僕は私を想います。

あけましておめでとうございます。

「楽しい人生が良かったな。」
 彼女はポツリと呟いた。
 「これから楽しく生きればいいじゃないか。」
 「無理だよ。」
 「どうして?」
 僕が優しく問いかけると、彼女は困ったように笑う。
 「下を見て。
 「嫌だね。」
 僕は彼女の指示には従わない。彼女の思い通りにはさせない。絶対に。
 「運命ってあると思う?」
 「あると思うよ。」
 僕が答えると彼女は少し驚いてまた笑った。
 「私もあると思う。人生っていうレールを歩かされてると思うの。だから、あると思う。」
 彼女は網に手をかける。
群がるたくさんの野次馬。パトカー。そして、無視して通りすぎるたくさんの人々。
あぁ、これか。想像してみて何か分かったような気がした。
 彼女は、甘えん坊だ。彼女は甘い。甘すぎる。なんて我儘な人間だろう。けれど、彼女はこれまで真面目に、慎ましく、一生懸命生きてきたのかもしれない。それなら彼女は我儘でいい。僕はそれでも彼女が好きだ。彼女のためなら何でもする。彼女が寂しいというのならどんなに寒い冬の真夜中でも彼女に会いに行く。もし彼女が何百万もするアクセサリーが欲しいというのなら僕は全給料をつぎ込んで彼女にプレゼントする。彼女の為に地獄に落ちろというのなら僕は喜んで落ちる。
 だけど、彼女が死ぬのは絶対に許さない。
 僕をおいて行かせはしない。
 「・・・じゃあ僕も、自分の運命に従うとするよ。」
 「え?」
彼女が驚いたすきに走る。耳に聞こえるたくさんの雑踏も強い風も気にならない。僕の目に映っているのは彼女だけだ。
 彼女がいない人生なんて、つまらない。彼女がいなかったら僕の存在意義もなくなる。
 人間は死んだら終わりだ。天国なんてないし、あの世で一緒になんて有り得ない。
 だから、死ぬな!
 「やめて!」
 彼女は叫ぶ。僕は一瞬何が起こったかわからなくなった。でも、腕に感じる温かい体温で僕は我に返った。
 やった!生きてる。生きてる!
 彼女は死ななかった!
 彼女は泣いていた。僕も泣いた。嬉しくて、嬉しくて、泣いた。
 「僕を一人にするな。」
 ビルの屋上で僕は彼女を抱きしめる。彼女はたくさん泣いた。僕の手をしっかりと握りながら。
「帰ろう。また、やり直せるから。」
 僕は彼女の手をしっかりと握り返した。

 あなたを一番に思う人は必ず見つかります。
 だからその時まで待ってください。
 この世にあなたは一人しかいないから、どうか、大切な大切な命を、捨てないでください。

僕は私を想います。

ありがとうございました。

僕は私を想います。

もう泣く必要はないね。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-01

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