見てた

きっかけは些細なことだった。隣の席になって、なんとなく目が合って、「よろしくね」なんて挨拶しちゃったりして。教科書を見せ合ったりノートを写しあったり、一緒に過ごす時間が多かっただけ。「一人でいつも読書してる、運動の苦手なタイプ」なんていう第一印象も「色白で綺麗」なんて思うようになって、そう思う頃にはきっと、マキのこと好きだった。

その日も、前の晩は遅くまで本を読んでいてあまり寝てないんだ、なんて話をしたところだった。午後の授業、教科書を眺めながらマキは寝ていた。先生がそれに気付いてたかどうかは知らないけど、きっとマキが普段優秀な生徒だから、見逃したんだろう。マキは目を閉じ夢を見ていた。私はそれを、ずっと眺めていた。そしてそのまま放課後になった。

「帰ろうよ。」
そう声をかけるが、マキは深く眠りについているようで、目を覚まそうとしなかった。
窓際で寝ているマキの長い髪は夕日に照らされ赤茶けていた。いつの間にかめがねを外したマキは、黒いまつげが長くて、綺麗だ。

「マキ、もう帰ろうよ。」
マキはやはり目覚めない。
赤く燃える長い髪が綺麗だ。頬はばら色に染まって、桜みたいな唇からよだれがたれてる。顔の横に添えられた手にはピンク色の貝殻みたいな小さい爪と、細い指。

もうしばらくでいいから、見とれていたいと思った。

聞こえてた

体育の時間だった。たまたま出席番号順に並んで、選ぶ間も無く隣にいた彼女と組み合って、ストレッチ運動をする。前屈運動のとき、その小さな背中を押したとき、この人なんて華奢なんだろうって、そう思ったのが最初だった。

背が小さくて可愛い彼女は、よく見ると制服も可愛く着崩していて、手足も随分細かった。化粧も綺麗にしていてまつげも上を向いて長く、女の子らしくて羨ましかった。
わたしはその体育の授業以来、なんとなく彼女を目で追うようになった。友達と大きな声で笑いながら話している彼女や、授業中携帯でメールを打つ彼女や、それを先生に注意される彼女。たまにぼんやり空を見つめる彼女、体をちぢこめて寒そうにしている彼女、なんとなく、機嫌よさそうにしている彼女。

三学期の席替えで、たまたま席が隣になった。隣り合うのは、あの体育の授業以来。なんとなく目が合って「よろしくね」と軽く挨拶をすると意外と話が弾んで、わたしたちは急激に仲を深めていった。

そういえばその日昼休み、「今日あんまり寝てないんだよね」って話してて、そのまま午後の授業のことは途中までしか覚えてないな。
わたしはうっすらと戻り始めた意識の中でそう思った。隣には人の気配がする。彼女の、香水の気配がする。

「マキ、もう帰ろうよ。」
甘い、彼女の声が香る。女の子の、囁く甘い声がする。
「ねえ、マキ。もう起きて。」
甘い声は続けてそう言った。
なんとなく、まだわたしはその声を聞いていたい気がして目を閉じていた。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 見てた
  2. 聞こえてた