ひとりたばこ・ふたりたばこ

一言も喋らない横顔を見ながら吸う煙草は美味い。

建て付けの悪い屋上の扉は重い。人一人通れるか、通れないか、そういう隙間から覗き込むと、大抵そいつはそこにいる。
静かに、ただそこで煙草を吸って、煙を吐いてを繰り返し、たまにやめ、そしてまた深く吸い込む。

「よお」
細い隙間をよいしょと通り抜けながら声をかけると視線が一度だけ合い、そいつはその視線を、また、遠くへ戻す。遠く、遠くの空を見ている。
深く吸った煙草の煙はそいつの顔の下半分を覆い隠す。俺はそれを眺めながら、視線をそいつの見ている方へ移す。
陽が沈み始める午後17時半の赤くて青い空。長く伸びる影。
下校中の生徒、グラウンドで行われる部活の様子。そういうものは、そいつはきっと見ていない。ただ陰る空を眺めている。

俺は今日も帰りたくないと思いながら、煙草を吸うためにここへくる。
建て付けの悪い扉が開けばここへ来る。
そいつもきっとそういうことなんだろうと、分厚いメガネの奥を覗き込む。
何もわからないけれど、何かわかる気がして覗き込む。今までそれで、何かがわかったことは一度もなかったが。

そいつの足元に置かれた小さな瓶の中に3本の吸い殻。俺はそこに、4本目の吸い殻を入れる。そいつはその時もう一度こっちを見る。視線を合わせる。
細い扉を抜けて屋上に出た時よりも近い距離で、消え入りそうな色素の薄い目がこちらを見ているのがよくわかる。

「陽、短くなるよねえ〜」
俺の言葉に返事はないが、風に冷えて少し潤んだ目でこちらを見るので、明日もしまたここへ来ることがあれば、マフラーでも巻いてやろうかなと思いながら、屋上を抜け出した。

「また明日な」
「開けばな」

機嫌良さそうに微笑みながらそいつは言った。
それを見て俺も、ニッと歯を出して笑った。

ひとりたばこ・ふたりたばこ

ひとりたばこ・ふたりたばこ

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-31

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