お能

お能

森の奥に古びた人気の無い神社に能舞台があり、人の意の想うまま肉体を躍動させ、神霊を舞い降ろして、筋肉が自由自在に動き、月が青く満ちていく。
能舞台は月夜に青白く照らされ、厳しき能面は微かに微笑し、ゆるやかに泣き始めた雫に、一面に蓮の花が咲くのです。
蓮の花は紫色の水滴を吐き出し、人の切なさをさめざめと悲しみの中に、一輪の悟りを巫女に指し出す。
人間を光を照らす花の中心部に、叡智の傑作が可憐に微笑する、淡く儚く死んでいくのでしょう。
能面の中の真実の花化粧が創造性の色彩で、人智を超越した知のグラビトン。
能面のラインがさめざめと涙を流す、重力を忘れてしみじみと少女の顔を見つめるのです。
人間を望み、人間に裏切られ、人間を忘れたものが生きる為に正しき性だとしたら、能面はどのような気持ちで浮き世を眺めるのかしら。
能舞台の上で全身全霊の結晶で、人の物の哀れをそんな哀しみの目で、私の過去は不可思議な浜辺の砂の一粒一粒で、万象はさざ波のようにひたすら流れ去っていく。
手でその砂を握ろうとすると、さらさらとするっと抜けていく、このものの哀れの性の中心部は赤く、そっとほのめかしたのです。
人としてしなくてはならない事をしなさい。
能面の中のあなたは人生の悲しみに満ちて泣いている。
この世は移りゆく人と人との気のやりとりで、一つ一つの言葉で嘆きの道を歩く十字架の模様で、花は咲く事を忘れてはならない。
能舞台の白装束の男がこの世にも美しき声を出し、もう一つの世の中の海に満月が昇り、青い一輪の蓮が浮かび流れゆく、時空の虚しき記憶の能面の女は泣いていたのです。
この世が真実の中に沈み、うっすらと生命の彫り師は浮世絵の富士山に雄大な流線美の静けさ表現した。緑の大地に能楽師は桜を散らして真っ白に雪を降らすのです。
手をそっと広げ雪を載せて見る時、さっと溶けてしまった思いに、あなたの面影にふっと歌を口ずさむ少女が私にウインクする、一世一代の光の正体は救世主。
愛を語るのはまだ早いとわかっているけど、人生が雪の白さに姿を亡くしてしまわないうちに、人生の真実に溶けていきましょう。
能楽師の手が季節の始まりを告げ、悲しみの中にそっとあなたの笑顔の中に忘れていくのを、一つのなぐさめとしなくてはなりません。
宿命のように雪が能面の中からも見えました。
そしてうっすらと雲間から能舞台に光が射し、白色に変容して移り変わり、啓示の光は変身のさざ波で、能面は微かな微笑の真実味の音響で、一つのモノラルが死を選ぶのか。
能舞台は光に満ちて、ぱあっと気持ちの浮き沈みの変幻で、青空に舞いの躍動性の弾力的なヒラエルギー。
清酒はしぶきを飛び散らす、その雫に表と裏の手を返す時空のさざ波の中で日は昇る。
トワイライトに人生は生まれる、この繊細な技術の能面が微笑した後に、懐かしく振り返ります。
この世は儚く涙で流れる一滴の凝縮したさざ波の初夜に、あなたは悲しみという現実の中で、一つの雪が手の平で死んでいった。
能面が真っ赤に染まり、悲歌の静けさの水面に黒く死生観を表し、生きて歩いた日々。この雪が降り叫ぶ暗闇の能舞台で、巫女の舞いは哀しさで一つ一つと丹念に祈り泣いて罪を背負うのです。
黒色の湖面に浮かぶ、人形の真っ赤な雫が月夜の光に沈まり、俳句を詠う手の陰陽で、そっと雫がすべり落ちるあなたが私を殺したのよ。
晴れ舞台の中で、嬉しそうに青空をじっと見つめる少女の中に、あの時の私は元気に生きていました。
悲しみの恋が一つ二つと幻の砂の無数に散っていった恋の破れた形に、力なく野たれ死ぬ。
あなたは雪の舞い散る彼方の音像に、人という悲しみを背負った重き十字架の赤き微睡み。
能面がさめざめと涙を流して泣いて死ぬのです。
何て可愛らしい想いに、苦しみの人生、そう苦しみに満ちた人生でした。
人としてできた事は何もなかったのです。
花びらが散る時の色情のなげかわしさを、幻影の一つの戯れと言ってください。
人の世に生まれてきて試練の中で一人堪えることを学びました。
この能舞台で一人舞い散る宿命の花びらよ。人生を懸けた仕事の結実の中に、マリアの微笑を見たのです。
人として生きてきた結果がこのざまです。
人生いい事なんてありませんでした。死と生の中にはっと蓮の花が紫の光を浴びて咲き始めました。
全ての命を生きたあなたの中で真実の静寂がたった今旅立ちました。

お能

お能

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-06-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted