落下から始まる物語14

考え事は体調を整えてからにするべきです。
特にネガティブに向きそうな事については。

00210905-2 柳とチョウ(旧市街地)

そこは、住居と商店、田畑、歓楽施設などが建て込んだ、日本州でも有数の、活気に溢れた地域だった。
元々は、首都近郊のベッドタウンだったが、大地震とナノマシン災害で臨海地帯が事実上壊滅し、内陸寄りに多くの避難所が設営された時、ここも、その設営地に選ばれた。
被災者の中には、文字通り、帰るべき地を失った者も多く、避難所の幾つかは、そのまま町へと姿を変えて新世紀を迎えたのだが、ここも、そんな町の一つだった。
河川沿いの主要道路から、少し路地に入った所にある、小洒落た洋食店で、柳とチョウは向かい合わせに席についている。
「こう言っちゃ何だが、こう言う店に男二人で来たって、余り面白いとも思えないんだが」苦笑いを浮かべた柳が、頻りにネクタイを気にしながら言う。
「今日は私から呼び出した訳ですから、余り安い店と言う訳にも行かないですよ」チョウは可笑しそうに笑って、柳にメニューを勧めた。「とは言え、別にフォーマルでもないので、気楽にして下さい。」
ネクタイを弄っていた手を止め、柳は不機嫌そうにメニューを受け取った。
「大体、何処か食事の出来る場所と言われたのは、柳さんじゃないですか。」
「人間、腹が減ると碌な事は考えられないからな。何の話か分からない時は、万一に備えて飯の喰える所で話す事にしている。」
「はあ。そう言うものですか。」
「空腹は神も悪魔も呼び寄せる。その証拠に、満腹の状態で本物の神さんに遭った奴は居ない。」
「ご自身は会ったような言い方ですね。」
「俺は悪魔の方だったがね。今は家内におさまってるよ。」
「何だ、惚気ですか。」呆れ顔のチョウに、柳は真剣な面持ちで答えた「俺は外食の機会は逃さないんだ。少しでも長生きする為にな。」
何処までが本気か分からないと思いながら聞いているチョウだったが、料理が運ばれて来た時の柳の笑顔は、本気にしか見えなかった。
「で、何だ」柳は器用にナイフとフォークを奮ってチキンを解体しながら言った。「捜査の関係なら、こんな州境を越えた所で俺に出来る事は何もないぞ。こっちは首都警だからな。」
「第二百二十八号サイボーグ殺害事件、あの、中華料理店の事件のこちらでの呼称ですが、一寸、変な話になって来ました。」
「ふん。」
「私が言うのも何ですが、ニュートーキョーで発生した刑事事件は、基本的には柳さん達首都警察の管轄です。我々が関係するのは、背景にテロや諜報のリスクがあると推測される場合ですが、まあ、今となってはサイボーグが絡む事件の初動は必ず共和国警察がする事になっています。初動段階で政治性が低いと判断されたものは、首都警に引き継ぐことになる訳ですが。」
「何を今更。」
「いえ、それで、共和国警察でも、そう言う筋に繋がりそうな機関や人物は常にフォローしていますから、偶発的に発生した、当初から政治性が薄いと予想された事件は、私のような下っ端に回って来る事が多いんですよ。自分で言うのも何ですが。で、事件当日の被害者の足取りや、それまでの経歴に、そう言う接点も無く、現場の聴き込みでも不審な点が無かったので、そう報告したんです。」
「再調査を命じられた、と」柳は既に綺麗に空になった皿の上に、ナイフとフォークを揃えて置いた。
「どうして分かるんですか」チョウが驚いたのは、空になった皿と、柳の言葉の両方についてだった。
「ここ迄聞かせてもらえば、分かるさ。お前さん、俺の事はきちんと調べなかったんだろう。」
「そうなんです」チョウは少し顔を赤らめながら言った。
「気取った言い方をさせてもらえば、第一発見者は常に最初の被疑者さ。それが警官であったとしてもな。」
「そうなんです。同じことを上司にも言われました」チョウの顔が赤味を増す。
その様子が、変に哀愁を誘い、柳はつい余計一言加えたくなってしまった。「ましてや、その警官が、度々現場に現れ、あまつさえ捜査を誘導するかのような素振りを見せるとなったら、俺ならそいつの身辺を徹底的にしらべるね。」
「では、容疑を認めるんですか」急に嬉しそうな顔になるチョウ。
「おいおい、そこは嬉しがる所じゃないだろ。大体、容疑ってのは気が早過ぎないか。そんな確信があるのなら、俺をこんな縄張の外まで引っ張って来なくたって、署で取っ捕まえれば良かった訳だろ。」
「そうですね。いやあ、こんなに話が早いとは思いませんでした。」
言いにくい事を言い終えた気安さなのか、変に晴れ晴れとしたチョウの顔をじっと見つめて、柳は溜息をついた。
「何だか張り合いがないな。で、どうする気なんだい。」
「先ずは、事情を教えて下さい。上司には、場合によったら連行しろなんて言われましたが、私は、それは余りにも乱暴だと思います。柳さんは、あの時、あそこで何をしていたのか、私に教えて貰えませんか。」
「上司、ね。桜井上級部長とか、ロナルド副局長辺りかな。」
「ご存知なんですか。」
「あの小さな都市に、でっかい警察組織が二つもあって、毎日のように縄張争いをしているわけだからな。まあ、俺としては、知らずに済ませたい二人だったよ。」言いながら、柳の眼光が鋭く輝き始めているのを、チョウは見落とした。
(一寸甘く考えていたのかもな)柳は思考を廻らせながら、改めてチョウの顔を見た。
素直に自分の言葉を待っている、罪の無い瞳を見て、やり場の無い怒りに駆られそうになる。
この男は、自分が相手を窮地に追い込んでいるなどとは、夢にも思っていないのだろう。
「あの気の毒な男を殺したのは、俺じゃない。これは、最初にはっきり言っておくぞ」柳は溜息交じりに口を開いた。
「そうですよね。」
「しかし、あの男が、あの大将の店に転がり込んだ訳なら、俺は知っている。」
柳はもう一度、チョウの顔をじっと見てから、続けた「あの店で、俺と会う約束をしていたからさ。」
「じゃ、じゃあ、柳さんは彼の事を知っていたんですか。」
「いや、初対面だったから、名前さえ知らなかったよ。俺の追っている別件について、情報を貰う筈だったんだ。」
「別件って何ですか。」
柳が少し微笑んだように見えた。
「それを聞いてしまったら、不味い事になると思うぞ。ここまで言えば、もう合図を出して良いんじゃないか。どうせ、俺を拘束する為の警官を配置しているんだろ。」
チョウは、顔を真っ赤にして言葉を失った。
「意図的な情報の隠蔽による、捜査妨害で引っ張れると思うがな」柳が駄目押しの言葉をかけてくる。
「柳さん、み、見損なわないで下さい。あなたは、自分のせいで、あの店に迷惑をかけたくなかったんでしょう。それ位、分かります。」
今度は、柳が驚く番だった。
「あなたの別件とは何ですか。何の情報を手に入れたかったんですか。」
自分を真直ぐ見返すチョウの視線に、柳は迷っていた。
怖いもの知らずって奴かな。
「俺の追っている別件って奴はな」覚悟を決めるように間を挟む。
「そこまでだ!」柳が口を開こうとした刹那、レストランの入口に数人の男が飛び込んで来た。
「柳三郎警部、共和国警察法第八十八条の規定により、捜査情報共有義務違反の疑いで君の身柄を拘束する」そう叫んだのは、チョウの良く知る顔だった。
「桜井部長、まだ話の途中です。約束が違う」チョウが立ち上がって叫ぶ。
「前途ある若者は巻き込めないってことか」素早く自分を取り囲んだ男たちに、戯けた様に大袈裟に両手を高く上げて見せながら、柳は桜井に皮肉な調子で言った。
「そう言うことだ。今回の件は正式に抗議を出させて貰うからな」桜井は厳しい顔で言う「いつまで「警視庁」のつもりで居るんだ。そろそろ現実を見たらどうだ。」
「今も昔も、俺は市民の為の公僕さ。政治の道具になるのは真っ平でね。」
「貴様とここで議論するつもりはない。連れて行け」桜井は吐き捨てるように言った。
「桜井部長。私は・・・」チョウは、振り返った桜井の険しい視線に射竦められて、口を閉じた。
「ご苦労だった」それだけ言って、桜井は柳を追って店を出た。
チョウは、直ぐに動く事は出来なかった。
落とした視線の先に、殆ど手付かずの、自分が注文した料理の皿があった。
チョウは、長い間、すっかり冷め切った料理を茫然と見つめていた。

落下から始まる物語14

警視庁を母体とする首都警察、警察庁を母体とする州警察、ICPO母体の共和国警察、くらいの漠然とした設定です。
今更ですが、余りマニアックな設定のある物語ではありませんので、そう言うものがお好きな向きは何卒ご容赦ください。

落下から始まる物語14

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-01

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