還暦夫婦のバイクライフ 15

春の花を楽しみにモネの庭へ行く

ジニーは夫、リンは妻の共に還暦を迎えた夫婦である。

 4月下旬になり、気温も上昇して穏やかな日が続いている。いろいろな所で春の花が咲き誇っている様を、ニュースが報じていた。
「ジニー、良い季節になったね。あちらこちらで花盛りみたい」
「そうみたいだね」
「久しぶりに、牧野植物園に行ってみる?」
「うーん、どうだろう。朝ドラのおかげで満員御礼みたいだし」
「あ~、じゃあ佐川町の牧野公園なんか、もっと大変よね」
「うん。あそここそ、本家本元だから、人がわいているだろうね」
「どうするかなあ」
「じゃあ、モネに行ってみるかい?あそこは睡蓮のイメージが強いけど、春の花もいっぱい咲いてそうだよ」
「モネかあ、そうだなあ。久しぶりに行ってみようか」
「じゃあ、明日6時出発予定でよろしく」
「6時?起きれる?」
「起きないと、R33をひたすら我慢して走ることになるけど」
「そうよねえ。わかった」
 朝5時50分、ジニーは目を覚ました。すでに6時出発には間に合わない。ジニーはリンを起こす。
「リンさん、少し出遅れた」
リンはがばっと起きる。
「すぐ支度する」
二人はばたばたと用意をする。朝食を作る暇はない。たまたまあった菓子パンをつまみ食いしてとりあえずしのぐ。いつものようにバイクを車庫から引っ張り出して、出発したのは6時30分だった。
「出遅れちゃった。しかたないなあ」
24時間営業のスタンドまで走って給油する。いつものスタンドより遠いので、さらに予定より遅くなる。
 環状線からR33に乗り換え、久万高原町目指して三坂を駆け上がる。少し出遅れただけで、明らかに車の数が多い。途中の電光掲示板を見て、ジニーが驚く。
「リンさん、久万高原町7℃だって。4月下旬なのに」
「うん。それを見越して、春装備だけど手袋だけは冬用だから」
標高が上がるにつれどんどん冷たくなる空気を実感しながら、二人は久万高原町を走り抜ける。すでに車が多く走っていて、ひたすら車列の一部となって走ることを強いられる。
「やっぱり朝の出遅れが痛いなあ。30分の違いで、こんなに車が出てくるなんて」
「ぼやいても仕方ないでしょ。それより手が冷えて痛くなってきた。どこか陽の当たる所で止まろう」
「了解」
すぐ先にあった美川道の駅は、全体が山の陰に覆われていたのでパスし、そこからしばらく走ってヒメシャラ休憩所まで行く。ちょうど朝日が良い感じで当たっていた。
「ジニー、そこ止まる」
「はい」
二人はヒメシャラ休憩所の駐車場にバイクを止めた。のんびりと走っていた車列が、二人を置いて走り去る。バイクを降りて、陽が当っているベンチに腰掛ける。
「あー暖かい。お陽様ってありがたいねー」
リンが冷え切った手をもむ。
「お昼過ぎは、暑くなりそうだなあ」
ジニーも手をにぎにぎしながら、息を吹きかける。
「今何時?」
「7時40分」
「ふーん。この時間だと、もう車が普通に走ってるよねえ。あと1時間早く出なきゃ」
「起きれんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
そういってリンは、立ち上がる。
「ジニートイレ、どこにあったっけ?」
「あの建物にあるよ。階段降りた所」
「ああ、わかった」
リンは、期間限定で営業していたラーメン屋の入っていた建物へと歩いて行った。ジニーはそのままベンチに座って、日光浴をする。しばらくすると、リンが帰ってきた。
「ラーメン屋さん、きれいさっぱり撤収してた」
「そりゃそうだろう。今頃、姫鶴荘の食堂を営業しとるやろ」
「ラーメンやってるのかな?」
「いや?姫鶴荘の食堂は、ラーメン無かったと思うよ」
「そうか、それは残念ね。ところで次はどこに止まる?」
「村の駅ひだかに止まろう。あそこでモーニング食べよう」
「いいわね」
お陽様で充分暖まった二人は、ヘルメットを被り、出発した。
 再び車列にのまれ、大人しく走ること40分ほどで、村の駅ひだかに到着した。裏の広い駐車場にバイクを止める。ヘルメットを脱ぎ、ホルダに固定してから村カフェひだかに直行する。中はほぼ満席だ。店員さんに、名前を記入してお待ちくださいと案内された。二人は、入って来たのとは反対側の入り口に置いてある名簿に、名前を書く。
「リンさん。さっき入ってきた所って、もしかして裏口?」
「そうかもね。物販コーナーから入るのが正解かな?名簿が置いてあるから」
「でも、裏口には見えんよねえ。看板もあるし、メニューもあるし、僕もう少しで空いている席に座る所だったよ」
「周りをよく観察しなさいってことよね。仕事でもそうだけど」
「うん」
二人の前には順番待ちの人が4組ほどいたが、さほど待つこともなく順番に案内されて、10分ほどで席に着くことができた。ジニーはホットケーキセット、リンはフレンチトーストセットを注文する。しばらく待って運ばれてきたモーニングセットを、早速いただく。ワンプレートにサラダ、フルーツ、ホットケーキ2枚、そしてみそ汁が乗っている。フレンチトーストセットは、ホットケーキがフレンチトーストになっている。続けてホットコーヒーも来た。
「いただきます」
ジニーはみそ汁から箸をつける。
「ジニー前もそれじゃなかった?」
「え、そうだっけ」
手にしたお椀を置き、ジニーはスマホの写真を繰ってゆく。
「あ、本当だ。ホットケーキ好きだから、つい頼んじゃうんだな」
「いろいろ食べ比べてみたらいいのに」
そういって、リンは自分のフレンチトーストを1枚、ジニーの皿に載せた。
「これ頂戴」
「どうぞ」
リンはジニーのホットケーキを半分にして、自分の皿に載せる。
「1枚持っていけばいいのに」
「そんなにいらない」
「そうなん?」
お互いにシェアしながらモーニングセットを完食し、すぐに席を立つ。待っている人達が結構居るのだ。
「あ~おなか一杯。さあ、次!」
「リンさん元気やねえ」
バイクまで戻って、二人は早速準備をする。
「ここからは?」
「この先高知西バイパスが出てくるから、それに乗る。伊野I.Cから高知道に上がって高知I.Cまでひと区間走って、高知東部自動車に乗り換えてその先は・・」
「いつもの道やね」
「うん」
「じゃあ、出発」
二人は村の駅を出発した。高知はバイパスや自動車道が次々に開通して、市内のごたごたを走らなくてもよくなった。車がスムーズに流れるので、バイクも安全に走れるし時短にもなるし、何より燃費が良くなる。
「ねえリンさん。ここを走るたびに思うんだけど、愛媛の道路事情って、悪いよねえ」
「どしたん急に」
「愛媛って、やっとバイパスとか環状線とか、中途半端に出来始めたけど、計画だけで手つかずの所も結構あるみたいだし、僕達が生きているうちには出来そうもないやん」
「ああ、全然無理でしょう。そのうち自動運転になって、道自体そんなに必要なくなるかもね」
「そう?」
「自動運転になったら、無駄に路上を走る車が減るんじゃないかな。そうしたら、道も混雑しないでしょ。AIが車運転するから、合理的に動くだろうし」
「それ、いやだなあ。人がますます劣化しそうだ」
「進化という名の退化だね」
リンの言う通りかもしれない。車を運転しなくなった人間は、どのくらい退化するのだろう。そんなことを考えながらジニーは、終点の高知龍馬I.Cで降りる。通常はそこで左折してR55に出るのだが、今回は右折して県道13号に入った。空港の縁をぐるっと回り、県道14号に乗り換え、物部川の橋を渡る。そのまま真っすぐ走り、R55に合流して奈半利を目指す。主要国道だが多くの車がバイパスを走るので、道は空いている。道の駅やすを通過すると、その先に手結港の跳ね橋が天に向かって跳ね上がっているのが右手に見える。やがて、道はバイパスと合流する。ここから交通量が急に増えて、車の流れが悪くなる。
「早くバイパス出来てほしいなあ。せめて安芸市くらいまで」
「リンさん、工事はしているから、数年のうちには出来るんじゃない?」
「そうかもしれんけど、私がバイクに乗っているうちは、無理っぽいよねえ」
「う~ん。何ともいえん」
車列は呑気さんに捕まったのか、動きがさらに悪くなる。じっと我慢の走りになり、やっと奈半利にたどりついた。そこから県道493号へ左折して、谷を上流側に詰めていくとモネの庭の入り口がある。駐車場まで駆け上がり、いつもの定位置にバイクを止めた。
「やっと着いた。お疲れ」
「うー、今日は一段と遠く感じたわ」
時計を見ると、11時30分になっていた。ヘルメットを脱いで、ホルダに固定する。上着を脱いで、バイクの上にかぶせる。二人は身軽になってから、園内へと向かった。
 入り口から春の花がいっぱい咲いている。花の種類ごとに名札が付いているわけでは無いので、植物に疎いジニーやリンには、なんという名前なのかはわからない。ただ、きれいに咲いている花たちは、二人の心を充分揺さぶった。睡蓮の池にかかる橋の藤棚には藤の花が満開となり、クマ蜂の群れがぶんぶんと飛び交っている。水面には睡蓮の花がちらほらと咲いている。本格的なシーズンはまだ早いようだ。池の周囲をゆっくりと歩き、木立の間の小道を抜けてボルディゲラの庭に向かう。今二人が高い位置から見下ろしているこの庭は、地中海をイメージしているらしい。
「写真で見たことがある地中海の風景を思い出すなあ」
ジニーが庭を見下ろしながらつぶやく。
時間がたつにつれ、気温が上昇する。
「リンさん、あそこで休憩しよう」
ジニーは木陰のベンチを指さした。二人はベンチに座り、持っていた水を飲む。
「やっぱり暑い。朝は寒かったけど、思った通りの暑さだわ」
リンが額の汗を拭う。しばらく休憩してから、再び歩き始める。木立の間を抜け、池の横を抜け、出口へと向かう。
「睡蓮の花の季節しか来た事無かったけど、春もいいねえ。最近ガタガタしていたから、何かほっとするわ」
「リンさん仕事忙しかったもんね」
「まったく!還暦過ぎたおばちゃんに無理させるなと言いたい」
期替わりのハードスケジュールで少々まいっていたリンも、気分転換にはなったようだ。
「ジニーお土産買って帰る」
「いつものやつね」
「そう」
二人はギャラリーショップに行って、お土産を取る。ここでの定番は、ゆずサブレとゆずドロップだ。今回はそれに、ゆずポン酢を加える。
「昼はどうする?ここで食べる?」
「う~ん、どうしよう」
迷いながらレストランを覗くと、順番待ちの人が結構いた。
「リンさん、外で食べよう。確か駅前に何かあったと思う」
「オッケー」
二人は踵を返して、バイクまで戻る。お土産をバッグに詰め、ヘルメットをホルダから外し、バイクにかけて置いた上着を羽織る。
「出るよ」
「どうぞ」
2台のバイクはモネの庭を出発した。
「ところで、駅って?」
「奈半利駅。そこにイタ飯やさんがあったはず」
「開いとるん?」
「開いとるつもり」
そうこう話をしているうちに、奈半利駅に着いた。空いている駐車場にバイクを止めて、ヘルメットをホルダに固定する。
「この駅舎の3階にある」
「へえ?」
二人はエレベーターに乗り、3階で降りる。
「あった。お~オーダーストップまで30分だ」
店内に入ると、店員さんに迎えられる。空いている席に案内され、上着を脱いで座った。しばらく二人でメニューを見た結果、ジニーはカルボナーラー、リンはおじゃこのゆず風味というパスタを注文した。
「リンさん、ゆず好きだねえ。おまけにおじゃこだって。それってシラスのことだよね」
「たぶんね」
「好きなものがタッグ組んでるやん。あとで頂戴」
「ええよ」
しばらくして運ばれてきたパスタを互いにシェアして食べる。
「うまいね」
「うん。じゃこパスタもおいしいよ」
しばらく無言で食べる。
「そう言えばジニー、今年もまた二輪定率割引始まってるよ」
「うん、そうみたいだね」
「今日はこの後、どういうルートで帰る?」
「うーん、来た道帰ろかなって思っとる」
「もういっそのこと、高速帰らない?」
「あ。・・・そうだな。そうしよう!」
「じゃあさっさと申請して、割引してもらおう」
「出来る?スマホから?僕いつもパソコンからだけど」
「出来ると思うよ。やってみたら?」
ジニーは自分のスマホから、JH中日本のサイトに入る。
「ここを・・・・これで・・・・おお!出来た!」
「でしょー」
リンも自分のスマホで登録する。
「よし、じゃあ、南国インターから高知道上がって帰るか」
イタ飯やさんで充分休憩した二人は、店を出てバイクに戻り、出発準備を整えた。
 奈半利を出発して、R55を高知向けて走る。ゆっくりと進む車列に取り込まれ、あくびを噛み殺しながら安芸市を通過し、芸西I.Cまで一般道をひた走る。そこから南国安芸道路に乗り換え、少し早くなった車列の一部のまま、終点の香南のいちI.CでR55に戻る。のいちのGSで給油し、そこからさらに西へ向かって進む。途中広域農道へ右折し、道なりに進んでから道の駅南国風良里にむかって左折する。そこからR32に出てすぐの所にある南国I.Cから高知道に上がった。
「リンさん次、どこで止まる?」
高速に乗って走り始めてから、ジニーがリンに確認する。
「え~何~?」
風切り音で、互いの通話が聞き取りにくい。
「つーぎー、とーまーるーとーこー」
「あーえーいーりのでー」
「オーケー」
相変わらず高速を走り始めると、インカムが聞き取りづらい。ここからはしばらく無音走行だ。
 徐々にペースが上がってゆく。高知道を走り抜け、川之江JCTで松山道に乗り換える。ペースを上げたまま走り、入野P.Aで休憩する。水を買ってきて、回し飲む。その間に、何台かのバイクが出入りする。
「さすがにこの季節になると、みんな走り出すね。結構走ってた」
「うん。アメリカンが多いけど、僕はどうもあの姿勢はしんどいなあ」
「でもSSよりはまし?」
「10倍マシだね」
「そおお?」
SS乗りのリンには、どうも納得いかないらしい。
 十分休憩を取り、二人は再び走り始める。日は西に傾き、山陰に沈みそうだ。2台のバイクはペースを上げ、松山I.Cまで一気に駆け抜ける。そこから市内を抜け、自宅に到着したのは18時10分だった。
「お疲れー」
「お疲れ様」
インカムを切り、ヘルメットを脱ぐ。2台のバイクを車庫に仕舞いながら、ジニーはふと気付いた。
「そうか。リンさん高速走ってストレス解消してたのかもしれんなあ」
今気づいたよ、とジニーはつぶやいた。

還暦夫婦のバイクライフ 15

還暦夫婦のバイクライフ 15

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-28

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