疎の町に新婚夫婦らしい男女が現れた。
男性は中年の大学教授のような雰囲気で頭は良いが体力はなさそうに見えた。
女性はもしかしたらまだ大学生ではないかと思える、若々しさに溢れた、それでいて新妻のような色気が、男性に接する仕草の中に見て取れた。
老人ばかりの町で男女はすぐに噂になり、数日で全町民に知れ渡った。

当然アジトに潜む13人の工作員の目にもとまった。
本国に妻子のいる部隊長以外の工作員はみな独身であった。しかも任務がら休日といえど目立つ行動を抑圧されていた工作員は、大きな町の女性のいる店等への出入も禁止されていた。
そのような工作員にとって色気のある若い女性は刺激が強すぎた。
アジトから望遠鏡で男女を見ていた C12が思わず声を漏らした「ううう、、、たまらん、、、やり」

「どうしたんですか先輩」と部隊最下位の C13が言った。
「い、いや何でもない」とC12は言って望遠鏡の方向を変えた。
川の向こう岸の急斜面を先に男性が降り、その後女性が危なっかしい足どりで降りかけた途端に滑り、スカートがめくれ上がった、その瞬間を見たC12は股関が熱くなった。 内心もっともっと見ていたかったが、女性を見ていた事を後輩に知られたくなかったのだ。

しかし肉眼でも美人かどうか見分けられるほどの距離だったこともあり、目の良い C13がC12の横から見てすぐに男女に気づいた。
「せ、先輩、おんなですよ女がいます、しかも美人です」
「あ、ああ、そうだな女がいるな、、、しかし夫婦らしい、、、俺たちには関係ない」
「お、俺、あの女を犯したい、早く町の占領命令が出ないかな」

C13と同じ事を考えていたC12は双眼鏡を外してC13を見た。
C13の目は欲情に燃えていた。
C13のその目を見てC12の心の中の性欲を押さえつけていた蓋が壊れた。
「、、、やるか、、、」
C13は無言でうなづいた。


工作員になるまでの二人はC国で札付きの悪だった。何度も暴行事件を起こしていたし女性を襲った経験もあった。刑務所に入れられていた時「工作員になるなら刑務所から出してやる」と言われ二つ返事で工作員になったのだ。
そんな二人にとって、か弱い日本女を襲うことなど容易いことだった。だが、さすがに昼間は動かなかった。昼間は襲うための下準備をした。男女の行動を見張り、いつ、どこで襲うかを考えた。

「それにしてもあの二人、あんな川原で何をやっているんだ、砂金取りでもしているのかな」
実際二人は、中華鍋のようなプラスチック容器で砂をすくってかき回してから捨てる動作を繰り返していた。
「まさかあんな所に砂金があるはずないだろう。それよりアイツらいつ帰るのか、薄暗くなるまで居たら、、、」そう言ってC12は意味ありげにC13を見た。
C13は卑猥な表情でうなづき「薄暗くなるまで居ろ」と心の中で念じた。
C13のその念が通じたのか男女は薄暗くなってから川岸の急斜面を登りはじめた。

二人はアジトを飛び出し、川から町へ帰る途中の神社に先回りして木影に潜んだ。
やがて男女が神社前を通りかかった。C13が男を倒しC12が女を襲うという計画通りに行動した。
C13が大きな石で男の頭を殴り倒し、それを見て悲鳴をあげる女を後ろからC12が羽交い締めにし片手で口を塞いで木影に引きずり込んだ。
すぐにC13も加わり二人がかりで女をを押さえつけ、C12がズボンを下した時「こら、なにをしている」としわがれた怒鳴り声が響いた。

二人が声がした方を見ると老人が杖をつきながらよろよろと走って来た。
「なんだジジイか」C12が顎をしゃくるとC13が老人の前に立ちはだかり「ジジイはすっこんでいろ」と言って殴り掛かった。
しかしC13のパンチは空を切り、態勢を崩して前のめりになった後頭部に老人の杖が叩きつけられC13はその場にあっけなく倒れた。
それを見ていたC12が顔色を変え立ち上がって老人を攻撃しょうとしたがズボンが下がったままで突進できずC12もまた前のめりに倒れたところで杖で後頭部を叩かれ気を失った。

老人は走って来たせいか肩で息をしながらしわがれ声で言った「大丈夫かね」
女性は慌てて立ち上がり、はだけた服を直してから老人に一礼しすぐに男性の方に目をやり走り寄って声をかけた。
「あなた、大丈夫、あなた、、、あなた」
うつ伏せの男性を上向かせ、空洞になった男性の瞳を見て女性は悲鳴を上げた「きゃあ、あなた」

老人も近寄ってきて男性を見て「これはいかん」と言い、携帯電話を取り出して救急車と警察に電話した。
少し経って救急車が来ると老人は「あとのことはワシがやるから、あなたはこの人と一緒に病院に行きなさい」と言って女性を行かし、続いて来た警察官に状況を話した。

老人が話終えると警察官が半信半疑の顔で言った「よく二人を倒せましたね」
「ああ、ワシにも信じられん、体が勝手に動いたんじゃ、、、若いころ古武道を習っていたせいかもしれん、、、それよりあの二人、見かけん顔立ちじゃが日本人じゃないのか、、、」
「そういうことはこちらで調べますから、、、お手柄様でした、後日改めて表彰状等」
「そんな物は要らんわい、ワシは帰る」
「では御自宅までお送り致します」
「いや、いい、第一あの軽パトカーでは皆は乗れんじゃろう」そう言って老人は歩きはじめた。
その後ろ姿を二人の工作員はパトカーの中から憎らし気に睨んでいた。


石で殴られた男性がその夜亡くなり、傷害致死罪と強姦未遂罪で二人が起訴され、この事件はすぐに全町民に知れ渡ったが何故か新聞もテレビも報じなかった。
老人はその事を訝しげに思っていたが数日後には忘れていた。


老人は一人暮らしだった。
妻は4年前にがんで亡くなり、子二人は東京で暮らしていたが妻の葬式以来一度も帰ってこなかった。孫も大きくなっているはずだが何歳なのかも分からない。
親の代からの古い家もところどころ雨漏りするようになったが、部屋数が多いので雨漏りのない部屋で寝起きしていた。

町から1キロほど離れているのでスーパーマーケットに買い物に行く以外は家でネットニュースを見て過ごすことが多かった。
だがあの日の夕方、何故か無性に神社に行きたくなり杖をつきながら出かけた。参拝し終え石段に座って一休みしていると女性の悲鳴が聞こえ、行って見ると女性が二人の男に襲われていた。
老人は我を忘れ走った、、、。
だがその事さえも認知症気みの老人は三日後には忘れてしまった。


それから3ヶ月ほど経ったある日、老人の家に年配の警察官とあの時の女性が大きなスーツケースを引きながら訪ねて来た。
玄関口に出てきた老人を見て警察官は一礼して言った。
「この方がどうしても御老人にお礼したいと言われるので連れてきました」
それから女性に向かって「本当によろしいんですね」と念を押すように言ってから帰って行った。

警察官が居なくなると女性は恐ごわと老人を見上げて言った。
「あの時はありがとうございました。もっと早く来なければいけないと思っていたのですが、夫の突然の死のショックで精神を患い人前に出られなくなっていました、、、それと、、、」
この時、老人はまだ女性を思い出せず一言言った「どなたでしたかいの」
「えっ、」女性は驚いて老人を見上げた。

それでも老人は「なんにせよ立ち話もなんじゃ、汚い所じゃが上がってくだされ」と言い手招いた。
女性は玄関の戸を閉めスーツケースを置いたまま老人のあとについていった。
玄関横に広い居間があったが老人は素通りして台所に入り、ダイニングテーブルセットの椅子に女性を座らせてから薬缶に水を入れコンロに乗せた。
それから振り向いて言った「最近もの忘れがひどくていくら考えても思い出せんのじゃが、、、」

女性はまじまじと老人を見て言った「3ヶ月前に神社で助けていただきました、、、覚えていませんか」
「3ヶ月前に神社で、、、おお、、、あの時の御方か、、、たしか旦那さんは亡くなられたとか」
「はい、あの夜遅く、、、」そう言うと女性はハンカチを取り出して目を押さえた。
「、、、お気の毒に、、、」
その時お湯が沸いたのに気づき、老人はお茶を入れ湯吞みを女性の前に置いた。それから冷蔵庫を開けて見て独り言のように言った「茶菓子が何もない」

「あ、東京名物の薄皮まんじゅうがあります」そう言って女性はスーツケースの中から菓子折を取り出してきた。それを開けてテーブルの上に置き老人に勧めた。
「おお、これはうまそうじゃ、遠慮なくいただこう」そう言って老人はまんじゅうを口に入れた。
老人が一つ食べ終わるのを見とどけてから女性は言った。

「、、、あの時は本当にありがとうございました、、、あの時、おじいさまがいなかったら私は、、、
たぶん犯され殺されて、、、それを思い出すと怖くなり、あれ以降若い男性恐怖症になって街を歩けなくなったのです。それでずっと部屋に引きこもって、、、でも、おじいさまにどうしてもお礼をと、それで親戚の警察官に車で連れてきていただいたのです」
「そうじゃったのか、、、お気の毒に、、、ワシへの礼などどうでもええが、あんたが一日も早く立ち直れるように、、、」

「ありがとうございます、、、でも私もう東京には住みたくないんです。それで嫁ぎ先を飛び出して、、、おじいさま、しばらく私をここに住まわせていただけませんか、そうじ洗濯炊事なんでもしますから、、、私、おじいさまなら怖くないんです、、、お願いです、ここにおいてください」
「な、なんとまあ、、、」老人はそれから少し考えてから言った。

「家はボロじゃが空き部屋はいくらでもある、どの部屋でもええ、気が済むまで居なさい」
女性は目を輝かせて言った「本当ですか、ありがとうございます、早速そうじを」
「その前に名前を教えてくれんかの」
「あ、はい、吉田瑠璃子です、るり、と呼んでください」
「では、るりさん、家の中を案内しょう、雨漏りする部屋があるので、それ以外の部屋を使いなさい」

老人はるりに一通り部屋を案内した後、離れの道場にも連れて行った。
「ここは先代が古武道、時代劇で有名になった新陰流を教えていた道場でな、ワシも若いころは夢中になって稽古をしたのじゃが、先代が病気で亡くなって以来すたれてしまい、もう30年も使っておらん。立派な道場じゃったのに勿体ないことに朽ち果てるままじゃ」と老人は寂しげに言った。
(新陰流、、、)この時るりは新陰流と聞いて何故か懐かしさを感じたが、その理由(わけ)はわからなかった。

その後二人は台所に帰り老人が茶を入れ替えて二つの湯吞みに注いでから向かい合って座って言った。
「ご覧の通り部屋はいっぱいあるが本当に泊まるつもりかね。布団も有るにはあるが何年も使ってないのでかび臭いと思うんじゃ。貸布団でも」
「大丈夫です寝袋を持っていますから、それにビニールシートも」
「なに、寝袋、、、」

「はい、私、大学では地質学を学んでいて野外授業で山や谷川に行くことが多くてしょっちゅう野宿してました。それで寝袋さえあればどこでも眠れるんです。地面の上や川原に比べたら畳の上で眠れるなんて天国ですよ。貸布団なんて要りません」
「ほう、そうじゃったんかね、、、で、あんたのような美人がなんでまた地質学なんぞを」

「え~、おじいさまは地質学を馬鹿にしているんですか。
地質学は地球と生物の歴史を解明するとても重要な学問なんです。地質学によって日本人のルーツが解る事さえもあるのです。それに地質を調べていて予想外の発見もあるのです。

実はあの川、砂金があるのです。夫は地質学者でしたが、航空写真を調べてあの川の上流の山の形状から金鉱脈がありそうだと言い、それで二人であの川で砂金探しをしてたんです。
そしたら夫の予想通り砂金が見つかりました。つまり上流にはもっと砂金があり、山には金鉱脈があるはずです。でもこの話はおじいさまにしかしていません。だから、おじいさまも他言しないでください。

砂金の話は金鉱脈が見つかるまでは伏せておきたいのです。
お金が必要でしたら私が差し上げます。私の実家も夫も裕福な家庭でお金はありますから。
だから、、、」
「わかった、砂金の話は誰にも言うまい。ワシとてこんな老いぼれ金なぞ要らん。あんたはここで好きなように暮らせば良い」
「ありがとうございます、おじいさま」

こうして二人の生活が始まった。
るりは翌日から老婆に変装して川原に行き砂金を探した。老人も運動不足解消と、るりの護衛(?)を兼ねて杖をつきながら川岸に出かけた。そして昼は二人並んで弁当を食べた。
二人ははた目には老夫婦が弁当を食べているようにしか見えなかった。



**
話はC12とC13が夫婦を襲った夜の工作員アジトに戻る。
「班長殿C12とC13が居ません」
「なにぃ、C12とC13がいない、どこに行った、勝手に出歩くなと言っておいたはずだが」
「見張り当番で二人で交代しながら通行人チェックをするように指示していたのですが、いつの間にか居なくなりました」
「う~む、、、困った奴らだ、仕方がない朝まで待って帰って来なければ数人で探しに行け」
「了解しました」

二人は朝になっても帰って来ず、3人の工作員が老人に変装して探しに行った。
しかし3人が町の端から端まで探しても二人は見つからなかった。だが昼ころ警察の護送車が派出所の前に停まっているのを見つけ、近くに潜んで様子を見ていると手錠をかけられたC12とC13が護送車に乗せられているのが見えた。
護送車が出発すると3人は急いでアジトに帰り班長に報告した。

「なにぃ、C12とC13が護送車で連れていかれただと、、、」
班長はそう言ってから考え込んだ。そしてしばらく経って言った。
「あの二人が何で捕まったかは知らんが、あいつらは口が軽い、ここの事も話すだろう、、、
部隊長に連絡してみんなが乗れるレンタカーを1台借りてもらってくれ。今夜ここを離れる」
「了解しました」



**
そのころ隣町の警察署取調室ではC13が自白していた。
「毎日毎日見張りばかりやらされてイライラしていたところに女が現れたんだ。それでムラムラしてきて我慢できず先輩と一緒に強姦することにしたんだ。邪魔な男を気絶させてからな」
「気絶じゃない、男性は数時間後に死亡した。だから君は傷害致死罪だ」と取調官がいうとC13はうろたえて叫んだ「お、俺は殺すつもりはなかったんだ。お、女と楽しむ間だけ男に眠っていて欲しかっただけなんだ。本当だ、殺すつもりはなかったんだ」

「君の言い分をどう解釈するかは裁判官次第だが、恐らく極刑だろう。まあ情状酌量を望むなら知っている事を全て話すことだな」
「き、極刑、あわわわわ、は、話す、何でも話す、だから極刑は」
透かさずC13の後ろにいた年配の取調官が聞いた「君たち工作員が13人も、何故あんな田舎町に潜んでいたのかね、あの町で何をする計画だったのかね」
「そ、それは知らん、ほ、本当だ、計画はまだ何も聞かされていなかったんだ。そんな事は俺のような下っ端よりも先輩に聞いてくれ」

隣取調室ではC12が取り調べを受けていたが、C12も何故あの町に待機させられていたのか、そして今後なにをさせられるのか全く知らされていなかった。


二人の工作員の調書を読み終えた隣町警察署署長は腕を組んで考えた。
(二人を起訴すればこの事件は解決する。だがあの町にC国工作員が13人も潜んでいた事を放ってはおけない。せめて奴らの計画を探らなければ、、、)
署長は配下の者に言った「この事件は当分の間、報道機関には伏せておいてくれ」

署長はその後、隣町のアジトを捜査させたが既に工作員は一人も居ず、コンビニ弁当等のゴミだけが残っていた。刑事はそのゴミを鑑識課に運び、残留唾液等のDNA検査をさせた。幸い5人分のDNAが検出されたが、指導が徹底されていたのか指紋はどこにもなかった。

(5人分のDNA、、、)署長は少し考えてから言った。
「DNAを本部の工作員データ課に送って調べてもらってくれ。調書に載っている工作員名は当てにならん。それから二人の顔写真を入管に送って不法滞在者データも調べてもらえ」
署長はそれから警視庁のC国工作員担当官に電話して状況説明をしてから聞いた。
「あんな小さな町に何故13人もの工作員を潜ませていたのか、奴らの計画について何か情報がありましたら教えて下さい」

「いえ、こちらも情報不足で何も分かりません。ただ最近、バラバラに潜んでいた工作員が十数人単位で集まっているらしいです。一斉に工作活動を始める準備ではないかと警戒しているところですが、集まっている所はだいたい大きな町で、そちらのような田舎町は珍しいですね。
全国に数十万人いる工作員全員を監視するのは不可能で、大都市とその周辺だけしか対応できません。地方でも原発や発電所等を襲われたら、つまり電源設備を破壊されたら都市機能は終わりですから、その方面でも警戒すべきなのですが、とにかく人員不足で困っています」

「なるほど電源設備ですか、わかりました、ありがとうございました」電話を切ると署長はまた考えた。
(う~む、電源設備、、、ん、あの町の近くに都心に繋がる高圧送電線がある、、、奴らの狙いはこれか、、、しかし、どうやって送電線を切るつもりか、、、)
署長はいくら考えても送電線を切る方法まではわからなかった。だが数日後ふと見たテレビニュースで、U国とR国の戦争で自爆ドローンが大活躍していることを知り工作員の計画を見抜いた。

(ドローンだ、ドローンで送電線を切るつもりだ、、、だが待てよ、ドローンの爆薬を爆発させて本当に送電線を切れるのだろうか)
署長は電力会社に電話して調べてもらった。すると数時間後に回答を得た。
回答では通常の爆薬では無理かもしれないが、ビル等の爆破解体の時に使うテルミットと言う特殊爆薬ならば可能との事だった。

署長は再度C国工作員担当官に電話して自分の推理を伝えた。
すると担当官はすぐに上官に自爆ドローンでテルミットを使って送電線を切る可能性があると報告した。警視庁幹部は驚愕し緊急対策会議を開いた。
だが数十キロメートルもある送電線全線を監視する事は不可能であり対応しようがなかった。
幹部の1人が言った「残された対策方法は工作員を事前に逮捕するしかないです。工作員が集まっているアジトを緊急捜査しましょう」

その後、警察と入国管理局合同の捜査が開始され、不法滞在の名目で多くの工作員が逮捕された。だが例え1000人捕まえたとしても残りの数十万人は潜伏していて、その工作員がいつどこで行動を起こすか予想すらできなかった。
結局、現状では工作員の犯行を阻止するのは不可能だということを思い知らされる結果になった。

そればかりか、不法滞在で逮捕した工作員を諸事情により即刻強制送還できない為に留置場が満員になり留置場増設や逮捕者の食事等、費用が急増し入国管理局の財政を圧迫した。
入国管理局としては当然、法的手続き最短期間後の自費出国を強要したが、大半の工作員が出国費用さえも持っていない状態だったのだ。

入国管理局側は不法滞在者逮捕の中止を望み、警察側と対立した。その結果3ヶ月後には中止され、署長は歯嚙みして悔しがった。
その後、署長は暇さえあれば送電線を見上げ、ドローンが近づいていないか注視することが多くなった。
もともと署長は出不精で、休日は家で過ごすことが多かったのだが、不法滞在者逮捕が中止されて以来、自家用車で弁当持参で送電線のよく見える所へ行って見上げるようになった。

数週間後の休日、署長は少し遠出をし、隣町との境を流れる川の川岸に車を停め、座席を倒して横になり車窓斜め上の送電線を見上げながらスマホも見ていた。
昼ころ空腹を感じて座席を起こして弁当を開いて食べ始めた署長の目に、川原でプラスチック容器で砂をすくっては捨てる動作を繰り返している老婆が見えた。
よく見ると白髪頭に年配者の服装をしているが、川の水面上の素足は若々しく色っぽく見えた。

怪訝に思った署長は、弁当を食べ終わると川原に降り歩いて行った。
老婆に10メートルほどの所まで近づくと不意に川岸からしわがれ声が聞こえた。
「誰じゃ!、その人にそれ以上近づくな!」
その声で老婆も振り向き署長を見て、急に緊張した面持ちになり立ち尽くした。
署長も声のした方を見、老人が川岸の斜面を降りてくるのを待った。

やがて老人が息を切らせながら署長と老婆の間に立つと言った。
「どなたかいの、何用ですかの」
「怪しい者ではありません。車内で弁当を食べていたらこのおばあさんが見え、何をしているのか気になりましてな、、、本当になにをしているんですか、川の水もまだ冷たいでしょうに」
「貴方には関係ない事じゃ、放っておいてくだされ」

それから老婆に「るりさん昼食にしょ」と言い、老婆が川面から上がってくるのを待った。
老婆は何故か署長を見ないようにしながら川岸で足を拭き靴を履いて老人の後に続いた。
その足どりは軽やかで老婆の動作ではなかったし、チラッと見えた顔は若々しく美しい女性だった。
署長はなおさら興味を持ち(何者だろうあの二人、、、さてさて近づくべきか、去るべきか、、、)と思案したが(とりあえず車に戻ろう)と決めて川岸の斜面を登って行った。

それから30分ほど経つと、また老婆がさっきよりも20メートルほど上流の川面に入って行った。
そしてその川岸の大きな石の上に老人が腰掛け警戒するように辺りを見回していた。
署長は好奇心に負けて老人に近づいて行きながら声をかけた。
「本当になにをしているんですか、、、私は隣町の警察署長の梅田です、怪しい者ではない」
老人は射すような視線で署長を見てから言った「隣町の警察署長」

署長が老人の横に来て座るのをこわごわと見ていた老婆に老人は言った。
「るりさん、この人は心配ない、気にしないで続けなさい」
るりが再び川砂をすくっては捨てる動作を始めると、老人は署長を見て言った。
「貴方が本当に隣町の警察署長なら4ヶ月ほど前の神社前殺人事件を知っておるじゃろう。
この人はあの時の男性の奥さんじゃが、あの事件以来男性恐怖症になっての、外出の時はああやっておばあさんの格好をしているんじゃよ。おばあさんなら男性に襲われないからのう」

「なんと、あの時の女性か、、、これは奇遇ですな、、、あの事件は私が担当しましたが、事情聴取等は配下の者がしており私は面識がなかった。まあ例え面識があってもあの姿ではわからなかったでしょうが、、、それで、彼女はなにをしているのですか」
「、、、」老人は答えず、しばらく経ってからるりに問いかけた。
「るりさん、この人は隣町の警察署長じゃが、本当の事を話してもよいかの」

るりは手を止め振り向いて老人を見たが、その表情は迷っているのが見て取れた。
老人は言った「署長、申し訳ないが今はまだ話せんようじゃ。しかし決して悪いことをしているのではない。いやむしろこの町、否、日本の為になる事をしているんじゃよ。だから今は放っておいてくだされ。数か月後に必ず彼女から発表するはずじゃから」

署長はしばらく老人を見て「わかりました、何やら深い事情があるようですね。御老人の言うことを信じましょう、、、
それとここでお会いしたのも何かの御縁、私でお役に立てる事がありましたら連絡してください。
あと、もしドローンが飛んでいるのを見かけたら大至急電話してください」と言って名刺を手渡した。
「ドローンを、、、ふむ、わかった」
そう言った後、老人は老婆を見つめ続けた。その横顔は「話しは終わった、もう行ってくれ」と言っているように見えた。
署長はもっと話したかったが、しかたなく車へ帰って行った。


署長は1週間後の休日も同じところに行って見た。すると老婆と老人は4~500メートル上流で先週と同じ事をしていた。
署長は二人の所へ行くかどうか迷った。
(行って何を話す、、、それにあそこでは並木で送電線がよく見えないだろう、、、
それにしてもあの二人、いったい何をしているのやら、砂金探しのようにも見えるが、、、)

署長は結局二人の所へは行かず車内で弁当を食べ夕方までそこに居た。
さて帰ろうかと思い、ふと見ると二人は川原沿いに歩いて来ていた。
(、、、そうか、あの辺は川岸斜面を登れる所がないのだ、、、)
二人が車の近くの斜面を登ってきた時、署長は車窓を開けて声をかけた。
「今お帰りですか、私もこれから帰りますが乗って行きませんか」

先に斜面を登ってきた老人は、老婆が登ってくるのを待ち、登りきってから聞いた「どうする」
老婆は署長に聞こえないような小さな声で言った「今日は疲れました、乗せていただきたいです」
老人は意外そうな表情をして見せてから署長に言った。
「では、お言葉に甘えて乗せていただこうかの。じゃが隣町とは反対方向じゃし、あの交差点まで」
そう言ってから老人は助手席に老婆はその後ろに座った。

署長はすぐにエンジンをかけ出発した。交差点までは5分もかからず着いたがそのまま老人たちの町に向かった。
それに気づいた老人が慌て気味に言った「署長、ここでいい、ここで降りる」
「かまいませんよ、御自宅までお送りします」
「う~む、、、すまんのう」
「御自宅はどこですか」

「剣町の、ほれ昔、新陰流の道場があった所じゃが若い人は知らんかのう」
「え、新陰流の道場、知っていますとも、私も何度か出稽古に行きました」
「ほう、そうじゃったか、、、ん、それはいつごろの事じゃ、道場は30年ほど前に廃館になった」
「その直前です、卜伝老師が亡くなられる、、、確か私が最後の弟子入りだったと、、、」
「お、そうじゃ思い出したぞ、貴方は梅田と言ったな、ではあの当時剣道の神童と呼ばれ老師の元へ弟子入りした梅田君か、これは懐かし、、、あの梅田君に会えるとは、、、」

「私の事を覚えておられる御老人は、もしかして卜伝老師の愛弟子笠原秀玄師範では」
「ほう、ワシの事まで覚えていたとは、、、嬉しいのう。どうじゃ、ワシの家に寄って少し話して行かぬか。老い先短いこの老いぼれに昔のことを聞かせてくれ」
「わかりました、喜んで寄らせていただきます、、、しかし手ぶらでお訪ねするのも、、、では途中のスーパーマーケットで何か仕入ましょう。秀玄師範、お酒の銘柄は」
「ワシはザルじゃけん銘柄など何でもいいが、梅田君はまさか酔っ払い運転はできまい」
「心配要りません、酔っ払えば運転代行を呼びます」
「そうか分かった。では今宵は存分に飲もうぞ」

その後スーパーマーケットでいろいろ、るりは歩きでは重すぎる洗剤等の日用品まで買い込み、家に着くとすぐに夕食作りに取り掛かった。
その間に老人は署長を道場に連れて行った。
朽ち果てかかった道場を一目見た署長は「、、、あんなに立派だった道場が、、、」と声を詰まらせ涙を流さんばかりに嘆いた。
二人は道場の神棚に向かって礼拝し、寂しげに去った。


二人が台所に戻ると昼間とは別人のような美しいるりが、テーブルの上に数種類の料理と酒を並べていた。
署長はるりの顔を見て言葉を失い一瞬見とれていた。しかし、るりは料理等を運び終えるとすぐに台所から出ていった。
老人が後を追い一緒に食事しょうと誘ったが、るりは首を横に振った。
老人以外の男性とはまだ抵抗があるようだった。老人はしかたなくその事を署長に話した。

やがて二人だけの宴会が始まった。
二人は30年以上も前の思い出話に花を咲かせた。
「私のころは40人ほどでしたが秀玄師範が道場で修行されておられたころは門弟はどれほどでしたか」
「そうじゃのう70人くらいは居たじゃろうかの、、、いま思えばワシらのころが一番多かったかもしれん。それが署長のいま住んでいる町に大きな工場ができて、この町の者もみんな引っ越していってしもうた。あれ以来この町は年々住民が減り、今では老人だけの町になってしもうたんじゃ」

「そうでしたか、、、私は年に数回隣町の警察道場から出稽古に来ましたが、来るたびに門弟の名札が減っているのが分かって寂しさを感じた事がありました。
それから数年後、他県へ配属され重大事件を捜査していた時、卜伝老師の突然の悲報を知って急いで駆けつけたのですが葬式にさえ間に合いませんでした。刑事は親の死に目にも間に合わないと言いますが全く因果な職業です」

「ふむ、なるほどの、因果な職業か、、、しかし署長にまで出世したという事は立派なことじゃ。凡人にはできる事ではない、、、ところで思い出したが、警察署長ともあろう人が毎週川岸に来て一日を過ごすとはなにゆえじゃ、ドローンを探しているのか」

「、、、これは警察捜査に関わることですが秀玄師範にだけ御話します、、、
実は4ヶ月前に秀玄師範が捕まえられた二人はC国の工作員だったのです。
そしてその後の取り調べで、工作員がドローンを使って送電線を切断する計画があるらしい事が分かったのです。
しかし工作員が多すぎて捕まえきれない事が分かり、捕まえること自体が中止になりました。それで、せめて私だけでも送電線を監視していようと、、、」

「ふむ、そうじゃったのかい、、、警察署長が休日返上で送電線の監視とは、、、本当に因果な職業かもしれんのう、、、
そうか、あの二人はC国の工作員だったのか、、、C国の工作員が捕まえきれないほど入り込んでいて、我が国は大丈夫なのかの。何か起きた時、自衛隊や警察だけで守りきれるのかのう」

「警察署長の私が言うのもなんですが、ここだけの話、とても守りきれません。
数十万人の工作員があちこちで一斉にテロを起こせば、、、女性や子どもを人質にして立てこもったり、電源設備を破壊されたりすればもうお手上げです。多くの民間人が死ぬことになるでしょう」
「なんとまあ物騒な時代になったもんじゃのう。新陰流を習うてもどうにもならん、正に焼け石に水じゃわい」

「しかし新陰流を習得されていたおかげで秀玄師範はあの女性を救われましたし、工作員二人を捕まえられました。新陰流のおかげです」
「ふむ、まあそう言えばそうじゃがの、しかしあの時もう少し早くワシが行けていたら、あるいはあの娘(こ)の旦那さんを救えたかもしれんのに、その事が今だに悔やまれるわい」
「、、、それがあの方の運命だったのでしょう。秀玄師範の落ち度ではありません」

「ふむ、運命か、、、その運命のせいでワシは今あの娘と暮らしておる、不思議なもんじゃ」
「ははは、羨ましい事です。できる事なら私が代わりたいです」
「ふむ、今だにワシ以外の男性には近づけんと言うのは、ワシは果報者かもしれんの、あんな美しい娘とひとつ屋根の下で暮らせるんじゃからの」
「そのうち同じ布団の中で、とお考えでは」
「滅相もない事を言わんでくれ、枯れ木に花を咲かせられる歳はとうに過ぎとるわい」
「ははは、もちろん冗談です」
その時ふっとシャンプーの香りがしたと思ったら襖の裏からるりの声がした。

「おじいさま、先に休ませていただきます」
「おお、お休み」
「、、、声まできれいですね、、、実は息子がまだ独身でして」
「おいおい、あの娘は喪中じゃぞ」
「あ、そうでした、、、では喪中明けには一番に名乗りを上げられるように息子に支度させましょう。
あの娘の父親になれるとは、想像しただけで興奮します」

「お、おいおい、貴方の息子が結婚できるとは限らんぞ、何よりあの娘は男性恐怖症じゃからの」
「いえ、それは心配要りません。次週から息子を連れてきて少しずつ慣らしていきます。そうすれば喪中明けには祝言を挙げられるでしょう」
「ふむ、警察署長ともあろう者が小賢しい事を、、、ワシはあの娘の父親代わりじゃ、息子にあの娘と所帯をもたせたかったら、飲み争うてワシを負かしてみろ」

「ははは、いと容易き事。明日は有給休暇にして朝まで御相手つかまりましょう。先ずは私の得意技、新陰流秘伝浮船にて大盃でいただきます」
「うむ、良かろう、どこからでもかかってくるがいい。ワシは新陰流八重垣、空徳利で垣根を作ってくれよう」
結局二人は明け方まで飲み明かした。
朝、るりが起きてくると二人は台所の隣部屋で死んだように眠っていた。
るりはその日は川に行くのを諦め、台所の後片付けと洗濯をした。



**
そのころ日C外交は最悪の状態になっていた。
日本国外務大臣のC国訪問スケジュールが決まってから突然、C国当局が日系企業の幹部社員をスパイ活動容疑で逮捕したのだ。
しかも在C国日本国大使館が社員との面会を求めても当局は応じなかった。それどころか日本国国選弁護人さえも立ち会わせずに緊急裁判を開き、自白調書を基に有罪判決を宣告したのだ。
あまりにも理不尽なC国政府の行為に、親C議員の多い日本国政府でも強く反発した。


「正に人質外交です、なんと卑劣な」と外務大臣は吐き捨てるように言った。
官房長官も言った「総理、外務大臣訪問を中止しましょう」
「、、、」
「総理、とにかく抗議声明を出しましょう」
「、、、」
「抗議声明を出せば必ずA国やE国等自由主義諸国の賛同が得られます。多くの賛同を得て無法なC国と対決しましょう」
「、、、わかった、官房長官、抗議声明を出したまえ。外務大臣は予定通り訪問して、邦人釈放を要求しなさい。他にも数十人拘束されているので全員の無条件釈放を伝えなさい」

外務大臣は訪C国し序列二位や三位の高官と会談したが、拘束邦人釈放については「司法の場で決める」と言うだけで埒が明かなかった。
帰国後外務大臣は総理に「国際法を守らない国が司法の場で決めるとは、あまりにも我が国を馬鹿にしています。この際、在C国邦人全員の退避勧告を出しましょう」と詰め寄った。
「、、、退避勧告、、、そんな事をすれば日C関係は破局する。君はその事を考慮した上で言っているのかね」

「もちろんです総理。我が国がA国と共にC国と対峙するということは、経済面でも対峙するということです。つまり、いずれ全ての日本国企業が撤退するということになります。
罪をねつ造し邦人を拘束するような国、卑怯な人質外交をするような国と正常な国交はできません。
先延ばしすればするほど我が国が不利になります。早急に断交するべきです。総理ご決断を」
「、、、」

しかし総理は退避勧告を発令しなかった。
(人質外交をすればするほどC国は国際社会からの信用を失い孤立する。つまり自分で自分の首を締めることになる。そのうちC国首脳もその事に気づいて人質を釈放するだろう。今はまだ退避勧告を発する時ではない。外務大臣は粗忽すぎる)と総理は考えていたのだ。
総理の頭の中には、拘束され人権無視の非道な扱いを受け、ねつ造された自白調書に無理やり署名させられている邦人の悔しさ苦しさ無念さ等を思いやる心などなかったのだ。

総理は、C国の卑劣極まりない人質外交を放っておいて選挙戦に奔走した。
数ヶ所の衆議院補欠選挙には自ら赴いて応援をした。
和歌山の補選応援の時、演壇に向かう途中で爆発物のような物が投げつけられ、犯人は現行犯逮捕され周囲は騒然となり総理は応援演説を取り止め非難したが、それ以外の選挙応援は続けた。支持率低下を何としても食い止めたい総理は選挙応援に力を入れるしかなかったのだ。

そんな総理に対してC国首脳は「人質外交をすればあの総理は攻略できる」と人質外交の効果を確信し、工作員を使って日本国内で人質をとり、日本政府に揺さぶりをかける計画を立てた。
C国首脳は対外工作庁に命じた「日本国内で若い男女を誘拐し高額身代金を奪い取れ。
それから人質解放条件として収監されている工作員の釈放と不法滞在者強制送還を停止させろ。
日本政府との折衝はマスコミ等に気づかれないように秘密裏に行え。
初回が成功すればその次は更に大きな条件をつけろ。最終条件は尖閣諸島譲渡だ」



**
そのころ、るりと老人は相変わらず川で砂金探しをしていた。
るりは昼間見つけた場所と砂金の重さを夜、川の地図に書き込んでいった。
川の下流から始めて既に10キロメートルほどになるが、その地図をよく見ると、砂金の見つかった場所は川の曲がり角ばかりだった。
それに気づいたるりは、実家からマイカーを乗ってきて老人と二人で川の曲がり角に行き、その周辺を重点的に探した。

るりの予想通り砂金の見つかる確率が上がった。1日に5グラム見つかった事さえあった。5グラムという事は現在の金相場では4万円以上になる。その辺の会社員の日当の数倍の金額だ。
(そろそろ町の人々に教えるべきだろうか)るりはその事を老人に相談した。
すると老人は少し考えてから言った。
「いや、まだ教えなくてよいじゃろう。金鉱脈が見つかってからにすれば良い」

るりは老人の言う通りにし、更に上流に行った。
上流は何本も支流があり、しかも砂地ではなく石ばかりになって砂金を探せなくなった。これではどの支流の上流に金鉱脈があるのか調べようがなかった。
るりは途方に暮れてまた老人に相談した。
老人は言った「旦那さんが見つけた地形の所を探せばよいじゃろう」
「あ、そうですね」

るりはすぐに夫がいつも見ていた地図の航空写真をスマホで調べ、翌日そこへ行ってみた。
そこは昔、火山の噴火口でもあったのかすり鉢状に岩山が連なり、その一か所の山が崩れた所が川の源流の小川になっていた。
このすり鉢状の山の中か、ここから砂金が見つかった川までの間に金鉱脈があるのは間違いないだろう。だがそれをどうやって探せば良いのか。

地質学を学んだるりにとって、どのような岩石中に金鉱脈があるのかくらいは分かっていたが、山全体の岩石を調べるわけにはいかないし、渓谷に転がっている大きな石を一つずつ調べることも効率が悪いように思えた。
るりは岩陰で老人と昼食しながら考えた。


いつの間にか辺りは新緑の季節を迎えていた。渓谷の岩陰でちょうどいい気温だった。
老人がおにぎりを一つ食べ終えてから言った「これくらいの陽気になれば蛇が出やすくなる。特に水辺は出やすい。この辺は蝮はいないじゃろうが気をつけたほうがええ」
「そうですね、でも私はこのような所は慣れていますわ、よくキャンプしましたから」とるりは言って、不意に夫との馴れ初めを思い出した。

大学での野外授業では山や渓谷等で実際に岩石を調べる事が多かったのだが。
あれは2年前の夏、大学最後の野外授業でここと同じような渓谷で岩石調査している時、大きな蛇がいてるりは悲鳴をあげた。普通の蛇なら慣れていたが、あまりの大きさに驚き恐怖したのだ。
その時すぐに教授が来て蛇に石を投げつけた。石は当たらなかったが蛇は逃げていった。
「蛇は行ったよ、もう大丈夫だ」そう言って教授はるりを見て微笑んだ。

教授のその微笑みを見た瞬間るりは心が高ぶるのを感じた。それ以来るりは教授に恋焦がれ、大学卒業後すぐ、43歳で何故かまだ独身だった教授と結婚した。
夫は講義の時以外は無口で、しかも新妻に甘い言葉をかける事もしなかったが、るりは夫が優しくて思いやりのある人だと思っていた。
そんな夫と二人だけで砂金探しができることに、るりは本当に幸せを感じていた。しかしその幸せは長くは続かなかった。

(あの日、、、)
るりは、あの日の事を強いて思い出さないように努めていた。思い出しそうになると別な事を思い出そうとした。そして今は、るりが考古学に興味を抱くようになった高校生のころを思い出した。
春休みの時、何気なく見た動画でデビルスタワーやテーブルマウンテンが古代の巨木の切り株だった可能性があるという事を知り(木が石になるなんて信じられない、、、)と思いつついろいろ調べていくうちに地質学に惹かれていった。

大学は理学部地質学科を選び家族や友人から呆れられたが、るりは全く後悔しなかった。
結果的に言えば大学卒業後すぐに結婚して、何の為に地質学を学んだのか無意味なようにも思えるが、結婚して1年も経たずに夫を殺され未亡人になった今も地質学への興味関心は消えなかった。

その上るりは夫の遺志を継ぎたかった。夫は地質学者であり大学教授で講義もしていたが、夫自身は国内で資源を見つけ、国の発展に寄与することを望んでいたのだ。
それで夫は暇さえあれば航空写真や地形図を見ていた。そしてとうとう金鉱脈がありそうな地形を見つけ、るりと二人でこの川に砂金探しに来た。

砂金探し1日目から数グラムの砂金が見つかり、夫は嬉しくてたまらない表情で言った。
「ここでこれだけ砂金が見つかると言う事は、この川の上流には必ず有望な金鉱脈があるはずだ。もし鉱脈が見つからなくても、砂金が採れると言うだけで観光地化されこの町の発展に繋がるだろう。まあ、鉱脈が見つかると僕は確信しているがね」

るりは夫が確信したことを証明したかった。どうしても金鉱脈を見つけたかった。
「でも、どうやって探せば、、、」るりは考えていた事がつい口から出た。
老人が訝しげに聞いた「ん、、、なんじゃ、何と言ったんじゃね」
「これからここで、どうやって金鉱脈を探せば良いのか、、、って考えていたんです。おじいさま何か良い方法を知りませんか」

「ふむ、、、金鉱脈を探す方法か、、、ん、金は金属探知機では探せんのかね」
「あ、そうか、金属探知機を使えば良いですね。砂金として川まで流されているという事は鉱脈が露出しているはずですものね。金属探知機できっと探せますわ、、、金属探知機を買いましょう」
そう言うとるりはスマホで調べようとしたが渓谷のせいでか電波が届いていなかった。
「おじいさま、今日はもう帰りましょう。帰って金属探知機を買いましょう」
二人は昼食の後すぐに家に帰った。

数日後、通信販売で買った金属探知機を持って再び渓谷に行き三日後には鉱脈を見つけた。
場所は川の水量が増えれば見えなくなってしまうような小川の際の岩の下部にあった。
白っぽい岩の表面にわずかに金色のすじが見える。るりは思わず万歳をして喜んだ。
その後二人はその岩の写真を撮り、場所等を記録して帰り、さっそく老人が署長に電話した。
署長は驚嘆して言った「金鉱脈が見つかった。あの川で砂金が採れる、、、」

その後、署長を通して町長や県知事に報告され、小さな町は大騒ぎになった。
連日、川や鉱脈のある場所への案内を求められたが、まだ男性恐怖症の治っていないるりの代わりに老人は町役場の公用車に乗せられて何度も案内した。
やがて国の立会いの元、鉱脈場所を専門業者が試掘調査する事になった。一方、川原沿いは砂金を探す人々で連日埋め尽くされた。
その光景を、るりと老人は遠くから眺めて微笑み合った。

その夜、夕食の後で茶をすすりながら老人が言った「、、、これで旦那さんも浮かばれるじゃろう」
「はい、きっと喜んでいると思います。私も嬉しいです」と、るりも本当に嬉しそうに言った。
「、、、これでこの町での、あんたの役目も終わったんじゃろう、これからどうするんじゃね」
「、、、まだ何も考えていません、、、おじいさま、ご迷惑でなければもう少しここにおいてくださいませんか。せめて、これからどうするかを考えつくまで」と、るりは言ってすがりつくような眼差しで老人をみた。

「、、、迷惑なんぞ、とんでもない、、、あんたが居なくなったらワシは淋しゅうて死んでしまうかもしれんわい、、、じゃが、あんたはこんな所に居るべきではないんじゃ。
あんたは若くて美しい。あんたと結婚したがる男は星の数ほどいるじゃろう。一日も早く男性恐怖症を治して、あんたに相応しい男と再婚するべきじゃ」
「私、夫以外の男性には興味ありませんは。私が興味あるのは岩石調査だけです」

「な、なんじゃと岩石調査、、、あんたのような若く美しい女子(おなご)が岩石調査、、、
なんと勿体ないことを。巷には顔がマズくて結婚したくてもできない女子もおるじゃろうに、その美しい顔を無駄にすると言うのかね。あんたの両親も、あんたの再婚を願っていると思うぞ、、、
そう言えば以前会った警察署長の息子がどうしてもあんたと会いたい、直接でダメならオンライン対面ででも話がしたいと言っておったぞ。一度オンラインで話おうてみなさい」

「い、いえ、、、私は、今はまだ本当に、どなたとも会いたくありません、、、おじいさま、お願いです、私をもう少しここにおいてください。私を、今のままここに居させてください、お願いします」
「、、、ワシは、あんたの為を思うて言うたんじゃが、あんたがその気なら、あんたの好きにするがええ。あんたの気が済むまでここに居ればええ、、、あんたが居てくれたらワシも嬉しい」
「ありがとうございます、おじいさま」

こうして、るりはその後も老人の家で暮らし続けた。スーパーマーケットに買い物に行く時は相変わらず老婆に変装して。


**
そのころ、遠くのアジトに潜んでいたC国工作員の班長と部下のC11は、老人に変装して車で再び小さな町に来ていた。
以前アジトにしていた空き家に入り込み、何気なくカーテンの隙間から外を見て驚いた。
向かいの川原は川砂をすくっては捨てる人々でごった返していたし、川岸の上の道路には車が隙間がないほど並んで駐車されていた。

班長は思わず声に出して言った「何だこれは、、、」C11も見て、人の多さに啞然とした。
「、、、これではこの家をアジトにできない」
班長はそう言ってC11を促し、その空き家を出て他の空き家を探した。そして川からかなり離れた空き家を見つけた。
その夜から10人ほどの工作員がその家に住み着いた。

数日後の夜、部隊長がアジトに来て低い声で言った「行動を起こす日が近づいた。諸君たちはC12やC13のような愚かな犯罪を犯さないよう、十分に自重してその日に備えてもらいたい」
部下たちは無言のまま敬礼した。
その後、部隊長は班長を連れて車で人気のない所に行き車内で言った。
「この町は何故急にこんなに人が増えたのか」

班長はうやうやしく言った「川で砂金が見つかったそうであります。それで全国各地から車で砂金探しに来ているようであります。暑いせいか夜も明かりをつけて探している者も見受けられます」
「なに、砂金が、、、」
部隊長は考えた(人が多ければ人質を捕まえやすいが、我々の動きも見つかりやすい、、、)
その時、部隊長に在日工作員最高幹部から電話がかかってきた。

「若い男女を誘拐し、その町の2か所のアジトに連れ込んで立てこもれ。だが決して外部に気づかれるな。誘拐する時はスタンガンを使え。誘拐したら男女の顔や状況をビデオ撮影して送れ。ビデオにもお前たちの姿は写すな。ビデオを見た後また指示を出す」
電話が切れた後で部隊長は怪訝そうに言った「アジト2か所に、男女を誘拐して立てこもれとの事だが何故2か所も、、、まあ指示に従うしかない、、、班長、奇数番号の部下5人を連れて行き明日もう1か所アジトを作ってくれ。その後、若い男女を誘拐だ」
「了解しました」


工作員たちにとって若い男女を誘拐するのは簡単だった。
おあつらえ向きな事に川原には一攫千金を夢見た若い男女が何組もいた。しかも若いせいか夜でもヘッドライトをつけて砂金探しを続けていた。そんな男女が疲れ果てて車に帰って来てドアを開けた瞬間、待ち構えていた工作員が後ろからスタンガンを首筋に当てて気を失わせ、後部座席に寝かせると、意気揚々と車を運転してアジトに帰った。

アジトではすぐに男女を縛り口に粘着テープを貼り付けた。
その後、班長含め5人は無言のままガッツポーズをし誘拐成功を祝い合った。
数分後の行為を想像して上気した班長は、顎の下に手をやって上向かせ、まだ無意識状態の女の顔を見てから満足そうな顔で振り向き、顎をしゃくって4人の部下を別室に行かせた。
それからへとへとになるまで女を犯した後、部下4人に回した。

朝になると覆面をした工作員が男女を椅子に座らせてビデオ撮影を始めた。
紙に日本語で書いた質問事項を見せ、先ず名前と住所を言わせた後で、川で砂金採りをしていた時に誘拐された事も言わせた。。男がわめきだしたり口ごたえするとすぐに殴られた。
男が終わると女に同じ質問をした。女がわめきだすと工作員は顔は殴らず胸を強く握った。女は悲鳴をあげ男が怒鳴った「やめろ!」

すぐに後ろの工作員に殴られ、男は椅子もろとも横に倒された。横顔を床に強打したのか鼻血が飛び散り、口からも血があふれ出てきた。
工作員が荒々しく椅子ごと男を起こすと、男は工作員に血反吐を吐きつけた。工作員は激怒して男が気絶して動かなくなるまで殴り続けた。
それから覆面を上げ、男に唾を吐きつけてC国語で罵った「日本鬼子野郎、くたばりやがれ」

その声が聞こえたのか別室から班長が入ってきて工作員を殴りつけた。それから「馬鹿野郎、声を出すな」とC国語で紙に書いて見せた。工作員はわけがわからず先輩工作員を見た。
先輩工作員は「ビデオ撮影中だ、声を出せば俺たちの素性がばれてしまう」と紙に書いて見せた。
声を出した工作員はふくれっ面をしながらも黙った。
そうしているうちに男が気がついた。班長はスマホの翻訳ソフトを使って「人質は一人でいい」とC国語と日本語で書き、工作員に見せた後、男に見せた。

男は意味を覚り震え出して涙声で叫んだ「や、やめろ、お、俺が何をしたと言うんだ、俺は砂金探しに来ただけだ、や」
男の声はそこで止まった。工作員が後ろから男の首を絞めたのだ。男はもがき苦しみ足をばたつかせていたが、やがて全身を痙攣させた後、動かなくなった。
女はそれを見て悲鳴を上げ大声で泣き始めた。すぐに工作員が粘着テープを口に貼り付けた。
涙を滝のように流し続ける女をアップで写した後「この女を助けたかったら三日以内に10億円用意しろ、三日後にまた連絡する」と書いた紙も写した。

これで当初の計画通りの全ての撮影が終わったが、班長はその後工作員に「女をレイプし輪姦しているところを撮影しておけ。生撮り映像だ、マニアに高く売れる」と指示した。
工作員は卑猥な顔で頷き、すぐに女を別室に運び込んだ。
それから数時間、女の悲鳴や泣き声が聞こえて続けていたが、このアジトは町と川からかなり離れた一軒家で、近くに来る人など皆無だった。



**
隣町警察署のホームページのお問い合わせフォームに届いた「女を誘拐した。その証拠映像を送信したい。至急返信をよこせ」というメールを見て署長の梅田は顔色を変えた。
長年署長をしてきた梅田は、このメールが冗談ややらせでない事を直感で解ったのだ。
梅田はすぐに「直通メールアドレスに至急送信されたし」と返信した。
すると30分も経たずにビデオ映像が届いた。

梅田は署長室で一人でそのビデオを見て愕然とした。
(なんということだ、隣町の砂金採りに来ていた男女が誘拐され、男性はビデオ撮影中に絞殺されている。その上、10億円の身代金要求とは、、、)
梅田は数分間考えあぐねていたが、その後無駄だと思いながらもメール送信元を配下の者に調べさせた。それから警察庁長官に緊急電話をかけて誘拐事件発生を報告するとともにビデオ映像を転送した。

その後、幹部刑事数人にビデオ映像を見せ、ビデオの信憑性や映像内にアジトを知る手掛かりになるものがないかを調べさせた。
ビデオを見終えた幹部刑事もみなビデオが本物であると言い、しかし映像内にはアジトを特定できるものは何もないとも言った。
梅田は腕を組んで考えた(これからどうすれば良いのか、何処をどう探せば良いのか、、、)


それから1時間も経たないうちに別のメールアドレスからメールが届き、同じようなやり取りをした後、別の男女を違った場所で監禁し、男性をロープで絞殺しているビデオを受信した。
このビデオも最後に身代金10億円を要求していた。
署長はこのビデオについてもすぐに警察庁長官に報告し指示を仰いだ。
同日に管轄内で二件の身代金目的誘拐殺人事件が発生し、署長は当警察署だけでは対応しきれないと判断したのだ。


だが警察庁長官は署長以上に混乱していた。
当日、警察庁長官に報告された身代金目的誘拐殺人事件は10市町20件にのぼったのだ。
しかも20件全て申し合わせたように誘拐された若い男女のうち男性が絞殺され、最後に身代金10億円要求の書かれた紙が撮影されていた。
警察庁長官もビデオはCGか何かの偽物ではないかと思い、その方面の専門家に鑑定させたが、専門家はビデオは本物であると言った。

その上、警察庁長官はそのビデオが本物であることを翌日、拒絶したくなるほど思い知らされた。
ビデオの中で絞殺された男性の遺体が川や沼、海岸で次々に発見されたのだ。
対応に忙殺され一睡もしていなかった警察庁長官は、遺体発見の報告が届くにつれ更に憔悴していった。凡人ならばパニックになり卒倒していただろう。

だが鋼のような精神力の警察庁長官は、歯を食いしばり無言で報告を受けた後、政府と国家公安委員長に報告するとともに幹部を招集して緊急対策会議を開いた。
そして今回のこの犯罪を広域テロ事件と認定し、テロ対策専門の警察庁特殊部隊を投入させる決定を下した。

その特殊部隊幹部に警察庁長官は極秘任務を指令した。
「これほど組織だった犯行をするという事は、犯人はC国工作員以外に考えられない。
工作員は我が国を内側から混乱させてから自国の法外な要求を飲ませる戦法と推測される。
我が国は彼の国の言いなりになるような愚かな前例を作ってはならない。

難題だがこの事件を決して国民に知られる事なく解決されるよう願っている。
だが極力拉致被害者の救出を優先して欲しい。しかしやむを得ない場合はテロ犯殲滅を敢行してもらいたい。必要とあらば重火器使用も認める。テロ犯は生命の如何にかかわらず一人も逃してはならない。以上だ、健闘を祈る」


詰所に戻ると特殊部隊隊員の1人が部隊長の鮫島に言った。
「長官の野郎、無理難題を言いやがって『拉致被害者の救出を優先して欲しい』と言っていながら『テロ犯殲滅』その上『国民に知られるな』って、できる訳がねえ。そうでしょう鮫島さん」
「、、、落ち着け、、、我々は今まで何度も困難な任務をやり遂げてきた。今回の任務も必ず完遂できる方法があるはずだ。問題は、その方法を我々が考え着けるかどうかだ、、、
先ずここまでの出来事を整理してみよう、、、佐竹、スクリーンに関東地方の地図を表示してくれ。それから証拠映像が送信されてきた警察署に赤マークを付けてくれ」「了解しました」

赤マークのついた警察署10ヶ所を見て鮫島は言った「、、、思った通りだ、、、都心を取り囲むような地方都市、しかも過疎市町ばかりだ、、、宇喜多、この地図を見て何が分かる」
「、、、過疎市町村、、、う~ん、老人が多い、空き家が多い、、、そうか奴らは空き家をアジトにしているんだ」
「その通りだ、空き家が多い、つまりアジトを作りやすい。しかも老人はあまり出歩かないから目撃もされにくい。奴らにとっては理想的な場所だ、、、よし、では佐竹、最初に証拠映像が送信されてきた警察署のある町を航空写真にして拡大してくれ」佐竹はすぐに拡大地図を映し出した。

鮫島ほか数十人の隊員がその地図を注視した。数分後、鮫島が呻くように言った。
「、、、う~む、この町は大きな工場があり、地方都市としては都市化が進んでいる。空き家も少ないようだ、、、佐竹、隣町を映してくれ」
佐竹が隣町を映すと、そこは川一本で隔てられただけで全然違う雰囲気の町だった。

隣町に繋がる幹線道路の数キロメートル先の交差点周辺に町役場、スーパーマーケットやコンビニ、診療所、派出所、郵便局等があるが、商店街と言えるほどの店数はなかった。
交差している道の片方は数キロメートル先で川沿いの道になり神社前を通り過ぎて公園まで伸びていた。
またその反対方向の田んぼに挟まれた道は林の中を通り過ぎると川の上流に向かっていき山裾で消えているようだった。

その道を目で追っていた鮫島は途中にある木立に囲まれた一軒家に気づいた。
(、、、あの家がもし空き家だったら、あの一軒家はアジトにうってつけだ。俺が犯人なら必ずこの家をアジトにするだろう、、、空き家かどうか、奴らが潜んでいるかどうか、調べる方法はないか、、、隣町の警察署長に会ってみるか、、、その前に班分けをしておこう)

「みんな聞いてくれ。我々の任務は1時間でも1分でも早く奴らのアジトを見つけ、拉致被害者救出と奴らを逮捕することだ。
しかし奴らに拉致監禁されている町は10市町20ヶ所もあり、我々の人数では一度に20ヶ所全てを捜査する事は不可能だ。それで当初は5班10人体制で捜査する。
今から担当市町村と班長ならびに9人の配属捜査官を発表する。
10人が一丸となり迅速かつ完璧な捜査をしてもらいたい。

なお、超法規的措置も許可されている。
捜査上、必要だと判断される状況においては重火器使用もやむを得ない。防弾チョッキ等とともに今すぐ手配してもらいたい。また、高性能双眼鏡、暗視ゴーグル、ドローン、暗視カメラ等最新機器も有用と思われるなら使用してみてくれ。では班長と部下の名前を読み上げる」
そう言った後、鮫島は名前を読み上げた。

最後に「何か質問は」と聞くと一人の捜査官が「我々の担当市町村以外はどうするのですか」と聞いた。鮫島は「各県警にも優秀な刑事がいるはずだ。彼らの健闘に期待しょう。我々も担当市町の犯人どもを速やかに逮捕して、すぐに県警の応援に行こう」と答えた。
鮫島としては現状、そう言う以外に言える言葉がなかった。
一度に20ヶ所も誘拐事件が発生することなど誰も想像さえしえない事だったのだ。

だがC国首脳にとっては、この誘拐事件は日本の保安組織力を試す予行練習のようなものだった。この後さらに残忍で陰湿な計画が立てられていたが鮫島たちは知る由もなかった。


**
その後鮫島は部下に町の状況を探らせている間に梅田署長に会いに行った。
初対面の挨拶の後、鮫島は単刀直入にアジトが見つかったかどうかを聞いた。
すると署長は「いえ、まだ見つかっていません、以前のアジトにはもう誰もいませんでした。配下の者が日夜を問わず探しているのですが、未だに、、、」と申し訳なさそうに言った。
「以前のアジト、以前にもこの町に工作員が潜んでいたのですか」

「この町ではありません、隣町ですが13人もの工作員が潜んでいたのです。そのうちの2人が傷害致死と強姦未遂事件を起こしたのですが、たまたま近くにいた老人が工作員を倒し女性を救ったのです。その時、逮捕した二人からアジトと工作員の人数等がわかったのですが、そのアジトは既に無人でした」
「ほう、老人が二人の工作員を倒して女性を救出した」

「はい、既に85歳の御高齢ですが、若いころは古武道新陰流の師範で、無意識に体が動いて杖で二人を倒したそうです。
それと余談ですが、御老人が川で砂金を見つけ公表したおかげで現在隣町では砂金採りの人びとで活気づいています。しかしその砂金採りの人びとの中から二組の若い男女が誘拐されました。その事を御老人が知ればどれほど嘆かれるか、、、
鮫島さん、一日も早く奴らを捕まえてください。署長の私が言うのもですが平和ボケしていた当署の者では進展は望み薄いです。特殊部隊の御力で一刻も早く、、、」

「わかりました、最善を尽くします、、、ところでその御老人に会ってみたいのですが、この後会えませんかね」
鮫島の言葉に署長は怪訝そうな顔をしたが「電話してみましょう」と言ってすぐに電話した。
すると「暇な身じゃ、いつでも来てくだされ」と言う老人のしわがれ声が鮫島にも聞こえた。
鮫島は署長に礼を言い、その後すぐに老人の家に向かった。


途中のコンビニで弁当を買い2人の部下と車で老人の家に行くと、鮫島は先ず、川の上流に向かう途中の一軒家が空き家かどうかを聞いた。
老人が空き家のはずだと言うと鮫島は「これから一緒に家の近くまで行って捜査に協力していただきたい」と有無を言わせない語気で言った。
「まあ暇じゃし、、、」
老人に最後まで言わせず、鮫島は老人を車に乗せ一軒家に向かった。

一軒家の1キロほど手前の林の中に車を停め、鮫島は老人に言った。
「御老人、この弁当を持って行ってあの家の近くで食べていただきたい。あの家から見える場所で景色を見ながらのんびり弁当を食べている風にしていただけると更によい」
老人は怪訝な顔をして「ふむ、それは簡単なことじゃが、、、」と言いながらも車から出て歩いて行った。

老人が去った後、鮫島はすぐに部下と3人で一軒家がよく見える場所に移動し、高性能双眼鏡で一軒家の窓を注視した。
やがて老人が一軒家の近くで弁当を食べ始めると、窓の閉まっていたカーテンの端がわずかに開いたが、鮫島はそれを見逃さなかった。
鮫島は、この一軒家にC国工作員が潜んでいることを確信した。

鮫島は残り7人の部下を呼び寄せるとともに高性能暗視カメラ搭載のドローンや 暗視ゴーグルを持って来させた。
部下が来ると鮫島は自信を持って言った「奴らはここに居る。今夜突入する。それまで5人ずつ交代で車の中で仮眠をとってもらいたい。起きている者はドローンの準備をしてくれ」

老人が弁当を食べ終え帰ってくると、鮫島は丁重に礼を言い、部下の一人に家まで送って行かせた。それから、一軒家から見えない位置でドローンの試験運転をしてみた。
心配していたプロペラの回転音も高くない。これなら静かな夜でも気づかれずに一軒家の近くまで飛ばせるだろう。カメラも昼間は勿論のこと夜でも鮮明な赤外線画像がPCモニターで見え録画も可能だった。

やがて暗くなると鮫島と部下は万が一に備えて防弾チョッキとヘルメット、暗視ゴーグル等フル装備で一軒家に近づき、ドローンを飛ばして上空から一軒家の様子を探った。
それから30分も経たないうちに裏口から男が出てきて、車庫のような小屋に入って少し経ってその小屋から乗用車が出て来るのがドローンからの映像で分かった。。
鮫島は部下3人に命じて、一軒家から見えない所でその車を止め運転した男を捕まえさせた。

すぐに部下から電話があり、男はあまり日本語ができないC国人工作員だと分かった。鮫島はスマホの翻訳ソフトを使って一軒家の中の女性は無事か、工作員が何人居るか、その中にグループリーダーが居るかを聞き出させた。
「言う事を聞かなければ小指から順に骨をへし折れ、何としてでも聞き出せ」と付け加えた。
すぐに男の悲鳴が電話で聞こえ、その後「女性は無事、家の中には工作員が4人、いつも帽子をかぶっているのが班長」と言う部下の声が聞こえた。

ドローンの操縦係をそこに残して、鮫島と5人の部下は一軒家にまるで忍者のように音をたてず侵入した。
裏口から入ると台所の隣の部屋から女性のすすり泣き声が聞こえた。
鮫島がそうっと覗くと、汚れたベッドで全裸の女性の上に全裸の男が重なり、ベッドの横には額に小型ライトを付けた男が順番待ちしているかのように立っていた。

鮫島は片手で後ろの部下に指示をし、立っている男に忍び寄ると首筋に手刀一撃で倒した。
ほぼ同時に部下の一人が女性の上に重なっていた男の脳天に警棒を叩き付け気絶させた。部下はその全裸男をベッドから引きずり降ろして女性を見て思わず声を出しそうになった。
女性の顔は血にまみれ額は腫れあがっていた。鼻血が詰まっているのか口で弱々しく呼吸をしていた。その女性の姿を見て鮫島や部下は、誘拐されてからの女性に加えられた悲惨な虐待を歴然と想像できた。

その時、隣部屋で物音がしてすぐに静かになり部下の声が聞こえた。
「部隊長、終わりました。班長も生け捕りにしました」
「分かった、明かりを点けて良い、、、誰か二人で女性を病院へ連れていってくれ」
そう言った後で鮫島は肩の小型サーチライトを点け、カーテンを外して女性を覆ってやり、言った。
「警察です安心してください、すぐに病院へお送りします」

女性が連れていかれると鮫島は、工作員4人を後ろ手に手錠をかけ、平手で顔を叩いて意識を覚醒させ、裏の車庫に連れていった。
班長を床にじかに座らせ、その向かいに工作員3人を座らせて班長に日本語で言った。
「日本語は分かるか」
班長は鮫島を睨んだまま頷いた。

「お前は何故日本人男性を殺させた」
「ふん、知れた事よ。男を生かしていても物を食わせないかんし、排便もさせねばいかん。世話が焼けるだけだ、人質は女一人で十分だ」と班長は鮫島が予想していた通りの事を言った。
「そうか、それは我々も同じだ、逮捕して裁判にかけるのはお前一人で良い。他の者を生かしていても、食費等税金を使われるだけだ」
そう言うと鮫島は工作員の後ろに立っている隊員に目くばせした。

隊員3人は素早くそれぞれの工作員の首を絞めた。工作員が苦しみ足をバタバタ動かし始めるのを見て班長は顔色を変えて叫んだ「やめろ、警察が人を殺して良いのか、やめろ」
鮫島は無慈悲に言った「我々は警察ではない、超法規的措置を許可された特殊部隊だ。お前たちのようなクズを何匹殺そうと良心すら痛まない。心配するなお前もすぐに殺してやる」
鮫島の言葉を聞き、目の前の工作員が痙攣しながら死んでいくのを見て班長はガタガタ震え出し「や、やめろ、やめてくれ」とわめきだした。

鮫島は班長の顔を張り倒して言った「うるせえ!人殺しの強姦魔を許すつもりはねえ、地獄に落ちろ!」
その後、鮫島は班長の首を絞めたが、班長が苦しみだすと手を緩めて言った。
「どうだ首を絞められた気持ちは、、、もう一度絞められたいか」
「や、やめてくれ、た、頼む、助けてくれ、頼む」
「ふん、日本人を殺しておいて自分は生きたいのか、勝手な奴だ、、、だが、良いだろう、助けてやる、その代わり他のアジトを教えろ」
「そ、それは、、、」

鮫島はまた首を絞めた、さっきよりも少し長く。すると班長は足をバタバタさせ始めた。
鮫島は手を緩めて言った「言え、アジトはどこだ」
「か、川の公園の先の家だ」
「案内しろ」鮫島はそう言って班長を立たせ家の前に行った。そこには全ての隊員と部隊の車3台が待っていた。
鮫島はみんなに言った「これからもう一ヶ所のアジトに行く、朝までに完遂する」


班長が言った通りアジトは 川の公園の先の家だった。そのアジトには誘拐された女性と、部隊長と5人の工作員が居たが、暗闇の中でも昼間のように見える暗視ゴーグルを着装し、消音器付銃の発砲を許可された隊員によって1時間で鎮圧された。
意識朦朧の女性をすぐに病院へ搬送した後で鮫島は、部隊長の目の前で5人の工作員を絞殺し、班長と同じ体験をさせ、他の町のアジトの場所を聞いた。

しかし部隊長は「他の町のアジトについては全く知らない。この町にアジトを作ったのは全て上の指示に従っただけだ。俺たちはいつも上からの指示に従うだけで、他のグループとは全く接触がない。他のグループの事は本当に何も知らないのだ」と言い張った。
鮫島は、班長を殴り倒し部隊長の目の前で銃殺してから銃口を部隊長に向けて言った。
「では、お前にも死んでもらおう。用無しは生かしておけない」
「勝手にしろ、覚悟はできている、銃殺の方が苦しまなくていい」

鮫島は迷った末に部隊長を無人の詰所に連れていった。
詰所隣の仮眠室のベッドに、後ろ手に手錠をかけたまま部隊長を寝かせ、その隣のベッドで鮫島も数時間仮眠した。
それから、まだ眠っている部隊長に自白剤を注射し、無理やり起こして椅子に座らせ、その前に座って尋問を始めた。

「名はなんという」「張春眠」
「家族は居るのか」「本国に妻と高校生の娘が居る」
「両親はいないのか」「居ない、両親とも2年前にウイルスに感染して死んだ」
「娘は可愛いだろう」「ああ、俺にとっては宝だ、娘の為なら死んでも良い」
「娘はお前の仕事の内容を知っているのか」
「知らないはずだ、日本語堪能な俺は日本の翻訳会社で働いていると思っている」

「お前の娘が、お前の本当の仕事を知ったらどうなる」「、、、」
「日本で、何の罪もない若い男女を誘拐して男は殺し女はレイプして10億円もの身代金を要求した、お前の本当の仕事を、お前の顔とお前たちが撮ったビデオとをテレビやネットで公開すれば、いくら情報統制しているC国でもいずれ娘に知れるだろう」

「、、、俺を殺せ、、、殺してくれ、、、だが娘は、娘にだけは、、、
もし俺が本国を裏切れば、娘や妻は惨い目に遭わされる、、、恐らく数十人の男にレイプされ拷問されて殺されるだろう。
この仕事をしている者はみな家族を人質に取られているのだ。特に班長以上の幹部の家族は四六時中見張られいつでも拉致できるようになっている、、、決して本国を裏切れないのだ」

「、、、酷いものだな、お前の言う事が本当ならC国には自由も人権もないのだな」
「人権、、、けっ、C国に人権なんてありはしない、C国では貧乏人は虫けらと同じだ。
権力者や金持ちに奴隷のようにこき使われ、組織適合検査で相性が良いと分かると生きたまま臓器を奪い取られて殺されることだってあるのだ。
これはウイグル人や法輪功の信者だけではない、一般国民も同じだ。

本国の当局には一般国民の血液や細胞組織のデーターがあり、権力者や金持ちのレシピエントと相性が良い貧乏人はマークされ、手術が近づくと拉致される。その行き先は手術する病院だ。
あんたは『杏新快物語』を読んだことがあるか。あの物語は真実なのだ」
「杏新快物語、俺も読んだ事はあるが日本のマスコミは創作だと言っている」
*杏新快物語
父は建設現場で毎日12時間働き、母は朝早くから夜遅くまで市場で働いて何とか1人息子の杏新快を有名大学に入学させた。
杏新快は両親の苦労を良く理解し、勉学に励み、休日はバイトをして両親を喜ばせた。
恋人もすぐにできたが、大学卒業までは深い仲にはなれないと恋人と自らに言い聞かせて手も握らなかった。
そんなある日、通学途中で公安に「父が仕事場で倒れた、君を病院へ連れていく」と言われ車に乗せられて病院へ行った。
父を心配し、青ざめた杏新快が病室に入るとすぐ数人の看護師に押さえつけられ無理やり注射され、数十秒後深い眠りに落ちた。
すぐに組織適合検査が行われ、それから数時間後、杏新快の胸部が切開され心臓が取り出された。杏新快は夢を見ることもなくこの世を去った。
両親は通学途中で居なくなった杏新快を半狂乱になって探し続けた。しかし1年経っても2年経っても1人息子の杏新快を見つけることができなかった。*

「あの物語は創作などではない。本国ではよくあることなのだ、ただ公表されないだけだ。
本国では杏新快のような青年や、もっと幼い子どもが行方不明になることが増えている。
そして同時に臓器移植手術が増えた事も確認されているのだ。
、、、もし俺が本国を裏切れば、娘は性奴隷にされた後、臓器を奪い取られるかも知れない」

「あの物語が真実であるとしたらC国は組織的な犯罪国家であり、正に悪魔の国としか言いようがないが、、、そんな惨い事をする国にお前は忠義だてすると言うのか。そんな国の命令に従ってお前は何の罪もない人間を殺しているのか。
自国でこんな事をしているのを黙認している独裁者SHUや共産党幹部は悪魔だ。
C国は悪魔の国だ。お前はそんな国に忠誠を誓う必要などどこにもないだろう」

「俺とて本国を裏切って逃げ出したい。そして素晴らしいこの国で日本人として暮らしたい。だが娘は人質にとられているのと同じなのだ。俺が裏切れば、逃げ出せば娘は、、、」
鮫島は部隊長の言葉を遮って言った「お前が死んだらどうなる。お前が死んでも娘さんは捕まるのか」
「俺が死んだら、、、」

「そうだ、、、お前が死んだら、ではない、死んだ事にして顔面整形手術をしてこの国の片隅でひっそりと暮らしていても娘さんは捕まるのか。
お前が他の町のアジトを言えば、交換条件として顔面整形手術費用と年老いて死ぬまでの生活費を保証してやる。この国でいずれ日本国籍を取得すれば、日本人としてC国に入国する事も可能だろう。そして妻子と会えるだろう。妻子を日本に連れてくる事も可能になる。
それともここでC国の奴隷のまま死にたいのか」

「、、、日本人になる、、、日本国籍を取得して、俺が日本人になる、、、本当になれるのか」
「ああ、俺が保証する」
「分かった話そう。だが俺は他の町のアジトなど本当に知らないのだ。
俺はいつも在日工作員最高幹部の白冬海からの電話での命令に従うだけなのだ。
他のグループについては全く知らされていない。白冬海なら他の町のアジトを知っているはずだ」

「最高幹部の白冬海、この男はどこにいる」
「居場所は俺も知らない。用心深い男で、電話さえも逆探知を恐れているのかこちらから掛けてもでない。その電話も録音されたもののようで、途中で聞き返しても返事もなく一方的に声が続いていた。だから俺も白冬海の居場所は知らない。

ただ他のC国人コミュニティで、偶然白冬海の噂を聞いたことがある。
横浜中華街での春節の宴会の時、その会場の手配と全費用を出したのが長春楼のオーナー白冬海だったと、同姓同名の別人かどうかまではわからないが、、、」

この部隊長 張春眠 の自白により白冬海を捕まえることができ、白冬海から聞き出した情報を基にして結果的に、国民に知られる事なく身代金も払わずに誘拐事件は終結した。
だが、被害者女性の大半は精神異常者になっていた。
その事を知った 張春眠は顔面整形手術後、精神病院で彼女たちの介護を手伝うようになったが、それは数ヶ月後の事だった。


誘拐事件は終結し、張春眠と超大物の工作員白冬海以外の工作員は、特殊部隊の超法規的措置によって始末され土の中に埋められた。
100人近い工作員を逮捕し裁判にかける費用等を血税で賄う余裕など、今の我が国にはなかったし、不法滞在して数々の犯罪を侵す工作員に情けを掛ける必要はなかった。
鮫島は(全ての工作員を捕まえ抹殺すべきだ)とさえ考えていたのだ。



**
白冬海と連絡ができなくなったC国首脳が、白冬海が逮捕されたと判断したのは数日後だった。
誘拐による日本国内混乱と数百億円の身代金奪取作戦は失敗したと結論付けたC国首脳は、新たな計画を企て、新たに任命した在日工作員最高幹部の田黒雲に命令した。

「東京に繋がる送電線を切断し、東京を壊滅状態にしろ。暗黒の夜の東京はお前たちの天国だ。数万人の手下を使って若い小日本女を襲え。女はお前たちの戦利品だ十分に楽しんでから東京湾に浮かせろ。3か月以内に、小日本女で埋め尽くされた東京湾の写真を俺に見せろ」

田黒雲は聞いた「送電線を切断する方法が分かりません」
「既に日本国内に保管してある大型ドローンと特殊火薬を使うが、その事を全て熟知している米国特殊部隊逃亡者のジミー陳を行かせる。ジミー陳と共に行動せよ」
「了解しました」

田黒雲は成田空港にジミー陳を迎えに行った。
初対面のジミー陳は一目で白人とC国人とのハーフだと分かった。英語C国語は堪能だったが日本語は全く話せなかった。
空港から都内のアジトまでの車の中で二人はC国語で話し合った。


「面白い計画だ。しかも戦利品が魅力的だ」と計画を聞いた後でジミー陳が言った。
「全くだ、東京を真っ暗闇にして壊滅させ、手当たり次第に小日本女を襲う。想像しただけで股間が熱くなるぜ」
「それにしても何故若い女なんだ、子どもはダメなのか」とロリコンのジミー陳が不満そうに言った。
「子どもでもいいさ、本国首脳は小日本人の少子化を加速させたいのさ」

「少子化か、なるほどな、少子化は今の日本にとって悩みの種だ。それを加速させられたら日本は辛いだろうな。まあ少子化はC国も同じだが、C国の場合は人口の多い国から女を奪ってきて子どもを増やせるからな。まあ、それができるためには米国と対等に渡り合える軍事力を持って他国を侵略しておかねばならんが、C国の軍事力増強は魅力的だ、数年後には米国と同じになる、、、俺はその魅力に惹かれて米軍を抜けたのだ」

「そうだったのか、、、ところで送電線を切る特殊火薬ってなんだ」
「テルミットというビル等の爆破解体に使う火薬だ。911同時多発テロ事件でも使われた可能性がある。爆発時の高温で鉄さえも溶かしてしまうんだ」
「へぇーそんな凄い火薬があるのか、知らなかった」

「ドローンでその火薬を吊り上げ送電線にぶら下げておいて、遠隔操作で爆発させれば数本いや数十本の送電線でも同時に切断できる。
夜やれば効果てきめんだろう。東京は一瞬で真っ暗闇だ。その後は」
「正に我々の天国だ、フハハハハハ」
二人は高らかに笑いあった。



**
誘拐事件を終結させ警察庁長官から表彰された鮫島だったが、何故か手放しで喜べなかった。
今後更なる事件が起きるような予感がして気が晴れなかったのだ。
鮫島は、気分転換にあの町の警察署長に会いに行った。
だが休日のせいでか警察署には居なかった。電話してみるとあの老人の家に居るが、良かったら飲みに来てくださいと言う。
鮫島は町のデパートで高級ウイスキーを買って隣町の老人の家に行った。

玄関を開けて中に入ると老人が出てきて鮫島をジロジロ見てから言った「どなたでしたかいの」
鮫島が何か言う前に署長が慌てて出てきて言った。
「これはこれは鮫島さん、よく来られました。さ、どうぞ上がってください」
そう言った後で老人に「さっきお話した鮫島さん、秀玄師範も以前お会いしているでしょう。もうお忘れですか」と呆れたように言って老人の手を引いて中に入っていった。鮫島はその後に続いた。

古い部屋ったが畳も表替えされ襖も障子も張り替えられた清々しい八畳の間に通され、一目で手作りだと分かる料理が古い大きな食卓の上に並んでいた。
床の間にも松と菊の花が見事に活けられ、その前の上座に鮫島は座らされた。
鮫島の向かいに老人と署長が座ると、グラスと取り皿や箸を乗せたお盆を両手で捧げるようにして美しい女性が入ってきた。

鮫島は一目見て一目惚れしたが、女性はまるで鮫島や署長を見ないように目を伏せ、グラス等を食卓の上に置くと逃げるように去っていった。
その異常とも思える女性の素振りに怪訝そうな顔をしている鮫島に署長が言った。
「彼女は男性恐怖症でしてな。秀玄師範以外の男性には近づこうとしないのです」
「ははは、ワシは老いぼれの身のおかげで、あの娘(こ)を独り占めしとるんじゃ、羨ましいじゃろ」

老人の屈託のない笑い声につられて鮫島は、買って来た高級ウイスキーを手渡しながらおどけて言った「御老人、これであの娘を俺に売ってください」
「な、なにぃ、こ、これは幻のウイスキー山崎、しかも18年もの、、、こ、こ、こんな高い物をワシに、、、じ、じゃがワシも日本男児の端くれ、たかがウイスキーごときであの娘は、、、しかし旨そうじゃの、味見してから決めても良いかの」

「はい、どうぞどうぞ、その代わりに俺にはあの娘を味見させてください」
「うっ、ば、馬鹿を申すな、ダメだダメだ、、、ふう、もう少しで術中にはまるところじゃったわい、、、
貴殿はなかなかの切れ者のようじゃの。いったい何者じゃ」
「以前、捜査の手伝いをお願いした時、特殊部隊部隊長の鮫島と申し上げましたが、、、」
「うっ、そうであったの、確か弁当を食べてくれと」

「はい、御老人のおかげで上手くいきました。そのお礼を兼ねてこのウイスキーで乾杯いたしたいのですが」
「う、うむ、そう言われると受けぬわけにはいかぬのう、、、るりさん、済まんが氷を出してくれ」
「はい」るりは隣の部屋に居たのかすぐにアイスボックスを提げてきて老人に手渡したが、鮫島の方へは顔すら向けなかった。しかし鮫島は、部屋に入って出て行くまでるりを見つめていた。まるで視線を引き付けられ離せられなくなったかのように。


三つのグラスに高級ウイスキーが注がれ三人が手にすると、今まで静かだった署長が言った。
「僭越ながら私が乾杯の音頭を取らせていただきます、、、この度、誘拐事件を終結させられました鮫島部隊長を祝しまして乾杯致します、乾杯」「ありがとうございます、乾杯」「乾杯」
その直後に署長が拍手し老人もつられて拍手したが、老人は怪訝そうな顔をしていた。

拍手の後で老人は署長に聞いた「誘拐事件があったのかね」
「ええ、まあ、、、」と署長は曖昧に答えてから「とにかく飲みましょう」と言って老人のグラスに新たにウイスキーを注いだ。
署長としては、一般人には話すべきではない事柄であったのだ。

署長は鮫島のグラスが空になるとすぐにウイスキーを注ぎながら言った「本当に鮫島さんのおかげで、この町は救われもとの状態になりました。いずれ私の方からお礼にと思っておりましたが、たまたま今日ここの宴会に誘われておりましたので、ご迷惑かとも思いましたが御誘い致した次第です。今日はここへ泊まるつもりで存分にめしあがってください」
「え、ここに泊まる、、、」

「はい、先ほどの娘の布団に潜り込み、とはいきませんが、心やすく御泊まりください。私もそのつもりでおります」
「おいおい、まるで自分の家のような口ぶりじゃな。じゃが酔っ払い運転はいかん。酔ったら泊まりなさい、、、ところで今気づいたのじゃが今日は日曜日じゃったの。
ワシはど忘れして貴方を誘うてしもうたが日曜日のドローン探しはもうせんでもよくなったのかの」

「ドローン探し」と不意に鮫島が言った。
「そう、この梅田署長は休日返上でドローン探しをしておったんじゃが、ワシがうっかり今日誘ってしもうたんじゃ。すまん事をしたのう」
「秀玄師範、今日は特別です。かまいません」

老人の話が終わってから鮫島が言った「、、、休日返上でドローン探しとは、何故ですか」
署長はちょっと迷った後で「少し長くなりますが、、、」と前置きしてから、数か月前にこの町に工作員13人が潜んでいた事、そのうちの二人が傷害致死と強姦未遂で捕まった事、その後の調べで工作員がドローンで送電線を切る計画らしいと分かった事、しかし警察では対処しきれない事がわかり、署長が自ら休日返上でドローン探しをしている事などをかいつまんで話した。

署長のその話を聞くにつれ勘の鋭い鮫島は、何かを感じ取った。特にドローンで送電線を切る計画と聞いて言い知れぬ恐怖心に襲われた。
(もし計画が実行されたら東京の夜は真っ暗闇になり、邪悪な工作員によって多種多様な犯罪が発生するだろう。昼間も停電が長引けば様々な弊害が起き、交通機関の麻痺や信号機等の不能による事故も多発するだろう。正に東京は大混乱に陥ってしまう、、、)

深刻な顔をして考え込んでいる鮫島を見て老人が陽気に言った。
「どうしたんじゃ部隊長、御通夜のような顔じゃが、飲む時は明るく飲め」
鮫島は無言で老人を見た。その目は強者に挑む寡黙な挑戦者の必死な眼差しだった。
(ふむ、良い目をしておる、、、まるで剣豪のようじゃ、、、こやつの未来が楽しみじゃて、、、仕方がない、おひらきにするか)
老人は二人に大声で言った「おひらきじゃ、この続きは後日改めて催す。二人とも帰れ!」

鮫島は老人の言葉に弾かれたように立ち上がった。署長も即座に老人の真意を見抜いて立ち上がって言った「では後日改めて、、、」
「うむ、、、東京が救われた暁には存分に飲もうぞ」
二人は意を決したような表情で帰って行った。
一人残った老人は食卓の上の大盛りの料理をみて「ふう、」とため息をついてから言った。
「るりさん、少し早いが夕食にしょう」



**
それから1ヶ月が何事も起こらず過ぎた。
鮫島はその1ヶ月の間に警察庁長官や警視庁のC国工作員担当官と今後の対策を話し合った。
工作員担当官が言った「数ヶ月前に梅田署長に言われて工作員を逮捕したのですが、工作員があまりに多すぎて頓挫しました。送電線切断防止策も、ドローン飛来を見張る事しかできませんが、それすらも送電線全線を見張るなど到底無理ですので、はっきり言って対策は不可能です」

警察庁長官はそれを聞いて、苦虫を嚙み潰したような顔で宙を睨んだ。
担当官は続けて言った「なにより工作員が本当に送電線を切断するのかも明らかではありませんし、、、かと言って実際に切断された後では警察では対応しきれなくなる可能性があります」
長官は鮫島に視線を移して言った。
「、、、工作員による誘拐事件解決の最大功労者の君の意見を聞かせてくれ」
鮫島は腕組みをしたまま言いづらそうに「後ほど、、、」とだけ言った。

長官は腑に落ちない顔で言った「今ここでは言えないのかね」「はい、まあ、、、」
鮫島のその言い方に(こいつとんでもない事を考えているな)と勘づいた長官は「分かった本日の会議はこれで終わる、解散してくれ」と言いC国工作員担当官を去らせた。

二人だけになると長官は鮫島を見据えて言った。
「さあ聞かせてくれ、私にしか言えない事があるのだろう」
「、、、誘拐事件の時は超法規的措置のおかげで民間人に知られる事なく終結できました、、、
今回は事前に超法規的措置を採るべきかと、、、」
「なにぃ、、、」さすがに長官は顔色を変えた。

鮫島の言わんとする事を察知した長官はしばらく無言で鮫島を睨んでいた。
やがて鮫島はダメ押しするように言葉少なく言った「現状では他に方法はありません」
「う~む、、、だが、もし外部に知れたら」
「その時は全ての責任を一身に被って俺が腹を切りましょう」
「馬鹿を言うな、君一人が腹を切るぐらいで済む問題ではない。国家間のいや世界中からの猛批判に晒される事になる」

「はい、そうなるかも知れません。しかしそれは事が明るみに出た場合です、、、
強制送還すると言って数千人を船に乗せ大海に出た後で嵐にあって沈むのです。
強制送還すると言って船に乗せるのも、船が出港するのも、そして沈没するのも、わずかな関係者しか知りません。もし船を自動運転にすれば船長も船員も要りません。沖合に出た船が沈むだけです。我々は強制出国させるだけなのです。その後の行き先までは責任を負いません」
「き、君は、、、本気で言っているのかね」   

「はい、もちろんです、、、大多数の工作員はビザは勿論のことパスポートも金も持っていません。
国籍や名前や住所を聞いて書類作成しても無意味です。奴らは肉体はあっても法律上はどこの国にも属しません。当然我が国にも、、、奴らが死のうと生きていようと書類上は何も残りませんし、残す必要もないのです。自らの意思で不法滞在しているのですから。
しかもそんな奴らが日本に居て、犯罪を侵す事はあっても日本の為になる事は一切しません。

それだけではありません。工作員は小さい頃から日本人を憎むように洗脳されています。狡猾な奴らは日常生活では親日的に振る舞っていますが、拉致したりして上位の立場に立つと、日本人に対する憎しみの感情をむき出しにして虐待します。
以前の誘拐事件の被害者女性を思い出してください。半数以上の女性が今だに精神病院に入院中です。恐らく語るに忍びないほどの恥辱を被っていたのでしょう。

もし東京の夜が真っ暗闇になり、数十万人が潜んでいると思われる工作員が犯罪を侵し放題になれば、被害者女性の数は誘拐事件の時の数十倍数百倍になるでしょう。
それを我々は決して許してはいけないのです。

こんな工作員に情けを掛ける必要はどこにもないのです。もし情けを掛けても犯罪を侵したりして正に恩を仇で返されるのがおちです。
自らの意思で日本の闇に潜んでいるなら闇に包まれたまま消えてもらえば良いのです。それが日本にとっての最良の方法です」

「冷酷極まりない事を、、、き、君は本当に人間かね、本当に日本人かね、、、」
「はい、生粋の日本人です、、、
僭越ながら俺は、日本をこよなく愛し、日本の為に日本の未来を真剣に考えている日本人です。
東京を救う為には事前に工作員を排除するしかありません。これが俺が考え抜いた結論です」
「ぐっ、、、」長官は言葉が出なかった。鮫島の言う事に何一つ反論出来なかったのだ。
間をおいて鮫島は静かに「俺は下っ端です、長官の指示に従うしかありません。この度は聞かれたため持論を述べただけです、、、
ご決断を下すのは長官ご本人です、、、では、これにて」そう言って鮫島は去った。
長官は鮫島が出て行って閉まった扉を何時間も睨み続けていた。



**
その後の1ヶ月も何も起きなかった。
長官は執務室の窓から黄昏の秋空を見上げていた視線を階下のスクランブル交差点に移した。そこには多くの人々が清々しい秋空を満喫するかのように時々空を見ていた。
(長閑な風景だ、、、送電線を切断し東京の夜を真っ暗闇にして犯罪天国にするか、、、鮫島君たちの思い過ごしだったようだな、、、さて帰るか、、、お、そうだ今日は下の娘の誕生日だ。危ない危ない、また忘れるところだった。帰りに何かプレゼントを買わなければ、、、)

長官は地下駐車場で専用車に乗り込むと運転手に言った「帰路途中のデパートに寄ってくれ」
「どこのデパートがよろしいでしょうか」「どこでも良い」「かしこまりました」
長官はプレゼントを探すのに手間取りデパートを出たのは8時を過ぎていた。
(いかん遅くなった、パーティが終わってしまう)「君、急いでくれ」「かしこまりました」
長官の家は都心からかなり離れた高級住宅街にあった。その住宅街に隣接する洒落た商店街との交差点で運転手が不思議そうに呟いた「変だな信号機が消えた」

次の瞬間、車側面に鈍い衝撃があった。横から来た車が衝突したのだ。
運転手は飛び出そうとしたがドアが開かない。やむなく左のドアから外に出て車の前を回って衝突した車の運転手に「何やってんだお前」と言った時、他の車が運転手を撥ね飛ばした。
長官は窓を開け外を見て呆然とした。交差点は真っ暗だった。交差点だけでなく街灯も商店街も灯りが消えていた。辺りは正に真っ暗闇になっていたのだ。

すぐ近くで車同士が衝突する音が聞こえた。長官は、車はライトが点いているのに何故、と思った後すぐに(急に真っ暗になり運転手の目が暗闇に慣れず見えなかったのか)と気づいた。
長官は車から出て運転手を探した。撥ねた車のライトに照らされ身動きしない運転手の体が数メートル先にあった。長官はすぐに救急車を呼ぼうとしたが繋がらなかった。携帯電話をよく見ると圏外つまり電波自体が切れていた。

そうしているうちに商店から火の手が上がった。辺りは騒然となり所どころから悲鳴や叫び声が聞こえた。辺りを見回すと火事は他でも数ヶ所で起きていた。しかし消防車のサイレンの音は聞こえてこなかった。
状況を見て長官は、家に帰るべきか警察庁ビルに行くか一瞬迷った。
(ここからなら家まで歩いて帰れるし自家用車もある)長官は携帯電話のライトを点け家に向け早足で歩き始めた。しかし数百メートル行った暗がりでいきなり棍棒のような物で殴られ気を失った。

それからどれほど時間が経ったのか、長官は女性の甲高い悲鳴で気がつき起き上がろうとした。だが後頭部の劇痛でまた気を失いそうになった。女性の悲鳴は泣き声に変わった。
長官は歯を食いしばり、よろよろと立ち上がり泣き声の方へ歩いて行った。歩きながらポケットに手を入れて探したが財布も携帯電話も全て無くなっていた。ライトが無いと足元すらよく見えない。
それでも一歩一歩探りながら近づいて行くと、女性の泣き声に混じってC国語らしい男の話し声と笑い声が聞こえてきた。更に少し進むと街路樹の根本付近で額に小型ヘッドライトを付けた3人の男が女性を押さえつけていた。

「3人か、、、」長官は3人を倒せる自信がなかった。しかし幸いな事に近くに拳大の石が数個あった。学生のころピッチャーだった長官はその石を拾い、絶対に当てれる距離まで近づいて投げつけた。見事に次々と3人の顔面に当たり、一人は無言で倒れ二人は顔面を押さえてうめき声をあげた。長官は大きめの石で更に3人を殴り倒し、ヘッドライトを奪って女性を助け起こそうとした。
しかし女性は「ひぃ」と悲鳴をあげ、わなわな震えながら後ずさりして行ってしまった。
長官は一瞬啞然としたがすぐに気を取り直して家に向かって歩き出した。

その後は襲われず何とか家に帰り着いたが、守衛室に居るはずの守衛はいなかった。
しかも玄関の扉が半開きになっている。長官は不吉な予感がして背筋が寒くなった。
長官はそうっと扉を開けてヘッドライトの光で足元を照らして見て眩暈がした。
中学生の娘が胸から血を流して倒れていた。長官は恐る恐る手首の脈を調べたが既に止まっていた。長官は泣き崩れたいのを我慢して真っ暗な家の中を進んだ。

食器や料理が散乱しているキッチンで、妻も血だらけで死んでいた。
その時、2階からC国語が聞こえた。長官は流し台の下の扉を開け刺身包丁を取り出すと、ヘッドライトを消して音を立てずに2階に上がった。
奥の大学生の娘の部屋の扉が少し開いていて明かりが動いていた。
長官がそうっと中を覗くと裸の男が娘の体の上に重なり、その向こうで二人の男が缶ビールを飲んでいた。

逆上した長官は重なっている男に跳びかかり、刺身包丁で男の首を切った。噴き出した血が長官の顔に飛び散ったが、かまうことなくビールを飲んでいる二人の男を切りつけた。
男の悲鳴や喚き声が消えても長官は何度も刺身包丁を突き刺した。
やがて我に返った長官は、娘の上に重なっていた男を引き剝がし、裸の娘を抱き起した。
しかし娘も既に冷たくなっていた。
長官は娘を温めるかのように抱きしめ泣いた。涙も声も出なかったが、泣いた、泣き続けた。

そらからどれほど経ったのか、ふと気がつくと窓から明るい空が見えた。
長官は抱いていた娘をそっと離して顔を見た。青白い顔に空洞になった目があらぬ方を見ていた。
長官は娘の瞼を閉じさせようとしたが既に死後硬直が始まっているのか、閉じさせてもすぐ開いた。
何度も繰り返しているうちに長官の目から涙があふれ落ち慟哭が家中に響いた。

長官は泣きながら娘を抱きかかえあげた。すると娘の股間から白い汚物が流れ落ち不快極まりない匂いが広がった。長官は3人の男をもう一度、渾身の力を込めて刺身包丁で刺した。発狂したかのように何度も何度も刺した。
その時、犬の鳴き声が聞こえた。長官は虚しい行為を止め、娘を背負って1階に降りていった。
思った通り、昨夜閉めなかった扉の間から野良犬が入り込み下の娘に嚙みついていた。
長官は椅子を投げつけ野良犬を追い出した。

下の娘を抱き上げると太ももの肉が食いちぎられていた。
(もっと早く思い出していれば、、、)長官は傷つけられた娘の亡骸を浴室に運び裸にして洗った。
死体検視の経験のある長官は娘の死因がすぐ分かった。胸部の刺傷は背中まで達していた。
(恐らく、父が帰ってきたと勘違いして無防備に扉を開けた途端に刺され、声を上げる間もなく息絶えたのだろう、、、その後キッチンで妻を、それから上の娘を、、、)
長官の目に新たな涙が溢れた。

娘を洗い終えると、荒らされていなかった仏間に布団を敷き亡骸を寝かせ毛布を掛けた。上の娘と妻も洗ってやり寝かせ、その枕元に線香を立てた。
それから自分の血だらけの体を洗い、警察庁長官の式典用の制服を着た。
時計を見ると既に午後3時を過ぎていたが、その時になって空腹を感じ、キッチンにあった食べれそうな物を食べれるだけ食べた。

それから車庫に行き自家用車を調べた。幸い無傷だった。
長官はその車を運転して警察庁ビルに向かった。数件先の2階の窓から「助けて、助けて」という叫び声が聞こえ、すぐに男に殴り倒されるのが見えたが長官はそのまま行き過ぎた。
(奴らに襲われているのは我が家だけではない、、、妻子が被った惨劇は、娘が被った凌辱は、、、決して我が家だけではない、、、)長官は憤りに体が震えた。
(許せん、、、皆殺しだ、絶対に皆殺しにしてやる)この時の長官の顔は鬼の形相になっていた。

高級住宅街を出て一般道に入ると急に事故車両や倒れている人が増えた。しかし長官は先を急いだ。5時前にやっと警察庁ビルに着いた。
ビルは非常時用電源設備があり幸いエレベーターも1ヶ所だけ動いていた。
長官執務室のある階でエレベーターから出ると数人の職員が慌ただしく動いていたが、長官に挨拶する者はいなかった。

長官は執務室に入るとすぐデスクに備え付けられた警察無線の受話器を耳に当て国家公安委員長に電話した。長官の思った通りWi-Fiとは送信設備の違う警察無線は使えたが、公安委員長は電話に出なかった。自分が被ったような惨劇を委員長も被っているのかも知れない。
長官は次に内閣官房長官に電話した。するとすぐ秘書が出た。
長官は秘書に「警察庁長官です、官房長官に緊急事態宣言と夜間外出禁止令の発令を要請してください」と伝えた。

それから再び公安委員長に電話したが通じず、長官は自分が陣頭指揮をとるしかないと判断した。
警視庁長官に電話し、警察官全員で夜間警備の任務につかれるよう要請した。
それから鮫島にも電話し、テロ対策特殊部隊の緊急招集と、体制が整い次第「工作員排除」という超法規的任務につくよう指示した。
鮫島は聞き返した「強制排除でよろしいのですね」
「そうだ、生死にかかわらず工作員を一人残らず都内から排除したまえ。重火器使用を許可する」
「わかりました、至急任務に就きます」



**
鮫島は、警察無線が通じる部下全員に緊急招集を命じた。そして詰所に10人ほど集まるごとに「5人一組で高級住宅街や繫華街の工作員排除だ。工作員だと確認できたら排除しろ」と指示した。
部下の一人が聞いた「排除するとは、どのように」
「超法規的処置の許可がおりている、抵抗する者は射殺して放置しろ。生きている者は手錠をして護送車に放り込んでおけ。護送車は大きな交差点に待機させておく」
部下はすぐに防弾チョッキ等フル装備に暗視ゴーグルを付けて出発した。

部下50人ほどが出払った後、鮫島はしばらく考えてから長官に電話した。
「長官、経過報告です。招集した部下全員に工作員排除を命じました。現在、工作員が最も狙いやすい高級住宅街や繫華街で排除中ですが、護送車の手配と明朝の死体搬送用トラックの手配をお願いします」
「護送車とトラックの手配、、、」

「はい、生きている工作員は護送車で、死体はトラックで仮置き場に運んでください。民間人のご遺体は別の搬送車で仮安置場に」
「トラック運転手に工作員と民間人の区別がつくのかね」
「工作員の死体は弾痕があるので分かると思いますが、念の為『トラック』と貼り紙させます。それと民間人ご遺体は警察官に発見場所や状況写真撮影等の記録も依頼してください。
我々には工作員排除だけに専念させてください」
「うむ、なるほど、分かった。健闘を祈る」



**
繫華街に交差した道路の街路樹脇に潜んでいる工作員の一人がC国語で言った。
「ちぇ、先輩たちはいいよな、高級住宅のベッドの上で金持ちの女と思う存分ナニできて、しかも家中の金目の物は略奪し放題。最後は証拠隠滅の為に放火。それに比べて俺たちは路上で待ち伏せ。昨夜は人通りが多くて女もいっぱいだったが、今夜は全くいない、、、
それにしてもあの街宣車うるせえな、何て言ってるんだ」

日本語の分かる別の工作員が言った「夜間外出禁止令発令中だと言ってる」
「なんだと夜間外出禁止令だと、どおりで人通りが少ないわけだ。おい、駅の方に行ってみようぜ」
3人は額のヘッドライトを点け繫華街に出た。この繫華街の500メートルほど先に駅がある。
駅は電車は止まっているがバスは午後から運行している。バス停には数えるほどだったが人が並んでいた。しかも若い女性もいた。

女性を見つけた工作員は、棍棒で並んでいた人たちを襲い、逃げ出した女性を捕まえて暗がりに連れ込んだ。
二人が女性を押さえつけ一人がズボンを下げた時「シュー」と微かな音がしてズボンを下げた男が横向きに倒れた。その男の側頭部には穴が開いていて血があふれ出ていた。
それを見た二人の工作員は顔色を変え周りを見回し悲鳴をあげた。

いつの間に来たのか黒ずくめの男が5人、それぞれ消音器装着の銃を二人に向け、今にも引き金を引きそうな気配を見せながらすぐそばに立っていた。
二人はこわごわと立ち上がり両手を上げた。すぐに黒ずくめの男が二人に後ろ手に手錠をかけて交差点に連れて行った。

**
夜中ごろ鮫島に電話がかかってきた。
「部隊長、路上の方は工作員は見当たりません。住宅街の応援に行きます」
「分かった。気をつけてな」


**
住宅街の方は昨日から立てこもっている工作員に加え、今日編成された工作員も加わり、多くの住宅を襲っていた。
工作員は犬がいれば餌をやっておびき寄せ棍棒で殴り殺し、玄関の扉が閉まっていれば裏口の戸や窓ガラスを割って忍び込み、住人が居ると棍棒やナイフで殺し、年ごろの女が居れば犯した。そしてその女に飽きたら殺し、金目の物を奪ってから火をつけて他の住宅に移った。

特殊部隊員たちは、窓のカーテン越しにヘッドライトのわずかな明かりが揺れている住宅を見つけると音も立てずに忍び込み、工作員を射殺もしくは逮捕して次の住宅に移った。
工作員はいつも3人で行動しているようで、しかも額に小型ヘッドライトを付けているので住人との見分けは簡単だった。
隊員は射殺した工作員を運び出し道路脇に置いてその上に「トラック」と書いた紙を貼って次の住宅に移ったが、生き残っていた女性が望めば病院へ搬送もした。
非常時用電源設備のある病院はそのような女性であふれていた。


五日目の午後やっと電気が復旧し、その翌日にはWi-Fiも復旧した。
路上に潜む工作員はいなくなったが、住宅街では未だに立てこもっている工作員がいた。
警察官は昼間のうちに工作員が立てこもっている家を見つけ特殊部隊員に報告した。
隊員たちは昼間は寝て夜になるとその報告を基に工作員排除を行った。手慣れた隊員たちは一夜に10軒の家の工作員を排除することさえあった。

2週間後には住宅に立てこもっていた工作員を全て排除し終えたが、仲間が銃殺されている事を知って逃げ出した工作員の方が多かった。
いずれにせよこれで隊員たちの任務は終了した。

鮫島はその報告の後で長官に言った。
「住宅街の工作員排除は終わりましたが、引き続き工作員逮捕は続けるべきかと、、、都内には逃げて潜んでいる工作員がまだ数千人は居ると思いますので」

「うむ、私もその事を考えていた、、、
私は大きな失敗をした。以前君が言った通りにするべきだったのだ、、、君の言う通りに、、、
事前に一人でも多くの工作員を始末しておけばこんな事にはならなかったのだ、、、
そうすれば私は恐らく最愛の妻子を失わなくて済んだだろう、、、正に後悔先に立たずだ、、、
今さら悔やんでも悔み切れないがね、、、
工作員逮捕について君の考えを聞かせてくれ」

「では、考えと言えるほどのものではないですが、、、まず警察と入国管理局が合同で国内の不法滞在者を逮捕し、取調べで工作員と判明した者は、数がまとまり次第船に乗せ仙台沖合100キロほどの所で海に捨てて帰ります。
あの辺りは海流が太平洋に向かっているので、泳いで日本にたどり着く事も、浮いた死体が日本に流れつく事もあり得ません。

また不法滞在者は工作員の予備軍ですので工作員と同列に扱うべきですし、俺が以前言ったように、工作員は法律上どこの国にも属していませんから、日本は強制出国させた後の工作員の身の上まで責任を持つ必要はないのです」

「うむ、君の言う通りだ、、、既に第一陣は出港している。死体ともどもに、、、奴らには情けを掛ける必要はなく、排除することこそが日本を守る最良の策だと今の私には分かっている。
ただ一番心配なのは親C国派議員に知られる事だ。まあ、この件は君たちには関係ないがね。
御苦労だった、君に感謝している。部下ともども特別休暇で英気を養ってくれたまえ」
「ありがとうございます、では」


**
十日間の特別休暇初日、鮫島は梅田署長を誘って、様々な土産とるりへのプレゼントを持って老人の家に行った。
「こんにちは、るりさん」
家の奥から老人が出てきて二人を怪訝そうな顔で見て一言言った「どなたでしたかいの」
「秀玄師範、梅田と鮫島君です。先ほどるりさんに電話でお伝えしたように、この間の続きをと」
「なんじゃあ、この間の続きじゃと、、、今るりは買い物に行っとるが、、、まあ悪い人ではないようじゃし、上がって待っててくれ」
梅田署長と鮫島は苦笑しながら中に入って行った。

八畳の間の大きな食卓の上座に老人が座り手招いたので梅田と鮫島は向かいに並んで座った。
鮫島がすぐに土産を食卓の上に並べて見せ「この間のお礼です、で、これはるりさんに」と言い赤や青の小さな宝石が散りばめられたネックレスをケースごと老人の目の前に置いた。
それを見て梅田は顔色を変え「鮫島君、抜け駆けは良くない。そんな事をするなら私は息子を呼ぶ」と言いすぐに電話した。

老人は、訳が分からんという顔で二人を見回してから言った「以前どこかでお会いしましたかいの」
梅田は苦笑いしながら言った「秀玄師範、お忘れですか、梅田です。柳生新陰流の、、、」
「おお新陰流の卜伝老師の弟子の梅田君、思い出した、良くきてくれた。まあ一杯飲んでくれ」そう言って老人は床の間に置いてあった高級ウイスキーを取って食卓の上に置いた。
それから「るりさん、済まんがグラスと氷を持って来てくれ」と言った。それからるりの返事がないのに気づき「ん、るりさんは居ないのか、どこに行ったんじゃろ」と独り言のように言って立って行った。

その行動を見て梅田と鮫島は顔色を変え、顔を見合わせた。
「梅田署長、御老人はボケが進んでいるのでは」と鮫島は小声で梅田に言った。
梅田も「どうも、そのようです、、、ちょっと危険な気がします、、、」と言い心配そうに老人の出て行った方をみた。
「前回来た時はこんなに酷くなかったですよね、あれから半年くらいでこんなにも変わるとは」
「老人性痴呆は悪くなりだすと早いと聞いた事がありますが、、、」
その時、玄関の扉が開く音がした後るりの声が聞こえた。

「おじいさま、どうしたんですかこんな所に立って。梅田さんたちは、、、もう来られているのですね」
「い、いや、るりさんが急に居なくなったんで、、、」
「さっき、買い物に行きます、って言ったじゃないですか、、、それより梅田さんたちは」
梅田が座ったまま言った「るりさん、お邪魔しています」
声が聞こえた途端にるりの表情が強張った。

るりは少し迷った後で老人を押しやるようにして八畳の間に入れ、二人を見ないようにお辞儀をし「すみません、ちょっとおじいさまを見ててください。すぐお酒の準備をしますから」と言った。
出番到来と考えた鮫島が「では俺が手伝います」と言い立ち上がった。
るりは怯えた声で「い、いえ、けっこうです」と言い台所に行った。

梅田が鮫島を座らせ「御老人以外はまだダメなようです」と小声で言い、それから老人に「秀玄師範、るりさんのお手伝いをお願いします」と言った。
老人は「おお、そうじゃの」と嬉々として台所に行った。
それから老人が料理や食器を運び、無事宴会が始まった。

3人でしばらく楽しげに雑談しながら飲んでいると老人が「ちょっと用便」と言って立ち上がった。
鮫島は機を逃さずに「御老人これをるりさんに御渡しください」と言ってネックレスのケースを手渡した。老人は怪訝そうな顔をしながらも持って行って隣部屋で「るりさん梅田さん、いや鮫島さんからじゃ」と言った。聞いていた鮫島は一瞬顔色を変えたがすぐに安堵した顔でグラスを干した。
一方、梅田は苦虫を嚙み潰したような顔でしきりに腕時計を見ていたが、玄関で「こんにちは梅田の息子です」という声が聞こえるとすぐに威勢よく立ち上がって迎えに行った。

それから息子を連れてきて「息子の秀勝です」と誰にともなく紹介し、自分の横に座らせたがグラスがない事に気づき「お前行ってグラスを持ってきなさい」と言って行かせた。
息子が台所に行って「すみません、グラスを貸してください」と言うと、るりが渋々という顔で隣部屋から出てきて、秀勝の顔を見ないようにしてグラスを手渡すと途端に息子が言った。
「あ、やっぱり瑠璃子さんだ、吉田瑠璃子さん、懐かしい、瑠璃子さん覚えて」
るりは隣部屋に逃げるように入って襖を閉めた。

「あ、ごめんなさい、父から聞きましたが男性恐怖症、まだ治っていないんですね。でも安心してください、僕が必ず治してあげます、、、
瑠璃子さん男性恐怖症でも襖越しで話し声だけなら大丈夫でしょう。
僕はね瑠璃子さん、W大学の5年先輩なんです。医学部精神科の6年生になった時、理学部地質学科にものすごく可愛い娘(こ)がいるって聞いて見に行った事があるんです。
そうしたらそれが瑠璃子さんだったんです。そして遠くからでしたが初めて瑠璃子さんを見て一目惚れしました。

以来なんとか僕の思いを伝えようとしていたのですが、当然ライバルがいっぱいいて僕までチャンスが回ってきませんでした。
1年があっという間に過ぎて僕は大学院に入り、今まで以上に勉強に没頭せざるを得なくなり瑠璃子さんに会いに行く時間も無くなりましたし、数年後、風の便りに瑠璃子さんが教授と結婚されたと聞いてとてもショックでした。

数ヶ月前に父から瑠璃子さんの名前を聞いて、恐らく同姓同名の別人だろうと思っていましたが、まさかあの瑠璃子さんだったとは、、、
これは絶対に神様の御引き合わせです。瑠璃子さん、僕と結婚してください。
瑠璃子さんの男性恐怖症は僕が必ず治してみせますから」
その時「初対面でプロポーズするんじゃねえ」と怒鳴り声が聞こえた。

「、、、外野がうるさいですし、長話も疲れるでしょうから、今はここまでにしますが、瑠璃子さん、僕との結婚、真剣に考えてください、お願いします」そう言って息子は八畳の間に帰った。
勝ち誇ったような父の顔と、憤怒のような鮫島の顔を見比べても、平然とした顔で息子は父の横に座った。

老人は本当にボケてしまったのか、このような状況でもニコニコしながら息子に酒を注いだ。
しかし収まらないのは鮫島だった。グラスのウイスキーを飲み干すとさも不機嫌そうに言った。
「どこの馬の骨かは知らんが、いきなりやって来てプロポーズするとは、近ごろの若造は礼儀も知らんのか」
「鮫島君、馬の骨ではない、私の三男の秀勝です。将来有望な医者の卵です、お見知りおきを」
「ふん、、、」

突然、老人がふらふらしながら立ち上がって言った「いかん雨が降り出した洗濯物を入れんと」
食卓の周りに座っている3人は驚いて顔を見合わせた。外は良い天気だったのだ。
「完全な老人性痴呆症だ、しかもかなり悪化している。入院させるべきです」と秀勝が言った。
鮫島と梅田も頷いた。

老人はるりの部屋の前に行き「るりさん洗濯物を」と言うと襖が開く音がして「おじいさま、外は良い天気ですし今日は洗濯していません、、、おじいさま、しっかりしてください」と言うるりの声が聞こえた。「ん、そうじゃったか、、、」老人はそう言ってそのままトイレに行った。
秀勝はるりの部屋の前に行って襖越しに言った「瑠璃子さん、御老人を入院させた方がいいです」
るりも心配そうに答えた「はい、私もそう思うのですが、、、どのような病院が良いか分からなくて」

「わかりました、僕が探してあげます」秀勝はそう言ってすぐにスマホで調べた。
5分も経たないうちに「隣町の養護老人ホーム、ここは老人性痴呆患者さんも入院できます。御老人の状態はお気の毒ですが、回復見込みは薄いと思いますので老人ホームの方が良いと思います。ベッドが空いていればですが、、、」と言い、すぐに電話した。
ベッドは空いていた。それにホッとしたるりだったが同時に秀勝の手際のよさに感心した。

「梅田さん、ありがとうございます。隣町なら近いので、これから私が連れて行きます、、、もし、、、」その後の言葉をるりは口ごもった。
老人ホームには男性が多い事に思い当たった秀勝は「僕が連れて行きましょう。幸い僕はまだ全く酔っていませんし」と言った。
るりは秀勝の思いやりに感激し、心の底からの感謝を込めて言った。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」

秀勝が老人を連れて行った後も梅田署長と鮫島は飲んでいたが、梅田署長はにこやかな表情で、しかし鮫島は不貞腐れた表情でヤケ酒を飲んでいた。
二人は既に酔っていて帰るなら運転代行を呼ばねばならなかったし、なにより一人が帰ればもう一人の男性とるりの二人だけになる。また二人が帰ればるり一人になる事を考えていたのだ。
どちらにしても今夜は二人ともこの家に泊まった方が良いが、明日からるりがどうするのか、梅田署長はその事を聞くために襖越しに言った「るりさんはこれからどうしますか」

「私、、、明日この家を掃除してから車で実家に帰ります」
「、、、う~ん、、、そうですね、そうした方が良い」と梅田署長はちょっと残念そうに言った。

結局、梅田署長と鮫島は夜中まで飲み、るりが早朝起きて見ると空き部屋で寝ていた。
るりは食卓の上などを掃除し「色々お世話になりました。玄関のスペアキー1本は私が持っていきますが、後日返送します。おじいさまの事よろしくお願いします」と書いたメモを食卓の上に置きその上にスペアキーとネックレスを置いてから少し考え「岩石採集しか興味のない私には不似合いな贈り物です」と書き加えた。


**
そのころ政権与党幹部は連日、C国工作員によるテロ事件後の対応策について会議していた。「これは明らかにC国工作員によるテロ攻撃です。C国へ猛抗議と損害賠償を要求しましょう」と防衛大臣が言った。
するとすぐ親C国議員として超有名な重鎮老議員が血相を変えて言った。
「しかし今ことを大きくすれば我が国とC国との信頼関係が損なわれ両国の経済発展に悪影響が出ます。できるだけ穏便に処理しましょう。今こそ長期的展望が必要です」

周りの大臣や議員は(この期に及んでまだC国を養護するのか、正に老害議員だ)と呆れたが、口に出して言う人はいなかった。
おまけに親C国外務大臣が「犯人がC国人だとしても工作員とは言い切れません。抗議声明は『遺憾の意』にとどめておいた方が良い」等と言い出した。途端に髭で有名な議員が大声で言った。

「外務大臣、何を言っているんですか!C国人だと判明している時点でC国によるテロ攻撃だと断定し猛烈に抗議しなければならない事案です。それにいつも3人で犯行を起こす等、組織的であり工作員であることは明白です。
そもそも大臣はどれほど多くの日本国民が殺害されたか、どれほどの家に放火されたか把握しているのですか。何の罪もない生まれたばかりの幼児を含め1887人の国民が殺害され975棟の住宅が放火されたのですよ。

この事は無差別虐殺と言えるのです。宣戦布告を受けたと解釈するべき事案です。それを『遺憾の意』で済まそうと言うのですか。あまりにも軟弱過ぎる。そんな事をしているからC国になめられるのです」
「一議員の分際で言葉が過ぎないかね、それとも外務大臣の私を侮辱したいのかね」と外務大臣がふくれっ面で言った。
怒りで顔を真っ赤にしながらも髭の議員は黙った。

このようなやり取りが為されている中でも総理大臣は無言で宙を見ていたが、不意に今思い出したかのように誰にともなく言った。
「この度の惨劇は事前に防げなかったのかね」
周りの人たちは(なにを今さら言うのか)と思ったが、総理の質問に対する答えを聞いてみたいという気持ちもあった。

だが、この質問に答えるべき国家公安委員長は欠席していた。
公安委員長もまた家族を殺害され家を放火されたショックで精神異常者になり入院中だったのだ。
公安委員長の代理として急きょ陣頭指揮を執った警察庁長官に緊急電話がかけられた。
電話で総理の秘書から「今回の事件は、警察は事前に防げたのではないか」と聞かれた長官は「1400万人の国民が住んでいる東京で、この度の事件を未然に防ぐ方法があったとしたら、それは事前に全てのC国工作員を逮捕しておく事だけだったでしょう。しかしそれが可能であったかどうかは、どなたでも少し考えれば分かることです」と答えた。

長官のこの答えを聞いて納得する者が大半だったが、思慮の浅い者が愚かな質問をした。
「全ての工作員を逮捕しておけば防げたと言うなら、逮捕しておけばよかっただろう。何故そうしなかったのか」
髭の議員が腹立たし気に言った。

「都内に数万人いる工作員全て逮捕してどこに収容するのか。そんな収容所が日本のどこにあるのか。また、工作員の食事代等の経費は誰が支払うのか。
そもそも逮捕の罪状は何か。まあ不法滞在が多いだろうが、不法滞在だったとして、そのうちの何パーセントが自費出国するのか。大半は出国費用を持っていず、強制出国させざるを得なくなるが、その費用を考慮すると強制出国が可能かどうかも定かではない、、、
結局、工作員が多すぎて手の打ちようがないということだが、この問題を何故今まで放っておいたのか、、、一日も早くスパイ防止法を成立させるべきだったのだ」

思わぬ方向に話が進み、スパイ防止法に反対している議員は顔色を変えたが、すぐに会議の議題内容が違うことに思い当たりホッとした表情になった。
そんな親C国議員の多い00党と連立している事に髭の議員は今さらながらに腹が立っていた。
(いずれにせよ今はそんな事を言っていられない。とにかくC国に猛抗議すべきだ。謝罪と損害賠償を請求しなけらばならないのだ)と髭の議員は考えていた。

その時、総理は気乗りしない顔で言った「外務大臣、抗議声明を、、、この度の事件はC国工作員の犯行である事は明白であり、C国に対して最大限の抗議を表する。また、C国政府による誠意ある謝罪と賠償を求める、この内容で良いと思いますが、後は皆さんで検討してください」
その後、親C国議員から「もっと歪曲した表現にした方が良い」等の意見が出たが、最終的には総理の声明文通りになった。外務大臣はその日のうちにC国に対して抗議声明を発した。

しかしC国は数日間無視し、何の反応も示さなかった。
日本政府与党は事件当時の殺害された国民の映像やC国工作員の犯行自白等を世界中に向けて公表し、C国の無反応を糾弾した。
さすがに無視しきれないと判断したのかC国は、格下の報道官に「証拠もない事で騒いでいる国があるが、これ以上我が国の名誉を毀損すれば多大な火傷を被ることになる」と恫喝とも言える声明を出した。

しかしこの声明は、世界中から大ひんしゅくを買い、C国は正に墓穴を掘る形になった。
日本政府与党は更なる証拠映像を公開し、C国工作員による日本国民虐殺であるとして国際司法裁判所への提訴を表明した。
予想通りC国は提訴に応じなかったが、C国に対する日本国民の怒りを世界の多くの人びとが知る事となり、日本養護や同情を受けることができた反面C国は世界中から非難された。

それで開き直ったのかC国はまたあの報道官に「根拠の乏しい誹謗中傷には断固反対する。今後も続けるのであれば宣戦布告と見なす」と報道させた。
日本政府はこの報道に激怒するとともに呆れ果てた。そして通常の抗議では効き目がない事を覚り、今度こそ本当に退避勧告を発令した。

これは効き目があった。日本がC国在住の邦人に退避勧告を発令した事を知った世界中の国々が「あの我慢強い日本が退避勧告を発令した。C国は本当に危険な状態だ」と考え自国民の退避を続々と発令したのだ。
C国の国際空港は出国する外国人で大混雑した。反対に多くの外国企業は外国人が居なくなり閑散となった。

だが、C国にとって最もダメージが大きかったのは在C国外国企業の株価の大暴落だった。
しかも関連企業の株価まで引き下げたため、株価の暴落は歯止めがかからず、手の施しようがなかった。C国経済は大打撃を被った。数日でC国一国では経済再建は不可能な状態になった。

日本政府は追い打ちをかけるように1兆円ほどの損害賠償金を請求するとともに、強制送還工作員の引き取りを勧告した。
だがC国は詭弁を弄して賠償金請求に応じず、工作員についても「外国で犯罪を侵すような人間は我が国の国民ではない」として工作員引き取りを拒否した。

その事を告げられた工作員は「自分たちはC国当局に強制されて仕方なく犯罪を侵した、証拠もある」と言って電話の通話記録等を公表した。
またその上に「自分たちが送還されればC国当局に拷問死させられる。どうか他国に送ってください」と懇願した。だが当然のこと犯罪者を受け入れる国はどこにもなかった。


日本政府はこの工作員の対処に頭を抱えた。食事代等の経費が1日で数百万円必要なのだ。
しかもその費用はC国が負担しなければ、全て日本国民の血税を使わざるを得ないのだ。
内閣官房長官はこっそりと警察庁長官に相談した。
「このような結果になる事は当初から分かりきっていた事。今さら警察庁にできる事は何もありません」と警察庁長官は突っぱねた。

すると官房長官は警察庁長官を睨み付け低い声で言った。
「長官と入国管理局幹部が船を出港させた事は知っているのだが、、、」
警察庁長官は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに開き直ったような態度で言った。
「では、その話を世界に向けて公表したらどうですか。私は退官して海外移住しますからかまわない」

今度は官房長官が顔色を変え慌てて言った。
「私は長官を糾弾するつもりで言ったのではないのです。その逆なのです、、、もう一度船を出港させていただきたい、極めて内密に」
「、、、そうすると政府主導ということになりますが」
「い、いや、そこをなんとか、、、長官の一存でお願いしたいのです、、、お願いします、日本を救ってください」

「つまり事が発覚した時は私に全責任を負わせると、政府は関知していない事だったと」
「そうしなければ日本は滅亡するのです。だからこそ日本を救ってくださいとお願いいたしているのです。日本政府の甚だ身勝手なお願いである事は十二分に承知しております。されど他に手だてがないのです。長官の義侠心におすがりするしかないのです」
「、、、義侠心、、、私はヤクザではないのでそのような言葉は理解できません、、、」
「そこをなんとか、、、この通りです」と言って官房長官はその場で土下座した。

警察庁長官は大きなため息を吐いて、しばらく考えてから言った。
「国民にも、そしてC国は無論のこと米国にも知られる事のないようにしてください、できますか」
「最善を尽くします」
警察庁長官は官房長官の言葉など信用していなかったが、C国工作員に最愛の家族を殺され、生きる望みを失っていた自分が、日本国民の為にできる最後の職務かもしれないとも思い引き受ける事にした。

「官房長官、わたくしごときに土下座は不要です、、、わかりました、お引き受けいたします」
「おお、あ、ありがとうございます、ありがとうございます、、、」
官房長官は何度も礼を言ってから去って行った。
警察庁長官はすぐに入国管理局幹部に電話したり、船のレンタル等の準備を始めた。一日伸びただけで数百万円の血税が使われてしまうのだ、やるなら一日も早くやるべきだと思ったのだ。


**
夜中に廃船間近の小型貨物船の船倉に入れられたC国工作員たちは「なんだこのボロ船は、こんな船で俺たちを運ぶのか」「いくらなんでもこれは酷い、もっと高待遇にしろ」等と喚き騒いだ。
すると数メートル上のデッキからサーチライトと拡声器を持った男が流暢なC国語で言った。
「君たちはこれから出国する。だが入国先がどこになるかは我々は知らない。恐らく天国だと思う」
工作員たちはざわめきだした「入国先がわからないとは、どういう事だ」「天国だとはどういう意味だ」等と。しかし拡声器を持った男は無視して去った。そしてその後すぐ船倉の蓋が閉じられた。

数日後、船が太平洋上の所定位置に着くと船倉の蓋が開けられ、デッキクレーンショベルカーが下がってきて、既に天国に行った者や、まだ辛うじて呼吸している者の区別なくすくい上げ海上に捨て始めた。それを見た、まだ呼吸していた工作員は叫び声をあげようとしたが、ミイラのようにやせ細った体では声を出す事もできなかった。
数時間後船倉が空になると、消火用放水機とバキューム機で洗浄して帰路に就いた。



**
無事寄港したと連絡を受けた警察庁長官は、これで肩の荷が下りた気がした。
(今度こそ本当に私の役目も終わった、、、副長官に席を譲る準備でもするか)そう思っていた時、鮫島から電話がかかってきた「全国に散らばっていた工作員が首都圏に集まっているそうです」
「なに、それは本当かね」
「はい、確かな筋からの情報です。恐らく第二のテロ攻撃の準備かと、、、」

「う~む、、、もし君が警察庁長官だったなら、この場合どうする」と長官は鮫島に聞いた。
鮫島はきっぱりと言った「俺なら迷わず事前に排除します」
「分かった。警察と入国管理局合同で捜査する、、、知らせてくれてありがとう」
鮫島は「どういたしまして」と言って電話を切った。

(やれやれ、、、世話の焼けるクズどもめ)長官はトイレに入って小便器に唾を吐きつけた。
今更ながらに工作員に対する憎悪がこみ上げてきた。
(それもこれもC国首脳の馬鹿のせいだ、、、日本政府は核シェアリングしてC国の核攻撃を抑止して宣戦布告すれば良いのだ。通常兵器だけなら勝てるはずだ、、、まあ今の総理では無理か)
そのような事を考えながら長官は駐車場のある地下に降りて行った。

公用車に乗り込むと運転手が聞いた「マンションの方でよろしいでしょうか」
「はい、、、あ、マンション手前の繫華街入口で」
「警護の者が居りませんが」「かまわない、マンションのすぐ近くだ、問題ない」「かしこまりました」

長官はあの日以来マンション住まいだった。自宅はあの日の翌翌日の夜、多量のガソリンを持ち込み家族3人の遺体に十分に掛け涙を流しながら火をつけたのだ。
長官は3人の遺体を誰にも見られたくなかったし、惨劇を被った事も知られたくなかったのだ。

警察と消防署は火事の原因は工作員による放火と断定したが、焼け跡から6体の遺体が発見され不審に思っていた。だが、長官が家族の3遺体だけ引き取り、残り3遺体については無視したため工作員の遺体だろうということで死因も調べず処理された。
後日、長官は寺で身うちだけでひっそりと3人の葬儀をし、すぐにマンション住まいの生活を始めたのだった。


車窓から見える夕暮れは既に冬の景色だった。
長官は車から出るとコートの襟を立て繫華街を歩いた。すれ違う人もみな寒そうに身をかがめて足早に歩いている。どこからともなくクリスマスソングが聞こえてきた。
(そうか、もうすぐクリスマスか、、、クリスマスと言えば、、、)長官は上の娘の誕生日がクリスマスイブだったのを思い出し、すぐに別の事を考えようとした。今の長官は娘の事を思い出せるほどには心の傷はまだ癒えていなかったのだ。

長官は何かを考えようとしたが考えるべき事が頭に浮かんでこなかった。ちょっとイラッとした長官は、その時目についた居酒屋に入った。そして成り行き任せにこの店で夕食がてら久しぶりに飲むことにした。座敷に上がるのも面倒くさく思った長官はカウンター席に座った。
店内は賑やかだった。みんな大声で話し合っている。いつもは静寂を好む長官だったが、今は何故かその喧騒が心地良かった。

ほろ酔い気分になったころ、隣りの老人の話し声が聞こえた。
「この間『一生独身で生きると人間に起こる驚きの変化』と言う動画のコメントを読んで思おたんじゃが、結婚する意味とか子孫を残す使命感とかいうものを言っているコメントは見当たらんで、ほとんどは『独身生活を楽しんで満足して死ねたら、その方がいい』とか『結婚して子育て等で苦労するよりも独身でのんびり生きた方がいい』とか『自分の人生、自分の好きなように生きたい』とか、個人の自由を主張するものばかりじゃった。

ワシは、こんなコメントをする人間ばかりで日本の未来は大丈夫なんじゃろうかと思うたんじゃ。
確かに人間には人それぞれに自由があり、結婚するも、生涯独身を貫くも、どう生きようとそれは個人の自由ではあるのじゃが、一つ大切な事を忘れているように思うんじゃ。
それは日本人として子孫を残すと言う使命じゃ。

独身を貫く者が多くなり子孫を残さなければ、日本の未来はどうなるんじゃ。
日本は今でさえ少子化が問題になっておるが、今後さらに少子化が進めば、誰が日本を支えていくんじゃ。外国人を引き入れるのか。そんな事をしたら、日本の未来は、生粋の日本人よりも外国人の方が多い国になるかも知れんぞ。

結婚をして子孫を残すことは日本人としての使命でもあると思うんじゃが、そう言う考えを基にしたコメントが見当たらんとは嘆かわしいことじゃつた。
70数年前、結婚適齢期の成年や生まれたばかりの子と妻を残して、戦場で亡くなられた多くの英霊が、このコメントを読んだらどう思うじゃろう。

とは言え結婚して子を養うには金が要る。夫は妻子を養えるだけの金を稼がねばならん。
じゃが、今の日本は金を稼ぎ辛い経済状況じゃ。会社の昇給も当てにならん。
戦後なら会社は終身雇用で、少しずつでも昇給していくから若夫婦でも未来の計画を立てられた。数年後の収入を計算し子を産み育てられた。
日本人にとっては無くてはならぬ終身雇用制をぶち壊しおった大馬鹿者、大売国奴めが派遣会社会長でのうのうと暮らしておる。なんと嘆かわしいことじゃ。おっと話がそれてしもうた。

日本の現在の経済状況では、日本政府は若者たちに結婚と子を産むことを勧め、子育て費用等の負担を軽減するために奨励金を大々的に支給するべきなんじゃ。
もし仮に子一人につき、子が大学卒業するまで月10万円支給すると決めれば、結婚する若者は増し、産まれる子も倍増するじゃろう。
まあ奨励金を当てにして怠ける者も増える危険性もあるがの。いずれにしても結婚や少子化問題には日本政府が本腰を入れて取り組まねばならんじゃろう。日本の未来の為にな。  

この世は男と女、経済的な不安さえ無ければ結婚する若者は必ず増え、産まれる子も増えるはずじゃ。
地獄の沙汰も金次第という言葉があるが、今の世の中こそ金次第じゃ。金さえあれば少子化問題は必ず解決するし、年金問題も解決するじゃろう」

老人の連れの男が言った「全くその通りですが、今の日本には金がない」
「いや、金がないのではない。日本が金持ちになるのを止められておるだけなんじゃ。
調べてみれば分かることじゃが、日本の近海には豊富な地下資源がある。金さえいっぱい見つかっておるのじゃ。それを採掘すれば、日本はたちどころに金持ち国家になれる。じゃが、アメリカがそれを止めておるのじゃよ。自国よりも金持ちになるのはけしからん、と言うだけの理由でな」

大声での老人の話しは嫌でも長官にも聞こえた。
(どうやって調べたかは分からないが、日本がアメリカよりも豊かになるのが腹立たしいから日本の海底資源採掘を止めている、というのはどうだろう、、、まあ戦後ずっと日本を押さえつけてきたアメリカなら、十分あり得る事ではあるが、、、それより少子化問題についての御老人の言う『日本人として子孫を残すと言う使命がある』これには全く同感だな)と長官は思った。

そしてその時、日本人でありながら子孫を残すことなく殺された二人の娘のことが脳裏をよぎり、同時に工作員に対する憎しみが怒涛のようにこみ上げてきた。
長官は居たたまれなくなり、勘定をして外に出た。途端に冷たい風に包まれた。しかし長官は襟も立てず黙々と歩いた。
どこをどう歩いたのか記憶がなかったが、ふと気がつくとマンション入口に立っていた。

そこで一瞬思った(また誰も待っていないあの部屋に帰るのか、、、)そう思うと何故か今の長官は部屋に帰る事に恐怖に似た感情を覚えた。
長官は元きた道を歩き出した。そして目についた飲み屋に入った。

長官はとにかく酔いたかった。酔って何もかも忘れたかった。ウイスキー水割りを立て続けに飲み、体は酔った。だが頭の中のどこかが常に覚醒しているようだった。
(体は酔っても心までは酔えない)そう思った長官は勘定をした。そして勘定請求書を見て更に酔いが醒めた。通常よりも一桁多い金額だったのだ。

長官は迷った。その請求金額を支払うくらいの金は持っていた。また警察庁長官の名刺を見せれば通常金額になるだろうとも思えた。
長官が請求書を持って迷っていると、いつの間にか人相の悪い男が3人、長官を取り囲むように立っていた。そしてその中の一人が急き立てるように言った「お客さん、早く支払な」
(なんだ日本にはまだこんな店があったのか)そう思うと長官は情けなく思えてきた。

長官は仕方なく名刺を取り出しその男に見せた。途端に顔色が変わった。
「この店のオーナーを呼んでください」男はすっ飛んで行き店長を連れてきた。
店長は青い顔をして言った「すみません、オーナーは今この店にはいませんので、わたくしが御話を承ります。その前にこの金額は計算違いでしたので正しい金額を、、、いえ、今回は御不快な思いをさせたお詫びに無料とさせていただきます。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします」

長官は、名刺を見ただけで手の平を返したようなこの店の対応に益々不愉快になってきた。
(これが日本人か、正に強者にはへつらい、弱者はいたぶる、、、工作員はクズだが、こいつらもクズだ、日本に相応しくない)

長官は、財布の中から1万円を取り出しテーブルの上に置くと立ち上がった。
店長が慌てて1万円を掴んで「お、お代はけっこうですので」と言ったが、長官の拒絶した目を見てすぐに「ありがとうございます」と言い恭しく頭を下げた。
長官は、そのへりくだった態度にまで腹が立ったが、何も言わず外に出た。

外は更に寒くなっていた。しかし長官は店の前に佇んでいた。
(部屋には帰りたくない、、、だが行きたい所もない、、、)
しばらく経ってふと気がつくと、すぐ横に一目でその手の女性と分かる若い娘が何か言いたげにジッと長官を見つめていた。

目と目が合うと娘はニコッと微笑み、長官にスマホを見せた。スマホの画面には翻訳文で「おじさん、寒そう、私が温めてあげる、朝まで1万円でいいよ」と表示されていた。
長官は苦笑しながら3万円を取り出し手渡してマンションに向かって歩き出した。
だが数十メートル先で女性に手を引かれて振り向くとまたスマホを見せられ、それには「おじさん、良い人だ、お金返す、でもお願い家に泊めて、私、今夜は帰る部屋がないの」と表示されていた。

長官は迷った(あのマンションは入口に守衛室があり部外者は厳しく調べられる。売春婦を連れ込むなんてできない、、、仕方がない)
長官は女性を連れてホテルに行き、フロントで自分名義で部屋を借りてやり一人で帰ってきた。
マンションの部屋に入ると水を一杯飲みソファーに横たわった。

(くそ、結局、今夜も数時間遅れでいつもと同じ夜を過ごすことになった、、、)そう考えると次の瞬間、家族を失った悲しみと淋しさと怒りがこみ上げてきた。
(工作員め、、、C国の気違い首脳め、、、娘を返せ、妻を返せ、、、)
ふと目覚めると外は明るくなっていた。長官は急いで支度をして駐車場に行った。公用車は既に来て待っていた「遅れて申し訳ない」「いえ、かまいません」またいつもと同じ一日が始まった。



**
1週間後、不法滞在での逮捕者は数百人にのぼった。その大半の者はパスポートさえ持っていなかった。手間がかかるが仕方なく一人づつ顔写真と指紋を入国管理局の記録と照らし合わせて不法滞在年数1年以上の者は極秘仮収容所に移した。
また1年未満でも工作員の疑いのある者は有無を言わせず仮収容所に入れた。
そして収容人数が千人以上になると「出国させる」とだけ言って船に乗せた。

「船で出国させる」と言うのは決して噓ではなかったが、入国先までは日本は関知しなかった。
外国人でありながらパスポートさえ持っていない人間に、否、日本人虐殺や日本人女性を強姦する危険性のある工作員予備軍に情けを掛けるほど日本人はお人好しではなかったのだ。



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数ヶ月後、都内の高級中華レストラン上階の工作員アジトで在日工作員最高幹部の田黒雲が部下に聞いた。
「最近都内に入った部下たちが入管に捕まっているそうだが、どうなっているのか。釈放された者から話は聞いているのか」
「それが、釈放された者がいません。みな強制出国させられたらしいです」

「なに、みな強制出国させられただと。どこへ、、、我が祖国は受け入れないと宣言したはずだぞ」
「入管に潜入している同胞の報告では、不法滞在者は収容所に入れられた後、強制出国させられると聞いたそうですが、出国方法や出国先については入管職員さえも知らないそうです」
「う~む、出国方法や出国先が分からないとは、、、おかしい、何かあるな、、、それはそうと、今現在都内には部下はどれくらい集まっている、千人か二千人か」

「部隊長や班長に連絡がとれて人数が確認できているのは400人ほどです」
「なに、たったの400人だと、そんな馬鹿な。全国各地から都内に集合するよう命令して現在400人だけだと言うのか、残りの者はどうした」
「なにぶん電話もメールもつながりませんので所在地すら分かりません」
「う~む、分かった。祖国の幹部に調べてもらう。お前たちは他の部下たちを集合させろ」
「了解しました」


**
C国首脳に対外工作庁最高幹部が耳打ちした「日本に潜入している工作員が捕まり強制出国させられているのですが、出国方法や出国先が分からないそうです」
「なに、出国方法や出国先が分からないだと、どういう事だ」
「入管に捕まり不法滞在等を調べられた後、収容所に入れられるそうですが、その後が何も分からないとの事です。また捕まった後で釈放された者まで居ないそうです」
「何人くらい捕まっている」「既に3千人ほどです」
「なにぃ、3千人だと、、、う~む、分かった。子飼の小日本国会議員に調べさせよう」


**
閣議の後で超親C国老国会議員が官房長官に声を掛けた「官房長官、ちょっと話が、、、」
「何か、、、」と官房長官はさも面倒くさそうに言った。
「単刀直入に聞きますが、最近不法滞在でC国人が多量に入管に捕まっているそうですが、釈放された者がいない。また出国先の国も分からないとか。これはどういう事でしょうか」
「、、、入管関係は、私は何も聞いていないので 法務省に聞いてください」そう言うと官房長官は、動揺した顔を見られないように逃げるように去っていった。

その後、超親C国老国会議員は秘書に法務省に電話を掛けさせた。
すると法務省職員は「入管はうちの省の外局ですので、そのような細部情報までは把握していません。直接入管にお尋ねください」と言って電話を切った。

秘書は仕方なく入管に電話して「C国不法滞在者はどこに収容されているのですか」と聞いた。
入管職員は「仮収容所だそうです。不法滞在者があまりにも多いので、仮収容所で詳しく調べているそうです」と言った。秘書はすぐに聞いた「その仮収容所はどこにあるのですか」
「工作員に知られ襲撃される可能性があるため公表しない事になっているそうです」

「私は三階国会議員の秘書ですが、仮収容所の場所は国会議員にも知らせられないのですか」
「、、、少々お待ちください」と入管職員が言った後しばらくして「いま担当の者が上に確認しております。一度電話を切ってお待ちください。後ほどこちらからご連絡いたします」と言った。
秘書はその後ずっと入管からの電話を待っていたが、その日はかかってこなかったので夜遅くその事を三階議員に報告した。三階議員は「分かった。明日ワシが直接電話する」と言った。


翌日、三階議員が電話すると入管の外国人犯罪者対処担当官と名のる者が出て言った。
「仮収容所の場所は極秘情報ですので国会議員にもお知らせできません」
「なんだと元幹事長のワシにも言えないと言うのか」
「はい、言えません。特に親C国国会議員には絶対に言うなと上から指示されています」
「なにぃ、親C国国会議員には絶対に言うなだと、上からだと、お前の上司は誰だ」

「それは言えません」
「ふざけるな!なぜ上司の名前を言えないのだ。その上司はワシよりも格が上だと言うのか」
「はい、その通りです」
「ぐ、ぬぬ、、、分かった。もういい」
三階議員は電話を切ると誰にともなく怒鳴った「ワシよりも格が上とは誰の事だ。日本でワシより上とは、、、総理大臣か、、、あの若造めがか、、、」


翌日、三階議員は総理に面会を求めたが断られた。
仕方なく連立している00党の親C国議員に会って言った。
「君は、不法滞在者仮収容所の場所を知っているかね」「いいえ」
「どうも総理が口止めしているらしい。私には会ってもくれない。君から聞き出してくれないかね。
言わなければ連立を解消すると言えばいい」

「なんと、連立解消、、、収容所の場所を知る事がそれほど重要なのですか」
「、、、あちらからの要望なのだ。何としても知りたい」
「あちらの要望とあれば、、、党首に相談してみます」「よろしく頼む」
00党親C国議員は党首に相談した。党首は、C国がなぜ収容所の場所を知りたがっているのか疑問に思ったが、C国の要望なら聞かざるを得ず、総理に単刀直入に聞いた。

「総理、不法滞在者収容所の場所を教えてください」
「、、、貴方は何故それを知りたがるのかね、三階議員に頼まれたのかね」
図星を指された党首は顔を赤くして否定した「い、いえ、そうではない、、、」
「C国人不法滞在者があまりにも多くて取調べが間に合わない状態です。しかも工作員が収容所の場所を知れば襲撃される恐れもあるのです。公表などできないのです。それを敢えて知りたいと言う人とは、どのような立場の人でしょうか」

「た、確かにそうですよね、敢えて知りたいと言う人はC国のスパイと疑われても仕方ないですね」
「、、、」総理は無言のまま党首を見つめてから言った「他に何かご用は、、、」
「い、いえ、、、では失礼します」党首は慌てて去って行った。
党首の後ろ姿を見送ってから総理は思った(ふん、C国のスパイめが、自分で言いおった)
その後、総理は官房長官に電話をした。

「官房長官、三階議員や00党首が例の事を探っているようです。気をつけてください」
「承知いたしました」
「、、、それにしても三階議員は、いつ引退するのかね、かなり御高齢のようだが」
「全く同感です」
「そろそろ引退してもらえないかね、、、君の力で」
「それは不可能ではありませんが、、、よろしいのでしょうか、、、」
「日本の未来の為には、、、その方が良いと思う」
「、、、承知いたしました」


**
官房長官は警察庁長官に電話をし、その後警察庁長官は鮫島に電話した。
数時間後、長官と鮫島は極秘事項を話し合っていた。
「三階議員や00党首が仮収容所の場所を探っているそうだ」
「、、、あの老害が、、、」
「決して知られてはならない事だ、知られたら日本は滅びてしまうだろう、、、」
「、、、確かに、、、既に三千人以上が海に、、、C国のスパイは絶対に阻止するべきかと」

「言いにくい事だが、また君に汚れ役を頼みたい、、、以前はC国工作員の排除だったが今回は同じ日本人、三階議員の排除だ、、、日本の未来の為に、、、引き受けてくれないか」
「、、、わかりました」
「ありがとう、、、口の堅い隊員を数人連れて行ってくれ。それと必要道具は何でも使ってよい」
「わかりました、至急任務に就きます」


**
特殊部隊詰所に帰りながら鮫島は三階議員排除の方法を考えた。
(三階議員は非常に用心深い事で有名だ、絶対に一人では外に出ないだろう。それにいつも有能なSP4~5人が警護している。近づくことは不可能だ。かと言って遠くから狙撃するにはリスクが大き過ぎる、、、我々の存在は絶対に知られてはならない、、、
奴を一人にするには、、、奴一人だけをおびき出す方法は、、、あれしかない、、、)

鮫島は一つの方法を思いつき、その下調べで三階議員の家族構成を調べてみた。
(息子が3人しかもみなもう中年だな、、、しかし息子の子については調べられない、、、)
鮫島は長官に電話した。
「長官、三階議員の三男の子どもの記録が欲しい、そちらで至急調べていただきたい」
「三階議員の三男の子どもの記録、、、わかった」

数十分後に届いたメールによれば、三男には弥生と言う娘が一人だけいて、現在都内の大学の女子寮生活中だった。また幸いな事に入寮時の顔写真もあった 。だがよく記録を読むと、本名ではなく三笠弥生と言う氏名で登録されていた。
鮫島は訝しく思い、三男の嫁の旧姓を調べてみたが旧姓は村田となっていた。
(なぜ三笠と、、、三階という氏は珍しく、すぐに三階の身内と知られるから三笠にしたのか、、、
まあ、いずれにせよ三階議員の泣き所になりそうだ)
鮫島は隊員数人とすぐに行動した。


**
大学敷地入口と寮入口には守衛室があり、部外者は身分証提示と要件を言わなければならなかったが、パトカーで乗り込み警察官の制服で「容疑者の任意同行だ」と言うと通過できた。
寮の事務員に頼み、事務所まで連れてきてもらった三笠弥生に事情聴取の名目で連行、パトカーに乗せ大学を出た後で無理やり睡眠薬を飲ませ眠らせてから、この作戦のために借りた、建て替え間近で無人の古い雑居ビルに連れ込んだ。

数時間後ビルの一室で後ろ手に縛られ目隠しされ口にガムテープを貼られた弥生が気がつくと鮫島は言った。
「驚かせて済まないが、これから俺が言うことを良く聞いてくれ。
君は俺に誘拐されたが、君が大声を出さないと言うのであれば口のガムテープを剝がす」
弥生が頷いたのでガムテープを剝がして更に聞いた。
「先ず君の本名だが三階弥生で間違いないか」

弥生は一瞬驚き迷ったようだったが「はい」と答えた。鮫島はもう一度聞いた。
「念の為もう一度聞くが君は本当に、国会議員三階俊夫の孫の三階弥生で間違いないか」
弥生は頷き「間違いありません、私は国会議員三階俊夫の孫の三階弥生です。それを知っていて私を誘拐したのですか。貴方は祖父に殺されますよ」と脅すように言った。
弥生があまりにもすんなりと三階議員の孫娘である事を認めた事に鮫島は拍子抜けしたが、それ以上に弥生の気の強さに驚いた。さすがは三階議員の孫娘だ。

「君は気が強い女性のようだが現状認識能力は低いようだ。俺がその気になれば君を犯すことも殺すこともできるのだということを忘れるな」そう言うと鮫島は弥生の太ももに手を乗せた。
途端に弥生は体をビクッと震わせ「あ、貴方は何が望みなの」と聞いた。
「先ずは君のこの体だ」鮫島はそう言ってから手に力を入れた。弥生が震えだしたのを感じると「と言うのは冗談だ。君が俺の言う通りにしてくれたら俺は決して君を犯したりしない」と言った。

弥生がホッとしたのが感じ取れると鮫島は弥生の太ももから手を放して言った。
「君は数ヶ月前のC国工作員によるテロ事件を覚えているか。あの事件では多くの日本人が殺され、多くの日本人女性が工作員に犯され、多くの家が放火された。
だが、その事件以前にも工作員による誘拐事件があり、20人の日本人男性が殺され、20人の女性が犯されたのだが、この事件は公表されなかった。だがその時の多くの被害者女性は精神異常者になり今だに入院中なのだ。君はこの事をどう思う、、、

俺はこのような工作員に殺意さえも抱いているが、君の祖父はC国に友好的であり工作員さえも養護しょうとしている。
俺は君の祖父を許せないのだ。俺は君の祖父から金を奪い取り、被害者女性救済の資金にするつもりだ。君には悪いが、君はそのための人質だ、、、
君は祖父に電話で三日以内に5億円用意するように言ってくれ」

そう言うと鮫島は弥生の服のポケットから携帯電話を取り出し、三階議員の番号を探して電話した。
こちらが何か言う前に三階議員の嬉し気な声が聞こえた。
「おお、弥生か、どうした元気か。大学寮での暮らしはどうだ。不自由はないか、何か欲しい物はないか。どうした、なぜ黙っている」

「三階俊夫だな」
「うっ、だ、誰だお前は!」
「あんたの大事な弥生さんを誘拐した。無事に返して欲しければ三日以内に5億円用意しろ」
「な、なんだと!う、噓だ、弥生が誘拐されるはずがない」
「今、弥生さんの声を聞かせてやる」そう言うと鮫島は携帯電話を弥生の口元に近づけた。

「おじいちゃん、この人の言うことは本当なの。私はいま縛られ目隠しされて、ここがどこなのかも分からない。本当に誘拐されたの。
この人はC国工作員によるテロ事件等の被害者女性を救済する為の御金が要るの、それで私を誘拐したそうなの。だから、おじいちゃん、この人の言う通り御金を用意して、お願い」

その後鮫島が言った「誘拐が真実だと分かったか、分かったなら弥生さんの身代金5億円用意しろ、三日後にまた電話する」
「ま、待て、三日で5億円用意するのは無理だ、1億円にしろ」
「ふ、国会議員の重鎮、国会にその人ありと言われた、三階議員ともあろう人が身代金を値切るのか、、、わかった、弥生さんの両手両足の無くなった体を返そう。C国工作員ならそうするはずだ」
「ま、待ってくれ、分かった、金は必ず用意する、だから弥生には指一本触れないでくれ、頼む」
「では、三日後に」鮫島はそう言ってから電話を切った。


それからしばらく経って、弥生が妙に体を動かしているのに気づいて鮫島は言った。
「どうした、トイレにでも行きたいのか」
「ええ、、、」と弥生が頬を染めて言った。
鮫島は弥生をトイレに連れて行くと、いきなりスカートの中の下着をずり下した。
「い、嫌、恥ずかしい」
「仕方ないだろ、それとも下着を履いたまま用便するのか、、、心配するな何もしやしない。俺はC国工作員と同じにはなりたくないからな、、、終わったら言え、テッシュで拭いてやる」

トイレの後は食事だった。鮫島は弥生の口にスプーンでコンビニ弁当のカレーを入れた。
最初はぎこちない食べ方、食べさせ方だったが、弁当が終わるころにはスムーズに食事できた。
食事が終わると鮫島は言った。

「工作員の部隊長だった男が改心して、今は精神病院の介護者になっているが、その男が言った事がある。工作員に犯され精神異常者になって自分で食事も糞便もできなくなった女性が居たが、その女性に男性が近づくと急に泣き出して足を開くそうだ、、、恐らく工作員にそうするよう強要されていたのだろう。食事も糞便もできなくなるほど精神崩壊してもなお、その記憶と恐怖が消えていないのだ、、、惨い話だ、工作員からどれほど惨い行為をさせられたのか想像しただけでゾッとする、、、そんな工作員を君の祖父はなぜ養護するのか。俺は君の祖父の気が知れん」

「、、、私は、祖父の事はあまり知りません、、、ただ県警を動かせるほどの力を持っていると父が言ってたのを聞いた事があります、、、工作員養護については何も知りません、、、」
「まあ、そうだろう。誰だって自分の悪しき行為を身うちには知られたがらない。
君が祖父について何も知らないのは当然だ。だが祖父のせいで君はこうして誘拐されている。
君には迷惑をかけて済まないが、祖父をおびき寄せるにはこの方法しかなかったのだ、恨むなら祖父を恨んでくれ」


**
三日後の夜、電話の逆探知を心配した鮫島は、町の繫華街から三階議員に電話した。
「三階議員、金は用意できたか、できたなら今すぐ金を持って00商店街入口に来い」
「分かった、既にその近くに居るから30分ほどで行ける、弥生は大丈夫か」
「弥生さんの事は心配するな。俺は金さえもらえれば良いのだ、弥生さんには手を出さん。商店街入口に着いたら、また電話する」

鮫島はすぐに雑居ビルに引き返しながら考えた。
(商店街の近くまで来ていたということは、やはり逆探知をしていたな。だがこれで奴らは、ここに来て俺を探すだろう。その後商店街入口に来るはずだ)
鮫島は雑居ビルの屋上に上がり高性能双眼鏡で商店街入口を見た。
5分ほどして商店街入口前の車道に黒い高級車が2台停まりSPらしい男が数人商店街に走り込んだ。

鮫島は笑いたいのをこらえながら電話した。
「三階議員、そこからは金を持って一人で歩いて来い」
「なんだと歩いて来いだと、こんな重い金を持って歩けるはずがない」
「ではSPに持たせて二人だけで来い。それとも弥生さんの遺体を見たいのか」
「わ、分かった、行くから弥生には絶対に手を出すな、、、くそ、老人をこき使うと罰が当たるぞ」

高級車から三階議員が出てきて、その後を屈強なSPがトランクを提げて出て来るのを見て、鮫島は「そこの左の路地に入れ、その路地を出たら公園があるから、そこで一休みしろ。絶対に二人だけで来い」と指示した。
数分後、疲れた足取りの二人が公園に来ると鮫島はまた電話して言った。
「公園のベンチに座れ、そのベンチの下に携帯電話がある。これからはその携帯電話を使え。今まで使っていた電話はベンチの下に置いて行け」

三階議員が渋々言われた通りにするのが見えると、鮫島は新しい携帯電話に掛けた。
三階議員が出ると「もう少しだ頑張れ、弥生さんのためだ。その公園を突き抜けるとコンビニがある、そこに着いたらまた電話する」と言ってから鮫島は、公園に潜んでいる部下4人に電話して二人を公園内の暗がりで襲わせた。

屈強なSPも特殊部隊4人に襲われては一瞬で気を失わされ、木立の陰に寝かされた。
それから4人は、三階議員にトランクを開けさせると、3人で現金だけをスポーツバッグに入れ替え、同時に一人の隊員が三階議員の首筋を手刀で強打して気を失わせてから、致死量の数倍の筋弛緩剤を注射して絶命させると、4人は公園脇の車道に停めてあったパトカーに乗り込んだ。
パトカーは雑居ビルの前に立っていた鮫島を乗せ何処ともなく悠々と去って行った。

それから数時間後、雑居ビルの部屋で目覚めた弥生は、近くに置いてあった部屋の鍵と「世話になった、ありがとう。すぐに警察に電話しなさい」とだけ書かれたメモ書きを見て、全てが無事終わったことを悟った。


数日後の朝のテレビニュースでやっと三階議員の死亡が報じられた。
「三階俊夫議員は公園を散策中に倒れ救急車で病院へ搬送されたが0時00分、心不全で死去された。84歳でした」
そのニュースを見た後で長官は鮫島に電話して言った。

「良くやってくれた、見事だ、、、本当に完璧だ、病死なら誰も疑うまい、、、
ついでにと言うのも何だが、もう一つ頼みを聞いてくれ。
00党首に電話して『三階議員と同じになりたくなければ仮収容所の件は忘れろ』とだけ言ってくれ。頭は切れるが臆病な党首にはそれだけで十分だろう。
それが終われば部下とともに10日間の特別休暇を楽しんでくれ。報奨金は君たちの口座に振り込んでおいた。満足してもらえる金額だと思う」
「承知しました。ありがとうございます」



**
報奨金も特別休暇ももらったが鮫島は、るりに会いに行こうとしなかった。
自分が弥生を誘拐して改めて感じた事は、女性の脆さと危険性だった。
(警察官の服装とパトカーさえあれば女性を誘拐するのは簡単だ、、、
特にか弱い日本人女性は、誘拐され性交奴隷にさせられる危険性が高いのだ、、、
るりさんと結婚できたとしても、いつも一緒にいて守ってやる事ができない俺では、るりさんを幸せにしてやれないかもしれない、、、それならもう会わない方が良い、、、
だが、では一生独身で過ごすのか、、、子孫も残さず死んでゆくのか、、、)

そういうことを考えあぐねた末に鮫島は長官に電話した。
「長官、、、」「ん、鮫島君どうした休暇は楽しんでいるかね」「それが、、、」
「どうした、いつもの鮫島君らしくないが、何かあったのかね」
「、、、実は、、、個人的な事で御話ししたい事がありまして、、、週末お暇でしょうか、、、」
「なにかは知らないが私も独り身で週末も暇だ。では週末どこかで酒でも飲むか」
「はい、よろしくお願いします」

週末、二人は以前長官が入ったことのある居酒屋の座敷で酒を飲んだ。
どこか元気のない鮫島を労わるように長官は言った。
「君と二人だけで飲むのは初めてだが、今夜は肩書を忘れて気楽に飲もうや」
「ありがとうございます、、、」鮫島は向かいに座っている長官の盃になみなみと酒を注いだ。
鮫島としては長官が少し酔ってもらった方が話し易かった。

長官はその盃を一気に飲み干して言った「さて、そろそろ話してくれないかね」
「はあ、実は子孫を残さず死んで良いものかと悩んでいまして」
長官は複雑な表情で言った「、、、それは私の事を言っているのかね」
「えっ、」と言った後で鮫島は(しまった、長官の身の上を忘れていた)と後悔した。
鮫島は慌てて言った「い、いえ、俺自身の事です。俺は一生独身で過ごすべきだろうが、それでは子孫を残せない。どうすれば良いのかと悩みまして」

「ん、どういう事だね、君は一生独身で過ごすつもりなのかね、、、そう言えば君の年齢も知らなかったが今何歳なのかね」「39歳です」
「39歳、君は急いで結婚するべきだ。若い女性とね。女性が高齢者出産すると生まれた子に遺伝子的障害が出やすくなるから、結婚相手は若い娘にした方が良い」
「はあ、しかし俺の立場としては結婚はしない方が良いかと思いまして」

「何故だね、何故君は結婚しない方が良いと言うのかね」
「俺の仕事内容では家庭を放っておかなければならない時が多いですし、俺の家族と知れたら逆恨みされ襲われる危険さえあります。そのような時でも俺は家族を守ってやれないのです。それなら最初から結婚せず、家族を作らない方が良いと思うのです」

「、、、確かに君の言うことは一理ある。だがそれは君一人に限った事ではない。警察官も刑事も長期航海の船乗りにも言えることだ。南極滞在の研究員等は半年間や1年以上も帰ってこれない。
その人たちもみな家族を持たない方が良いと言うのかね、、、私はそれは違うと思う、、、
仕事のせいで家族を放っておかねばならなかったとしても、家族を持つべきだと結婚するべきだと私は思うよ、、、例えその結果私のように家族全てを失ったとしてもだ」
「、、、」

「鮫島君、、、人にはそれぞれ様々な人生がある、、、私や国家公安委員長のようにテロで家族全てを殺される人もいるし、交通事故で家族みな死んで一人だけ生き残った人もいるだろう。
だがそうなるかも知れないと恐れて最初から結婚もしないと言うのは臆病過ぎるのではないかね。
それにそのような事を心配するのであれば前もって家族を守る方法はある。アメリカのシークレットサービスのようなプロ組織を作ることもできるだろう。まあ、自然災害とか予測不能な出来事は対応しきれないし、それは運命だったと諦めるしかないだろうがね、、、」

「、、、」
「私は工作員3人を殺したが、君は数千人を殺させた。だがそれは日本を守る為に仕方がなかった事だ。気に病む必要はない。その事は一生誰にも言わず墓場まで持って行けば良い。
それよりももっと重要な事は、日本人として日本の未来の為に子孫を残す事だ。よく言われている少子化問題は他人事では済まされないのだよ 。子孫を残さなければ日本は滅びてしまうのだ」
そう言った時、長官は数ヶ月前この居酒屋で話していた老人の事を思い出していた。(正にあの御老人の言う通りだ)と。

長官は付け加えて言った「鮫島君、一日も早く若い娘と結婚したまえ、そして一人でも多くの子孫を残したまえ、日本の未来の為にな」
「、、、」
「鮫島君、子孫を残す事は日本人の使命でもあるのだよ。君に日本の未来を思う気持ちがあるなら、言い換えるなら日本への愛国心があるなら子孫を残すべきだ、、、そう思はないかね、、、」
「、、、わかりました、ありがとうございました。結婚について前向きに考えてみます」

「ああ、そうしてくれ。それと君がさっき言ったことでひらめいたのだが、君のような特別の職業に就いている者の家族や要人の家族を守る組織を作るべきではないかと思う、、、
いや、そうではないな、要人の家族も一般人の家族も命の尊さは変わらない。どちらの家族も守らなければならない。だからこそ我々警察が居るのだから。

だが警察はテロ事件も誘拐事件も未然に防ぐことができなかった、、、
この事について我々はもう一度考え直さなければならないだろう。
隣国がテロ犯人製造国家である事を政府も国民も再認識するべきだろう。
そして、どうやったら国民を守れるのかを真剣に考えなければならない、、、
この事は独身の君よりも、家族を皆殺しにされた私こそ先頭に立って考えなければならない事だろう、、、よい事に気づかせてもらった礼を言うよ」
「はあ、恐れ入ります、、、」そう言うつもりで相談したのではないのだが、と鮫島は苦笑した。

その後、二人はかなり酔うまで飲んでから外に出た。
長官のマンションとタクシー乗り場が同じ方向だったので並んでしばらく歩いていると、いきなり手を引っ張られて長官が振り向いた。
目の前には一目でその手の女性と分かる娘が嬉しそうな表情で立っていた。そして急いでスマホを打って見せた。
そのスマホには「やっと会えた、私ずっと待ってたんだから、、、お願い、この間のお礼をさせて」と表示されていた。

長官は少し経ってやっと思い出し「思い出した、あの時の娘か」とスマホを打って返した。
事情が分からない鮫島は酔いも手伝ってか(長官、こんな可愛い娘と、、、)と羨まし気に見ていた。
その視線に気づいた長官は笑みを浮かべてスマホを打って女性に見せた。
「私が保証する、この人も良い人だから貴女はこの人と一緒に行きなさい」

その後、長官は鮫島に有無を言わせず女性を押しつけて去って行った。
その後ろ姿を呆然と見ていた鮫島と女性だったが、やがて女性が人なっこい笑顔で鮫島を見て媚びるようにウインクすると、鮫島は観念したかのように歩き出した。
女性はしっかりと鮫島の手を握りしめた。まるで今夜のねぐらを絶対に離さないとでも言うかのように。



**
長官はマンションの部屋に帰ると、すぐにいつものように風呂に入った。湯ぶねに浸かって一息つくと鮫島との会話を思い出した。
(、、、子孫を残すか、、、還暦近い自分にはもう無理だな、、、
だが家族を守る、否、国民を守る、、、私と同じ悲しみを、これ以上国民の誰一人として負わせてはならない、警察庁長官として、、、否、家族を皆殺しにされた者として、、、

とは言え、これからの日本で、どうやって国民を守っていけば良いのか、、、
隣国の気違い首脳は、毎年毎年軍事力を増強し、我が国に隙あらばすぐに攻め込んでくる気でいる。誘拐事件もテロ事件も、我が国の弱点を探る為の実験だったに違いない。
いずれにせよ潜伏中の工作員は全て排除するべきだが、国内にまだどれほどの工作員が潜んでいるのか、それさえも把握できていない、、、今のままでは、国民を守ることは不可能だ、、、)

風呂から出てベッドに入っても長官は考え続けた。
(日本にはまだ数十万人の工作員が潜んでいるはずだが、その工作員共がいつまたテロ事件を起こすか予測すらできない、、、
現状ではテロ事件が起きてから対応するしか方法がない。しかし起きてからでは多くの被害者が出てしまう。

守りはいつか必ず破られると言うし、攻撃は最大の防御とも言うが、、、奴らの機先を制して攻めるなり封じ込めるなりできないものか、、、
一番良い方法は事前に工作員を全て排除することだが、、、いや一番良い方法は、C国首脳に日本を攻める事を断念させる事だろう。だがそれは政治家の仕事だ、、、

政治家か、、、我が国の政治家でそのようにできる政治家が居るだろうか。テロ事件の謝罪と賠償すら要求できない、事なかれ主義の無能な政治家ばかりで、我が国の未来はどうなることやら、、、
政治家は当てにならない、だが国民は守らなければならない、、、
以前同じようなことを言っていた人がいたな、、、確か髭の国会議員、、、会ってみるか、、、)


数日後、長官は前もって電話してから髭の国会議員須藤議員に会いに行った。
須藤議員は元自衛隊員であり精悍な顔つきであったが、黒々とした立派な髭が親しみやすい雰囲気を醸し出していた。
そんな須藤議員が、初対面の挨拶を交わした後で明るく言った。
「この度テロ犯人を殲滅して国民を救われた英雄的存在の警察庁長官においでいただき感激です。僕に何かご用ですか」

「私ごときには過分な賛辞、恐れ入ります。実は先生にいろいろ御話を聞かせていただきたくてまいりました」
「僕に話を、、、さてどんな事でしょうか」
「単刀直入に言わせていただきますが、先制攻撃のできない自衛隊員に、有事の際どのように対応するよう司令されていたのかと思いましてな。犠牲者が出るまでは反撃するなと司令されていたのでしょうか」

須藤議員は苦々し気に言った「、、、現行憲法に従えばそうするしかないでしょう。あの忌まわしい憲法9条に、、、しかし僕は、自衛隊員にも正当防衛は認められて当然だと解釈しています」
「なるほど正当防衛ですか、、、良いことを聞かせていただきました。ありがとうございました。では、これで失礼いたします」
須藤議員は驚いて言った「え、もうお帰りですか」
「先生はお忙しい身、長居はご迷惑かと思いまして」

「いえ、まだ時間はあります、もっとゆっくりしていってください」
「そうですか、ではお言葉に甘えてもう少し、、、先生は、正当防衛は国家間でも適応できるとお考えですかな」
「はい、僕はそう思っています。他国が攻めてきたら自国防衛の為に戦います。
後は兵器の性能により、先に発射された敵のミサイルよりも、こちらのミサイルの方が早く敵基地に到着したとしても、それは当然正当防衛であると考えています」

「、、、う~む、これも良いことを聞かせていただきましたな、、、我が国は性能の良いミサイルをどんどん製造するべきですな」
「はい、その通りです」

「、、、ところで、我が国には既に数十万人の工作員が潜んでいる上にC国には国防動員法があります。
有事の際にC国が国防動員法を発令すれば、この工作員がすぐに敵兵として侵攻してくるのは確実であり、その事を鑑みれば我が国は既に宣戦布告をされていると解釈するべきではないかと思うのです。既に敵兵が我が国に侵入していると言えるのですから」

「まあ、そうとも言えません。何故ならC国はまだ国防動員法を発令していないのです。発令前に敵兵と見なす事はできません」
「現在の通信技術なら数分で発令可能です。つまり数分で敵兵になり得るのです。それでもなお敵兵扱いできないのですか」
「はい、法律上は、、、しかし法律上別件容疑で身柄拘束する事は可能でしょうね」

「なるほど、別件容疑で身柄拘束、、、これも良いことを聞かせていただきましたな、、、
我が国に潜んでいる数十万人の工作員は国防動員法でなくても、C国首脳からの電話一本で数ヶ月前のような重大なテロ事件を引き起こせます。
それを事前に防ぐ為には、全ての工作員を排除しておくか、C国首脳にそのような司令を出させないようにする事です。

もし我が国にそのような司令を出せば、甚大な報復攻撃を受けると言う恐怖心をC国首脳に植え付けておかねばなりません。
しかし我が国の現政府では、それは無理ではないかと思います。
そうなりますと、事前に全ての工作員を排除しておくこと以外に方法がありません。
テロ事件を起こされてから被害者をゼロにする事など不可能なのですから」

「全くその通りです、その二つ以外にテロ事件を未然に防ぐ方法はありません、、、
僕が現政府に抱いている不満もそれなのです。
数ヶ月前のテロ事件はC国工作員によるものである事は明白であり、これは宣戦布告を受けた、あるいは侵略されたのと同じ事なのです。
しかし我が国の政府は抗議声明だけで終わらせています。全く軟弱としか言いようがない。こんな対応をするから我が国は見下されてしまうのです。
僕は現政府に対して不満爆発寸前なのですが、政府内には事なかれ主義の議員が多すぎるのです」

「我が国の未来の為に、先生のような御考えの国会議員が増えることを願っています、、、
それにしましても現政府は本当に不甲斐ないですね。私も一日も早い首脳交代を望んでいますが、次期総理はどなたが有望でしょうかな」
「大きな声では言えませんが、僕は山市大臣しかいないと考えています」
「ほう、同感ですな、私も山市大臣を推しています。C国と対峙できる政治家はあの方以外にいないでしょう。それに憲法改正ができるのも」
「その通りです」

二人の考えは一致した。長官は数少ない味方ができたような気がした。
その後二人は、気軽に会って雑談できる間柄になった。
だが、日本を取り巻く世界情勢も日本国内のC国工作員だらけの状況も何一つ変わりがなかった。
何もかもが膠着状態のような日々がしばらく続いていたある日、思わぬところから奇妙な情報が長官の耳に入ってきた。


**
「長官、00警察署長の梅田です。00町の送電線に不審物がぶら下がっています」
「なに、送電線に不審物が」
「はい、見える範囲では4個、、、爆発物でなければ良いのですが」
「わかりました、すぐに科学捜査班に調べさせます」
長官は現場に科学捜査班を急行させテレビカメラ付きのドローンで調べさせた。

不審物は上下左右の送電線に1個づつぶら下げられていた。
この不審物の中身が特殊爆薬であれば、爆発させて送電線を切断する事は可能だろう。そうすれば東京の夜はまた真っ暗闇になりテロ事件が再発されるだろう。
科学捜査班はドローンを使って慎重に不審物撤去を行った。4個撤去するのに1日かかったが、不審物の中身は段ボール箱に入れられた生ゴミだった。しかも翌日には別の場所の送電線でも不審物がぶら下げられていた。

その報告を受けた長官は(奴らのかく乱戦術か、、、それともこうやって注意を逸らせ、都心でもっと大きなテロ事件の準備をしているのか、、、)と考え、警察官による都心の夜間パトロールと、ドローンでの送電線の監視を強化させた。

数日後の夜その成果が現れた。送電線から数キロメートル離れた人気のない空き地に停められていたワゴン車から、大型のドローンが不審物をぶら下げて上昇して来るのを、警察庁の高性能ドローンの夜間用監視カメラが捕らえたのだ。
すぐに特殊部隊が急行しワゴン車を包囲、ドローンが2個目の不審物をぶら下げて上昇し始めた後、ワゴン車に突入、4人の工作員を逮捕し、ドローンや不審物を押収した。

工作員取調べの結果は衝撃的な内容だった。
送電線にぶら下げられた不審物の中身は全部生ゴミで、警察をかく乱する為の囮行動であり、真の狙いは火力発電所だった。
しかも発電所爆破ではなく職員を皆殺しにして送電を止める計画だったのだ。
未然に防げて長官は安堵したが腹の中では激怒していた。

(工作員のクズどもめ、、、全く何を企てるか分かったものではない、、、やはり一人残らず工作員を排除するべきだ。だがその為には幹部工作員を捕まえなければならないが、、、)
長官は鮫島に相談した「下っ端工作員を何人捕まえても埒が明かない。どうしても工作員幹部を捕まえたいが、何か良い方法はないかね」
「、、、有るにはありますが、引き受けてくれるかどうか分かりません。失敗すればなぶり殺しにされるでしょうから」

「なぶり殺しにされる、、、誰が、、、とにかくどんな方法かね、聞かせてくれ」
「テロ事件の前の誘拐殺人事件を覚えていますか。
あの時の工作員部隊長張春眠を二重スパイとして工作員組織に潜入してもらうのです。
彼は顔面整形手術をして全く別人の顔になり現在日本人介護者として精神病院で働いていますが、工作員組織に潜入するには打って付けでしょう。しかし、引き受けてくれるとは思えません。

それより押収したドローンの出どころ等から工作員幹部を見つけ出す方が早いのではないかと思いますが、捕まえた工作員の取調べ状況はいかがですか」
「それが奴らも用心深くて、捕まえた工作員は、電話で指定された場所に停めてあったドローンが乗っているワゴン車を運転して送電線近くに行ってドローンを飛ばしただけだそうだ。だからドローンの出どころまでは知らないと供述している」

「、、、ドローンの操縦は誰に教わったのですか」
「工作員が言うには、ドローンの操縦なんてテレビゲームの操縦よりも簡単でマニュアルを読めば誰でも30分でできるようになると言ってたよ」
「う~む、、、そうですか、、、ドローン自体はやはりC国製ですか。それとかなり大型ですが、あのまま入国させたとすればかなり目立つと思いますが、、、」
「恐らく分解分散して数人の旅行者にでも運ばせたのだろう。それを我が国国内で組み立てた」

「う~む、そうですか、、、手がかり無しか、、、では張春眠に二重スパイとして工作員組織に潜入してもらうしか方法がないようですね」
「君から話してみてくれ、俗な言い方だが礼金は弾むともな」
「いえ、彼に頼むなら礼金よりも、家族を入国させる事の方が効き目があるでしょう」
「なに、家族を入国させる、、、」

「はい、彼の娘さんと日本人男性とを偽装結婚させ、日本に入国させて彼と会わせるのです。その後、母親を迎え入れるのです。そうすれば彼は家族と一緒に日本で暮らせます。
彼にとっては日本で家族と一緒に暮らせる事が一番の望みなのですから。
ただ偽装結婚させるとしても法務省の手続きだけでも半年はかかるでしょう。それを踏まえて彼が引き受けてくれるかどうか、、、」

「法務省か、、、そちらは私が手を回してできるだけ早く手続きできるようにしょう。危険な仕事だが、後は君が何とか説得してくれ。日本の未来の為に」
「わかりました、やってみます」

**
張春眠(日本名松江利春)は、毎日精神病院で精神病患者の介護をしていた。
介護福祉士の資格のない松江は糞尿の始末など正に雑用しかさせてもらえなかったが、全く不満を言うこともなく一生懸命働いていた。
若い介護福祉士に顎で使われても口答えもせず、言われたことを淡々と処理した。
また護身術でも身につけているのか暴れる患者でも簡単に押さえつけ静かにさせて周りの人たちから称賛される時もあった。
松江はいつの間にか病院にとってなくてはならない存在になっていた。

そんな松江がいきなり退職届を医院長に手渡したから、病院側は驚き慌てて引き留めた。
医院長は言った「今まで君を冷遇して済まなかった。給料を倍にするから居てくれ」
しかし松江は「一身上の都合により」と言うだけで本当の理由を言わずに退職した。
松江は、鮫島から「日本の未来の為に」と言われた事が、自らの使命であるかのように感じていたのだ。

(日本の未来の為に、俺にしかできない事、、、
しかも、その報奨として家族と一緒に日本で暮らせるようにすると鮫島は約束してくれた、、、
俺は毎日毎日、精神異常者を見てきた。中にはC国工作員に強姦されて精神異常者になった女性も居た、、、せめてもの償いだ、、、やってみよう、俺にしかできない事を)

松江は金持ち食い道楽者を装い、都内の高級中華レストランを一軒ずつ食べて回った。
そして食事の後オーナーを呼んで料理を褒め称え、さりげなく出身地や交友関係を聞き出した。
当然日本語で、するとオーナーは気を良くしてか必ずと言ってよいほど、部下に母国語で松江を優遇するように指示した。
その時のオーナーの母国語の訛りや癖を松江は聞き逃さず記憶した。

(白冬海が逮捕された後、誰が最高幹部になったのか、、、誰が幹部になったとしても、隠れ蓑として中華レストランを使うだろう。本国からの指示拡散や秘密会議場としてレストランは最適だからな。それにしても名前も顔写真も分からない相手を探すのがこんなに大変だとは思わなかった。
幸い食事代等の経費は全て鮫島が出してくれるから心配ないが、毎日中華料理と言うのもうんざりしてくるな。たまには寿司でも食べに行くか)

松江は高級和風レストランに入って個室で寿司と日本酒を注文した。
個室とは言っても和風で隣部屋とは襖だけで仕切られていて話し声が否応なしに聞こえた。
松江は日本人客の話し声など気にもせず食事しながら飲んでいたが、そのうち隣部屋からC国語での話し声が聞こえてきた。しかも隣部屋の客は「周りは日本人だけで自分たちの会話など理解できない」とでも思っているのか、それとも既に酔っているのか声を潜める事なく話していた。

「ドローンを奪われたのはまずかったな。上に何と報告する気だ」
「今さら仕方ねえだろ、上には壊れたからもう1台送れと言うさ」
「それと計画変更しなくて良いのか、捕まった奴らがいろいろ白状しているはずだぞ」
「あ、それは心配要らねえ、奴らには本当の計画は全く話していねえから」
「計画は全く話していないと言っても火力発電所襲撃計画は話したのだろう。その事はどうする、いずれにしても奴らが捕まった事とドローンを奪われた事は上に報告した方が良いと思うぞ」
「心配要らねえって、大した事じゃねえ、そう心配するなって、、、それより飲めよ」

C国語でのこのような会話が聞こえていたが、松江はその会話の二人が自分が探している相手だとは思いもしなかった。
もしここに鮫島が居てC国語が理解できていたら「ドローンを奪われた、とか火力発電所襲撃計画」と聞こえた時点で(もしかして工作員幹部か)と思っただろうが、ドローン事件について全く知らされていなかった松江にはそこまで考えが回らなかったのだ。
(C国人が会社での失敗事を話し合っているのだろう)と考えた松江は、みすみす尋ね人を見逃してしまった。

だが2ヶ月後、犬も歩けば棒に当たると言う言葉があるように、毎夜高級中華レストランに通っていた松江の耳に、隣個室からC国人オーナーグループによるC国語会話が聞こえてきた。
「来月末ころ大きな暴動が起きるから店の防衛準備をしておいた方が良いと田同志が言っていたが、お前の方には話はなかったか」
「いや、ない、、、あいつの言うことは当てにならん、先月も停電にしてテロを起こすと言っていたが起きなかった。本当かどうかは本国の対外工作庁に聞いた方が良い」

「とは言っても対外工作庁は我々のような個人は相手にしてくれない。田に本当かどうか念を押して聞いた方が良いと思う」
「いや、本当に暴動を起こすとしても中華レストランは襲うなと言っておけば大丈夫だろう。それに階上にあるレストランは大丈夫だ、停電中に階段を登って来てまでは襲うまい。誰か田に言っておいてくれ。同志の店には手を出すなとな」

「分かった、だが田にはなかなか電話が通じない。誰か通じる方の電話番号を知らないか」
「あいつは本国からの電話番号にしか出ないんだ。面倒だが本国からかけて、俺の電話番号にかけるように言ってくれ。俺が言っておく。それと次回は俺の店だが料理のリクエストはないか」
「熊の手だ、熊の手の豆板醬焼きが食いたい」
「なんだ馬老板、熊の手はここで出すと言ってたではないか。手に入らなかったのか」

「ああ、北海道の猟友会に頼んでおいたんだが仕留められなかったそうだ。今年は春先から熊出没が多いんで期待していたんだがな。
熊の手の豆板醬焼きは本当に旨いが、小日本人も食べるようになって手に入りにくくなったのだ」
「そうだったのか、わかった、俺の仕入ルートで手に入れてみせる、、、馬老板、ごちそうさま、俺は用があるので先に帰る」
「なんと毛老板もう帰るのか」
「ああ、可愛い情人が待っているのでな」「そうか、羨ましいな平安回家」

隣個室でのそのようなC国語会話を聞いた松江は、工作員幹部が田と言う氏である事や、来月末暴動が起きるかもしれない事、田への連絡方法等はこのレストランオーナーが知っている等を記憶して、レストランを出てから鮫島に電話した。
鮫島は長官に頼んで別件で逮捕状を用意してレストランオーナー馬を捕らえ、田の名前や居場所を聞き出し田黒雲とジミー陳を捕まえた。
この二人を捕まえた事により、計画中の暴動テロや都内に潜んでいる工作員のアジトを知ることができ、多くの工作員を逮捕することができた。


全て松江のおかげだった。長官と鮫島は、松江への謝礼を法務省や入管に急がせ、2週間後の夜ホテルのロビーに松江を呼び出した。
ソファーに座っていた松江がすぐ近くに立って自分を見ている女性に気づき思わず叫んだ。
「麗雪、、、」「お父さん、、、本当にお父さんなのね」
「ああ、間違いなく、お父さんだよ、顔は変わったがね」「お父さん」
父娘は抱き合って再会を喜んだ。

やがて、頃合いを見定めたかのように鮫島とイケメンの日本人男性が二人の前に現れた。
「鮫島さん、、、本当に娘と会えた、本当に、、、」目を潤ませた松江はそれ以上声が出なかった。
鮫島は微笑みを浮かべて向かいのソファーに座り、イケメン男性に偽装結婚してもらって、娘の 麗雪を日本に招き入れた。数ヶ月後には松江の妻も呼び寄せれる等を説明した。
偽装結婚と聞いて驚いている松江に男性が日本語とC国語で言った。

「鮫島さんに頼まれ偽装結婚しましたが、お父さんと麗雪さんが許してくださるなら、このまま本当の夫婦になりたいです」それを聞いて 麗雪は頬を染めて俯いた。
「、、、どうやら噓から出た実になったようだ、、、遅くなって済まないが、これは御祝儀だ」
そう言ってから鮫島は分厚い封筒を松江に手渡した。それから日本人男性に「後の事は君にまかせる、、、何かあったらいつでも電話してくれ」と言って去って行った。



**
田黒雲とジミー陳を捕まえた事は日本にとって幸運だった。
C国対外工作庁は火力発電所を襲撃した後、首都圏と大阪で大規模な暴動を計画していたのだ。
しかも暴動発生に併せて尖閣諸島上陸とTW周辺海域への侵攻までも計画されていた。
また、そこまで計画通りに行けばその後、国防動員法を発令して沖縄ほか多くの地方都市でも暴動を起こさせ、日本を大混乱にさせた後、状況によっては宣戦布告をして一気に日本征服までも計画していたのだ。

しかしそれが火力発電所襲撃に至る前に阻止されC国対外工作庁の計画は頓挫した。
その上日本政府は、田黒雲とジミー陳の自供映像や押収したドローン映像を世界に向けて発信し、C国の計画を暴露した。
当然C国は「でたらめだ」「日本は妄想を発信するのをやめろ」「模造映像を発信するな」等と言って猛否定した。
しかし世界各国は、C国の見苦しい言い訳を見抜いて日本の暴露を支持した。

その結果C国は更に信用を失い、世界の中でますます孤立していき、制裁されている経済は低迷を深め、このままでは数年後に経済破城する事が確実となった。
C国首脳は大きな決断を迫られた。
それは国内の経済状態を無視してでも、首脳と政権の支持率上昇を狙って尖閣諸島上陸やTW侵攻に踏み切るべきか否かだった。

もしこのまま何もしなければ、C国国内でいつ暴動が起きるか分からないほどC国国民の不満は高まっていたし、その事を首脳はひしひしと感じていた。
首脳にとって国民の暴動や反乱が一番の不安材料であり、首脳は今、国民の暴動を恐れて夜も眠れない状態になっていたのだった。

(伸るか反るか、、、やるならしょっぱなから戦術核を東京大阪沖縄台北に投下するしかない、、、
だがそうすれば当然米国軍が出て来る、第三次世界大戦になる、、、
R国のマヌケは当てにならん。ということは我が国一国で米国や日本と戦わなければならん、、、
どう考えても勝算はない。しかしこのまま何もしなければ国内でいつ暴動が起きるか分からん、、、我が国の存続、否、我が共産党の存続、、、否、俺の権威の存続の為に、日本を攻めるべきか)
C国首脳は決断を下せないままーーーー      

            2023/6/6

工作員海洋投棄

あとがき
この作品は未完ですが、下記メールアドレスに御意見ご感想等いただけましたら幸いでございます。
     sryononbee@yahoo.co.jp

工作員海洋投棄

C国首脳の指示により首都圏近郊20市町でC国工作員による同時多発誘拐殺人事件が発生した。警察庁特殊部隊の活躍によりその事件は終結したが、数か月後首都圏を停電させられ殺人強姦放火テロ事件が発生した。東京は、日本はどうなるのだろうか。

  • 小説
  • 中編
  • アクション
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-06-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted