「山の中」

 秋草の腐った匂いが
 人の足跡を覆う
 じゅるじゅると這い寄りて
 爛熟した木の葉と土の
 むっと沸き立つ濃い匂い
 あんずの実のやうに甘ったるぅく
 ねばねばと後を引き摺りし未練の黒い土
 山奥の どこかの話
 クスノキはすっくと伸びて
 陽を散々に浴びている
 消えてしまいや しないかしら
 葉の尖端からほろほろと崩れて
 葉脈しか残らなくなって
 青筋の肋骨ばかりぴらぴらと風に吹かれて
 雨に濡れて
 霜を背負って
 雪で化粧をする
 哀しい肋骨は屈強な梢に掴まって
 土に帰るのもままならぬ
 せめて せめて鳥に喰われたし
 なまぬるい暗闇の中に溶けてしまいたい
 私は高い所がきらいなのに
 蒼白の肋骨は血の気も無く泣いている
 呼んでいる
 山奥の どこかの話

「山の中」

「山の中」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-15

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