「病室から」
ずっと手紙を書いていたい
湖のほとりの小屋で
あなたが持つカンテラが煌煌と窓際で照るのを
月の青白い手があなたの蒼白な両頬に触れるのを
一本 一本 しっとりと細い指たちが潤む頬をなぞるのを
わたくしはずっと見ていたい
万年筆のペン先を
インキで濡らして
わたくしはずっと手紙を書いていたい
誰かに宛てて書いているのだけれど
誰にも向けられていない言葉で溢れに溢れた手紙
そんな手紙をずっと書いていたい
時は止まり
音も無く
恐い足音の
空気を揺るがすことも無い
目を痛くする虫メガネも顔から取り外して
わたくしの涙は
硝子の机にすなおに届く
溶けないで
沁みないで
水の欠片はやがて空気となり世界を巡る
途方も無い瞑想もはや此処には理知などなくて
最初からそいつの呼吸出来る環境ではなくて
わたくしの手紙はもうたくさん羽ばたいていった
窓から羽ばたいて
その薄い七色の羽を振りまわして
空に溶けた 水に溶けた 土に絡んだ
湖はどんどん大きくなる
あなたのカンテラは激しく輝く
どうかこの幻の逢瀬が害されませぬように
わたくしの数少ななインキを取り上げないでください
「病室から」