「山の中」
秋草の腐った匂いが
人の足跡を覆う
じゅるじゅると這い寄りて
爛熟した木の葉と土の
むっと沸き立つ濃い匂い
あんずの実のやうに甘ったるぅく
ねばねばと後を引き摺りし未練の黒い土
山奥の どこかの話
クスノキはすっくと伸びて
陽を散々に浴びている
消えてしまいや しないかしら
葉の尖端からほろほろと崩れて
葉脈しか残らなくなって
青筋の肋骨ばかりぴらぴらと風に吹かれて
雨に濡れて
霜を背負って
雪で化粧をする
哀しい肋骨は屈強な梢に掴まって
土に帰るのもままならぬ
せめて せめて鳥に喰われたし
なまぬるい暗闇の中に溶けてしまいたい
私は高い所がきらいなのに
蒼白の肋骨は血の気も無く泣いている
呼んでいる
山奥の どこかの話
「山の中」