本日も旧作を何作かのみとする

本日も旧作を何作かのみとする

 本日も束の間の天下泰平の様なのでちょこっと旧作を載せる。
 あまり多いのも探しにくくどうかと思う。



 やっと賑やか且つ騒々しい時期が終わったのは何よりで、移動しやすくなった。
 europeのように「自らの身は自らで守る」が常識で有るのに、銃所持が禁止されているという姿勢は良いのかも知れない。
 



 Peut  邦題(缶蹴り)
 

 仕事の帰り道に児童公園の横を通った。
 帰り道といっても、宮田哲夫は外回りをして直帰する事が多いから、会社には戻らず直接自宅を目指す。
 子供達が何組かに分かれて遊んでいる。
 缶蹴りなのか隠れん坊なのか分からないが、宮田の方に向かって走って来て、道路脇の植え込みに隠れている子がいる。
 勿論宮田からは丸見えなのだが、この子が何時になったら遊び友達に見つかって摑まるのかと思ったら、暫く様子を見たくなった。
 其の日の仕事は思ったより早めに終わって、何時もの帰り時間よりも少し早いから、時間に余裕があったという事も言えるのだが、其の衝動はそういう理由ばかりでは無かった様だ。
 実は、先程スマホに着信があったのだが、もたもたしている内にコールのバイブは止まってしまった。
 その前にも何度かコールがあったのだが、「はい、宮田ですが」と返答をするのとほぼ同時に切れてしまった。
 その内の一件は知っている番号であった。
 あとの番号には覚えが無い、勿論会社関係からは来る訳は無い。
 白板には「・・直帰」と書いて来たから。
 そんな事があったから、宮田も、「誰か知らんが、間違い電話か、其れとも何か用事があっての事なのか」と考えてみたが、それにしてもしつこい間違え方だな・・いや、複数の人間が同様に俺の番号に一斉に掛けてくるなど偶然が重なったにしては奇遇なケースだな」などと思ったりもした。
 宮田の感心は一時だが、隠れている子供が何時見つかるのかという事に集中し始めた。
 子供の頃には誰でもやった事のある遊びだから、此の結末は決まっている筈なのだが。
 時間が経つに連れ他に隠れている子供達は次々に缶を蹴りに行っては見つけられていく、やはり缶蹴りの様で飛び出して缶を蹴る寸前に見つかってしまうというお馴染みのパターンだ。
 遂に目の前に隠れている子も終わりだな、と思った時、公園の真ん中に集まった仲間は缶を思い切り蹴ると公園の別の出口からぞろぞろと出て行く。
「あら?この子は?」と、思わず目の前の子を凝視したが、時々植え込みの隙間から覗いていたのだが、帰って行く仲間の姿を見て飛びだした。
 植え込みの横から飛び出すと、慌てて仲間の後を追い、公園を出たすぐの所で仲間に追い着いた。
 仲間は、「何だ、・・は、適当に缶を蹴りに来ないとだめじゃん。隠れん坊じゃ無いんだから、積極的に鬼に挑戦して来なきゃ。今頃来ても、もう終わちゃったんだから、バーカ」と、仲間にからかわれながら一緒になって帰って行った。
 宮田はケリが付いた子供達の遊びと、最後まで缶蹴りに参加しなかった子供の心境がちぐはぐに思えてならなかった。何時もの遊び仲間なのだろうに、まさか一人だけの存在。「忘れてしまった・故意に軽視若しくは無視・そんな事はよくあるからと一々気にしない」
 自分の事がダブって頭に浮かぶのだ。偶々見掛けた子供達の缶蹴りと自分の現在の状況が。
 掛かって来た電話の番号をもう一度見てみた。
 どう考えても記憶には無いし、勿論スマホの履歴の登録にも見当たらない。
 ひょっとして、掛かって来た番号に一つ一つかけ直せば、缶蹴りと同じ様に、缶を蹴りに行って、見つけられたという事と同じ様になったのではなどと思ったりもしたが、何か其れもおかしい様な気がする。
 どうして、掛けてみなかったのか、かけ直す事が多いのだろうか、だが、セールスだったりする事もよくあるから、面倒だったからと言えば其れ迄だ。
 しかし、一本や二本の番号なら其れでも済むだろうが、幾つもランダムに掛かって来た番号に出なかった事が、何か後ろめたい様な、其れでいて何事にも拘わりあわなくて良かった等という気持ちになったりもする。
 其れが、自分が犯罪者か何かで彼方此方から追いかけられている身であるというのなら、後者の境地で納得がいきそうなのだが。
 ただ、掛けるまでしなくても、応答したにも拘わらず、同時に切れてしまったという事はどういうことなのか。
 宮田という名で、間違いに気が付いて切ったのか、最初から・・まさか悪戯でも無いだろうが・・悪戯としたら・・そんな悪戯が流行っているとは聞いた事は無いし、ランダムな複数の番号から同じ事をやってくるという辺りが常識では考えられない。
 此のまま忘れてしまえば、今現在まで続いている訳では無いのだから、たった一回の何かの紛れと思えば事は其れで済むのだが・・そう簡単には。
 ただ、一つだけ知っている番号は同じ様には考えられない。
 先程たった一つだけ覚えていると思ったのは、記憶にもあったのだが、登録もされている。
 懐かしい番号だと記憶している。
 登録されている名前は「飯塚麗子」とある。
 確か約十年前に謎の死を遂げた美人女優「大原麗子」の本名である。
 あの時もたった一回だけ掛かって来た。確かに「宮田です」と名乗った筈なのだが、他にも同じ姓の知人がいたのか、それとも・・。
 其の電話口の内容では、誰かと勘違いして掛けて来たとも思えるし、誰でも良かったから適当な番号に掛けたと考えてもおかしくは無いが、何れにしても大女優との個人的な知り合いで無かった事は間違い無い。
 当時出演していた映画を見た時には、綺麗なだけじゃない、不思議な魅力がある、あんな人と友達になれたらいいなと思った事を覚えている。
 大女優であるから、他の映画にも数多く出演しているが、他の作品ではどれもこれも何故か宮田の気を惹く役柄では無かったし、何といってもあのシリーズに出演していた彼女しか思いだしたくない。大人でありながら、甘ったれたようなあの話し方は独特であったし、宮田の胸の奥に小悪魔のように居場所を見つけて居座ってくれるのだ。
 あの時の彼女は、一方的に自分の周りに起きている事を話してくれた。
 仕事の話は、「どの作品は脚本中どうしても納得がいかない箇所があっておりたかったとか、一番気に入っている作品については、長々と自分の役柄に応じた演技で壺に嵌った時の心境やシチュエーションなど」を話してくれた。
 電話はまだ続いた。まるで此方が好意を感じながら話を楽しみにしている事を分かっているように。
 彼女も宮田が聞いていてくれていると思って話を続けていたのだろうと思う。
 宮田は、一言も合いの手を入れなかったし、黙っている事で耳から頭へストレートに生の声が蓄積されていく。
 彼女は、何もかも話し終えたあと、あの甘ったるい声で「じゃあ、また掛けるから」と言ったまま、通話が切れ、ツーツー音も聞こえなかった。
 宮田がそんな事を考えている間に陽は傾いていく。
 家まで帰る為の駅までは途中にある表示板が案内してくれる。
 公園の前にどのくらいいたのだろうか。
 駅までの道を歩きながら、今は亡き女優からの電話を思い出して掛けてみようかと思ったが、亡くなってから約十年が経っているのに・・おかしな事だとも。
 やはり、先に掛かって来た他の番号にも掛けてみようかと思ったのだが、其れをする事は、缶蹴りに例えればメンバー全員に掛ける様な気がしたのは何故だろうか。つまり自分が先程の子供の立場だとすれば、同じ隠れていて缶を蹴るチャンスを狙っている仲間に掛ける様な気がした。
 鬼だけに電話をすればいいのではと考え直した。
 どうも今日の鬼はあの女優であるような気がする。
 もう、存在しない人・番号に掛けるのには、一瞬躊躇いの様に別の思考回路が制止しようとしたのだが、既に番号をプッシュしていた。
 発信音も聞こえず、いきなり懐かしい声が話を始めた。
 宮田は、その声を聞きたくて電話をしたんだという満足感を感じる事によって、自分のやった事を正当化している様な気がした。
「よく、掛けてくれたわね。また話を聞いてくれる・・でも、今回は、貴方も何かありそうだけれど・・?じゃあ、先ずは私が話してもいい?」
 宮田は今回は相槌をうった。「どうぞ。僕は、君の声が・・いや話が聞きたくて・・」
 彼女の話は今回はそんなに長くは無かったが、そろそろつもり積もった愚痴、男性関係・巡り合えなかった子供の事・不治の病の事などでも言われるのではないかと思ったのだが、そうでは無かった。
「私の最高に満足している演技は・・・」
 あくまでも俳優として、プロとしての感想を述べるに過ぎなかった。
 実に見事な俳優根性に圧倒されながら、宮田はエンディングにピリオドの様な相槌をうった。
 宮田が自分の事を話しだした時、「十年ぶりに電話をして、貴方から折り返し電話が掛かってきたという事が、そんなあなたの「今」を・・」宮田の話す言葉が彼女には読めている様なのが、おかしくも心地よくも感じられた。
 宮田が駅に着いた時、駅の表示は何時の間にか「お帰り」と表示されている。
 宮田は確かに・・帰るのだが、その前に一つやっておかなければならない事がある。
 撮影シーンのような駅前の広場の真ん中に缶が置いてある、と思った時には、既に宮田はダッシュしていた。
 缶は目の前にあって、キックする寸前、一瞬遅れた様に彼女が何かを言った。
 しかし、既に缶は宙高く蹴り上げられていて重力に逆らっている様に、上昇して消えていった。
 彼女は笑顔で宮田に近付いて来ると、二人は駅に到着した電車に乗って行く。
「間に合って良かった。何時までも孤独なあなたを見ている訳には行かなかった・・私も、実は・・」
「分かっているわ。此れからは電話を掛ける事は無くなったわね」
 宮田は満足をしている。自分の身体に待ち受けている事がほんの少し早まっただけ・・・。他の掛かってきた電話が何だったのかが分かった、様々な「煩悩」。
 何処からも電話が掛かってくることは無い。

 辺り一面に流れて来る黄昏色は、油のような夕日の光の中に溶け込み、白馬に飾った色糸の手綱が、絶えず流れて行く容子は、まるで画のような美しさでこの世のものとは思えない程だった。




 Copia  邦題  コピー



 「そろそろ帰るか」



 午後は出掛けて直帰が多いから、久し振りに定時を過ぎてもデスクに向かっている。
 期末の纏めが控えているから整理をしておかないと出掛ける暇が無くなってしまう。
 誰もいなくなった・・とは言っても同じFloorの営業は数人い残りがいる。
 手っ取り早く済ますには、株主のレベルを一人を除き三段階ぐらいに分け、事業の進捗状況を分かり易く纏める。
 手際よく進めていくとどうにか目途がついてくる。此れならあと三十分もすれば帰れるとようやく肩の荷が下りたような気がした。
 一年に一度のこの作業を如何に上手く纏めるかにより株主の評価が決まって来る。
 日常の業務など三宅澄夫にとっては何の造作も無い事、役員の中でも却って目だち過ぎる程。
 其れで、期末の総まとめが最後の駄目押しのようなもの。
 役員の中には要領の悪い者もいる、というより地位に甘んじ過ぎ、プライドが高いだけでまるで見張り役。
 常にトップの地位にいる事でプレッシャーを感じる事もあるが、終わってみればまたトップ。
 プレッシャーを言葉で現わせば「足をすくわれる思い」という事になるのだが。
 同僚役員からは、「また三味線を弾いている」と陰口を叩かれる事になるが其れを気に留めるつもりは無い。
 十年も常勝という事は記録的な事に値するのだが、其の心中は他の者には理解できないだろう。
 常に実力と危惧は裏表の関係にあるが、危うくなった時にどういう手を打つかが個人差に繋がる。
 株主との面談なども敢えて電話や文書で各株主の要望するところを踏まえ必要に応じ訪問の対象とする。
 当然ながら結果は事前に手中に収めたも同然。他の連中は相手の顔色を窺いながら話を持って行く。
 顔色に応じての交渉となれば、予めの対処方も・求められる数字も・読めなくなる。
 作業も一段落し帰る事になるが。営業の社員はまだ何人か残っている。
 澄夫の頭上の蛍光灯の灯りが消える。




 帰宅をするには地下鉄から私鉄に乗り継げば最寄りの駅まで小一時間で着く。
 と、其処で嫌な事を思い出した。他愛もない事だがコピー機のスイッチを消し忘れた様な気がする。
 気になれば余計に、戻らなければいけないと。其処でふと頭に浮かんだのは。
 確か先程残っていた営業の中に気心の知れている若者がいた。
 地下鉄の乗り換えホームからスイッチの件を彼に電話しホッとして風を巻き込むように侵入して来た電車に。
 久し振りに遅くなり車内は空いていたが、座席に座ろうとした瞬間。
「やはりコピー機のswitchが付きっぱなしになっている」
 其の光景が浮かぶ。
 慌てて閉まりかけたドアをすり抜けホームに逆戻り。
 再び今降りたばかりの電車に乗りこみ会社へ向かう。 こんな事なら最初から戻っていれば良かったと呟くうちに社のテナントが姿を現した。
 その下に立ち九階の窓を見上げるが、やはり誰もいない様で真っ暗な窓ガラスに月の灯りが映っている。
 入口の顔認証に身体を近づければ、Elevatorが降りて来ドアが開く。
 腕時計に目を遣るとじきに管理する警備会社が巡回に来る時間。
 九階でエレベーターのドアが開くと、微かな緑色の灯りが見える。
 人類の気配はしなく、何だ奴ら返ったのか・・と。
 事務所に入るなり・・やはり・・警備員達の姿が背後から。
「・・ああ、お疲れ様です。今日はこんな遅くまで大変でしたね?」
 愛想の良い声も異常が無いかを簡単に確認するだけ。表の道路から警備員の乗った車が走り去って行く音が。
 コピー機のswitchを切る。
「・・やはりあいつ切り忘れたのか?」
 若者だけに早く帰りたかったのかも知れない・・など考えながら事務所と廊下の仕切りのドアを閉めElevatorに向かう。
 その前にもう一度仕切りのガラスを確認するが・・ガラス越しに切った筈の緑の灯りが付いている。
「・・故障か?」
 コピー機には今は他の機能も備わっている。
 少し驚いたが、近付いた機械から音がしだした。ファックスの流れるぎこちなさそうな音・・。
 今度はスイッチではなく、其の流れてきたファックスの文書に視線を移す。
「・・しまった・・」
 一番の株主との約束を忘れていた事に気が付いた。
 文書を読みながら・・もう一つ忘れていた事に気が付く。
 一年に一度・・いや、あの株主は偶に顔を合わすだけで・・こんな事も・・しかし、言い訳は通用しない。
 飛び抜けた存在の株主だけに・・。
 文書には大した事など書いてはいない。只、すぐに信号が送られてきた。



「約束は守ってって・・?」
「ああ・・悪かったつい・・」
「鍵は持っているわよね?」
「勿論・・申し訳ない」
 役員室の金庫を開ける・・。
 金庫にしまっておいた風変わりな鍵は、約束であり絶対になくせないもの。
 鍵とはいっても普通の鍵ではなく・・先ず滅多にお目に掛れないもの。



 
 今からでも遅くは無いかと尋ねたが、構わないと。
 既にコピー機の灯りは消えている。足早に建物を後にする。
 何せ約束を忘れていたんだからと、気が焦る。帰るつもりだったのだから・・間が抜けていた。
 電車に乗っても落ち着かないのは・・仕方がない・・。



 待ち合わせの高層ビルに着き、エレベーターで最上階まで・・更に屋上に・・。
 彼女は、屋上のテラスにもたれている。
「仕事の調子はどう?」
「ああ、お陰さんで・・何せ格別の株主で・・」
「何でも・・見えるってあまりいい事じゃないわね?人類も憐れよね・・でも、其れ迄は私が面倒みるわ」
 澄夫は、彼女が何者かは勿論承知の上。彼女が自分のマニュアルを手渡してくれながら・・二人の頭脳同士で交信をする。
 業績を維持して来れたのも、彼女のお陰だ。
 何せ、青い惑星での大手会社の資本は出先が特定されているし、企業の買収などはお手のもの。
 それどころか・・人類では想像もつかない程・・凡そ百五十億年進化している「巨大な創造された球体」が其の本拠地であり、仮称・連盟とでも呼ぶしかない組織に加盟している「創造惑星」は、仮称「異次元空間」や三次元宇宙に数多と存在する。
 人類は青い惑星の消滅まで一億年としても・・とても生き残る事は無理だろう。
 尤も、宇宙の如何なる進化した生命体でも人類と同じ様に死には限りがあり、その点だけはあらゆる生命体の宿命と言える。
 だが、進化した「創造惑星」などは、その為に青い惑星のように自然に出来上がったものではなく、自らがあらゆる危惧を考慮し創られた物。
 青い惑星の構造のようにマグマも断層や海も大気も・・当然二酸化炭素などというものは当然存在しない。
 従い、地震も津波もハリケーンも起きる事は無く、一番脅威であり、青い惑星の生命の歴史上何度か全滅をしている原因なども想定の上。
 球体の周囲は適度な弾力性があり、強度は巨大な惑星が衝突したところで全く問題は無く跳ね返す事が可能な構造。
 他の進化が送れた生命体とは交流する事は無いのは、危険であるからで、其れで、光を通さない。
 其れで、人るにNASAなどが幾ら最新型の望遠鏡を使用し、仮に宇宙の果てまで見えたにしても、全く連盟の「創造球体」は見る事が出来ない。
 現実には、人類の宇宙物理・その他を擁しても、光の速度を超えられないうちは、138億年までしか見る事が出来ない・・というのも直線的に五感で見るという至極単純なミスなのだが。
 其れに、宇宙空間を自在に移動する事は生存中は不可能。
 宇宙は多層・多次元構造で、それぞれが常に拡がりつつあるが、其れもほんの僅かな生命に過ぎない人類には必要のない知識と言える。
 ただ、夢に見たいというのであれば、ほんの僅かではあるが・・壮大な宇宙空間を漫画にでもしなければ理解不可能。
 人類の考えの中には「不老不死」などと言う欲望が存在するようだが、其れは勝手だが・・其れでは誠に悲惨な最後になるだろう。
 其れに一億年とは青い惑星の消滅までの人類の科学上の仮説である。
 人類の科学・医学・薬学などは半分以上が仮説と言える。
 宇宙空間には多種多様のvirusが存在し毎秒此の惑星に降り注いでいるが、其のうちの僅かな種が現在人類の間で騒がれている種だが・・今後続々と新手のvirusや得体の知れない病が流行る事があるだろう。
 澄夫の予言では・・そう先の事ではなく人類に何かが齎される事と断言できる。



「大事なマニュアルでしょ?大切な・・。人類に見せたら拙いんじゃない・・」
「其れはそうだ・・とんでもない事になる」
 宇宙では生命体が幾ら進化していようが頭脳は遥かに優れているが、宇宙空間を自在に移動するには、彼等が創造し、自ら自己maintenanceをしながら、創造者よりも遥かに高度な頭脳を持つに至った「第三の彼」の存在が不可欠になる。
 だが、彼女も、澄夫も遥か彼方から訪れた純粋な生命体に他ならないという事だけは事実である。
 結論から言えば、人類は人類である事から変わる事は無理であるし、まだ、青い惑星の四つ足動物から少しばかり進化した生命体であるが、其れで充分幸せだと思う。おそらく、人類も同じ様な事を希望すると思う。



 二人は頭脳間で愛情のやり取りをするが、その愛情はとても人類にはそぐわないものであるから、余計な事は何も知らない方が良い。
 宇宙空間でも死滅した惑星は幾らもあるが、二人の郷里で人類でさえも価値を感じているものに「芸術」があり、其処に立ち寄った際に、此処で言う「レプリカ」を作る事はあるが、現物は其の惑星のものであると、持ち出すような事も無い。
「そろそろ帰還する事にしたいのだが・・?」
「大丈夫・・そんなに先になる事は無いでしょう・・人類に欲望・差別・東西の隔て・汚職・災害・その他四つ足動物時代から変わっていないものがある限り・・」
「・・ああ、其れはそうだ、人類の為にもそっとしておいてあげるべきだと言える。少なくとも私の人類としての経験から言えば・・でも、案外映画は面白い。そういうものは芸術と共に、郷里でも楽しめる事と思うよ」
 二人の今暫しの離ればなれの状況も・・そんなに遠くは無い先に解消されるだろう・・。
 其れ迄は暫しの辛抱と言える・・。
「・・私は何時も、此の惑星の黄昏の風景が好きでね・・何か芸術心をくすぐるものが感じられてね・・」
 遥か彼方の巨大な創造惑星のようなものを見せられないが・・此の惑星から見る人類の良いところや・・衛星の優しい光・・煌めく宝石箱をひっくり返した様な星々の煌めきを見ながら・・故郷を思い出す・・其れが二人の愛情の繋がりと言えるように・・と・・。



 銀座のクラブで



 銀座通りのカフェで休憩をしていた。隣のテーブルで珈琲を飲んでいた女性の待ち人らしき男性が現れた。
 この時間に和服を着ている其れ並みの女性と言えばクラブのママかホステスではないかと思った。
 其れにタイミングよく現れた男性も如何にも出来る男というimageが似合いそうな中年男性だ。
 此れから何処かで時間を潰し、開店時間になれば同伴で入店するのだろう。池ノ端洋二は接待されクラブに行った事はあるが、お付き合いと割り切り話はしても上の空だったから、定かな記憶は無い。
 逆に接待をする事もあったが、麻雀が多かった。人類がコンピューターを相手にするのだから、トントンか少し負けてあげるくらいが丁度良い。
 接待などというものはそんなもので、気楽に社員と飲みに行った方が自分には合っていると思うのだが、誰も好んで行く者などいないのかも知れない。
 その二人も間も無くカフェを出るのであろうが、洋二の方が一足お先に社に戻った。
 あの二人も二時間程度で入店しなければならない筈で、その間に同伴で買い物等をするのだろう。
 そう思った時、秘書から電話があり買い物に出ますけれど・・と言うから、何処まで?と聞くと近場の様なので、其れなら自分が行ってあげるよと。
 買い物をしようとし、余計な事をしたのかなと気付き、少し経ってからやはり社に戻る事になった。
 銀座の八丁目の北大路本店の前を通った時、先程の二人が地下に入っていくのが見えた。
 買い物で無くて食事の方だったと。その店は此の国の料理店で完全個室となっており17時から開店、料金も一万円から程度でそれほど高くは無い。
 何故か、新宿のパークハイアット50階などで食事をしても、ボトルワインなどをオーダーし、二人7万程度で時間制限を気にせずのんびりできるが、渋谷の東急ホテルの40階にあるベロビストなどだと、メニューを見てオーダーしなければ高級ワインが数十万など思わぬ出費になる事もある・・など思い浮かんだが、何だろう。
 そんな事を考えながら社に戻り、秘書に、
「ああ、御免、どれだか分からなくて買ってこなかった。悪いけれど、君、帰りがてら店に寄って行ってくれないか・・今から出てくれていいよ」
 と言ってからdeskに向かう。
 が、急ぎの仕事は無いからと、TVのswitchを捻った。ニュースに麻生が映っているので、あの男は銀座のクラブの常連だったな・・など、詰まらない事が頭に浮かび、自分も帰るかと画面を消す。
「今日の様な暇な日も、良いようで何か張り合いが無く・・」 
 など呟きながら、夕闇に街燈が並ぶ銀座通りに出た。人類の友人もいるが、皆、何かしらの用があるだろうから・・と何時も通りに帰宅する事にする。
 地下鉄の改札を抜けると、丁度ホームに電車が入って来た。明日は社も休みだが、何をしようかなど考えているうちに、電車のドアが開き乗客がどっと降りて来た。
 入れ替わりに乗り込もうとし女性にぶつかった。
「ああ、済みません・・」
 と声をかけながら、女性が持っているbagのbrandに見覚えがあるのに気が付き、その主に視線を移す。
「此方こそ・・」
 そう言った女性は着物姿で、何時間か前に遭った女性にそっくりだ。だが、そんな訳は無く男性と同伴の筈だと思うが・・やはり、あの女性のように見える。
 洋二は思わず、
「同伴・・は?」
 と呟いていた。 
「電車出てしまいますよ・・?」
 女性がそう言った時には既にドアは閉まりかけていた。
 洋二は、次の電車はすぐ来るから、どうでも良いと思う。




「・・同伴ですか?」
 女性は立ち止まると、確かにそう話し掛けている。 
「いや・・そういうのでは・・?」
「・・では・・」 
 すたすたと歩きだした女性の意図が分からないまま、洋二が立ち止まっていると、
「・・どうされました?ご一緒に・・」
 女性の眼は洋二に一緒にと促している。
 洋二は迷ったが・・既に彼女に引かれる様に足は彼女の背を見ながら歩いている。「スワロフスキーが宜しいですか?其れとも・・和風が・・?」
 スワロフスキーとはChandelierの事だと分かったが、
「彼女の服装は・・?スワロフスキーのシャンデリアが煌めく店は洋風でドレス・・和風インテリアの店は和服・・の筈だが・・。そうか・・彼女はママなのかも?」
 ホステスはドレスにハイヒールでも、ママは着物という店もあるのだろうが・・。厚めのドアが近付いてき、二人を呑み込むと・・和風のインテリアの店内に入っていた。
「おはようございます・・」
 ホステス達が一斉に此方を見ると、
「今晩は別の方にしたのですか・・?」
 彼女は頷くと・・。
「・・美奈子と申します・・どうぞ宜しく・・」
 美奈子というのがママの名なのか源氏名なのか?洋二も名を名乗ろうとするが。
「池之端洋二様ですね?」
 洋二は、彼女が同類なのか?と思う。
 其れを既に読んでいる。
「お近くのようですね?」
 一言、そう言ってから、美奈子はグラスに入っている琥珀色を口にした。




「ええ、ですが、この青い惑星では遥かに遠いという言い方をしなければなりません。「光行距離~光速度×年数」と言われている言葉が存在するからですが・・美奈子惑星は洋二惑星に近い、この言葉を当て嵌めれば、私達が此処にいる事はあり得ない。或る意味正しいのは、光は青い惑星に届くときには、過去の映像だと言われます。ですが、そうであれば、尾上雄二さんをご存知でしょう?」
「ええ、此の惑星に既に来ている仲間の内の一人ですから・・分かりますよ貴女の頭脳が・・。光は一定の速度でしか到達できない。ですから、雄二さん達がロケットやUFOと呼ばれているものなどで来ているのではない。少なくともそれ等では光速を超える事は出来ないから。其れに、彼等に限らず私や貴女がこうして此処で会う事が出来ているのが理屈に合わなくなってしまう。光の速度と、光速度以上で宇宙空間を移動してくる方法は矛盾しません。青い惑星で言う「飛行」するという言葉が、他の移動方法の存在を除外してしまっている。人類に分かりにくくしまっているので・・」
「もうやめましょう・・事実は小説より奇なりという言葉が皮肉な事に青い惑星に存在する。でも、その事実を認める事が出来ない。では、小説でしかありえない?ただ、ハッキリ言える事は、人類は宇宙の無制限な果てでは無く場所まで行く事は消滅までには不可能ですから、問題は無いのでしょう。138億の周囲・・其処から更にその周囲が存在する。最新型の望遠鏡の能力への期待も光速の壁というところで我々の認知と大きく相違してきてしまいます。教えられる事自体が人類にとり危険であり、そして、結論としては、【其れでも・・我々は来ている・・】ですね」
 雄二の文明の0母船AIから信号が・・【人類が、知り得る事が出来ない事は、却って幸せだと言えるんだよ・・。仮にだが、青い惑星の至る所で生じてきている問題が全て解決される事が可能だという確信無き希望はあくまでも希望に過ぎず、かといい、百億年も一挙に進化するなど、此れは例えだが、無理でしょう?彼等に頑張れ・・と、励ます事は出来る・・其れで良い・・】




 ややこしい事から離れる。
 洋二はクラブのママである美奈子と知り合う前の、あの男と美奈子が一緒に同伴した筈なのだが、実際には洋二と同伴をしている。いや、あの男はちゃんと美奈子と同伴を遂げている。
 洋二は最初は美奈子が人類であると思っていたので、その謎が解けなかった。だが、今は理解できた。其れを説明すれば、堂々巡りになってしまうので・・簡単に。ヒントは、空間の存在は、宇宙空間と同じ事で、見える範囲だけに存在する訳ではない事。さらに時間がフレキシブルな性格である事。
 此のクラブは皆、美奈子と同類の者達で運営されている。というと、人類は受け付けないの?と、思うのは正しくは無い。こういう事が言える。大きなものが小さなものを包む事は出来るが、小さなものは大きなものを包む事は出来ない。
 大きさを例えた一例で、頭脳の違いから始まり、身体の構造の違い、其れが派生すれば、心・性格も柔軟になるという事。



 La scène derrière Namidazaka 邦題 なみだ坂の後先



 駅からの道は急な上り坂になっている。
 菊田数馬の住まいはこのなみだ坂の上にあるレジデンスフラットという8階建てのマンションだ。
 彼はゆっくりと歩いても息が切れるので、何時も途中の児童公園のベンチに腰を掛けて休む。
 今日も同じ様にベンチに座っていたら、足元にゴムボールが転がってきた。
「お爺ちゃん、ボール取って?」
 5歳くらいの男の子がボールを追いかけて来る。
 ボールをそっと投げ返してやりながら、自分にもこれくらいの孫がいてもおかしくは無いと思うと、溜め息が漏れてくる。
 子供の母親が軽くお辞儀をした。
 菊田は病気持ちだ、極度の不眠症のうえに心臓が悪い。
 仕事を辞めてから病は余計に悪化した、今年70歳になる。
 菊田は、妻の恭子とは10年前に離婚し、このマンションに引っ越して来て以来ずっと一人暮らしだ。 
 離婚の原因はいろいろの事情もあり、主に菊田の病だった。
 ところが、皮肉なことに、恭子はそれから5年後に肺炎で亡くなった。
 子供達が恭子の見舞に訪れ帰った後、もう後が無いという恭子を菊田は見舞いに行った。
 やつれた表情の恭子と菊田は、何かを話したようだ。
 子供は恭子と一緒に別れた文子という36歳になる娘と33歳の息子の拓也がいる。
 子供達には何とか会いたいと思って、何度か連絡を取ってはみたが、無理だった。
 話でさえまともにした事は無かった。
 話し相手は隣室のやはり一人住まいの老女と数人の友人くらいだろうか、短時間の買い物以外は出かけることも無かった。
 溜息をもう一度ついてから、力無くベンチから立ち上がり、また坂道をゆっくりと上がって行った。





 赤色灯を回転させたシルバーのスカイラインがなみだ坂を上がって来る。
 マンションの前には既にパトロールカーが1台停まっていて、制服の警察官がエントランスに立っている。
「隣の805号室の鈴木玉江が、菊田の姿を何日も見かけないが心臓が悪いからと心配して駅前の交番に届け出たらしいんですよ」
 特捜係の安田が、KEEP OUTと書かれた黄色いバリケードテープを持ち上げながら上司の杉野に言う。
「ああ、杉野さん達・・お二人ともお疲れ様です」
 鑑識係りの大崎は既に部屋の中で作業をしていた。
「そこで、交番の巡査が来て何度も呼びかけたりノックをしたりしたが応答が無いし、鍵が閉まったままで、風呂場のガス給湯器だけが何日もON/OFFを繰り返していたという事なんです。
 其処で巡査と其の上司が次の日に管理人に話をし鍵を開けて貰い家の中に入ったところ、菊田が風呂の中で死んでいたということなんですよ」
「菊田はかなり心臓が悪かったらしいですね」
 と、杉野。
「ええ、風呂に入っている時に心筋梗塞を起こしたのじゃないかと・・」
「それでは事件性は無いということになる・・病死という事ですね?」
「いや、それはわかりませんが・・」
「しかし、そうでないとしたら鍵がかかった部屋に外部から人が侵入したという形跡は見られないのですから、単なる物取りの犯行とも考えにくいですし。
 かと言い風呂に入っていたくらいですから、人と会っていたなどとは思えないですね?」



 安田が隣室を訪れ玉江に尋ねる。
「菊田数馬さんの人付き合いや近所の方との・・最近誰かを見掛けたなど・・何かお心当たりは無いでしょうか?」
「以前から一緒にカラオケなどをやられるお友達はいたようですが、此の暮れですからここのところ皆さんお忙しいのか・・お会いしてなかったようで・・」

 杉野に代わり。
「子供さんがいたようですが、会う事は無かったんでしょうか?」
「奥さんと別居されてからはお付き合いは無かったようで・・。
 菊田さんは、ひどくお子さん達から嫌われているという様な事を言っていらして、大学まで出し苦労をして育てたのに寂しい・・と仰っていました」



 白い手袋をした二人が風呂場を中心に各部屋の中を見て廻ったのだが、完全な密室の様である。
 浴室のガス給湯器は主人が亡くなった後も、湯の温度を一定に保つ為に忠実に稼動していた事になる。
 菊田は多額の預貯金があったようで、幾つかの通帳の合計は1億5000万以上にも上った。
 其れを知るものなら、或いは一人暮らしの高齢者を狙った犯行の可能性も考えられるが。




 警視庁特捜部。

 安田と杉野が話をしている。

「鑑識の大崎さんが言うには、死亡推定時刻は3日前の12月24日の午前4時半頃だという事で、菊田の胃の中から死亡前に呑んだ睡眠剤が検出されたそうなんですが、寝る前に呑むのならわかりますが・・睡眠剤を呑んだ後朝風呂というのも何か不自然な・・」
「菊田は不眠症だったそうですから睡眠剤を常用していたのでしょう。それでも眠れないから仕方なく風呂に入ったのではないでしょうか・・?」
 大崎が透明なビニール袋に入った菊田の携帯電話を持って来る。
「着信記録を調べたところ、1件公衆電話からの電話があるんです。それ以外の番号の持ち主は全て分かったのですが・・?」
 室内の指紋も調べたが、本人のもの以外に特におかしなものは見つからなかったということだ。

 



 杉野と安田は、今日もマンションに来ている。
 安田が玉江に聞く。
「菊田さんが亡くなった24日の午前4時半頃は何処にいらっしゃいました?いえ、第一発見者の貴女ですから・・一応という事です」
「私は21日の午前9時頃荻窪に住んでいる息子の所に行きまして・・25日のお昼頃帰って来ましたが」
 杉野。
「ああ、そうでしたか?ところでつかぬ事を。新聞は取っていらっしゃいますか?」
「え?新聞ですか?ええ、取っておりますが、何か?」
「朝刊 夕刊共でしょうか?」
「ええ、そうですが?」
「それでは25日に帰っていらした時には、新聞が溜まっていたんでしょうね?」
「ええ、そうです。溜まってしまう事を考え、ドアのノブに大きめのビニール袋を吊るしておいたんです。新聞屋さんには予めその旨を電話しておきまして。ドアポストの内側の蓋は開けっぱなしにして行きましたから、普通郵便なら一階のエントランスの集合ポストに。書留でしたら不在票(再配達の旨記載。)が無くならない様に、宅配も同じですから玄関に落ちるようにと。帰って来た時には・・新聞が6部くらい袋に入っておりました」




 玉江の息子とその家族の証言で其のアリバイは確かだった。
 一方、数馬の交友関係を洗ったが年末でもあり、また単身や夫婦者の高齢者が多いので、聴取ではテレビを見ながら一人で酒を飲んでいたとか正月に備え買い物にデパートなどに行っていたとか曖昧なアリバイが多かったが、友人同士、仲が悪いなどという状況は窺えない。
 考えられるのは、子供達とは会う事が無いからと、親しい友人を大事にしていた様である事は、何れの者の表情からも窺えた。

 一方、二人は其の交流も無いという子供達・文子と拓也、二人のアリバイも調べたが、共に独身という事もあり、友人達と同じ様にアリバイは無い。



 杉野・安田は二手に分かれマンション内外の聞き込みをして廻る。

 安田は軒並みあちこちを廻っては菊田の写真を見せながら、手掛かりが掴めないかと聞き込みをしている。
 なみだ坂を下りて行くうち、児童公園で母子が遊んでいるのに出くわす。
「済みません、こういう者ですが。写真の男性を見かけなかったでしょうか?」
 警察手帳を出しては終いしながら尋ねると子供が、
「あ、これ、あのお爺ちゃんだ」
「ボク、この人知っているの?」
「うん、ねえ、ママ?」
「あ、はい、この方よく此処で見かけるんで覚えています」
 安田が表情を少し変える。
「最後に見たのは何日頃前ですか?」
「え~、確か3~4日位前。23日の昼過ぎ頃でしたかしら?」
「事件の前日だな?」
「えっ?何でしょうか?」
「いえ、こちらのことで。で、どんな感じでした?」
「・・男の方と話していましたね」
「・・どんな男の人でした?」
「どんなって、若い男の人で・・」
 神田はもう1枚の写真を見せながら、
「この人じゃないですか?」
「あ~そうです。この人でした」
 写真の主は拓也である。
 其の話では、拓也が菊田に何か小さな袋のような物を渡していたようだったとのことである。




 一方、杉野はマンションの住民の聞き込みをしている。
 804号室の丁度真下の704号室の表札は河西となっている。
 ドアをノックすると、50代くらいの男がドアを開け顔を出した。
「こういうものですが。すみません、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが。今月24日に上の8階で何か物音を聞いたとか、人の話し声を聞いたなんてことありませんでしたか?」
「24日ですか?クリスマスイブ・・の日ですよね?」
「ええ、その日の朝早くなんですよ、4時半頃なんですが?」
「う~ん。私は朝は早く起きる方なんですが、いえ、仕事の時間が早いので出かけるのも。そういえば上のほうで小型エンジンのような音がしてましたね。そんなに大きな音では無かったので、大して気にも留めなかったのですが。何かやっているんだろうなくらいにしか思いませんでしたが」



  


 安田が公園での出来事を杉野に話し、杉野は河西との会話の模様を話した。
 安田。
「親子で何を話していたのかはわかりませんが、金の工面でもしていたのかも知れませんね、あの拓也は友人等から聞いた話ですと、競馬等のギャンブルで大損をし、複数の高利金融業者に追いかけまわされ困っていたらしく、という事のようですから」
 杉野。
「それで、菊田がそれを断ったと?」
 安田。
「となると、拓也には菊田を殺す動機が大いにありそうだと?」
 杉野。
「しかし、仮に動機がそうであったにしても鍵がかかっている部屋には入れないし、入ったにしたところで浴室での心臓発作と殺人は結びつかないですね?」
 安田。
「それはそうですが?となると?」
 杉野は独りごちた後、安田の顔を見。
「これから現場に行ってみましょう?」




 二人はマンションのエレベーターに乗り8階まで上がる。

「このマンションは各階に5部屋あるんですが7階が3部屋で8階は2部屋になっていますね」
 上から下まで同じ幅の建物では無く、6階から最上階である8階までが台形のようになっているということ・・」
 杉野が何かに気付いたように辺りを見回す。
「どうかしたんですか?」
 と、神田。
 杉野の眼鏡の内側の瞳が訴える。
「死亡時刻には隣の805号室は留守だった・・となると?ここで少しくらい時間を潰していても誰にも気付かれないわけですね?」
「隣が留守だったと・・どうしてわかるんですか?」
「新聞です。玉江さんの話では、帰って来た時に新聞が溜まっていたと言っていましたね?」
「新聞が溜まっている・・それが?」
「おそらく犯人が犯行の前日に下見をしているとしたら・・犯行当日は更に新聞は溜まっていた。しかも電気は消えたまま・・であれば・・午前4時半頃ですから、犯行は可能ですね?ましてや8階は最上階で二軒しか無い訳ですから新聞配達くらいしか来ることはない。その新聞配達は大抵3時から4時位まででしょう?溜まっている新聞の日付で24日の朝刊の配達は既に済んでいると分かります」
「しかし・・それが・・犯行と?」
 杉山はそれには答えず、浴室の換気扇の逆流防止ダンパー(換気扇のファンの外側にあるバネ式のシャッター)を見ていたが。
「ここを見てください?」
 指を指した先のダンパーには5~6センチ位の長方形の塵・汚れが無い部分がある。
 そして更に続け、杉野は換気扇のフレームの下の部分を指差す。
「この部分もホコリが取れてますね、何かで擦(こす)ったように?」
「ええ、でも?」
「密室であるこの部屋に何か物を入れられる場所は、郵便用ドアポストとこのダンパーの部分しかないですね?そして、この換気扇の真下に浴槽があるわけですから、ダンパーの隙間からコードを入れれば浴槽まで届きますね?」
「コードって・・何のコードを此処から入れるっていうんですか?ダンパーも外から開けることはできないんじゃないですか?」
「おそらくガムテープか何かをダンパーに貼り付けて外側に引っ張ったんでしょう・・風圧で開くようにダンパーは軽量の素材でできてますから」
 更に杉野。
「コードというのは・・この前の704号室の河西さんの話・・覚えてますか?」
 安田も興味を感じた様だ。
「24日の朝4時頃、上の804号室の方で、何か小型エンジンの音がしていた・・という・・あの?」
「もし、小型エンジンというのが小型の発電機だとしたら?」
「あっ、わかりました!コードというのが発電機のコードだとすれば、電気コードを換気扇の隙間から浴室に入れた・・ですね?しかし、風呂に入っている菊田が換気扇からいきなりコードなんかが降りてきたら、当然、気が付くんじゃないでしょうか?」
「ええ・・そこなんですよ。これは仮説なんですが・・坂の途中の児童公園であなたが母親から聞いた話では、卓也が菊田に袋のような物を渡していたということでしたよね?」
「ええ・・袋を・・あっ!成程・・その袋ってのは・・大崎さんが言っていた胃の中から検出された睡眠剤が入っていた袋・・ですね?」
「はい、睡眠剤といっても検出されたのはサイレスという名称の効果のほどが強い睡眠剤なんです。睡眠剤というものは?まあ、薬全般に言えることですが肝臓に良くない。更に睡眠剤を長期間服用していると心臓にも良くないと言われています。
 増してやこのサイレスは一時的に軽い心臓麻痺を起こす可能性がある強い睡眠剤と言われていますから、呑んで風呂に入れば気を失う可能性は?メーカーの臨床実験でもそのことは指摘されていますし、国によってはサイレスは麻薬として国外からの持ち込みを禁止しています。
 勿論不眠症には効果がありますし、今の睡眠剤ではどんなものでも、即、死に至ることは無いんですが・・芥川龍之介は睡眠剤で自殺したと言われていますが・・その当時とは全く違うようです」
「ということは、卓也は菊田が不眠症で悩んでいることを知っていたから、『この薬はよく眠れるようになるから』とか何とか言って渡した。それで金の橋渡しを考えたと・・いうわけか」
「そう考えてもおかしくは無いと思います。ああ・・話は逸れましたが、肝腎な換気扇からコードが降りてきた時にどうして菊田が気が付かなかったという?」
「ちょっと待ってください、杉野さんはひょっとしたらコードが降りてきた時に、菊田は寝ていた?或いは何等かの理由で気が付かなかった?と仰るわけですね?」
「そう!ですから仮説と申し上げたんですが、貰った睡眠剤を呑んだことによって寝ていたか?
 或いは、一時的に発作を起こし気を失っていたと仮定すれば、コードが降りてきても気が付くことはない。コードが水面に触れた時に感電をし、それが心筋梗塞の致命傷になったのではないかと・・」





 警視庁捜査1課の丸谷が取調室で拓也から事情聴取をしている。

 杉野と安田はマジックミラーからその様子を見ている。
 長期間の執拗な取調べで卓也は菊田殺しを認めざるを得なかった。
 弁護士は当然、先ずは否認をさせ、其れでも・・卓也は、・・。余りにも因果関係・動機があり・・最後には・・どういう訳か姉である文子も卓也を諭したようだが・・。
 卓也の話は次のようであった。
 ギャンブル等の大損で金に困って複数の高利金融業者に追われていたから、大金を持っている菊田に公衆電話から電話をし、「体の具合はどうだ、大変だな、今までは悪かったな」と猫なで声で金の工面を頼んだが、希望した金額は無理だと断られたので、菊田が極度の不眠症で悩んでいることは知っていたから、不眠の特効薬が手に入ったからと誘い、数日後にマンション近くの児童公園で会う約束をした。
 電話をする前に断られることを想定し、会う前に菊田が心筋梗塞で病死したことにする殺人計画をたてていた。
 菊田が死亡すれば相続人として多額の金が手に入る。
 自分は重度の不眠症だと偽って通院した病院から指定したサイレスを貰っていた。
 菊田が朝4時半頃に風呂に入る習慣は別居する前から知っていたし、会った時にもそのことは確認した。
「薬は強い薬だから呑めば眠れる、朝風呂に入る前に呑めば血液の循環が良くなって一層効果があるから」と話した。
 24日の午前4時頃マンションの8階に小型発電機を持ち込んで菊田が風呂に入るのを待っていた。
 ガス給湯器がついて暫くしてから風呂に入る音がした。
 そして一瞬呻き声が聞こえた後、浴室が静かになった。
 換気扇のダンパーにガムテープを貼り引っ張り、隙間から中の様子を窺ったが、間違いなく菊田は気を失っているようだった。
 後は、杉山の推測通りだったのだが・・。
 発電機に繋がった・・先を予め鋏でカットしておいたコード・・をダンパーの隙間から浴室内に入れて感電死させた。



 




 
 安田が杉野に話す、

「卓也は相続人として大金を手に入れるわけですかね?」
「いえ、相続人であっても民法891条の相続欠格事由に当てはまるわけですから、法律上当然に相続人の資格を失いますね、故意に被相続人を死亡するに至らせた者に該当するわけですから」
「成る程・・しかし、菊田も哀れでしたね、苦労して育てた子供に殺されるとは」



 と、其処まではありきたりの法の決まりを言った・・杉野だったが・・こんな事を言った。
「安田さんも、元は警視・私も警視正。ですから、当然ご存知のこんな言葉を・・」
「・・罪を憎んで人を憎まず・・此の国の死刑制度には問題があり過ぎる。廃止するのは当然の理と言えますね。此の国の死刑制度は改めるべき、と、つい最近言ったのは確かUKの女性でしたね。おそらく、此の国とUSAくらいのものでしょう今だに死刑が行われているのは・・恥ずかしいと思いませんか?」
「例の・・あの事件の容疑者も母親がそうなったのは・・安部だと思っていた。其処で、因果関係は無いとは言えない。
 ところが、其れが勘違いで安部が亡くなった。本当にそうだと思いますか?
 実は・・因果関係は成立しているのでは?安部の死相が窺がえた時、彼は既に本心を読み返していた・・と言えるのでは?まあ、其れなりの情状酌量が相当であり、其れを阻もうとする事も往々にしてありますね。
 それにしても元になった「統一教会」が未だに解散されていないというのも、おかしな話で、カルト宗教は人類と相性が良過ぎる・・殊に金に目がくらめ議員などには・・。
 今は最高裁の判事でもレベルが低い。此の国の司法関係者全てだとは思いたくないのですが・・?
 二人の頭にはなみだ坂の景色が浮んでいた。
 安田が独りごちた。
「菊田の涙が流れてくるような・・なみだ坂・・か・・」


 この結末には・・?
 安田と杉野の二人は其の事を知っている。
 菊田は癌で余命幾ばくも無い自分の事を知っていた。其れで、二度と会うまいと決めていた卓也に・・親の愛が残っていたのかも知れない。
 自分を殺そうと思っている子供にも、どうしてなのか?他人には到底分からないものだと・・。
 菊田は敢えて子供の罠に嵌ってあげたという事のようだ。
 姉の文子は其の事を後から知ったようだ。
「若し、俺に何かあった時には・・一年経った時に・・此れを開けてくれ?」
 と、菊田から仲間に渡されていたものは且つての家族四人が写っているalbumだったのだが、仲間は何の事は無い勝手な想い出を貼り付けたに過ぎないアルバムだと思っていた。
 一年経った頃、仲間が其のアルバムを、他人のものだからと捨てようかと思ったのだが、其れを実行しようとした時、albumの中の一枚の写真の裏側に一ヵ所だけ簡単にノリで貼り付けられていた、小さな薄い手紙が青畳の上にひらひらと落ちたそうだ。
 小さすぎる手紙の表に小さな文字で「文子宛」と書かれていたそうだ。
 仲間から後で文子に届いた手紙には・・。
「・・俺は・・そんなに生きられない。情け知らずの子供達を持ったと最初は思っていた。しかし、よく考えてみれば子供には親は選べない。
 其れに、親子で暴力を振るう様な事は一度も無かった。子供が妻と別れてから一時は自暴自棄になったのかも知れず、時間が経つに連れおれは考えた。
「子供が悪くなったのは、俺の教育のせいでは無いかと。俺はこの手紙が届く時には、人類でも霊でもない・・魂だけがひょっとしたら・・と。
 だが、亡くなった者には霊などは存在しなく、増してや墓だ・遺骨だ・経だ・僧侶・それらすべては無に等しく、唯一魂(たましい)というものだけが残る。しかし、魂とは見えるものでも何でも無いもの。しかも、魂とは生きている人類のみならず宇宙の生命体全ての心の中だけに存在する。誰も其の事に気が付いていない。俺は、世話になった父母にも、また、恭子にも、毎朝ただ「有難う御座います」とだけ言う事にしている。其れでいいじゃないか。生命体は生まれた時に既に亡くなったようなものであり、精一杯生きてから・・どんな生命体でも必ず朽ちるのは宇宙の法則と言える。
 仮に俺が誰に何をされようとも、その者には罪は無い。寧ろ、自らの至らぬ結果だと悟っている。
 若し、其の物が俺の子供であったのなら、必ず俺の気持ちを話してやってくれ。
 そして、出来るだけ、罪を軽減してやってくれ・・其れが俺の最後の願いだ・・」



 安田は黙っていた・・が、杉野とは考えが同じなのだろう。




 杉野と安田は警視庁を後にし、桜田門を左手に見ながら日比谷方向に走るスカイラインに乗っている。
 二人の乗った車をまるで狙っていたように・・
街の灯りが包み込んでいった・・。



「自己を捨てるものは常に奴隷に過ぎない。夏目漱石」



「人間的な、余りに人間的なものは大抵は確かに動物的である。芥川龍之介」



「幸福というものは受けるべきもので、求めるべき性質のものではない。求めて得られるものは幸福にあらずして只管苦なり。志賀直哉」



「piano・boralent・E,pia by europe123」
 https://youtu.be/N6mykOAclrI

 







  

本日も旧作を何作かのみとする

本日も旧作を何作かのみとする

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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