タイムマインド(エピローグ)
エピローグ
──誕生日おめでとう。
お父さんはそう言いながら、背中に隠していたものを見せてくれた。サッカーボールだった。
ありがとう、と僕は素直によろこんだ。
──サッカーがやりたいやりたいって言ってたものね。よかったね、舜也(しゅんや)。
お母さんがテーブルの上にケーキを置く。
僕はボールを抱きしめた。ねぇ、外で遊んできていい?
──もう夕方よ、明日にしなさい。
──いいじゃないか、ちょっとくらい。
お父さんはいつも僕の味方だ。
お母さんが深いため息をついた。
──じゃあ、少しだけよ。暗くなったら、すぐに帰ってきなさい。公園以外には行っちゃだめよ。
お母さんはすぐに「だめ、だめ」と言う。わかってるって、と、僕は舌を出した。
マンションを出て、公園に行った。そこにはジャングルジムやゾウさんのすべり台、ブランコがあるけど、すでにどれも使われている。みんなお母さんといっしょに来ていて、とても楽しそうだ。
ボールを地面に落とす。はずんだ。なんだかくすぐったいような、うれしいような気持ちになった。
ちょんとボールをける。ころころと転がる。僕は必死にそれを追いかけた。ちょん、ころころ。ちょん、ころころ。
すると、誰かに肩をたたかれた。僕はびっくりして、わっ! と叫んでしまった。
──何よ、幽霊が出たみたいな顔をして。
一週間前にデパートで会った、女の子だった。僕を見て逃げていった女の子。たしか、お母さんに「あゆほ」と呼ばれていた。
女の子はあごに左手をあて、こう言った。
──思ったんだけどさぁ。何もあたしが逃げる必要はなかったんだよね。
──え?
僕は聞き返した。
だからぁ、と、女の子は気分の悪そうな顔になった。
──あたしは、あんたに首をしめられたんだからね。あたしはヒガイシャなの。わかった?
首をしめられた? ヒガイシャ? いったい何を言っているのだろう。ちんぷんかんぷんだった。だけど、これ以上、この女の子を怒らせないためには、うなずくのが一番だ、と僕は思った。
──うん、わかった。
──じゃあ、謝りなさいよ。首をしめたりしてごめんなさいって。あゆほ様、すみませんでしたって。
──首をしめて、ごめんなさい。あゆほ様、すいません。
──よろしい。
女の子はニコッと笑った。
──ゆるしてあげるから、遊ぼ。
僕はボールを女の子に渡した。女の子はボールを蹴りながら、
――名前は?
舜也、新垣舜也、と僕は答えた。……えっと、君は、あゆほっていうんだよね?
──今回はね。
──え?
──まだわからない? あたしが言ってること。
──うん。
──マジで……。まっ、いいか。そのうち思い出してよ。
──何を?
女の子は僕の質問には答えず、
──握手しよ。再会の握手。
僕たちは手をとりあった。なつかしい感触がした。
そのとき、女の子の背後をきらきらと輝くちょうちょがよこぎった。
──また、会えたね。
タイムマインド(エピローグ)