バネと暮らす

ある金曜日の夜、風呂上りにパジャマを着ようと思い、下着をつけると、胸のところに木屑がついていることに気付いた。爪で引っ張り剥がすと、それは木屑ではなく、小さな小さなバネだった。バネはビンと引っ張られ、ビロビロに伸びきってしまった。末端にはブラの黒い繊維がくっついてしまっていた。
仕方がないので小さな瓶に入れて、一晩様子を見ることにした。
翌朝、バネは少し縮んでいた。一晩眠って少し元気になったのだろう。もっと早く回復させて、情が移る前に野生に還さねばと思い、とりあえず冷蔵庫の中から適当にキャベツを小さく切ったものと、引き割り納豆をひとかけら、瓶の中に入れた。昼ごろ瓶を覗くと、バネは元通りの木屑のような姿に戻っていた。
「もう服の繊維に絡まるんじゃないよ」
私はバネにそう言いながら、バネの巣の近くにバネを還してやった。

しかし翌日、私はペットショップのバネコーナーでバネを眺めていた。そして意を決して、飼育に必要な道具一式と、五体のバネを購入した。ペットショップのバネ担当者に詳しく飼育方法などを聞き、わかりやすくまとめた冊子ももらった。
バネは基本的に雑食だが、食物繊維とタンパク質を主に好んで食べるらしい。飼育は小さな瓶やマッチ箱が好ましいそうだ。また、バネの繁殖は交尾から出産までの期間がおよそ二日程度。その後早ければ半日程度、遅くとも一週間程度で成バネとして自立するそうだ。そして、成バネになってから一ヶ月くらいで寿命を迎えるらしい。寿命になったバネは徐々に体が錆びていき、そのまま朽ちて砂粒のようになってしまうそうだ。

私は五体のバネを、一体一体別々の瓶に入れ、名前をつけ、可愛がった。しかしたった一ヶ月の命であると思うと、飼育を始めてから一週間経つ頃には分け隔てなく瓶に入れた。着実に増えるバネを、ちょっとずつ瓶に分け、また繁殖しては分け、を繰り返した。そうしていると、最初にペットショップで買ったバネたちが朽ちて、彼らの住んでいた瓶の中には小さな砂粒のようなものと、最期に食べ残したキャベツの欠片だけになっていた。

あの夜私のブラに絡まっていたあのバネも、きっと死んでしまったのだろう。私の知らないどこかで、朽ちたのだろうと思う。
なんだか少しだけ涙が出た。

バネと暮らす

バネと暮らす

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted