この部屋のことを

壁に貼ったポストカードの画鋲を抜きながら、私たちは朝が来るのを待っていた。数日前から箱詰めを始め、残すところは寝具とわずかな食器、衣類、シャンプーとタオル。今日、このあと朝が来たら、9時半に引っ越しのトラックが家に来る。

3年前、私の離婚を機に一緒に暮らし始めた。彼女も元々は恋人と暮らしていたが、私が転がり込む以前の2年ほどはこの部屋で一人で暮らしていた。本当は、離婚の話が出る前から、いつか一緒に暮らせたらいいのに、なんて話していて、本当は離婚の理由なんて後付けの言い訳で、ただ、彼女との暮らしがしたいために家庭を手放した気もする。

半年前、彼女のお腹に赤ちゃんができた。二人で暮らし始めてからは、お互いに恋人らしい恋人を作ろうともしなかったのに、誰の子なのかと訊ねると、少し濁しながら「でも、いい人の子だよ」と微笑んだ。それ以上踏み込めなかった。でも彼女がいいと言うならいいのだろう。何より誰の子であろうと望まれた妊娠はおめでたいことだ。
それからしばらく考えて、次の契約更新の時までにもっと広くていい部屋に引っ越そうと決めたのだった。

引っ越しの準備をし始めてしばらく経つと、寝る場所と食べる場所とお風呂とトイレだけの機能を残して、部屋中段ボールになってしまった。お店屋さんができるほどの服と書籍が箱に入れられ、積み上げられていった。箱に囲まれた部屋で、「集めすぎる妖怪みたいだよね」と、私たちは笑って、笑ってるうちに、涙がたくさん出てきた。そしてその涙は数日続いた。最初は、なんで泣いてるんだろうねと笑ってしまったけれど、一晩経っても落ち着きなく油断を許さず涙がこぼれた。泣いてる彼女を見てもらい泣きをし、泣いてる私を見て彼女も泣いていた。そのうち、抗うことをやめて、泣きながら荷造りをした。段ボールにたくさんの水玉模様を作った。

離婚した時、もう男なんていいやって思った。大好きな友達と暮らすのは楽しくて、なんだかあっという間に3年も経っていた。一緒にご飯を作って、二人で食べた。お互いに励まし合いながら掃除をする日もあった。雨の日は二人で窓の外を眺めながら、いつの間にか眠ってた。たまに喧嘩になっても、二人で大泣きしながらいっぱい謝ったあと、手を繋いで眠った。シャンプーが切れかけたら補充されてるのが嬉しくて、ゴミの日は家中のゴミを集めて回ったりして。誕生日やクリスマスはささやかなケーキとプレゼントを贈り合った。別にその生活が終わるわけじゃないのに、寂しくて、たまらなかった。

ポストカードを剥がしていくと、少しだけ壁がその形に日焼けしているのがわかった。

この部屋のことを

ツイッター書き出しハッシュタグより
この子と住むなら多分こんな感じ。(にはならないけど、なったらなんだか、きっとこんなふうに泣いちゃうんだろうな。そんな姿が想像できます。)

この部屋のことを

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted