夢の女

その人が誰なのか分からない。
ただその人の遺伝子は私の身体の中にある。私の子どもの中にも。
そしてその子どもの中にも息づきひっそりと伝えられていく。
けれどその人がいったい誰なのか分からない。

やがて誰かという人がいたことも分からなくなってしまうだろう。
過去のすべてが消えてしまい、最初からその人はいなかったことになる。
ただ静かにその人の血だけは脈々と受け継がれていくのだ。

あなたはいったい誰?


当時のことを知っている人はもう殆ど死に絶えた。
生きている人は何も知らないと言い張る。或いは忘れたと言う。

私の祖父の本当の母親であるあなた。
あなたはいったいどこの誰なんだろう。
いったいどんな背景があって乳飲み子の祖父を本妻に渡し、
自分は身を引いてその存在を消してしまったのか。

その乳飲み子はたった35歳で戦争で死んだ。
その知らせはあなたに届いたのだろうか。
その子の残した子どもたちに会ってみたいとは思わなかったのか。


今の時代では考えられないようなそのつつましさに胸が痛む。


あなたは夢の女だ。
あなたのことをこっそりと父から教えられた時から
その幻の姿はいつも私の心を捉えて離さない。
あなたのことを知りたい。
けれど誰も口にしないという事はそれだけの理由があるのだと
父は言う。
知ってはいけない理由があったのだと。


ならばせめて夢で開示して欲しい。
今となってはもうそれしかない。
夢の女よ。
あなたに会いたい。
せめてあなたの姿だけでも見たい。


なぜならばあなたは今の私にとても似ている気がしてならないからだ。


夢の女よ。

あなたは誰?

夢の女

夢の女

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-24

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