恋は盲目
南青山のカフェ・バーにて。五杯目のウイスキーのオン・ザ・ロックを頼んだところで、男は満を辞して言う。
「ところで今夜のことだけど・・・」
バブルの色女がいつだったか、「頻繁にリップを塗りかえるのは、あれの準備だ」と言っていたのを男は知っていた。
しかし、女はリップを塗り終えると、手鏡に向かってこう言う。
「ええ、今日はもうやめとくわ。今夜はまだ仕事が残っているの」
男は露骨に肩を落とし、あの色女を睨んだ。
「いや・・あぁ・・そうか・・・」
しかし男は諦めない。
「じゃあせめて、あれでも・・・」
「あれって?」
「あれはあれさ。ほら、なんていうか」
「あれじゃわからないわ。何よ」
「・・・キ・・ス」
女は少し間をあける。空のグラスを見つめる。
「あら・・・それは、まだ早いわ」
「そうか・・まだ早いか・・」
徐々に気が遠くなっていく。
「しかしだね、僕たちは今日で半年も経つ・・なのにまだ碌に手も繋いでないじゃないか・・・」
すかさず女は言う。
「ごめんなさいね。別に嫌ってわけではないのだけど。恥ずかしいのよ・・・」
女は男の顔を掬うように見つめる。こんな顔されたら男は納得せざるを得ない。
グランと、天地が逆転する。
「・・・そういう・・ものなのか・・」と男は言うと、とうとう気を失ってしまった。
「こちらご注文されたウィスキーのロックなのですが・・・」とバーテン。
「すみません・・彼、飲み過ぎてしまったようで。でも私もう行かなきゃならないの。これ、お代」
そういうと女は足早にカフェ・バーから出ていった。
「もしもし。ええ、今からそっちにいくわ」
恋は盲目
なんせ森瑤子を読んでいた時に書いたから、文体が似てますね