お正月すぺしゃる ~幼馴染と初詣~
さて、正月というものについて考えてみよう。新年の始まりで、一家団欒でゆっくりと過ごして……って、何? 一人ぼっちの正月なんてクソ喰らえだ?
いやいやいや、そんなこと言うそこのあなた! あなただって、小さい頃は家族で過ごしたでしょう? 初詣に行って、おみくじを引いて、大凶引いちゃってもう一回もう一回と駄々をこねたはずでしょう?
ん? 大凶は引いてない?
ま、そんなことはさて置いて、今は「正月」について考えるんです。もっとほら、真剣にね?
え、話し逸らしたのオレだろって? いやいや、違いますって(笑)
まあ何はともあれ、最後くらい決めさせてくださいよ。
ほら、正月って言えば。
あなたは、新しい年に何を始めますか?
「――ひぃ、さぶ……」
玄関から出たオレは、道路との仕切りを果たしてくれているちみっちゃい門をきぃっと押し開けた。
一月一日。
元旦。
これから桜咲く季節に向かって一直線だっていうのに、まだクリスマス寒波を飲み込む勢いで目下気温低下中の新年第一日目に、オレはぶるりと体を震わせた。
(ああ、寒い……)
ジャンバーにマフラー、しかも今日は六枚も重ね着しているというのに、ええいくそ、今までで一番寒い年かどうかなんて知らないが、もうちょっとどうにかならないもんなんだろうか。
オレが胸中で悪態を吐きながら歩き始め、ぐいっと乱暴に、ポケットに手を突っ込んだ時だった。
背後から、さっきオレが聞いたのと同じ、きぃっと門を開ける音が聞こえた。
……マジか。
オレが聞こえなかったフリをして歩き出そうとすると、背後から(いやほんと、かけてくれなくていいんだが)声をかけられた。
「え、まさくん……?」
おっとりとした、つかぶっちゃけ、おどおどした弱気な声。
(……見つかっちまった)
オレはため息を吐きつつ、振り返る。
そこには、マフラーを巻いた女子コーセーが立っていた。コートに手袋を着けて、何でかは分からんが、制服のスカートをはいているように見える……どこに行く気なんだ?
「あー、はよ。一葉」
オレはそっぽを向きつつ、そうあいさつだけしておく。仮にも幼馴染という腐れ縁のやつなのだ、そんぐらいはするさ。
だが……
「おはよ、まさくん。……もしかして、初詣、行くの?」
そら来た。
寒いからだろう、赤っ鼻が鼻をすする。まるで誰かにいじめられて帰って来たような有り様だった。ったく、さみーならこたつん中に入ってりゃいいもんを……
一葉は昔から気の弱いやつだった。だからよくは分からんが、事あるごとにオレの後をついて回っていた。だが、さすがにもう高校生、ここまで来ると、ほら色々と誤解が生まれちまうだろ? だから、しばらく距離を置いていたんだが……
(こいつ、ほんと分かんないやつだなぁ)
「まあな。母ちゃんとか行かないっつーから、一人でよ。お前も似たようなもんだろ?」
と言いつつ、一瞬してオレは叫びたくなるほどの後悔をした。おまえもだろって、ミスってんじゃねぇか、何言ってんだオレ!
んなこと言っちまったら、
「……そうだけど。まさくん、一人なんだ」
…………そら来た。
バカかオレは。
自分で自分の口を呪いつつ、オレはこうして「一人初詣」をぶち壊される運びとなった。
一人静かに終わらすはずだったのに、何てこった。
新年早々、ため息が止まらねーぜ……
で、あのな。
もう初めに言って置きたいんだが、初詣に異性と一緒に行ってはしゃいでられんのは、相手が彼女だった時と相場が決まってるんだ。それか好きな人ってな。
なのに。
そうだっつーのに。
ったく、オレぁ何が悲しくて、一葉なんかと初詣に来てやがるんだろうか。中学の頃にさんざんもてはやされて、あいつだってこりごりだろうに。
あーあ、と顔を覆いたくなるオレを他所に一葉が声をかけてくる。
「ねえ、お賽銭、いくら入れる?」
「あ? あー、五円だろ。普通に」
オレは財布から五円玉を取り出しながら、そう答えた。『ご縁』が欲しいから来てんだし、当たり前だろ。
「まさくん、変わらないね。相変わらずケチなんだ」
……。
まったく予想していなかった言葉に、オレは一瞬硬まった。
は? 今、何つったこいつ?
「け、ケチってねえよ……べつに」
「だってわたし、まさくんが五円以上入れてあげるの見たことないもん。ちっちゃかった頃だって、一人だけジュース飲んだりアイス買ったり……」
「い、いや、そりゃべつにケチってたわけじゃ……」
と言いかけて、オレははたと我に返った。何、オレぁこいつのペースに乗せられてんだよ。……つか、ケチってオレに言うとか、こいつ、何か変わってねえか……?
「つか、んなこと言うおまえはどうなんだよ? 百円でも入れんのか?」
「千円入れるよ?」
「ガチか!?」
真剣に驚いたオレに、一葉は軽く笑って「嘘だよ」と言った。何なんだよ、おい。
それから順番待ちを終えたオレらは、カランカランと紐を引っ張って鈴を鳴らし、パンパンと拍手を打った。
無事平穏に、できれば彼女欲しいなー、みたいなことを祈りつつ、ちらりと瞑った目を開けてみる。横目に見ると、一葉はただフツーに手を合わせて願い事をしていた。
何願ってんだ、とも気になったが、そんなもんオレの知ったこっちゃねえだろ、と自分に言い聞かせる。
その後、オレ達は一葉の振る話題に答えるだけで、本殿を後にした。
驚いたのは、二人ともおみくじを引いた時である。
こればかりは、嘘だろ、とオレも項垂れたものだった。
『大凶』――あなたの恋愛運は最低です。待ち人が現れることを期待せず、勉学や仕事に打ち込みましょう。
いっそ死んでくれ神様!
ああ、こんなにショックを受けたのはいつ振りだろう(ってか大凶ってマジで入ってたのかよ)。最初からあんまし期待はしてなかったけど、こりゃ、さすがになぁ……
ため息を吐いていると、なぜかは知らんが(ケンカふっかけてるようにしか見えんからな)、ひらりと一葉が自分のおみくじを見せて来た。
『大吉』――今年一年のあなたの運気は一際すごい。恋愛も勉学も、きっとよい方向に進むでしょう。
ビキリ、と体が硬直した。
ったく。ったくったくったく。何だってんだよおい。新年早々、会いたくもないやつと遭遇して、一緒に初詣行く羽目になって、挙句にゃ大凶引いて、こいつが大吉引いてだと!?
マジついてねーよ、オレ……
「まさくん、おみくじ結びに行こう?」
と言われ、不承不承ながら、オレは最低最悪のおみくじを縛りに行くことにした。ぶつくさと現金な神様に文句を呟きながら、やっぱ五円じゃ駄目かよ、と渋々悔やむ。
やがて絵馬に一筆してから帰ろう、という話になり、オレも一葉も願い事を残していくことにした。
ま、毎年書いてるけど、あんま効き目ねーんだがな……
「まさくん、何て書いたの?」
ちょうど書き終えたその時、不意に声をかけられた。軽く覗き込むようにされて、オレは驚きながらさっと絵馬を隠す。
「お、おまえに教えるかよ」
「……、何で?」
「何でも何も、べつにいいだろ。教えねーよ」
「ふーん」
だったら、わたしも教えなーい。
とどこか意地悪っぽく言う一葉は、いつの間にか書き終えていたようで、くるりとオレに背を向けた。
「じゃ、帰ろう、まさくん」
その声に、オレはわずかに戸惑いながらも生返事をした。べつに一葉と、んな関わりたいと思ってるわけじゃねえ。まして好きかどうかなんて、んなこた思ってねえよ。
だけどよ、これぐらいなら、幼馴染として聞いてもいいだろ?
「なあ、一葉」
歩き出そうとした一葉が、足を止めた。
一葉が振り返らないまま、オレは声を投げかける。
「おまえ、何か、変わったか?」
単純な好奇心ってわけじゃなかった。別にそれがどうしたっていうわけでもなかったんだが、何か分からんけど、気になった。
その答え自体、オレも欲しいところだっつーの。神様はアテになんねーけどな。
「ううん。変わってないよ」
オレは立ち尽くしたまま、その返事にほっと胸を撫で下ろした。……安心した? いや、何つーんだ、よく分からんが、妙に笑えてきちまうみたいな……
馬鹿だな、オレも。新年早々、色々あったからどうかしちまったのかもしれない。大凶のせいか?
ま、何はともあれどうでもよかったんだと決め付けて、オレは歩き出そうとした。家に帰りゃ、また変わり映えのしない一年がオレを迎えてくれる。んでオレは、また適当にくつろいどきゃいいわけさ。
だけど。
だけどよ。
そんなオレの足を止めた一言に、振り返った一葉の表情に、一瞬周りの寒さも感じなくなるほど、オレは驚いた。
「ただね」
朝陽に包まれた一葉が、この時のオレにとって、今まで見た何よりも眩しく見えた。
「前よりも、もっと、ずっと、まさくんのこと、好きになったよ」
……。
おいおい、嘘だろ。
オレは高鳴り始めた胸を必死に押さえつけ、熱くなっていく顔面を手で覆いたくなった。
何だか、頭の中が真っ白になって来る。
マジかよ、おい……
こりゃ一体、何の始まりだってーんだ?
新年早々。
一月一日。
元旦。
クリスマス寒波を飲み込む勢いで目下気温低下中の、まだまだクソさみーお正月。
でも。
今年の始まりは、何だか少しだけ、あったかくなるような予感がした。
あとがき
どうも。
明けましておめでとうございます、空蝉です。
旧年は皆様方に大変お世話になりました。
今年も、どうかよろしくお願いします。
さて、今回は「お正月すぺしゃる ~幼馴染と初詣~」ということでして、タイトル通り、お正月に合った作品を読んでいただけたらな、と思い立ちましたので、投稿させていただきました。
いかがでしたでしょうか。
面白かったら笑ってやってください。
つまらなかったら、温かく見守ってやってください。
一人でも多く、心の中をあったかくすることができたら、よかったなと思います。
では。
今回はこれにて失礼します。
皆様方にとって、新年がよきお年になりますよう、心から願っています。
あとがき、書いてみたかった! 一月一日
お正月すぺしゃる ~幼馴染と初詣~