猫のマブリ
マブリは村の外れに住んでいるお爺さんが飼っている黒い猫。
マブリは猫だけれど、お昼寝をしたり街をフラフラ歩くわけでもなくて、本を読むのが好きな変わった猫。
「ねえ、お爺さん。この本にでてくる長靴ってなんだろ?」
マブリはわからない言葉や物が出てくると、お爺さんによく尋ねて、お爺さんはそれを丁寧に教えてくれます。
そんなマブリは今日もお爺さんの本棚をひっくり返して、色んな本を読んではお爺さんに尋ねています。
「ねえ、お爺さん。このカジキってどんな魚なんだろ?」
お爺さんはそれを聞くとニッコリ笑って、おもむろに釣具を抱えて、マブリをバケツに入れると朝靄のハバナの沖へ船を出して釣糸を垂らしてみます。
しばらくすると鼻の長い尖った変な魚が釣れました。
マブリは釣れたカジキを帰りの船の中でモグモグ食べながらカジキがどんな魚か知りました。
膨れた腹をさすって、またパラパラ本を捲ると、マブリはお爺さんに尋ねました。
「ねえ、お爺さん。この砂漠ってどんなところなんだろ?」
お爺さんはそれを聞くとまたニッコリ笑って、ガレージのビーチクラフトのプロペラを回します。お爺さんとマブリはお揃いの飛行帽を被って、燦々照りのサハラの空を飛びました。
途中なんだかエンジンの不調でフラフラと砂漠に降りましたが、焼けるような熱い砂を踏みしめて、マブリは砂漠を知りました。
そうして、また何度もマブリはあれもこれもとお爺さんに物を尋ねます。
その度にお爺さんはニッコリ笑って、マブリを連れて様々な場所へ訪れました。
マブリとお爺さんはロシアで桜の木を切って、日本の沖でマッコウクジラと闘い、マランゴの養老院を訪れて優しいお婆さんのお話しを聞きました。
マブリはそうして沢山の物を知って、町の子ども達とは比べ物にならないくらいの知識を得ました。
けれど元が気まぐれな猫なものですから、人の気持ちがよくわからないときがあります。
長靴もカジキも砂漠も桜も鯨もお婆さんのお話しも、それがどんなものかわかっても、それを失ったり、あるいは出会ったり、怒ったり喜んだり、そういった本に描かれる人の気持ちがよくわかりません。
そんなことに頭を悩ませて、マブリはまた本をパラパラ繰って、目に留まった人の気持ちをお爺さんに尋ねてみます。
「ねえ、お爺さん。この幸福ってどんな気持ちなんだろ?」
お爺さんはそれを聞くと、静かな夜の暖炉の前で藤椅子に腰かけて、マブリを膝の上へ呼びました。そうしてゆっくりフワフワとマブリの背を撫でて、ユラユラ揺れてみます。
マブリはウトウトしながら、優しいお爺さんの掌を背に感じて、長靴やカジキや砂漠や桜や鯨やお婆さんを思い出すと、幸福というものを知りました。
猫のマブリ