Shorts-

ただ、浮かんだだけ。
綴る丈。

短編です。

1-導火線

春、待ちきれず

-導火線-

繁華街をくぐれば、そこは薄い紫の光が蔓延る夜の街が顔を出す。
その中にはひときわ異質を放つのが「花魁宿」であった。

江戸時代から続く文化を継承するかのように、それでも表沙汰にはならぬよう
ひっそりと、ひっそりと営まれていた。


これは沢山の花魁宿の一つの小噺


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廊下を通れば聞こえる女の喘ぎ声。
情事を楽しむ声。

私も何度か体を重ねたけれど
声がでない私にはお得意さんがつかない。

無理矢理に声を出そうとしてみても
隣の部屋の姉花魁のように、きれいに声がでない。


「お前なんかじゃ満たされんよ」

そういう言葉を大概もらって、そのお客はもう
私の前には現れなかった。


ある晩。また別のお客がやってきた。

いつも通り事を初めて
無理矢理に声を出した。
「あ゛…あ゛…」
すると
「無理になんて啼かなくていい。啼きたいときだけ啼けばいい」

この花魁宿に拾われて三月ほど。
そんなことを言われたのは初めてだった。
ほかのお客には二度と来てほしくなかったが
この人だけはずっと来てほしいと願った。

この人のためになら啼けると思った。

「あ゛っ…あ゛ぁ…」

何度も何度も体を重ねた。
暑い夏、黄昏の秋、そして冬を迎えたころ。
「春になったら、迎えに来る」
「そうしたらまた、声を聞かせてくれ」

「あ゛…い…っ」


そういって冬の初めに体を重ねたきり、もうあの人は来ていない。
もう来ない、頭のどこかでそうわかってしまった。
それでも、あの人がまた来た時に啼けるように。
私は今日も啼く。


春、待ちきれず



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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-01

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